2004年01月28日

ジム

区のジムに行った。

ジムはいろいろ試したのだが、どこもここも高く、そのくせ、アメリカでは当たり前についていたトレーニング機械がなかったりする。

ただ券を貰ったので(もちろん、券がなければバカ高い)、赤坂見附のあるジムに行ったのだが、そこでは、なんと、各トレッドミルごとにテレビモニターが付いていた。

しかし、チャンネルは自分では変えることができず、受付でチャンネルを変えろと言うのである。

ニュースを見たいので、チャンネルを変えてくれるよう、受付のおネエチャンに頼んだ。

おネエチャンは、なんと、トレッドミルの裏に行って、ボタンを押したのである。ああ。

ここ東京のジムは摩訶不思議。

ゆえに、高い金を払うのなんて馬鹿馬鹿しいのである。区ので十分。

というわけで、ここをやっと見つけた。一回400円である。

ジムには、かなり外国人もいる。さすが東京である。

ある腹筋用の機械を使い、インターバルを置いて休んでいた。

その時、ひとりの外国人が、その機械を使い始めた。

とっさに、英語で「すみません、それ、まだ終わってないんです」と言ってしまった。

相手は、謝って「もう終わったかと思ったのです」と言った。

しばらくして、別の機械を使っていると、この外国人が話しかけてきた。マイケルといい、東京で英語を教えているという。

なかなか謙虚なマジメな男のようである。数年前に来て日本が好きになり、住むことを決意して再来日したのだ、と言った。

「マイケルはどっから来たの?」と訊いたら、

「中野です」

あのね・・・。
オーストラリア出身だそうだ
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2004年01月25日

携帯ラジオ

携帯ラジオを買ってきた。

かつて、蛍の光窓の雪、灯火親しみ、やうやう白くなりゆく、山際(ぎわ)すこし明かりて、紫立ちたる雲の細くたなびきて、あー眠みぃぞーと思いつつ

熱心に聴いていた語学講座を再び聴いて、遠く失われ、かすみの中に消えてしまった、あの青春!を

三半規管のなかに取り戻すには、

日本製の超コンパクトな携帯ラジオが

一番お手軽な方法だというわけではないが、

まあ、一番安くて身軽な方法だろう、と思いきや、

予想していたような超コンパクトラジオは、売ってないではないか!?

間抜けなほどのしゃれた形のCDプレーヤーや、愚劣なケバケバシイ色のMDやらに押されて、

携帯ラジオなんぞ、メーカーは真剣に作らなくなっていたんである。

おい!ソ○ー、基本を忘れると、そのうち大変なことになるぞぅ!
おい!パ○ソ○ック!、原点を忘れると、そのうち、足元をすくわれるからな!

かくして、やたらデカくてゴツイ、しかも使いにくいラジオを購入。

チューニングがアナログなので、くそぅ、すぐずれやがる・・・。

青春のイライラ復活。
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2004年01月20日

間直之助

かつて、あるどもりの男がいた。
吃音ゆえ、人付き合いが苦手であった。
必然、人との付き合いよりも、動物たち ―― “欠陥”ではない“不具合”をことさらあげつらったりせぬ動物たちとの交流を好むようになった。

ニホンザルの群れに入り込もうとした。
京都の近くに住むようになってから、嵐山や比叡山でのサルの詳細な観察に成功した。
サルたちを餌付けしようと試みて、失敗を重ねていたとき、ある“旧い友”のサルが目の前に現れた。そして、この感動的な“再会”をとおして、それまでの「サルの行動範囲」についての通説を覆したのである。

間(はざま)直之助の著は、動物学者のあいだでは、きわめて有名である。

他の動物に対しても、粘り強く愛情深いアプローチは有名であった。
彼の著、『馬の表情』は、馬と人間との歴史、サラブレッド種の変遷、馬の表情、気性、行動、生態の基本を説き、ひいては、ダービー馬・競走馬の見方を紹介して勝馬を見抜く方法さえも教える名著である。
彼の、二十数年の研究の成果であった。

彼の書いた著作は膨大である。
それは、
http://www.meitetsu.co.jp/japan-monkeycentre/ma-monkey/mokuji/hissya/hazama.html や
http://www.meitetsu.co.jp/japan-monkeycentre/ma-monkey/monkey-name/mff/mff-date/shokumotu2.html に詳しい。

しかし、彼の代表作は、まさに彼の生き様を書いた『サルになった男』である。
その生き方に感動し、遠藤周作は小説『彼の生き方』を書いた。

今日は、その猿研究家・間直之助の命日である。
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2004年01月19日

うおぉぉぉぉーーー

アメリカでのお話。
昨日のアメリカンフットボールの試合(ナショナルフットボールリーグNFLという)で、ニューイングランド・ペイトリオッツが、リーグのチャンピオンを決めるスーパーボールに行くことが決まった!!

この試合の相手は、インディアナ・コルツで、そのQBペイトン・マニングは、QBとして今季最高の成績を残していた(QBの仕事としての出来具合を図るレートが158でパーフェクトなのである)。

対するペイトリオッツは、ディフェンスがリーグトップと言われていた。
つまり、リーグ最高のQBとリーグ最高のディフェンスが激突したのだ。

試合は、あちらの午後三時開始(東海岸時間)。日本では、朝五時である。
しかも、うちには衛星放送が入らない。もちろん地上波では、やらない。

会社で、インターネットを開けて、ペイトリオッツの勝利を報ずる記事を見た時、思わず、うぉおおおおおおおおおお〜〜〜っ、と叫んでしまった。

これで、ペイトリオッツは二年ぶりのスーパーボール進出である。
あの時は、主力QBブレッドソーが、シーズンはじめに怪我をし、代わりに出てきたブレディーという若きQBが、信じがたい勝利をペイトリオッツにもたらし、気が付いたら、強敵を次から次と破って、優勝してしまった。

しかし、今回は、ペイトリオッツは、シーズン途中から、なんと14連勝の快進撃で、第一シード権も獲得したのである。二年前のあの時、勢いだけで勝ったと言われたQBブレディーは、さらに成長して、苦しい状況でも冷静さを失わないと言う。

これから、二月一日のスーパーボールまで、そわそわが収まりそうにない。
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2004年01月17日

NPRと野村万作とホームセンター

17日 ホームセンター
家で使うものを揃えるのに、ホームセンターをよく利用する。アメリカでは、そうしたものに行くとほとんどすべて物がそろうが、日本ではそんなスケールの大きいものなどないと思っていた。

しかし、島忠というのがあると聞いて、行って見た。なかなか気に入った。ただ、アメリカでは家財も充実していたが、ここでは日用雑貨が中心のようだ。

日本は、伝統的に高品質高価格が商業の中心で、ちょっとしたものになると、目玉が飛び出るほど高く、合理さを飛びこしている。ホームセンターや100円ショップが、こうした商業文化に対するカウンターカルチャーになっているのではないか。

16日  野村万作の狂言

新宿文化センターに、狂言を観に行った。

能や文楽などの伝統芸能を含めて、日本は、舞台もののチケットが以上に高いんである。外国からクラッシックアーティスト、オペラ歌手などが来ると、大ホールのくせに、一番安くて二万円近いこともある。だいたいやな、伝統芸能の復興を唱えながら、能のチケットが一番安いものでも一万円近くするようでは、一般の若者など、そう簡単に行けはしないだろうに。こういうのを、文化後進国というのである・・・。

おっと、狂言のはなしであった。これは、新宿区が、廉価で多くの人たちが観れるように計らったらしく、チケットが手の届く範囲であったのだ。

野村家と和泉家の競演で、多くが期待してきたのは野村萬斎なのだろう。下で書いたような教育テレビのおかげか、いま若い人たちに大人気のようで、舞台の袖には若い娘さんたちがいっぱいであった。その父・野村万作も出た。

野村萬斎は、・・・まあ恵まれているなと思う。二十年後が楽しみだ。オレのお目当ては野村万作だったのだが、万作、少し疲れたかなあ。歳かねえ。いや失礼!それともこれぞ円熟の境地なのか・・・。


14日  NPRNPRNPR!!

夕方、何気なく家のラジオを聴いていたら、聴きなれた声がする。しかも、「これはNPRです。」

思わずチューニングを合わせ直し、ボリュームを上げる。なんと、アメリカでいつも聴いていた、あのなつかしい報道番組のNPR局である。日本でも、NPRが聴ける!!日本では、公正中立しかも批判精神一杯のニュースソースがなく、大いに不満だったが、これで、その苛々ともおさらばか?

局は、あのFEN(極東(軍事)ネットワークであった。う〜む、やるなぁ、アメリカ・・・。
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2004年01月13日

幼児むけ番組を見るおぢさん

おそるべし、教育テレビ。

正月、暇にまかせて教育テレビを見続けた。これが、実におもしろいのである!

なんといっても出色は、朝やっている『ピタゴラスイッチ』。この時間帯は幼児教育番組が続く。これも、子供向けらしいのだが、最初と最後のほうに出てくる、「ピタゴラ装置」とかいう・・・と言ってしまって、これが説明するのがかなり難しいのである。

出来事としては、ある細工構造の中をボールが転がる、というシンプルなものなのだが、その“細工”に実にいろいろな仕掛けがある。たとえば、板の上を転がってきたボールが小さな滑車の上に落ちて、滑車ごとロープを渡って行ったかと思うと缶に落ち、缶はその重みでその真下にある棒を倒し、棒に巻いてある錘りが解けて、ドミノを倒して行き・・・というぐあいで、驚きの連続なのである。

実に想像力を刺激し、子供の頃から持っている遊び心をくすぐるのである。毎回新しいバージョンに心をワクワクさせた。

「アルゴリズムたいそう」という不思議な歌にあわせてするグループ体操も、ふざけているようで、マジメなようでもあり、見ていてほのぼのとする。その他、「10本マンガ」とか、遊び心満載である。

というわけで、幼児むけ番組を真剣に見るおぢさん、と化している。

もうひとつは、これも朝にやる、『日本語であそぼう』。たった10分の番組なのだが、古今東西の名句・名詩・名文などを紹介し、日本語の美しさを伝えてくれる。

登場する可愛い子供たちに、元相撲取りのコニシキのキャラが、うまくマッチしている。コニシキが「いろはにほへと」を、ラップで歌ったのには、マイッタ。
「やるまいぞやるまいぞ」という狂言で有名な野村萬歳、現代の才人講談師・神田山陽という一流を使っているのも、うれしい。

それにしても、紹介される詩、中原中也が多いのお。

この番組を企画している人たちは、どうやらオレと同年代らしい。中原中也に対する思い入れといいい、笑いのツボといい、オレの世代にぴったりなようだ。

それにひきかえ、民放は、十年前とまるで変わらないようだ。同じタレントが、似たようなジョークを(トピックだけ代えて)、同じノリでやっている。十年一日のごとしとはこのことか。
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2004年01月12日

「ジブリ美術館」

チケットを取っていただいて、三鷹の「ジブリ美術館」というところに行って来た。

漫画家・映画監督の宮崎駿の作品を収めた美術館で、大変な人気らしく、チケットを取るのは、非常に難しいそうだ。

この監督の映画は、『となりのトトロ」を含めて、あまり観ていないのだが、アメリカで『千と千尋の物語(英名Spirited Away)』を観て、その深さに、タダモノではないと思っていた。

「ジブリ美術館」は、館長でもある宮崎駿の意向を反映して、子供だけでなく誰にでもやさしく、かつて子供だった頃持っていた冒険心をくすぐる構造だった。

館内の映画館で、ロシア製のアニメーションを二つ観た。予算があまりないのだろう。日本の膨大な費用をかけたスチールアニメーションに比べれば、実に素朴であるが、まさにロシア文学の鷹揚さを感じさせた。

食堂は大人気で、軒先に張られたテントの中で30分並び、「田舎スープ」とかいう「ジブリ美術館」特製のものを食った。なかなかであった。
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2004年01月11日

日本のこの10年間の変化 とNHKの教育番組

十何年ぶりに日本に帰って来て、何かカルチャーショックになりませんでしたかと、よく訊かれる。

相手の意を汲んで、その場では「新たな発見」(街の外国人の増加とか)を語ることが多いが、実は内心では、10年前と本質的にはあまり変化していないと感じている。

そんな中で「一番変わった」と思えるものがある。NHK番組である。特に、教育テレビとラジオが変わった。

とりわけ目を惹くのが、語学講座の充実と新たな企画である。

NHKの語学講座(テレビ、ラジオとも)は、フランス語、ドイツ語から、イタリア語、ハングル語に至るまで、世界中の多くの言葉をカバーしている。ラジオでは、「アラビア語講座」というこの時期に実にタイムリーな(というか当然な)新顔まで登場している。

こうした廉価で誰でもアクセスできる公共語学講座は、アメリカにはない。(アメリカはサービスに関しては「民主主義」ではない。医療保険がそのいい例である。)NHKは、もともとイギリス公共放送のBBCの真似をして始めたそうだが、いまや世界に誇って良いすばらしいシリーズだと思う。

実は、かく言うこのオレも、英語は、ラジオ講座で20年勉強し話せるようになったクチである。田舎で育ったので駅前英語学校などというハイカラなものがなく、貧乏で外国へ留学に行くなど考えられもしなかった。携帯ラジオと一ヶ月200円ほどだけでさまざまな外国語が学べるラジオ講座しかなかったのだ。

高校の頃からは、ドイツ語、フランス語、スペイン語、中国語と嬉々として聴き続けた。当時NHKラジオでは、朝6時45分から始まる「英会話」から朝9時ごろまで語学講座が続いた。しかし、すべてを聴き続けるので、ロシア語ハングル語が入る頃には、完全に混乱し、疲労困憊してしまう。

その語学講座は今でもやっていて、数ヶ月前、本屋でこれら語学講座のテキストを手にして、妙な感慨にふけったものだ。

新しい企画として、「ひょっこりひょうたん島」や「サンダーバード」など、何十年か前の人気番組を再放送やリメークで放送してくれるのは嬉しい限りである。これらの番組を初めて見たときは、すぐ子供の頃の興奮がよみがえってきた。

それと、「手話講座」や(老人)福祉の「一般向け番組」ができたのは、素晴らしいことだと思う。しかも、「手話講座」など、ど素人のオレが見ても、歌や寸劇などが入る楽しい構成で、かつとても分かりやすい。

新しいNHKよ、ありがとう。
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2004年01月09日

肖像写真家・吉川富三

作家の中でも、志賀直哉は、とりわけ写真嫌いで有名だった。
その前に座って、写真家の富三は、内心震えていた。
同じく作家の武者小路実篤に紹介されて来たものの、この気難し屋が、どうしたら肖像写真を取らしてくれるか。

「お前、何のために、写真など写すのか?」と、志賀直哉は富三を、ねめつけた。
「私の道楽でございます」
「道楽か ――。なら、写せ」しばし沈黙の後、作家はそう言った。
富三の撮った写真には、志賀直哉自身がそれまで知らなかった自分が写っていた。

この話は、テレビ番組からのパクリである。
写真家の吉川富三は、それまでなかった肖像写真家という新しいジャンルを確立した。しかし、「新しい」ということは、多くの有名人もこの肖像写真というものを信用していないことを意味したのだ。

写真師として働くうちに、相手の心や人柄までをも写す写真が撮りたいと思うようになった。写真館で、お客の注文どおりの普通の肖像写真を撮った後、この人はと思うお客の自然な姿の写真をも撮った。

戦後、文化人の肖像写真に取り組むことを思い立ち、ツテを頼んで当時の著名人たちの写真を次々に撮って行く。彼らの前に現れた吉川富三は、写真を撮りますとも言わずしばし雑談し、そのあとで何枚かのスナップを撮った。

人一倍気難しそうな人たちが、ひとたび富三に写真を撮られると彼のことを気に入ってしまい、芋づる式に自分の友人たちを次々と紹介していったという。

武者小路実篤は、富三の撮った写真を見て「自分の知らない自分に出会えた」と喜んだ。

大の写真嫌いの詩人・彫刻家高村光太郎は、
「君の写真は見た。君がどんな人間かはもう、すっかり分かっている。今日一日は君のために取って置いた」と言って、ポーズをとった。

吉川富三は肖像写真家として一時代を築き、『郁文集』『諸星風貌』という作品集を発表した。亡くなったのは、何年前かの1月8日であった。
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2004年01月08日

『Ten Minutes Older』

『Ten Minutes Older』という映画を日比谷で観てきた。

現代の世界の(と言っても欧州が中心だが)15人の著名な映画監督が「時間」をテーマにそれぞれ10分間の短編にまとめたものを、二部構成にしたものだ。今週の月曜に、「人生のメビウス」という部を観て気に入り、我慢できなくなって、今日、もう一部の「イデアの森」を観た。

そうそうたるメンツである。

「人生のメビウス」は、
Aki Kaurisumaki (『過去のない男』の監督) の「結婚は10分で決める」、
Vicor Erice (『ミツバチのささやき』) の「ライフ・ライン」、
Werner Herzog (『アギーレ・神の怒り』『フィッツカラルド』) の「失われた一万年」、
Jim Jarmusch (『ストレンジャー・ザン・パラダイス』『ミステリートレイン』)の「女優のブレイクタイム」、
Wim Wenders (『ベルリン・天使の詩』『パリス・テキサス』) の「トローナから12マイル」、
Spike Lee の「ゴアvs. ブッシュ」、
Chen Kaige (『さらば、わが愛/覇王別姫』)の「夢幻百花」。

長い(あるいは短い)時間の意味、あるいは重さ。
たとえ10分という瑣末な時間でも、ひとりの人間の(さしあたりは当面の)将来を決めることがある(「結婚は10分で決める」)。

「イデアの森」は、
Bernardo Bertolucci (『ラスト・エンペラー』) の「水の寓意」、
Mike Figgis (『リービング・ラスベガス』) の「時代×4」、
Jiří Menzel (『つながれたヒバリ』) の「老優の一瞬」、
István Szabó (『メフィスト』) の「10分後」、
Claire Denis (『パリ、18区、夜』) の「ジャン=リュック・ナンシーとの対話」、
Volker Schlöndorff (『ブリキの太鼓』) の「啓示されし者」、
Michael Radford (『1984』) の「星に魅せられて」、
Jean-Luc Godard (『勝手にしやがれ』)の「時間の闇の中で」という構成だ。

生についての哲学的考察という趣き。生は時間の中を生きざるをえない。しかし、「人生は、十分よりはるかに長いわけではない」(イジー・メンツェル「老優の一瞬」)。

チェン・カイコーの、精神異常者を狂言回しのように使った話が、その美しい映像と供に、印象的だった。実力者である。過去・記憶の重さ。
「ゴアvs. ブッシュ」に、3年前のあの怒りがよみがえってきた。
ジャン=リュック・ゴダールは、やはり巨人であると思った。扱うアイデアのスケールが違う。
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2004年01月07日

箱だらけ

この二日立て続けに、アメリカから送った荷物が届いた。前にも書いたように、本類をいれた段ボール箱を「Mバッグ」といわれる袋に詰め送った。それが、一番安かったからなのだが、一番最後に送った「Mバッグ」は届いたのに、それ以前に送ったものはまだ着いていなかったのだ。

6日に、「バッグ」が8つほど届き、その中に入っていた段ボール箱20以上が床にあふれ、翌日、さらに6つの「バッグ」が届いて、家中が段ボール箱だらけになった。

運んできた郵便局のアンちゃんとは、もうすでに顔見知りになり、7日には、「また本ですか、これ」と言われてしまった。

どうやらすべての箱が届いたようで(記録を確認していないので、実は、それも怪しいが)、一応は、ホッとしたのだが。

しかし、箱が多すぎて、どこから手をつけたらイイノカネ・・・。
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2004年01月06日

床屋

床屋に行った。日本で行くのは、何年ぶりであろうか。

日本の床屋(少なくとも東京の)はやたら高くて、10年前で最低2500円はしたから今どきはけっこうするのだろう、時間ばかりかかるくせに、と敬遠していたのである。

アメリカでは、30ドルの床屋といえば、かなりのヘヤーサロンなみである。オレ程度の頭に、そんな投資はもったいなくて。アメリカでは、15ドル以下の床屋はざらにあった(ただし、シャンプーなどは別料金)。しかし、腕のほうは、また別問題である。むこうでは、いい床屋を探すのは至難の業であった。笑い話には事欠かない。が、これについては、また別の機会に書こう。

で、近くを散歩していたら、「散髪千円、セット2千円」と書かれた看板があった。中をのぞいて、こぎれいで客がいることを確認した上で、おそるおそる入る。

「へい、いらっしゃいませ〜!!」

なんなんですか、寿司屋ですか、ここは?
それとも、オレの頭を削いで食うつもりですか?

予約がないので、名前を書かされイスに座って待つ。見てるとすこぶる手際がいい。実際やってもらっても、非常にサービスがいい。何かする前には、「これから○○しますぅ」と確認してくれる。

うむ、ナカナカじゃわい。
いや、この辺は、「その筋の方」が多いというので、自然ていねいなのかも知れぬな。(つか、オレが、その筋の方と思われてるかも)

となりでは、異常な長髪で、ゆうに一年は床屋に来てなかったような髪を腰までたらした小ぎたないニイチャンが、「バッサリ、耳元までやってください」といって座っている。とすると、少々はなんでもありなんですな、ここは。

サービスはいたれりつくせりで、ほんとうに千円であった。
確かに、床屋が乱立する中で客をとっていくのにはサービスと料金しかあるまい。以前の床屋というのは、その点、殿様商売であった。たいてい、店には日本床屋協会とかいう許可証みたいなのが張ってあったが、日本医師会のように、その協会様のせいであったろうか。今はなくなったのか。

ともあれ、これはいいことである。競争バンザイ。
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2004年01月05日

森美術館と展望台

六本木にある、「六本木ヒルズ」という超高層ビルに行って来た。

森美術館というのがその53階にある、そこに行くのがお目当てである。ついでに、最上階に東京スカイデッキとかいう展望台があるそうなので、御のぼりさん気分で登ってみる。

地下鉄日比谷線の六本木駅で降りて地上に出ると、忽然と、いう感じでその未来漫画にでも出てきそうな、ごついビルが目の前に現れる。(じっさい、これを設計した建築家は映画か漫画にでも出てきそうなのをイメージしていたようで、ビルの売店では、そのイメージ写真を展示していた。)

森美術館と東京スカイデッキとも、別料金を払って入るのである。格安セット券とかいうのを購入して、エレベーターであっという間に、53階へ。

森美術館では、「Happiness」というテーマで、古代から現代、西洋(含むアメリカ)から東洋(含むチベット)まで、文字通り古今東西の「幸せ」を題材にした芸術品を、ゴッタ煮的に置いてあった。もちろん「幸せ」の意味は、この美術館の主催者かキューレーターかの解釈によるのだろうし、別な展示も可能だろう。しかし、時代や芸術家でくくるのでない、こういう展覧会があってもいいと思った。

東京スカイデッキは、ふーんと言う感じであった。ほぼ東京全域が眺め渡せる。南側には、東京タワー、何とかブリッジとか、オダイバとかが眺められ、この巨大都市をばっと見せたいときには、いいかもしれない。

しかし、東京と言うのは、いかにも雑然と広がる街である。まちの発達に、まるで規則性というものが感じられない。加藤周一が、東京をパリと比較して、「まるで陶器の表面の割れ目のような発達の仕方だ」と言ったが、まさにその通りだと思う。その場的、竹ヤリ戦法(太平洋戦争末期の日本政府の唱えた戦法)的発達。

帰りに、地下鉄駅近くで、旨いと勧められていた噂の「カレーうどん」というのを食った。しかし、ちと期待はずれであった。
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2004年01月04日

木っ端からでてくるもの

(また一ヶ月のビハインドになってしまった。申し訳ない。自宅で、インターネットに繋げることが、なかなかできないのです。)

まだ北海道で山ごもりしているのだが、昨日、フト、彫刻なぞをしてみようと思い立った。

その辺の木っ端でいい、ノミをあてて行って、なにかできてくれれば楽しい。

いや、一心に彫っていっても、すべて木屑となり、なにも出てこないかも知れぬ。

それならば、それでいい。

それが、そのときの自分を表している。

木彫を、今年の趣味にしてみよう。

宿の主(あるじ)に、ノミを貸してほしいと言うと、何をするのかと訊く。

いや、何が出るか分からないが木彫りなどをしてみようと思いまして。なんでもいいので木っ端でもあるでしょうか、と応えると、目を細めた。

しかし、主の探してきてくれた木は堅すぎたようだ。

おそるおそるノミを打ち込んで、やがて、一心に削っても、なかなか思うような形にならなかった。

疲れた手を休めるつもりで外を歩いていると、薪置き場に、細い丸太が、
たくさん積んであるのを発見した。

手にとって見ると、太くなく柔らかで、手ごろそうだ。

しかし、彫る前に、まず、樹皮を取らねばならぬ。

30センチぐらいに切った後、また、ノミで一生懸命に灰色の樹皮を剥いでいくと、下から、きれいなこげ茶色の地肌が現れた。

下部5センチくらいの灰色の樹皮を残して、細い丸太は、スベスベとしたこげ茶の筒状に変身した。

眺めていると、なかなか良い。このままの方が、木の美しさを伝えているように思ったので、しばらく何もしないことにした。

そのまま立ててしばらく眺めて、もしそこに何か見えてきたら、彫ることにしよう。

同じような細丸太を、何本か東京に持って帰ってきた。
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2004年01月03日

新年の予兆

というわけで、山ごもりしている。

北国の零下の中、自分のおなかと同様

弛みきった 己(おのれ)をリセットしなおし、

自らの原点をみつめ、

X軸、すなわち、意志力と、Y軸、すなわち、気力の交点を

安易に平行移動や位相変換させることなく、再確認しようというわけだ。(なんのこっちゃ)

元旦は、日の出前に起床し、凍てつくなか、

雪原に映える朝日を拝み、初めて間近で樹氷を眺めることもできた。

すべては、幸先よい新年を予兆させたのである・・・。

今宵、オレは、ある人生の先達と、夕食をともにしながら

再び、おのれの人生の「原点」を問い直していた。

一つ一つの言葉が重い。・・・と、

        ルルル・・・

携帯がなった。

新年早々、しかも、こんなドイナカに、誰であろうか?・・・

あせる自分を見つめながら、

「やはり、まだまだ成長していないなぁあ、いかんいかん」、

と、どんな些細なことをも、自己を磨ぎすます糧とする自分。

携帯に出ると、切れてしまった。

誰であろうか。人生の先達との会食が終わっても、気になっていた。

もしかして、どこかのピチピチギャルが、オレの番号を探し当てて、ファンコールをしようとしたのかもしれない。

もしかして、どこかの出版社がこのサイトの名文を読んで、雑誌連載の依頼をしようとしたのかも知れん。ああ、これで、全国の読者と手を取り合える。

これは、まったく春から幸先がいい、ああ、かけなおしてみなくては・・・とホクソエム自分に、

周りの人は、「ワン切りとか、いろいろあるんだから止めといたほうがいいんじゃない?」などと、水をさす。

ええぇい、うるさい!かけてみなくちゃ分からんだろ!!オレをこんな山奥まで探しに来た人物には、それなりの礼を持って応ずるのだ!!!

と、折り返しかけ直す。ボタンを押す手は震えていた・・・。

     ルルルゥゥ・・・、心地よい音・・・

「あの〜、○○ですが、お電話いただいたそうで・・・」オレは、厳粛さを声にのせて言う。

女の声が(!)応えた。

「うっそぉ〜、ノリちゃんでしょう?!ダマされないわよううぅ〜!」

オレは、思わず電話を切った。

ノリちゃん、ノリちゃん・・・、なんなんだこれは・・・。
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