2005年08月29日

な落

しなければならないことが山のようにある時に限って、

テレビ欄を隅から隅まで見たり、
ふだん見もしないテレビを観たり、
茶碗を洗ったり、
衣類を整理したり、
使い忘れていたメルアドを確認し始めたり、
ミミくそほじったり・・・

「奈落(堕落?)の底」にまっさかさま?
せめて、堕落のよく似合う男にりたい。
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2005年08月28日

駒大苫小牧野球部・暴力事件に思う

駒大苫小牧野球部・部長の暴力問題で、日本高校野球連盟は、同校の優勝を取り消さないことを決定した。

野球部員のおこした問題ではないので、選手たちの偉業が取り消されなかったのは、嬉しいことだ。ただ今回のことは、日本全国で起きていることの氷山の一角だろうし、さらに社会の中にある問題の根はもっと深いと思う

結論を先に言うと、メディアなどで評論家たちが「もう一度原点に返るべきだ」とか言っているが、それは逆だと思う。「原点」を覆(くつがえ)さなくてはいけない。

学校の部活などで、先輩が後輩をいじめ、時に暴力を振るうのは、過去にはごく普通であった。それは、昔の青春マンガ・映画なぞでは、時に美化されたではないか。しかし、一年か二年あとに生まれたぐらいで、なんでそんな目にあわなくてはいけないのか、と昔の部活中にぼくはいつも思っていた。

学校ばかりではない。大学でも、会社でも、先輩が後輩に威張りちらし、たいした人生経験の差もないのに(人生の体験と言う点では、後輩の方が「スゴイ経験」をしてるかもしれないのに)、先輩はキョウクンをたれ、ウンチクを披露する。仕事のことならまだしも、「人生とはな・・・」とか、結婚観とか、「女ってのはナ、実は単純なもんだよ」とか、人生の苦労とか、「アメリカじゃな・・・」と一回か二回だけほんの短いあいだ訪れた経験しかない外国の習慣とか、あたかも自分は何でも知ってるかのように話すのだ。

それも、相手が年下だからできるのだ。そこには、相手の年齢にかかわらず相手が経験・苦労したことに対する敬意とかは、微塵もない。(そういう、経験というものの重さの分からぬ「先輩」にだけは絶対なりたくないと、ぼくは思っている。)

一方、年上であれば、規則を守らなくとも、業績がなくても、無能であろうとも、一応、黙認する。昨今、「実力主義」なるものが導入され始めたが、この「精神的年功序列制」の根は深い。

会社などに年配の新入社員が入ると困るので、入社に年齢制限などを設ける会社がほとんどである。実際、自分より年上が会社組織の下の方にいると、どうしていいか判らないようだ。日本社会では、年齢というのが、人を判断する基準になっているからだ。

年齢、男女性別、学歴などの、一つの単純なものさしでひとを測る伝統的な考え方が、この背景にあるだろう。誰でもわかるように、こういう姿勢は、差別・抑圧・偏見と隣り合わせである。

これが、日本社会の歴史的「原点」であろう。高校野球界も、そういう社会の一部でしかないのだ。その「原点」に立ち戻るのは、問題を解決しないだろう。むしろ、「原点」を変えて行かなければならない。

儒教的な考え方の影響があるので「年齢」を重んじるのは分かる。しかし、「国際化」などというなら、せめて会社や学校では、こういう序列化を廃さなければならないと思う。
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2005年08月26日

札幌

お久しぶりです。札幌に行ってきました。

今回は、休暇をとって、ある彫刻家の作品群を見るためでしたが、そのことは、また折を見て、写真を載せながらお知らせをしたいと思います。

北海道の夏は、やはり過ごしやすいですね。おかげさまで、東京の湿気を避けることができ、これまでの睡眠不足を解消するかのように、ひたすら朝遅くまで寝坊し、午後は彫刻鑑賞、夜は「すすき野」散策とシャレこみました。

札幌まで、熟睡しに行ったようなものです。湿気が低いのは、体調にも手の具合にも良いようです。

大通り公園を歩いていたら、こんな魅力的で落ち着きのある、ステキな遊具に出会いました。遊ぶ土地の子ども達も、楽しそうでした。BlackSlideMantra1s-0508.jpg
ブラック・スライド・マントラ

札幌からJRの特急に乗ったら、ある車両の一部が、4シートほどの客席のみの小さなコンパートメント風に仕切られていました。最初は、車両の広い方に座ろうとしたのですが、直ぐ前に座った、関西からいらしたらしい3世代家族が、初めての北海道旅行を楽しむのか、大いにハジケテいたので、どうしても眠りたい自分は、そこを見つけるとすぐ移動しましたが、いや、特等席でした。
あれは何だったのでしょうか?昔は、車掌室?あるいは、以前はそこだけが「禁煙車両」?

夜、すすき野の小さな手料理屋に入り、ウニが食べたいというと、自家製「ウニ豆腐」というのを出してくれました。これは豆腐を使いません。山芋をゼラチンで固めて、その上にウニを載せるのです。かるい塩味がきいて、非常に美味でした。
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2005年08月23日

お休み

おいで下さったのに、申し訳ありません。
木曜まで、お休みします。できれば金曜の夜に、アップします。
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2005年08月21日

南アフリカに持ってこられたもの

あるところで、南アフリカから来たという青年に会った。

一見、インド人風に見える彼は、英国人とオランダ人、イタリア人、インド人の4つの人種の混血だという。

南アフリカにはそんなにたくさんの人種がいるのですか、英国人しかいないと思いましたよ、と自分の無知をさらけ出して驚くと、
「はい」とにこやかに笑った。

隣の日本人が、「英語が公用語なのですよね」と言うと、
「南アフリカでは、英語は、11の公用語の1つでしかありません」と応えた。

南アフリカには、いろんな人種がやって来たのである。

そのことを、彼はおもしろい言い方で説明してくれた。

「英国人は、南アフリカにインド人を連れてきました。
オランダ人は、マレーシア人を連れてきました。
フランス人は、ワインを持ってきました。
そして、イタリア人は、『わがまま(Selfishness)』を持って来ました。」
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2005年08月20日

蕎麦屋「竹やぶ」

うわさに聞く蕎麦屋「竹やぶ」に行く。

「竹やぶ」は、柏、恵比寿、六本木、箱根にあるらしいが、柏の本店が最も評判がよいらしい。

「竹やぶ」の主(あるじ)、阿部孝雄氏は二十歳の時から、江戸そばの伝統を受け継ぐ三大暖簾の一つ「薮」の系統である「池之端藪蕎麦」で修業したという。しかし、伝統的に完璧なそばを打ち上げるだけで満足できず、そこに自らのオリジナリティーを加えることに研鑽(けんさん)を積まれたと聞く。

真夏の午下がりの強烈な陽光が降りそそぐ中を、「竹やぶ」にたどり着く。土塀に囲まれて、古い民家のようなその店は、隠れ里の風情を漂わせて、蕭然と立っている。古閑な風情の小径(みち)が、通りから入り、その先に、渋い暖簾がかかっている。

少々意外な飾りのついた引き戸を開け、庇(ひさし)の中へ入ると、土間があって、まったく別の空間がそこから始まった。右手に小さな池があり、そこは、日本古来のものとも西洋のものとも決めにくいデザインで飾られている。
Takeyabu1.jpg

中は、もっと不思議な空間であった。日本的でありながら、西洋、特にスペインのグロッタ(穴ぐら)を思わせる様式美である。

しかし、蕎麦は、主(あるじ)の信念と哲学と気合と思い入れが感じられるものであった。

建物の裏に回ると、やはり御主人が建て、自らの雅号「二笑」の名を冠した「二笑ギャラリー」があり、そこには、自分が創作した作品や収集した陶芸家の作品を並べている。そのかたわらから、つづら折りの長い石段が下りていく。フランスのオートリーブという村にあるシェバルの城をモチーフにしたという。

こだわりと完璧性を求める御主人であろう。好き嫌いは分かれるだろうが、その妥協のなさとこだわり、一徹さがぼくは気にいった。
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2005年08月19日

朝の炎天下、飛べなくなった蝉が、翅(はね)をばたつかせてのた打ち回っていた。

午後、これも陽の照りつける草原の陰に、黒い穴から、サナギの殻を脱いで、地面に這い出そうとする蝉を見つける。

長くは生きられないのに、なぜ、生まれ出てくるか……。
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2005年08月18日

村上春樹『スプートニクの恋人』――表現探しの旅?

リポビタンのおかげで、今日は、少しはまともに動けるかと思ったが、甘かった。外に出たら、この暑さで、すっかっり参ってしまった。
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村上春樹『スプートニクの恋人』(講談社文庫)を読んだ。

かつて、『ノルウェイの森』を読んで、底なし沼的に失望して以来、村上春樹の本は2度と読もうとも思わなかったのだが、アメリカ人の友人(複数)が読んでおもしろかったというので、重い腰を上げたのだ。アメリカにいた時、アメリカ人の「日本通」がほとんど例外なく、「ムラカミハルキ」の名を口にするのを、ウザったく思ってもいたのである。

しかし、読む間じゅう、苦痛で仕方がなかった。どうも、ぼくには向いていないらしい。思わせぶりでカッコつけ、アンチョコで、不自然な「ための表現」が多すぎるように思うのだ。

まず気になるのは、不自然な「比喩的表現」。たとえば、55ページで、すみれとミュウが食事をしていて、すみれがミュウが体形のため食事に気をつけていると思う場面。
(ミュウは)ダイエットの必要があるとも思えない。しかしおそらく彼女は、今自分が手にしているものを寸分の妥協もなく護りきろうとしているのだろう。峠の砦(とりで)にこもったスパルタ人みたいに。
なんだよ、それ。
そもそも、スパルタ人は、峠の砦なんぞにこもるのか?

作者本人(村上春樹)は、イキな喩えのつもりなのだろうけど、どうにもこちらにその「イキさ」かげんが伝わりにくく、つまるところ独善に落ちてるような気がする。

無理に一夜漬けのような「教養的知識」も、気になる、いや耳障りである。あちこちに散りばめられた西洋の作家名やクラシック音楽のタイトルや作曲家名。どれも、『一週間で分かる有名クラシック音楽』や『現代ピアニスト20選』みたいな本に書いてありそうな、お決まりの名前やタイトルなのは、どういう意図があるのでしょうか、村上さま。

たとえば、33ページで、すみれとミュウの音楽の好みを説明する場面で、「ウラジミル・ホロヴィッツのモノラル録音時代のショパンは・・・」で始まり、「フリードリヒ・グルダの弾くドビュッシーの前奏曲集は・・・」「ギーゼキングの演奏する・・・」「リヒテルのプロコフィエフ演奏は・・・」「ランドフスカヤの弾くモーツァルトのピアノ・ソナタは・・・どうして過小評価されるのだろう。」と、短い段落一杯に有名人音楽家の名前を散りばめて、まじめに説明してるところなど、滑稽でおもわず苦笑しつつも、そのわざとらしさにウンザリしてしまった。

すみれがローマでコンサートに行けば、シノーポリの指揮、マルタ・アルゲリッチのピアノでリストのコンチェルトという有名どころの「定番」で、これも、ああ作者はちょっと勉強したんだろうけどなあ、いや、すみれの<にわかじこみのクラシック熱>を表現したかったのかもしれんなあ、けど、それよりは、これだけで<そんなものが表現できると思っている作者の甘さ>が露呈してるよなあ、なんて意地悪い気持ちになってしまう。

こんなアンチョコのが広く受け入れられているのは、歴史的に日本に「教養小説」なるものがしっかりと根ざしていないからではないか、などと思えてくる。

そういう作家のインテリ偏重・にわか知識欲みたいなものが、村上のお好きな「イキな喩え」と一緒になると、ちょっとヒサンな表現になる。

主人公の「ぼく」が、密かに恋するすみれに、自分がレズビアンじゃないかと告白されるシーン。
「わたしがろくでもないレズビアンだったとしても、今までどおりお友だちでいてくれる?」
「たとえ君がろくでもないレズビアンになったとしても、それとこれとはまたべつの話だ。君のいないぼくの生活は、『マック・ザ・ナイフ』の入っていない『ベスト・オブ・ボビー・ダーリン』みたいなものだ」(太字、引用者)
セリフの拙さやぎこちなさは、この若い主人公の未熟さというより、作者のものの見方のそれじゃないかと思えてしまうのだ。この主人公は、他の点ではほとんど完璧な男性なのだ。

小説家志望のすみれが、自分の書いた原稿が気に入らず破り捨てる場面。
あるときには絶望にかられて目の前のすべての原稿を破り捨てた。もしそれが冬の夜で部屋に暖炉があれば、プッチーニの『ラ・ボエーム』みたいにかなりの暖がとれたところだが、彼女の一間のアパートにはもちろん暖炉なんてなかった。(太字、引用者)
作者の“あふれる知識”が出てしまうんだろうが、ちょっと、無理があり過ぎないか、これ?

こうした“妙なたとえ”や“ちょっと強引な比喩”があまりに気になって、いったいどのくらいあるのだろうと、最初、付箋紙(ポスト・イット)を付けていったが、あまりにも多くて、なんかバカバカしくなり、途中で放棄したのだった。

人間の描写にも説得力はなく、話の展開に必然性も組み込まれていないと思う。(旅行先での、ギリシアに別荘を持つ紳士との出会い、とか、あまりに、いわゆる“月並みな展開”すぎないだろうか?)

主人公の「ぼく」は、背が高くて、かなりハンサムで、どんな時にも論理的で冷静沈着でクール(すみれがそばにいる時以外)、知識も知識欲もある、という、確固たるいわば“不動の存在”に描かれているのも、話の展開を知らせるナレーターだけの存在としても、喰い足らない。

もっとも説得力があったのは、万引きした生徒を捕まえた、たんなる端役の警備員、というのは皮肉である。

村上春樹のテーマの一つは、日本の近代私小説の流れをくんで、「ぼく」探しなのだそうだが、「表現」探しをやってもらいたいと思ってしまった。
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2005年08月17日

禁断の飲み物に手を出す

午後、何をしてもすぐ疲れてしまう自分を許せなくなった。
情けないことに、こうして腹が立つのも久しぶりである。

栄養のある飲み物でも買おうと、コンビニに駆け込み、そこに、栄養ドリンクを発見する。

この「禁断の飲み物」は、久しく、あえて遠ざけていたが、いよいよ妥協する時が来たようだ――。

タウリンとやらが多量に入っている、リポビタンを購入。

飲んでみて、体力が出たのが分かる。たっぷり入っているカフェインのせいだとは知りつつも……。
これは、希望があるかもしれない。
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2005年08月16日

アメリカ観客の良心

アメリカ人には、まだ良心があったようだ(品の悪さは別)。

大リーグ野球、ボルティモア・オリオールズのパルメイロ選手が、薬物反応が陽性とでたため、10日間の出場停止処分をくらっていたのだが、このたび、その10日間が過ぎ、試合に出場した。

パルメイロは、つい先ごろ(7月15日)、500本塁打と3000本安打という、大リーグでも彼を含めて4人しか達成していない偉業を成し遂げた選手である。

その名プレーヤーがホームグラウンドのボルティモアで再出場になって戻ってきて、観客の反応が気になったが、かなりシビアなものだった。大リーグのHPに載った写真には、観客が、パルメイロの背後で「パルメイロは、野球にツバをひっかけた」というプラカードを挙げていた。

ボルティモアのファンは、本当に野球好きの優秀なファンで、相手チームの選手の好プレーも賞賛するので有名なのだが。
復帰パルメイロにブーイング「詐欺師!!」◇14日◇オリオールパーク
 薬物使用による10日間の出場停止処分を終えたオリオールズ・パルメイロが、地元ファンからブーイングを浴びた。ホームでのブルージェイズ戦に処分終了後初出場。「6番DH」で先発、打席に向かうと「ようこそ詐欺師」「お前は野球を侮辱した」などのサインボードが観客席で揺れた。結果は4打数無安打。1点差に迫った9回2死一、二塁では右飛に倒れ、最後の打者になった。「今日は開幕戦のように緊張した。プレーを続ければ、もっと楽になると思う」と復帰戦を振り返った。
http://www.nikkansports.com/ns/baseball/mlb/p-bb-tp2-050816-0004.html


参考
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/08/12/AR2005081200020.html
http://news.yahoo.com/photos/ss/events/sp/021204doping/im:/050812/
photos_sp/mdf640465;_ylt=AoN
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2005年08月15日

終戦の日に

体がダルく、何をやってもすぐ疲れてしまう。充分に寝たのに、このありさまだ。この盆休みは、ひたすら休息するしかないか。


今日は、終戦記念日だ。

今年は、沖縄を訪れた時にその島民たちの悲惨な歴史をかいま見たこともあり、日本の「戦争」や「終戦(敗戦)」について、これまでになかった思いがある。

数日前、この日記に、アメリカのヒロシマとナガサキへの「原爆投下」が“実験”目的であり、また同じアメリカが、その後も、自らの核開発のため、相手の意向もかまわず人体実験をし続けてきたことを書いた。

その独善と傲慢と、また、そうしたことを知らないアメリカ国民の無知を糾弾したいと思うからだ。日本人は、そんなアメリカの核政策に、「反対の意」を唱えるべきだと思う。

しかし、同時に、われわれは、それ以上に、自分たちの行ってきた「加害的な行為」を知らなければならないし、忘れてはならないと思う。中国での「731部隊」、「南京“虐殺”」(ある程度以上の数は本質的な問題ではないと思う)、「韓国侵略」「沖縄島民などにたいしての同化政策」「東南アジアや太平洋地域での島民に対して行ったといわれる同化政策と蛮行」などなど。

ふだんから体たらくな自分だからこそ、せめてこの月には、自らが被害者であることだけでなく、自分の国が被害をもたらした者のことを思わなければ。
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2005年08月14日

高校野球

体を休めるなどという口実で、ダラダラと高校野球を見ている。

これがけっこう面白い。
大リーグ野球をじかに見るようになってから、日本のプロ野球には興味をなくしたが(巨人の試合はツマラナイです)、高校野球の甲子園には、もっと切実な真剣さと、生々しい感動がある。

実を言うと、高校野球、特に甲子園大会は好きではない。まず、選手、とくにピッチャーに無茶な日程である。昔に比べると、大会関係者は選手の体調に留意してるそうだ。しかし、準決勝や決勝まで勝ち進むと、ピッチャーは中一日や3連投の登板など、ザラになる。高校生の体もピッチャーをやる若者の肩や肘も、まだ完全に出来上がっていないのだから、これはどう見ても、日程重視の興行のための試合消化法である。「甲子園で優勝したピッチャーは、プロで大成しない」と言われるゆえんだ。

また、都道府県対抗になっているが、今日、新設の高校は優秀な選手を越境入学だろうがなんだろうが、バンバン入学させている。青森の学校に、関西の出身者がいたりする時代なのだ。都道府県対抗は有名無実になっている。しかも、一部の私立高校は、準プロ野球クラブ化している。

そんなこんなで、かつてぼくが抱いていた情熱はすっかり冷めているのだが、それでも、良くなったと思うことも多い。以前のように選手たちに悲壮感がなく、のびのびと、時にはにこやかにプレーをしているのも好印象を受ける。

その点、軽い気持ちで見ていられるのだが、胸が締めつけられる場面もあった。京都外大西vs.関西(岡山)の試合で、2年生右腕、ダース投手が、終盤に連打を浴びて6点のリードを守りきれなかった。いい投手だったが、試合の早い段階でリリーフ登板し、9回には120球を超えていた。握力もなくなっていたのだろう。キレのなくなったスライダーを痛打された。彼を、責めることはできない。

しかし、クールダウンのキャッチボールをしながら涙が止まらなかった。最後の攻撃の時も泣きはらした目で応援し、試合終了で整列する時には泣き崩れた。試合後は号泣しながら、「あれだけ援護をもらったのに、本当に情けないです…。すみません」とチームメートに何度も謝ったという。
http://www.nikkansports.com/ns/baseball/amateur/f-bb-tp5-050813-0059.html
http://www2.asahi.com/koshien/okayama/news/OSK200508140041.html
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2005年08月13日

二重苦

武道の稽古で首を痛め、
また、あいかわらずの金欠で
二重の意味で首が回らぬ。
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2005年08月12日

アメリカンサイズ

ジムでマシンを使ってトレーニングしていたら、久しぶりに、チャールズを見かけた。彼は、7月の間じゅう、アメリカに帰っていたのだ。

「おい、久しぶりだな。8月になっても見かけないから、強制送還にでもなったかと思ったよ」
というと、ニヤニヤしながら、日本はやはり蒸し暑いねえ、と言う。やつめ、気候の良いシアトルで、思う存分リラックスしてきたらしい――。

「あのね、ちょっと、おミヤゲがあるよ」
と言うので、チャールズの後ろをロッカー室までついて行く。
「ホレ、これ」
と、突然、渡されたのは、巨大な赤いビン
うおっ、なんじゃ、こりゃあ、
と驚いていると、サクランボのジャムである。

チャールズがシアトルに行く前に、土産はなにがいい?と訊かれて、
「じゃあ、シアトルで有名なサクランボを使ったジャムでももらおうか」
と、冗談を言ったのだ。

「ホレ、もう一つ」
そう言って、チャールズは、同じ巨大なビンをもう一つさし出した。
あ、あの……

覚えてくれていて嬉しいんだが……。
「ジムに来るのに、いつお前に会えるか分からないから、毎日この2本持ってきたんだぞ」
と言われては、断るわけにはいかない。

ウカツだった。
いわゆる土産物屋の小さなビンを考えていたのだが、チャールズは普通のスーパーマーケットに行ったに違いない。
「アメリカの普通サイズ」というものを、すっかり忘れていた。

こんどから、お土産たのむときは、「小さいサイズで」と付け加えなくてはならない……。
posted by ろじ at 23:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月11日

お子様天国

夏休みのせいか、電車の中でも、子どもを連れた家族をみかける。
中には、おばあさん、おじいさんに連れられた孫という組み合わせもいる。

座っていて、目の前にご老人が来れば、しぜん、席を譲ろうとするのだが、そうした孫を連れた家族の場合、十中八九、おばあさんやおじいさんは孫に席を譲ってしまう。

オイオイ、と思うのだが、もっと驚くのは、ほとんどの子どもが、最初に席を譲ったこちらにどころか、そのおばあさんやおじいさんにも「ありがとう」のひと言も言わないことだ。

日本は、子ども甘やかし天国だな。

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2005年08月10日

ABCキャスター ジェニングス氏 亡くなる

月曜日、インターネットで「ニューヨークタイムズ紙」を開けたら、
「ABC局の長期にわたるニュースキャスター ピーター・ジェニングス氏 67歳で亡くなる(Peter Jennings, Longtime ABC News Anchor, Dies at 67)」
の記事が目に飛び込んできた。
http://www.nytimes.com/2005/08/07/business/media/08cnd-jennings.html

4月に、肺がんであることを明かした。その時、
「録音で、かすれた声で、『私は放送を続けます。体調のいい日には、私の声はいつもこんな風ではありませんから』と言った("I will continue to do the broadcast," he said, his voice husky, in a taped message that night. "On good days, my voice will not always be like this.")」
という。しかし、彼がテレビの前に戻る日は、来なかった。

アメリカの3大ネットワーク(NBC,ABC,CBS)には、それぞれ有名キャスターがいるが、ピーター・ジェニングス氏が一番気に入っていた。

鋭い質問も、その落ち着きと誠実さで、品良くカバーされ、アメリカではなくカナダの出身ゆえか、そのコメントにも外国人やマイノリティーに対する配慮がきいていた。「911テロ」直後に放送された、アメリカに住むイスラム教の人々を招いた対話集会では、イスラム教の子どもに、「イスラムとは何か」をアメリカ一般市民に分かるように、ゆっくりと問うていたのが印象的だった。
別ページ 参照
http://www.geocities.jp/suiganmougo/911.html

立派なジャーナリストだった彼に、次の言葉を送りたい。
すばらしいジャーナリストがいなければ、
われわれは、世界について盲目で
世界について盲目であれば、結局のところ
自分が何者であるかも、知ることができない
あなたは、アメリカでは希少のジャーナリストでした。
posted by ろじ at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月08日

アメリカによる放射能「人体実験」

日曜の昼間、テレビをつけたら、南国の楽園に住む「ヒバクシャ」の話を伝えていた。いや、正確にいうと、そこは「かつて楽園だった」。

1954年3月1日、アメリカの水爆「ブラボー」(なんという名前!!)は、楽園のように美しいマーシャル諸島を地獄と変えた。アメリカは、実験のため、広島型原爆の約1000倍という水爆を、この島に落とした。住民がその影響を受けるのもかまわず。

「西から太陽がはい上がってきた」「雨に混じって白い粉が降り積もった」と島民は感じた。
水爆の火の玉の直径は、40km、爆発の威力は15メガトン。水爆が落とされたところには、巨大なクレーターができた。放射能は、島全体をおおった。それは、20世紀最大の地球環境汚染でもあった。

なんと、水爆実験後、すぐに、アメリカは、島の安全性を確認もせずに、避難させていた島民を島に帰したのだ。いや、むしろ安全でない島に住民を還すのが、その「実験の一部」だったのだ。

放射能が、住民の老若男女、妊婦、さらに生まれてくる子どもにどんな影響を及ぼすか、というプロジェクトだった。
「マーシャル島民は、モルモットより人間に近い」
と、記録に書いている。
「マーシャル島民は被曝者の最も完全なデータセット」
だとも書き残している。アメリカからやってきた「医療チーム」は、治療をせず、放射能の影響の記録だけをしていった。


水爆の放射能は、マーシャル島だけでなく、その近くにいた日本の第五福竜丸の乗組員をも襲い、乗組員も亡くなった。やはり、アメリカから、被爆した乗組員を調べに「医療チーム」が来たが、記録をとるだけで、しかも、乗組員の体のサンプルを密かにアメリカに送っていたという。

マーシャル諸島で、被曝の苦しみは、21世紀の今も子孫の世代に渡って続いている。

これは、テレビ朝日の「ザ・スクープ スペシャル――終戦60年特別企画――『検証!核兵器の真実・それは人体実験だった』」という番組だった。実験から半世紀、情報公開されたアメリカの極秘文書や日本の外交史料にもとづくスクープである。

番組によると、「人体実験」は、本国アメリカでも行われていた。

米国立公文書館で発見された1952年の機密文書には、
「米軍医療委員会は核戦争の調査に人体を利用する事を満場一致で承認した」
という記述がある。

長崎原爆に使われたプルトニウムが製造されたワシントン州ハンフォードでは、水蒸気に混ぜた放射能が町中に散布されたり、(本人に知らせずに)人体にプルトニウムを注射する実験を行ったりした。その他、自国民を使った実験の数々……。

広島や長崎に投下された原爆は、「人間が死に至る放射線量のデータを収集する千載一遇の実験場だった」、という説があるが、この番組は、十分その根拠となると思う。

参考:
http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/update/toppage/050807.html
長野智子ブログ http://yaplog.jp/nagano/monthly/200508/
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2005年08月07日

アメリカ人の原爆に関する無知

かつてアメリカにいた時、ある夜、古い女友達から電話がかかってきた。近況などを教えあっていると、突然、彼女は泣き出した。お兄さんが、最近、若くして亡くなったという。脳腫瘍であった。

しばらく泣き続けた彼女をなだめてやっていると、彼女の出身地には脳腫瘍が多いのだといった。彼女は、ネバタ州出身であった。

ネバタ州には、核実験場がある。去年の5月25日午後3時(現地時間)には、州の地下核実験場で、 1997年9月26日以来通算21回目の未臨界核実験を実施した。かつては地上でも実験が行われた。その「放射能を含んだ風」は、人々が住むラスベガスまで来たという説もある。

核実験と脳腫瘍の関係は分からない。しかし、ガンとの強い関係が指摘されている。最近では、原子力発電所から出る放射能廃棄物を、ネバタの山中に埋める計画が進行中だ。

先週の雑誌『アエラ』に、「原爆無知大国アメリカ」という記事が載っていた。ピラミッドなどが立ち並ぶ、有名なラスベガスの大通りに、今年の2月、「核実験博物館(Atomic Tesing Museum)」がオープンしたという。

10ドル払って中に入ると、目玉の「グラウンド・ゼロ・シアター」があり、そこでは、
「フラッシュのような閃光(せんこう)。スクリーンではオレンジ色のに染まったキノコ雲が立ち上がる。地鳴りのような大音響とともに座っていた木製のイスがガタガタと揺れ出す。同時にスクリーンの下にある噴気口から生暖かい風が吹き出す。
「クール(かっこいい)」
後ろに座っていた小学生くらいの白人の子がつぶやいた。」
一般に、「広島」「長崎」に関するアメリカ人の無知は、驚くほどのものだが、こうしたディズニーランドのノリの“アトラクション”が、アメリカ人(特に子どもたち)を、ますます無神経で無知にしていく。『アエラ』の記事にも書いてあるが、ハリウッド映画などで、核兵器が爆発しても主人公が元気でいるのは、無知以外のなにものでもない。

アメリカに長年住んで、毎年の夏、メディアの報道を見、多くの人たちと話して思ったことだが、ほとんどのアメリカ人が、原爆投下は戦争を終わらせ、100万人のアメリカ兵を救い、日本人の犠牲者を減らすために必要だった、と信じている。かなりのインテリでもだ。それが、原爆のおかげでアメリカが戦争に勝つことができた、というアメリカに根強い「勝利神話の快感」と結びついている。

それには、たとえば(これも同じく『アエラ』が指摘するように)アメリカの教科書が一役かっている。教科書会社は、“売れる教科書”作りを求め、教育委員会の反発を買うような記述は入れない。その教育委員会は、「歴史的に客観的な記述」ではなく「自国に誇りが持てる記述」を求めるという。こうしたことの方が、ラッシュ・リンボゥのような右翼コメンテーターなんかより、はるかに影響力が大きいのだ。

さて、この博物館には、「被爆者」という言葉も、原爆で何人が命を落としたという記述もない。焼け焦げになった死体や子どもの写真も、被爆者の悲惨な現状の写真もない。この博物館は、館長を含め、(元)実験場関係者という“原爆の肯定者”が企画している。その結果、核兵器の悲惨さは覆い隠されることになった。

たとえば、開館に当たっては、委員会が立てられ、広島と長崎のパネルが見直しを迫られた。委員会を構成したのは、核実験場の元従業員、核実験公文書館の司書、米国エネルギー省の職員ら十数人であった。

館長のウィリアム・ジョンソン氏は、冒頭の展示に関して次のように言う。 
「核爆発の威力をシアターで感じてもらいたい。もちろん、死の灰によって被爆者を生み出したことや核実験への抗議があったことの議論も大切ですが、この実験場がソ連との冷戦を勝ち抜くのに大切な存在だったことを知ってほしい。」
このデリカシーのなさ、無神経さ、傲慢さ、不遜さ、そしてなにより無知に対して、日本人はハッキリとものを言わなくてはならないと思う。

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2005年08月06日

内なる暗い面

誰でも、内部には、明るい面ととても暗い面をあわせ持っているものです。
それを、毎日の生活で意識したり生きたりはしませんが、役者としての私は、それを表現することが許されるのです。

KEVIN BACON ケビン・ベーコン
(アメリカのTV番組CBS『60 Minutes』でのインタビュー)
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2005年08月04日

テロとの闘い

世界中の新聞に目を通すことは(仮にコトバの問題がないとしても)忙しいわれわれにとって不可能だから、手にした新聞が外国の記事を訳して載せてくれているのはありがたい。

で、朝日新聞が、フランスの新聞「ル・モンド」の7月27日付の社説を訳して載せている。

これが、またフランス左派らしいというか、反アメリカ性クッキリというか、賛成するにしろ反対するにしろ、どこかの国の首相と違って論旨が明快で、小気味良いくらいである。

タイトルは「テロとともに生きる」。先日ロンドンで起きたテロについての考察だ。

このテロを外交で防ごうとしても無理だという。過激派テロが
「闘い対象としているのは風俗習慣の自由、女性の地位、政教分離といった、民主主義そのものであるからだ。」
だから、「敵は常に『西洋』なのである。」
米国の姿勢もはっきりと批判される。
「米国のイラク介入は、過激派の恨みを増大させただけだった。アラブ・イスラム世界の市民の米国への憎悪をかき立て、テロの口実を与えただけだった。」
こうも言う。 
「これは、戦争ではない。戦争は片方が降伏するか、交渉が成立するかで終わりを告げる。イスラム過激派との闘いはそうではない。・・・多様な取り組みが必要となる。」
これは、「テロとの戦争」を強調するブッシュ大統領への、強烈な反論だろう。

「テロとの闘いを名目に我々の価値観自体を否定するようなことがあってはならない。自由の制限や拷問、法的手続きを経ない強制収容に、手を染める誘惑に屈してはならない。」これは、明らかに、アメリカ軍部のアブグレイブ収容所でおきたことを非難したコトバだろう。

アメリカは、「自由」と「民主主義」を標榜しているが、こういう論理に反対する議論をしたことがあっただろうか?
posted by ろじ at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 国際・政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月03日

生活のロボット化

独り者の男性にとって、家に帰ると、玄関で自分の好みそのままの美人ロボットが三つ指ついて「お疲れさま〜♪」とねぎらってくれ、こちらの望むことを何でもしてくれる ―― というのは夢かもしれない。

以前、このブログで、アメリカの大学MITで開発されているロボット「コグ Cog」等を紹介した。
http://dokugo.seesaa.net/article/5116736.html

その開発者の名は、ロドニー・ブルックス氏で、MITコンピューターサイエンス・人工知能研究所の所長である。そのブルックス氏にインタビューした記事が、7月29日の日経新聞に載っていた。(「未来技術を読む・2030年の世界」)

ブルックス氏は、2030年には、今はコンピューターを使ってやっているネット検索も
「検索エンジンをチップ化して脳に埋め込めばパソコンなどを持たなくても、いつでもどこでも検索ができて便利思う」
という。
「考えるだけで操作できるコンピューターもチップを脳に埋め込めば実現可能だが、倫理的に許されるのか、といった議論ができる。」
「家庭向けロボットも2030年までには普及するだろう。ただし、二歳児並みの認識力、六歳並みの手先の器用さを備えることが条件だ。家具などが置かれていても部屋の中を自由に動くことができ、冷蔵庫並みに操作が簡単なことも条件になる。」
私たちの生活の「ロボット化」に関しては、むかしは非常にラディカルで急先鋒だったブルックス氏だが、この記事では、倫理問題にも配慮して、これでも以前よりずっとマイルドに“人間的に”なった感じがする。

その“人間的な”見識は、次のひと言にも現れている。
「ロボットと人間が心を通い合わせることもある程度はできるだろう。だが、そんな必要があるのだろうか。私自身は人型ロボットではなく、掃除など作業目的がはっきりとしたロボットの普及が進むと考えている。」
ロボットが会話の相手を・・・などというのは、われわれ人間が ―― 独りで生きるのではない人間が ―― 他の「人間」と付き合うことによって、毎日簡単に手に入れられる歓びを放棄しているというのが前提だ。

そんなつまらない生活をサポートするためにロボットはあるのではない、という人間謳歌がちょっとだけ垣間見られて、小気味いい。
posted by ろじ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | テレビ・新聞・雑誌ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月02日

夏ばて解消法?

夏の暑さが戻って、体にはかなり応えますね。皆様は、どのようにして乗り切ってらっしゃいますか?

風邪気味なので、悪化させないようにと、グレープフルーツジュースに野菜ジュース(ほとんど人参ジュース)を混ぜ、さらに料理用のレモン汁をドバドバ入れて飲みました。

すると、翌日は、やや睡眠不足で、かなりの暑さにもかかわらず、かなり体調が良いようです。ビタミンCが良いのでしょうか。以前、錠剤のビタミンCも飲んでいましたが、これはあまり効かないようです。

これから、レモン汁でビタミンCを多めに摂って実験してみますが、皆さんも試されてはいかが?
posted by ろじ at 00:00| Comment(4) | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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