2004年08月31日

東京五輪と“アテネ”との間

昨夜、NHKでアテネオリンピック総集編を見た。

とても感動の多いオリンピックだったのではないだろうか。
それは、柔道の野村選手や鈴木選手、競泳の北島選手や柴田選手、体操、マラソンの活躍があったからだけではないと思う。
日本人だけではなく、ほかの国々の選手たちを見てもそう思った。

かつてマラソンの円谷幸吉は、お国のために東京オリンピックを走った、いや走らされた。
3位に入賞すると、メキシコオリンピックにも走るように、つまりお国のために走るように命じられた。
東京オリンピック直後、長年付き合っていた地元の女性と結婚する予定だったが、競技生活に支障が出ると上官に反対され断念した。
そして、1968年の1月9日、円谷幸吉は自殺した。
「父上様、母上様。幸吉はもうすつかり疲れ切つてしまつて走れません」と書き残して。

マラソンの野口選手は、監督とともに会社を辞めた後、仲間と公団住宅で共同生活をしながら練習をしてきた。一位でゴールした後、泣きじゃくりながら「こんなマラソン発祥の地で金メダルをとれるなんて、私は幸せです」と言った。その「幸せ」は、それまで苦労してきた彼女自身のものだったろう。

マラソンで途中棄権した、世界記録保持者ラドクリフは、記者会見で「私の心が一番傷ついている」と泣いた。しかし、「自分を奮い立たせるために」、4日後の1万メートルに参加し、再び棄権した。

イラクのサッカーチームは、逆境にもめげず大躍進した。確かに、それは「新生イラク」のためだったかもしれない。しかし、この戦争でそれぞれ家を焼かれたり肉親を失ったりした各選手は、その思いを、一時的に与えられたこの自由にサッカーをする機会で表現し、故国の家族や友や恋人に捧げようとしているように見えた。それはとても個人的な行為だ。

テレビに映るアテネの選手たちを見て、この“英雄”たちは皆、自分のために喜び、泣き、悔しがっているのだ、と感じられ、涙が出てきた。
「東京」と「アテネ」の遠い距離は、空間的なものだけではない。

最近、どうも涙腺が緩んでしょうがないのだが、
いや、こうした個人的な英雄的な行為に泣けるだけ、自分も成長したのかもしれない。
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2004年08月29日

蒼い深み

イギリス映画『ディープ・ブルー(Deep Blue)』を観に行った。

海中や深海で生きる生物たちの不思議な生態を、丹念に忍耐強く撮った作品だ。
こんなシーンをどうやって撮ったのか、と思うような映像が続く。

去年見た、渡り鳥をテーマにした映画『Winged Migration(渡り鳥)』といい、良く撮るものである。
(参照:http://www2.diary.ne.jp/search.cgi?user=174646&cmd=show&num=2003090221062642420&log=2012340925&word=Winged%20Migration

こういう弱肉強食の過酷な世界を見ると、わたしたち人間は、なんと保護された生き物かと思う。無力な生き物か、と思う。
いや、他の国では、戦争や侵略が起こり、争いが日常茶飯の地区もあるのだ。
日本が恵まれているのだ。

しかし、それにしても、映画館の中で辺りを気にせず、くっちゃべったりガサガサ音を立てて物を食ったりする輩が多いものだ。
暗がり映画館での日本人の生態も、また、奇妙なものかもしれない。
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2004年08月27日

わからんシンクロ

わからん。

日本のシンクロは、前回「歌舞伎」をテーマにして、負けた。
井村コーチでさえ、「理解し難いもだった」と認めたのに、
かつてのエース小谷美苛子さえも、「日本特有のものやっても、せいぜい敢闘賞か努力賞しかもらえない」と言っているのに・・・。

なんで、また「ジャーニーズ・ドール」なんだ?
「サムライ」なんだ?

シンクロ協会のトップが「やはり、日本的なものでやろう」と言ってるのかね。
(噂によると)かつてのフィギュアスケート界がそうだったように。
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2004年08月16日

で、『華氏911』のできは?

いや、よかったですよ。

前作の『ボーリング・フォ・コロンバイン』は、メディアでも伝えられて来なかった事実を突きつけて、観客に考えさせる作品でしたが、
これは、監督マイケル・ムーアの主張が、もっとはっきり臆すことなく前面に押し出されていました。

もちろん、それが監督の単なる思い込みなら、逆に観客はさめてしまうんでしょうが、これには新鮮な「事実」の迫力があります。

ぜひとも、オススメ。

そこのあなた、○泉クン、

         「こんなもの、絶対に見ない」

なんて、自分の視野の狭さ、狭量さ、頭のカタサ、つまり、器の小ささを露呈するようなこと言ってないで、
まあ、見て御覧なさい。
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2004年08月15日

おバカ

マイケル・ムーア監督『華氏911』を見に行ってきた。

公開は、全国に一週間先駆け、都内のただ一軒の映画館である。
あっという間に夜まで売れ切れとなるでチケットを、大変な思いで手に入れた。
待ちに待ったという思いの日本人も多かったらしく、映画館の入り口は黒山の人だかり。

しかし、そこは日本人。
開始時間直前に粛々と入場し、アクシデントもなく、居心地良いシートに実を落ち着けた。
ドキドキとともに、映画は開始。
ブッシュ大統領の「ていたらく」や“陰謀”が暴かれていく。

しかし、隣に座っているネエチャン、何を考えているのか面白くもないところでやたら笑う。
たしかに、マイケル・ムーアはどんなシリアスなテーマでもユーモラスに描くのだが、
ここはそんなに笑うところでもあるまい、というところでゲラゲラ笑う。
たとえば、「ブッシュが大統領就任直後、9.11直前までにとった休暇は全日数の43%」
なんてところでも、品なく笑うのだ。

どうやら、自分はアメリカのジョークが解るんだよ、英語が判るんだよ、という
あの非常に、非常に困った人種が紛れ込んだらしい。
ちらりと見ると、体を起こして左隣のカレシの方にやや体を向けて、ちょっとしたアピール体制。

ははあ、なるほど、と思ったが、自己顕示欲満載の笑いは劇場に響き続ける。
まったくなあ。
鑑賞するスタイルは各自自由なんだが・・・。こういうのは、さすがに鬱陶しい。
デートでオンナにこういうことする大バカ男はよくいるものだが、
女性でもいるんですかね、こういうおバカ?

本来ならこういう言葉は使いたくないが、このサイトは思いのたけを言うサイトでもあるからして
ちょっとだけ失礼して・・・

バカもの!なにをやってんねん!!はた迷惑だということ考えんのか?!
おい、オトコ、こんなバカ女、もう付き合うの止めろ!!

あー、すっきりした。
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2004年08月13日

見つめられ

夜、帰宅の電車に乗り、空いた席に座る。

ほぼ同時に目の前に乗り込んできたサラリーマン風紳士が、カバンをすぐ上の網棚に載せた。
その時、カバンを載せた勢いそのまま、その網棚からなにかが落ち、隣の美女の頭の後ろに。

女性もワタシも、おおいに驚く。
紳士の連れが文庫本が落ちたことを告げると、すかさず、紳士はそれを拾い上げて、
まず、自分のカバンから落ちたものでないことを確認し、
次に、チラッとタイトルを見て、そして、ワタシを一瞥し、網棚に載せた。

見上げると、本は、美女の上ではなく、ちょうどワタシの頭の上にある。
カバーがこちらを見下ろしていて、

            「江戸川乱歩集1、陰獣」

とある。

なんや、ソラ。
おい、おっさん。
「陰獣」に見つめられ、ちと妙な気分の30分間。
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2004年08月11日

もとの木阿弥

あいかわらずジムに行ってトレーニングしているが、その時、スポーツドリンクなるものを買う。
最近は、実にさまざまなものが出ている。で、時により、その場で気に入ったものをいろいろ試して見る。

しかし、あるメーカーのものは、飲んだ後、体が、いや、お腹が異常に重い感じがするのだ。

で、念のため、カロリーをチェックしてみた。

気になるメーカー、キ○ンのもの、100ミリリットルあたり・・・

       24キロカロリー

一ビンあたり500ミリリットル入っているので、120キロカロリー。こら、30分走っても減りませんがな。
おい、キ○ンさん、こんなんで、ええんかいな?
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2004年08月09日

政府の言うことを信じる国民たち (下)

第二は、日本の政府について特に言えることである。第二次世界大戦中の日本政府が、戦後に戦争責任を取って断絶せず、その政府の何人かの政治生命は生き延びて戦後の政府で活躍したことは知られている。(たとえ、コイズミ首相が改革を声高に謳おうとも)自民党はその歴史の上に立ち、すなわち連続しているといっても、完全な誇張ではない。
その点で、日本の政府よりドイツの政府は、はるかにしっかりと「断絶」を行った。歴史的断絶がないという点で日本に似ているのは、オーストリアである。(そのオーストリアでは、最近になって右翼勢力の台頭に苦しんでいる。)
戦前の日本政府に繋がる戦後の政府の言うことを信じられないという直感は、それなりの根拠を持っていると思う。

第三は、より根本的なことかもしれない。なんの批判(非難ではない)もなく相手の言うことを受け入れれば、後で何が起ころうとも、文句は言えないことにもなる。それは、相手が為政者のみならず、医者でも不動産屋でも原子力発電所の会社でも同じことである。もちろん、人は意図的に間違えるのではなく、単にミスを犯すのかもしれない。単なるミスでも、こちらの生活に関わる重大事に繋がる可能性はあるのである。
なら、なおさらに、相手の言うことすることに注意していなければならない。なにかの情報やサービスを受ける時、それが自分たちにどういう影響を持つかを考えるのは、自分を守るという点で欠かせないのである。

 いつの時代にも、自分の言ったことをすべてそのまま受け入れさせた暴君は、長続きしなかった。
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政府の言うことを信じる国民たち (上)

テレビが、長崎で平和祈念式典が行われたことを報じ、今年も、「ナガサキ」がやって来たことを告げていた。

夜のNHKスペシャルという番組では、聾唖ながら手話で被爆体験を人々に伝えようとする老婆、山崎栄子さんのドキュメンタリーをやっていた。(『体いっぱいで原爆を語りつぐ』夜9:00〜9:50)
こうした人たちには、ただただ頭が下がる。

その番組の直後、NHKが8月中に「戦後」を問い直す意味でさまざまな番組を企画している、という予告編を流した。
その中で、政府のいうことを信じ戦争に身を投じた一兵卒の思いと記憶を綴る番組のことを伝えていた。

わたしの思いは、第二次世界大戦中の政府の言ったこと、さらに離れ一般的に政府のいうことを信じるべきか、ということに巡らされた。
先の参議院選挙前に、「自民党のいうことは、やはり正しいし、いつも信じられる」というようなことをはっきり言っていた市民の顔がうかんだ。

戦時中だったころを含め、政府のいうことをそのまま信じるのは危険であると思う。
その理由は3つある。

まず第一に、戦争中の政府は、全ての情報を公開しないのが普通だと考えるべきである。自軍の進路を教えないのは戦略上当然であるとしても、失敗した作戦を逐一報告するのは自軍や国民の士気に関わると、為政者が考えるのは自然である。また、自国の軍に死者の出ない戦争は少ないし、自軍の死者の情報は好ましいニュースではない。また、たとえ自軍に死者が出ないとしても、相手の国の一般市民が殺されることは、大量破壊兵器を使いたがる現代の戦争では、ありがちなことである。一般市民の女子供が殺されたというニュースは、たとえ戦争中であろうといい印象を与えない。実際、アメリカのブッシュ政権は、今回のイラク戦争中、この両方のケースについて、事実を報道しなかった。
第二次世界大戦中の日本政府が、同じように情報を隠し、「聖戦は勝利しつつある」と謳ったのは有名である。
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2004年08月08日

おれも一つ日本人の好むというレッテル張りを・・・

日本人はレッテル張りが大好きである。
しかも、年齢層でああだこうだとステレオタイプ化するのがお好きである。
で、おれも、この国でした乏しい観察に基づく完全な偏見を書く。

この国の女性のとる態度というかものの考え方が、ジェネレーションごとに違っているように見える。

20代は、この社会で男に甘えられる、あるいは甘えさせてもらえるのを逆手にとって利用しているようだ。多くの男はバカで、鼻の下を伸ばしてヘイヘイと取り入っている。こういうバカどもは、もっと利用するがよろしい。

40代は、周りが良く見える、というより見なくたって良識をわきまえた社会性豊かな人々と、恥という概念は微塵もないもの凄いオバハン軍団とに分かれるようだ。

30代は、手ごわい。この世代は、主婦として落ち着いていようと、社会でバリバリやっていようと、自分はこの世界で超一人前だという雰囲気があふれた方が多いようだ。私はバリバリよー、何でも知ってんだから、あんたナニさ、という威圧感いっぱいのようだ。

いうまでもなく、この「ワタシ知ってるわ、アンタには負けまへんで」的な態度は、とても鼻に付く。

自分の過去を振り返っても、30代の最初は、自分の学んできたことが一つの大きな地図のようになり、さらに、文学・芸術・科学・音楽などの美意識が繋がり始めたすばらしい時期だったように思う。

しかし、同時に、自分のその確信ぶりは、鼻持ちならなかったろうと思う。女性の場合、女性に対して威圧的で男尊女卑的なところのあるこの社会で30年近く生きた後、20代のブリッ子振りを捨てて開き直るとき、その“鼻持ちならない”勢いは、男以上なのではないだろうか。

この世代の女性の多くは、断定と独善を混同しているように見える。断定の美しさと独善の性急さを混同している。断定は、時に、長い間に培われた思い入れや考えぬかれた洞察と無縁ではなく、それだけで美しくも見えるし、敬意に値すると思う。独善は、イライラさせられるだけである。

勢い余ってか、酷いのになると、自分の単なる趣味をもとに人をなじったりする。そのくせ、その趣味たるや恐ろしく幼稚だったりするのだ。

酒でも飲んでいれば、アナタなんなんですかとか、ナニ威張ってんですかとか、アナタが偉そうに言ってることはどれだけ普遍性があるんですか、とか言ってカラんでみることもできようが。

残念ながら、そんな妙齢の女性が一緒に酒を飲んでくれることもないのである。
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2004年08月07日

花火

日本の花火大会に行ったのは、何年ぶりだろう。

板橋区は高島平の荒川沿いである。正確には、「荒川戸田橋上流河川敷」というらしい。

新聞だの、ウェブサイトのコマーシャルだの、あちこちに貼られたポスターだのに華々しく飾られた謳い文句の、
「なんと、都内最大級の約11000発!!」というのに期待したが、
荒川対岸の「戸田橋花火大会(埼玉県側)」と合わせ、約1万1千発ということらしい。
なんだ、そら?金返せ ――。

って、払ってはいないが、しかし、なんと有料席と言うのがあったのである。
会場に行ってみると、ますます混んでくるのをよそに、ぽっかりと空いていて、しかも御まわりに守られた一角があった。
そこが有料席であった。
自然の中に放たれる花火見るのに金をとるのか。

その座席表を見たが、どうもマヌケな感じがしてしまった。S席とA席が、芝生席とそうでない違いはあるものの隣り合わせである。
http://itabashihanabi.jp/reserved/reserved_2.htm

ま、わたしのところからも、充分すぎるほど堪能できましたし。
(途中で雨降りましたが、これは有料席も同じです。ふん。)

いや〜、よかった、よかった。さすが日本の花火のレベルは、高いのお!
ボストンで、ちゃちい花火見て「オーマイゴッド」とかほざいてるメリケン人に見してやりたかったね。

いや、持つべきものは、・・・・・・
人のコネ。○○さん、ありがとうございました。
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2004年08月03日

この国の国民

見れば見るほど、知れば知るほど、オカシイ。

この国の為政者は、国民そっちのけで重要事を決定し、年金問題その他で決定的なデータを隠し、
国民の税金を無駄なものどころか裏金にまで遣われ、「改革」という謳い文句をホゴにし、
選挙結果については開き直られ、「自己責任」があるべき政治家はポストが上がったりする。

国民は、だまされ、テキトーにあしらわれ、軽んじられ、無視され、侮(あなど)られ、侮辱され、
つまるところバカにされている。

なぜ怒らない???!!!!

ケータイいじって、なにニヤニヤしている???
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2004年08月02日

へんな蕎麦屋

用事で行ったある場所の近くに「手打ち蕎麦屋」があった。
夕食に近い時間だし、ちと気になる風情なので入った。

おやじが、一人、蕎麦を打っている。
眼を会わすと、お互い軽いお辞儀をした。
値札を見ると、手打ちにしてはどれも安い。
能書きには、全て国内産そば粉を使用、とある。

蕎麦を食い終わる頃、どちらともなく話を始めた。
もともと蕎麦屋の家に生まれたが、蕎麦屋になるのが嫌で、和食の道に進んだそうだ。
しばらく長野の料亭で働いていたが、急にまた蕎麦屋をやりたくなって、東京に出てきたという。
変わったおやじである。

蕎麦は、どのくらい打つと一人前になりますか、と訊くと、
まあ、3ヶ月ほどで打てるようにはなりますが、2年はやってもらわないと人には出せませんね、と答える。
加水が一番難しいのだそうだ。その部屋の湿度、温度に合わせて水を加えねばならないと言う。
「特に、夏はエアコンが入っているので難しいです。本当は室温を15度に保たないといけないんですが、できゃしません」という。

新しい手打ち蕎麦屋ができると、他の蕎麦屋が“偵察”に来るんだそうである。
「そういう方は、ざると温かいのを両方注文なさって、まず盛りを食べて、
その次に温かいのを食べ、またその後で盛りを食べるから、こちらにも分かります」と、眼をクルクルさせて説明してくれる。
スパイというより、蕎麦屋は向上心が旺盛なのだと言う。

蕎麦の実の良いものががどこで取れるか、蕎麦を粉にする過程など、「旨い」話が聞けた。
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2004年08月01日

夢を見るものたち

映画「ドリーマーズ」を見てきた。
http://www.herald.co.jp/official/dreamers/index.shtml

巨匠、ベルナルド・ベルトルッチ監督の最新作ということで行ったのだが・・・。

結局、ベルトルッチは、何が言いたかったのか、と考え込まずにはおれなかった。

常に夢を見ながら、思い込みが強く、気も強く、自信と自尊心にあふれているが、よくよく見ると、実は、小さな掌を出ようとはしない若者たち。
「恐るべき子供たち」でもない。
フランスの革命に青春をかけた「明日に向かって撃て」でもない。

夢を見ていたのは、主人公なのか。はたまた、過去を夢として美しく残したかったベルトルッチなのか?
posted by ろじ at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 文化・芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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