2004年04月19日

「国内の邦人」の「自己責任」

夕方、電車に乗っていたら、紺のスーツに身を固めたサラリーマンが数名乗り込んできた。

皆、心地よく酔っ払っているようだった。大声で、話をしている。
日ごろの憂さを晴らすためなのだろう、「いいかぁ、おれはなぁ・・・」とか「社長の野郎・・・」などと言っている。

やがて卑猥なことを、大声で話し出し、ついには、困ったことに男性の局部をさす言葉を叫びだした。
次の駅で乗り込んできた娘さんが、席が空いているからと、何も知らず近くに座ったが、移動もできず俯いている。
いい餌食の娘さんが来た、と喜ぶかのように、男達の猥談はエスカレートした。

周りの人は、「大いに迷惑だ」という顔をしながらも、係わり合いになることを恐れて、何も言わない。

彼等も家に帰ればいい父親なのであろう。会社では良い上司なのであろうし、
「お得様」には、気を使ってへつらうのであろう。

考えてみれば、これほど、酒飲みに寛容な国はないのではなかろうか。
酔っ払いは、どんなことをしても、酔っ払っていたからと、たいていは見逃してくれる。
先週の金曜も、夕刻、泥酔し(たぶん)、電車のシートに横たわっている男を何人か見た。
酔っ払うと「自己責任」のなくなる国。

先の電車内の「邦人」たちは、イラクで拘束された邦人を非難(「自己責任」)してもいた。

いったい、どの「自己責任」の話なのだろうか?????
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2004年04月18日

拘束された邦人の「自己責任」について

イラクで拉致されていた、3人の邦人たちが解放され、そして、続けて拘束されていた2邦人も解放されました。
喜ばしいことです。

今回の拘束事件に関して、多くの日本人の間や多くのメディアや政府筋(これが震源地?)では、
彼らの「自己責任」を問う声が多いそうです。
川口外相は「どれだけ大勢の人の努力が費やされたか判ってるんですか」とか文句を言い、
小泉首相や政府閣僚も、3人の行動を非難し、損害賠償請求の話も出たといいます。
http://www2.asahi.com/special/jieitai/houjin/TKY200404160255.html
まさに、「自己責任」という名のもとの日本全国袋叩きの感があります。

拘束された方の自宅には非難の電話や手紙(嫌がらせ電話も)、高遠さんのウェブHPには、中傷も含めた書き込みあったといいます。
そうした者たち(匿名で他人を非難する者を含む)の根拠は、「自己責任」や「迷惑」ということらしい。

そういう人たちにちょっと言いたい。

彼ら邦人は、自ら選択してイラクへ行きました。その意味で、その選択肢に対して責任を持つ必要はあるでしょうし、
本人達もその自覚はあるでしょう。

一方、彼らを非難している多くの人たち、つまり、日本国内の安全な茶の間にいて、
命をかけてイラクに行っている人たちの報告を、ただ聞いている人たちにとっては、
イラクに行くことは選択肢にも入っていない(意思や能力がないので考えもしない?)わけです。
そんな人たちと比較して、今回拘束された邦人たちの責任を語ることはちょっと難しいでしょう。

そこで、まあ言ってみれば、普通の人でもする行動の範囲内で、ちゃんと自己責任を
取っているかを考えて見ればいいのです。

一番簡単な比較は、外国に行く「邦人」の話でしょう。どれだけ多くの日本人が、
コミュニケーションする時とか、買い物する時とか、いろいろな手続きする時とか、
「迷惑」をかけずに、ちゃんと「自己責任」内で外国で旅行や仕事をしているでしょうか?

かつて、私がアメリカに住んでいた時、見聞きした経験をもとにしていうと、どうも、それは怪しいように思うのです

そういった人は「自己責任」を語る資格が、あまりないだろうと思うのです。
あるいは、たかが旅行やちょっとした仕事で外国に行くだけで、彼等のようになってしまうくせに
今回の邦人を非難中傷する人々は、「自己責任」の意味が分かってないと思うのですよ。
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2004年04月17日

ロイヤル・シェークスピア・カンパニーの『オセロー』

英国のロイヤル・シェークスピア・カンパニー(RSC)が東京で公演している、
シェークスピアの四大悲劇の一つ『オセロー』を観てきた。

これほど舶来ものが好きな日本でもシェークスピアは人気が無いのであろうか、
さほど高くないチケットがすぐ買え、しかも、ラーメンなんぞを食ったその足で
洗練された舞台を見れるのは、世界でも東京だけかもしれない。

うーむ、見事であった。舞台設定は、シェークスピアがもともと設定した時代ではなく、
20世紀半ばの植民地時代。RSC史上初めて、アフリカ出身の黒人俳優が演じるオセロー。

アントニー・シャーの演じるイアーゴーは、単なる悪党ではなく、
その過去に投資してきた莫大な経験・時間をにじませる厚みを持った人物として描かれ、
悪巧みをひけらかすその態度には、愛嬌さえ感じる。その自分の苦労に比べれば
オセローが一晩にして地位と栄誉と、そして、デズデモナという美女を手に入れたことは
受け入れがたい不条理だ、というのがオセローを陥れる動機であるかのように。
今回の演出では、原作中に何度か現れる「道化」(シェークスピア特有の狂言回し)の部分をカットしているのだが、
このイアーゴーの軽味が、それを十分補っているように思えた。

アフリカ色を生々しく表現したオセローを演じたのは、南アフリカ出身のセロー・マーク・カ・ヌクーベ。
そのセリフの英語には、明らかなアフリカ訛り。「血だ!血だ!血だ!」と叫ぶ有名な場面では、「アフリカ性」のようなものを強烈に出していた。

終わって、大拍手。
興奮冷めやらず、イアーゴの不敵な笑いと、オセローの狂気と、デズデモナの涙でアタマを一杯にして
劇場の正面玄関を出た私は、目の前を、金髪の女性が横切っていくのを見た。

お、デズデモナじゃねえか!よかったですねぇ〜、デズデモナ、ホント!
でも、おっと、さっきオセローの旦那に殺されたんじゃ〜?
って、そんな、赤い服に着替えてどこ行くのー。ああぁ〜、でずでもなぁ〜!とんでもなぁ〜!

「デズデモナ」は、こちらを振り返り、ニコッと微笑んだ。
それは、その日の舞台で一度も見せたことのなかった、笑顔であった。
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2004年04月16日

ミャンマー料理

ミャンマー料理なるものを、初めて食った。

カレーもあまり辛くなく(日本人用に作ってある?)、全体に淡白な味。

店内に、金色の梟が、いくつか飾ってあった。
店の女性に訊いたら、あちらでは、招き猫みたいなものとして店などに置くのだそうだ。

その女性、給仕の仕方も優しく気が利いていて、とても淑やかで当たりも柔らか、
しかし、しんが通っていそうな清楚な美人である。

うーむ、これが噂のミャンマー美人か、しかし、やけに日本的だな、
店に来ている二人連れの女性客なんかのほうが、よっぽどスレてるじゃねえか、・・・・と思って伺ったら、
日本人で、ミャンマーの方と結婚なさったのだそうだ。
その辺の日本人の姉ちゃんより日本的な女性に、ミャンマー料理屋で会えるとは・・・。
う〜む・・・。
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2004年04月15日

『オテロ』と「政治的」という言葉

じつは、ただいま、シェイクスピアの『オテロ』を読んでいるのでございます。

再度読みなおしてみて、あらためて、その語彙の豊富さ、登場人物のセリフのたくみさ、
かけ合いの自由さ、話の展開の独創性に、驚いているのでございます。

しかし、この時代からありました、肌の色の違った方々 ―― ハイ、この場合はムー人でございますね、
そういった方々に対する偏見と申しましょうか、差別的な言葉づかいと申しましょうか、
排除する態度と申しましょうか、それは強烈なものがあったのだと、
感じざるをえないのでございます。

ツラツラ考えてみまするに、アメリカにおりました時この舞台を拝見しなかったことが
後悔されるのでございます。
しんじられないことでございますが、ときに、アメリカ人のなかには、
こうした歴史に残る文学作品の表現をもって、差別的だから公共の場面で演じてはいけない、
ひどいときになりますと、作品中のセリフを代えて上演しなければならない、などと
真顔で論じる者もいるのでございます。

それが、あの国で、「政治的」という言葉で理解されているある意味なのでございますね。
若い学生さんなんかのあいだに、その風潮が見られることがございますね。
悲しいことでございます。
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2004年04月14日

この国民、どこかへんだ

夜、飯を食いながら、野球中継を観ていた。
日本は、いつもテレビ中継するチームが決まっている。なんという中央集権的リーグ構成!!

しかし、中日の落合監督の働き振りが見たかったのである。
彼の著書に見られる様に、選手に自己責任の自覚を持たせ、大人にさせる采配と見受けられた。

試合の後、テレビをそのままにしていたら、バラエティーショーになった。
ある実話に基づくドラマを観て、その先どういう展開になるか出演者が当てるという企画であった。
どのチャンネルを回しても出てくるタレント(芸人?)達がスタジオを埋めつくし、
似たような服を着て似たような笑いを作り、似たようなジョークを飛ばす。

今回のドラマは、アメリカで、ある女子大学生が男性に誘拐、監禁され、
何年ものあいだ毎夜、男によって拷問の上、小さな木箱の中に閉じ込められ、完全な奴隷化状態に置かれたという話であった。
実際にあった話だそうだ。

その(本当なら)信じがたいような過酷で、残忍で、破廉恥な出来事に、
出演者は、軽薄なジョークとコメントをつけながら、番組は進むのである。

なにかが、おかしい。
日本人は、古来(?)、他人のこと、他人の感情を思いやる国民ではなかったのか?
よろしい。どんなことでもお茶の間の笑いにしてしまう、オオラカでココロユタカな国民だというのか?
しかし、この国民は、何かあるとすぐ人権だ、被害者に対する配慮だ、と騒ぎたて、
昨日も、ある不登校の生徒の人権にたいして教師の配慮がなかった、と事件にしたばかりである。
(「不登校生の名で句集、黒テープで製本」http://www.asahi.com/national/update/0415/007.html)

しかも、今は、イラクで邦人が拉致され捕虜になっており、国内外に感情が高ぶっているときであろう。
他にも似たような番組は多いが、テレビ局には何の苦情も不快感を表明するメールも行かないのであろうか?

ドラマの主人公が日本人だったら、こんな番組は放送しなかったろうと思わざるを得ないのである。
それがアメリカでの出来事だったから、笑いのネタにできたろう、と思われるのである。
もし、そうだとしたら、なんというエゴイスティックで残忍な国民であろうか。

何か、おかしい。
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2004年04月13日

誰が命じたのか?ロシア人のケース

ロシアの新聞『プラウダ』は、その英語版で、今回、ロシア人が誘拐された事件について、
「いったい誰が命令したのか?」と問うている。
http://newsfromrussia.com/world/2004/04/13/53389.html

日本人が誘拐された件については、日本の自衛隊(多くのイラク人は「軍隊」と見ている)の撤退を求めていた
と解釈されている。
プラウダも、最初は、誘拐はイラクに入ってきた軍隊・自衛隊の撤退を求めていたと思ったという。
しかし、中国人やロシア人が誘拐されるに至って、なぞは深まったのである。

誰が命じたのか?何のためか?これから先、イラクを復興するには、「中立的な軍隊」が入らなければ無理だろうと、
プラウダは、正しく推測する。
そうだとすれば、イラク人は、アメリカとは関係の薄い中国人やロシア人を誘拐することで、
何を得ようとしているのか?

*********************************

もうすぐ、HPのトップのサイトを変更する予定です。他のページへは、こちらからいけます。
アドレスは、発表しますが、このページ下の「Home」(あるいは、http://mougo.at.infoseek.co.jp/)をクリックされるか、
http://u-go.to/mougoにブックマークしておいていただくと、間違いはないと思います(このURLリンクは、現在一時的にダウン中のようです)。
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2004年04月12日

無可無不可

腕の具合はあいかわらず良くない。いつも痛みがあるわけではないが、
何かをしたとたんに、手首の内側のスジが、あたかも音を立てるように
グリグリとなって、驚くことがある。

こんな状態なので、運動を避けていた。それではストレスもたまったままだ。

で、金曜日に久しぶりにジムに行った。痛み止めを飲んで、いつものノルマより少し軽めにやる。
しかし、これでもかこれでもかと、始めたら、つい真剣になってしまう。

コレデモカ、コレデモカ  雨ニモ負ケズ  風ニモマケズ
腕ノ痛サニモマケヌ  丈夫ナカラダヲモチ  欲ハナク
決シテ瞋(いか)ラズ  イツモシズカニワラッテヰル・・・

って、笑えねえよ、イテーよ (←なら、やめなさい)

おかげで、週末は、グッタリしていた。馬鹿ですか、わたしは?

だが、禅の知恵に言う、「無可無不可(可も無く不可も無し)」と。
これはもともと、孔子様の『論語』の言葉である。
しかし、禅では、「できるかできないか、やってみる前に判断するのは自分の可能性を見くびることだ、
自分はどのような可能性も秘めているのだ」と解釈されるという。(玄侑宗久『禅的生活』)

できるかできないか、やってみなくちゃ分からんでしょ?
え、なら、ドラッグ使うなって?
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2004年04月11日

誘拐事件その後

イラクのファルージャ近郊で誘拐された日本人3人は、いまだ、解放されていない。
一時は、「24時間以内に解放」という犯人からの声明が伝えられたが、解放はまだ確認されていない。

アメリカ、アラブ諸国の新聞のインターネット版を、いろいろ覗いてみるが、特にこれといった記事はないようだ。
世界のメディアの眼は、犯人グループが唯一接触を持っている、カタールの衛星テレビ局「アルジャジーラ」に注がれているように見える。

おそらく、ファルージャ近郊も含め、イラクでは、スンニ派・シーア派双方で、さまざまな小グループが形成され、
「反アメリカ」のスローガンの下に、“俺もひと旗”的な勢いで外国人(あわよくばアメリカ人)を襲うのが流行りだしたのであろう。
日本はイラク指導者やメディアの手を借りて、解放のためのメッセージを放送しようとしているが
そんな人たちが、メディアに注意を払い、将来を長期的視野で見ているか、怪しいものだ。
そもそも、テレビや性能の良いラジオを持っているかも、怪しい。

日本では、アメリカ副大統領のチェイニーが、東京に到着した。
こんなことも、イラク国民から見れば、日本とアメリカの「結束の強さ」を示すだけに過ぎないだろう。

話しはずれるが、事件後、誘拐された日本人の一人、高遠菜穂子さんのHPの掲示板に、
中傷の書き込みがものすごい数なされたため、掲示板を閉めざるを得なくなったということだ。
日本人は顔が見えなくなると人が変わる、というが、本当であるな。
なんと情けないことだろう。
「言論の自由」という名を借りているが、こういうことは、「言説のテロ・ゲリラ」だということに、気がつかないのだろうか。
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2004年04月10日

都中参禅

早起きして、好天気の中、参禅に行った。場所は都内、屋根の向こうを高速道路が走り、
塀の上にホテルのネオンサインが見える空間にある、静寂な世界である。

寺の結構は落ち着き、庭の配置も余念がない。そんな禅寺は、もちろん臨済宗である。
織田信長に縁(ゆかり)のある寺である。
参禅者は、落ち着いて美しい洋服や高価そうな着物をお召しになった人、
高そうなイヤリングを身につけた人が多かった。

『永嘉玄覚(ようかげんかく)禅師証道歌(しょうどうか)』に基づいた、ありがたい御講和をいただく。
「寂滅性中随つて飲啄せよ、諸行は無常にして一切空なり、即ち是れ如来の大円覚」
(「如来の大円覚」とは、如来の偉大にして完全な正覚のこと。その正覚が広大無辺・
円満無欠・一切の偏邪を絶して最勝無上であるという意。)

この『永嘉玄覚禅師証道歌』というのは、
「絶学無為の閑道人」(悟りの垢も抜け切った真の道人という意味。「閑」とは修むべき道もなく、
証すべき法もなく、無為(一切の執着心を捨てて、淡淡と生きること)無事であることをいう)とか、
「行も亦禅坐も亦禅」(禅は坐禅だけにあるのではなく、行住坐臥、日常生活のすべてのものの上にあるという意味)とか、
禅にかんして有名な字句に溢れた古典である。

正式には『大乗決疑経』といい、むかしは法事のときにも読まれた。
唐の永嘉玄覚大師が、南宗禅の思想と自分の修行体験から、悟りの心境を歌唱し、
禅の真髄を一種の詩の形で端的に表現した禅門でも有名な古典とされている。
禅の入門書とされるそうだ。

御講和のあいだ、外の庭で、庭師が雑草を抜いているのが見えた。
その広大な庭の雑草を、この炎天下、一本一本素手で抜くのである。
しかし、老庭師は、ひたすら淡々と抜いている。
その背中が、屋内で講和に耳をさらす私を、哂(わら)っているように見えた。
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2004年04月09日

民間人誘拐

イラクで、3人の民間人が誘拐された。
犯人たちは、「サラヤ・ムジャヒディン(聖戦士軍団)」と名乗るグループ。

多くの新聞報道によると、日本人だけではなく、多くの外国人たちがほぼ同時に誘拐されたそうである。
アメリカの新聞も、シーア派の武装勢力が、アメリカの「協力国」の国民の誘拐という
新しい手段に移り始めたことを指摘している。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A62460-2004Apr8.html

アメリカは強硬な立場を維持するだろう。日本は、いや、小泉首相はアメリカに追随するだろう。
もちろん、政府はそう言いつつも外交チャンネルを必死に使って、解決しようとするだろう。

さまざまな小型勢力の集合体だったシーア派武力グループは、「反アメリカ」で協力し始めたい。
そうである以上、そして、たとえ誘拐犯が複数のグループであるとしても、、これを、軍事力だけで突破しようとすれば、複数の箇所に拉致されている捕虜を、同時に救出せねばならず、その成功する確率は極めて少ない。

アメリカのラジオNPRを聞いていたら、軍人、元軍人のインタビューをやっていた。
彼らは、この戦争はいまだ正しい戦争だった、と言っていた。
あるいは、そう振舞わなくてはならない政治的環境がいまだにあるのだ。
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2004年04月08日

環境のせい?

アラブ人は、旅人を歓待するためならどんなことでもするという。
乏しい食料を、自分の分が減るとしても、突然の闖入者に分け与える。
見ず知らずの者を、自宅に泊める勇気を持つという。

それは、彼らが砂漠の遊牧民として生きてきた長い伝統によるものだ、と説明されることがある。
たとえその人物が、敵対するグループの一員であろうと、もし一夜の宿と一膳の食物を求めてきたら、暖かくもてなしてやる。
砂漠で生きる以上、明日は、わが身だからだ。
砂漠では、そうしてやらなければ相手はきっと死ぬのだ。

砂漠という<厳しい環境>に暮らしていればこそ、そうした「寛大さ」「優しさ」が身につくのだろう。
苛酷な環境にいればこそ人に優しくなる、という考え。
それは、人の「援助」とか「差し伸べる手」とかの原点かもしれない。

アメリカで、僕は、この種の他人への思いやり、親切心を、ごく普通に持っていたと思う。
アメリカ人一般も、それがごく普通のことのように振舞うことが多かった。

しかし、日本に来て、そうしたアメリカで持っていた「親切心」「優しさ」が消えてしまったような気がする。
とても寂しいことである。
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2004年04月07日

日本の新聞は、真実を伝えているか?(下)

IHT紙は、ニューヨークタイムズ紙の子会社なので、ニューヨークタイムズ紙
ではなく他の新聞、たとえばワシントンポスト紙にはどう書いてあるだろうか。

ワシントンポストは、やはりアメリカ政府が証拠を提出するのを拒んでいる
と指摘した後で、

「しかし、この有罪判決は、昨年、もう一人のモロッコ人、アブデルガーニ・
ムズディ容疑者が、ドイツ警察が本人は計画を知らなかったという未確認の
情報を公開したため、同様の容疑で受けていた裁判の途中で釈放された直後
から、怪しくなり始めていた。ムズディ容疑者は、後に、すべての罪状に
ついて無罪となった。
 アメリカ政府は、国家安全保障を理由にあげて、裁判に証拠を提出するの
を、常に拒み続けている」
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A56886-2004Apr7.html
と、説明している。

つまり、ポイントは、アメリカのブッシュ政権が、「テロ容疑者」の審議に
ついて、裁判所が必要な情報を手に入れるのを妨げているのである。それは、
朝日新聞が伝えるようにドイツ当局の問題ではなく、アメリカ政府のせい
なのだ。

それは、上の朝日新聞の記事だけ読んだだけでは判らない、というより、その
記事の与える印象を考えれば、朝日新聞の伝えていることは間違いに近いだろ
う。しかも、朝日の記事は、なんという記者が書いたか、朝日新聞の記者が
書いたのでなければどこからの情報に基づいているか(APとか共同とか)と
いう、基本的な情報を欠いている。上記の海外の新聞は、みな、記者名を明
記している。(毎日新聞の記事は、もう少し正確だが、全体像を伝えていないという点では、変わらない。
http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/europe/news/20040408k0000m030147000c.html

日本の新聞は、真実を伝えているとは限らないのである。
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日本の新聞は、真実を伝えているか?(上)

今日は、日本の新聞だけを読んでいては、事実は分からないという例を一つ。

あの9.11テロの実行犯を支援したとして捕まった男(殺人ほう助などで起訴)が、本日、釈放された。

朝日新聞には、次のようにある。
 
「米同時多発テロ支援容疑者を保釈 ドイツの差し戻し裁判
 01年の米同時多発テロを支援したとしてドイツで起訴されたモロッコ人
ムニール・アル・モタサデク被告(30)に対する差し戻し裁判で、ハンブ
ルク上級地方裁判所は7日、被告の保釈を認めた。昨年2月には、同地裁が
殺人幇助(ほうじょ)罪としては最高の禁固15年の判決を言い渡した。同
上級地方裁は引き続き審理を続けるが、昨年の判決が見直される公算が大き
くなった。(中略) 同様に起訴された被告の友人のモロッコ人、ムズディ被告
について、同地裁は2月に無罪判決を出しており、同時多発テロの実行犯を
出したハンブルク・グループを解明しようとした独捜査当局の威信が揺らい
でいる。」
http://www.asahi.com/international/update/0407/012.html

これだけ読むと、単にドイツ捜査当局がマヌケのように写る。

しかし、インターナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)紙には、次のよ
うにある。

「殺人共犯の3000の訴因で15年の刑を受けていたモタサデク被告の釈放は、ア
メリカ政府が捕えたテロリスト容疑者に証言をさせるのを拒否しているため公
正な裁判が受けられないとの理由で、ドイツ上級裁判所が先月、その有罪判決
を覆したことの結果である。」
http://www.iht.com/articles/513854.html

つまり、ブッシュ政権が鍵となる人物の証言を禁止していることによる。
アメリカは、他の逮捕者たちに証言させるのも、拒んでいるという。
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2004年04月06日

「民主主義の戦い」とサドル師 (下)

しかし、この段階では、サドル師らは少数派であること、
イスラム教シーア派の最高権威シスターニ師が穏健な姿勢をとり、
一応米英を支持しているように見えること(実際は、シスターニ師は、
米英の暫定占領当局(CPA)のだした「基本法」に反対し、直接選挙を呼びかけている)
先のバグダッド西方のファルージャでの、米国民間人惨殺・死体損傷事件に対する「報復」的な行為が必要だとアメリカ国民が感じている、
とブッシュ政権がたぶん考えたこと(アメリカ人にとって、やったのが何派であろうと、
相手は同じ一つのグループに見えるのは想像に難くない。でなければ、9.11直後のアメリカ国内での
多くのアメリカ人によるアラビア人やイスラム差別・攻撃・排撃は理解できない)、
こうしたことが正当化の要因となって、アメリカ軍はサドル師を攻撃に出たようだ。

その理由は、CPAが、昨年4月にシーア派の穏健派指導者アルホエイ師の暗殺に関する容疑でサドル師に出した逮捕状だという(6日付け朝日新聞朝刊)。
これも、なぜ今頃、といわれても仕方がない攻撃のための正当化めいた口実である。
「反アメリカ」に油を注ぐだけだろう。

ファルージャ辺りでは、5日夕からアメリカ軍がヘリコプターによる無差別(?)空爆を始めている。これで死ぬ罪もないイラク民間人は多数いるだろう。
そのため、強硬派支持に回る人たちは増えるだろう。

まさに、「民主主義の戦い」は民主主義から遠くなってきた。
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「民主主義の戦い」とサドル師 (上)

イラクで、たいへんな戦闘状態が続いている。まさに「ソマリア化」といって良いかもしれない。

イスラム教シーア派の「強硬派」と呼ばれる宗教指導者サドル師、
およびその支持者たちの民兵組織「マフディ軍」との衝突である。

ブッシュは、サドル師らを「民主主義を妨害する者たち」と名指して非難した。
「テロリスト」という言葉を使うのは、得策ではないと考えたのだろう。今度は、「民主主義の戦い」である。

この「民主主義のよる開放」は、イラク戦争以前からアメリカ政府によって謳われていた。
が、イラクには、ブッシュ陣営が歓迎しないイスラム教シーア派が60%もいるのだ。
「民主主義」を前面に押し出しすぎれば、シーア派が政権を握るという事態になる。
それは、ブッシュ政権にとって好ましいものではない。それがこの「民主主義の戦い」のジレンマだった。

そのうち、シーア派の一部は民兵組織を強化し続けた。
アメリカ兵たちのしたことのせいで、参加するシーア派は増え、この組織は徐々に膨れだしたのだろう。
アメリカ兵のすることは、彼らには「侵略者の暴力」と見えるのだろう。
テレビニュースで、アメリカ兵がシーア派(強硬派?)の貼った看板をむしりとり思い切り蹴り破っていたが、
こういうことがそれを象徴的に物語っているかもしれない。
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2004年04月05日

今春もまた懲りずに

日本では四月になると、新学期が始まる。
それは、会社や学校の新年度が始まることを意味するが、
同時に、いろいろなテレビやラジオ番組が新たになることでもある。

ずっと昔は、語学講座を新しく始める(そして数ヶ月ですぐ止めてしまう)ということを繰り返した季節だった。

今度も、また新たな語学講座をラジオで始めることにした。(また挫折するかも、というあの懐かしい不安とともに。)

本屋に行ったら、NHKのラジオ講座のテキストがよりどりみどり並んでいたので、
アラビア語やむかし挫折したものを含めて、5、6ヶ国語分のテキストを買ってきた。

夜は、立て続けに語学講座が続くので、なかなか忙しく、
たとえばカレーなんぞを作りながら、中国語の「ま〜(尻上がり調)」や「にぃ〜(尻下がり調)♪」などとやっている。

しかし、一挙にやりすぎちまって・・・

ワケ、わからん。
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2004年04月04日

アメリカ民間人殺害事件の報道

一昨日、インターネットでワシントンポスト紙を読んでいたら、
イラクで襲われたアメリカ人民間人が殺され、しかも、「暴動化した民衆が、遺体を切り刻み、車で引きずって鉄橋につるした」と書いてあった。
そして、その写真が載っていたのである。

それは「写真ギャラリー」という形で、紙面とは別になっていて、すぐに目に飛び込んで来るわけではなかった。
しかも、その「写真ギャラリー」の冒頭には、「以下の写真はショッキング(disturbing)なものです」と書いてあった。
しかし、それは、ボカシもなにも入っていない、そのままの遺体の写真であった。

昨日の朝日新聞は、一面で、この報道の姿勢報じていた。
「衝撃映像に米メディア苦慮 イラク米民間人殺害事件」
http://www2.asahi.com/special/iraqrecovery/TKY200404020402.html

それによると、たとえばニューヨークタイムズは、焼けこげた遺体2体がロープで鉄橋につるされた写真を1面に大きく掲げたという。
「米メディアは、米軍兵士の遺体が民衆に引きずり回されたソマリアでの事件を盛んに引き合いに出す。
その映像が「一日で派遣の全面的見直しにつながるほど、影響を与えた」(ブルッキングズ研究所のオハンロン上級研究員)からだ。

政府は、こうした「露出」に異常なほど過敏になっているそうだ。
もちろん、それは、かつてのソマリアでの経験もあるだろうが、もしかしたら、自国の歴史上もっと陰惨過酷だった過去を思い出させるからかもしれない。
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2004年04月03日

夜桜の怪

午後遅くから、調布にある神代植物園に行く。
そろそろ桜の見頃、久しぶりに花見にシャレこむわけである。

夕方近く着いたが、こんな時間に来たのは、ワケがある。
今日は桜並木のライトアップがあり、夜桜を見物にきたのである。

夕闇が降りてき、やがて、サーチライトがあちこちで照らし出される。

おおおお、美しいではありませんか!
ニホンジンで、ワタシヨカッタデス〜♪
と思ったのもつかの間。

妙な音楽が、スピーカーから聞こえてきた。
今夜は、植物園の真ん中の緑地で、フォークソングのコンサートがあるという。

あのねえ、市民を歓待したい気持ちはわかるけど、もうチョッと選曲した方が良いと思うだよ。

こんな美しい夕べに、こんな美しい桜並木に囲まれて、たとえば、
チェロとかのソロをやったら、なかなか良い趣味だと思われ。
そんならもっと入場料払ってもええ。

でも、なんで、
カーペンターズなの?

ワケ、分かんね。

というわけで、桜見物記を書きました。お読みいただければ、幸甚です。
http://www.memorize.ne.jp/diary/72/41937/
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2004年04月02日

長島節

元巨人、現全日本長島監督が脳梗塞で倒れたのは、もう1ヶ月近く前だろうか。
一日も早い回復を祈っている。あの長島節を、早く聞かせてほしいものだ。

その長島節、“トンデル”のはつとに有名で、帰国後久しぶりにテレビで見た(聞いた)時には、さすがに度肝を抜かれた。
なんと、画面の下に字幕がついている!
と思いきや、どんな発言でも字幕を出すのが、いま日本でははやりだとか。

ずっと以前、その長島節について、知り合いが
「長島さんがあの独特の英語ない交ぜの日本語で話すと、アメリカ人にも通じるらしい」
と言っていて、そんなアホな!と思ったものだが、もしかしたら、本当かもな。

で、その長島節が聞けなくなって残念と思っていたら、先日、テレビで、
同じような、いや、それに負けない「節」を発見した。

中畑清、もと巨人軍。
あの栄光の巨人軍の伝統に属する選手、解説も「伝統」にならっていた。

いや、伝統以上。

ワケ、わかんね。
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2004年04月01日

謹告

この度、長いあいだ考えに考えて来た案を、ついに実行に移すことにいたしました。

このようなシガナイHPオーナーから脱却し、「ヴェンチャービジネス」を起こすことにいたしました。
すでに、会社を建てるための土地を、物色し終わりました。
つきましては、この「酔眼妄語」の読者の皆さまから、いろいろアドバイスを戴きたく、そのための掲示板を作ることにいたしました。

題して「吹願ヴェンチャー啓示版」です。
どしどし忌憚のないご意見を賜りたく存じます。

詳細につきましては、数日中に発表する予定です。
なにとぞよろしくお願いいたします。  
                             露路 拝
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