2005年04月30日

さまようお腹

 本日は、新宿御苑を散歩し、あざやかな新緑を楽しんだ。

 若い人、家族連れ、外国人がのんびりと芝生に寝そべり、さらには、九十くらいの御婆さんも息子に手をひかれてトボトボと…、平和だねえ、日本。

 さて、これから同じようなミスをしないように、ここに記すことにする。

 その後、ぜひ行きたいあるところへ廻り(そのことは明日)、新宿に寄って帰ったのだが、時は夕食時。夕飯でも食っていこうとなり、うどんを食いたい気分なってうどん屋を探した。しかし、空腹時は、店を探すもんではない。フラフラになって、新宿をうろつく羽目に。

 血糖値も下がり朦朧として、どうして良いかの機転も利かなくなる。かなり歩いて、幸い、良いところを見つけたが、もう少しで意識を失うところであった(って、ちと大げさか)。

 家に帰って食事を作ったほうが、結局は早かっただろうな。
でも、これ、よくやってるような気がする。忘れて、また、やっちまうんだよね。
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2005年04月29日

脱線事故の背景(JR西日本の体質)

 先日おきた不幸な事件、亡くなった方のことを思うと辛いばかりである。こころからご冥福をお祈りいたします。

 さて、JR宝塚線の脱線事故について、しばらくあいだ、当時運転していた運転士の「異常なスピードでの走行」ばかりが強調され、さらには、彼の過去の過失・失態・過誤が引き出されてきて、彼があたかも“スピード違反の常習犯”、酷いのになると“札付き”であるかのようなヒステリックな報道も多かった。

 そういう感情的な報道ではなく、もっと事故の社会的・制度的な背後をえぐった冷静な報道はないものか、と思っていた。どんな事件・事故にも社会的背景がある。(たとえば、マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画『ボウリング・コロンバイン』は、アメリカで起きる銃事件について社会的背景を暴いて、その見事な例をしめしてくれた。)その社会的背景は、実際起こった事故・事件に比べれば取るに足りない意味しか持たないかもしれないし、そうではなくて、無視できない重要な意義があるのかもしれない。それは、後日の検討に待たねばならないだろう。しかし、そういう背景は、まず陽の元にさらされるのが、健全だろうと思う。

 人の命を預かっているのに、だれが、制限速度を超えるか超えないかのような異常なスピードを、好んで出すだろうか。ずっと報じられてきたように、この運転士は遅れを取り戻そうとしていた。だれでもすぐ判るように、遅れるのが嫌でスピードを制限以上に出すのは、スピード違反よりも遅れること自体が嫌だからである。遅れることに、何かいけないことがあるからである。その背後には、かならずその理由があるはずだと思った。

 そんな検証が、やっと今日付の朝日新聞に出た。「時時刻刻」というコラム記事だ。(インターネット版は、http://www.asahi.com/national/update/0429/OSK200504290016.html?t5。)

 しかし、「過密なダイヤ」や、遅れを取り戻そうとする「スピードアップ」や、「日勤教育」と呼ばれる、ミスを糾弾し失敗に対してペナルティーとして与えられる精神的苦痛についてのこうした驚くべき指摘が、JR西日本本社から出たのではないところに問題があるだろう。それは、JR西日本労働組合や、「理不尽なペナルティー」を科されたがゆえに自殺した男性の父親からでてきたのだ。

 運転手がギリギリの状態に置かれていたり、電車が遅れる原因の究明よりもその過失やミスの糾弾に重きを置くのは、そして、電車の車体の側面を強化しなかったり自動列車停止装置をつけないのは、明らかに会社の姿勢の問題であろう。

朝日新聞のコラム記事によれば、
「遅れ」おびえる運転士
 快速電車の脱線事故が起きたJR宝塚線では、「直線でとばし、カーブ直前で急ブレーキをかける」という運転方法が、遅れを回復するための「裏技」として運転士の常識になっていた。背景には、会社からの厳しい「ペナルティー」を恐れる運転士の心理や、ライバルの私鉄との競争を勝ち抜くために、スピードアップと過密ダイヤとを追い求めてきたJR西日本の姿勢がある。

 「(脱線現場となった)曲線半径300メートルのカーブ直前の直線を120キロの制限速度ぎりぎりで走る。カーブ手前で急ブレーキをかければ、何秒かは(遅れを)回復できる」
 28日、JR西日本労働組合中央本部(JR西労)が大阪市内で開いた記者会見で、現職の運転士でもある安田昌史書記長が解説した。遅れを出したときに少しでも回復するため、宝塚線の運転士の間で「だれでもやっている裏技」なのだという。
(中略)
 1分遅れのために「裏技」を使ったことのある運転士は「乗客に急ブレーキのショックを与えるとわかっていたが、ダイヤ回復のために使ってしまった。見習い期間に指導の運転士から教わることもある。高見運転士も当然、知っていたはずだ」という。

●ペナルティー 厳しい「教育」、自殺者も
 運転士たちがここまで遅れを恐れるのには理由がある。ミスをした運転士に課される「日勤教育」だ。

 日勤教育は、電車の遅れなど問題となった状況を振り返り、原因を考えるリポートを、電車区の区長や助役が勤務する部屋の一角で書かせるものだ。リポートだけでなく、草むしりや窓ふき、ペンキ塗りの作業まである。
 耐えきれず、01年に自殺した男性運転士(当時44)もいる。その運転士が日勤教育を受けさせられた理由は、京都駅で約50秒、発車が遅れたというものだった。
 父親(74)は日勤教育による「いじめ」が原因だったとして、JR西日本側に損害賠償を求める訴訟を起こした。2月の大阪地裁判決は会社側が自殺を予見することはできなかったとして請求を退けたものの、日勤教育が自殺の原因だったことを認めた。
 判決の認定によると、日勤教育の間は、月額約10万円の乗務手当が支給されず、収入が減る。終了の判断は区長の裁量に委ねられるため、本人にはいつ終わるか分からないという。
 男性は1日に7本ものリポートを書かされ、「給料をもらって勉強しているのでしょう」と助役に言われたという。4日目には休暇を取り、自宅で首をつった。
 この判決を不服として、大阪高裁に控訴している父親は今回の事故について「大きく遅れた運転士には『やってしまった』という気持ちがあったのでは。おどおどした気持ちでなく、安全運転に専念できる職場環境が必要だ」と話した。
 兵庫県弁護士会は昨年、「折り返し運転で停車中に車両を離れて雑談した」などとして戒告処分を受けた上、約1カ月間花壇の草むしりや就業規則の書き写しをさせられた運転士から人権救済の申し立てを受け、JR西日本神戸支社に人権侵害行為をしないよう勧告している。

●私鉄との競争 7分差が売り、過密なダイヤ
 高見運転士が急いだとみられるもう一つの理由が、JR西日本の社員が「曲芸的」ともいう過密ダイヤだった。

 事故を起こした快速電車が向かっていた同線の尼崎駅は、97年に開通した東西線(京橋―尼崎)や神戸線(東海道、山陽線)との乗り継ぎ駅。ラッシュ時は3〜5分間隔で、宝塚―大阪間は快速で23分。一方、競合する阪急宝塚線は快速急行で30分かかる。この7分の差が利用客への売りだ。
(中略)
 こうしたガラス細工のようなダイヤを維持するため、宝塚駅では乗客が電車を乗り降りする時間が約15秒しかないケースもある。運転士から「短すぎる」という声が上がっていた。尼崎駅でも同じホームに発着する神戸線や東西線の電車との乗り換え時間が30秒程度しかない時間帯がある。1本の電車に少しの遅れが出ると、接続する他線の列車にも少なからず影響が出るため、運転士のプレッシャーは大きい。
 「ライバル社に輸送力で上回るためには、1秒の遅れも許さない雰囲気が社内にあった」と言う社員もいる。



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2005年04月28日

買えないスキムミルク

 言っておくが、おれは、昔からスキムミルクを愛用している。昨日今日始めたわけではない。

 栄養学の権威、故川島四郎先生は、声を大にして「日本人はカルシウム摂取が少ない」「カルシウムが少ないと、精神不安定になる気が短くなる」と説かれ、コーヒーにスキムミルクを入れることを勧められていた。その著書を読んだ時以来、スキムミルクを使う“愛用者”だったのだ。

(ちなみに、川島先生は、むかし浅間山荘で起きた連合赤軍事件で、最高幹部が仲間十数人を殺害、しかも、異常なほどきわめて残酷な殺し方をしたのを不審に思い、綿密な調査をした。連合赤軍の金銭出納帳を閲覧、彼らの食生活を調べて、「その原因は、山に籠もっていた3ヶ月近くのあいだ、ほとんどカルシウム源となる食品をとっていなかったせいである」と結論した。
 また、「青野菜を取らないと血はサラサラ流れず、心臓病になる」と、さまざまな分り易いたとえで説いている。)

 しかも、脂肪なしのカルシウム一杯の健康食品だってことは、昔から当たり前だったし、「スキムミルク」という名前から、だれでもちょっと考えれば判ることだ。

 で、話は、ここからが本題だが、スキムミルクをスーパーマーケットに買いに行ったら、どこにもない。店の人に訊くと、今はなかなか入荷しないという。

 なんでも、テレビ番組で、スキムミルクとヨーグルトを混ぜて喰うと、痩せるというのが報じられ、それ以来、頼んでも三回に一回くらいしか入荷しないんだそうな。

 なんでも、北海道の田舎くんだりでも入手は困難らしい。
どうせ、半年も続かないんだろうが。まったく、この国民は!!
日本人のこういうところ、大嫌いだぜ。

 4月9日、22日、25日の日記を更新しました。

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2005年04月25日

三菱のロックフェラーセンター買収の裏側

 昨日からNHKスペシャルで、『日本の群像 ―― 再起への20年』というのが始まった。「日本の経済社会を根底から揺さぶったこの20年を、その主人公である「日本の群像」の軌跡を追うことで、今に至る再起への道筋を探る大型企画」であるという(下参照)。

 第一回は、「トップの決断〜継続か撤退か〜」と題して、1980年代後半、円高とバブルを背景に「ジャパンアズNO.1」と謳い上げられ、アメリカの企業・不動産を買収した日本企業の話。89年、ソニーがコロンビア映画を、三菱地所がロックフェラーセンターを購入した。これは、その後の、対照的な道のりを扱っている。
http://www.nhk.or.jp/special/topics/top2_0503a.html

三菱地所がロックフェラーセンターを買収した時の話は、今でも覚えている。アメリカでは、「日本企業ついにアメリカの心を買うか」というような、ひどく感情的な反応がメディアで取り上げられ、一方、日本でも、その金に物言わせるエコノミックアニマル的な行為を嘆き、または揶揄する“知識人”やメディアがいた。

今回の番組で指摘されたのは、三菱地所は、ロックフェラーセンターをまさにロックフェラー財団の言い値の超高額で買わされ、しかも、営業上のまともな権利さえも行使しなかったらしいということである。三菱が、「金に物言わせて」買いあさったというは正確ではない。買う神あれば売る神あり、なのである。

ただ、三菱地所がそんな金銭的にナイーブな態度を示す結果になったのは、その土地売買哲学の根本に、土地を買って置いておけば値は釣りあがるものだという日本では当たり前と思われていた「バブル神話」と、ロックフェラーセンターはアメリカの一等地であり、一等地を買うことは何にもましてすばらしいことだという「土地信仰」があったためだという。

こう考えると、三菱地所のやったことは、脅威というより、滑稽であると思う。

参考
『日本の群像 ―― 再起への20年』
日本をバブルに導いたプラザ合意から20年。
 このシリーズは、日本の経済社会を根底から揺さぶったこの20年を、その主人公である「日本の群像」の軌跡を追うことで、今に至る再起への道筋を探る大型企画です。

 バブル崩壊後の経済の低迷を経て、日本ではいま、再起に向けての様々な格闘が続いています。
海外企業の買収を通じてグローバル経営のあり方を問い直す大手企業会長。
「 護送船団方式」が行き詰まる中、膨大な不良債権の処理に挑んだ銀行マン。
空洞化の嵐と戦い続ける町工場の経営者。
 高度経済成長を支えた日本型システムのあり方が、グローバリズムの大波の中で問われる中、様々な「群像」が再起に向けての模索を続けています。

 内外の関係者が今にして明かすこの激動20年の軌跡。そして彼らが今なお時代と格闘し続けている現場からのルポルタージュ。
 過去と現在を一筋の線でつなぐ物語の中に、日本再生の礎を探る大型シリーズ番組です。
http://www.nhk.or.jp/special/top2.html


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2005年04月22日

紅の豚

テレビで宮崎駿の映画『紅の豚』を観た。

たかがアニメと、高をくくっていたが、いや〜、いいねえ。「男のロマン」という言葉を思い出した。

「飛べねえ豚は、ただの豚さ」

と、加藤登紀子(ジーナ役)の「バカ」、存在感あるねぇ。
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2005年04月11日

ウェブ・ジャーナリスト

ジャーナリストの常岡氏が、「国際ジャーナリスト」田中宇氏を批判している。(「2005/04/08 (金) 無知の知の告知について」http://www2.diary.ne.jp/user/61383/
田中宇氏のイスラム教やモスリムの理解に大きな誤解があるというのだ。
(田中宇氏サイト、http://tanakanews.com/f0407saudi.htm

田中氏の国際ニュース関係のメルマガは非常な人気で、16万部以上も発行されているそうだ。わたしも、アメリカにいた頃、複数の友人に「ぜひ読むべきだ」と勧められたことがある。それはちょうど「911事件」の直後で、氏の「911」後のアメリカに関する描写と分析をためしに読んでみたが、正直なところ、「うーん、どうかなあ」と感じるところが多かった。

やはりジャーナリズムという活動には、ネットなどの二次的間接的情報源に頼るのではなく現場の調査が欠かせないのではないか、と確信するようになったにも、そのとき以来である。(驚くべきことに、以前のライブドア自前ニュースという「ライブドア・ニュース」はそんなネット間接情報ばかりであった。)

もちろん、二次ソースの間接情報を使って物を書いてはいけないということではない。しかし、その時は、できるだけその出典を明記すべきだと思う。あるいは、常岡氏が言うように、書き手は「少なくとも、それぞれの執筆者が何について知っていて、何を知らないか、自ら予め断っておくことは必要」であると思う。最近のブログや日記による「ジャーナリスティックな書き物」にわたしが眉をひそめるのは、そういう書き物のほとんどに、そうした基本的な手続きがされていないと思うからだ。

(後記:田中氏の名誉のためにいうが、氏は引用や参考にしたインターネットのサイトアドレスを、リンクという形で明記している。問題なのは、無数にあるサイトのうち、どれが正しく本当の情報を伝えているか決断しにくいということである。グーグルで何かを調べて、どうしようもないページも含めた玉石混淆のリストを示された経験は誰しもあるはずだ。これは、時事問題(いわゆる新聞ニュース記事)についても同様。
 自分にしっかりした知識がないとき、一見、華々しい見てくれに騙されず、そのどれを正しいと判断できるのだろうか。しかも、もしかしたら、厳密に見て「本当に正しい情報」などウェブサイトには載ってないのかもしれないのだ。実際、インターネットというのは過渡期にあって、ある種の事柄については、まだ正確な情報は書物にしか載ってないことがあるようである。)
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2005年04月10日

ふたたび千鳥ヶ淵 そして 横山大観

桜に取り付かれ、こんどは人のいないときに見てやろうと、再び千鳥ヶ淵に行った。しかし、こんどは、朝8時である。

―― やはり、甘かった。すでに、かなりの人込みであった。ここまでいくと、もう、日本人の凄まじさ、尊敬します。

桜はきれいである。05-04-Chidoriga-fuchi 024_s.jpgちょうど、満開であった。

しかも、散った桜の花びらが、堀の面を埋めていっそうの風情を高めている。
05-04-Chidoriga-fuchi 025_s.jpg

堀の土手には、こんな花も咲いていて。見る者を飽きさせない。
05-04-Chidoriga-fuchi 017_s.jpg

一昨日の近代美術館のカフェでコーヒーでも飲もうと思ったが、開店は11時で、まだ早かった。そこで、常設展示を見て時間をつぶす。常設展示とはいえ、なかなか良いものがそろっている。日本の近代絵画史が概観されるようになっていたり、ウィーンの画家ココシュカの展示があったりした。

11時にカフェに行ってみると、入り口の前は、黒山の人だかりであった。みなカフェに入ろうとして、リストに自分の名前を書いたうえで待っているのである。リストに名前を書けば、順番が来れば呼び出されるのだから、どこにいても良いだろうに、なぜか、みな入り口付近にたむろしている。しかも、ほとんどの人の顔は緊張でいらいらしていたり、眼が血走っていたりしているのだ。名前を呼び上げるカフェの女性の声も、喉を絞り上げるような感じである。

なぜ、こんなすばらしい天気の日の休日に、そんなにアクセクしているのだろう?これまで訪れた外国の美術館は、どこもゆったりしたものであった。
Jよ、わたしは、決して日本人になれないような気がする…。


その後、日本橋の三越へ、「横山大観展」を見に行く。タダ券をいただいたのだ。
たかがデパートの展覧会だ、ゴッホとはワケが違うだろう、と思っていたのだが、着いてみて、また唖然。会場は、絵がまともに見れないほどの混みようであった。

展覧会の感想は、横山大観は60歳代以降しかおもしろくないな、というもの。そして、会場は、大観の絵を年齢順に概観できるように展示されていたのだが、その流れを見ると、大観の絵が晩年、デザインのように様式化していったのは当然の帰結に思えた。

それと、会場のあちこちに大観の言葉があげられていて、大観が「人格」「品位」「哲学・宗教」「人間性」などを強調していたのが判る。しかし、そのくせ、当時の軍事政府を支持し、国粋主義者となったのは、どう説明されるのだろうか?

ともあれ、ひたすら、日本人の絵好きという生態を堪能した一日でした。
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2005年04月09日

調布の夜桜

 東京の西、調布でのある会合に行ったら、今日はその会合を早めに切り上げて、桜を見に行くという。
 また桜かい、そもそも夜桜なんて大したことないじゃねぇか、と思ったが、どうしても行くと意志は固いようなので、諦めて付いて行くことにした。

 7時過ぎから歩き出す。夕飯も食わないので、腹は空いたままである。しかも、道に迷っているのである。グループは6人ほどいたが、怒りを通り越して、みな疲労で黙っている。首謀者だけが、喜々として歩いて行く。

 歩くこと40分。とある川べりに来た。
 驚くような桜並木が、ライトアップの光の中に広がっていた。下からのライトの白い光の中に、桜の花びらが薄桃色の花火のように、破裂して満開であった。
05-04-Fuchu Yozakura2.jpg     05-04-FuchuYozakura1.jpg
ものすごい人出であったが、言葉を失った。
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2005年04月08日

千鳥ヶ淵の桜 と ゴッホ

陽気に誘われるように、東京のど真ん中、皇居にある「千鳥ヶ淵の桜」を見に行くことにする。もともとは、西洋近代美術館でやっている「ゴッホ展」を見に行くそのついでに、うわさに聞く千鳥ヶ淵の桜も見ようという腹だった。

平日の午前である。まあ大丈夫だろうと思ったのは、甘かった。

10時ごろ、地下鉄東西線駅の九段下に着くと、すでに駅はものすごい人出であった。老若男女、どこから来たのかと思う人込みである。地上に出て了解した。本日は、北の丸公園の武道館で、日本大学の入学式なのであった。

マンモス大学・日大の入学式だ、それだけでも大変な人である。くわえて、そのうわさの「千鳥ヶ淵の桜」をひとめ見ようという人たちが、ワラワラと砂糖にたかるアリのように(自分もその一匹である)這い出してきていた。もう、桜の花とそれを眺める人びとの頭とどちらが多いのか、皆目わからないくらいであった。05-04-Chidoriga-fuchi 009_s.jpg(桜並木の人の頭頭頭・・・)

人込みで足の踏み場もないのに、通り道のすぐそばに宴会のためにビニールシートを敷いている人もいる。宴会は夜であろう。しかし、朝っぱらから、いや、昨夜から敷いているのかも知れない。日本では、花のもとでは、すべてが許されるらしい…。

しかし、桜は、うわさにたがわず、見事であった。05-04-Chidoriga-fuchi 014_s.jpg


西洋近代美術館に行って、さらに自分の甘さを認識させられた。入り口の外には、すでに、ものすごい行列である。日本人、侮(あなど)れず。

「ゴッホ展」そのものは、おもしろいものだった(正式名:「ゴッホ展 孤高の画家の原風景――ファン・ゴッホ美術館/クレラー=ミュラー美術館所蔵」)。http://www.momat.go.jp/Honkan/Gogh/ 
ゴッホの絵は、いろいろな美術館や、解説書やドキュメンタリー映画などで見てきたから、ほとんどが馴染みのあるものである。それでも、「麦の穂」というシュールなデザインを思わせる初めて眼にする絵に出会えたり、これまでなまで観る機会のなかった「夜のカフェテラス」を見れたのは大収穫だ。Gogh- CafeTerrace at Night.jpg

美術館でも、すさまじい日本人に出会えた。絵を見ながら大声で喋りまくる、通称「おばさん」たちである。絵の感想を語り合っているのは、まだ許せる。しかし、自分がした旅行とか、喰ったものとかを話すおばはんは、いったい何ものなのだろうか?

絵を見ていると、背後から、耳元で突然大声で話し出されたりするので、腰が抜けるほどびっくりする。あまりに繰り返されるので、かなり大きな堪忍袋をそなえているわたしであるが、振り向きざま、にっこり笑って、
「ねえ、おばさま、ワシは、うるさいのが苦手じゃあ・・・、絵を見んかい、どアホ!」と叫びたくてしょうがなかった。
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2005年04月07日

ベビー・リンガル?

はじめ読んだときは、エイプリルフールのジョークかなんかだと思ってしまった。
犬の声を翻訳する「バウリンガル」と同じ発想なのだろうが、なんか方向がちょっと違うんではないかなあ。親の読解力開発マシーンとかコミュニケーション力促進講座の方が、手っ取り早いんじゃないかねぇ。う〜ん。

相手から発信されることばかり期待し、読み取る努力を怠っているのは、現代日本の病理のように見えるな。ケータイ時代の弊害か?

アメリカのJよ、日本人は、なんか不思議だぜ。

赤ちゃんの感情読み取れ 長崎大が技術開発に着手

 長崎大医学部の篠原一之教授(神経生理学)らの研究グループは7日までに、言葉を話せない赤ちゃんが抱く喜びや悲しみなどの感情を、顔の表情や声などからリアルタイムで読み取る技術の開発に着手した。
 将来的には、表情などを瞬時に言葉に置き換える“表情翻訳機”をつくり、各家庭で育児に活用してもらう計画だ。
 研究グループは、言葉を体得する前の乳児が感情を周囲に理解してもらえないとコミュニケーション能力が育たず、成育後に暴力に訴えるようになるとし、言葉を介さない母子間の意思疎通が重要と判断した。
(共同通信)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050407-00000011-kyodo-soci

河北新報ニュースにも
http://www.kahoku.co.jp/news/2005/04/2005040701000070.htm
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2005年04月06日

円の角

 午(ひる)下がりの陽光が、木々のあいだから降りそそぎ、しっとりした小径(みち)を照らしている。

 小径は、石だたみに変わり、柿(こけら)葺きの土庇(どびさし)ふかい庵(いおり)へとつながっている。庵の門のかたわらに、桃色の着物に身を包んだ妖艶(ようえん)な雰囲気の女が、ひとり立っている。歩いてゆくと、にこりと流し目をくれた。美しいが、悲しみを肉で包んだような雰囲気である。

 門に近づくと、女は「抱いてくれなのかい」と訊いた。
 「すまんな。おんなと遊んでいる閑はないんでね」と言って通り過ぎると、女の口元が裂け、首から上が銀色の蛇になった。口から、赤い舌をチロチロと出して睨んだ。急いで門に入る。

 門をくぐると、茶室があった。すべての作りは、古雅な、くすんだ匂いを漂わせている。近くで、鹿威し(ししおどし)が鳴った。

と、中から「どうぞお入りなさい」という声が聞こえた。軽く会釈して、中に入る。

 囲炉裏の前には、ひとり老人が座り、こちらを眺めている。
「手遊(すさ)びですが、いかかですかな」と、目の前の座に視線をうつした。
返答をしかねていると、老人は
「いや、茶事のまねごとですが、これは、あいにく相手を必要としますでな。お相手をしていただければ」と、ほほ笑んだ。

 その手前(てまえ)ぶりは、あざやかだった。無作法をわび、茶碗を両手でつかんで、一気に飲み干した。

 「いつものように、お急ぎですかな。」
 「えっ?」
 「どうも、あいかわらず、せかれているご様子。」
見透かされた感じがして、黙り込む。あいては、すかさず畳みかけるように、
「あなた様は、四角形の五つめの角に、乗ろうとしておられる。いや、時には、三角形の四つめの角ですかな。」
胃ぶくろに、かるい痛みがはしり、下を向く。

 「そうおっしゃる、あなた様は。」
 「円閑と申します。まあ、閑(ひま)を持てあましてる老人ですのでの。」
 「えんかん・・・。」
 「円ならば、角に乗る気遣いもありますまい。ははははは。」

 そういった老人の顔をもう一度みると、犬の顔になっていた。むかし子どもの頃、飼っていた犬だ。
 はっとして眼を開いた瞬間、眼が覚めた。


posted by ろじ at 23:42 | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月05日

大リーグ挑戦の中村選手に、マイナー行きを通告

 ドジャースで大リーグに挑戦している中村ノリ選手が、シーズン開幕で大リーグのメンバーに残れないことになった。大リーグチーム傘下の3A(マイナーリーグ)チームに行かされるので、これを「マイナー行き」と称す。

 ドジャースのチーム状況(つまり、投手を多く大リーグ登録したい、内野手でも中村選手のように三塁と一塁だけでなくもっとあちこち守れる選手を残したい、などなど)もあって、残るのは難しいだろうと思われていたので、これは驚くべき結果ではなかったが、その直後の中村選手の反応は、いただけなかった。
ノリ、日本復帰も…不服!!マイナー通告

【ロサンゼルス(米カリフォルニア州)2日(日本時間3日)】ドジャース中村紀洋内野手(31)がマイナー行きを通告された。開幕メジャーの夢が断たれた中村は、異例とも言える態度保留に踏み切った。この日まで打率2割9分5厘、3本塁打、8打点と結果を残したが、成績が反映されなかったことに「納得がいかない」と不満を口にした。メジャー他球団移籍はおろか日本球界復帰も視野に入れて、代理人と相談。3A残留の選択肢も含めて、今日3日(同4日)にも球団に回答する。

 (中略)この日のエンゼルス戦前に監督室に呼ばれ、デポデスタGMとトレーシー監督と会談。3Aラスベガスへのマイナー行きを通告された。これに対し、中村は真っ向から球団トップに不満をぶちまけた。「この成績で落とされることは納得がいかない。ここ(メジャー)は実力の世界じゃないんですか。明らかに数字の上では勝っている。返事はちょっと待ってください」。マイナー契約の選手が態度を保留するという異例の事態となった。

(中略)移籍も辞さない決意だ。他球団とは米球団だけに限らない。「代理人に任せて、オファーがあれば考えたい」と、日本球界復帰も視野に入れた。保有権はド軍が持っている。しかし、中村によると、球団首脳から移籍容認の言質を取っているという。

(中略)中村は今日3日のエ軍との最後のオープン戦にベンチ入りする予定。この試合前までに、自らの去就に関する結論を出す意向で「家族もいるし、代理人とも相談する。今晩は寝ずにでも考えたい」と話した。
http://www.nikkansports.com/ns/baseball/mlb/p-bb-tp2-050404-0014.html

 中村選手が、ゴネるのはこれが初めてではない。02年のオフにオリックスからフリーエージェント宣言しメッツ入団にいたったものの、直前に(ワケの分らぬ理由で)翻意し、日米を巻き込んでの騒動となった。今回も、最初から了解されていたはずの競争で、またこの騒ぎだ。困ったことだ。

 アメリカは「実力社会」であると同時に、「人間性」や「人格者」が高く評価されるのも、松井の例などで判っていたはずだと思うが。これで、中村選手はダダッ子、トラブルメーカーの烙印を押されたのではなかろうか。

新聞を読む限り、ドジャースのデポデスタGMとトレーシー監督は紳士的であり、言っていることは理に叶っている。
ノリ、12人の投手陣に押し出された?

 中村紀洋内野手(31)はドジャースの投手陣に押し出される形でのマイナー行きとなった。

 デポデスタGMとトレーシー監督はともに「中村はメジャーでできる実力がある」と認めながらもマイナー行きを決めたことについて、2つの理由を挙げた。

 1つ目は、12人の投手をベンチ入りさせるため、中村の入る余地がなくなったこと。2つ目は、大リーグで控えとしてたまに出場するよりも、マイナーでレギュラー出場し、米国のさまざまな投手に慣れてほしいということだ。

 トレーシー監督は「シーズン中、投手を11人にする状況もあるだろう。その時は中村の出番だ。マイナーで引き続き向上に努め、その日のために準備しておいてほしい」と話した。
http://www.nikkansports.com/ns/baseball/mlb/f-bb-tp2-050403-0048.html
 多くの投手になれていない選手(このオープン戦中、中村選手はそう見えたのだろう)を使うチーム事情にないということなのだ。それに、同じようにマイナーで努力して大リーグ昇進を待っている多くの選手(日本人を含めて)から、これでは、反感を買うだけだろう。

それと、はっきり言おう。中村選手は、かつて日本で「ホームランの打ちそこないが、ヒットになるだけ」などと言っていたが、それはここでは通用しない。ホームラン狙いばかりする選手は、ドジャースはいらないだろう。それは、中村選手の打順(7番以下)をみてもすぐ分ると思うのだが。

 今日後半のニュースでは、結局、マイナー行きを受け入れもういちど大リーグ挑戦をするそうだ。話題に上っていた日本行き、オリックス復帰は、そのわがまま、安易さが選手たちの反感を買うだろう。楽天チーム入団という手もあるが、九回に与える印象は、かなり悪くなるはずだ。
posted by ろじ at 23:50 | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月04日

朝のラッシュ、男女乗り分け時代到来?!

JR埼京線で、朝のラッシュに女性専用車両が登場するそうだ。

朝のラッシュに女性専用車両 JR埼京線、汚名返上へ

痴漢被害がワーストのJR埼京線に4日朝、女性専用車両が登場した。首都圏で朝のラッシュ時間帯に女性専用車を走らせるのは、横浜市営地下鉄に次いで2例目。(中略)

 埼玉県と都心部を結ぶ埼京線は、混雑率が高いうえに駅間が長いことから痴漢被害が多いとされる。01年からは深夜の下り電車に女性専用車が設けられているが、警視庁が04年の都内の痴漢検挙数を初めて路線別に集計したところ、同線が最悪だった。

(中略)途中のターミナル駅、池袋駅。混雑ピークの午前8時台になると、ほぼ3分おきに先頭車に女性専用を示すステッカーをはった電車が到着した。別の電車から乗り換えようとして、あわてて隣の車両に移る男性客もいた。女性専用車の方が比較的すいていた。

 専用車から降り立った女子大生(21)は「いつも痴漢にあわないよう緊張しているが、気が楽でいい」と歓迎した。一方、隣の車両の男性会社員(49)は「仕方ないとは思うが、不公平な気もする」と話した。
http://www.asahi.com/life/update/0404/003.html?t

同日の朝日新聞夕刊によれば、電車が空いているのを良いことに、乗り込んだとたん化粧を始める女性もいるらしい。そういう公共心の欠けた女に同情はあまりしたくなくなるが、愚劣でバカな男がいる以上、こうした手配も当然のことであろう。

しかし、「女性専用車」の方が空いていて、両性共同利用車のほうが身動きもできぬ苦痛通勤が続くならば、そのうち、男性諸氏は、「女性は、みな女性専用車のほうに行って両性利用車はせめて男性だけで使わせてほしい」と言い出すのではないか?

男女乗り分け時代到来か?!

posted by ろじ at 22:54 | TrackBack(0) | 日本・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月03日

早春賦

桜もまだ、思わせぶりのふくみ咲き、独り酒をば、いざ呑まん。

花のおもいは風の中、ほんのり香るはなびらは、
あだと情けの白梅も、柳のそでもつれなくて、
ツバキの紅に酔いそいて 桜の枝もふくみ紅

花に逢瀬をまつとせの ちらりと匂う薄化粧
・・・と、くらぁ

やはり 春の酒は旨いな。

つくづく思うに、いろいろ苦労して善人の日本人になろうとしてきたが、どうやら無理なようだ。おれは、“まっとう”にはなれんようだ。無理をすると、おのれが焦って、周りを急かす。角をたわめて、潰れるだけだ。

むかしの“悪党”に戻るのがいいようだ。といっても、たかが小悪党だが。

ええぃ、矢でも鉄砲でも持ってきやがれい ――、
と息巻いていたら、お巡りさんに睨まれた。
posted by ろじ at 19:57 | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月02日

庭園と安田侃と蕎麦

目黒の自然教育園に桜でも、と思って行ったが、遅かったせいで閉まっていた。しかたなく、となりの東京都庭園美術館の庭に、200円を払って入る。

桜はまだ二分というところ。木々のあいだに、眼を惹く大きな白い彫刻があるので作者を見たら、安田侃(かん)さんの作品であった。たて横2メートルくらいの、平べったい四角の中が二ヶ所開いており、左上の角に刻みがある。
穴はなめらかに穿たれていて、流れるような動きがある。見る角度によって感じがまったく違う。題して「Wind(風)」。

安田侃さんは、ローマ・アカデミア美術学校で彫刻を学び、ペリクリ・ファッツィーニ氏に師事した。イタリアの大理石に魅せられ、以降、大理石の産地として知られる北イタリア、トスカーナのピエトラサンタにアトリエを構えている。大理石を使っているにもかかわらず、その温かな作品は、海外で多くの賞も得ている。安田侃さんの故郷、北海道の石狩平野の真ん中にある美唄市には、「アルテピアッツァ美唄」(イタリア語で“芸術広場”の意味)という芸術・文化交流施設があり、安田侃さんの作品が屋内外に37点展示展示されてるという。この施設は、旧美唄市立栄小学校の廃校校舎をアートスペースに再生させたものだ。ぜひ一度訪れてみたいものだ。(アルテピアッツァ美唄http://www.ex.me-h.ne.jp/~goubara/b-03yasuda.html。また安田侃さんについてのこんなサイトも発見、http://www.ex.me-h.ne.jp/~goubara/c-03b-zinnbutu.html

その近くには、ザッキンの彫刻があり、その向こうには、いささか古めの茶室があった。美術館の中庭で、結婚式をしていた。

そこを出て、近くの「利庵(しろがねあん)」という蕎麦屋に入る。寂れたなかなか風情ある一軒家である。内部も、落ち着きがあり、時代劇に出てきそうな飾りのなさが気に入った。混むので相席である。升酒と蕎麦を注文する。つき出しに、海老の頭の揚げたのと岩塩が出る。蕎麦もうまい。が、奥に座った女性二人が、煙草をスパスパやり出し、大声で話し出したのには閉口した。来るとこ、間違えてるな。隣にラーメン屋あるのに。
posted by ろじ at 23:50 | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

過去日記

3月27日以前の日記を幾つかアップしました
posted by ろじ at 00:52 | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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