2003年05月30日

Gym

なん回か前の雑記「コーヒー価格」の訂正です。調べたところ、どうやら、コーヒーの原産価格は、16セントらしいです。売値はその50倍です。
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さて、このところ、ほとんど毎日のように、ジムに通っている。

以前、まるで食欲がわかず、何も食わないので弱りきって虫の息になっているときに、
これではイカンと思い、ジム通いを決心したのだった。

やり始めていると、なかなか調子がいい。
トレーニング室には、異常なほど筋肉が発達したオトコども(長い腕の上部に筋肉がモリモリとついた、あるオトコは、昔の妖怪人間を思い出させる。失礼!)や、
こんなに瘠せているのにもっと瘠せたいんかいと思ってしまうような女性とかが屯していて、
ちょっと不思議な図である。

が、それは、まあ、あまり気にもならない。
一時間から一時間半ほど汗を流して、帰ってくる。
食欲も湧くので、夕食も進む。
というより、なんでも腹に入ってしまうので、別に真剣に料理する気も起こらない。
運動がストレスを除くせいか、食べてストレスを解消するということもない。
ありあわせの物を、適当に混ぜ合わせて、少しだけ食べるだけだ。
貧食には、変わりがない。

なんだ、これでは、以前と同じじゃん。
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2003年05月29日

Chomsky Talk

チョムスキーの講演に行ってきた。

チョムスキーといえば、言語学の大御所。学生になりたての頃、その理論「生成文法」には、たいへん興奮したものだ。しかし、チョムスキーは国際政治にも通じていて、政治関係の著書もたくさんある。今教えているMITでは、国際政治の講座も担当しているという。

講演はある教会で行なわれたのだが、会場に入ってみて驚いた。1000人は入ろうかという大きな部屋(というより講堂)が満杯であった。しかも、それだけでは足りなくて、地下に講演をビデオの生中継で視聴する場所も作られた。

会場に現れたチョムスキーが、総立ちの拍手に迎えられる。演壇に登場した彼は、冷静ですごく鋭そうな、しかし良心的な暖かい感じのするおじいさんであった。思慮深そうに、正確に選ばれた言葉を流暢に話す。(声が小さい。)

1000人以上の聴衆は、水を打ったように静かに聴いている。見るところおじいさんおばあさんからそのへんの子ども、ビジネスマン・ウーマン、大学教授、明らかに活動家と見える人など、いろいろな人たちがいるようだ。これほど幅広い層に支持され尊敬されている知識人も、珍しいのではないかと思う。

演題は「アメリカの帝国主義的政策について」。今回のイラク戦争にあたって、ブッシュ政権が用いたドクトリンの説明が面白かった。それは戦争で攻撃するべき国の判定基準を示し、第一に、攻撃されても対抗できないほど防衛ができない状態にあること。第二に、世界的に見て政治的あるいは経済的にあるいは軍事的に重要な国であること。第三に、過去に大量殺人などを犯していること。イラクは、このどれもにうまく当てはまる。現在、アメリカが問題視しているイランは、まず第一の基準で引っかかるという。

スピーチが終わったあとも、ひとりひとりの質問に、相手の顔を見つめながら丁寧に答えていた。非常に誠実であるという印象を受けた。

チョムスキーは、哲学者のバートランド・ラッセルを尊敬しているというが、いろいろ読んで知るラッセルよりはるかに幅が広い人間なのではないかと思う。ものの本によると、かつてラッセルが日本に来た時、人々はその冷徹さに近寄りがたい印象を受けたが、のちにアインシュタインが来日した時には、彼のもつ人間的暖かさに感動したという。

妙に心を動かされて、教会から出ると、初夏の澄み切った空気が夜を包んでいた。
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2003年05月25日

ひじき

3日前、ひじきの煮物を作った。

しかし、乾燥ひじきを水に戻すとどのくらい膨れ上がるか予想できず、知恵が足りないから想像さえできず、大型の鍋に一杯になった。

おかげで、3食ひじきの煮物。しかも、少々甘めに作ってしまったので、一度にたくさん食う気にはならない。

したがって、いろいろな食べ方をする。ひじきのサラダ、ラーメンひじき、ひじき茶漬け、ひじきのサンドイッチ、ひじきのデザート・・・。

もう一口ひじきを口にしたら、ひじきになります。
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2003年05月23日

子どもはかわいい

何日か前に、パーティーに招かれた。

素敵なお宅の裏庭での、風爽やかな五月につきもののバーベキューパーティー(BBQ)。
多くの人が集まって、かなり大きな会になった。

ビールを好きなだけ飲みまくり、アメリカ人などの外人(外人はお前だよ)を含むいろいろな人と知り合って、
ふだんはかごの鳥のように狭い交友範囲を、広げられるなんて、
BBQとは、なんて素晴らしい慣習なのだろうか。

さて、と・・・、誰と話そうかな、と
右手にビール、左手にホットドッグで、思っていると、
友人の5歳の男の子がまとわりついて、いや、なついてくれた。
かなりの元気盛りで、軽くあしらうことなどできず、両足に絡みついたりに肩車をしたり相撲をとったり、
つまり、全身全霊で相手にしなければいけない、あのすてきな年頃・・・。

それよりも、おーい、こいつーははは、などと、夕陽に向かって走るおにいさんを気取って、
頭をコツンとでもやろうものなら、この国では、幼児虐待で訴えられてしまう。
へたをすると、全く関係ない人に、大金を巻き上げられてしまうのだ。
子どもと遊ぶのにも、注意しなくてはいけないのだ。

とはいえ ――
不思議と、わたしには子どもは、すぐなつく。
それを見たある女性が言った。―― いいお父さんになりますよ。
けっして、いい夫になるとも、いい恋人になるとも言われたことがない。

まあ、いいけど・・・。
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2003年05月20日

コーヒー価格

ラジオのNPRネタ。

コーヒーが好きなのでよく豆を買うが、だいたい1パウンドあたり最低7ドルから9ドルする。

しかし、原産価格はいくらほどかご存知でしょうか。



・ピンポンピンポンピンポンポン…(クイズ番組『ジェパディー』の音楽)



正解は、60セントです。

ますます安価になっていると言う。それも、今やかつての「コーヒー国」のブラジルやアフリカ諸国だけでなく、新しくフィリピンなども含めた世界中のいたるところでコーヒー栽培をしており、しかも、どこも高収穫だからなのである。

コーヒー栽培をしているのは、いわゆる第三世界だが、売値の90%以上の利益は、もちろんそうした国々にはいかなる形でも還元されない。これらの国はもちろんコーヒーを主飲料になどしていない。ひたすら労働力となるだけらしい。儲けは、運搬業者や売り手にのみ入るのだ。苛酷な、腹立たしい図式である。

スターバックスなどの大手コーヒーチェーン店に抗議しようとする人たちは、そうした「利潤の構造」に物申したいと思っているのだろう。
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2003年05月17日

マドロスの血が…

今日は、この妄語の読者で『メグライアンばりの超美人の親友』(←本人がこれを使えと)のご好意で、ニューポートという港町で開かれた「AroundAlone」というヨットレースの表彰式に参加させて頂いた。

この「AroundAloneレース」、世界四大ヨットレースの一つで、四年に一度開かれ、ニューヨークを出港し、アフリカの南のケープタウンを通って世界を一周し、このニューポートにゴールする。世界中をたった一人でヨットで巡るこのレース、かなり過酷であるらしく、ヨットもしばしば故障し参加者13人中の3人が脱落したそうである。

表彰式は、まず、ヨット博物館の前に張られたテント内でカクテルサービスがあり、生牡蠣などが饗された。(ひたすら戴く)その後、隣のさらに大きな海が三方に見えるテント内で夕食。上等なワインが提供された。(もちろんこれも、喜んで戴く)

ヨットは無知なのでよくは知らないのだが、世界四大ヨットレースの一つだけあって、世界でも有名なヨットマンが来ていたらしい。日本から参加の白石さんは、とても誠実でしかも気さくな方で、サインや記念写真に喜んで応じていらした。そして、美人の奥様、白石さんのチームのスタッフの方々、カメラマンの方、どなたもとても親切で優しい方たちであった。白石さんの技術と意志の強さは言わずもがな、そのお人柄と、皆の暖かい協力があってこそ、この大事業が成し遂げられたのだろう。

さて、夕日が西に沈み辺りがオレンジ色に染まる頃、表彰式が始まった。女性一人を含む10人が紹介され、レース上位入賞者の表彰。白石さんも、いくつかのカテゴリーで受賞された。各人がスピーチをしたが、みな謙虚かつ爽やか、そしてユーモアがあり、海に生きる男女はいいものだなと感じた。

夕食の間、隣に座った男性と話しをしていたが、驚いたことに、彼は全くのボランティアで、世界中の寄港地に飛んで白石さんをサポートしたそうである。「動機はなんだったのですか」と聞くと、「イギリスでお会いした時に、誰かの手が必要だった様ですので。僕も少しヨットをやりますから」という、おそろしく単純明快な答えが返ってきた。恐るべし、海の男。

ヨットのお話をいろいろ伺い、式も終わり、その後に、夜はまだ浅いとでもいうように華々しいディスコパーティーが始まる頃、皆でおいとました。

外に出ると、港の向こうの山に巨大なだいだい色の月がかかり、湾内をしずかに照らしていた。
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2003年05月16日

男の料理

安くてうまいイタリアワインが手に入ったので、イタリア料理を作ることにした。

と言っても、家には特に何があるわけでもない。豚肉とキノコとトマトソースがあるくらいである。これを使って手のかからぬイタリア料理といえば ―― そう、スパゲッティーソースを作ることにする。なんとかなるでしょ。

ニンニクをオリ−ブオイルで炒め、切った豚肉を入れ、塩コショウ。ごく僅かだけ、きざみ辛子をいれる(ペペロンチーノがないのだよ!)。余った玉ねぎがあったので、これも輪切りにして入れる。ワインを軽く入れ…と、ここで、他に入れる野菜がなんにもなく、えらく物足らないことに気がついた。

冷蔵庫をゴソゴソやっていると、梨を発見。かまわん、これを入れることに即座に決定。実は、豚肉と梨はけっこう合ったりするのだ。ちゃんとそういうイタリア料理(トスカナ風だっけ?)もあるのだよ。

で、梨を薄く切って入れて、蓋をして梨が柔らかくなったころにトマトソースを入れる。しばらく煮込んで、さあでき上がり!

味は ―― 梨の軽い甘みがうまく出て、まあまあです。人に出せるものではないですが。スパゲッティーにはどうかと思いますが、眼をつぶって食えば食えます・・・。

というわけで、男の料理でした ―― いやオレの場合は「家庭料理」なんだな、これで・・・。
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2003年05月14日

ダイヤモンド

何日か前、ある女性が社会問題に興味があるというので、いわゆる「Blood Diamond 血にまみれたダイヤモンド」の話をした。(このトピックについては以前にも書いた。こちらをクリック。)

しかし、彼女の反応は ―― 
「そんなこと言われたって〜、知らないし〜、ダイヤはやっぱほしいし〜〜、なんだか〜、セイジは難しすぎるし〜・・・」

おじさん、絶句・・・・・・。

さて、テレビのPBS局で、アフリカのシエール・リヨンの、その「血にまみれたダイヤモンド」の話をやっていた。なんと、生産地や密輸基地などの現地に乗り込んでのルポである。密輸基地なっている村では、銃撃にあったりしている。National Geographic誌の記者だそうだが、体を張っているなあ。

国連パトロールが駐在しているとはいえ、密輸やアンダーグラウンドは無くならないと言う。というより、さらにひどい野放し状態になっていると言う。

それも、ダイヤモンド業界の“秘密主義”の伝統が、加担しているのだ。ダイヤは、たいていヨーロッパのベルギーに集められるのだが、そこに来たダイヤは、カナダからのものであろうとシエール・リヨンの密輸品であろうと、いったん集めて一緒にされ、宝石用に磨かれると、産地など分からなくなってしまうという。つまり、どこからどのように手に入れても、充分な商品になってしまう。

そうしたマーケットが成立する限り、密輸はなくならないだろう。
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2003年05月12日

祝!

この歳になると、身体的に感動的な出来事にばかり遭遇する。

階段を(昔のペースで)駆け降りると、腿の内てん筋を傷めてしまうことがある。
かばんを(昔のペースで)グイッと持ち上げると、肩を痛めてしまうことがある。
ましてや、テレビのコマーシャルをまねて、タンスなど持ち上げようものなら、
1ヶ月は腰が使いものにならなくなる。

しかも、なにを食っても、腹のまわりに付く「タイヤ」となってしまうのだ。

しかーし、二日おきにやっている腹筋運動の成果あってか、
ウェストが、2センチ細くなったぞ。
祝!
さあ、ビールで祝うか…。
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2003年05月08日

アメリカの銀行で両替するための方法について(1)

あなたが、必要があって、アメリカンエクスプレスのトラベラーズチェックを現金に換えなければならないとしましょう。問題は、それが、日本円だということなのです。

アメリカンエクスプレス(以下AE)に電話をすると、この辺りのアメリカンエクスプレスのオフィスは、すべて、ついこの間つぶれたことが判明します。田舎ゆえ、こんな屈辱を甘んじて受けなくてはいけないのです。クー。

諦めてはいけません。AEに次なる手を提案してもらいましょう。AEが言うには、大きな銀行なら換えてくれるとのこと。その銀行名二つを聞くと、自分の口座がある銀行ではないですが、一応名の知れた銀行なので了解しましょう。手数料が取られるかもしれないが、そこでやってくれるはずだと言います。朗報です!安心しましたね!

しかし、そのどちらの銀行に電話しても、口座がないと受け付けないと、けんもほろろな応対をされるでしょう。ククソッ、ですね。

仕方がありません、自分の銀行の本店に電話をしましょう。800番なので、電話代はタダです。「外国通貨のトラベラーズチェックを・・・」と言うと、いま調べますと、待たされます。かなりしてから、「すみませんが、えーと、どういうことでしたっけ」と用件を再度説明させられるでしょう。

グッと押さえて、笑顔を作りながら、さらに分かりやすく説明し直しましょう。やがて、シドロモドロに「現金にできますが、100ドルにつき1ドルの手数料がかかります」と言ってくれるはずです。ナニィ?
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アメリカの銀行で両替するための方法について(2)

とんでもない手数料だ、と思ってしまいますが、ここはアメリカ、これで納得してはいけません。翌日、また同じところに電話をかけましょう。こんどは、「もちろん口座があれば、手数料はかかりません。どこの支所でもやっています。銀行からアメリカンエクスプレスに電話して両替相場を聞くだけです」と言ってくれるのですから。だろっ!こんなもんだよ、アメリカ!!

その日は、銀行に行くにはもう遅すぎますので、翌日行くことにします。さて、その翌日、近くの銀行に行って訊くと、カウンターのおばさんは、「そのチェックのもとの発行所に送りますので、両替には1ヶ月ほどかかります。手数料は、70ドルです」と、驚愕するような全く違う話をするはずです。

驚いて「そんなにするのですか?きのう本社に電話で聞いたところでは、手数料なしといってましたが」と言っても、相手は、いや、本社がどう言おうとも、われわれが正しいのだ、と言い張るのです。ったく、アメリカ人は、いつもこれです。

ここで引き下がってはいけません。「一応、そこの主任に訊いてみてくれませんか」と、近くの主任らしき恰幅のいい人を指差して、お願いしましょう。おばさんがその主任に訊くと、主任は、後ろに汚らしくホコリを被っているファイルキャビネットを開け、なにやら紙切れを出してきて、初めてのものを見るように顔を近づけて読み、やがて「ああ、手数料は30ドルです」と言うでしょう。40ドル、ぼったくられるところでした!

しかし、両替には1ヶ月ほどかかるのは、変わりありません。あなたは、ここで、どうしようか迷ってしまいます。結局、このおばさんたちの働く銀行に対する不信感。不安感がぬぐいきれず、そこで両替するのは諦めます・・・。

両替ぐらい簡単にしろや!金融化のグローバル化ではなかったのかい?そりゃ、たんなるアメリカ化ですか?

どなたか、日本円のトラベラーズチェックの両替の仕方、教えてください!
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2003年05月07日

American Men

友人のマイケルに会った。

マイケルは疲れた顔をして「忙しい」を連発した。彼は結婚していて、たしか2歳の小さな子供がいる。家族に何かあったか・・・。

おれ「どうしたんだい?子供が病気にでもなったのかい?」 同情をこめて訊く。

マイケル「いや、今晩はこれから子供の面倒を見ないといけないんだよ。今晩は、お手伝いのアルバイトが来ないんだ。」

お「ふ〜ん。そうしながら、何か締め切りでもあるのかい?」

マ「いや、別にないけど・・・。30分早く帰らなくてはいけないのさ。奥さんを手伝わなくちゃならないんだ。夫なら当然さ。アメリカの男は気がつくのさ。」 誇らしげに言う。

(ふーん、アメリカ人だから、家事は平等なのかねえ。しかし、それだけかい?それが、忙しいんかい?どんな生活しとるんだろ、こいつは・・・。)

お「マイケルは洗濯とかするの?」

マ「奥さんや子供のなんか、しないよ。」

お「じゃなくて、自分のだよ。」  

マ「いや、奥さんがする・・・。」
(おいおい)

お「じゃあ、料理はするの?奥さんも、一日中、働いてるんだろ?」(彼女の方が長時間働いてるって聞いたが。)

マ「い、いや、奥さんがするよ。一ヶ月に一回ぐらい、ぼくもやるけど。」

お「食後の片付けは?」

マ「彼女だよ・・・。え〜と、彼女の方がうまいんだ。」 (おいおいおい)

お「買い物は?」(まさか、買い物くらいするだろ?)

マ「う、う〜ん・・・。たまに・・・。」

お「そうかぁ。じゃあ、自分のシャツとかは、買いに行くの?」 (自分の下着も買ってもらうんか〜?)

マ「・・・奥さんが・・・。彼女の方がセンスがいいから・・・。」

たしかに、日曜にデパートなんかに行くと、男性コーナーにいるのは主婦ばかりである。夫は、家でソファに横になって、TVで野球かフットボールでも見ているのであろう。

お「じゃあ、マイケルは、家事、なにやるの。」 (たしか、おまえ、さっき「夫なら手伝うの当然だ」って言ったよな?)

マ「あ、あんまり・・・。いや、彼女がやる・・・。」

なんじゃあ、そりゃあ? 口先ばっかじゃねーか。同情なんて、するかっ!!
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2003年05月06日

A Shot Glass

友人のスウェーデン人デザイナーが、母国に一時帰国した。

この男は腕はいい。この男の作品については、こちらをどうぞ。

彼とは、その個展のためのちょっと変わったカタログ――CDケースの形になっていた――の製作をお手伝いして以来の仲である。
ただ、しがない酔っ払いのの職人デザイナー(彼は毎晩、ワインを大瓶でたくさん飲む)だと思っていたが、国ではちょっと通った名で、空港にリムジンが迎えに来、ラジオでインタビューもあったそうである。

さて、彼が帰国し、おみやげにショットグラスを買ってきてくれた。
グラスの横についているデザインはスウェーデンの画家の手になるそうで、ピカソなどのいろいろ有名な絵を、わたしの大好きなホアン・ミロ風の軽いタッチに仕上げている。
いただいたのは、ミッキーマウスのバリエ−ションであった。

さっそく一杯やることにした。
しかし、ウィスキーもない。いろいろ物色していると、ウォッカがある。なぜか、オレンジのリキュールがある。
これでカクテルでも作ろうと思ったが、オレンジのリキュールでは果実の味が強すぎる。
疲れているので、純粋に甘く、しかしもったり甘過ぎず、ウォッカの苦さを中和するものがいい。

さらに探していると、カナダ産のメープルシロップが出てきた。
はあ、これでやってみようか。ウォッカを入れ、少量のオレンジリキュールを加え、メープルシロップをたらす。

なかなかオツな味である。
カナダ産メープルシロップのオリジナル・カクテル。
Canadian Frost と命名した。カルアを使ったカクテルなら、Canadian Love とでも命名するか。

琥珀がかった銀色の液体が、飄逸なミッキーマウスの柄を浮き上がらせた。
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2003年05月04日

「正義」と南軍旗

天気が良いので、職場の近くにドライブに行った。
森と湖があり、その周りには人家が散在する。桜も咲き出して、う〜む、ちょっとした桃源郷の気分だ。

アメリカの良いところは、土地がたくさんあり、郊外では、各家がゆったりとしていることであろう。
その辺りも、豪華ではないものの、一家がゆったり暮らすには十分すぎる家々が並んでいる。プール付きの家もある。

家々を見ながらゆっくりと車を走らせる。今回のイラク戦争のためだろう、家の前の門に、イラクに従軍した米兵の無事を願う黄色い大きなリボンを結んでいる家々がある。「Peace」というサインを揚げている家がある。
キリスト教の立派な十字架を立てている家も、たくさんある。黄色い大きなリボンと十字架の両方を掲げている家もある。
しばらく行って、驚いた。なんと、南北戦争時の「南軍旗」をあげている家があるのだ。
しかも、黄色いリボン、十字架、南軍旗の三つとも備えている家さえあるのだ。

南軍旗は、南北戦争中の1861年、南部同盟政府の戦争省によって、「軍旗」としてデザインされ、赤地に、青のX十字の中に南部13州の白星が並ぶ。
南部は、もちろんのこと、黒人の「奴隷制」支持であった。その考え方は、いまも南部の州から払拭されたとは言えず、ミシシッピー州の州旗は、現在でも、その南軍旗を一部に残している。
(ちなみに、いくつかの南部州では、こうしたアナクロな差別の名残をなくそうと努力がなされている。ジョージア州では州政府によって南軍の痕跡を残さない新州旗が採択された。ミシシッピでも、2001年に新たな州旗が提案され決定投票が行なわれたが、反対派が勝ち見送りとなった。)

こうした純朴な人たちは、イラク戦争は「正義の戦争」だと言うのだろう。黄色いリボンと、「Peace」と、十字架と、「正義」と、そしてこの南軍旗(の思想)は、どのようにしてその同じ精神の中に根付いているのだろうか。

な、なぜなんだ、アメリカ人?・・・。

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新しい「酔眼妄語」がアップされてます。下の「Home」ページから、どうぞ。
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2003年05月01日

トーマス・フリードマン

ブッシュ大統領が、イラク戦争の勝利宣言を「勝利」という言葉を使わずに行なうという夜(実際は、最後の方で「勝利」を匂わせた)、
ニューヨークタイムズのメインコラムニスト、トーマス・フリードマン氏(Thomas L. Friedman) の講演に行った。

フリードマン氏は、リベラルのジャーナリストとして知られているが、
現実派でもあり、今回の戦争では「慎重な支持派」であった。
ピュリッツァー賞を3度受賞し、前回の「湾岸戦争」では現地から報道している。

明快な言葉で、この戦争に対してアメリカがするべきことを説いていた。
アメリカとイスラムの文化の違いの深さ、
そういう深い溝があるからこそアメリカは「良い聞き手」になって相手(イラク)の主張に耳を傾けなければならない(今までそうなれたことはなかったが)、
ということを、解りやすいエピソードを交えながら説明していたのが印象強く残った。

アメリカは、イラク人自らによる民主国家の建設のためにイラクの軍事力を(再)利用すべきだったが、軍事力を完全に破壊してしまった。
「政治的権威」が駆逐され「軍事的権威」が完全に破壊された結果、
出てきたものは「宗教的権威」であり、(南部その他での)宗教勢力の台頭は当然であった。
また、軍事力が破壊された結果、イラク内にセキュリティー上の真空地帯が出来上がり、人々は略奪に走った。サダム・フセインの像が倒されたが、それをしたのはアメリカ軍と少数のイラク青年であり、そのあいだ、大多数のイラク市民は略奪行為を行なっていたのだ。
アメリカは、この「真空地帯」に責任がある。治安と最低限必要なもの(水、電気など)を回復するまで、手を貸さなければならない。治安に不安では、自由を謳歌などできはしないのだ。
・・・そういう主張は、説得力があったと思う。

最後に、会場からの質問に答えて、ジャーナリストとして最も大切な資質を教えてくれた。
それは、人間を好きになること。ジャーナリストは、ほとんど人間嫌いだそうである。
しかし、取材の相手を好きになっていることが相手に伝われば、「こういうことは人前では言ったことはないが、しかし、あなただけに…」と、胸を開いてくれる可能性がある。
そして、どんなに嫌がらせのメールが来ても、自分が正しいと思うことを書き通すこと。賛成派反対派の両方を満足させるために書くことなど、たやすいことなのだから・・・。
なるほど!!
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