2003年02月28日

睡眠薬の苦さ

夜なかなか寝付けず、寝ても時々目が覚める断眠状態である。

酒は、寝付きはよくするが、睡眠を浅くしてしまう。勧められた話ではないが、しょうがなく、睡眠剤などを利用する。

睡眠薬を飲み、舌の上にその苦さを感じていると、かつて、たとえば小林秀雄が、バルビタールを服用しその苦さを舌の上に感じたという本のくだりなぞを、思い出すのである。

そういえば、寝食を忘れて、小林とか中原中也とか永井龍男なんかを読んだっけ。同時に、自分の中では、こんな「苦さ」を青春の苦さと同一視していたところがあることに、気づいた。まさか睡眠薬に憧れていたわけでは、あるまいに。

などと言ってる場合ではないが・・・。というわけで、虫の息なので、サイトの更新が遅れます。
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2003年02月27日

電話

週末の夜遅く、電話をかけてくる日本人がいる。

たまたま疲れを癒そうと寝てたりしていて、そのむねを告げても、「今良いですか」とも「では、またかけなおしましょうか」とも聞かない。平然と会話に入り、自分の言いたいことを話し出す。

お構いなし、という感じである。電話をいただくのは、有難いのだが・・・。

別の場合では、もっと凄まじいのもあった。

わたしはインターネットに繋ぐのに未だに電話線を使っているのだが、ある深夜そうしてコンピューターを使っていたら、突然ある日本人からメールが来て、「いいかげんオフラインにして下さい。電話がつながらないじゃないですか!」と書いてきた。

あわててこちらから電話してみると、別に特別な用件ではなく、単なるおしゃべりである。

さすがにこの時は、しばらく腹が立った。

どこかおかしくないかい、日本人?

また、ある時、日本で知り合いだった男にここアメリカで何年かぶりで会ったが、彼は「アメリカは自分にあっている」を連発し、アメリカの水を満喫しているようであった。

その後、彼はたびたび電話をして来たのだが、週末深夜とか、どうやら相手というより本人にとって都合のよさそうな時間が多かった。間接的に電話のマナーの話をすると、彼には持論があるらしかった。それを総合すると、どんな時間に電話をかけても自分には「かける権利があり」、受けた相手には「断る権利がある」のだそうである。彼によると、それが「アメリカ式」なのだそうだ。

大人の人間関係とは、そういうものでもないと思うが。いい年をしているのだが。

ある友人にこの最後のケースの話をしたら、そういうのを最近では「アダルトチルドレン」と呼ぶのだそうだ。

なるほど、確かにそういうアメリカ人もいることはいるね。思春期の国、アメリカか・・・。疲れるのぉ・・・。
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2003年02月23日

防衛関係の男

夕方散歩に行った。近くの町を見下ろす公園で、ぼうっと夜景を見ていると、後ろから、あなたも今夜のショーを見に来たのですか、と声がかかった。

振り向くとジャケットの襟を立てた中年の男が立っており、軽く微笑んだ。最近、よく話しかけられる。たいていは男で、時に老婆のこともあり、若い青年のこともある。しかし、妙齢の女性ということはけっしてない。

男は、今夜、ダウンタウンのスケートリンクでレーザーを使ったショーがあり、その前にあそこの議事堂から、トーチを持ったランナーがダウンタウンまで走っていくのですよ、と言い、町の右手の方の議会堂を指差した。そこには、白く美しいドーム型の議会堂が建っている。

アメリカ人には珍しい雰囲気を持った男だな、と思っていると、世間話から、何とはなしに、彼が東ヨーロッパや元ロシアのの国々を何度も訪れたことがあるという話しをしてくれた。タケシケントやブルガリヤの小さな都市、一度は新聞で聞いたような都市に仕事で何回か行ったことがあると言った。やがて、彼が防衛関係に勤めていることが分かった。

しばらく話していると、東欧の都市のこと、そうした都市に突然現れる(元)有名政治家(ビル・クリントン一家など)のエピソードなど、「ウラの世界」の話しをしてくれた。

やがて、イラク戦争の話になり、それはやはり石油のことかと聞くと、もう公の事実だからと石油の利権がどう絡んでいるか、実は問題はサウジアラビアの政権とその石油であり、そのためにイラクを抑える必要があること、戦闘があるとすると、時期は早くて3月中旬だろうということ、などを教えてくれた。

やはり、アメリカ政権のことはメディアだけでは、分からぬらしい。

小一時間が経ち、ダウンタウンのショーは、中止になったらしかった。昨日このちかくであったナイトクラブ火災で何人もの死者を出したためであろう。仕方なく、われわれは冷える夜気の中、挨拶をし、別れた。

しかし、独特な雰囲気のする不思議な男であった。
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2003年02月21日

ダクトテープ広報

政府が国民に、バイオテロに備えてダクトテ−プ(めばりするためのテープ)を買い置きするようにと、発表したという。
噂では、その直後ダクトテープ業界が、なんと、テープは残念ながらバイオテロで撒かれるようなガスを通してしまう、と発表したそうだが、噂はともあれ、「ダクトテープ広報」は、実は、この政府の古典的な手なのである。

1950年代、ソ連の「核の脅威」が増したとき、政府は国民にダクトテープを買うように広報した。
「ダクトテープを買いましょう〜♪さぁ、ピンピン貼りましょ〜♪」
というふざけたような歌も作られ、大キャンペーンが行われた。
むろん、ダクトテープが核の放射能に効かないのは常識である。巷では核シェルターの有効性も唱えられ、裏庭に核シェルターを買い備える家々もでた。

この国では、こうした「予期される危険に対する予防」行為は、ものを買う行為と結びついているのである。
ダクトテープを買いましょう〜、水を買いましょう〜、と人々の購買欲求を刺激する。
ダクトテープや水は高価ではないので、誰でもこの「予防作戦」に参加できるのがミソであろう。
それは、自分の身は自分で守るというこの国の個人主義とうまく結びついているようなのだ。

それが人々の恐怖心を押さえると同時に、(その直後に)恐怖心を掻き立てる。
核シェルターも買えます、というのも、それだけの金がある選ばれた民の優越感をクスグルだろう。

政府は「Homeland Security」と騒ぎ立てるが、その実態は人々の恐怖心に訴え、それを利用し、「国民の一体感」を狙うものとも取れるようだ。
さあ、ダクトテープを買いましょう〜♪
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2003年02月14日

右利き?左利き?

世の中はバレンタインデーだっちゅうのに、ダイコンに四苦八苦している。いや、なに、日本食材店で大根を買ってきたのだが、その煮付けが上手くいかんのだ。どうもスープの出汁が良くないらしく、ちぃとも美味くない・・・。まったく。

さて、バレンタインデーにちなんで質問。みなさん(カップルで)は○○をする時、右ですか、左ですか?
○○には、何が入ると思います?



こんな記事がありました。

  キスをするときに首を右に傾けるカップルは、左に傾けるカップルのおよそ2倍――。バレンタインデーを前に、ドイツ・ボーフム大学心理学部のオヌール・ギュンテュルキュン教授が、こんな研究結果を13日付の英科学誌ネイチャーに発表した。人は出生前後に首を右に曲げる好みを覚えるが、これが大人になってからも持続している可能性があるという。
  同教授は、米国、ドイツ、トルコの空港や駅、ビーチ、公園で、キスをする124組のカップルを観察。対象者の年齢は、およそ13歳から70歳だった。何回キスをしても最初の1回だけをカウントした。その結果、右に首を傾けるカップルが80組、左が44組で、ほぼ2対1の割合となった。
2003年2月13日(時事通信)
 
この、ぎゅんてゅるきゅん教授(意味深な名前やなぁ)、たまたまラジオのNPR局でインタビュー受けているのを聞きましたが、彼によると、世界で一番キスの上手いのは、トルコ人だそうです。あああ、一度トルコ人の美女と(以下自粛・・・)。

さて、わたしですか?忘れてしまいましたがな、そんな昔のこと。バレンタインデーだっちゅうのに、ダイコンの煮付け、作ってるくらいですから・・・。
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2003年02月12日

チュース

現在ヨーロッパでは、オランダとベルギーで安楽死が法的に認められている。しかし、幇助自殺を認めているのは、スイスだけだ。そのため(悲しくも)自分で死を願うがそれについてなんの助けも得られない者は、わざわざスイスにやって来るという。

安楽死(euthanasia)と幇助自殺(assisted suicide)は異なり、前者は医者が最終的に死に至らしめるが、幇助自殺では、準備は他人にやってもらったとしても「最後の決定的な行為」は死を望む本人が行なう。

今日の『60 Minutes II』では、その幇助自殺を行なうために、ドイツからスイスのチューリッヒにやってきた81歳の男のことをやっていた。彼の名はエルンスト・ショムニット(Ernst Aschomenit)、パーキンソン病を患い、肉体的にも精神的にも重い障害があり、それは悪くなる一方だと言う。

完全に廃人になるために、自らの手で人生を終えたいというのだ。番組では、彼のインタビュー、その幇助自殺の決定をしたスイスの団体(どんな団体でも幇助自殺支持組織になれるという)やそれを取巻く議論に続いて、ショムニットが多量の睡眠薬を飲み死ぬところまでやっていた・・・。

見ているだけでやりきれなかった。

インタビューの最後に、ショムニットは最後にいう言葉はないかと問われて「チュース」とドイツ語で言った。たしかドイツ南部中心のこの方言、単にサヨナラという意味だと思っていたが、ショムニットは「もう二度と会えないけど、ここで会えて良かった」という含みだ、と付け加えた・・・。
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2003年02月11日

ガムテープとビニールシート

アメリカ人は、何かにつけ恐怖心がつのると、買いだめをする。

スーパーマッケットに行ったら、飲料水をたくさん買い込んでいる人たちを見かけた。

テレビでは、飲料水のほかにガムテープやビニールシートを買い漁る人が増えている、と報じている。バイオ-テロになった時に家を密閉しようと、備えているのだ。食品や乾電池を買い漁っていたりもするという。

専門家に言わせると、いざバイオ-テロになったら、ガムテープやビニールシートは役に立たないと言う。

報道によれば、大多数は、別に何もせずにいると言う。アメリカ人は、台風の前などには例外なくスーパーに殺到するが、バイオ-テロに対しては、まだまだ警戒が浅いようだ。
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2003年02月10日

やったもの勝ち、アメリカ主義

近くの郵便局に、車で郵便を出しに行った。アメリカでは、郵便局は、「ドライブスルー」と言って、車に乗ったままポストに投函することができる。この「ドライブスルー」、ハンバーガーショップや銀行などでは、当たり前で、最近では、「ドライブスルー」の弁護士事務所や「結婚手続き」も登場したそうだ。

さて、そのドライブスルーのポストの前で、車の列に並んでいた。自分の前に5メートルほどの隙間が開いた。その前にも車が何台かあるから、あせって詰めても仕方がない。しかし、後ろにいる車が、激しくクラクションを鳴らした。バックミラーを見る。鏡の中で、くだんのドライバーは、早く投函したいとでも言うように封筒を振り回している。

投函後、そこから進んで一般道の手前で停止した。左折して道路に出て行きたいたいが、道が込んでいて出られない。先ほどの車が後ろに来たかと思うと、わずかにあった左側の隙間をすり抜け、縁石を乗り越えて、車の間をくねくねと出て行った。

しばらく走って交差点のところに来た。前にいた車は、赤信号なのに左折して行ってしまった。自分のすぐ後ろにはパトカーがいたが、パトカーは、このふとどき者を追っかけようともしない。

スーパーマッケットに寄った。駐車場には、ほとんど空きがない。パーキングスペースを二台分とっている者が多い。他の車が枠をはみ出して停めているから自分もそうせざるをない、と言うこともあるだろうが、横に並んだパーキング枠の一番端っこで二台分占領してるのは、言い訳できまい。

スーパーの肉コーナーで、自分の番を待っていた。他に待っている客も多い。そこへやってきた大柄な主婦とおぼしき女性。「次はどなた?」という係の掛け声に、周りを無視し、辺りに響くような大声で自分の要求を告げた。それに押されたのか、周囲のものは何も言えない。

スーパーからの帰り、交差点で停まっていた。そこへ後ろから来た車が、軽くぶつかった。車の外へ出、ダメージがないかどうか確認したが、それほどでもなさそうだ。相手も出てくるかと思ったら、ダメージがないことが判ったからか、信号が青になった瞬間に前に停まっていた自分の車を回って、行ってしまった。

ある手続きの間違いを発見し、その会社に電話をする。埒があかぬ電話を、延々と一時間半。謝罪の言葉は、最後まで一言もなかった。

問答無用。ずるいもの勝ち。アメリカ主義。
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2003年02月09日

デュポン賞

以前ここで、すぐに賞をあげたがるアメリカ人の傾向について書いたことがあるが、あまり陽の当たらない地味な活動にも賞をあげたりするのは、それはそれで、良いことであると思う。

毎年、テレビ・ラジオの優れたジャーナリスト活動に対して与えられる「デュポン賞」というのがある。去年は、CBS局の『News 60 Minutes』などが受賞した。

アルフレッド・デュポンはデラウェアの実業家だったが、新聞事業も行っていた。彼の死後、その妻ジェシーは、夫の意志を後代に伝えるために、この賞を作ったと言う。

この賞は、1942年以来、ローカル・全国双方の範囲での優れた放送番組を、さらに一般に知らしめ、その功績をたたえるために与えられ、新聞ジャーナリスムの「ピュリッツァー賞」に匹敵する。その意義ある努力が次の世代にも受け継がれるように、と言う意味を込めて、受賞者には、金か銀の「バトン」(簡単に言うと棒)が渡される。

今日の昼間に、今年の賞の授与式をテレビで放送していた(PBS局、実際の式は1月15日に行われた)。その中で、この賞が、NYのコロンビア大学のジャーナリスト学科が主催していることを、初めて知った。その正式名称は「Alfred I. duPont ― Columbia University Awards in Television and Radio Journalism」と言うらしい。

今年は、この妄語でも何度か触れたFrontlineなどが、受賞した。当たり前のことだが、賞は、キャスターでもアナウンサーでもなく、番組のプロデューサーがもらっていた。
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2003年02月07日

戦争への危機感

この「雑記」がなかなか開けられず、サイトが故障したのかと思っていたが、今日やっと開けてみてみたら、カウンターが結構ヒットしている。問題があったのは、自分だけのようですね。
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今日、パン屋に立ち寄ったら、友人のカルロに会った。かれは、画家である。

挨拶をし、お互いの近況を伝え合う。カルロは絵画学校でも教えているのだが、今はサバティカルで教える必要もなく時間は自分だけのためにだけなのだと言う。

「じゃあ、外国にでも行けばよかったのに」と言うと、「ああ」と言ったまま、元気のない声になった。

カルロは名前からも分るとおり、イタリア系で、大のイタリア好きである。何年か前には、当時ローマで夏の研修を教えていた彼を訪ねて一週間ほど滞在したことがある。

そのときのローマ滞在については、長くなるので「妄語」のほうに書こう。

さて、そのカルロ、サバティカルで喜び勇んでイタリアに行くのかと思ったが、外国に行くのには乗り気でないらしい。どうしてだい、と聞くと、いやあ、今はねえ、と言葉を濁した。

しばらく黙っていたが、まさか、戦争が怖いって言うんじゃないだろうね、と聞くと、「今は、外国に住む場合、アメリカ人であることは必ずしも良いことではないんだよ」と、しぶしぶと応える。眼には明らかに恐怖の色があふれている。

カルロは、どちらかというとかなり理性的で、言葉は選んで話すほうだし、批判精神も強い。そうした傾向は、アメリカ人としてはマイノリティーな方だと思っていた。(しかも、非常な楽天家だ。)そのカルロが、多くのアメリカ人のように、真剣に戦争の可能性に怯えている。それが、胸をうった。

「でももし何かあったら、一番危ないのは、ここアメリカだぜ」と言うと、「まあ、そうなんだが」と俯きながら言う。冗談ごとではない、といった感じだ。「ブッシュのおかげで、外国でアメリカ人は敵に見られる確率が増えたからねえ」と、しみじみと言った。

しばらく話していると、「イタリアへ行って、イタリア人になりきることもできるけど・・・」と軽く笑い、外の雪のふるなかへと消えていった。その背中は、事の重大さに固まっているように見えた。
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