2005年02月28日

コンピューター復活

やっと復活しました。この「独語」でもいろいろな方にご心配いただきましたが(どうもありがとうございました)、無事、復旧しました。

コンピューターの知識が豊富なある方に、過去のシステムを復活させるツールがウィンドウズには付いていることを教えてもらい、そのとおりやったら、ちゃんと以前の形の戻りました。アウトルック胃苦主プレスも、戻りました(こんな不安定なアプリ、早く使うの止めればいいんですが)。

デスクトップもちゃんと復活してますし、一部のアプリケーションであった文字化けも、ちゃんと直ってます。

いや、気の利いたツールです。ありがたい、ありがたいです。こんな便利なツールを作っていただいて、どこのどなたか存じませんが、有り難うございます(?)。

それにしても、今回のことで、自分がどれだけコンピューターに依存してるか良く分かりました。 ミニマリストなどと、言っていた自分の土台が音を立てて崩れ去っていきました、ハイ。

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2005年02月27日

It's not safe or swim at your own risk

目の前に江国香織の『泳ぐのに安全でも、適切でもありません』という本があったので、手にとり、表題の短編を読んでみた。

タイトルは、主人公が、かつてアメリカの田舎町を旅行していた時に見た、川べりの看板を思い出すかたちで挿入される言葉から来ている。
It's not safe or suitable to swim.
「遊泳禁止の看板だろうが、・・・泳ぐのに、安全でも適切でもありません。私たちみんなの人生に、立ててほしい看板ではないか」と続く。

どうせなら、アメリカにはもっとあちこちに立っていて、なんでも自己責任に任せられるという思想を反映した、いかにもアメリカ的な
It's not safe or swim at your own risk.
というのを引用してほしかったな。

痛い目にあっても、それはかなりの部分が自己の責任…、日本は、そういう国ではないのかね。
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2005年02月24日

Your Own Voice

ある学者さんと話していて、日本では、自分の言葉というもので語らせてくれない文化だ、という話になった。

たしかに、そうだ。
会社に勤めていても、赤提灯に行く前は、本音や自分の感情を語ることは憚(はばか)られる。
腹が立っても、それをあらわさないことが「大人」とされる。
何かに対して礼を言うときでも、決まりきった「常套句」を使うのが奨励される。
テレビの解説者やコメンテーターは、決まりきったように「これは難しい問題です、十分な検討が必要でしょう」と、もったいぶって、わざわざシカメツラして言う。
学者の世界では、文献からの引用をつないで、ありきたりの言葉でほめたり「これは疑問を呈する余地があるかもしれない」などとオザナリなことを書いて、論文を埋めていく。

そもそも、批判や怒りを表してはいけない文化なのかも知れんな。
なんと不健康な。

かえって、ウェブ日記などで、ギャーギャー不平を言ってるほうが、健全だろうと思う。
ただし、ウェブでも、決まりきったように、デカ文字で書いたり、「笑」とか「爆」とか入れたりしているうちは、自分の言葉で語っているのではないように思うが。
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2005年02月23日

If we lived in a Paradise …(もしこの世がパラダイスだったら…)

昨日だか、新聞を読んでいると、ある芸術作品についての感想が載っていて、「この作家は芸術と政治を分けていてナカナカよろしい」というようなくだりがあった。

ちょっと待て。どうもそういうキレイごとが気に喰わん。
本当に分けられるのかい?

日本では古くから、政治(まつりごと)はお上のこと、と言ってきた。しかしそんなノー天気なことを言ってられないのは、明らかだ。税金や物価は、もろ生活にかかわる「政治的決まりごと」だ。子供を学校に連れて行けば、その学校の教育方針やシステム、最近では安全策が気になる。どれをとっても、政治の決定がからまないことはない。そしてすぐ子供が巻き込まれる日本の受験競争。ある年齢になれば年金を払い、選挙することになる。みーんな、政治的に決まることだ。

そんな制度的なことばかりではない。あなたが親代々貧乏で、医療費も払えないほどであれば、それは低所得者がそこを出られない社会システムのせいかもしれない。たとえば、アメリカではそういう場合が多いのである。有色人種や移民がある差別を受けてきた(あるいは受けている)とすれば、それを解決するのは、とりあえず政治的決定しかなかろう。

そういう意味で、「政治」は回りにあふれている、われわれの活動と切り離すことなんてできないのだ ―― それが、正しい認識であるはずだ。何かを表現する者(芸術や文学で)は、自分の置かれてきた環境が自分に及ぼしてきた影響、そうした影響が内在化して血肉化した結果できた「自分」を、表現せざるをえないではないか。自己表現ということの意味が、他にどこにあるだろう?日本人が自分の中の「日本」を表わすのも、ゲットーに生まれた黒人がその「究極的な経験」を書き綴るのも、女に生まれたものがその「おんな特有」(そういうものがあるとして)のものを表現するのも、みなそういうことだろう。

そう考えれば、芸術にも「政治」や「政治的問題」が現れるのは、ごくごく自然、というより必然なのだと思う。世界を見てほしい。たとえば、今年の2月の「第55回ベルリン国際映画祭」でも、フランスのピアリッツ市で1月18日から23日まで開催された「FIPA2005(国際テレビ映画祭)」でも、世界中から出品された政治的な作品があふれたという。
(ベルリン国際映画祭http://www.berlinnet789.de/today/05berale/ 
FIPAサイト http://www.fipa.tm.fr/
http://www.audiovisuel-cassin.com/fipa2005/fipa2005.htm

わたしは、ベルリン国際映画祭に出品された山田洋次監督作品『隠し剣 鬼の爪』も、FIPA2005に出品された『永平寺 104歳の禅師』も観ていない。きっと両方ともいい作品だろう。しかし、報道によれば、全体の作品の傾向は政治的なものが多く、「ホロコースト(とそのぬぐいがたい記憶)」や「中東の自爆テロ」などをテーマにしたものが多いのは、世界がまだそのような状態であることを物語っていると思うのだ。ベルリン映画祭での最高賞の金熊賞には、マーク・ドーンフォードメイ監督の南アフリカ映画「ウ・カルメン・イ・カエリチャ」が選ばれたが、これは南アフリカの貧困居住地を舞台にしたオペラ・カルメンであった。

もちろん、世界にこうした惨状がなく、みなが幸せだったら、日本の映画の傾向もいいだろう。われわれが、みな、苦しみのないパラダイスに生きているのだったら。しかし、今の状態のまま、「政治と芸術は別物」といいきってそれで疑問符も打たない人たちが増える限り、日本産の“物語”は、世界と歴史に盲目といわれるかも知れない・・・。

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2005年02月22日

コンピューターがぶっ飛んだ原因

コンピューターがぶっ飛んだせいで、日曜から月曜の夜まで一睡もできなかった。
40数時間起き続けていたことになる。

何がいけなかったかというと、(たぶん)次のような具合だったのではなかろうか。

IEにアドレスバーの下に、インフォシークのメニューがついている。かつてはそこに英和辞典や国語辞書があって重宝した。それが最近見えない。そこで、インフォシークのサイトに行き、バーの内容をダウンロードした。

そしたら、次の瞬間、開いていたIEが閉じだし、反応もしなくなった。たぶん、開いていたアウトルックイクスプレスの具合も悪くなったんだと思う。一端、再起動することにした。

そして、立ち上げてみたら、IEの「お気に入り」は以前並べたようになっていないし、ワードのセッティングは初期状態、アウトルックイクスプレスにいたっては、あれほどあったフォルダーもどこへやら、Inboxさえなくなっている。しかも、初期状態で、アカウントをまた作らねばならなくなっている。

また再起動してみたが、同じであった。ただ、再起動のときに、自分のアイコン(?)の脇に「○○個のメールがまだ未開封」というのがでるので、どこかでセッティングが生きているには違いないのだが・・・・。

いまは、IEは使えるのだが、しばらくすると問題が生じてIEが閉じてしまう。時おり出てくるメッセージによると、ダウンロードしたインフォシークの「dll」ファイルが、アクティベイトする度に、IEに問題が生じるらしいのだ。

どうすればいいのだろうか????
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2005年02月21日

Time to Go・・・

徹夜で、明日締め切りの仕事をしている途中、突然、コンピューターのすべてのアプリケーションが閉じ始め、しかたなく再起動したら、すべてのセッティングがぶっ飛んでいた。

ブラウザのインターネット・イクスプローラーの「お気に入り」は残っているものの、すべて、アルファベット順のデフォルト状態。
その他すべてがデフォルト状態。

Outlook Expessは、初期状態。過去にためたメッセージ・フォルダーもなくなっていた。

ワードのセッティングも初期状態。ファイルは全部、かろうじて残っているようだが・・・。

そろそろ、すべてをなげうって、出家するときが来たようだ・・・
posted by ろじ at 23:45 | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月20日

誠にありがとうございました

このサイト(ブログというんだそうだ)には、左のバーのところに広告が付いている。最初は、下着の広告が入ったりして、ちょっとこのサイトのいささか高尚な品位(?)に合わないなあ、と思っていた(一説によると、この広告は、ブログの内容に合わせて自動表示されるという。とすると、下着や「精力増強剤」に関係する内容が、ここに書かれてるということになる?)

しかたなく、セッティングを変えて、下の方に表示されるようにしていた。これで誰も見ることはあるまいと。ところが、今日、サイトの管理画面を見て驚いた。どなたかがその広告の一つをクリックして購入までして下さっている。普段は、このサイトでは、顔文字を使うことはないのだけれど、今回は特別。

      どこのどなたか存じませんが、誠にありがとうございました。 m(_ _)m

ありがたいことである。

サイトといえば、このシーサー、かなり使い勝手がいいのだが、全体のデザインの種類が少ないのが玉に瑕。現在のエアメールのデザインは、オリジナルのスタイルシートに手を入れて使っているのだが、何かがおかしく、検索機能を使うと、結果が画面の下の方にずれてしまう。自分のブラウザではちゃんと見えてるが、他のブラウザで正常に見えるのかも心配だ。

どなたか、スタイルシートに詳しい方、ご教示お願いします。 m(_ _;m
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2005年02月19日

Anti Frivolous Culture

めずらしく氷雨が振っている。

最近の小説をいくつか読んできたが、どれもとても退屈で仕方がなかった。日本で流行のものを読んで、そのコメントを書くブログを立ち上げようともした。が、いわゆるカル〜い売れ筋を暇をみつけて何冊か読んだが、露骨な性描写ばかり目立つくだりや、一方の性の勝手な視点にもとづいた(だから、「他者」がかなり嘘っぽい)アンチョコなストーリーにもうウンザリしてしまって、頓挫している。

それでも、何人か気に入った味のある作家にも出会えたのは救いだった。たとえば、杉浦日向子や時実新子がそうである。杉浦日向子氏は、文章のできを喰い物のうまさでごまかそうとする、あまたある食に関する本の中でも出色であると思う。

時実新子氏の文章や歌は、こころの奥底に隠し持っている感情を、的確に暴いてくれるようなものだと思う。たとえば、
       
      十人の男を呑んで九人吐く

このちょっとショッキングな歌で、時実新子は男をたぶらかす悪女のように言われたが、じつは、十人いても全部さっぱりと吐き出して忘れてしまいたいけれどいつも一人は胸に残しておきたい女心の悲しさを詠ったものだという。しかも、その男も「ただの男」になり下がるかもしれない…。

生や性の行為にまつわるその結果を思いながら、こうした行為にともなう重い感情から、つらい自責や冷徹な自己分析につなげようとする恐ろしい視点だと思う。


さて、テレビも含めて、この軽〜イ文化にウンザリしている自分にとって、土曜日は、ホッとする一日である。NHKで『ER』をやるのだ。アメリカにいた頃は、やはりそのお笑い文化に辟易していたが、このドラマだけは買っていた。アメリカ社会のみならず人間の業(ごう)をも描こうとするこのドラマ、アメリカでも、根強い人気を誇っていて、11シーズン目を迎えている。

そこのアナタ。
人生や、ひとの生や、孤独について、たまーには考えてみたいと思うなら、
今夜12時45分、NHK総合のチャンネルをつけるのをお勧めしますよ!
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2005年02月18日

『サウンド・オブ・ミュージック』Back to Austria

米ミュージカルの『サウンド・オブ・ミュージック』が、ウィーンで初めて上演されることになったんだそうだ。この「初めて」というのが、ちょっと驚くところだ。

このミュージカルは、オーストリア、ザルツブルグが舞台。当然、ミュージカル上演は何度もされていると思いたいところだが、そうではない。アメリカの(日本の?)イメージは、オーストリアではそのまま受け入れられていないのだ。次の記事は、そのところを説明している。

「里帰りミュージカル、不人気に幕なるか ウィーン初上演 」
http://www.asahi.com/culture/update/0218/006.html

ここに書いてあるように、ミュージカルでは、トラップ一家は、オーストリアを併合したナチス・ドイツに追われて家族を救うためアルプスを越え逃げたとされるが、ところが現実には、イタリアのファシストに近い当時のオーストリア・ファシズムに共鳴していたと言われる。オーストリア・ファシズムの政治的立場を考えると、かなり美化されているのだ。

ぼくも、ザルツブルグに行ったことがあるというと、相手が、ほとんどの場合「あ、サウンド・オブ・ミュージックですね」と応えるのに閉口したものである。その瞬間、相手の顔には「エーデルワイス」「ドレミの歌」が漂い、眼には美しいアルプスの映像が現れ、こちらがザルツブルグの他のすばらしい場所のことを話そうにも、シャットダウンなのだ。

うえのような「現実」を説明しても、日本人には「自分が楽しんでんだから」といわれるのがオチなのである。
「イ〜ジャン、本人が楽しけりゃあ。」あー、そうですか・・・。

実際ザルツブルグにいくと、『サウンド・オブ・ミュージック』のことばかりではなく、土地の人も、そんなことで来る客を迷惑がっているようにも見えた。
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2005年02月17日

ライブドア・ニュース

あらかじめ言っておくが、ウェブネタを元に記事を書く者を、「記者」とは呼べないと思う。新聞記者が、他の新聞記事《だけ》をもとに記事を書くことが許されるだろうか。書いたとしても、そんなのばかりのはニュースや新聞としての価値があるのだろうか。

ウェブだって、しょせん第二次資料にしか過ぎない。だいいち、どうやってそれらの第二次資料の正当性を確認するのだろうか?たとえば、今のロシアのように、そうした間接情報・資料が、正確に公にされない場所・国ではどうするのか?政府発表だけを元に記事を書いてばかりいたら、メディアの笑いものになるだけだろう。

机のまえに座ってアクセスできるウェブを資料に使うだけなら、誰だってできるだろう。それは、本当に真正なジャーナリズム活動といえるのだろうか?問題は、そのウラをどうやってとるか、ということだと思う。もし、なまの事実に触れられない時は、最低限、複数の観点、すなわち、複数の異なる資料を使うことによって、その信憑性を増すこともできる。もちろん、それらは、外部からのアクセスである以上、限界があると自覚しつつ。

自分もあちこち新聞記事をもとに、記事を書くことはある。しかし、自分を「記者」「ジャーナリスト」だとは思わない。ましてや、一つだけのウェブ資料をもとに記事を書くのは、ブログ行為としては許されるものの、それで「記者」と自称するのは、自嘲や皮肉以外、こっけいだと思う。ウェブだけを使ってニュースを書く人たちがジャーナリストの肩書きを振り回すとき、ちょっと待ってほしい、と感じるのはそのためだ。

さて、あの渦中のライブドアがニュースサイトを始めている。http://news.livedoor.com/

こんな記事を見ると、ちょっとこれは記事としてどうか、と思ってしまう。「超アブない授業で教師逮捕=米国」
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__991641/detail
「超」をつけたり、カタカナで表現したりと、おそらくは若い層を狙っているのだろうが、その前提、若い人ならこういう物言いが受けるだろうという前提が、彼らをナメているようで、なんだかなあ…と思ってしまう。

ジャーナリストの常岡氏は、上の件、ぼくなんかよりはるかにおおらかに見つめているが、書き手の「記者」という表現とそれにまつわる名指しの仕方は、かはり疑問視しているようだ。
http://www2.diary.ne.jp/search.cgi?user=61383&cmd=show&num=2005021851108681784&log=2009810479&word=ライブドア・ニュース

このライブドア・ニュースの「城塚愛也 記者」は、ブログをやってるようだが、ほとんどがAP通信ネタを訳したものらしい。APも、時々、へんなことを報道しないのかな?
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2005年02月16日

税金の無駄遣い・税金リゾート施設

テレビ朝日の『報道ステーション』で、特集「ふざけるな!!あなたの税金がこんなことに…超豪華な税金リゾートの旅(2)茨城編」を見た。

本来の往来目的でない(日本一長い)橋に33億円、
誰も使わない、牛久の長い歩道橋、
かつて幾度かNHKのドラマのセットとして使われたものの、誰も訪れず廃墟と化した「江戸村」など

驚くほどの多額がつぎ込まれ、ほとんどその金に見合う働きをしていない「リゾート施設」あるいは「公共施設」の数々。キャスターも言っていたが、これで増税をしようとしても庶民は納得しないと思うな。
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2005年02月15日

○○力

「結婚力」や「面接力」など、「○○力」という表現がメディアで大流行(はやり)で、ほとんど無政府状態である。

「コメント力」や「読書力」はまだいいが、「食事力」とか「見合い力」となると、一体なにを言いたいのか不明になってくる。

「脳力」なぞ、シャレのつもりかもしれないが、実は、かなり罪が重いのではないだろうか。上の「○○力」のほとんどは、、「○○する」という動詞形に転用可能なものに「力」がついているので、まあ、その言わんとすることは伝わるだろう(もちろん、これだって動詞による。「日なたぼっこする」と言えるからといって、「日なたぼっこ力」とはなにを意味するのだろう?「ウ〜ンと力んで日なたぼっこする」のか?「ダラダラする」も同じ。「ダラダラ力」とは、どういうことか?)。

しかし、「脳力」は、名詞である「脳」に付いているので、「家力」とか「テレビ力」というようなもんである。「家力」とは、「家」を持ち上げる力だろうか?「家」を興す力だろうか?それとも、「家」が自分で勝手に動き出して歩き回るとでもいうのか?

まさに、行く末の日本を憂えるのである。斉藤先生も、いい加減にしてください。それでは、日本語のバランス破壊に加担して・・・。
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2005年02月14日

Valentine's Day

Jよ、今日はバレンタインデーだ、いや、ほんとうは「ヴァ」レンタインデーなのだけれど、日本人は気にしない。いいじゃないか。

日本では、アメリカと違ってこの日に、女の子や女が、男の子に愛を告白する。この日だけは、男に愛を告白できるのだ。いや、そういうことになっているらしい。ほんとうは、女性の活動はもっと活発だと思うけど。まあ、いいじゃないか。

で、なにをあげるかというと、決まってチョコレートなのだね。横一線、きまってチョコレートなのだ。コンビニから高級菓子屋にいたるまで、この日の一月ほどまえから、チョコレートがあふれるのだ。こうなると、ま、いいじゃないか、では済まされなくなってくる。

なぜ、愛を告白するのにチョコレートなんだろう、まんじゅうやリンゴではなくてチョコなんだろう、というのは、なかなか哲学的な疑問だ。

やはり、愛を告白する場面では、まんじゅうやリンゴはマズイんだろうな。
「ねえ、コレ」と、女は恥ずかしそうに男に包み紙を渡す。
「え、なにこれ?あ、ありがとう!うれしいな。開けてみていい?」
「うん、いろいろ悩んで決めたの・・・」
「お、すてきなユズまんじゅうだね、これ」と、男は、目を細めながらユズまんじゅうをかじる。
「どお?」
「うん・・・(モゴモゴ)・・・、とっても・・・、うまひ・・・ひゃ、歯につひてうみゃくしゃぴぇれない・・・」しかし、ここでヒルんでは愛を受け止められないと思った男は、白い粉のふいた唇を、女の顔に近づけてゆく・・・。

たしかに、これでは、愛もへったくれもない。

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2005年02月13日

文楽『伊賀越道中双六』『嫗山姥』

お、大家さん、い、行ってきましたぜ。いやぁ、よかったねぇ。え、なに、どこへ行ったって?

いえ、なにね、冥土の土産に、久しぶりに文楽でも見ようかと思いましてね、国立劇場に行ってきたんでさ。ほれ、れいの荒木又右衛門が加勢した仇討を描いた『伊賀越道中双六』、その「沼津の段」でさぁ。それとね、おんながえれぇなげぇ口上述べやがる、たしか“しゃべり山姥”とか呼ばれる『嫗山姥』「廓噺の段」とかいうやつでさ。

で、「沼津の段」がね、これがまたホロリとさせやがるんでさ。吉田玉男の十兵衛、吉田簑助のお米、おまけに語りは竹本住大夫とくりゃあ、それだけでも涎もんでさぁね。近松半二と近松加助の合作で1783年(天明3年)の初演ってぇ古ーい人情もんだが、いやあ、おれのは、むつかしいことはわかんねえが、ひとの情とこの世の義、人情と義理ってのがからむと、つれぇことが多いもんだなぁ。ねぇ、大家さん。 

え?もう一方の「廓噺の段」はどうだって? へい、こりゃあ、近松門左衛門の作でさあ。いや、あるおんながね、これがもとは郭のおんななんですがね、これが八重桐とかいう、また小股の切れ上がったようなイイおんななんでさ。え?なに?文楽なんだから、小股なんぞ見えないだろうって?やだな、大家さん、喩えですよ、た・と・え。ほら、「水もしたたるいい女」って言ったら、本当に水たれてますぅ?「立て板に水」って言ったら、立てた板おくんですかぁ?「開いた口が塞がらない」って、大家さん、口開いたままでどうやって言えるんっすか。「ア〜ア〜」って、おっと、よだれが出ちまった・・・。え、なに?ありゃ冗談だ?わかったから早く話を先に進めろ?

やだな、大家さん、本気にしちまったよ。いえね、そ、その辺りの空気をぴしーっとさせるようなイイおんななんでさ。それが、とつぜん他人の家に押しかけてきてね、おのれを捨てていった男に当てつけ皮肉を、これまたえんえんと言うんでさぁ。
「アヽどなたかはお優しいお詞。お尋ねなくともいひたうて胸のたぐる折しも。さらばお咄しまうしませう。恥しながら私が昔はうき河竹の傾城・・・。」

いやあ、おんなは怖えと思いましたよ。

で、たまたま陰に隠れていた男に会って意見し、男がこころを入れ代えたと思いきや自害しちまうんでさ。その怨念の魂がおんなに乗り移って、おんなはね、なんと神通力を身に付けて、来る敵を、投げ飛ばし引っつかみ投げ飛ばし・・・、で、ついには、プイ〜ッと消えちまうんでさ。

伏したる女むっくと起き表に立ったる奴ばらを、取っては投げ、姫君のおはします御簾(ぎょれん)を囲うて立ったるは、さながら鬼女のごとくなり「ヤア数にも足らぬ下司女なに事か仕出さん。あれ引出せ」と下知すれば、声を力に数多の家来、をめき叫んで皆散り/\に落失せけり。「ヲヽさもさうずさもあらん。わが魂は玉の緒の、御命つゝがなく、行末待たせましませ」と姫君に一礼し「今よりはわれいづくをそこと」白妙の、三十二相の顔も怒れる眼もの凄く、島田ほどけて逆様に、たちまち夜叉の鬼瓦。唐門、楼門四つ足門、塀も築地も飛び越え跳ね越え、跳ね越え、飛び越え、雲を分け、行方も知らずなりにけり。
え、なにが言いたいって?だから、おんなは偉ぇもんだ、という話なんでさ。
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2005年02月12日

ルオーの版画展

汐留ミュージアムに、ルオーの版画展を見に行く。題して「流れる星のサーカス Cirque de L'etoile Filante」。http://www.mew.co.jp/corp/museum/

ルオーは、人間の弱さ・人生のさびしさと苦悩を、何年もかけて追及した画家だ。

表題のシリーズ版画と、「受難・パッション(Passion)」「悪の華(Les Fleurs du Mal)」という版画集のシリーズ、あわせて60点あまりを、展示している。
(そのいくつかは、次のサイトで見ることができる。 下のほうにある。値段も。http://www.ddart.co.jp/modernmastersell.html#migaiamasa )

ルオーは、教科書的には、人間の罪と人間の弱さ、人生のきびしさ・悲哀・苦悩・悦び、「愛」のやさしさ・貴さ・強さを、カトリック信仰を背景に描き上げたとされる。この版画展でも、とくに『受難・パッション(Passion)』『悪の華(Les Fleurs du Mal)』に、その片鱗を見ることができるのかもしれない。

展覧会案内には、以下のようにある「ルオーの版画は初期のような白と黒とで表した深く複雑な階調の世界から、1930年代になると鮮やかな色彩の世界へと変わってゆきます。描かれるものもまた、はげしく罪を糾弾される者からあたたかく愛をもって受け入れられる者へと変化しています。ルオー芸術にとって最も重大な変化は十年以上の隔たりをもって制作された『悪の華』(モノクロ:1926年〜1927年、カラー:1936〜1938年制作)に如実に見ることができます。人間の弱さや苦悩、孤独を受け止めたルオーは、深い愛へと目覚め、その発露として鮮やかな色彩へと向かっていきました。これらの版画集には、ルオーの人間性および、思想の過程が投影されているのです。版画にみるルオーの「色彩のハーモニー」をお楽しみください。」

画商ヴォラ−ルは、セザンヌ、アンリ・ルソー、ピカソなどがこの世に出るのを助けたが、ルオーについても、このヴォラールは慧眼であったといわねばならないだろう。

美術学校時代、人生の師となるギュスターヴ・モローに出会い、マティスやマルケらと共に学ぶ。学生時代の1895年、画学生最高の賞といわれた「ローマ賞」に再び応募するが落選する。師モローの勧めに従い美術学校を退学。その3年後の1898年、モローが死去。1903年、パリにモロー美術館が開館すると、モローの遺言により初代館長に任命される。この頃から、道化師や娼婦をテーマに、暗い絵を描き始める。

1904年、サロン・ドートンヌに作品を出品するが、観衆は一連の「黒い絵」を嘲笑した。1908年、貧しい農夫、労働者や、「法廷」の連作で表情の定かでない裁判官の絵を描き、社会的風刺の意をこめると同時に、人間の内面にまで踏み込んだ表現主義的な描写を試みる。

1913年、ルオーの陶器に興味を抱いた画商ヴォラ−ルが、今後の全作品を購入するよう申し出る。1917年、ヴォラ−ルと専属契約を結び、『ミセレ−レ』『悪の華』などの版画集を計画する。1930年、版画集『流れる星のサーカス』、『受難』を制作。30年代は道化師、裁判官、聖書風景、キリスト像など大型の油彩を輝く透明なマティエールで描いてゆく。

『悪の華』の訳詩もかざってあって、妙にテンポがいいなと思ったら、堀口大学訳であった。


おまけ:ルオー礼拝堂が小淵沢の清春芸術村にある。
http://www.cello.jp/yamanakako/kiyoharu/rouault.html
「彼が朝夕祈り続けたキリストの十字架像(17世紀の木製。彩色はルオー自身による)を正面に架け、入口上部には彼自身の手になるステンドグラス(「装飾的な花」)を設けたこの礼拝堂は、ルオーを記念して献堂されたものです。堂内にはパイプオルガンが設置されています」だそうだ。
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2005年02月11日

「故郷もなく 母の家もなく」

天涯ひとりの男にとって、やはりある種の詩は、ぐっとくる。

ドイツ語講座・応用編の今日の「歌で楽しむドイツ語」は、またふたたび、19世紀大道演歌師 Baenkelsaenger が歌ったバラードである。

故郷もなく(Kein Heimatland) 母の家もなく(Kein Mutterhaus) 

故郷もなく 母の家もなく
いつも一人ぼっちで 見捨てられている
来る年 行く年 あてどもなくさまよう
なぜにそうなるのか かいもくわからない
すでに幼い頃から 
ぼくは母の愛を ぜんぜん知らなかった
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2005年02月10日

黒人のフランス文学(2)=セネガルの文学

 フランス語講座・応用編、1月からは、セネガルの作家センベーヌ・ウスマン氏の作品を取り上げている。

 首都ダカールのとある病院の裏口。ある貧しい夫婦が出てくる。
 夫は胸に白い布切れのようなものを抱えている。布に包んだ一人息子の遺骸だ。夫は、息子の死体を抱えて、乗り合いバスに乗り、街外れのイスラム教墓地に向かう。女性は埋葬に立ち会ってはいけないというイスラムの戒律に従って、妻をおいて。

バスに乗るその場面を訳してみよう。貧困にあえぐ者の八方ふさがりの苦労が、簡潔な文体の中によく描かれていると思う。

「遠いんでしょうか?」 周囲に気兼ねがあって、最後まで言い終えられなかった。
「なにが?」
「墓地はどこなのか、伺ったので」
「ヨフだよ」
「そこまで歩いていく一番の近道は、どこでしょうか」
チエルノ(この小説の主人公)は、あわてて付け加えた。
「息子を埋葬しなければならないんです」
「金はあるかね?」
「どうして?」と、身構えながら、チエルノは男にきいた。
「村とは違うんだよ!ここダカールじゃあ、金がなけりゃあ墓地にも行けないんさ。墓地はそりゃ遠いからな。ヨフ村にあるんだよ。あそこまで行くにゃ、車に乗らなくちゃな。文無しじゃあ、誰も乗せてくれるもんか。で、あんた、金はあるのか?」

-Est-ce que c'est loin...? demanda-t-il avec beaucoup de circonspection, sans achever sa phrase.
-Quoi?
-Je me demande où se trouve le cimetière?
-A Yoff.
-Quel est le chemin le plus court pour s'y rendre à pied?
Thierno, hagard, ajouta:
-Je dois enterrer mon fils.
-Tu as de l'argent?
-Pourquoi? lui demanda Thierno, méfiant.
-Au village, c'est différent! Ici à Ndakarru, sans argent, tu ne pourras pas te rendre au cimetière. Le cimetière est très loin. C'est au village de Yoff... Pour s'y rendre, tu dois prendre une voiture. Et sans le sou, personne ne te conduira à Yoff. As-tu de l'argent?


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2005年02月09日

黒人のフランス文学(1)=世界最貧国についての文学

ラジオのフランス語講座・応用編が良い。

フランス語講座というと、たいてい、パリでフランス人が「セ・ラ・ヴィ」とか言いながら楽しむ話だの、シャンゼリゼでの日本人女の子のパリジャンとの「美しい…でも辛いことを乗り越えて…でもちょっと悲しい…でも〜…出会い」だの、宇宙人が来てカワイいパリジェンヌとヨロシクやってる話だの、ばかりである。

しかし、金曜日と土曜日だけやる応用編では、今学期は、アフリカやその他の「植民地」の黒人文学を取り上げている。そう、フランス語を話すのは、パリに住む人だけではなく、フランスに住む人だけでもない。アフリカやその他のかつてフランスの領土・植民地だったところに、たくさんいるのだ。当然、“彼らのフランス語”を使った文学も存在する。

その文学は、しかし、物悲しく、つらいものが多いようだ。フランス語講座・応用編では、12月まで「ハイチ革命の栄光と悲惨」を取り上げた。

ハイチは、フランス革命の理念に沿った共和国の建設を目指したが、それがいつの間にか根深い人種間闘争に変わっていき、なかなか近代国家として成立しなかった。社会には「白人」「混血種」「黒人」という三つの厳然とした社会階層があった。「混血種」の間にも、「血」の混じり具合によって皮膚の色のわずかな違いが生まれ、ムラート(mulatre=白人男性と黒人女性の間に生まれた子)、カルテロン(quarteron =白人男性とムラート女性との間に生まれた子)、メティス(metis=白人男性とカルテロン女性の間に生まれた子)、オクダヴォン、マムルーク、マラブー、サカトラ、グリフ、グリモー、サン=メレなどのさまざまなグループを作り出した。

こうした混血種には、「白人の理想」は当てはまらないとされた。たとえば、多くのフランス人が、フランス革命のスローガンにも謳われた理想は白人だけのものとしていたとか、あのナポレオンの政治観が人種的偏見に満ちたもであることが指摘されている。

20世紀になっても、2次大戦後に親子二代にわたる独裁政治のせいで、世界最貧国と言われるまでになる。そして、1986年、独裁政治の崩壊とともに、開放の神学を唱えるジャン=ベルトラン・アリスティド神父が現れる・・・。


こういう人種や「血」を問う感覚というのは、どういうものだろうか。実に興味があるのである。思うに、こういう問題を主題にした小説は日本には少ない。映画「血と骨」について書いたように、まったく周りにないのではないのだが。
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2005年02月08日

スーパーボール・サンデー

アメリカでは、アメリカン・フットボールの王者を決めるスーパーボールが日曜の夜行われた。つまり「スーパーボール・サンデー」。

わがニューイングランド・ペイトリオッツは、またもこの決勝戦に駒を進めたのだ。さすが、我がチームじゃ。うむ。相手は、フィラデルフィア・イーグルス。

試合の時間は、日本時間では月曜の朝。まあ、時間は作ろうと思えば何とかなる。しかしだ、うちは衛星放送も、前にも書いたように普通のケーブルも入らないのだ。ただ、地上波の日○テレビで、16時間後に録画をやるという。

まあ、半日くらいなら待てる・・・。

しかし、ここで問題が発生した。
試合を臨場感いっぱいワクワクしながら見るためには、試合の結果がわかってしまってはイケナイ。それまでどうやって結果を知らずにいられるか?・・・

そこで日本やアメリカを含めて、友人や結果を“親切にも”知らせてくれそうな知人に、「結果が判っても絶対知らせるな!」とメールを打ちまくる。一番アブナイのは、喜びのあまり電話をかけてくるケイソツな友人がいることで(ああ、ヒトは悦びに陥ると、なんと他人が見えなくなることか!!)、そこで、昼間はケータイには出ないことにする。それから、夕方、外出先の駅なぞで夕刊新聞でたまたま結果を見てしまっては、だいなしであるから、駅の近くでは下を向いて歩こう・・・。

昼間、どうやらアメリカからかかってきたらしい電話も何本かやり過ごし、無事に一日を乗り切った。
仕事先から帰る途中、ビールとツマミを調達。完了。
ソファをセッティング、完了。
イザという時のために、ビデオ録画セッティング、完了。

完璧だ!

いよいよ、0時20分から始った ――
はぁ? 何ですか、これは?
まず、原タツノリ氏のド素人解説。
試合はブツ切り、何が起こっているのか、まったくワケわからん。
ペイトリオッツが、相手のファンブルを誘い、ターンオーバーで攻撃権を手に入れたと思いきや、コマーシャルの後、なんでイーグルスが攻めてんだよ!
アナウンサーは、勝手に盛り上がってる。

あれほど好きなフットボールに、ぜんぜんワクワクしないのである。
なんかウンザリしてきて、そのうち新聞読み始めてしまいましたよ、わたしゃ。
考えたら、このシラケ気分、まさに巨人戦のノリである。
おい、○本テレビ。

悪酔いしたのは、発泡酒「以下」のあのスーパー○ルーのせいだけではない。
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2005年02月07日

メランコリック・イーティング

昔卒業した大学の近くに行ったので、
その当時フラつき歩き回った界隈に行ってみた。

よく食べた食堂Mが、まだ建っていた。
この店は、明治以来ずっと続いているというのがその誇りらしいが、
サービスは極めて悪かった。
明治以来、ずっとそういう風に学生を扱ってきたのだろうか。
金のないわれわれにとって、安いのだけがとりえと思えた。

目の前に来ると、めっきり新しくなっている。
もと建っていたボロ食堂の跡には、小奇麗なビルになっていた。
上の階は貸しているのであろう。
一階は車庫になり、食堂は外から階段を上った二階にとびらがあった。

入ってみると、昔のような面影はなく、まず食券を買うように注意された。
中国人か韓国人らしき女性が、水を乱暴に置いてゆく。
食事が終わって茶を飲んでると、
別に混んでいるわけではないのに、食膳を取り去るように持ってゆき、
すぐ出るように促された。

その無愛想さだけは昔のままで、少しおかしくなった。

そのあたりには、まだ、古いアパート類が建っている。
冬など、食後にその辺を彷徨し、
家庭にともる、暖かそうな灯の明かりを羨んだものだった。
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2005年02月06日

ノラ・ジョ−ンズと画家の卵

Jよ、今日、行きつけのカフェで、君が一度は聴いてみてはと言っていたノラ・ジョ−ンズを聴いた。DVDでかかっていたのだ。

うーん、まあ、声はきれいだし才能があると思うけど、同じようにカントリー混じりのジャズ・フュージョン(ジャズ寄りのポップス?)なら、エヴァ・キャシディーの方が好きだな。声ならエヴァ・キャシディーの方が澄んでるし、なんかこう漂う悲壮感みたいなのが良い。実際、エヴァ・キャシディーは早世しちまうんだが。それを、あらかじめ知ってたみたいな声だよ。

そういうのに憧れるんかねぇ。馬齢を重ねているから。


ジョ−ンズがかかっていたカフェで、ある絵画の個展をやっていた。絵画といっても、ほとんどが、今はやりの(?)、大きめの色紙にいろいろ人生訓のようなことを書くあれだ。

カフェに、当の“画家”らしき青年が来ていた。かなり若い。経歴を見ると、25才くらいで、アメリカに行ってたらしい。

そのせいかどうか、首にあまり見かけないベージュ色のスカーフを巻き、同色のズボンをはいて、いかにも画家然という風情である。今日はオープニングらしく、招待したらしい大勢の女の子が来ていて、彼女らにワイン片手に自作の苦労やウンチクらしきものを語っている。

こうして、“画家然”から「画家」になって行くのかねえ。
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2005年02月05日

フリーター漂流 ―― 現代女工哀史?

アップが遅れて申しわけありません。土曜の朝起きたら、左腕が麻痺して使えませんでした。これを書いている数日後の今日は、右手が動きにくいです。なにが起こってるのでしょうか。

夜、NHK総合テレビの「NHKスペシャル」で、「フリーター漂流〜モノ作りの現場で〜」というのを観た。

今や、日本の製造メーカーは、100万人のフリーターに支えられているという。人権費がきわめて安く、雇用調整でいつでも(つまり、雇用会社にひと言いえば)人員を減らせるフリーターは、ひじょうに重宝な存在であるという。企業の論理で工場から工場へと漂流する、あるいは、“性に合わないから”と勝手に辞めてしまうフリーター若者たちの半年を追った番組。

番組では、ある栃木県の通信機器工場に勤めるフリーターたちを扱っていた。人材派遣会社が、一括して「仕事を請け負う」というかたちで、その仕事を自社でみつけたフリーターに仕事を割り振るのだ。全国から集めたフリーター全員(?)を同じアパートに住まわせ、朝は起こしに来て工場までバスで連れて行く。働いた時間分の給与から、税金のほか、アパート代・光熱費などが引かれる。もちろん、残業代はつくが、通常勤務時間内のノルマは厳しく課される。工場側がいらないといえば、明日からでも、“調整”の対象にされる。そんな不安定な身分でも、多くの若者が、本当にしたい仕事を見つけるまではアルバイトで良いという。

作業は、生まれて始めてする通信精密機械の作業。携帯などの通信機器は、社会の流行がひんぱんに変わるので、ロポット化・オートメーション化は採算が合わないのだ。時給900円。やっと難しい神経を使う作業に慣れたと思っても、依頼主の大手メーカーの製造プランで、すぐ配置転換が起こったりし、そうすれば新たに作業を一から学ばねばならない。

グループの一人が工場でたわいないことから喧嘩をおこし、反省の色もないので辞めさせられ、別の新しい青年がやってくる。フリーター業で工場での仕事が長く勝手を知ってるので、グループのリーダーになる。グループのノルマを管理し、工場側と作業の段取りなどを話し合う橋渡しになった。もちろん、時給は900円のまま。リーダーの責任というプレッシャーに対する金銭的報奨はない。

彼のおかげでグループにまとまりでできた頃、通信精密機械の流行で多くの仕事が入ってくる。シンナー混じりの塗料を塗る暗室での仕事。残業を繰り返すうち、リーダーの青年は病気で倒れる。疲労とストレスのためであった。一週間後、仕事に戻り、遅れを残業で取り戻そうとするが、流行がすんだ通信精密機械の仕事は、もう入ってこなかった。その月の給与からは、もちろん、病気で休んだ分の時間は給与は支払われなかった。青年は、その派遣会社を辞める決意をする。

一種の「現代女工哀史」の感がないでもない、フリーターにたよる昨今の搾取構造。フリーターのことをなんだかんだ言うが、この社会はフリーターにかなり依存し始めてるのではないだろうか。中国などとの価格競争が生んだ結果か。

posted by ろじ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月04日

サイト移動

この日記を、「さるさる」サイトからこちらに移動しました。

以前から、他のブログでは当たり前になっているいろんな機能を制限しているのが気に
なってはいたのだが、それに加えて、最近の「さるさる」、どうも広告が・・・。
ポップアップはブロックしているので出ないが、最近は、それでもしつこく別な広告が
出るようになった。そろそろ潮時かなと。

しかし、これほどいろいろなブログが良いサービスを提供してるのに、アナクロの感が
ないでもない「さるさる」。お世話になったお礼と、これからも期待すると、一応、
エールを送っておこう。

シーサーに代えた理由は、いろいろな機能のほかに、メールでの問い合わせにも
すぐしっかりしたお返事を下さり、その誠実さに感銘を受けたからである。いま流行の
多くのブログで質問しても、これほど迅速に対応してくれるところは少ないとおもう。

全体のデザインも、スタイルシートに手を入れてみました。なにぶんこういう
ことは、きわめてド素人ですので、お使いのコンピューターやサイトビューアーで、
見にくいとか明らかに全体のバランスが壊れているとかがございましたら、お知らせ
いただければ、幸いです。


サイト移動にともない、この日記の名前も「無用独語」と変えました。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
posted by ろじ at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月03日

“韓流”ブーム

「“韓流”ブーム」を「かんりゅう」と読んだら、
「“はんりゅう”と読んでください」と注意された。

「餃子パーティー」を「ジァオズ・パーティー」とは言わんだろ。
納得いかん。
posted by ろじ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月02日

泣く爺さん

書き忘れたが、新年早々、忘れ難いできごとがあった。

深夜、仕事から帰宅する電車の中であった。ある駅で隣に座ったのは、70くらいの痩せたお爺さんであった。縮こまって、席に体をうずめた。本を読んでいると、しばらくして、隣に座ったお爺さんがヒックヒックと言うのを気に留めた。振り向いてみると、そのしわに囲まれた双眸から、涙を流している。

電車の中で泣くという行為を不自然に感じるより、その歳の男が涙をぼろぼろこぼしている姿が胸を打った。

本に眼を戻して、読んでいるふりをする。
深夜、電車の中には、わたしとお爺さん以外、ほとんど客はいない。
電車は、暗闇の中を、静かに進んでいく。

深夜、仕事の帰宅どき
電車で本を読んでると、
隣に座ったじいさんが、
突然、くくくと泣き出した。

いや、はじめは、首を振り
眠っているな、と思いきや、
読んでた本のかたわらで、
突然聞こえた すすり泣き。
ふと見りゃ、涙をさめざめと
いい爺さんが泣いていた。

男が泣いてはいけないと
思うわけではないけれど、
そんな理由はないけれど、
年明け、とてもつらいこと、
歳とり、胸につまること、
よほどのことがあったのか。

歳を重ねた知恵さえも
悲しくさせる苦悩とは、 
どんな辛さを持つものか。
今も ちと 胸につかえる 
冬の都会(まち)の孤独。
posted by ろじ at 11:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月01日

今夜もペー様

深夜近く仕事から帰ってきて食うものがないと、コンビニに寄る。
今日も、インスタントの焼きソバ。

アンチョコ食事だが、しかし、こんな一見粗末な夕食でも、文句などない。
最近のインスタントは、技術開発も熾烈らしく、なかなかウマいものである。
しかも、お湯を注ぐだけで、3分待てば温かくてまともなものが食えるなんて、十分しあわせだ。
いやー、さすがぺ・ヤング。俺の「ペー様」である。
しあわせなんて、相対的だとおもう。

アメリカにいた時なんて、どこのコンビニに行ったって、こんな重宝なものは手に入らなかった。
しかも、それがたったの130円である。
これだけでも有り難いと思わせる。

3分待てば・・・、おっと、いかんいかん、3分過ぎたら、コシがなくなるよ麺に。
130円で、コダワリも持てる有り難さ。あー、うま。
posted by ろじ at 23:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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