2006年07月28日

映画『アメリカ、家族のいる風景』

ダメおじさんの一人として、気になる映画、心に残る映画というのがある。
「ダメおやじ」になったからには、それなりの“やむにやまれぬ事情”、“他でありえなかった理由”というものがあったのであって、失敗、困惑、失意、失恋、思い込み、行き違い、苦々しさ、過去の痛み、涙、沈黙、苦しみ、耽溺の酒、彷徨――と、いわゆるイタイ記憶は、まあ、いろいろあるわけだ。

で、そんなダメなオトコを描いたヴィム・ヴェンダースの映画『アメリカ、家族のいる風景』を観てきた。
公式サイト http://www.klockworx.com/america/

世界中を感動させた映画『パリ、テキサス』の名コンビ、ヴェンダースと脚本家サム・シェパードが20年ぶりに作った新作だ。失意のオトコの彷徨を描いた前作があまりに見事だったため、ヴェンダースは、「『パリ、テキサス』での仕事が“完璧な体験”であったため、20年もの間、再び組むことに躊躇していた」と言ったという。2人で何度も意見を交換し合い、脚本に4年をかけた。

原題は「Don't Come Knocking」。訳せば、「ノックしても入ってくるな」ぐらいか。映画の最初の方で、主人公の落ちぶれ映画俳優が使っているトレーラーハウスの中に、このフレーズを書いた看板が出てくる。実はこのフレーズ、その後の話の展開にとても象徴的な二重の意味を持つことになる。それまでの世界を飛び出て、新しく入っていこうとする世界、しかし、そこから突きつけられるこのコトバ――。

西部劇のかつてのスター、ハワードは、新作の撮影現場から突然逃げ出す。すべてにウンザリし、30年前に飛び出した故郷に向かう。「新しい人生」を開拓しようと。それが、「自分の過去」を見出し、さらには作り直そうとする旅になるところが、この話のミソだ。彼の子供を身ごもったというモンタナの女性の話。自分の子供を探し出すための田舎町へ旅。昔の恋人との不安な再会。見つけ出した息子の反発……。

上でフレーズの二重の意味を言ったように、どのセリフも気が利いていて、二重の意味を持っていたりする。たとえば、故郷に向かう車の中で、母親に電話する場面。携帯電話の電波が途切れそうになって、ハワードは叫ぶ。
「ママ、電話が切れちまうよ。切れちまうよ(Mom, you are breaking on me)」
実は、break on(関係を断絶)したのは、彼のほうだった、30年前に。そこに、いまや帰って行く……。

こんな風に、セリフが、実によく考えられ練られている。失業者のネイティブ・アメリカンなど、特に中西部がはらんだ社会問題も何気なく顔を出す。

役者もすばらしい。30年ぶりの息子の出現にも動じず、愛情あふれ機転の利く母親役を演じるエヴァ・マリー・セイント(はい、ほんとの名前です)、ハワードを捕まえにくる、冷静で執拗な保険会社派遣員サターを演じるティム・ロスはともに、名演技。

なんといっても、ハワードが子どもを孕ませた元ウェイトレスのドリーン役のジェシカ・ラングがすばらしい。ある日、母ドリーンは、息子に、実の父親が現われたことを問いただされる。それが実の父親であることを教えようとして、かつての恋人「あの映画俳優(the actor)」を、目に光をたたえて自慢げに語る女から、「行きずりの俳優ずれ(an actor)」と寝たことを息子になじられて、胸潰れる思いで悲しみにうちふるえる母親の表情への変化――をみごとに演じている。ジェシカ・ファンなら必見だ、……って映画広告を書いてるんですか、オレは。
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2006年07月23日

サッカー選手の薬物使用

W杯を見てて感じたんだが、イタリアの選手って体が異常に大きくないか?

それに関係ある(?)こんな記事を見つけた。

イタリアスキャンダル真相:カネに不正で対抗したユーベ
http://www.sponichi.co.jp/wsplus/column_w/09189.html
そこから抜粋。
(モッジ氏のGMへの)就任から昨季まで12シーズンで優勝7回に対してACミランは3回。この時も当初から審判の有利な判定が論争を呼んだが、最初に不正疑惑が表面化したのは禁止薬物使用の問題だった。
 98年に当時ローマを指揮していたゼーマン監督が「ユベントスの選手はたった1年で体が大きくなる」と指摘して捜査が始まった。1審はチームドクターに有罪判決が下り、2審は無罪。裁判は現在も続いているが、関係者で無罪を信じる人間は皆無だという。今回の騒動も薬物疑惑の捜査から選手移籍の不正経理などにメスが入り、当局が進めた電話の盗聴が発端だった。
ユーベ(ユベントス)にいるイタリア選手は、DFカンナバーロ、DFザンブロッタ、MFカモラネージ、GK・ブッフォンなど。ユーベの名誉のためにいえば、フランス代表のテュラムやトレゼゲもいる。

しかし、こんなことが(陰で?)常習化されていたら、FIFAは、W杯をやる意味があるんだろうか?まあ、それは、どのスポーツでも同じだろうけど……。

なにやら、オリンピックの体操がアクロバット化した状況と、似てきたな。

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2006年07月20日

ジダンとマテラッツィへの処分

ジダンの「頭突き事件」、どんな判定が下されるか注目されていた。オレなら、ピッチや観客からの「差別的発言」への明確な“警告”の意味で、(FIFA規約にのっとり)マテラッツィに出場停止5試合を課す。それこそ、FIFAがやろうとしている「差別撲滅運動」をはっきり世界に表明することになるだろうに、でも、FIFA、やんないだろうなあ……、と思っていた。

さて、ジダンとマテラッツィに、FIFAから処分が下った。ジダンには、出場停止3試合と罰金7500スイスフラン(約70万円)の処分。また侮辱発言をしたマテラッツィにも、出場停止2試合と罰金5000スイスフラン(約47万円)を科した。
http://www.asahi.com/sports/fb/TKY200607200542.html

暴力を受けた側の選手も処分されるのは、異例だという。
 国際サッカー連盟(FIFA)の規律委員会は頭突きしたジダンだけでなく、ジダンが「暴言を繰り返して挑発してきた」と非難したマテラッツィまでも処分した。事実認定が難しい侮辱側まで罰するという、極めて異例の処分となった。FIFAは、フェアプレーを順守する立場を明確にすることを選んだ。
 FIFAはマテラッツィのジダンへの発言は侮辱的だったが人種差別的なものではなかったとした。発言の具体的な内容については明らかにしなかった。
 FIFAの規約では「身ぶりや言葉などで相手を侮辱した選手は最低2試合の出場停止。宗教や出自などの差別的発言は最低5試合の出場停止」と定めている。
 ところがプロの試合は上品には行われていないのが現実だ。侮辱発言は日常のように行われ、選手が使う言語によっては、ひわいな言葉が叫ばれる。「審判に向かって言ったのでなければ、たいていの暴言は見逃す。大事な試合で選手が背負うストレスは理解できるから」と公言する国際クラスの審判もいるほどだ。
http://www.asahi.com/sports/fb/TKY200607200594.html
イタリアではメディアも含めて、「重すぎる」との意見が多数だと言う。
http://www.asahi.com/sports/fb/TKY200607200633.html

「差別的発言」はあったのだと思う。フランスの選手が決勝戦中にあったことを証言していたではないか。しかし、FIFAは、それを問題にし始めたら、将来、それを基準に判断しなくてはならず、ピッチでのあまりに多い「差別的発言」に対処が難しくなると考えたのだろう。

決勝戦ピッチでの決定的な証拠がなく、コトを人種差別の方向に荒立てたくないジダンの姿勢をいいことに、アヤフヤに収めようとしたのだと思う。どうも、FIFAは掲げている看板とやることが違って、偽善的なニオイがする。
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もう一つ、FIFAが偽善的と思える例を。

ポルトガルが、FIFAの「ベスト・エンターテイニング・チーム賞」を受賞した。
「攻撃陣が、2006年FIFAワールドカップ・ドイツ大会でその存在をアピール」し、「世界中に新たなファンを増やした」。「スコラーリ監督のチームは、試合ごとに強くなっていった。フィーゴ、クリスチアーノ・ロナウド、デコらが、評判どおりの華麗なテクニックを披露し、絹のようになめらかな攻撃をするかと思えば、ミゲル、リカルド・カルバーリョ、マニシェらが、一つ一つのプレーにプライド・気迫・情熱をこめ、鉄壁の守りを見せた。こうした体を張る勇気と、狡猾さを兼ね備えた巧みな技術が評価され」たのだ、という。
http://fifaworldcup.yahoo.com/06/jp/060710/1/7af0.html

最後には、「クリスチアーノ・ロナウド」について、こう書く。
 電光石火のスピードと予測不能な動きで相手DFをきりきり舞いさせ、ジレットベストヤングプレーヤー賞の2位に入った。
 だが、シザースなどファンを喜ばせるプレースタイルのために相手の厳しいチェックを受け、さらには、接触プレーですぐに倒れる傾向があるとメディアから批判された。だが、21歳の若者は簡単にはへこたれない。大会終盤には観客の目をくぎ付けにするプレーをピッチの上で披露し、ブーイングする一部の心ない人を見返した。
(一部ではない)観客が「ブーイング」したのは、接触もされてないのにすぐ倒れ、卑しいほど必要以上にファールをアピールする、ロナウドのプレーの“汚さ”であったのは、衆目の一致するとことだ。こういう「タメの評価」をする限りは、FIFAの自己評価に眉にツバをつける人は、後をたたないだろう。
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2006年07月18日

差別を子どもたちにどう説明するか

例のジダン「事件」の件、ジダンがテレビで告白して以後、マテラッツィにも聴取がおよんだ。ジダンのMVPも含めて、どうなるか、世界中がFIFAの判定に注目している。

この件に限らず、W杯に関しては言いたいことが山ほどある。(まったくビンボー暇なし、時間がない。神様、何とかしてください。)が、とりあえず、これだけは言いたい。

“頭突き”行為について、あれ以来、さまざまな掲示板や投書を、あれこれ数多く読んだ。この意見を言わないはずの日本人コミュニティーが、大変なことになっている。で、ジダンに対し「暴力行為を、世界の子どもたちにどう説明するのか」という意見が多い。

しかし、別にジダンの味方をするつもりはないが、どうも不思議なことがある。「生まれや肌の色だけでひとを差別することを、子どもたちにどう説明するのか」という意見が、ほとんどまったくないのだ。マテラッツィの侮蔑・差別発言を「ゲームの一部さ」と容認する人は、この世の人生という“ゲーム”でも、当たり前のことと容認すべきだと思っているのだろうか。

ネットの掲示板などでは、反対意見の相手を激しい口調でなじる者、「暴力はいけないことになってんだ、文句あっか?」と書く者もいる。ジダンの“暴力行為”を問題視する者が、言葉の暴力を気にしないとはどういうことなのか?

暴力行為のみならず、言葉の暴力をどう見るかで、そのひとの文明度も計れるのではないかと、つくづく思えてくる。同時に、そういう言葉に思わず熱くなる自分の幼稚さも……。
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2006年07月11日

マイノリティーとしてのジダンの「事件」

忙しいので、気が付いたことを、メモ程度に。

W杯が終わった。もちろん、決勝戦で世界中の耳目をさらったのは、イタリアの優勝よりも、あのジダンの「退場事件」だろう。

すぐ転んだり痛がったりするイタリア選手の件は、下に書いたとおりである。しかも、この決勝を仕切ったのは、アルゼンチンのオラシオ・エリゾンド主審。彼についても、以前の「W杯のウンザリ」で書いたように、信用がならなかったが、案の定、誤審の連続(PKでないのにPK、不必要なイエローカード――しかもよく見えない位置から――など)であった。問題の場面も、主審は現場を見ておらず、イタリア選手の抗議によって初めてその行為を問題にし始めた。しかし、この主審のことは、あとで書こう。いまは、ジダンの「事件」についての思いを、吐露しなければならない。

あの場面、伊のマテラッツィがジダンに何か暴言を吐いたことは明らかだ。しかも、ジダンがキレて頭突きをするような何かを。2人は沈黙している。この大会のイタリア選手のプレーを観れば、彼らが公正なスポーツマンシップの限界ぎりぎりのところ(おれは、ほとんど越えていると思うが)でやっているのは明らかだ。だから、勝つために相手を傷つける暴言を吐くのも遠慮ないし、何を言ったとしても驚かない。

マテラッツィの言葉は、ジダンが人生で初めて耳にしたものではなかったはずだ。

ここで、暴力はやはりいけないことだ、などという当たり前の正論には興味はない。なぜジダンはキレたのだろうか。W杯の決勝戦の重要さ、退場すればチームが一人欠けることになる重大さを知っていながら、なぜその行為に出たのだろうか。そのことの方が、関心がある。

世界中で、さまざまな憶測が広がっている。メディアは読唇術の専門家の分析結果として、マテラッツィは「テロリスト」と呼んだとした。が、それに対し、マテラッツィは「私は無知で、その言葉の意味すら知らない」とバカなことをホザイタそうだ。しかし、何を言ったかについて、それ以上は口を閉ざしている。
http://www2.asahi.com/wcup2006/news/TKY200607110164.html

メディアの憶測を否定したいなら、マテラッツィは真実を言えば済むことである。それをしないのは、彼が、「許しがたいと思われて当然な非常識なことを言った」ことを認めているからだろう。いずれそれも解明されるべきだ。そして、FIFAに事実が伝えられた時、これまで腰が引けた偽善的な対応をしてきたFIFAの真価が問われることになろう。

イギリスのBBCは11日、「匿名を希望するある人物によると、マテラッツィがジダンに極めてひどい言葉を発し、それはジダンの家族を侮辱する内容だったそうだ」と伝えた。

マテラッツィの言葉は、ジダンが人生で初めて耳にしたものではなかったはずだ。しかも、それはジダンがマイノリティーでなければ起こりえなかったと思う。

それはジダンがアルジェリア人であることを揶揄った「人種差別的」なものだった、という説もある。家族を侮辱したものであろうと、人種差別的なものであろうと、それはジダンが移民の子として、マイノリティーの一人として、子どもの頃から浴びせかけられてきた言葉だったのに違いない。

それは、ジダンが常人には想像もできないような困難を乗り越えてたどり着いた“英雄”という地位を捨てても、何かを守らなければならない、という彼の頭のなかに押さえつけられてきた意識を動かしたのだろうと思う。

マイノリティーとして生きてきた者は、その立場に苦しみながら、同時にアイデンティティーに誇りを持って生きてきた者だ。だからこそ、たとえば白人から投げつけられる、心にグサリとくる数々の言葉を耳にしまいこんで、自制と怒りの間を揺れながら生きているのだ。今回、アルジェの人たち(彼らがいまだにマイノリティーであることは変わらない)がジダンを支持しているのは、もちろん、そのためだろう。

この「自制と怒りの間で揺れて生きること」は、(たとえば異国に住んで)マイノリティーとして差別されたものしか分らない。そのことを考えなければ、「暴力行為は悪い」と、ただ叫んでも、事実の半分しか見ていないことになると思う。

ジダンの行為でフランスは負けた。しかし、オレの心は勝ち取った。
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2006年07月08日

どうでもいいけど

日刊スポーツの記事をネットで読んでいるが、スポーツを報じる新聞としては、ちょっとヒドイですね。ポルトガルのあの問題児を「ロナウド」と呼んでいる。原名は、もちろん「Cristiano Ronaldo」だから、「ロナルド」。
http://germany2006.nikkansports.com/news/f-sc-tp3-20060708-0045.html
(後記:調べてみたら、たしかに、ブラジルのあのFW、Ronaldoはロナウドと発音しますね。しかし、大新聞は、ポルトガルのRonaldoは「ロナルド」と読んでるようだ。アメリカのロナルド・レーガン(元)大統領にちなんで名づけたというのだから、「ロナルド」であるはずだが。Ronaldoの読み方、どういう傾向があるんだろうか?)

この日刊スポーツ、時に、海外ニュースを訳した記事もかなりオソマツだったりする。最近のヒットは、FIFAのブラッター会長が「アジアチームの全滅は一つの事故だと思う」と語ったというやつ。なんだ、事故って?
http://germany2006.nikkansports.com/news/f-sc-tp3-20060629-0052.html

FIFAのサイトに出ている原語は「accident」だから「事故」って訳したんだろうが、これは「一つの偶然」と訳すのが正しい。実際、幾つかの大新聞はちゃんと訳している。
http://www2.asahi.com/wcup2006/news/KYD200606290009.html

日刊スポーツ(ニッカン)、大リーグの記事など、ああこれは訳しまちがえたな、と思う記事が時々あって、実際もとの記事を読んでみるとさもありなんということが多い(最近の「チョットなあ」は、ヤンキースのピッチャーがボコボコニ打たれて歴史的大敗を喫した日、先発チャコン投手が(なに投げてもうまく行かなくて)「I was garbage」と言ったやつ。これをニッカンは「オレはクズだ」。そういうと自分の人間性を嘆いているみたい。(良い球がまったくなくて)「まったくダメだった」と訳すはず。
少々驚くのは、読者から指摘もあるだろうに、決して直さないことだ。

それだけでなく、コラムの日本語なんかも、しばしばおかしいんですよね。今でも気になってるのだが、ちょっと前のコラムに、「松井秀喜は、やはり生まれもってのスター選手なのだ」というのがあった。「持って生まれ」が普通だが、「生まれもっての」というのなら、その後に「性質」や「生まれ備わったモノ」を表わす名詞がくるはず。だから、「生まれもってのスター性」なら良いと思う。これ、日本語専門の方に確認したいです。

それにしても、ニッカン(日刊スポーツ)には、編集部というものがないのだろうか。あるいは、ジャーナリズムという「自覚」がない?しょせんスポーツ紙というつもりなのだろうか。最近は、朝日新聞と提携したのだから、もうちょっと気にしてもいいのでは?
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2006年07月07日

ノンキな国

昨日、珍しく早起きしたので、NHKでワールドカップ、フランス対ポルトガル戦を観てたら、お隣の国から、ミサイル発射のニュース速報。

やはりこの国の安否が気になり、ややしばらくして他のチャンネルに回した。

ところが、どのチャンネルも、プロ野球、コスメ、グルメ情報ばっか。ミサイル発射については、日テレがかろうじて報じてただけ。 まったくノンキです、この国。きっと実際にミサイルぶち込まれても、民放は、同じようにクダラヌバラエティーやってるのだと思います……。
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2006年07月06日

W杯のウンザリ

もうW杯のことは書くまいと決めていたが、怒ることがあって、つい書いてしまう。しかし、ポルトガルのクリスチャノ・ロナルドは、あんなプレーして、プロとして恥ずかしくならないんですかね。ポルトガル人の性格なのでしょうか。

佳境になってきたW杯、さすがに決勝トーナメント、いい試合が増えたが、ややウンザリで興ざめの感もある。イタリア、ポルトガルの試合は観ていて苛立ってしまう。

イタリア、すぐれた選手が多いし、たしかに目を見張るようなすばらしいプレーもする。が、わざと転んで、接触プレーには異常なほど痛がる。主審にファールをとってもらうためだ。あんな異常な痛がり様、犯罪ドラマで撃たれた犯人だってしない。イタリアの伝統「カテナチオ(かんぬき)」とは、彼らの脳みそに刺さったのかと思えてしまう。

ちょっと度を越している。なんなんですか、あれは。プレーが再開すると、すぐケロリと起き上がって走り出すのだから、滑稽な感さえある。ドイツは、何度かこの演技の犠牲になっていた。というか、主審はちゃんと見ろよ(主審はメキシコのベニト・アルチュンディア氏。本職は法律家でエコノミスト)。まあ、主審の見えないサイドで反則受けたように見せるイタリア選手がうまいんだけど。

「こういうのもサッカーの一部」と言う人もいるんだろうが、全身全霊の好プレーを観たい者には、非常にめざわりだ。とくに、ドイツやフランスやイギリスといった、かなりクリーンなプレーで一生懸命やるチームが相手だと。スローインのときズルズルとかってに有利な位置に動いてしまう彼らを見ると、そのサッカーの精神は、ヒトコト「卑しい」と言いたいですね。

もっとヒドかったのは、フランス対ポルトガルのポルトガル。さすがに洗練された強いチームだとは思うが、これもさらに輪をかけてズルイ選手が多かった。ゴール前で、すぐ転んで、主審にファールをアピールする。フランスの選手が触ってもいないのに倒れるのだ。シュールでさえあった。この試合の主審は、全体に試合を分断せずとても良くコントロールしてさすがと思わせたけど、あれほどダイブしてたのに、シュミレーションをとらなかったのは、ポルトガルになんか恩でもあるのかと思ってしまう。(ちなみに、主審はウルグアイのホルヘ・ラリオンダ氏で、趣味は鳥・イヌ・オウムなど動物の飼育というから、趣味が効果を発揮したのかも。)

とくに、お粗末しごくオトトイ来ヤガレ的だったのは、クリスチャノ・ロナルド。自分で、かってにダイブして倒れるのだ。ロナルドはあんなことシラフでやってて、プロとして恥ずかしくならないのかね。いぶかしく思うと同時に、プレーするイギリスへかえって無事に暮らせるか心配になってしまう(噂では、自宅の警護を警察に頼んだ模様)。

そのロナルド、対イギリス戦で、偶然的なルーニーのプレーに主審にアピールして退場処分を引き出した。その直後、うまくヤッタロ、ってな感じでベンチにウィンクしたのがテレビ放映された。あの試合の主審のジャッジはまったくオソマツだった。主審は、アルゼンチンのオラシオ・エリゾンド氏。(この主審、決勝戦でも笛を吹くが、大丈夫ですかね?
http://www2.asahi.com/wcup2006/news/TKY200607070252.html

フランス戦での、そのあんまりアカラサマなずるさに、ロナルドはイギリスの番組でバカにされ(ロナルドは、ふだんイギリスでプレー)、海外のビデオサイトでも、そのダイブ集が作られ「Cheating Ronaldo」とからかわれていた。人気者のロナルド、これで、かなりファンを失ったね。

そのロナルドのダイブに、ポルトガルのフェリペ監督は、主審にファールをとるようにさかんにアピールしていた。フェリペ監督の手腕は尊敬していたけど、あのシロウトでも分るあからさまなダイブを、マジにアピールするとはねえ……。フェリペ監督には、ちょっとガッカリ。

こういうことを、朝日や東京新聞や日刊スポーツは、はっきりと書かなかった。せいぜい「ヒールのロナルド」だって。事なかれ主義、あいかわらずだねえ。
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2006年07月05日

ダメ

最低の状態である。まるで、何もヤル気がしない。仕事はたまっているのに、いっこうに手を付けられない。

おれは、若かった頃から、時にものすごい虚無的な気分になって、なにもかも投げ出してきまう傾向があった(それで受験は、ひどく苦労した)が、今回のもかなりヒドイ。

生来、根詰めて仕事をしろといわれると、イヤになる性格である。たとえば、小さい頃から、書きたくもない読書感想文とかいうのはその典型だったな。そのくせ、誰も命じないのに、何かが気になったら寝ないでやるタチではある。

無意識に、何かオモシロイことはないかと探しているのだが、なーんにもオモシロクもない、と感じてしまう矛盾の状態そのもののようだ。こんなことなら、昨日、アメリカの独立記念日にかこつけて、飲みに行っちまえば良かった……。

逃避するため、北朝鮮のミサイル基地にかんする米軍のサイトなぞを読んでいる。あーーー。

これ読んでいる、そこのアナタ様。これも何かの縁でしょう。メールで何か面白いこと書いていただけませんか?
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2006年07月04日

一撃

夕食後、新聞を読んでいると、視覚の端に、前を黒い小さな物体がサササッと横切るのが目に入った。

「ふんっ」

読み終えた新聞をゆっくりとたたみ、しかし、第一面の記事を切り抜きたかったので、全体を裏返してテレビ面がおもてに出るようにする。そして、食器棚の角に張り付いた、その黒い物体をじっと見つめる。

殺気を感じたように、その黒い物体は、サッと食器棚のみぞに隠れた。そのかたわらに立ち、じっと見つめる――。

やがて相手は、我慢しきれなくなったのか、そのみぞから出てきた……。その一瞬、たたんだ新聞で、いっせん、一撃を加えた。

うす黒く光る物体は、床に落ち、衝撃に身もだえした。

「安心しろ。みね打ちだ」

無駄な殺生を好まぬオレは、まだジタバタするそいつをティッシュで摘まんで、ベランダの外に出した。ほっといたら、蘇生するかも知れぬ――。

最近は暖かくなり、窓を開けておくことが多くなった。そのせいで、ゴキブリが入ってくることがままあるようになった。以前はそんなに多くなかったが、どうやらこの集合住宅も、放し飼いにする家が増えたらしい……。
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2006年07月02日

流動するサッカー選手世界

愚かしいことだが、サッカーというスポーツは、いまだに人種問題と戦っている。スペインリーグなどでは、アフリカ系選手に対して猿まねの声を発して侮辱するような愚劣きわまりないことが、いまだに行われているそうだ。
あああ、人間とは、なんてバカな生き物なんだろう!!

最近も、このW杯で、人種差別と思われるような事件が起こっている。(下の記事「ワールドカップで人種差別問題が波紋 フランス選手に侮辱行為」参照。)それだけ、このサッカーというスポーツも、植民地主義・白人帝国主義による支配/ある意味での恩恵の構造の一部となってきたのだろう。

そんなことを意識してか、FIFAは、W杯の準々決勝が行われる6月30日と7月1日を「反人種差別の日」と定めた。
http://fifaworldcup.yahoo.com/06/jp/060629/1/70ru_pf.html

人種に関連して、日経新聞におもしろい記事が載っていた(下の「オランダのクライフ、政府にかみつく」参照)。コートジボワールからの移民の帰化を許していればもっと強くなったと言うのである。

世界的に見ても、「多民族チーム」が増えつつある。フランスチームの中心選手は、スター選手のジダン、アンリをはじめ、ほとんどが“移民の子”である。移民の国オーストラリアのチームには、イタリア系選手その他がいる。オーストラリアではクロアチア移民がサッカーを広めたため、チームにはキャプテンのビドゥカ選手はじめ6人のクロアチア系オーストラリア人がいる。(7月2日NHKスペシャル『同時3点ドキュメント 奇跡を祈った90分』)

日本では、サントスがブラジルから帰化した時にはちょっと大騒ぎになったが、純血を問題にしているのはアジアのチームくらい(と本国人の層が厚すぎるブラジルも?)かもしれない。イラクでは、すでにイラク人とドイツ人の混血選手がイラク代表となっていたはずだ。

ワールドカップで人種差別問題が波紋 フランス選手に侮辱行為2006年 6月 29日 by KYODONEWS
 サッカー界で深刻視されている人種差別の問題で、今大会でも憂慮される事態が28日、発覚した。国際サッカー連盟(FIFA)は選手に対する人種差別の根絶を目指し、大会中から「人種差別にNOを突きつける」と題したキャンペーンを推進していくと発表したが、波紋を広げそうだ。
 AP通信によると、フランスのドメネク監督がワールドカップの決勝トーナメント1回戦のスペイン戦で重大な事件が起きたと告白。「競技場にバスが着くと、猿の鳴き声でチームの黒人選手がののしられた」と言う。試合前の国歌斉唱の間はスペインのファンが口笛を吹き、ブーイングを繰り返した。
 両チームは以前にもスペインのアラゴネス監督がフランスのエースFWアンリに対する差別的な発言をしたとされ、罰金を科された経緯がある。FIFAは「不幸なことにサッカーにおいて、まだ存在する悪との戦いだ」と宣言。試合中の人種差別を根絶できない国・地域の協会に対しても厳罰処分を辞さない構えを示した。
 こうした行為は数年前から欧州各国リーグでも、サポーターがアフリカ系選手を侮辱するなどし問題視されている。FIFAはドメネク監督の発言を受け、公式な訴えがあれば調査に乗り出す意向を示している。(共同)http://fifaworldcup.yahoo.com/06/jp/060629/27/70kp.html
オランダのクライフ、政府にかみつく
 25日にポルトガルに敗れてワールドカップを後にしたオランダだが、ハーグからの報道によると、かつてのスーパースター、ヨハン・クライフが「敗戦の責任の一部は移民相にある」と、かみついている。
 クライフは現地の日刊紙とのインタビューで、フェアドンク移民相がフェイエノールトでプレーするサロモン・カルーのコートジボワールからの帰化を拒否したため、オランダ代表に加えられず、チームは戦略の選択肢を失ったと嘆いた。
http://sports.nikkei.co.jp/wc2006/report/nikkei01.cfm?i=2006062800487h1
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