2005年10月26日

ローザ・パークス女史の死

ローザ・パークス女史が亡くなったという。昨日、ニューヨークタイムズ新聞のインターネット版を開けたら、彼女の大きな笑顔が、目に飛び込んできたんです。

今では、空いていれば誰でも座れるバスの中の席、かつて、アメリカの南部では、黒人には座ることが禁じられていました。

しかし、1955年の冬の12月1日、場所はアメリカ南部アラバマ州モントゴメリー、ある女性が、白人優先の座席から立つことを拒否したのです。

彼女は、すぐに、呼ばれた屈強な男たちに担ぎ出され、警察に捕らえられたが、そのちょうど一年後、自由な身で、同じバスの座席に座っていました。
連邦最高裁が、同州でバスの席を白人優先にしていた人種隔離政策を憲法違反としたのでした。

彼女の逮捕後、黒人たちは、抗議として、歩いたりして車を乗り合ったりして1年以上もバスのボイコットを続けました。こうした非暴力の不服従運動は、その後の公民権運動のモデルとなったのでした。

ローザ・パークス女史は、黒人の地位向上のための公民権運動の象徴的な存在となり、近年は、クリントン大統領に一種の栄誉賞をもらったりした。その時の美しい笑顔が、ニューヨークタイムズ新聞の記事に載っています。
http://www.nytimes.com/2005/10/25/national/25parks.html?ex=1131598800&en=ea43aa4cd154ef5d&ei=5070&8dpc

同時に組まれた特集には、1956年、つまり最高裁の判決後、バスの中に座る彼女の意志の強そうな横顔も載っています。デトロイトの博物館には、当時のフォード製のバスが今も残されているのだが、その写真も載っているので、ご覧あれ。
アメリカの歴史の生き証人が、また1人亡くなってしまいました。
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2005年10月25日

UFJ銀行、政府に批判される

UFJ銀行のATM(現金自動受払機)に隠しカメラが設置された事件について、村田国家公安委員長が、
「隠しカメラが設置できるような余分な箱をATMにつけて、犯罪を招くようなことをするとは、勉強が足らない」
と、UFJの犯罪対策への姿勢を批判したという。(25日付、毎日新聞)http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20051025k0000e040067000c.html

村田委員長は「各銀行、協会を含め、諸外国や新手の犯罪など情報を集め、しっかり研究すべきだ」と指摘。箱の設置について「まったく信じられない」と述べた。
まったく、そのとおり。批判されるのも、あたり前だ。
posted by ろじ at 20:13| Comment(4) | TrackBack(0) | 日本・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月22日

不思議な銀行

UFJ銀行のATMコーナーに、何者かによってカメラが隠し置かれた件は、すでに知られている通りだ。

ATMコーナーといえば、常時モニターカメラで監視し、場所によっては警備員を置くほどの、お金を預かるところとしては命綱の“呼吸器官”とでも言うべきところだ。そんな、自らの重要ポイントに、こんな細工をされたのだから、これは、かなり恥ずべき事態だと思う。

しかし、UFJ銀行の、発覚後の反応は不思議というほかない。こんな失態の場合、自分に完全な責任がなくとも、利用客に不便をかけた(あるいは、かける可能性がある)ことで「詫びる」のが、日本の風土なら普通だろうが、これまで、インターネット、新聞、店舗の張り紙などを見渡しても、なんの「お詫び」もないのだ。

UFJ銀行のホームぺージウェブに、「ご注意ください : 当行ATMコーナーに何者かによりカメラが隠し置かれた件」という告示が挙がっている。
http://www.ufjbank.co.jp/ippan/oshirase/ufj_20051019.html
が、そこでは、これまで判明している事実を報告してはいるが、お詫びはない。あたかも自分たちも被害者であるかのごとくのように振舞っている、と見てしまうのは、自分だけだろうか。
(後記:その後、このページは、「20051019」というアドレスはそのままで、現在、まったく別な告示に代わってしまった。

HPの「ニュースリリース」ページ(http://www.ufjbank.co.jp/info/news/index.html)には、確かに、10月18日付の「当行ATMコーナーに何者かによりカメラが隠し置かれた件」と題する告示がPDFファイルで挙がっている。(http://www.ufjbank.co.jp/news/investor/20051018.pdf

そこには、同様に、これまで判明している事実の報告の後に、
【本件への対応策について】
・ 暗証番号を盗み見られた可能性があると判明したお客さまにつきましては、個別にご連
絡し暗証番号の変更を依頼しております。
・ ATM機に設置していた同種のチラシと小箱は全て撤去致しました。以降、ATM機正
面への小箱等は設置しておりません。
・ 全ATMコーナーを直ちに点検した後、巡回警備等を強化しております。
・ お客さまに注意を呼びかけるポスター(別紙)等を全ATMコーナーに掲出致しました。
・ ATMコーナーで注意喚起等の放送を実施致します。
・ 本件に関するお客様からのお問い合わせについては、お取引店にて承ります。

とあるだけである。

こんな態度が許されるのは、日本の銀行が、行政に甘やかされているからだろうか?
posted by ろじ at 23:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月16日

エディー君、伝統をたんのうする

さて、エディー君との延長戦に突入することになり、朝から仕事をしながら、どこへお連れしようかと悩んでしましたが・・・。東京のたいがいのものは、見てしまったに違いないし。食い物だって、かなりあちこち連れ回されて、旨いものは食い飽きただろうし・・・。

で、とりえず、5時に新宿で待ち合わせました。その直前にかなり大きい地震があって、「これは、一人でパニクってるだろうな」と思いきや、悠然とやってきて、別に驚かなかったといいます。
ホテルで、オシッコしてた。」
かなり大物です、エディー君。

さて、お連れしたのは・・・。北へ電車で一時間ほどの、埼玉県の一都市。
「ねえ、ドコヘ行くの? ドコヘ行くの〜」
と、エディー君はしつこく聞きますが、行ってからのお楽しみネ、と関係ない話で時間をつぶします。

そのとき出た話ですが、私が、車内のつり革広告の写真で、女性の体をかなり露出した雑誌の広告を指差して、「日本はこういうの普通なんだよね、スウェーデンはどうだい?」と訊くと、驚いたことに、エディー君は、あの自由の国スウェーデンでは、こういう広告が制限されつつあるといいます。
ビジネスホテルの部屋のテレビなどでも、アダルトチャンネルが規制され始めたといいます。お金を払うと見ることができるあれです。そういうホテルは、政治家が利用しないと公言したりして、一種の政治的な動きがあるんだそうです。
「みんな、最初は、女性たちの運動のためだよ。ウーマン・パワーというやつだね・・・。」

西武新宿線の駅を降りると、そこは川越。目の前に広がったのは、一面のお祭り風景。
そう、今日は、その最終日なのです。

エディー君の目が輝きだします。フンドシ一本の男性を後ろから見て、「あぁああああ、なんも穿(は)いてませんよ、なんも〜、イイんですかぁあ〜」と、あの自由の国スウェーデンから来たエディー君は、興奮したりしてます。

夜店を冷やかしたり、昼間担がれていた神輿を眺めたりしながら歩いていると、むこうから、揺れ動くちょうちんの明かりに照り映えて、美しい山車がやって来ます。
05-10-KawagoeFest1.jpg私もエディー君も興奮しながら、カメラのシャッターを押します。

しばらく行くと交差点に来ましたが、そこに向かい側から、別のこれまた見事な山車が迫ってきます。右を見ると、また別の山車が・・・。どうやら、その交差点は、山車が出会う祭りのポイントであるらしいのです。山車どうしが向かい合うのは見事です。
05-10-KawagoeFest3.jpg「こりゃ、ラッキーだったなあ、エディー」というと、エディー君も、本当に嬉しそうです。

見とれていると、左手からも山車が迫ります。気がつくと、あたりはものすごい人だらけ。身動きも取れません。考えが甘かったようです。
「オーイ、エディー、しっかりくっついてろよぉお〜」と声をかけ、しかし、目の前の見事な山車を写真に・・・。

その交差点は、四方から次々とやって来る各町の山車が出会って、いわゆる「曳っかわせ」というのが行われるのです。それぞれが自分の町の山車を自慢するように、ぶつからんばかりに互いに向き合い迫り寄り、それぞれをとりまく曳き手若集は、小躍りジャンプしながら相手に対して自分たちの囃子を披露するのです。
05-10-KawagoeFest2.jpg

気がつくと、エディー君がいません。
「ヤバイ」と思いますが、あまりの人の多さに、身動きが取れません。
むむむむ、これは、どうしたらいいかな、しかしとりあえず、ここをでないことには・・・、となんとか外に向かって動いてゆくと、誰かが肩をたたきました。エディー君でした。
「おおお、エディー!」
「あんまり人がいるので、そとに出ていたヨ」
でかしたでかしたぞ、エディー。

そこから飯を食いにどこかへ行こうとしますが、なかなか人ごみが動いてくれません。そのうち、エディー君が、いかにも辛そうな顔をし始めました。
「こういう人がたくさんいるところに、慣れていないんだ・・・」
すまなかったなぁ、エディーよ〜。

そこで道の脇へそれて、一休み。見ると、そこは、祭りのファーストフード、焼き鳥やおでんを売る休憩所。
「エディー、なんか喰ってこう」と誘うと、すでにエディー君は、あるものを見つめて硬直しています。「これを食おうよ」「おーけー。でも・・・」それは、なんと
イカの丸焼き
エディー君、完全に、私の影響に染まってしまったようです。

二人で、ビールでイカ焼きと焼き鳥を注文し、エディー君は大満足でした。帰りに、オマケに、たこ焼きも買って喰わせました。しかし、できたてのアツアツを丸ごと口に入れ、
「アヂヂヂディチッチチチ・・・」とやっていたエディー、本当に、にくめないイイやつだなあ、おまえさんは・・・。

また、いつでも戻っておいで。そんときは、またサプライズ見せてやるからな。
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2005年10月15日

エディーがやって来た(下)

さて、電気屋探索をひととおり終えると、お2人とも、小腹が空いたとおっしゃいます。エディーは、さっきそのあたりに飲み屋のようなものが見えたヨ、となかなかアナドレナイことを言います。

よっしゃ、受けてたとうじゃねぇですか。行って驚くなよ――。

そこで、直ぐ近くの、焼き鳥屋やラーメン屋が並ぶ、あのマジック・ゾーンへご案内。この一角、50年来たっている小汚いいや、古びた飲み屋街で、あまりの古さに、新宿区も立ち退き命令を出していますが、頑固として拒否しているスジガネ入りの飲み屋街です。

一角をぐるりと回ると、2人の顔が輝くのがわかりましたね。「ったく、へんなスウェーデン人だぜ……」と思いつつ、呼び込みの声が一番大きかったという理由で入ったのが、小さな
焼き鳥とつくねの飲み屋

です。3人横になって、カウンターに座りました。

飲み屋のばあさんは、2人の白人を見て歓びました。瓶ビールで一杯やってたのに、プレゼントだと言って、2人にそれぞれ缶ビールを出してくれました。それから、よく来る外国人の話だの、お孫さんの話だのを話してくれましだが、それをいちいち英語に訳したのを、2人は神妙に聞いていました。

その後、スウェーデンのことを話しているうちに、ボスの山下清氏がアメリカ人であることが判明。昔住んでいたのがボストンの近くのニューハンプシャーあたりということも分かって、大いに盛り上がりました。

アメリカ人である山下清氏によると、スウェーデン人と日本人は、「いろいろな点で、たとえコミュニケーションの仕方が、とても控えめで、似ている」とのこと。スウェーデン人も相手のことをまず気にして配慮に配慮をして、モノを言うんだそうです。それから、そのほかの似たところを、一方的にペラペラ……。いやあ、ボスさんよ、アメリカ人が相手かまわずしゃべり過ぎんだとおもいますよ〜、ほれここに良い例が……。

腹ごしらえの後、その後、街を見たい、「できれば本当の姿を見たい」などとおっしゃるので、
歌舞伎町へ。

いや、わたしもよくは知らんのですがね。

あまりディープでないところをブラついて、駅の東側へ。そこで、腹ごしらえのために食事をすることに。どうせ、上等な寿司とかシャブシャブとかは、接待で喰い飽きてるはず――、そこで、あたりをぱっと見て、「うむ、これだ」と連れて行ったのが
お好み焼き屋

「オオ、コレコソ、知ラナカッタ日本ノ味デース」とかいって喜んでましたが、どこまで本気なのかどうか。

食後、あたりをぶらつくと、エディー君、このアクの強くない歓楽街がえらくお気に召した様子。無邪気に喜んでます。

手ごろなところで、口直しに日本酒でもと、もう一軒に入ることに。そこで連れて行ったところが
湯葉の店。

↑いったいなんなんですかね。外人イジメですか?

やや品の良い店だったせいか、気に入った様子。目の前の板前さんの手つきなどをシゲシゲ眺めてます。ただ、エディー君、豆腐がお嫌いであることが判明。豆乳の良いのを「まあ、飲んでごらん」と薦めてみましたが、イケなかったようです。渋い顔を一杯にしてました。

しかし、手の込んだ小皿などに、お2人ともかなりご満悦で、富山のお酒などを召し上がっていました。

店を出ると、乗ってきたエディー君、「もう一軒行きたい」などと言い出します。
ボスの山下清氏は明日の朝早くリュックしょって日本を立つことになってましたので、いいかげんなだめて、今日はそのくらいでお引取りを願うことにしました。
「あさっての日曜日、いいところに連れて行ってやるから」と約束してやると、エディー君、大いに嬉しがって帰って行きました。
というわけで、エディー君道中、延長戦に突入です……。
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2005年10月14日

エディーがやって来た(上)

日記、滞っていて、どうもすみませんでした。体調を崩していたのと、山のような仕事とで、書く時間がありませんでした。

ことを忙しくした理由には、実はもう一つありまして、それを以下に書きます。
*********************************

8日土曜の昼間、山のような仕事をやっているさなか、突然、電話がなりました。
「あー、もしもし、この電話は現在使われておりませんよ」(うそ。本当は、そんなこと言いません)
「ハロー」
「ん?」
「ぼくだよ、ぼく」(以下、英語の会話)
(ん?新手の「オレオレ詐欺」か? いや、この声は・・・)
「ああぁ、エディーか?」
「うん、今日、ついさっき、着いたんだ」

スウェーデン人のエディーでした。去年知り合った時、東京案内を買って出て、下町から銀座まであちこちを引きずり回したあげく、ガード下の小汚い焼き鳥屋に連れて行って以来、大の日本贔屓(びいき)になっちまいました。今年も、日本出張を楽しみにしてきたのです。

来るとは聞いてましたが、もう来るとは・・・。
「そう?もうそんな時期だっけ」←遠方から来た友人に、これはないだろ。

「そうだよ、10月の第2週ってメールで書いたよ」
「そうかそうか。大変だったなぁ。疲れてるだろ?」(まさか、今夜会うってんじゃないだろな・・・。)
「いつ会おうか?今夜とか空いてるかなぁ、と思って・・・」
おぃ、オレはおまえの彼女じゃねえぞ。それともあれか、エディーおまえ?・・・(以下略)

「うーん、今週末はちょっと忙しくてな。――他の日はダメかい?なに?月曜から木曜は仕事がある?そりゃ、出張だからな。じゃ、金曜の夕方なら確実に会えるから」(ガチャ)

さて、その金曜。待ち合わせの新宿駅の場所にはなかなか現われず、携帯がなったので出ると、泣きそうな声で、駅の反対側にいるといいます。

しょうがねえなあ。軽い笑い声を入れながら「今行くから」と言った後、急いで行くと、エディーは一人ではなく、ワイシャツにバックパックを背負った西洋版・山下清みたいな知り合いを連れてきていました。エディーのボスでした。

挨拶のあと、どこへ行きたいかと訊くと、山下清さんは時計と電気製品が見たいとおっしゃるので、ビックカメラへ。そこで、山下清さんは、奥様のために「Gワッチ」とやらを購入したあと、コンピューター売り場で目をランランと光らせガジェット好きの単なる小僧に変身、突然、館内を走り出す――。あ然とする、われら2人……。売り場をブラビラして戻ってきて「おい、エディー、おまえさんのボスはどこだい?」と訊いても、エディーも所在がつかめず、当惑気味です。

山下清さんがコンピューター探索をしている間、エディーは、なんとiPodで出たばかりの「ナノ」を購入したいといいます。売り場に行くと、確かに「ナノ」もありました。エディーは、日本に来る前にいろいろ調べてきているらしく、値段を電卓で換算してスウェーデンでの値段と比較して、日本のほうが安いらしく喜んでいます。ところが、「ナノ」は人気商品で、黒い色しか残っていません。エディーはどうしても白いのがほしいといいます。

(ったくなあ。いいじゃねえか、黒だって・・・。)「黒も良いよ」とアドバイス。ボスもここで買わせちまいたいらしく、「わしは、黒の方が好きだなあ」なんて、けん制しています。が、エディーは白がほしいといいます。しょうがない。となりのもう一つの量販店・さくら屋に行くことに。しかし、そこでは、「ナノは人気で全て売れきれ、品物入荷まで一ヶ月待ち」と言われました。

どうしても「白いナノ」がほしいエディーは、明日、銀座のiPodセンターに見に行くといいます。
なんで、そんなことまで知ってんでしょうか?エディー、オタクか、君は?
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2005年10月13日

三色コロッケ

お昼を、近くの弁当屋に買いに行ったら、持ち合わせがほとんどありませんでした。

しかたなく、コロッケと野菜コロッケとメンチを買いました。

おばさんが、ソースを三人前くれて、みょうに恥ずかしかったです。

それでも、三色コロッケ!
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2005年10月07日

小田実氏と・・・

先日書いた小田実氏の講演会には、オマケがある。

会がハネたあとであった。会場の外では、小田実氏がおおぜいの人に囲まれて、求められて自分の本にサインなぞをしている。

「ああ、小田実もタレントなみの有名人になっちまったか」と、ちょっと複雑な思いを抱きつつ、直ぐわきのトイレに入った。

小さい方の用を足していると、背後に、巨大な動くものの気配……。

なんと、小田実氏のその巨大な体が、ビッコをひきながら(足がお悪いということであった)、となりの箱に入った。

――こちらは、直立不動。正面を向いたまま、顔を動かさない。失礼があっては……。

この世でも、小田実とツレションしたやつは、そうはいるまい。あのショウモナイおばはん(10月5日の日記参照)にとっては、夢のまた夢。少なくとも人口の半分は、できやしない……

ああ、おれもミーハーになったもんだ。いや、求めてやったんじゃないぞ。
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2005年10月06日

過去の中のいま・『君が壊れてしまう前に』を読む

マツイとか、イグチとか、まったく、なんですかねえ。NHKや、朝日を含む新聞たちは、もっと公平な報道ができないものでしょうか?!

そりゃね、勝てば官軍ですよ。ヒーローは報じるべきでしょ。でも、どうせ、負けたって、日本人の選手のことしか書かないじゃないですか、大リーグの試合でなにが起こったか、わかりゃしないじゃないですか……。

ここは、ソックス(もちろん赤です)、極東の一小国で、迫害されているわれらのために、一矢を報いてくれ!

************************************

島田雅彦の『君が壊れてしまう前に』(角川文庫版)を読んでいる。

とても良いと思う。中学生の「ぼく」の日記風小説で、一種の「自分をジタバタ探すサガ物語」なのだが、リアリティーと説得力の点で、某人気作家の『スプートニクの恋人』なんかより、はるかにはるかに良いと思う。

なかなか意味深だと思われる箇所を、引用しよう。

気まぐれで強引で性急なぼくのエヴリデイ・ライフには未来への漠然とした期待と不安が交錯していた。ぼくは予測できない出来事との遭遇を待ち望む一方、日常生活の平凡な反復に飽きて、今よりはましだった幼年時代に返りたいとも思っていた。どう転ぶかわからない未来と、今よりは甘く夢見心地だった過去とを、てんびんにかけていた。ぼくは一日に一日ずつ未来に向かって進んでいたが、決して一直線に疾走していたわけではない。十代の少年だって、過去を懐かしむ。面倒な利害関係や義務から解放されてさえいれば、きのうの一目だって遠い昔の甘い憶い出になる。郷愁はジジババだけの特権ではない。(9頁)
まさにその通り、(たぶん)どの大人でもずっと考えていることを突いている。その意味で、これは中学生の日記でも、自分のこととして読めるのだと思う。良く考えられた言葉だと思う。

次の文章に見られるように、日記と過去の違いを分かって書いているように思えるのも、どこかで著者・島田雅彦の覚めた鋭い視線が感じられるゆえんだと思う。この視線のあるなしが、上記の某有名作家とは、違うと思う。
過去は日記のようにめくったり、破いたりできない。日記を燃やしてみたところで、過去は消えやしない。日記を開いたって過去が甦(よみがえ)るわけじゃない。(10頁)(ちなみに、小説中(つまり日記中で)、「ぼくはきょう、その日記帳を庭で燃やした」というくだりが出てくる。)
そして、自分の過去と日記との関係について、次の言葉は、とてもおもしろいと思う。なぜおもしろいかは、もっと自分を知りこの世界について分かる必要があるように思う。
過去は記憶されている限り、再生が利く。忘れてしまったことは人に聞く。天気は気象庁に出向いて調べる。一番肝心なのは、自分の思い違いや認めたくない事実をも受け入れる
勇気。

日記の中では誰もが退屈な毎日を反復している。律義にもー日たりとて飛ばすことなく、
一日に一日ずつ暮らしている。成熟を急いだり、逆に遅らせたりもするが、一気に四つ年
を取ったり、一年に一歳若くなったりはできない。ただ、生きている限り、成熟し、老化
する。でも、自分はいつ、どのように成熟し、老化したかは日記を読んでもわからない。

日記には日々の暮らしが記録されているが、人は蛙と違って二、三日で急に脚が生えたり、
尻尾が消えたりはしない。

 少年期のぼくは中年になった現在の自分を予測することはできなかったが、現在の自分
から数十年前の自分を甦らせることもできない。なのに両者は一日一日の反復をあいだに
挟んでつながっている。確かに一日ずつ過去に遡ってゆくと、そこに数十年前の自分かい
る。そいつがまた、今の自分とは較べものにならないくらいバカで、野蛮だったりする。
当時の日記は手許にないが、ぼくはまだ彼に会いにゆくことができる。むろんタイムマシ
ソは要らない。あいつは確かにぼくだったのだから。(11−12頁)

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2005年10月05日

小田実の怒り

小田実氏の講演会を聴いてきた。

近くで拝見するのは、おそらく初めてではないだろうか。(もうかなりの高齢のはずだが)あいかわらず、巨漢、自分で見聞きしたことを元に全身で正しいと思うところをストレートに追求する、という姿勢が溢れていて、わたしは好感を持った。

思想家・丸山真男との交友にからめて、自らが最近書かれた小説『玉砕』の紹介から始め、神戸の「大震災」、「戦争」、「戦後」について語った。これらは、みな、丸山真男と共通点あるいは接触点があるという。『玉砕』を説明するところでは、今年の8月6日に、イギリスの放送局、BBCで放送した英語版(ドナルド・キーンによる訳)も少しだけ流してくれた。

「小田実はなぜ怒るのだろうか?」という文章を誰かが書いていたかと思うが、小田実氏が日本の政治や社会のどういうところに怒りをたぎらせるかだけでなく、その睨みつけるような風貌でなぜこれほどまでに怒っているのか、というのは考える価値のある問題だと思う。

あるいは、なぜ彼だけ怒っているように見えるのか、というべきか。日本人は怒らない――怒らないことを、なにか「大人らしい」こととみなして、怒るべき出来事を水に流して、いや、怒るべき出来事に目をつむっている(そして――テレビ番組に見られるように――楽しい愉快なことばかり求めている)国民だと思う。

会場からの質問のなかで、「小田実先生の『実』を『まこと』と読めない学生がいる」というコメントに、小田氏は「そんなことは、言われなくてもウンザリするほど知っている」と苛立った風に答えたり、別の女性の「神戸大震災のあと、関西はどうなったのか。関西に行かないので、知らないから教えてほしい」などという質問(ちなみに、この女性は、今回の講演とは関係なく「ヨン様ブームをどう思うか」とも訊いた)には、「質問する時は、もっと勉強してからしなさい。自分の無知はもっと恥ずかしそうに言え。いばるな」と叱ったりした。

それは、小田氏がふだんから“怒って”ものを書いたり言ってきた姿勢――日本(そしてアメリカ)の戦争・戦後処理や日本の政治・社会などに対して全身で怒るスピリット――を、まるで理解してないように感じられたのではないだろうか。
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2005年10月04日

転んでもただでは・・・

病気のせいで握力がなく、時々、肝心なものを、ポトリと落とす。

牛乳だけは、ときどき良い瓶入りのものを買っているが、今日は、その牛乳瓶を落とした。もちろん、高価な牛乳は、床に飛び散った。

手が思うようにならないので、食事も、弁当食がほとんどである。まあ、料理もやればできないことはないが、ひどい時は混ぜるだけしかできない。先日は、大変な「想定外」のものができてしまった。

おかげで、近くの弁当屋でどこに旨いのがあるかがよく分かるようになった。しかも、夕方のどの時間帯にいくと安くなっているか、まで知るようになった。ちょっとした節約気分。って、なんか、その方向、まちがってるなあ。
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2005年10月03日

電子親子三代

結局、ワイルドカードを争っていたインディアンスは、なんとホワイトソックスに3連敗して、レッドソックスが、ワイルドカードでプレーオフに進出です。

第3戦は、レッドソックスの勝利(しかも、リリーフの要、プロクターを打ち砕いてくれました!)。これで、最終勝率の関係で、アメリカン・リ−グのプレーオフの組み合わせは、レッドソックス対(シカゴ)ホワイトソックス、ヤンキース対(ロサンゼルス)エンゼルスとなりました。

実は、この方が組み合わせが良いんですね。おかげで、レッドソックスは、ロサンゼルスまで行かなくて良いことになりましたから。アメリカの東海岸と西海岸を行ったり来たりしてのシリーズは、かなり疲労しますからね。

しかし、井口選手のいるホワイトソックス、良いピッチャーがいて、侮れません。もちろん、松井は出ないので(当たり前ですが)、レッドソックス戦は放映されないでしょうが…。

*****************************************

電車の中で、目の前に母子が座りました。母親はひたすらケータイにメールを書き込み、隣に座った子どもが、夢中でゲームをしていました。

お祖母さんと母親がケータイ、子どもがゲーム、という親子三代で電子機器を扱う光景が日常的になるのも、時間の問題ですね。
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2005年10月02日

レッドソックス、プレーオフに進出

レッドソックス、とりあえず、プレーオフに進出しましたがね、はあ。

10月1日の初戦は土曜日で、NHKの地上波でも放映されましたから、もちろん観ましたとも。いや、喉、完全に嗄(か)れました、ソックスの応援で。朝っぱらから、近所迷惑でしたでしょうなあ。

考えてみると、アメリカの「スポーツバー」というのは、すばらしいシステムでしたな。大声で騒げるし、一緒にハイ・ファイブ(ハイタッチ)して喜べる仲間もいるし。自分の部屋で、しかも朝っぱらからやったんじゃ、人間性を疑われる――あ、もうすでに、かなり疑われてんのか……。

これで五分や、あと最低1勝!!と思ったのはつかの間、翌日(今日)の第2戦、負けちまいましたよ。なんでホームで負けるかなあ。先発のウェークフィールドがなあ……。

これで、ヤンキースが地区優勝です。仮にレッドソックスが第3戦に勝って勝率で並んでも、対戦成績でヤンキースが優位だからです。

結局は、ワイルドカードを争っていたインディアンスがホワイトソックスに連敗して、レッドソックスが、ワイルドカードでプレーオフに進出です。手を抜くかと思ったホワイトソックス、なかなかやるじゃあありませんか。(昨日の試合で、ほとんどの主力を休ませたチームオーダーにしたら、ホワイトソックス監督は、メディアから「同じ地区のインディアンスをプレーオフに進出させたいからか?」と猛烈に質問が来たそうです。それに対して、監督は、「(アトランタ・ブレーブスの名監督)コックスがやったら天才で、オレがやったら、なんで策略なんだね」とボヤイタそうですが。)

しかし、戦力、落ちてるなあ。とくに投手力が、押さえのフォークが離脱で、苦しい……。
posted by ろじ at 00:00| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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