2006年03月30日

映画『スティーヴィー』

『スティーヴィー』というドキュメンタリー映画を観た。
http://www.moviola.jp/stevie/ (東京・東中野 ポレポレ東中野にて)
(下の引用参照)

この監督は、アメリカでかつてセンセーショナルを巻き起こしたバスケットボールドキュメンタリー映画『フープ・ドリーム』を製作した、スティーブ・ジェイムスである。

過去に受けた虐待は、忘れることはできない。こころの傷の影響は、あまりに大きい。しかし、それは人間を成長させる糧となりエンジンとなりうることを、信じたい。

ジェイムス監督は大学時代に「ビッグブラザー」(青少年更正のプログラム。家庭環境に恵まれない子供の世話をする)にボランティアとして参加していた。監督が担当した少年、それがスティーヴィだった。スティーヴィは、母親の激しい虐待を受け過酷な生活を送っていた。ジェイムス監督は、大学卒業後、大学のある町を離れ、スティーヴィとも疎遠となる。その後、スティーヴィは母親の虐待から逃れるため、養護施設をたらい回しにされ,施設でも虐待を受け世間に適応できず問題ばかり起こすようになる。

10年ぶりに再会したジェイムス監督は、スティーヴィの変貌ぶりに驚愕し、彼がどのような人生を送ってきたのかを探るショート・フィルムを撮影しようと決心する。しかし、別件の映画撮影が入り、ジェイムス監督は、再び数年間スティーヴィのもとから遠ざかる。次に、監督がスティーヴィと連絡を取った時、スティーヴィは重犯罪に手を染めていた。カメラは、スティーヴィの犯罪と彼の家族、被害者とその家族、そして旧知の友人であるジェイムス監督に与えた深い影響、葛藤の日々を映し出す。スティーヴィの人生を通して、米国社会のゆがみ、現代の孤独が浮かび上がる。
  (この映画を機に作成されたブログ「スティーヴィー通信」より。 
   http://blogs.dion.ne.jp/stevie110/
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2006年03月29日

日本のセクハラ

先日、学生(大学院生)を含めて飲んでいたら、大学でのセクハラの話になった。

目の前に座っていた大学院生(博士課程)の女性に、もし自分の指導教官にセクハラされたらどうするか、と訊いてみた。

彼女は
「自分の尊敬する人だったら、(告発も)何もしないと思う」
と答えた。

この答えは、ちょっとショックだった。彼女は知性も教養もある大学院生のはずである。しかし、こういう考え方こそ、大学や宗教団体や、その他の集団でセクハラが起こったときに、多くの女性がそれを我慢する理由なのかもしれないと思った。

間違っているかもしれないが、日本人にはこのような“権威尊重(追従?)ゆえの自己犠牲”が多いような気がする。
posted by ろじ at 23:49| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日本・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月28日

カーリング人気

カーリングがたいへんな人気だそうだ。

氷の上に石を滑らせて、その前をモップのようなものでひたすら掃く、という地味なスポーツである。だた、あの掃く作業はたいへんな重労働ではあるらしい。

トリノオリンピックでの日本チームの活躍の余波であろう。が、それが尋常ではないらしく、先日の日本選手権では、観客数が1500人だった。これが多いのか少ないのか分らないが、去年はたった50人だったそうだから、人気の程がわかろうというものだ。

これなら、カーリングのスポコン漫画が出てくるのも、時間の問題であろう。

「コーチ、う腕が……。もう、は、は、掃けません――」
「なにを言っているんだ!棹止(さおとめ)愛!!そんなことで、バンクーバーに行けるか。掃け!掃くんだ!!」


なんかダメだな……。
posted by ろじ at 15:42| 東京 ☁| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月26日

ホテル・ルワンダ

映画『ホテル・ルワンダ』を観た。
ストーリーはこちらhttp://www.hotelrwanda.jp/

HotelRwanda(africa).gif 同胞同士、おなじ“兄弟”同士の殺し合いも、見ていてつらい。ある意味で、そこまで追い詰めた西側大国の罪は深いと思う。(ベルギーを含む。下の引用を参照。)

この悲惨で残虐な出来事は、アメリカにいた時、ニューヨークタイムズ紙の報道で何回か目にしていた。しかし、その緊急性を見逃していたのだろう。真剣にフォローしなかった。恥ずかしい。

 第1次世界大戦後、国際連盟はルワンダを戦利品としてベルギーに与えた。国家としてまとまっていたルワンダを分裂させるためにベルギーが利用したのはフツ族とツチ族の容姿の差。黒い肌に平らな鼻と厚い唇、そして四角い顎をもつフツ族に対し、薄めの肌に細い鼻、薄い唇に尖った顎と、よりヨーロッパ人に近い容姿のツチ族※をベルギーは経済的にも教育的にも優遇。1933〜34年にはすべてのルワンダ人をフツ族、ツチ族、そしてトゥワ族に分類し、人種が記されたIDカードまで発行する。ほとんどのフツ族とツチ族はそれでもまだ良好な関係を保っていたが、小学生にまで人種差別の思想がたたきこまれていくうちに、かつて統一されていた国家は急激に崩壊していった。

 1950年代になると、国連からの圧力もあり、ベルギーはルワンダに民主的な政府を作るべく改革を始めるが、ツチ族の伝統主義者たちはそれに反発。ベルギーは1959年にフツ族の反乱を後押ししてかつての盟友を権力の座から追いやった。1962年には選挙が行われ、ベルギーからの独立とフツ族支配へと進んでいく。フツ族のジュヴェナル・ハビャリマナ将軍が1973年に軍事クーデターを起こして大統領に就任し、自党以外による一切の政治活動を弾圧。ルワンダを改革するようにとの国連の圧力に1990年に屈するまで圧政を強き、国内には無力と腐敗がはびこった。同1990年、ルワンダ国外に亡命していた主にツチ族中心のグループがルワンダ愛国戦線(RPF)を結成、ウガンダ側からルワンダに侵攻して内戦が勃発した。

 1992年にハビャリマナ大統領はRPFと和平への話し合いを始めるが、フツ族至上主義者たちはこれを裏切りと捉えた。1994年4月6日、ハビャリマナ大統領とブルンディの大統領を乗せた飛行機は撃墜される。大統領の側近の急進派による暗殺という説もあるが、彼らはそれをRPFの仕業にすりかえ、同夜、あらかじめ計画されていた政権内のツチ族および穏健派フツ族の高官たちの処刑が始まる。その後3日間で政権内のあらゆる階級のツチ族やフツ族穏健派も処刑されるが、それだけでは終わらず、"インテラハムェ=共に戦う者"として知られるフツ族の民兵グループが国中に繰り出して殺戮を開始。3ヶ月もの間、阻むものがいない虐殺行為はルワンダ全土に恐ろしい勢いで広がっていった。赤十字の概算では100万人が殺害されたにもかかわらず、国連は平和維持軍を2500人から270人に減らしてしまう。

 ウガンダから侵攻したRPFが首都キガリを制圧したことで、1994年7月に大虐殺は終わりを告げた。フツ族至上主義者のほとんどはザイール(現コンゴ民主共和国)など国外へと逃亡した。 大虐殺の間、300万人が他の国へ逃れたことで世界最悪の難民危機が起きた。その時になってやっと西側諸国は反応し、人類史上最大の救援活動を1996年の3月末まで展開させた。その後まもなく近隣の数カ国で紛争が起きたことがきっかけで、難民のほとんどは1997年までにルワンダへ戻ることになった。

 大虐殺後、挙国一致政府が樹立され、2000年にRPFの元リーダー、ポール・カガメが暫定大統領へと昇格。その後2003年のルワンダ初の普通選挙でカガメは正式な大統領として選出された。国連はルワンダ国際刑事裁判所を設立し国外へ逃亡した重要戦犯の裁判にあたり、ルワンダ国内では村落から各層の地方行政レベルで、ガチャチャと呼ばれる民衆裁判を行い、大虐殺に荷担した約8万人の裁定を委ねている。

 2003年までには、一切の民族別証明を排除した改革と教育プログラムが実施された。フツ族、ツチ族という用語の使用も、"差別的ふるまい"と同様、今では御法度となっている。政府設立のルワンダ遺族基金には国庫収入の5パーセントが充てられ、数え切れない未亡人や孤児のための基金を支えている。急速に成長はしているが、今なお国は復帰途上にある。国の人口レベルはまだ1994年当時に戻っておらず、汚職や近隣諸国との紛争(コンゴにおける内戦の関与)など次々に問題に直面している。そして貧困水準はサハラ以南でもっとも高い国の1つだ。

※フツ族もツチ族も同じところに住み、同じ言葉を喋り、同じ宗教を信じ、人種間結婚もしていたので、歴史家や民族学者たちは、フツ族とツチ族を完全に異なる民族集団ととらえることはできないとしている。http://www.hotelrwanda.jp/history/index.html
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2006年03月22日

WBC決勝

(あるところに書いたものから転載)
すばらしいプレーの連続だった。決勝が、バカスカ打つだけでなく、こんなすべてのプレーで質の高いものになって、とても嬉しかった。

日本のショート・川崎のすばらしいプレー。二塁手・西岡の、目立たないが実に堅実なプレー。
キューバの二塁手の見事なグラブさばきと、三塁手の見事な肩。

日本のアンダースロー渡辺に対したときの、キューバのアジャストメントとバットスイング(頭を動かさずシャープに振りぬく)。

キューバは、やはり「最高の質のアマ」といってもいいと思った。

そして観客の応援も良かった。アメリカに長く居るらしい日本人老夫婦が、国旗を大きく振る。彼らの苦労された経験が推測され、ふだん国旗を振る姿に感動することなど少ないが、お二人の日本を応援する姿に目頭が熱くなった。キューバの国旗を熱心に振る人たちの、おそらくは故国を長く離れて故国を忘れない毎日を、勝手に想像して、これも心を動かされた。

ちなみに、今回の球審(主審)のジャッジのために自らを置く場所の取り方は、まあまあだったのではないかと思う。特に、川崎選手がホームに滑り込んで右手でタッチした場面、日本の主審だったら、ホームベースの三塁側に立ってタッチした右手を見れないこともあるのではないかと思う。

しかし、それにしても、日本の選手のうちパリーグから来た選手は、すぐにシーズンが開幕するので、帰国して時差ぼけを慣らし体調を整えて参加するのには、かなり無理があるだろう。なぜ日本のリーグはそういう協力体制がとれず、毎年おきまりの「3月末」にこだわるのだろうか?パリーグはプレーオフがあるから、と言うなら、セリーグも少し開幕を遅らせれば済むことである。
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2006年03月20日

WBCに思う――アメリカ「野球単独主義」?

(あるところに書いたものを転載)

「世界一」を決めるWBCは、12日のアメリカ戦で、3塁走者のタッチアップを球審ボブ・デイビッドソンがアウト判定に覆したことが「世紀の大誤審」と話題になった。大リーグでは、普通、近くにいる塁審の判定を尊重し、球審がそれを覆すことはきわめて希である。

これだけではなく、アメリカに対する不満は、すでにいろいろ出ている。

上記の誤審(これは多くのメディアやあのバリー・ボンズでさえ、誤審だと認めているという)に加えて、予選での有利な組み合わせ(予選の同じ「北米グループ」に、明らかに弱小チームの南アフリカがいる!)、国際試合であるにもかかわらず審判をほとんどアメリカ人が占める(しかも、球審は常にアメリカの審判)こと――こうしたことなどをとって、これは明らかにアメリカ主導のアメリカのための大会だ、と感じるのも無理はないと思う。

問題は、この大会を「真の世界一を決めるため」などとぶち上げたアメリカの大リーグ機構(MLB)が、こうした問題にどのような姿勢を見せているかだと思う。

ノンフィクション作家、織田淳太郎氏は、19日の朝日新聞(朝刊)で、「米審判に『地元有利』主義」と題してアメリカの不公正な姿勢を指摘している。
米国野球の審判員は審判学校入学時から「地元有利」の判定を暗黙のうちに教え込まれているという。その背景に、メジャーのフランチャイズ制による熱烈な地元ファンの存在がある。審判といえど、試合を盛り上げ、地元ファンを喜ばすためのショーマンに徹して、ときにアンフェアなジャッジを下すこともあるという「事実」である。
このように述べた後で、地元有利の理念が当てはまるべきではない国際大会――「野球の国際的発展を目指す」このWBC大会でも、そのような理念を通用させているところに、「米国主導のごうまんさがにじみ出ている」と指摘する。

たしかに、今回のWBC大会の運営法を見ると、そう思わざるを得なくもなる。まず、今回の大会の収益の40%以上の半分近くがMLBとメジャーの選手たちに行くことになっている。優勝した日本の取り分は、たった7%だが、これでも参加国中2番目に多い額なのだ。

試合を取り仕切る審判員の構成も、おかしなものだ。WBCの運営側は、今回のためにメジャーの審判を雇おうとしたが、報酬の点で合意が得られなかった(つまり、カネです)。そこでマイナーリーグの審判員を中心に雇った(くだんのデイビッドソン氏は、その中の一人である。かつて大リーグ審判のストにからんでクビになり、マイナーに下っていた)。それなら、他の国の一流の審判員を雇うべきだと思うが、そうはしなかった。他の国の審判員派遣は一人に制限したうえ、試合の中心審判(球審)は常にアメリカ人審判員が務めたのである。

ボブ・デイビッドソン氏は、アメリカ・メキシコ戦で一塁塁審を務めたが、そこでも、右翼ポールに当たった本塁打をエンタイトル二塁打と誤審をし、球場全体からブーイングを浴びた。むろん、意図的にアメリカ有利の判定をしたのではないかもしれない。彼は、単に眼が悪いのかもしれない(そのジャッジの仕方には、かなり問題があると思うが)。このデイビッドソン氏、決勝の日本対キューバ戦でも審判をするという。

この男は永久に審判をやる資格はない、とは言わない。しかし、もしWBCが真剣にこの大会を考えるなら、彼を審判団から外すことが自然だろうし、そもそも、試合の審判はその試合に出ている国以外から出すという(サッカーW杯の)方法を採用するのが筋だろう。そうしないのは、米国MLBのメンツを守るためだと思われても、さらには、MLBの意図に反して、ベースボールの真の国際化を考えていないのだと思われても仕方がないともう。

WBC関係者は、懐(ふところ)の深くないスポーツ人である。
posted by ろじ at 00:00| 東京 ☁| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月19日

インスピレーショナルな人

とても印象深い人にあった。インスピレーショナルとでもいうのであろうか。

学者で、もともとは工学部にいたが、ある日、考えるところあって古いキリスト教のことに興味を持ち、教父アウグスチヌスの研究を始めたという。

そのおっしゃることは非常に難しかったが、すべて、われわれの日常のことの延長線上にある、なにかとても大事なことでるように聞こえた。それを、とつとつと静かに、一つ一つの言葉を見つけ出すように、しかし、それはもう何度も考え抜いたことであるかのようにしっかりと、話すのであった。

話していて古い寺の話題になり、そこから、吉野のことになった。
「山の奥に、西行の庵があります。細いくねった崖道を、こうして……、降りて行くのですが、とても良いですよ」
と、実際、体をくねるようにして歩くさまを見せてくれた。
西行のことを語る、アウグスチヌス研究者――。

そして、おれは吉野の西行の庵を見に行き、確かに、そこが好きになった。そこに至る崖の道も、その長い道のりのあとに、ポッカリ開いた広地に忽然と現れる西行庵も。
そして、そんな山奥に生きながらも、生々しい都のことが忘れられず、かつての“生活”に未練を持つ西行の生き様にも。庵の傍らに彼の句が書いてある。
とくとくと落つる岩間の苔清水 汲みほすまでもなきすみかかな
吉野山梢の花を見し日より 心は身にもそはずなりにき
そして、その脇に、西行を慕ってここを何度か訪れた芭蕉の句が添えてある。
露とくとく試(こころみ)に浮世すすがばや
posted by ろじ at 08:08| 東京 ☁| 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月17日

迫害するものたちの論理

先日書いたようにクレーのとても良い展覧会に行ったのだが、その直後、NHKで、クレーについてのドキュメンタリーを観る機会があった。

クレーは、ナチスドイツのユダヤ人迫害、ヒットラーの意に沿わぬ芸術の弾圧のため、スイスに逃れることになる。そのナチスの態度を、クレーは「ばかげたお祭り」という題のスケッチで象徴的に表している。

その番組を観て思った。人種や考え方が違うから、単に自分の意に沿わないから、異なるものは自分たちを脅かすと感じるからというだけで弾圧・迫害し、脅迫でおどし、疎外して傷つけることの、愚かさ、ばからしさ、愚劣さ。
日本人にも、残念ながら、時に、異なるものを疎外しようとする人たちがいる……。
posted by ろじ at 23:55| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日本・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月16日

WBC アメリカの行方

旅行の間に、アメリカで行われているWBC(ワールド・ベースボール・クラッシック)という野球の祭典(お祭り?)は、たいへんなことになっているようだ。

日本対アメリカは、「疑惑の判定」でアメリカがサヨナラ勝ちした。ほとんど者が(プレーしていたアメリカの選手も含めて!!)、その判定のおかしさをに同意した。リー選手は、「安定が覆るなんてことはめったに起きない。われわれは贈り物をもらった」と言ったという。

アメリカの報道は、ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)が「日本にカリフォルニアの陰謀」と、このプレーとアメリカを切り離すような配慮をした。サヨナラ打を打ったロドリゲスは、「あれで勝てると思った」と談話で言ったという。

昨日の大リーグMLBのHPには、日本のチームを「規律正しく、正確なプレーをするチーム」と、やたら持ち上げるコラムが載った。後ろめたさが漂うな。

さて、その後、アメリカは韓国に敗れ、日本はメキシコを破った。これで、もし、今日の日本対韓国の対戦で、日本が韓国にある点差で勝つと、日本と韓国が決勝進出し、アメリカは敗退になる。

冬期オリンピックのショートトラック競技での“金メダル剥奪事件”で、アメリカに恨みが高まったらしい韓国(今回の事件でも、韓国メディアはかなり辛らつにアメリカを非難していた)。韓国にとって、日本は同じアジアで隣国だが、過去の歴史もある……。どんなピッチャーを立ててくるか?おもしろい状況になってきた。
今から、試合が始まる。

ちなみに、本WBC大会前のおれの予想は、「アメリカがルールを変えても勝つ」というものだったが……。

参考までに、この「疑惑の判定」をした審判、かつて大リーグとのいざこざで、大リーグを追放された人物だそうだ。「彼はあの判定でメジャー復帰を狙ったらしい」と勘ぐられているそうな。もし、これでアメリカが決勝進出できなかったら、彼は、大変な厄災をアメリカにもたらしたことになる……。
posted by ろじ at 12:42| 東京 ☀| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月15日

旅から帰って――漫画 そして文化の安定さ

帰ってきました。
旅行から帰り、山手線に乗ると、目の前の若者数人が、一心不乱に漫画を読んでいました。

旅先から東京に戻ると、いつも目に付くのは、若い人たち(時に、おじさんも)が、漫画を読んでいることだ。特に、今回のように人里離れたところを埃にまみれながら歩き回ってくると、そういうもはや伝統と化した“日本的な文化”が、やたら目に付く。

いや、それは新幹線の中ですでに始まっているのかもしれない。おじさん達は、席に着くやいなや、ビールを飲みながらスポーツ紙を広げる。そこには、たいていエロ情報が露骨な写真つきで載っている。その紙面をあたりかまわず大開きにし、周りに女性がいることにも注意を払わないらしい。彼らは、ビールを飲み終わるころには、大口を開けて、イビキをかいて寝るのだ。
おじさん達は疲れているのだろう。

漫画を見るのが、一方的に悪いというのではない。漫画ばかり読んでいる人と話していて気になるのは、その話題が極端にかたよっていることだ。率直に言って、話題はあまり豊富ではないようだ。

実は、そういうことを、アメリカにいる時に、アメリカ人の女性からも何回か指摘された。ひと言でまとめると、日本の男性は、話していても面白くないというのだ。英語ができなくても、体験や冒険や知識が豊富だとそうは感じないらしいから、言葉の問題ではないらしい。

日本人弁護のために、
「アメリカだって、ティーンエージャーは話していて面白いですかねぇ」
と反論してみたが、たいていは、
「日本人の男性で話がつまらないのは、若い人に限らない」
と、ピシャリとやられて、反論に窮したものだ。

電車の中で漫画を読んでる若者を見ると、いつもその会話を思い出す。

************************************

今回の旅行の土地は、日本の中でも古い建物が多かった。そういうものに囲まれて歩いていると、なぜ“古いもの”は居心地が良いのか、いや、“新しいもの”ばかりでは、なぜ不満に感じるのか、が分ったような気がしてきた。

アメリカの都市や街は、せいぜい200年の新しいものに溢(あふ)れているのだが、そこにいた時に感じていたのは、一種の不安定さだったのかもしれない。

“古いもの”には安定さがある。それは、コミットメントの「安定さ」のような気がする。それは、裏返すと、アメリカ人のコミットメントのなさに通じるような気がする。アメリカ人は自分で一度言ったことでも、平気で無視したり覆したりするのに、向こうにいる日本人は苛立つことが多いのだ。

もちろん、コミットメントの「安定さ」は、コミットメントの「深さ」に繋がり、その「深さ」が深いほど、それは束縛になるだろう。歴史や伝統の“圧迫感”は、時に若者が嫌うように、よく問題にされる。

しかし、アメリカに長くいすぎたおれには、この「コミットメントの安定さ」が心地よいのかもしれない。(漫画が新しいのか古いのかは、分らない。)
posted by ろじ at 23:12| 東京 ☀| 日本・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月12日

お知らせ

こんなサイト、誰も読んでないでしょうが。
明日から数日、旅行でいなくなります。いえ、今回は、「山に洗濯」じゃありません。
posted by ろじ at 00:00| 東京 ☁| 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月11日

睡眠

仕事が多すぎて、眠ることもできない。いや、疲れすぎて眠れない。

パンがなければ、ケーキを食べればイイじゃない。(マリー・アントワネット)
眠ることができなければ、仮眠を取ればイイじゃない。(ロジィ・隠遁ネット)

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チンジャオロースのパックかと思って買ったのが、チンジャオロース丼だった。
チンジャオロースだと思ったのがチンジャオロース丼で、チンジャオロースが少なくて、なんかしんじゃおーってな気分。疲れているときは、細かいことはしんしゃくできないな。
posted by ろじ at 01:48| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月10日

自分

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逃避はにんげんにしかできなんだよ、きっと。

posted by ろじ at 00:00| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ひと言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月03日

くつで渇!

新しいジョッギングシューズで、ダレた心身に渇!
新しいくつはいいのお。まさに、くつが鳴る♪
posted by ろじ at 15:38| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月01日

一杯の茶

夜、一杯の緑茶を飲む。
おれは、元来、コーヒー党であるが、夜に飲む一杯の緑茶は、癒しの効果があるようだ。

茶の香りをかぎながら、しぜん、自分のことを想うことが多い。最近は、自分の中に巣くう弱さ、もろさ、自分に言いわけばかりしている情けなさ、などを想う。簡単にいうと、ダメなやつなのである。

若いときは、そんな弱さにいら立ち、寺に参禅も考え、実際、禅も組んでみたりはした。なにかにとり憑かれたように武道などの過酷な鍛錬もしてみたこともある。酒を飲むことがその代わりになると甘い考えを抱いたこともある。しかし、“内部に巣くうあれ”はどのようにしていても「乗り越え」られなければならないと感じた時、そういう特殊な訓練は自分にとって興味のないものになったのである。

道を何気なく歩いていても、己の確実さと穏やかさは養えなくてはならないだろう。無意味に複雑すぎるのかもしれない。もちろん、おれのように弱い人間だからこそ、何かのきっかけは必要なのだが。

夜の煎茶がそのきっかけにならないかと、おれは、無意識に願っているのかもしれない。テーブルにただ座っている茶碗の中の茶――その単純さに何かのヒントがあるのかもしれない。
茶碗からは、しずかに湯気が上がっている。
posted by ろじ at 00:45| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ひと言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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