2004年07月31日

朝倉彫塑館

というわけで足を引き摺りつつ、しかも、このクソ暑いのに、谷中に行ってきた。

炎天下、蝉の声に包まれた谷中に一歩踏み入ってみて、
ああ、日本らしいこの街は夏がよくにあうな、と思った。
そんな街も少ないのではないか。

朝倉彫塑館は、駅からすぐである。
建物は朝倉自身が設計したものに増築を重ねたもの。
落ち着いた門構えに彫像を配する。
中に入ると館内がヒンヤリした。

朝倉自身の作品の中に、高村光太郎の「掌」の作品があった。二人は交友(たぶん師と弟子)があったという。
彫像もいいが、この建物自体がすばらしい。
とりわけ、池を中心に配した中庭は、外界と縁を断った世界である。

とくに、その巨石がいい。
鯉の泳ぐ池を囲むように、何年もの時間を感じさせる大きな石が5つならぶ。
仁、義、礼、智、信となづけられている。

あまりの美しさに言葉を失う。
いつの間にか、脚の痛みは忘れていた。
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2004年07月30日

痛み、カムずバック

夜寝ていたら、右ひざの内側にものすごい痛みが走って、眼を覚ました。
真っ直ぐにしているのが痛いので、横になるか裏返るかして、脚を曲げようとするのだが、何かに触れるとさらに激痛が走る。

2、3日前からその箇所に軽い痛みを感じていたのだ。にもかかわらず、ジムに行っていたりしたのだが。

実は、今週に入ってから、左手の小指までもが曲がりにくくなっていた。
以前は、薬指だけだったのだが。朝、起きた直後は、あいかわらず指は開かない。
今度は、脚である。

右ひざの痛みは、続いた。
真っ直ぐにしているのが痛いのでひざを曲げようとするが、その力が出ない。
なんとか裏返ろうとすると、痛みで悲鳴を上げてしまう。
起き上がろうとすると、ひざの周りが布団に触れてさらに激痛が走るので、起き上がることができない。

そのうちに、左のひざも痛み出してきた。
これは、一種の金縛り状態である。
悪い夢であれば、と願った。

なんとか痛み止めを飲んで、その晩は眠ったが、翌朝は、しばらく起き上がることができなかった。
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2004年07月29日

ようやった!!巨人選手会

今や、毎日のプロ野球ネタの中心である渡辺オーナーのお膝元、巨人の選手たちが、
球団合併や1リーグ制への動きに異議を唱える署名運動を、試合前に行ったという。
ようやった!!

しかし、署名活動の参加選手に対して、球団側から解雇・トレード・減俸といった「報復行為」も懸念された、と報じられている。
http://www.nikkansports.com/ns/baseball/p-bb-tp0-040728-0001.html

巨人選手会、25分で672人署名集める

「巨人選手会(高橋由伸会長)が29日、現在の急速な球団合併や1リーグ制への動きに異議を唱える署名運動を、試合前の東京ドームで行った。高橋由、上原、小久保、阿部ら1軍選手27人が参加。開場前の時間的制限もあって、25分間限定だったが、672人分の署名を集めた。午前9時半から列ができはじめ、約1500人が集まり、開始時間の午後1時を待たずに「受付終了」となった。近鉄、中日、阪神などに続く6球団目の活動で、集まった署名は労組プロ野球選手会を通じて、コミッショナー事務局に提出される予定。

・・・30分を目安に人数制限しても収まりきれないファンが、何重もの人垣となってゲート前を囲んだ。午後1時、選手が登場すると大きな歓声が沸き上がる。・・・3交代で27人の選手が机の前に立ち、次々にファンが自らの名前を書き込んでいく。選手会に所属しないペタジーニやローズら外国人選手も自主的に机の前に立った。列は25分間でなくなり、672人分の署名を集めて終了。最後には、選手会長の高橋由がハンドマイクを握ってあいさつに臨んだ。「今日は皆さんありがとうございました。今日署名できなかった方も、選手会のホームページで署名活動を行っていますので、ぜひ見てください。今後ともご声援よろしくお願いします」。巨人の歴史の中でもおそらくなかったであろうシーンだった。」
http://www.nikkansports.com/ns/baseball/p-bb-tp0-040730-0015.html

参考、
http://www.nikkansports.com/ns/baseball/p-bb-tp0-040729-0014.html
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2004年07月27日

夏の話と忘れべからざる記憶

先週の週末、多摩センターというところに怪談を聴きに行った。

京王線を乗り継いで行ったのだが、多摩センターへ向かう電車の中は子供がやたら多く、
これ、まさか全員が怪談を聴きに行くのかい・・・、いや、さすが日本だね、夏にはたった5つの子も怪談を聴くとは!
と思ったら、同じ場所に、あのキティーふにゃふにゃピンクふにゃふにゃをテーマにしたサンリオなんとかという遊園地があって、そこに行くのだった。

さて、今回は、一龍斎貞水という講談師の十八番、「四谷怪談」。
その前座として、一門の一龍斎貞橘と一龍斎貞友が出た。
貞橘は駆け出しという感じで一生懸命だが、まだ登場人物のメリハリがはっきりしない。年寄りを演じるときの声がいい。ガンバレ。
貞友はテレビで声優もやっている(「忍たま乱太郎」しんべヱ役や「ちびまる子ちゃん」のお母さん役など)せいか、語りは流暢で、間がよく安心して聴いていられるユーモアである。

一龍斎貞水は、さすが。爺さんや武士をやればいかにもそれらしく、ヤクザをやれば辺りを簡単に震え上がらせ、娘をやれば初々しささえ漂よう。
大したものである。しかし、幽霊が出る場でのものものしい立回りは、余分なように思えた。それだけで充分恐いのだから。

講談がはねた後、同じ建物内でやっていた丸木位里、俊夫妻の「原爆の図」展を見た。
(知らない方は http://www.aya.or.jp/~marukimsn/top/genindex.htm

原爆で亡くなった朝鮮人の方々は、その場に処置もされず放っておかれカラスに啄ばまれた、という。
こんな状況でも差別があったのだ。
そんなことを初めて知った。恥ずかしい。

また、これは、会場に展示されていた絵本の「あとがき」にあったのだが、北海道では、「被爆体験」は悲劇を誇大に語っているとして、そのことを語るのは一種のタブーだったという。
しかし、ある日、北海道の方が夫妻の「原爆の図」を展示会で見、突然、大勢の前で、自分のヒバク体験を涙ながらに語りだしたという。
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2004年07月26日

ペシミストとオプティミスト

わたしは、ペシミストであるとよく言われる。

「ペシミスト」の反対は「オプティミスト」であるが、どうやらそのオプティミスト達から、そう言われることが多いように思う。

これが、どうも気に入らない。腹の中がグツグツする。

この世に生まれ落ちた時からペシミストなやつなど、めったにいないだろう。
この世で生きていくにつれ、いろいろいや〜なことを経験して、人はペシミストになっていく、あるいはならざるを得ないものだと思う。

オプティミストが「おめえはペシミストだ」と(だからダメなんだというニュアンスで)一方的に言うとき、
そういう相手の過去の経験を、まるで無視して言ってるような気がして仕方がないのだ。
(まあ、そんなことに頓着しないから、オプティミストなのかもしれないが。)
オプティミストとペシミストとは、単に対照的ではない。

もちろん、プティミストの中には、生まれつき楽天的、ノーテンキ的なやつもいようが、
苦労してそうなった者もいるだろうと思う。
しかし、本当に苦労してなったのなら、断定的に、批判的に、一方的に言うだろうか。

わたしがオプティミストに苛立つのは、
その「なったとき勝負、どうにでもなれ」という、時に無責任にもなりえる態度ゆえでなく
その無神経さが嫌いだからである。
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2004年07月25日

帰化完了??

帰国した当初、なにが戸惑ったかって、
それは、駅などで、人が思いっきりぶつかって来ること。
電車を降りようとすると、オバちゃんなどが、ものすごい勢いでぶつかって来て、しかも何も言わず去っていく。

アメリカは「個人の空間」(パーソナル・スペースというやつ)という意識がはっきりしてるので、
それをちょっとでも侵害すると、「エクス・キューズ・ミ〜」などと言う。
そのせいか、これには、かなり抵抗があった。

しかるに・・・、最近では、わしの方がぶつかって行って、しかも!
気づかす何も言わない!ということがあるのだ。

これで、完全な日本人になったか・・・・?
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2004年07月24日

がんばれ!選手たち

プロ野球、あいかわらずオリックスと近鉄の合併問題で揺れている。既に近鉄の選手が署名活動を始めているが、中日やヤクルトなどセリーグの球団が、合併反対の運動を展開し始めた。

中日の選手会は23日、広島戦の試合前にナゴヤドームのゲート前で合併に反対するファンの署名を集めた。合併の当該球団以外の選手会としては初めてである。この日はたった30分間で500人分以上の署名が集まった。

中日スポーツ紙によると、署名運動に参加したのは、川相、山本昌、岩瀬、川上、バルデス、筒井壮、土谷、前田章の8人である。社団法人プロ野球選手会の専務理事も務める川相が「合併は球界の縮小につながり、選手にとって死活問題。中日の選手会は反対しようと思っています。賛同される方は署名をお願いします」と呼び掛けると、ファンは用紙に名前を書こうと長い列をつくった。・・・今後もホームゲームの際は随時、試合前に署名を呼び掛けていくという。

また、日刊スポーツによれば、まず初めに川相昌弘内野手が「近鉄とオリックス、それに新たにあると言われている合併に反対しようと思っているので、賛同される方は署名をお願いします」と呼び掛けた。川上憲伸、岩瀬仁紀両投手ら8選手が球場入り口横の机に座るとファンの列ができ、この日は502人分の署名が集まった。川相内野手は「井端選手会長と前からやろうと話していた。ホームゲームの時はこれからも続けたい」と話した。

元巨人の川相は、自分がもといた球団に正面から反対を唱えている。信念のある立派な行為だと思う。

川相によると、署名活動は7月10日の選手会総会で近鉄が実施する意向を表明していた。ほかの球団もそれぞれが協力していこうと話し合われていたという。

一方、アテネ五輪日本代表の宮本慎也主将(33=ヤクルト)が、ファンの結束を促した。・・・合併問題に関し「セ・リーグの球団のファンも横断幕とかで意見を主張してくれたらいいのに」と、近鉄やオリックスのファンだけでなくセのファンも行動してほしいと訴えた。

 合併問題が浮上して以降、ヤクルト戦で合併に反対する横断幕が出たのは球宴直前の中日戦(ナゴヤドーム)だけ。本来、掲示してはいけない場所だったこともあるが、警備員に撤去を求められ、あっという間に消えた。宮本としては、選手会が12球団の垣根を取り払って一致団結しているように、ファンも声を出してほしい考えだ。(日刊スポーツ)
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2004年07月23日

三菱ふそうのボーナス

一昨日、テレビ朝日の『報道ステーション』で、三菱の車を販売する小売店が、今回の三菱自動車 のリコール隠し事件のために、大変な苦労をしているというニュース特集を組んでいた。

この事件で、三菱自動車に対しては怒り心頭なのだが、ただ、販売店は犠牲者でもある。消費者に接するのは、常にこうした末端の社員である。会社には「人殺し」という非難も寄せられる。

「人殺し」呼ばわりされ、車が売れないどころか、整備士は、早朝から深夜まで、一日10台もの不具合のある車の整備・点検に追われているそうだ。一台にかかる時間は約一時間。しかもその後に、通常のオイル点検などの仕事が入る。帰宅は、深夜一時をまわる。睡眠時間は、2、3時間のこともあると言う。

しかも、整備・点検にかかる費用は、ほとんどその会社もちだ。一台の整備・点検にかかる費用は、点検、オイル交換(6000円)全てを入れて、15000円ほど。三菱から渡されるのは、なんと、一台につき、一律5000円である。

参考までに、三菱自動車は、今期の売り上げ予測を、30万台から22万台にしたというが、そのことについて、経済アナリストは、「たった22万台を売るなら、現在の販売網の三分の一はいらなくなる。つまり、三分の一はクビにしなければならない。しかし、将来、売り上げが戻った時、それではやっていけなくなる。」
三菱はジレンマに追い込まれている。

こんな不条理が許されていいものか。

どなたか、三菱自動車の経営陣が、今回、どれだけボーナスをもらったかご存じないだろうか?
ちょっとインターネットで調べてみたが、出てこないので。
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2004年07月22日

雪辱

プロ野球中日の柳沢裕一は、昨日の対巨人戦で、5回、無死2、3塁から勝ち越し打を放った。巨人はかつて自分が属し、トレードで放出されたチームであった。
ヒーローインタビューで、柳沢は男泣きした。

柳沢裕一は、明治大学時代、東京六大学リーグで記録した一試合3本塁打の打力などを買われ、1994年に巨人からドラフト2位で指名された。当時の巨人の正捕手村田真の控え・後継者として期待された。

しかし、99年のシーズン途中、オリックスに放出される。そして、2000年のオフシーズン、トレードで中日に移った。巨人と同一リーグに戻って以来、この古巣に雪辱を誓っていた。

今季、元巨人の川相が巨人の2軍コーチ就任をゴタゴタで断り、テスト入団で中日入りした。川相とは、チャンスがあれば巨人をやっつけてやろう、と話していたと言う。

昨夜、ヒーローインタビューでお立ち台に上がった32歳の柳沢は、感極まって大粒の涙を流した。
「僕は、巨人を出された人間だから・・・。いつか見返してやろうと思っていました・・・。これほど嬉しいことはないです」大粒の涙が、その頬を流れた。

試合後、その川相に笑顔で声をかけられた。「よう、やったな。」
柳沢の顔に、初めて涙と笑みが同時に現れたという。

こんな涙の舞台を設定してくれる落合監督、なかなか味のある采配をしてくれる。

それにしても、かつてのスター投手のスタルヒンや新浦寿夫、そして川相や柳沢などの自軍の選手に憎まれ嫌われる巨人軍、何か問題があるのではないだろうか。
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2004年07月21日

エコロジスト、コスモポリタン南方熊楠

テレビで、熊野の森を含む紀伊半島全域で森林保護運動を行った、南方熊楠のことをやっていた。

彼は、アメリカ、イギリス、キューバ、ハイチなどで民俗学・自然学を修めた後(ロンドンでは大英博物館にこもりあらゆる学問を吸収したという)、明治33年に33歳で帰国してからは残りの生涯を熊野(田辺市)に暮らした。その時、「神社合祀令」(註参照)によって熊野の古木が切り倒されるのを許せず、反対を国に働きかけ、なんと止めさせたのである。この時、その自然保護運動を展開するにあたって、「エコロジー」という言葉を熊楠が日本に初めてもたらしたとされる。

   神社合祀令:明治39年に施行された政令。「国家神道」を強化し工業
         化を推し進めるため、地方の神社を整理統合して「一町村
         一社」とし、いらなくなった土地を農地などに転用、木材
         などを利用しようとするもの。施行から3年間で全国で
         5万もの神社が廃止された。熊楠は、「神社合祀」を自然
         と人間社会をともに破壊するものとして闘った。

番組では、今年新たに発見された、熊楠の自然保護運動の宣言文ともいえる「南方二書」の自筆原稿などを紹介した。この「南方二書」が柳田國男によって出版され、それを読んだ国会議員が上の「神社合祀令」中止を働きかけることになったのである。

その何年か前、熊楠は、神社合祀を推進する役人が主催する「林業講習会」が行われていた田辺中学校に乱入、草木を投げつけて、「家宅侵入罪」で逮捕された。警察に留置され、拘留中の18日間中に柳田国男の「石神問答」(柳田が、全国の「石」に関する信仰を集め考察したもの)を差し入れられ、むさぼり読んだ。こうして熊楠は柳田国男を知ることになる。

熊楠と柳田国男の尽力で伐採をまのがれた大樹は、三重県御浜町にある「阿田和(あたわ)の大楠」と呼ばれる。樹齢は1000年以上、枝を40メートル四方に伸ばす紀伊半島随一の大木である。

ちなみに、熊楠が柳田国男に阿田和の大楠の伐採中止を働きかけてくれるよう頼んだ時の歌
    「音に聞く熊野 樟日(くすひ)の大神も柳の蔭を頼むばかりぞ」
そして、柳田国男が熊楠の依頼に応えた文章
    「願わくはこれからの生涯を捧げて先生の好感化力の一伝送機たらん」
(NHK総合『その時歴史が動いた』 世界遺産 熊野の森を守れ〜南方熊楠・日本初の自然保護運動〜)
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2004年07月20日

史上最高気温を記録

とろけるような地上の熱帯

逃れて、地下鉄ホームに駆け込み

旧式冷房の風の前に立つ。

―― ああ、夏の最高の瞬間。
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2004年07月19日

グァテマラの彼方から

街でグァテマラコーヒー豆を見つけ、珍しいので買ったら、オマケでちっちゃなお財布がついてきた。

いかにも手作りの赤いケースに、GUATEMALAN COFFEESと、パッチが不器用に縫い付けてある。

中国製かなんかだろうと思ったら、中から詰め物用に、スペイン語新聞の切れ端が出てきてた。ちょっと感動した。

しかし、それにしても、この新聞、裸同然の女性の写真のわきに、メディア規制をする警察の記事 ――
さすが、お国柄・・・。また感動。
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2004年07月18日

靴が生る

以前、Iデパートで、「足に合うウォーキングシューズ」というコーナーを発見してから、
憑かれたように、おのれの足に合う靴を買ってみたい、いや、疲労から自分を解放するためにも買わねばなぬ、と思い始めて2週間。
ついに、Iデパートで、ぺ○ラとかいうメーカーのを、大枚はたいて買った。

しかし・・・・、すぐ、おのれの足に合わないことに気がついた。
わたしの足の裏は、土踏まずが高くてどうにもなじまないのだ。
外国のブランドも含めて、土踏まずがしっかりとアーチになっているものは少ない。
いや、外国人は偏平足が多いので、外国のブランドの方が、そういうものが多いのかもしれない。
とにかく、だめです。ぺ○ラ。
まあ、自分の足に合わないというだけなのだが。

だが、この週末、他にすることもないので新宿をブラついていて、
KO百貨店に、巨大なウォーキングシューズのセクションを発見。
あのむかし愛用したeccoやティンバーランドが、ところせましと並んでいる。

えらいぞ、KO百貨店!
その地味さゆえ、侮って無視して失敗した。

また、買うか?
めざせ、2000足。
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2004年07月17日

日本の野球の将来のために

近鉄、オリックスの合併問題は、見ようによっては、8回裏、9回表という切羽詰った感がある。

その合併問題について、阪神の久万オーナーが、2リーグ制維持をはっきりと表明した。
先日、2リーグ制維持を主張する元阪神監督の星野氏(現在、阪神のシニアディレクター)と会談したというから、きっと彼の論に説得されたのであろう。

そして、なんと、そのために、セリーグの巨人を除く各チームのオーナーと個別会談を始めた。
これは、驚くべき一手だった。
が、実に喜ばしことである。

その野球に対する視野ではわたしも尊敬する、中日の落合監督は、昨日、記者たちを前に、2リーグ制維持の持論を展開したと言う。曰く、
「10球団で1リーグにした場合、へたをすると、7月には消化試合が始まってしまう。そうしたら、客は来なくなってしまうだろう。
日本シリーズの代替案にある東地区と西地区の1位チーム同士のプレーオフ案は、仮に地区の1位でも、リーグでは6位ということもある。そうなったら、誰が興味を示すのか」
ということだった。落合監督らしい、実に論理的で説得力のある論である。

ライブドアというインターネット関係会社が、買収に名乗りを上げているが、
近鉄は、合併はすでに決まっているシナリオであるかのように、まじめに相手にしようともしない。
西武は、1リーグ制になれば、「ドル箱巨人」との試合ができるため、1リーグ制支持の立場を変えない。

こうして、目先の金にばかり眼がくらんでいるセリーグのオーナーたち。
(だったら、これまでもっと営業努力をすべき点はいくらでもあったと思うが。ライブドア社の案はそのために幾つかの提案もしていると言うのに。)
久万オーナー、そんオーナーたちに負けないでほしい。

いま、球界の行く末を考えて、がんばれば、将来名が残ると思います。

選手たちもがんばれ。
クーラーのきいた部屋でソファーにふんぞり返って、儲けや勝ち負けばかり考えているオーナーと違って
実際に、汗をかいて体に鞭打って日本の野球を支えているのは、あなた達なのだから。
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2004年07月15日

球団合併

まったく大変なことになっている。
プロ野球パリーグの、近鉄とオリックスが合併すると言うのだ。
すでに、球団側は、合併の合意に達しているという。

二つの球団が合併すれば、パリーグは5チーム(奇数)になるから
試合の組み合わせが難しく、もっと合併を起こして、
一挙に一リーグ制にしたいというオーナーがいるのだ。

そんなことしたら、DH制というある意味面白い制度も、「日本シリーズ」もなくなってしまう。
パリーグは、(●人軍のように)人気のためにだけ野球をやっているのではない球団が多いが、
じっくり時間をかけて選手の能力を伸ばすシステムができている球団(例えば西武)が消えてしまう。
さらに、一球団のもてる選手の数は限られているから、多くの選手が失業する。
(アメリカでは、球団を増やす一方だが、そのために選手の層が薄くなるという弊害が出ているが)。

それだけでも恐ろしいことなのに、しかし、もっと恐ろしいのは、
こうしたことが、選手たちをまったく蚊帳の外にして決められつつある、ということだ。
近鉄の社長は、自社のみならず、他チームの高年俸選手を、無駄だとかアホだとか、愚弄したと言う。

しかも!! 選手会会長の古田選手が、「もっと対話を。こんな性急な決め方では、ストも視野に入れなければならない」という意味のことを言ったら、
巨人の渡辺オーナーは、「スト?どうぞ。やればいい」などと怒鳴ったという。
さらに、古田会長が「渡辺オーナーに、ぜひお会いしたい」というと、
「たかが選手のくせに。分をわきまえねばいかん」と吼えたそうだ!

渡辺オーナーが力を持ち、テレビ放映をされたいため、巨人中心の日本プロ野球界だが、
なんという、なんという情けない人たちだ!!
そんな発言が出てくることがありうること自体が、この国の民主主義のなさを・・・・・

当の近鉄・オリックスの選手たちは、試合前に、著名活動をし試合後は、球場に来たファンに挨拶を始めた。
がんばれ、選手を金儲けの道具としか見られない不遜オーナーたちに、負けるな!
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2004年07月14日

精神性と化粧

昨日の続きになるのだが、最近では、いわゆる精神性みたいなものを大事に思う傾向がさらに強くなった。

おのれの服装やミテクレがぞんざいになっているのは、そのためかも知れません。いや、これは言い訳か。

しかし、日本に来て感じるのは厚化粧の女性が多いこと。わたしが厚化粧の女性が苦手なのは、べつに化粧うんぬんということではなく、これまでの経験からすると、そういう外見を重要視する女性は、精神性みたいなものに重きを置かないような気がするからなのです。え、別に訊いてないって?

ま、これは、これまでのわたしの“女性経験”の乏しさを語ってるに過ぎないということでもありますが。

考えてみたら、電車の中で辺りかまわず化粧をする日本女性たちに、イラダッテいるのだな。
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2004年07月13日

彫刻恋々(上)

先週の土曜、日曜と長野に行ってきた。アメリカにいた時からずっと行って見たかった、ある彫刻家の美術館を訪ねるためだ。

その美術館は、信州の山々を見上げる平野の中にひっそりと建っていた。
中世の修道院風の建物ある。ロダンその他を慕ってフランスに行き、そこで大戦前後という激動期を数十年にわたって過ごし、常に12世紀の宗教芸術を愛した彼にふさわしいように思えた。

美術館はこの市のものであるが、一階はすべてこの彫刻家の作品に充てられていた。写真でなんども見ていたあの作品、この作品を間近に見るのは感動的であった。

作品の傍らに、かれがあちらこちらで書いたエッセー、想い出、雑記などから、その作品についての一節が引用されていた。それらから、この彫刻家がどれほど精神性を重んじて、つまり、人物の彫刻作成にあたってはその人物の中身に迫ろうとして、無機物の材料に精神を吹き込もうとしていたかが判る。

かれは、日本にいた時からすでにフランスの小説家ロマン・ロランに一目置かれ、それまで誰にも彫刻を造らせなかったこの頑固な小説家は、「かれなら良い」と初めてかれに作品を依頼した。そうしたことからも、この彫刻家の向かおうとしたところの純粋性が、解かる。あのマハトマ・ガンディーも、フランスの哲学者で実に奥深い文章を書いたアランも、この男に作品を依頼した。

わたしはそうした精神の純粋性の価値を高く見なしているので、この彫刻家が好きなのだ。また、そうした精神性のようなものは、国境や言語を超えて表現されうると勝手に偏見を持っている。わたしが芸術が好きで、そうした精神性が強く表現された作品を愛するのは、そのためである。

この美術館でかれの彫刻を眺めるのは、とても気持ちが良く、それまでの胸の痞え(つかえ)が取れるようであった。
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彫刻恋々(下)

美術館をあとにし、温泉に入りたくなって近くの村の宿に泊まることにした。飛び込みである。しかも、場所は、松本から電車とバスを乗り継いでいく谷間のさびれた村。

山間の駅から乗った市営バスは、山の中をクネクネと走った。眼下には、緑に囲まれた緑濁色の河が見える。バスのアナウンスが、ここのダムは高さはかくかくしかじか、横幅はかくかくしかじかの大きさで信州でも指折りだのと、講釈をたれる。ここの村の多くは、電力用のダムが作られたため、多くの村道が埋没してしまったのだ。その最も巨大なダムが見えた頃、終点に到着し、さらに村営のバス(といっても単なるマイクロである)に乗り換える。

村営バスは、いくつもの長いトンネルを抜け、いかにも温泉宿以外何もなさそうな、N村に着く。宿は、少々趣味の悪い建物だが、食事は上々で、この季節のイワナ、ヤマウドの葉がたいへん美味であった。

食後に温泉にゆっくりつかり、部屋に返ってからもその日見た彫刻作品のこと、この彫刻家がなぜフランスを愛したかを思った。いや、フランスでロダンやロマン・ロランやマルティネや多くの作家たちに好まれたこの男は、日本でも、高村光太郎や中原中也や萩原朔太郎を愛し彼らとも親交があり、日本にも強く根付いていた。西洋東洋を越えるもの、越え得るものとはなんだろうか。

おもえば、自分のアメリカ滞在は、そんなことさえもよく考えてはいなかった。

近くに流れる河の音が、闇の中の山合いにいつまでも響いていた。
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2004年07月12日

やっと再開・・・情けない

やはり書くことにした。
むかし、ある方が、あなたは書かなければ生きていけない人だ、と言ってくれたのを思い出すが、
そうなのかもしれない。

**********************************************
それにしても・・・
国民は、もっと小泉総理の国民無視の政治に、自民党の民主主義を無視したアナクロな政治に、
青木幹事長を含めて、ナニ言ってるのだか判らない議論論理会話無視の自民党長老派に、
怒っていると思ったのだが、こんなに議席が確保できるとは?
民主党が躍進したことよりも、自民党になんでこんなに票が入るのか?
え?○○県の皆さん、教えてください!

かつてのアメリカ大統領選で、そしていま現在も、50%近い人達がブッシュを支持しているのが
理解できない、それと同じ意味で、不可解である。
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2004年07月03日

トップ変更

トップページを少し変え、あたらしいコーナーを作りました。
左の「ホームページ」から参れます。
なにとぞご贔屓にお願いします。
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