2003年09月29日

謹告

せっかくいらしていただいたのに、申し訳ございません。
持病の腰痛が悪化してしまったため、まともに座っていることができずタイプができません。

あと二三日、お休みするかもしれません。
これに懲りず、時折覗いていていただけたら、僥倖です。

露路
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2003年09月18日

写真

朝、髭をそっていたら、力を入れすぎて、鼻の下を切ってしまった、というより、皮膚を削って小さな穴を開けた感じである。

ドクドクと流れる血、思わずティッシュで抑えたが、なかなか血が止まらない。―― まずい、今日は、ある書類用の写真を撮るのである。

しばらく、鼻の下に白いティシュをあてた己の顔を、鏡の前でアホのように見ていたが、意を決してバンドエイドを貼った。

物笑いのタネ、いっちょ上がり、である。

いざという時のために、かなり昔のパスポート写真を一枚、カバンに忍び込ませる。
おおお、凛々しい我が青春!! 
うーむ、しかし、ちと若すぎるが・・・。ま、ええか。

さて、肝心の写真。それまでには流血も納まり、バンドエイドをはずしても小さなピンクの点が見えるだけである。どう、写るか???

緊張してカメラの前に。黒人のおねーさんは、こっちの鼻の下をちらりと見て、やはり歯のあいだで笑いを押し殺すように「ハイ、スマ〜イ〜ル」。
スマイルどころではないぞ!

その点がどう写真に写るか、かなり気にしながら待っていた。
おねーさんが出てきて、書き込んだ書類に写真を貼った。

「あの〜、それ、だれ?」
「はいぃ?」
「その写真、誰でしょう〜かぁ?」
「何いってんの?あ〜たでしょうが。」
「ひっ?オレ?」

そこに写ったのは、巨大な顔、というより川越センベイのようなしらっ茶けて黄色い物体であった。よく見ると、画面の中央近く、鼻の下にピンクの点らしきものがあり、その「センベイ」はその点を真ん中にして焼かれた、という感じである。

太りすぎ。こんなものを晒して歩いてなんて・・・。これでは、バンドエイド以前に、「物笑いのタネ」がいっちょあがっている。
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2003年09月17日

チョコレートの箱 (メランコリック?)

「Life is a box of chocolates (人生ってチョコレートの入った箱みたいなもんだね)」と、フォーレスト・ガンプは言った。

確かにそうだな、とつくづく感じる。ある意味で「驚きの箱」だ。

中からどんな“チョコレート”が出てくるか分からないというより、俺の場合は、どんな人々の思い出、出来事の記憶が入るか分からないという意味で。この二つは結局のところ、同じなのかもしれないけれど。

さまざまな出来事に会った。そのうちのいくつかは、忘れられない思い出になった。

いろいろな人々に出会った。そのうちの何人かは、決して忘れがたい宝石のような出会いとして、胸に刻まれた。その出会いは、いつまでも生きている。

何十年も馬齢を重ねた箱の中には、いろいろな色の、さまざまな形の“チョコレート”が入っている。

いろんなものに興味があり、驚くような出会いがあり、ばらばらで統一が取れてないように見えるこの箱の中も、隠されたひとつの美しい箱として、胸にもっておけるであろうか。

それは、どんな箱を自分で作って行けるかによるのかもしれない。

はー、ちょっとメランコリックでしたね。らしからぬ文でした。
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2003年09月16日

クソにまみれろ、誠意!

交渉ごとで、こちらがどんなに正直に誠意を持ってやっても、
かつ、その人のためを思って、良心的に相手の要求に答えるように努力し、
下手に出て、いろいろ譲歩しても、
こちらを疑ぐり、自分のいわゆる”利益”を守ることしか考えない人がいるのは
うんざりする。

てか、疲れた・・・。

と言っても、自分のポリシーとして、それをラディカルに変えようとも思わんし、また、変えられるとも思わんのだが・・・。

頭のどっかで、そうでない人々がどこかにきっといる、とナイーブに信じてるんだろうな。性懲りもなく。こうして、痛い目にあっても。

でも、こうやって若い人に失望していくんだなあ。
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2003年09月15日

アメリカの中東政策

アメリカ人は、テロ事件も含めて、アメリカがなぜアラブ諸国に人気がないのか、当惑しているようだ。しかし、アメリカ人は、過去の歴史をなぜ紐解かないのだろう?

こういうことしてるから、アメリカはアラブに嫌われるのだろうな。
http://www.asahi.com/international/update/0917/003.html

「米、アラファト議長追放断念求める安保理決議案に拒否権 」(朝日新聞ウェッブ版)
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2003年09月12日

ある塗装工

車関係で、いろいろなトラブルに巻き込まれたおかげで、レッカーのあんちゃんとか、修理工のオッサンとか、車工場のおばさんとかと懇意になる機会が増えた。

どこに行っても、そういう人たちに好かれて、この夏は、ちょっと忘れ難いものになった。

会った人たちは、みな、心の温かい純粋そうな人たちで、自分の悪運の真っ只中に、かろうじて咲いた幸運の花として、なにかホッとしたものである。

レッカーのあんちゃんと、どの女優が一番マブイ(死語?)かを
大声で話し笑うのも、堂に入ってきた。

そのせいか、最近は、自分の英語も
「I don't do NOTHING」
とか、凄いことになっていますが。社会復帰できるんでしょうか。

さて、オレの車は、フォルクスワーゲンなのだが、今日は、車のボディとバンパーの修理の件で、腕がいいと噂の、ある小さな町のボディ・ショップに行った。
修理の見積もりが終り、車体の色のサンプルをとるためバンパーの一部を切り取ってもらって、さあ、帰ろうとすると、その切り取りをしてくれた塗装工のあんちゃんが、「フォルクスワーゲン、好きかい?」と訊いてきた。

「え?ええ、まあ、好きですよ」と、なんとか応えると、塗装工のあんちゃんは、「じゃあ、おれのフォルクスワーゲン、見るかい?」と言った。
そして、つかつかと奥のほうへ入っていって、さあ、これだ!と見せられたのは、カスタムデザイン中のスポーツカーであった。

ムスタングやいろんな車のボディを一部使い、特別に作ったエンジンを入れてあると言う。見せてくれた新品のこれまた特製のエンジンの馬力は1600と言った。
気に入った塗装を自分で施すそうだ。
過去の車から写真付きの克明な記録をとっていて、アルバムに入ったモノを見たが、ボディに描いてある女性の体などリアリスティックな絵柄は、プロの画家並みであった。

去年のオートショーでは、一位になったそうなのだが、その優勝作品を取り壊して、この新しいモデルを作っていると言う。

アメリカ恐るべし。こんなところに、なにげなく、職人がいたりする。
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2003年09月11日

ナンチャッテ睡眠愛好家

久しぶりに、長時間眠った。
久しぶりに、起きた直後の快感である。
「ナンチャッテ睡眠愛好家」として、さいきんはなかなか楽しめる時間がなかったのである。
しかも、睡眠時間が足りないと極端にテンションが下がるタイプである。(まあ、だから「ナンチャッテ睡眠愛好家」なのだが。)

このあいだどこかの医学関係記事で読んだのは本当だなあ。
睡眠というのは、疲れだけじゃなく、苛立ちや焦りや諸々のモノを、解消、というより宥めてくれるようだ。

いつも思うのだが、充分睡眠が取れないと、漫画でよく描かれるように頭の中が黒いモヤモヤでいっぱいになる感じ。
うまく言えん・・・。

あのベートーベンが、とここで無理にウンチクを傾けるのだが、自分のパトロンに書いた書簡に、「私の余暇は睡眠ですが、というより、睡眠以外に知りませんが」と書いたのを、時々思い出す。

まあ、とにかく、Life-time companion とは、睡眠のことだな。
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9.11

あるところで必要があって小切手を切った。

日付が分らなかったので、目の前にいた女性の店員に

「今日は、なん日でしたか?」と聞いた。

アメリカ人は、普通、こういう時は明るく応えるものだが、

今回に限って店員は、静かにひとこと

「9月11日」

とだけ答えた。

「ああ、伺うべきじゃなかったですね。ごめんなさい」

と、タブーの言葉を言わせて申し訳なかったという感じで謝ると、

彼女は、「いいえ、いいんですよ」とも「気にしないで下さい」とも言わず、

厳しい顔で、黙って頷いただけだった。

「9月11日」は、まだそれだけ、

アメリカ人の心に重い暗い影を落としているのだなと思った。
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2003年09月09日

日々のことなど

忙しくて書く時間がないです。記憶に残ったことを。

*****

 リスたちは、あいかわらず、窓辺にやって来て餌をねだる。

 しかし、イジローはまた旅に出たらしく、見かけなくなった。

 一ヶ月ほど前の、ある雨空の朝だった。リスたちは、雨や雨空の時は不思議と窓辺にやって来ない。木の中に隠れているのかもしれない。イジローは、いつもより早く6時ごろ窓辺に現れ、いつものように窓を爪でこすってオレの目を覚ました。

 おいおい、今日は、やけに早いじゃないか、と好物のひまわりの種を窓辺に置く。ふだんは、それが分ると大きなシッポを上下に振って喜びを表わす。まだベッドの中にいたり、何もあげないと、窓の前に両脚で立って(ホントである、二足で立つのだ)へやの中を覗き込む。こちらがそれでも何もしないと、「ギーギーグー」と鳴き叫ぶ。

 今回は、ひまわりの種を置いて「へい、イジロー、おはよー」と言っても、すぐ寄ってこない。しばらくして、そろそろと歩いてきたかと思うと、オレの顔をその大きな真っ黒の眼で下からじっと見上げて、これまたとてつもなく悲しそうな顔をした。15秒位そうしていて、そして、静かに種を食べ始めた。

 それ以来イジローを見かけない。あれは、こちらの思い込みによる、気のせいだったのか。その他のチャッピイとチョッピイはまだいるが、二匹とも元気がなく何かの皮膚病のように顔の所の毛が剥けている。毛が抜け変わる時期なのだろうか。

 そうこうしているうちに、チャッピイ(オス)を見かけなくなった。なんだか大事な友人を失ったようで、とても淋しい。

*****

 スペインのラ・マンチャ地方でできたワインというのを見つけたので、ドキドキして買ってきた。ラ・マンチャとは、もちろん、あの「ドン・キホーテ」の土地だ。

 ALDOBA: Tempranilloといい、2000年のもので悪くはない。
と思っていたが、やはり、安いものはイケナイ。

******

 もうすぐ、9.11の二周年だが、そんな雰囲気はないように見える。

 カフェでは、行く夏を惜しむ人たちが、晩の冷気にも係らず、まだ夏にすがりつくように薄着をして夕焼けを見つめている。美しい光景だ。

 それにしても、キャシーよ、コーヒーチョコ(コーヒーの豆をそのままチョコでくるんである)をばかばか食ってハイパーになるのは良いが、こっちにまで食わせないでくれ。こっちは、寝不足で帰って熟睡したいんだから。

******

 酔眼妄語に「兵士の妻」を書きました。
http://blog.livedoor.jp/mougo/archives/2003-09.html#20030911
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2003年09月07日

夕べ

夕方、カフェに行ったら混んでいて、相席になった。

こんな美しい夕べに、研究書を読む気も起らないので、ビル・ブライソンの『I am a Stranger Here』という本を取り出した。もともとアメリカ人の著者が、イギリスに20年間滞在の後、帰国し、アメリカの不思議なところを面白おかしく書いている。

読んでいてあまりにおかしいので、噴出していたら、目の前に座っていた女性が、「なんですか」と不可思議そうに微笑んでこっちを見た。いや、この本が・・・と言って、表紙を見せ、「読んだことはおありですか?」と聞いてみた。その著者の他の本は幾つか読んだことがあるとのことだった。

それから、簡単な挨拶、自分が読んでいるものなどについて話した。彼女は、がん予防団体に勤めていて、政治家などに働きかけ「禁煙」活動を広める仕事をしているのだそうである。

禁煙がますます広がって仕事にやりがいがある、と言った。頸がすらりと長く、落ち着いた感じである。

この国の医療体制や医療保険についてなど、日ごろから思っていることを言ったら、向こうも面白いらしく、なかなか熱のこもった会話になった。そして、タバコ産業を扱った映画『インサイダー』、ラッセル・クロウ主演の他の映画、政治、教育、マイケル・ムーアのの著書『Stupid White Men』など、いろいろなことを話した。
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2003年09月06日

思い出 と ある種の「優雅さ」について

新しい車には、質のいいハイファイセットが付いている。これは、とても嬉しいことだ。

気分が沈んだ時、落ち着かない時、苛ついた時などは、昔から、カセットを一杯抱え込んで車でドライブしながら、音楽を聴くのだ。

ジャズのこともあるし、オペラのこともある。今日は、ボストンに行く途中、プッチーニの『ラ・ボエーム』を聞いた。

もうこのオペラを何回聞いたろうか。十年以上に渡って、本物のオペラも含めると、1000回位になっているのではないか。

この音楽を聴くたびに、いろんなことを考える、以前は、もちろん、舞台の歌手やそのロマンチックなストーリーに纏わることを考えた。
しばらくすると、他のロマンチックなこと、たとえば、前に観た映画のことや、昔の女のこと(言ったこと、共有したこと)などであった。

しかし、こんなロマンチックな音楽であるのにもかかわらず、最近は、
自分のしでかした大きな失敗とか、
過去の身近ないさかいとか、
子供の頃、オレを殺そうとした人たちとかのことを、
特に何の感慨もなく思い出している自分に気づく。

オレの中が変わったのだろうか。こんな素晴らしい曲なのに、これは、ちょっと悲しいことであるかもしれない。

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ある友人と話していて気がついた。

人格を語るとき、オレは、よくGraceということを考える傾向があるようだ。長い煌びやかなドレスを着てワイン片手に文化を語る、というような単に「優雅」「みやび」ということではない。

個人の中の対立するようなさまざまな資質 ―― 厳しさ、優しさ、自信、謙虚さ ――、こうした「暴れ馬のような」資質をうまく調教してバランスよく調和させ、しかもそういう苦悩をおもてに表わさないことを言うのだと思う。

もちろん、これを身につけるには、それなりの努力が必要である。その微妙な調和がとれていれば、実に腰が低くて「古風な人」でも、「自信」はしっかりある、ということが可能なのだ。そのバランスは、魅力的にさえ見える。

このGrace、(鼻につくほどの)自信満々やたかいSelf-esteemが美徳とされるこの国では、重んじられていない様に思う。それが見えないことこそ、「粗野」なものであるように思う。
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2003年09月04日

スタバに行っては、スタバに従え。

スターバックスに行った。

いつもはコーヒーを飲むが、今日はあまりカフェインを取りたくない。しかし、喉が乾いているから小さなアイスティーでも、と考えつつ、列に並んでいた。

自分の番が来ると、いつも働いているキャシーが、「ハイよっ」と、なみなみとコーヒーを入れた巨大なマグカップを置いた。

周りを見回しても、それらしい客がいない。
「オレのかい、これ?」
「そうよぉ。」
モカふんタラかんタラチーノ、という聞いたこともないシロモノである。しかも、普通のマグカップではない。直径12センチはゆうにあるやつなのだ。

しかし、断るわけにもいかず、金を払う。
ここのナジミになってから、時々見たことも聞いたこともないものを「サービス」されることがある。

キャシーは、このスタバの人事担当をしているが、実質的にマネージャー役だそうで、いつも甲斐甲斐しく働き、気がよく付く。

少し前、スタバ内があんまり寒いので、マネージャーらしき女性に「少し温度が何とかならないか」と頼んだのだが、その女性がキャシーだった。

驚いたことに、スタバ内の温度は、シアトルにあるスターバックス本部で、一律70度にコントロールされているそうなのだ。

そんなぁ。その土地の気候に合ったふうにした方が、費用もかからないじゃないですか、と言うと、「それはそうなのよねえ、誰もがそう思っているのだけど、どうしようもないのよ〜」とキャシーは言った。

それをきっかけに話をしたのだが、若いと見えた彼女には既に18歳の子どもがおり、ジョージアから来たと言う。
「ジョージアに比べて、こちらはどうですか」と聞くと、
う〜んと、渋ってから注意して言葉を選ぶように、「こっちの人はねえ、なんかいつも動いていて、挨拶もねえ・・・」
「刺々しい?」
「そう、あっちじゃあ、みんな話すのが好きで、道端で立ち止まっちゃいろんなことをねえ・・・」
「ボストンなんかはもっと凄いですよ。」
「そう、だからボストンに行くのは止めたの」とため息をつき、大都会はあまり好きではない、と言った。

そこの店員の誰もが、実に気持ちの良い人たちである。ここで働いてらっしゃる方は、みんな明るくて働き者ですねえ、と言うと、「そうなのよ〜、そこんところにすごーく気をつけているんです」と、嬉しそうに笑った。

しかし、それ以来、キャシーはよく変なものを飲ませる。ジョージア流なのか?
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2003年09月03日

軽口 と 愚痴

この国の人々の陽気さに誘われて、こちらまで軽口を言ってしまうことがある。そんな日は、それなりに、いい日だと感じる。

銀行の窓口にいた。隣の窓口で、元気そうでかわいい若い女の銀行員に次の客が呼ばれて、白髪のおじいさんが立った。

「こんにちは!お元気ですか?今日はどういうご用件で?」
「ちょっと質問があるんじゃが・・・」

すかさず女性は「金曜の夜だったら、もう予定が入ってるわよー」と、微笑みながら言った。

「へっ?」とおじいさんは言葉に詰まってしまった。

おじいさんが、あまりにバツが悪そうだったので、オレは思わず

「あっ、私も同じこと聞こうかと思ったんですがねぇ。やっぱりダメですか・・・。じゃあ、土曜日は?」

と言ってしまった。

女の子は明るそうに大笑いし、後ろにいた別の若い女性も、微笑んでこちらを見た。笑いは伝播し、さほど大きくない銀行内のみんなが、ニコニコと微笑んだ。

おじいさんも、やっと笑い出した。
軽い冗談が、職場の午後の疲れた空気を緩めたようだった。

*********************
銀行といえば、この国のこのあたりの銀行がなってないことは、時に言語を絶する。

先日、日本から来た郵政省発行のマネーオーダーを、デポジットしようとしたら、それには、日本の「銀行」に送って確認するから、6週間近くかかり手数料も、こちら側で30ドル、あちらでもそれなりにかかると言う。日本の郵政省は「銀行」でなく国のもんだ、といってもピンと来ないらしい。

どの行員も(マネージャーも含めて)、件のマネーオーダーを睨んでみたり、かざして見たりと、宇宙からの到来物を分析しようとする無能科学者たちの様である。

外国のチェックと同じ扱いという。「それでは、マネーオーダーで送る意味がまるでないではないか」、と言っても、ダメである。

しかも、トールフリーのカスタマーサービス(ヘッドクオーター本部にある)で聞いた時には、「もちろん何の問題もありません!」などといっていたので喜んで来てみれば、このていたらくである。カスタマーサービスがかくかくしかじかと言ったのだと説明しても、こういうときは必ず、「イヤ、私たちが正しい」と頑として考えを変えない。

ひどいのになると、「こんなもの見たことないです。本物かどうか、どうしてわかるのです?」と言った。(嘘ではない、本当の話である)

あかん。
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2003年09月02日

Winged Migration

子どもの時「なんになりたい?」と訊かれて、よく「鳥になりたい!」と応え、そんなのなれないよ、とか、かわいくないガキだと胡散臭がられたものである。しかし、あの空を自由に駆けめぐる鳥になりたい欲求が理解できないなんて、信じられなかった。

その欲求が実現されるような映画が来た。うわさの『Winged Migration』という映画である。

渡り鳥の生態ばかりを写した映画だ。大陸から大陸へ渡っていくさまざまな鳥たちを、四年にわたって追いかけて撮った映画だという。鳥ばかりしか映らない。人間も登場するが、環境を破壊する侵入者のように描かれてる。

劇場は、子どもや幼児連れの家族が多かった。

小鳥がスクリーンに現れるたびに、女の子達が「あ〜、ことりさんだ〜」と叫ぶ。

生まれたばかりの雛鳥がよろよろ歩くのが写されると、オトナたちも「おーーーーーーーん」とあのアメリカ人が感に入った時よくやる鼻に抜ける声を出す。

くちを精一杯開けながら食べ物をねだるあかんぼ鳥たちに、親鳥がエサを与えるシーンでも、また「おーーーーーーーー」と感きわまる。子供たちは、「見て見てぇ〜、お腹がすいてるんだね〜〜。」

人間の生態を見てた方が、オモシロイかもしれない・・・。

しかし、カメラワークがすごい。鳥の群れの中の一員の視点から、撮影したりする。飛んでる渡り鳥を追っかけて、目の前で撮ったり、真横からその眼の中が見えるくらい近くで撮ったりする。

どうやったのだろうか?
これは、隣に座っていた女の子の意見に賛成する。

きっと、カメラマンは同じ類の鳥のヌイグルミなんぞを着て、鳥さんたちの近くをくびをクイクイッと動かしながらチョコチョコ歩いたり、一緒に飛んだりしたに違いない!!

うむ!

****************************
ある夜、アパートのどこかから、「ゴスッ、ブスッ」という音がした。な、なんだぁ?!と思って耳をすませたが、静かである。しばらくすると、また「ゴスッ、ブスッ。」

スワッ、どっかで、エイリアンでも出たか?と思ったが、下水管が詰まったらしいことが分った。翌日辺りから、アパート中、大変な匂いがすると思ったら、下水管が壊れていて、この建物全体が同じだったらしい。

こりゃ自分のせいかなと思うのは、日本人の悲しい性かね・・・。(性は「さが」と読んでください。そっちの方は、とっくの昔に悲しくなってます・・・。)
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2003年09月01日

解せない・・・

忙しいのにこんなことしてて良いのか、って感じですが。

どうも、多くのアメリカ人の態度には、何年たっても解せないものがあるなあ。

まず、「知らない」ということに対する態度がなってないのだ。

自分の銀行で、あるチェックをデポジットしなくはいけなくて日本円のことを持ち出したのだが、なんと「円」を知らない。それが、カウンターに座っているおにーちゃんやおばさんじゃないのだ。マネジャーレベルが知らないのである。どこぞの小国の通貨というならまだ分る。一応、世界的にもトップクラスの経済力を誇る国の一つですよ!

それを百歩譲るとしよう。しかし、それを「知らない」、と言うことに対する申し訳なさ、後ろめたさみたいなものがないのは何なのか?あなた、銀行員ですよ。八百屋がピーマンって何?って言うようなもんじゃないですか?

それと、他人のことを考えないのは会社のシステムの中まで浸透している。

個人が他人のことを考えない、たとえば、映画館で、映画の終わりの頃、後ろでまだ人がスクリーンを見ているにもお構いなしに立ち上がって話したりする、というのしょちゅうだ。

昨日、郵便局の本局が9月1日のレーバーデー(この国では祝日)に開いてるのか知ろうとして、電話をした。いまは、全てがオートメーションのボイスになっているので、オペレーターに繋がる番号を推さないと人なんか出てこない(出てきたとしても、その人が質問に答えられるか疑問であるが)。しかも、その番号は、大抵聞き損うような最後に言われる様になっている。

言われたとおりにボタンを押していく。開いてる時間を知りたければ、「あなたの地域の郵便番号を入力しろ」。
ハイハイ、しかし、本局の郵便番号は知らないのだが・・・。

しかたなく、自分の郵便番号を入れると、案の定、この近くの支局がいくつかリストアップされどれかを選べという。他に選択肢がないので、しかたなくある番号を押すと、その開局時間を教えてくれ(もちろんそんなものは役にも立たない)、「もっと知りたければ、かくかくしかじかの番号に電話しろ。」

オペレーターに繋がる番号を押してみても、「平日の9時から5時の間にかけろ」。オートメーションの意味がないじゃん。

こういう時は急いでいるときと相場が決まっているから、イライラしながら、電話を叩きつけたくなるのだ。

システムとして、利用者である他者を全く考えてないのだ。
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