2005年12月31日

大晦日の童話

この年の暮れは、ひたすら家の掃除をして過ごした。やっていると真剣になってきて、完全な掃除モードになってしまい、床、窓とひたすら磨きまくる。

その後、遅ればせながら、年賀状のためのオリジナルイラストを、かなり根を詰めて制作。

おかげでかなりの疲労で、クタクタになった。ユンケルなるものを、帰国後、初めて飲む。
ユンケルに 望みをつなぐ 年の暮れ くくっ (字余り)

もう一つ。
伸びきった パンツの紐や 年の暮れ
ああ、情けねぇなあ……。そんな体調で、止せばいいのに、夜、街を見に出かけ、神社まで覗く。
深夜0時のお参りを待つ初詣客で、大変な混みようであった。
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さて、大みそかの夜といえば、アンデルセンの「マッチ売りの少女」を思い出す。

先日、朝日新聞の「天声人語」に、アンデルセンと英国の作家ディケンズとの交流・比較が書かれていた(下の記事、参照)。

ディケンズの「クリスマス・キャロル」も嫌いではないが、「マッチ売りの少女」の方が、はるかに、優しさと、人間愛のようなものがあふれていると思う。アンデルセンの母親との関係は特殊だったようだが、その背後には、苦悩の末にたどり着いたアンデルセンの優しさがあるように思う。

オレは、数年前、こんな童話を書いたが、実は、アンデルセンの「マッチ売りの少女」が頭にあったのかもしれない。
http://www.geocities.jp/suiganmougo/mougo-fantasy.html#1

みなさま、どうぞ良いお年を。

「小サナル早附木売ノ娘」。デンマークの作家アンデルセンの「マッチ売りの少女」が、明治期に翻訳された時の題だという。古くから日本にもなじみ深いアンデルセンの生誕200年の記念展が、東京・大手町の逓信総合博物館で25日まで開かれている。

 アンデルセンは、英国の作家ディケンズと交流があった。英国への招待を受けて送った手紙の複製がある。「私は今、あなたのところに向かって旅をしています……私はロンドンが好きではありませんし、2、3日以上は決してそこに留まらないでしょう……田舎の空気に触れたいと思います」

 筆まめだったというが、母親あての手紙は長くみつかっていなかった。最近、デンマーク王立図書館の研究員が発見した。記念展には、その複製も展示されている。「いつもと同じようなおたよりをいたします……最近の旅行記がやっと書き終わりました……お母さんはお元気ですか?……おたよりを楽しみにしています。僕は元気ですよ あなたのクリスチャンより」

 これまで、アンデルセンの母親への感情は冷え切ったものといわれてきた。この26歳の時の手紙からは、母親を気遣う新しい一面がうかがえる。

 銀座の通りに出ると、救世軍の社会鍋が出ていた。クリスマスの歌が流れ、電飾をまとったツリーが並んでいる。

 ディケンズは「クリスマス・キャロル」を著し、アンデルセンは、大みそかの夜の「マッチ売りの少女」を書いた。19世紀の歳末をそれぞれに描いたふたりの会話を想像しながら、人の波に分け入った。
【天声人語】2005年12月22日(木曜日)
http://www.asahi.com/paper/column20051222.html
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2005年12月30日

第66回国際写真サロンのデジタル写真

しばらく前に、今年の「国際写真サロン」の入賞者が発表されました。この写真のための賞、今年で第66回目になります。

その入賞者の写真は、こちらでご覧になれます。
http://www.photo-asahi.com/is66/66winners-list.html

しばらく前から、デジタル化した写真、つまりコンピューターで修正した写真も応募できるようになったのですが、今年の作品を見て、ここまで修正を許してしまうと「写真展」と名を打つことに疑問を感じてしまいます。

KLAUS STREHLKE氏(ドイツ)の「DIALOGUE」のような、すぐれた写実的な作品もあるのですが、コンピューター修正による幻想的な作品が幅をきかせてます。たしかに、オレが社会派の作品が好みだということはあるでしょう。(その社会派のすばらしい例は、先ごろ「世界報道写真コンテスト」で大賞となったこの作品です。
http://www.syabi.com/schedule/details/worldpressphoto2005.html

しかし、ちょっとこれは写真と呼ぶべきなのかどうか、という作品が賞を獲得してます。たとえば、審査委員特別賞の「如梦初醒」や「FIT OF LAUGHTER」など。(後者がデジタル合成であるのは、このサイトなどを見ると分ります。)

自由なデジタル化は、「コンピューター絵画」と読んでもいいでしょう。それは、もはや、被写体の構成に依存する写真とは異なるように思うのです。
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2005年12月29日

帰京

長らく書かず、お待たせして失礼ました。といっても、誰も待ってはいないと思うが。ときに、このブログを読んでいるのはどんな読者なのだろう・・・。今日は新年の2日ですが、遡(さかのぼ)って更新です。

東京を離れて、ブラブラして来ました。しかし、平日なのにもかかわらず、どこに行っても、山の中に入っても、人がワンサカいるのには閉口しましたわ。帰りの列車に乗る前に、駅近くで飯を食おうとしても、ほとんどどこの店も行列です。仕方なく入った寿司屋はガラガラで、こりゃ失敗か、と思ったら、案の定で、お客というのは正直ですな。この時期最後だという鯵(アジ)は、美味かったんですがね。

まあ、妙に疲れていたんですな、って、本質的にはまだ変わらないのですがね。そのせいか、旅行前に危うく車に衝突して交通事故になりかけた時も、「ああ、死ぬな」という気のない感じでした。

何に疲れていたかといえば、ちょっと表現が難しい。体のことが中心なのですが、その「体の具合の悪さ」が他の人にわかってもらえない事かもしれません。見た目はなかなかいい体格もしてますもんでね。その自分の状態と他の人から見た姿のズレというか、その他の人から見た“自分”を演じなくてはならないこっけいさというか・・・、でも、これでは何を言っているか分りませんね。
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2005年12月27日

身の洗濯

いろいろと、自分が情けないので、ちょっと山に篭ります。
書きたいことは沢山あるのですが、アップは今週後半になります。
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2005年12月22日

NOといおうぜ、日本人

それにしても、駅前にはあんなに人が出てるのに、なんでオレだけ声をかけられるのか?
よっぽど、もの欲しそうな顔してるのか?

さて、昼メシを食いに、ある食堂に入った。
ぶあいそな女店員が、入り口近くの一つテーブルを指差した。
そこに座ろうとしたが、天井のスピーカーからの音楽が普通ではない。耳をつんざくような大音響が振ってくる。

勝手に、奥のほうのテーブルへ歩いていき、そこの天井を見上げてから、「ここでよろしいか」と訊いて座った。店員は無礼な扱いを受けてそれに復讐するかのように、きわめて不機嫌な顔をして、コップを音をたてて置いた。

これは、言いがかりというものだ。騒音を押し付けられたオレが、それにNOと言ってなぜ悪いのだろうか?

これに始まったことではないが、(あえて大風呂敷を広げれば)日本人は、なぜこれほど音に鈍感なのかと思ってしまう。あちこちに尋常ならざる大音響があふれている。

アメリカ人の友人のチャールズは、あいかわらず、深夜に隣室の若い男がかけるステレオの大騒音に悩んでいるという(置手紙は、結局効果はなかったそうだ)。不思議なのは、そのアパートには他に何人も人が住んでいてあの大音響を聞いてるはずなのに、誰も苦情を言わないことだという。

たしかに、日本では、他人に苦情を言わない、特に、音に関して。その結果、自分の出している音がどれだけ人を悩ませているのか、気がつかないのだろうか。

NOといおうぜ、日本人。目に見えないからって、他人には、音であなたの生活をはなはだしく侵害する権利はないんだぜ。
そしたら、電車の中で、大音響で趣味の悪い「着メロ」流すのを控える人も出てくるだろう。
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2005年12月19日

冬にもろもろ

インスタントの味噌汁が、美味い。
こんな贅沢、日本ならでは。
さっそく、クリスマス用に買いだめ。

証人喚問での自民党代議士のテータラク。
意図的じゃないかと観えて。
姉歯氏の悪さも、影が薄くなる。

首相が、浅田選手が「なぜ五輪出られないのか不思議」と。
ああ、日本スケート連盟もJOCも理性的に他の選手のこと考えてきたのに、
これで、態度が変わるだろうなあ。
http://www.asahi.com/sports/update/1219/158.html
http://www.nikkansports.com/ns/sports/f-sp-tp0-051217-0034.html

電車の中、向かいの席でおばあさん。
分厚い本の中に頭をうずめて、一心不乱に本を読んでいる。
よく見たら『ハリーポッター』だった。

深夜、駅前に立つ異国人の「夜の姉さん」のコート。
完全な防寒ファッションに。
本番の冬の到来を感じる。

「おにいさん、遊んでイキマセンカ?イイ子イルヨ。」
「また、あんたか。いつも言ってるけど、そういうの主義じゃなくてね。でも、いいコートだね。」
「フン。」


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2005年12月16日

要・部品交換

左手に、握力がすこし戻った。

会う人が“坊ちゃん”“お嬢様”ばかりで、あちこちには無神経な人だらけと感じてしまい、もうウンザリ。街に出るのが嫌になった。

コンビにでは何も買ってないのにレジに並ぶし、セーターは前後ろに着てるし、もう、完全に壊れ気味。

昨日、わき腹が痛いと思ってよく見たら、3ヶ所の傷(かなり深い)があった。いろいろ考えてみたら、一昨日だか、道路で自転車にぶつけられたのだ。

道路を横切る時に、かなりのスピードで走ってきた自転車があった。歩いているその前を通り抜けるだろうと、一瞬、立ち止ったら、自転車の方は、立ち止まったその位置に突っ込んできた。ズボンに前輪が突っ込んで汚れるのがいやだったので、すさまじいスピードでくる自転車のハンドルを肘で受けた。

その時に、片方のハンドルがわき腹にぶつかったのだろう。当たった瞬間、この野郎と思ったが、いい年をした男である相手は、謝りもせずに乗り去った。

人に当たって謝りもしないのは、駅構内や電車などでよくあるが、これほどの“事故”で何もいわないとは思わなんだ。アメリカ人は「アイ・アム・ソーリー」はぜったい言わない、などと信じている人もいるかもしれないが、こんな時は、アメリカ人だって「大丈夫か?」ぐらい訊くし、人によっては「アイ・アム・ソーリー」だって言う。

日本人は、そもそも、他人とコミュニケーションができないんじゃないかと思う。それは、電車の中の日本人の振る舞いでも、思うことだ。それとも、顔の見えないネットかメールじゃないと何か“言え”ないのか?なんなんだ、この人たちは。

てなわけで、うつ気味である。
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2005年12月15日

プーシキン美術館展

この冬一番といわれる寒さの中、痛み始めた左足を引き摺って、うわさの「プーシキン美術館展」(東京都美術館@上野)に行ってきた。

大変な人気だが、夕方、5時に閉まる前なら並ばずに入れるというので、4時前に到着。たしかに並ばずに入れはしたが。しかしなあ・・・。まれに見る、お粗末な美術展だった。

イヤホンガイドを借りたが、それを聞いたとたん、萎(な)えてしまった。深夜FMのポップ番組の司会のような若い男の低い声が、修飾語いっぱいの解説。
「さあ♪ 今日は、あなたも、印象派の、春の野原を描いたこんな絵は、いかがですか〜♪」
てな感じ。サロンかどこかで、ファンシーな絵を買いに来た雰囲気だ。

しかも、ムード音楽つきだ。ゴッホの囚人たちの暗い絵の解説の前に、月光の曲をつけるなんて、いったい、だれが考えたのか?!ピカソの「アルルカン」の絵には、適当にこじつけられたような解説がくっついてて、失笑を通りこして呆れた。

さらに、近くで絵を見てると、その目の前に、無神経なオッサンやオバサンが平気で割り込んできたり、絵にまったく興味もない幼児を連れてくるオバハンがいたり。芸術教育はいいが、子どもが運動場と勘違いしているなら、近くにもっとぴったりの公園はたくさんあるのに。ま、それは、美術館の責任ではないけどね。

終わる15分前になると、館内に、閉館を知らせる無趣味な音楽が、大音響でながながと流れる。狭い館内だ、15分も前に流さなくてもいいだろう。必要なら、あちこちに立っている係員が、ひと言ふた言告げればすむことだ。

東京都の運営のものは、こんな風で、ことごとく無神経である。浜離宮なぞ、夜桜の時期に行くと、大変な目にあう。15分前から、、「蛍の光」を、大音響で(しかも、壊れたスピーカーで)、しかも庭のいたるところで、聴かされるのだ。

かなりの文化人だという石原都知事、一度、浜離宮に行かれてみては?
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2005年12月14日

文楽『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』

さて、その一昨日の文楽は、どうだったか。

IchinotaniFutaba1.jpg出し物は、『一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)』。ごぞんじ、源氏と平家の合戦にもとづくお話。「陣門の段」「須磨の浦の段」「組討の段」「熊谷桜の段」と「熊谷陣屋の段」。源氏の武将、熊谷次郎直実が、敵方、平敦盛の首を斬る――というところから、悲劇は始まる。
ストーリーは、こちら

http://www.pioneer.co.jp/onkan/lecture/event_hougaku0512_column.html

よくできた話である。「よくできた」というのは、「巧妙にでっち上げた」という意味でなく、一瞬の隙もなく精巧に細部まで考え抜かれた、という意味だ。最後の「さらば、さらば」まで、息つく暇もなく、まるでシェークスピアの劇を見るようであった。

最後の「熊谷陣屋の段」が、すばらしい。太棹(ざお)(三味線)の曲が、こんなにも美しいと思ったのは初めてであった。その繊細で哀調に満ちたドラマチックな音楽に載せて、敦盛の首にかかわる人々の感情が、そのひだがこちらに触れられるほど、ヒシヒシと伝わってきた。

特に、熊谷の妻、相模(さがみ)が「敦盛の首」を見せられ、その「首」が実は自分の息子の首だったと知った時の感情の変化――建前上、「敦盛の首」であるフリをしなくてはならないが、湧き上がる悲しみを抑えきれないそのそぶり――、また、その相模から「首」を見せられた藤の局が、自分の息子、敦盛のものと思っていたのが、実は、幼馴染の相模の息子のものだと知った時の、絶望から、それとは違う種類の慟哭(どうこく)への変化。藤の局が、下腹部を押さえて慟哭する気持ちは、母親の愛から人間愛へと変化したのではないか、とさえ見えた。

人形使い手の上手は、吉田玉女、桐竹勘十郎ぐらいで、他はやや若手中心だが、みな、大熱演。しじゅう出ずっぱりの玉女さんは、目に汗が入るのを我慢しようと顔を上に向けての演技。

義太夫は、最後の、竹本千歳大夫と竹本文字久大夫は、やはり別格だが、その前に出た、豊竹新大夫は、イヤホンガイドで「まだ荒削りだが、輪郭のはっきりしたスケールの大きい語りをする」と、ほめられていた。これは、あまり例がないと思う。たしかに、なかなか頼もしい熱演であった。

疲れていたが、行ってよかった、と思わせる文楽の夕べであった。
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2005年12月13日

おばあさんの見た日本人(下)

アメリカ兵がやってきた時、その直前まで「町でいばっていた」日本兵は、どうしたか?

「食料と毛布をかき集めて用意して、アメリカ兵がやってくると、ハーイハーイとまっ先にヘーコラして渡して、入れ替わりに出て行っちまったさ。敗戦前まで、あーだこーだ意気込んでたのにさ。」

後に残されたのは、女こどもだけとなったのだった。
「日本人は、フニャフニャになっちまったね。昔はそんなでもなかったんだよ」と、おばあさんは、遠くを見る目になった。

「男がダメなんでしょ、日本は」と、私が言うと、
「いや、それがさ、女もおんなじさ。8月31日にやってきたアメリカ兵は、3ヵ月後のクリスマス前に帰っていった。そん時、村に、おなかが“こう”なった女の人が何人いたと思う?」と、右手で、膨らんだおなかをさする仕種をして言った。
「へぇー。じゃあ、もしかして、S村って、混血率、すごい高いんですか?」
「そりゃ、もう!半分黒人とかもね。誰も話さない秘密だけどね。で、あなた、アメリカ兵は12月22日に帰っていったけど、そん時のS村の鉄道の駅は、あなた、もうあっちこっちで『ダーリン、ダーリン』の泣きの涙よ。」

おばあさんの、日本人論は、最近の人たちに及んだ。
「もう、日本人、ダメだよ。外国人が来るとヘーコラしてさ」と、ますます早口になる。
「ええ、アメリカなんかでも、日本人は不当に扱われても、ぜったいアメリカ人と喧嘩しないです。」
「そりゃ、どこかの首相を見れば分るさ。まったくー。」

だんなさんが、テレビ関係で働いているらしく、途中までご一緒した帰るタクシーの中で、テレビ番組のグチもひとくさり。
「日本のテレビ番組は、みんな子供向けで、やんなっちまう。」
「音楽にたとえれば、“渋いジャズ”ってな番組が、ないんですよ。」
「あ、わたし、ジャズ大好き!!スタンダードって最高ね。」
「そりゃ、ジャズだったらもうスタンダードですね。最近のとか電子オルガンなんか、もういらない。」
「もう、わたしの葬式の時に、ジャズやってくれたら嬉しくてしょうがないだろうなあ。」

私はそれには応えず、黙って、窓の外に眼をやった。年の瀬の都会を、人々が寒そうに襟を立てて歩いていた。
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2005年12月12日

おばあさんの見た日本人(上)

今日、文楽を観た後に行った飲み屋で、おもしろいおばあさんと酒を飲んだ。

齢70を超えているが、カクシャクとしているどころか、快活で、舌に衣着せぬイキのいいおしゃべり。頭の回転が速くて、ウィットとジョークを連発である。ぜんぜん飾らず、かなりヒワイな話題もかまわず、女性の下着周辺の話をサラリとやってのける。しかも、お酒もかなり召し上がる。楽しいばあさんである。

お互い意気投合し、会話がおもしろくて、こちらも2合を空けてしまった。

そのおばあさん、とても興味ある戦時中の話をしてくれた。

おばあさんは、戦時中、新潟県のS村に疎開していた。S村には、当時の日本屈指の部隊の訓練所があった。だから、戦争中は米軍の空爆の標的になり、敗戦直後には、米国が、硫黄島に上陸した先鋭部隊とMPをまっ先に送り込んできた。

町にはアメリカ兵があふれた。ましてや、おばあさんはその花街界隈に住んでいたので、夜毎に見かけるアメリカ兵の数は半端ではなかった。夜になると、アメリカ人が家までやって来て、
「ヒア ゲイシャ ハウス ノー?」
などと訊いたという。おばあさんの母親は、当時まだ30そこそこの若母であったが、13歳だったおばあさんを守るため、必死になって、訛りのある英語で、
「ヒア ノット ゲイシャ ハウス! ユー ゴー!!」
などと叫んだものだという。

おばあさんは、その直前まで町人を守っていたはずの「日本兵」のことも語ってくれた。
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2005年12月10日

あの世への値段

二日前にあんなこと書いたから言うわけではないが、自分の葬儀にかかる金が気になる。
で、かねてから、この国では、葬儀の費用が実に高いと思っていた。

200万300万は、あたりまえだそうだ。亡くなった方の家族が消沈しているのに付け込んで、多くのオプションを付けて儲ける葬儀業者が多いという話も聞いた。

たしかに、実際に葬儀に出ても、なんにそんなにかかるのか分らぬよなあ。日本のお葬式は、参列者のためにたくさんの食べ物が出るのが普通だが、それを割り引いても、かなりの高額なのだろう。

きのう、新聞の折込み広告で、「あらゆる不透明さをとり除いた、新しい葬儀料金」みたいなうたい文句で、安い葬儀の案内が入っていた。最低限は、密葬だけの25万円。「ベーシックプラン」が約80万円。その上が、「30名プラン」の約100万円だ。

あとの二つの決定的な違いは、祭壇が造花か生花かと、(30人分の)食事と返礼品(香典返し)がつくことらしい。日本では、食事や香典返しがつくのが普通だということを考えると、本来あるべきパターンから、ものを削って安くするって、どうよ。

別に、自分は、一番安いのでいいが、こういう発想って、なんか違うなあ。こうなったら、流れに抗して、もっともっと安い葬儀を探したくなった・・・。
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2005年12月08日

イラク侵攻「必要なかったかも」

アメリカ人と付き合ってて苛立つのは、簡単に、いぜんの発言をひるがえすことだ。

「○○したが、それは何も知らなかったから」
「××したけど、そりゃ、若かったんだもの」(つい2年くらい前のことでも)
なーんて、平気で言うんだな。

こういうのを、わたしは「アメリカ人のコミットメントのなさ」と呼んでいた。この世で自分で言ったこと(したこと)の重さ・責任にたいする、なんつうか、認識がないというか、軽いというか・・・。

ブッシュ米政権(一期目の)で国防副長官として働き、イラク戦争を強硬に主張したウォルフォウィッツ氏が、「ありゃ、必要なかったかも」なんて言ったそうな。

「かも」はないだろ。何人死んだと思ってるんだね?
ニューヨークタイムズ紙には、アメリカが、拷問されたので創り上げた発言をもとに、アルカイダとイラクの結びつきを強調した、なんて記事が出ている。(「アルカイダとイラクのつながりは強制された発言に結び付けられた(Qaeda-Iraq Link U.S. Cited Is Tied to Coercion Claim)」)
イラク侵攻「必要なかったかも」米前国防副長官
 イラクに大量破壊兵器(WMD)の危険が全くないと確信していれば、ほかのやり方があったかもしれない――。ブッシュ米政権第1期の国防副長官としてイラク戦争の必要性を強硬に主張したウォルフォウィッツ世界銀行総裁が7日、ワシントン市内で講演し、結果的に、イラク侵攻が必要だとは限らなかったという見方を示した。

 同氏は政権内の新保守主義者(ネオコン)の代表格で、十分な証拠がないまま戦争に突入したと批判されてきた中心人物。ブッシュ政権は、WMDがなくてもイラク戦争に踏み切った判断は正しかった、との立場をとっている。

 ウォルフォウィッツ氏は、WMDの存在が完全に否定された現時点の証拠を戦争前に得ていたとしても「危険がないと確信できたかどうかはわからない」と前置きした上で「確信できていれば、イラク国内の反体制派をもっと支援することも想定できた。我々(米軍)がやった方法で任務を引き受ける必要はなかったかもしれない」と語り、別の選択肢が可能だったとの見方を示した。

 侵攻の結果、2100人を超す米兵の死者が出たことについて「高い代償を払った」と述べる一方「米国と世界はなすべきことをした。(この戦争に)勝つことが極めて重要だ」と語り、フセイン政権打倒などの意義を強調した。(朝日新聞2005年12月08日13時56分)
http://www2.asahi.com/special/iraq/TKY200512080236.html

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2005年12月07日

ウィンターミーティング

朝起きたら、左手の指が曲がらなかった。第二関節が、やや腫れてもいた。

右手はすでにあまり握力がないので、これでは、両手が捥(も)がれた感じである。牛乳のフタも開けられない。

タイプをするのも大変だが、まあ、いざとなれば口に棒を銜(くわ)えてすればいいし、良い音声認知のソフトウェアも出ている。

これでも、なんとかなるだろう。
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そんなことより、アメリカ大リーグのストーブリーグが気になる。この時期、各チームは、選手補強にシャニムになる。それを、本番のリーグと区別して「ストーブリーグ」などと呼ぶ。

わがボストン・レッドソックスは、フロリダ・マリーンズから、エースピッチャーのベケットを獲得した。マリーンズは、球場建設のためお金が必要で、主力選手を放出し始めたのだ。

現在、テキサス州ダラスで「ウィンターミーティング」という合同会合が開かれている。

ここで、各チームのトップが自由に会って選手獲得やトレードによる交換などを話し合うのだ。一日目は大きな動きはなかったが、二日目には、マリーンズのもう一人の豪腕エース、バーネットがトロント・ブルージェイズに移ることが決まったりした。

レッドソックスでは、主砲の外野手マニー・ラミレスや、有能な一番バッター、デーモンの動向、また西海岸にトレードを希望している左腕ウェルズをどんなトレードに使うか、が気になるところである。どの動きも密接に絡んでくる。というのも、ラミレスは大変な高給取りなので、ボストン・レッドソックスが彼を放出すれば、別の選手に高額の給料を払うことができる。その場合は、デーモンに好条件を示して慰留に努めることもできる。もしそれがうまく行かなければ、他のチームの良い外野手を獲得することもできる。また、レッドソックスは、良い抑えのピッチャーを探してもいるという。

毎日、この「ウィンターミーティング」の結果が気になるのである。ネット情報から目が離せない。
http://mlb.mlb.com/NASApp/mlb/mlb/news/winter_meetings/y2005/
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2005年12月06日

和風ラップにぃちゃん

電車の中なんかにいると、となりに、ちょっと迫力ある若者が立つことがある。

ハデハデでダブダブのトレーナー、その下にゆるゆるのズボンをズリ下げて穿いている若いアンちゃんだ。オプションで、太目のクサリなんかを、首からおかけになってることも。

イケイケのラップっぽい風情で、思いっ切りキメているのを見せたいらしく、生え始めた顎ヒゲの上から、おぅおぅお〜う、とガンを飛ばして下さることも。

そういう時は、少々だけニコッとする。なんか可愛くて。

アメリカのラップ・ボーイは、その腕中にある刺青のせいだけではなく、もっと捨て身な雰囲気があって怖かった。彼らには、人種的に社会的に弾かれたもの、虐げられたものが持つ追い詰められた雰囲気、また、そういう者たちが服装という同じ“言語”で自分のアイデンティティだけは維持しようとする悲壮感があった。(黒人たちの独特な英語も、そういうアイデンティティ形成の努力のためである。)自分は彼らになれないことを知ってはいたが、彼らの悲壮感やスピリットは好きだった。それに比べれば、和風ラップ・ボーイは、ファッションだけ、あるいはユニークさだけを競う感じが見え見えである。

(アメリカじゃ、もうちょっと迫力あったぜ。ズボンをズリ下げるなら、尻の半分ぐらいまで出してごらん? そんなアルミみたいな鎖じゃなくて、本物の重い鎖してごらんな。76ersのアイバーソンのTシャツ着てヒップホップを気取るには、ちょっと迫力がたんないじゃないかねぇ。それに、そんな風にケータイと財布を尻のポケットに挟んでると、あっちじゃ盗まれんぜ。)
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2005年12月05日

石の心

心が石である人間がいるようだ。石の心を持つヒト――なにを見ても、なにをされても、心の底から感じることはなく、そういう経験で自分が本質的に変わることもないヒト。

そういうヒトは、病気だかなんかで、ある日、そうなってしまったのかもしれない。生まれつきかもしれない。

分っていることは、そういうヒトは、他人がどんな重要なことを言おうと、意見を変えず、他人を傷つけても、心が動かない。

そういうヒトは、もっと柔らかな心(海綿のような?)を持つヒトなどの考えることは、まるで分らない。海綿の心を持つヒトは、石の心のヒトを分ろうとするだろうが、それが大変難しいので、自分の心も石でなくちゃならない、と思い始める。

石の心を持つヒトは、周りをも石にしていくようだ。
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2005年12月02日

灯台もと苦らし――いまだニュー・オリンズで

あの洪水にみまわれたニュー・オリンズでは、いまだに人々は満足な暮らしをしていない。

満足な電気はなく、発電機を回しているが、ロウソクの生活のうえ、冷蔵庫を使えない。充分なお湯も出ない。そんな記事が、ニューヨークタイムズ紙にあった。これから冬に向かうのだ。

市民が9ヶ月ぶりに“自宅”に帰ってみれば、やはり何もなく途方にくれてる、という記事もあった。(「カトリーナ台風の9ヵ月後、9区への辛い帰宅」)
http://www.nytimes.com/2005/12/02/national/nationalspecial/02delery.html

そんな風に、ニュー・オリンズは、まだまだ大変な状態なのに、ブッシュ大統領は、米国海軍兵学校(United States Naval Academy)で、あいかわらず「テロリズム撲滅の必要性」ばかり説いていたそうだ。(「ブッシュ、イラクでの勝利と撤退計画を展開」)
http://www.nytimes.com/2005/12/01/politics/01bush.html
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2005年12月01日

ムラ社会?――日本のプロ野球

日本にやって来て、やはり日本は、よく言われる「ムラ社会」だなあ、と思うことがある。とくに、いろいろな規則についてそう思う。

そのいい例が、日本のプロ野球だ。
この国で、おそらく、政治(たとえば政治献金)や経済(たとえば株マーケットの閉鎖性)よりもはるかに国際化が進んでいると思われる野球にしてからが、そうなのだ。

典型的なのは、ピッチャーの「2段モーション」だ。日本に来てから、テレビでプロ野球の試合を見たときは、目を疑った。チームのエース級といわれる投手たちが、投げる時に踏み出す足を上下させたり、途中で止まったりする「2段モーション」をして、審判から注意されないのだ。

日本のプロ野球が、日本だけの「やきゅう」をやっているならいい。

しかし、オリンピックやプロ野球のワールドチャンピオンシップも含めて、国際的なスポーツとして普及させようとしているなら、こりゃマズイだろう。アメリカの大リーグでは、通用しない。

投球動作についての野球規則はそれを禁じていたが、審判が甘かったのだ。ああ日本的だなあ。
幸い、来季から規則を厳格に適用する方針だ、というニュースがあった。
http://www.asahi.com/sports/bb/TKY200511280337.html

「2段モーション」厳しく規則 三浦・岩隈ら「アウト」
 プロ野球で来季から投球動作に関する規則を厳格に適用する方針が打ち出されている中、規則委員会による12球団の投手コーチへの説明会が28日、東京都内で開かれた。席上、足の動きについては厳格にルールを適用する旨が改めて通達された。

 これまで容認されていた三浦(横)、藤川(神)、岩隈(楽)ら踏み出す足を上下させる「2段モーション」や、途中で止まったりする行為については来季から禁止される。(中略)

 規則委員会は当初、腕の動作についても条文通りに規則を適用する方針だった。しかし、今秋のフェニックスリーグやキャンプで適用してみたものの、チームから戸惑いや揺れを指摘する声が相次いだため、適用を見送ることになった。(朝日新聞2005年11月29日00時36分)
http://www.asahi.com/sports/bb/TKY200511280337.html


posted by ろじ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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