2011年12月24日

初めてのクリスマスイブ

年内の仕事がなかなか終わらず、上さんも仕事でいないので、今日は、パコを保育園に預けて仕事。はかどらず、ネットサーフィンや年賀状作りをしている自分に苛立ち、ついに夕方、外にジョギングに。昨日もジムに行ったし、上手くいかないときは体でも動かすほかない。

暗い公園を黙々と走るのは自分くらいで、すれ違う人たちは、家かどこかに足早に急ぐ風情。公園のベンチで、ひと組の男女がギターを弾いていた。そんなクリスマスイブも良い。

上さんが、立派なディナーとケーキを作ってくれた。パコも大喜びでお代わりした。わが人生、小さい時から、クリスマスイブや正月なんて、まともに祝ったことが少ないから、こんなイブも良いと思う。

深夜、パコのためのプレゼントセッティング、終了。1歳半になるパコには、実質的には初めてのクリスマスだ。

パコは、家ではいつも、通販の広告で入ってきた紙のおままごとセットや、ジュースの空きプラスチックと紙コップで遊んでいる。「じゅーすを、どうじょ」。「あい、できましたよ。あついですよ」などと、“焼いたハンバーグ”を食べさせてくれる。
「じゅーす、もっと?」
「ハイお願いします」と言うと、喜んで注いでくれる。
そんな紙切れでもあまりにも熱心で、時には、見ていて不憫になった。さすがに、上さんが木のコップとお皿を買ってきたりした。そこで、クリスマスは、キッチンセットをプレゼント。

パコが寝室でなかなか寝なかった時、「良い子には、サンタさんがプレゼント持ってくるよ。その窓から……」と言うと、「そこから?」と大きな目を開いて指さして言いながら、それまで寄りかかっていた母親を飛び越えて、自分の寝床に横になり、寝たふりをした。サンタ神話は効果絶大を実感。
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2011年12月23日

復習・メディアの罪

今回の福島(人災)事故の直後から、新聞・テレビメディアの犯した失敗・罪は何だろうか。

@ パニックに陥り事実を正確に伝えられなかった。
A 事実やデータを隠ぺいした、あるいは隠ぺいしようとする政府・東電に加担するような報道をした(している)。
B 現在進行中の問題から目をそらすようなオメデタイ報道・TV番組――愚劣なバラエティー番組や全く関係ない「カワイイ」物語をふくむ――を流し続けたこと(または流し続けていること)。これは、避難民の感動話や成功話をやたら強調することをふくむ。

Bは、人々の意識を現在進行中の問題からそらせるという意味で罪が重い。それは、日本の西に住む人々の「フクシマはもう終わった」という反応に現れる。
Aは、たとえば「キシャクラブ」という形でいまだ進行中の、日本の構造的な問題である。
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2011年12月22日

郵便局と日本郵便って

昨夜遅く、フランスにカードを送るため、郵便局の「臨時窓口」に行った。目の前のおばあさんが年賀切手を買おうとしたが、「すべて売れ切れです」と言われていた。
「大事な人に送りたいのに、残念ですねえ」

今日、昼間にその郵便局に行ったら、年賀切手は十分にあった。
「昨夜、そこ窓口に来たら、ないと言われましたよ。別会社なんですか?」
と訊くと、そうだと言う。

郵便局と日本郵便(と日本郵政?)の扱いは違うということなんだろうが、誰か、この違いを教えてくれないか?利用者からみれば、同じく郵便物を扱うのに、何が何だか分からない。実に愚劣なほどにバカげている。

年賀状の印刷も、昨年までは、郵便局と日本郵便(と日本郵政?)は、ネット上でそれぞれ独立に注文を受け付けていた。(今年は、一つだけになったようだが。)「民営化」といい何か改善されたようなうたい文句だったが、改悪としか思えない。

日本的「縦割り化」のまさに投影なのだろうか? 日本のこういう愚劣でバカげた役所的、元役所的あり方に、最近、イライラすることばかりだ。こんなことが「民営化」の名のもとにまかり通るとは、ホントに「村社会」である。
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2011年12月21日

読む

パコはまだ字が読めない。最近、「の」という形が分かったくらいだ。絵本も「読んで、読んで」とこちらに頼むばかりだ。

しかし、パコは、保育園からの連絡帳は自分で読むのが好きである。今夜も、母親からひったくって、寝ている母親の上にまたがり、ページを開いて読み始めた。文章のオワリが「……した」だというのは知っている。

「パコが……っした……パコっが……したっ。……っした……」
白いページが来ると、「おしまい!」という。
しかし、パコが開けている連絡帳は、いつも逆さまなのであった。
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2011年12月18日

柿かリンゴか

お久しぶりです。仕事やパコの(立て続けの)病気で、ブログを書く時間どころか寝る時間もありませんでした。少しずつ書いて、過去の日記は徐々にアップしていくことにします。
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パコは水ぼうそうも治って、食欲も出てきた。

柿がお気に入りだ。しばらく前に食べた甘い富有柿に味をしめたのだろう。しかし、この時期、柿は産地を気にするからというだけではなくて、かなり高価で手に入れにくいものだ。一つ200円ほどすることもあり、家ではいつも買えるものではない。

それでも、パコは
「あきー、あきー」(「かき」がまだ発音できない)
と、食後に言うことが多い。たまに手に入ると、ドンドン口にする。もちろん、そんな時は、私の分を上げる。

昔、ある映画で、アメリカのNYあたりに住むアイルランド移民のボクサーが、すさまじい貧困の中、わずかばかり手に入ったハムの切れ端を娘にゆずる場面を観た時、「そんなものか」と思ったものだが、今は、子供に食べさせるのなら自分の分がなくても良い、という気持ちが分かるようになった。

それでも、柿のかわりに比較的安いリンゴがある時など、パコはこちらのすまなそうな顔を見て、
「いんご」(りんご)
と言ってくれることも多くなった。親孝行な娘だ。
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2011年08月09日

東電批判のオワリ

週刊誌が、ほぼこぞって、東電非難を止めた。あれほど口汚くノノシルようだったのにだ。「菅降ろし」ばかり。まるで、口裏を合わせたようだ。

急先鋒のようだった「週刊現代」も、「週刊文春」も。(「ポスト」と「新潮」は、そのバックグラウンドゆえ?、最初から東電批判はヌルかったように思う。「ポスト」なんて反原発派の学者叩きをやっていた。)

そのうち、何か別の大きな事件が起きれば、今度は、そのことばかり書くのだろう――こりゃ都合がいい、ここぞとばかり。電機業界・原子力ムラの果てしない影響力よ。

本当に、本当に、日本というのは、キモチわるい社会だ。
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2011年08月08日

今度は風邪

パコの手足口病とトビヒが落ち着き、脚のタダレていた肌が治って、ホッとしたかと思うと、今度は、渇いた咳が止まらない。鼻水もでるようになった。子供というのは、いくらでも病気するんじゃのう。はあ……。

あまりに咳をするので、昨日の日曜日、ネットでこの地区で開いている医者を探し出し、こちらは寝不足なので、代わりに上さんに連れて行ってもらったが、小さな路地を探るようにして見つけ出した医院は、昭和の初期に建てられたような時代モノだったそうだ。
  「もう、ぜひとも見せたかったわよー」
愉快そうに、上さんは言った。建物に見合ってかなりお歳をめしたおじいさん先生は、自分で薬も調合する方だったそうな。うーん。

老先生のお診立ては、「クーラーの使いすぎでしょう」とのこと。いただいたお薬をネットで調べて見たが、どうも納得できなかった。

とりあえず、今日、別なお医者さんに診てもらった。この先生は、ウィルス性の風邪と診て、咳と鼻水を止めるための処方箋を書いて下さった。
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2011年08月05日

一日中パコと過ごす

今日は、仕事を休んで、一日パコの相手。昨日まで3日間、パコを病児保育に預けた。引き取りに行った時のパコの嬉しそうな顔、連れて帰る道でのパコのぐったりした寂しそうな顔をみて、心が痛んだ。

なれない環境に3日もいて、さすがにストレスもたまったのだろう。それでは元気も出ない。病気も治るまい。そこで、今日はパコと過ごすことにしたのだ。

昨日は、病児保育に行く道、また同じ手を使って、「あの優しいおねえさんに看てもらおうねー」と話しかけた。ところが、保育園に着いてみると、違う看護師さんだった。

パコは看護師さんのわきを挨拶もせず素通りして、畳部屋に行って座った。こちらを振り返るので、「じゃね、パコ、バイバイ」と言っても、返答もしない。怒ったような冷たい目で、こちらに一瞥をくれるばかり。
「オイ、あのおねえさんじゃないぞ。ウソついたね……。看護師さんの手前、黙って見過ごしてやるけどね!」
こちらが部屋を出る時も、ついに一言も何も言わなかった。怒ってるのが分かった。

さて、一日中、部屋で一緒にゴロゴロし、外を少し散歩したりしたら、パコに笑顔が戻ってきた。食欲もさらに出てきた。きっと来週の月曜からは、ふだんの保育園に行けることだろう。
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2011年08月03日

アゴタ・クリストフ逝く

病児保育にパコは慣れたようだ。朝、仕事前に連れて行くと、さすがに愛想は良くなかったが、昨日面倒見てくれた看護師のおねえさんの膝に、自分から歩いて行って座った。病児保育に行く道々、「昨日パコの相手してくれた、若くて優しくてかわいい看護師さんが、今日も一緒にいてくれるからね」と、話しかけたのも効を奏したか?

トビヒと手足口病を併発していて、他の子に感染するといけないので、原則、長袖長ズボン、そうでないときは、手足の患部をガーゼで覆われる。しかたないとはいえ、可哀そうではある。病児保育園でも食欲がある、というのが救いだ。

帰り道、病児保育に引き取りに行く途中で大雨。駅を降りてから近くの銀行のATMで雨宿りしていたが、止まないので、意を決して向かう。病児保育の部屋に行くと、同室していた6歳くらいの男の子が、電車のおもちゃを畳一面に広げて自慢げである。パコはちょっと迷惑顔。部屋に先に着ていた老人が「お坊ちゃん、帰りましょう」と言った。どんな家庭なのか?

パコを抱えて外に出ると、雨はすでに上がり、虹が出そうな爽やかな空であった。

アゴタ・クリストフが亡くなった。予想しなかったわけではないが、ちょっとショックだった。ああ、大事な作家が死んでゆく。

彼女の文章は飾らず、本質だけを――書かねばならぬものだけを、見出し、伝えようとする。それは、むしろ詩に近いと思う。しかし、それにしても、最近は、ただ言いたいことを“語る”だけの「詩」がいかに多いことか。俳句も短歌も同じ傾向のように思える。TVでの短歌俳句ブームも拍車をかけているか?

アゴタ・クリストフの『二人の証拠』を引っ張り出して読み始めた。この本、原題は『La Preuve(証拠)』である。こういう翻訳上の変更は好きではない。訳すのが難しい慣用句でもない。翻訳者の解釈が入っているのだろうが、解釈というものはいくらでもありうるだろう。だとしたら、原作者の意を尊重して中立的にそのままで訳すべきだと思う。その含意・言外の含みは、読めばわかることだ。
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2011年08月02日

病児・病後児保育

手足口病に罹ったパコを病児・病後児保育に連れて行った。ふだん行く保育園と違うので、パコも怪訝に感じていたが、着いて部屋に入ると、とたんに泣きだした。優しそうできれいな看護師さん二人が迎えてくれたが、大泣きである。

そりゃ、突然、知らないところに置いてかれるんだもの、驚くわなあ。罪悪感も感じるが、仕方がないのだ、パコよ許せ。

夕方、引き取りに行くと、看護師さんに「最初は泣いてましたけど、同室の男の子が来たら、ピタリと泣きやんで、一緒に遊んでましたよ」と言われた。うーむ。パコ、お前は外面がいいのか、オトコの子が好きなのか……。いや、ソイツは、どんな男の子なんだ?
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2011年08月01日

手足口病だった

朝、上さんの声に飛び起きた。
「パコの状態が、悪くなってるよ」
見ると、お尻の赤いプツプツがさらにひどくなり、タダレに近くなっている。痛くはないようで、パコは泣きはしないが、見ているだけで可哀そうになる。あちこちにトビヒのような発疹もある。

近くの皮膚科をネットで調べたが、あるはずの医院がない。業を煮やして、持病の足の痛みが走っていたが、簡単に着替えて走り出た。開院していることを確認して、上さんに電話して朝食後に行ってもらう。

診察の結果は、手足口病でした……。しかも、トビヒと併発。脚の蚊に刺されたのを掻きむしったところからトビヒが入った、と言われたそうだ。

仕事に行かねばならないから「病児・病後児保育」を探したが、どこも全部いっぱいだった。夫婦でため息――。私はどうしてもしなくてはならない仕事が詰まっていて、上さんに看てもらうしかない。できるだけ早く切り上げて――と考えていたが、結局、夕方までかかって上さんに一日中、付いていてもらうことになってしまった。申し訳ない。しかし、こちらも2時間しか寝ていないし……。

往復の電車の中でため息をついた。パコは皮膚が透き通るようにきれいで、見る人皆が、嘆息をつくほどだった。それが、あんなにタダレてしまって……。ああ、可哀そうにのぉ。代わってやりたい……。
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2011年07月31日

またもトビヒ

いかん。体調が悪くて、座っているだけでもツライ。左手の指はまだ腫れているし、左の瞼が、痙攣というか、開ける時に時々引っ掛かる。何もする気にならない。

まあ、精神的に甘ったれてるのだ。自分を叱咤せねば。

昨夜、パコが寝る前にオムツを替えていたら、股のところに赤いプツプツの発疹を発見。かなりひどい。以前から脚のあちこちにも虫さされのような腫れが多いので、気にはなっていたのだ(昨日の医者では、結局、虫刺されだろうということで、薬をもらってきただけだ)。同じ部屋にいても、われわれは刺されないのに……。

唇のところにも発疹が出ている。ヘルペス?もしかして、手口足病?だったら大変である――まあ明日の朝、見てみよう、と今朝、またチェックしてみたら、かなり酷いことになっている。皮膚も赤く腫れている。すわ、大変。さっそく医者に。しかし、自分は行ける体調ではないので、日曜診療の病院を探して、上さんに行ってもらう。

結局、脚の虫刺されの掻いたところから菌が入って、トビヒのようになったのだそうだ。体力が落ちているからだろうとのこと。薬をもらってきた。まあ、本人は元気そうだが……。手口足病でなくて、ホッ。

昨日、保育園に迎えに行ったら、先生から「夕方になると微熱が出ますね。体力が落ちているようですよ」と言われ、どうしたらいいんでしょうと訊くと、「早く迎えに来てやるのがいいんですよ」。できないから保育をお願いしてるんじゃ? 皮肉を言ってるのか、プロらしからぬ、とも思ったが、怒ってもはじまらない。ただ、こちらも一杯いっぱいなのだ。
posted by ろじ at 23:23| パリ ☀ | TrackBack(0) | パコの成長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月30日

ポンコツは良いコーチ

朝、起きたら、左の手の指が腫れている。曲がらない。左足の指も少し腫れているようだ。右の腰もやや痛い。持病が出たらしい。昔はビールを飲むと翌朝にこんな症状が出たことがあるので、「プリン体」のせい、と勝手に解釈し、ビールを控えたりしていたが。昨日までちょっと無理をしていたので、体に来たか。

パコの脚にやたら虫に刺されたような跡があり、気になるので、今朝、病院に連れて行くことになっていた。妙な鼻水も出るし。

しかし、これでは無理だ。上さんに小言を言われてゴソゴソ起き出したら、パコが笑顔で寄って来た。「すまん、トオさんは、今朝は上手く動けない」。心の中で謝りながら、尻で居間まで這って行って、やはり上さんに叱られながら、パコのオムツを替える。

パコ達を送りだした後、また寝る。1時間半ほどして起きたら、今度は、右足の指も腫れていた。腰はもっと痛い。いい加減、起きなければならない。作っておいてもらったコーヒーを飲む。

痛くて右回りができない。これじゃ、せっかくの週末も使い物にならんわい。と思っていたら、何とか動き回る方法を見つけた。右脚から回ると痛い、つまり、野球の打者のように回転すると良くないが、テニスのバックハンドでパッシングショットのように右半身全体で回転するとなんとか回れるのだ。
オレって良いコーチになれるかも。
posted by ろじ at 14:27| パリ | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月29日

日本社会という「壁」

日本人の(とあえてアイマイに書く)理不尽な対応・姿勢に、やり切れない思いにされる。

この国の、(特に)会社や体制を背にモノを言う人たち(たいてい男性)の傍若無人さには、心が沈む。世界スタンダードから見れば(ああガラパゴス)、虎の威を借る狐、中身のない無神経――と言えばそれまでだが、そうした人たちでこの社会が回っている――いや、回ることが正当化されているのには、ただただ暗澹たる気分になる。

日本という特殊な社会の、巨大な「壁」だ。疲れた。
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2011年07月25日

名前

パコが、“言葉”を積極的に使うようになった。一週間ほど前から、広告を見ながら、フニャフニャフニョと“読む”のだ。

朝、起き出してきたかと思えば、「むンニャむーにゃむー」と、“歌”らしきものを歌うこともある。

こちらを指さして、「だれ?」と訊くと、「かあーたん」や「おとーたん」と言う。「パーちゃんは?」と言うと、自分の鼻を指す。

「パーたん」は、前から、食べ物が欲しい時に言っていた。お菓子を食べていると、お菓子を指さして「パーたん」「パーたん」と言う。「パコちゃんも食べる!」という意味だ。「お菓子食べる?」と訊くと、さっそくお座りして待っている。

名前があるのがおもしろいのか、母親を指さして「ん?」とやる。「おかあさん」と答えると、もう一人の父親を指さして「ん?」とやる。「おとうさん」と答えると、また母親の方を指さす……ということを延々と繰り返す。時に、エアコンを指して、「ん?」。

風呂に入れてやっていると、ボディタワシを指さして「ん?」。気になるあちこち指さして、徹底的に訊くのである。
posted by ろじ at 00:00| パリ | TrackBack(0) | パコの成長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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