2006年09月30日

猫に襲われる

 朝、玄関のとびらをガシガシこする音が聞こえた。近寄ってみた。ミャアーミャアーと声がする。そうっと扉を僅かばかり開けたら、スルッと猫が入ってきた。

 うす紫色の毛並みの良さそうな子猫である。いかにも高級そうである。いそいで家の中に入ろうとする。自分の家でないと感じるのか、やや当惑ぎみでもある。

 しかし、いそいで家の奥に入ろうとする。オレは猫アレルギーなので、あわてて取り押さえようとした。首根っこを押さえるが、はげしく暴れる。

 テーブルの下でやっと取り押さえたが、おそろしい勢いで抵抗する。牙で、爪で。押さえた右手と右腕は、そいつのかきキズだらけになった。いくつかの傷はかなり深い。

 血だらけの手を治療したが、破傷風だか狂犬病だかが怖い。パリに来て狂犬病にかかっては、シャレにもならんではないか。しかし、世間は休みだし、様子を見ることに。
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2006年09月29日

日本人のコミュニケーション

 昨夜、夕食を食べながら、つけていたテレビを漫然と見ていたら、日本の会社に就職したベルギー人女性の実話をもとにしたドラマを放送していた。

 コメディーでありかなり誇張されているが、火のないところに煙はなんとやら。日本社会とまるで無縁な話ではない。日本の会社人たちの典型的なコミュニケーションは、世界でも時々ジョークのネタにされるが、その特徴を、思いっきり揶揄(やゆ)っている。 

 こんな風だ。勤め始めた初日に、上司は文章でなく同じ単語でだけで指示を出す。それは、コミュニケーションというより「命令」にうつる。しかも、おなじ仕事を繰り返さなくてはならない理由をまったく説明してくれない。ただ「やり直せ」と言うだけである。しばらくするとわかってくることだが、上司はその上の上司に絶対服従し、その絶対的なヒエラルキーが会社をぎゅうじっている。

 日本社会と日本人のモノの考え方があまりに単純化され、あるいは過大なほど誇張されている。そこには、テレビ番組のためにこの体験をおもしろおかしく見せる意図しか見えず、はっきり言って、コメディーやユーモアというよりもドラマ製作者のレベルの低さしか感じられなかった。

 だが、フランス人からすれば、日本人(の会社人?)は、コミュニケーションが下手(へた)というよりそれを拒否する傾向があり、言葉で理解を求めるというより、行動への命令とそれをしばる規則のみがきわ立ったように見えるのだろう。たしかに、そこには論理的な理解(理性的な判断)の無視と感情の抑圧があり、そうした「人間的な表現」に訴えない日本人は、西洋人には奇異に見えるかもしれない。それは、一種の(利益を求めるための)軍隊としか映らないだろう。

 これがフランス人の日本人観を支配しているとは思わないが、程度の差こそあれ、日本人やそのコミュニケーションの方法は不思議なものに見えるのかもしれない。

 だとすれば、それだからこそ、フランス人の偏見に抵抗してまでも、かれらと言葉でコミュニケーションをしなければならないと思う――とはいえ、やつらとフランス語で会話するのは、かなりシンドイが……。
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2006年09月28日

アメリカ風による味覚破壊

 昼、どこか近くで短時間で昼食をということで、あるカフェでサンドイッチを頼んだ。が、失敗だった。フレンチフライつきのクラブ・サンドイッチだった。アメリカで喰うようなものだ。脂がのったベーコンが添えられ、アメリカ流にトマトケチャップとマスタードまで付いている。

 しかも、混んでいるせいかたいへんな時間がかかるのだ。パリにはカフェ文化があるのだが、「カフェ」でアメリカ流の食事をするのになぜこんなに混むのだろう。それがいま風でオシャレなのかもしれない。先日、テレビで、子どもたちがアメリカ流のファーストフードに犯されていく流れに悪戦苦闘する痛快な番組があった。それは大人まで浸透しているのだろう。こうして、フランス人は自分の味覚を破壊していくのではないか。すばらしい食文化で養われてきた味覚なのに。残念なことだ。

 サンドイッチは美味くもなかったが、これにエスプレッソをつけて、しめて14ユーロもした。これなら、普通のレストランで「Formule」と呼ばれる定食を喰った方がはるかにましだ。

 二度とカフェでサンドイッチは喰わないことを誓った。そもそも、観光客が来るホテルが多いあたりのカフェに行ったのが、間違いのもとだったのであるが。
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2006年09月27日

駅からテロで(?)避難の憂き目

 夕方、合気道に行こうと、列車に乗るために駅のホームで待っていた。列車が2分ほど遅れているなと思ったら、突然、アナウンスが流れた。よく聞き取れない。ホームで待っている人たちの顔に強い疲労感が刷かれ、ウンザリした表情の者もいる。

 また、アナウンスが流れるが、オレのフランス語力では理解できない。どうやら列車が遅れるらしい。が、何人かの人々が改札の外へ向かって歩き始めた。さらにもう一度、緊急のトーンを含んだアナウンスが流れた。

 今度は、どうやら
「この駅で不審物が発見されたので、至急、駅から出るように」
といっているように聞こえる。まさか、嘘だろうと思っていると、ほとんどの人々がゾロゾロと外へ向かって急いでいく。そのうちの一人に、何が起こったのかと訊くと、やはり「不審物が見つかったので、駅から出なくてはならない」と答えた。

 本当なのか、実際は列車が今にも入ってくるのではないかという不安・不信感と、なにか映画じみた大事件が起こるのではないかという期待感が半々で、プラットホームから出ても改札のすぐ外に立っていた。多くの乗客は、この列車に乗らないと他に帰宅もできないのか、やはり改札のすぐそばに立って中を覗き込んでいる。

 アナウンスが、今度は大きな明瞭な声で「当駅で不審物が見つかったので、列車はすべてストップしている」と告げた。それを知らずに駅に入ってきた客も加わり、構内はいくぶん混み始めた。駅の職員らしき男が出てきたが、あまり緊張した様子もなく、ホームへと降りていった。

 またアナウンスが流れ、不審物のために警察が来る、と告げた。その直後に、パトカーのサイレンが近くで聞こえ、やがて警官たちが数名、駆け込んできた。みな、やはり緊張感の感じられない顔つきだ。どうやら、こうしたことは時々あるらしいな、と思った。

 近くで手持ちぶさたに立っていた黒人の女の子は、携帯にかかってきた電話に応えて
「列車がネ〜、とまっちゃってるの〜」
と、ノンキに答えている。さらに何名かの警官が入ってきた。今度は先ほどの警官とは服装が違い、特殊作業班っぽい感じであった。そのすぐのち長のような男が出てきて、危険だから出ろといわれ、オレたちは駅から離れた。

 しかたなく、家へ帰る道を歩いていると、道路沿いの公園を見てみたくなった。いつものぞいてみたいとは思っていたが、時間がなかったのだ。入ってみて驚いた。卓球台がおいてあるのである。しかも3台も。夜の9時近いというのに、ピンポンをしている男女もいる。野外に、しかもいつもそこにあるのだから、木でなくコンクリかなにかでできているのである。
 夜中の公園の真ん中に、忽然と現われた卓球台。シュールであった。
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2006年09月26日

フランス語の進歩具合

 オレのフランス語の進歩はカタツムリのごとく、と言ったらカタツムリに失礼かもしれない――。

 それくらい、進歩がない。本屋や電気屋に行って、これぞと思った表現が通じるとさすがに嬉しくて、「ふんっ、オレだってやればできるじゃないか」などと、一瞬エラソウに胸を張っている。が、スーパーに行ってごくごく簡単なものを店員に訊くのにその表現ができないのは、かなりネガティブなインパクトが大きいものである。つまり、同じ一日の中でも気分の上下がかなり激しい。

 相手が英語を話してくれることもある(非常に幸運な場合!)。しかし、そんな経験に甘えて、相手に英語で話しかけてもダメなことがほとんどである。「ボン・ジュール」だけは挨拶はうまくいくが……。
「ボン・ジュール、ムッシュー」
「あ〜、ボン・ジュール。あなたは英語を話すか?」
「ノン。で、ご用件は?」(あるいは、ていねいな場合「ノン、余は英語をまったく話さないのである。ご用件は?」)
てな具合で、フランス語の会話が無理やり進行してしまう。

 しかし、実際に使う表現がその場で試されるという意味では、最高の言語訓練を体験しているのかもしれない。今日も、電話の工事におっちゃんが来たのだが、工事終了後、支払いをどうするのか気になったから、彼が作業をしているあいだに急いで辞書で「請求書facture」というのを調べて、それを使ってみたらちゃんと通じたどころか、相手も当たり前のごとくその表現で話を進めた。つまり、言葉の選択は正しかったのである。

 こんな言葉はなかなか忘れないものである、などとカッコイイことをいいたいところだが、忘れてしまって、いまメモを見直したところである。トホホ。 毎日、トホホばかりである。
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2006年09月25日

洗濯が一歩前進

 洗濯のときは、カルゴンという脱カルシウム剤を毎回入れる必要はないことを教えてもらう。

 考えてみれば、そりゃそうだ。脱カルシウム剤というのは洗う衣類のためではなく、洗濯機という機械のためにあるのだから。食器洗い機に塩を入れるのは、洗い機のパイプをクリーンに保っておくためと同じである。しかし、言われるまで疑心暗鬼なのは、海外生活の「はじめて」ゆえか。
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2006年09月24日

IKEAへのドライブ

 郊外のIKEAへのドライブに挑戦。つまり初めてフランスの高速道路に乗ったのである。以前にフランスと同じ左側運転のアメリカで運転していたから、高速に載ってしまえば一般道路より楽だ、といいたいところだが、フランス語の標識はやはり読みづらく、一度、高速を乗り換えるところを間違えた。

 IKEAに行ったのは、ムービングセールで、間接的な知り合いから買ったものがあまりに趣味が悪く、いやそれだけならいいが、売られたものが壊れていたりして使いものにならないのだ。これは、はっきり言って悪質な詐欺行為である。相手は、パリを去った、立派な職業を持った日本人であったが、使い物にならないものを売りつけていく一方で、出発まで使ったとおぼしき食器類などを無理やり置いていったりして、やり方が、いかにも姑息(こそく)だと思えた。

 アメリカにいたときもそうだったが、こういうあえていうと西洋人よりも「自己中心的な」日本人に、海外でときどき出くわす。エリートに多いようだ。他人の痛みを想像できないようなんだな、と思うことがある。だから嫌いなんだよ、エリートって。
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2006年09月23日

ロータリー

 今日は、パリ市内、16区にある巨大スーパー(「カルフール」という名)へ車で行く。その途中、パリの運転の最大難関、「ロータリー」とよばれる円形交差点を体験。

 この円形交差点、入口(そして出口)がたいていは5箇所ぐらいある。みな突入したあとは同じ方向へとまわり、自分が出たい道路へ出て行くしくみだ。信号なぞないから、どの車もまわりの状況をみて自分の出るべき道路へと進まなくてはいけない。ところが、パリジャンのドライバーはほとんど「まわりの状況」なんか見ないのだ。事故が起こらないのが不思議である。

 太さは、ふつう5車両分ぐらい。「円」の一番外側にいれば出るのに楽だが、次から次へと外から車が入ってくるから、危険で気をぬくことができない。一番内側にいれば安全だが、こんどはそこから出口に向かうのは至難の業である。一番内側にいる車が出られずに、グルグル何度も回っている光景も見かける。

 ことをやたら難しくしているのは、いくつかの車が、自分が出たい出口の前で停まって(!)待っていたりするためなのだ。パリジャンは、てまえ勝手で有名だと聞いてはいたが、そこまでするとは思わなかった。

 うわさでは、最大の難物「ロータリー」は凱旋門をとり巻くものだという。10車線はあるのではなかろうか。(「ではなかろうか」というのは、パリジャンは車線など無視して走るからである。)あまりの難しさに、そのすぐ外側に円状に走る一般道路しか使わないドライバーもいるくらいなのだ。ある腕のいいドライバーでさえ、「寸止め」を何回か経験したという。ラッシュ時など混雑している時、ものすごい数の車が入って流れて出て行き、事故がまったく起こらないのを見るのは、壮観ともいえる光景だ。
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2006年09月22日

フランスの子どもの食生活

 テレビで、『Vive la Cantine』という番組を、いく晩かとても興味深く観た。訳せば、『食堂、バンザイ』。幼稚園や学校の食堂で子どもたちに提供される食事の問題点をあつかった番組だ。

 この国では、幼稚園や学校低学年では、校内の給食ではなく、子どもたちは離れた建物にバスなどで連れて来られて昼食をとる。あるいは、高学年では、校内のカフェテリアでお金を払って食べる。この国では、その食事が、マクド○ルド食やピザなどのような、ファーストフード的な肉、フライドポテト、中心のものばかりだという。結果、子どもたちは、まったく野菜を食べなくなっている。そして、カロリー過多の肥満も増えている。

 そこで、ある若者男性が立ち上がった。二ヶ所の幼稚園で子どもたちに野菜を食べさせるべく、あの手この手を使って奮闘するのである。やることが、情熱イッパイでおもしろい。本当に新鮮でおいしい野菜を手に入れようと、何十キロも離れた市場に買出しに行く。その野菜を一流シェフのアドバイスに従って、自らもエプロンをつけておいしく料理する。しかし、番組の幼稚園児は、やはり野菜を食べない。悔しそうな男性。それ見たことか、という顔つきの料理担当長。

 しかし、若者はあきらめない。なにか方法があるに違いないと、さらにいろいろなメニューを駆使しての挑戦。やはり野菜を食べない幼稚園児。若者の挫折感いっぱいの表情。食堂のスタッフの重苦しい雰囲気。ただ、若者が、料理をしているあいだは片時もユーモアを忘れないのが、番組をとても心地よいものにしている。

 こんどは、幼稚園の食堂の料理担当長に野菜料理の本当のすばらしさを判ってもらうべく、それぞれの料理担当長二人を、三ツ星レストランに招待する。見事な野菜料理を堪能する二人、さらには三ツ星レストラン長の住む郊外の邸宅にある農園で、「本来の野菜とはどういうものか」の講習……。

 その一方、若者は、幼稚園児たちのために孤軍奮闘(そして、やはり挫折)。あるいは、市になんとか食事を再考してもらおうと、役所を訪れかけあったり……。渋る職員の口から出たのは、その地方では、市が予算として毎回の食事にかけられる園児一人当たりの食費は、約1.2ユーロであることだった。役所が改善を渋るわけだ。フランス全体でも、平均2ユーロ以下だという。憮然とする若者……。

 ついに、啓蒙されてきた食堂の料理担当長と、問題点が、子どもたちがいつも間食をしていることにあることを発見する。そして、両親たちを教育すべく、番組アドバイザーの栄養士をよんで講習会を開く。そして、幼稚園児たちはやっと……。最後は、達成感で料理担当長が涙を流す感動的な場面。

 あるいは別の番組では、高校の食堂の食生活を改善しようと、一流のパン屋に、おいしくて手ごろで簡単にできるサンドイッチのためのパンの焼き方を習いに行く。安くてうまい昼食を売るキャラバン車を出したり……。
 
 食生活が豊かな背景が、すくなくとも歴史的にはあるフランスだからこそ、こんな番組ができるのかもしれない。ふだんフライドポテトなんか食っているフランス人にウンザリしていたが、食文化へのこだわりが感じられて、かなり気に入った。
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2006年09月20日

日本終戦時のドキュメンタリーを観る

 夜、テレビのチャンネルを回していたら(新聞も取っていないので、テレビの情報などないのだ)、日本の戦後を描いたドキュメンタリー番組をやっていた。白黒の衝撃的な映像。

 戦争末期、サイパンで崖から飛び降りる日本女性(2005年06月29日の「独語:天皇陛下のサイパン訪問」参照)。
 沖縄で、アメリカ軍の火炎放射器攻めにあい、地面に掘った穴から出てくる日本兵。一様にガリガリに痩せている。「そとに出て行けば必ず殺される、と上官に言われておりました」と証言する日本兵。
 沖縄で、地面に横たわる日本人(一般市民らしい)の数々の死体。その直後、日本兵らしき者のただれた首を、アメリカ戦車の前部に突き刺した映像。
 出征前にバンザイする兵隊たちを前に、騎乗の天皇。

 アメリカ空軍に東京空襲を命じた指揮官へのインタビュー。飛行機から投下される無数の爆弾の映像。この東京空襲で、墨田区全体が炎上した、と地図を示して説明している。自分の母親が身を挺(てい)して庇(かば)ってくれたので生き延びられた、と言う女性の涙の説明。焦土の中に横たわる、こげた遺体。その後、名古屋、大阪、そしてまた名古屋と空襲を繰り返し、多くの市民(つまり非戦闘員)が死んだ、との説明。

 こういうものは日本では観れない。
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2006年09月19日

フランス語の独習

 とることにしたフランス語語学コースのあと、Fnacという大きな本屋に行く。フランスでは有名なチェーン店で、CD、DVDや電気製品まで売っている。日中からたいへんな混みようで、大型テレビスクリーンの前などは、ビジネスマンなども含めてかなりの見物人である。イギリスBBCが制作したローマ帝国の物語のDVDを、(もちろんフランス語で)放映していた。

 語学コース用の問題集を探した後、さらにフランス語学習書を探す。いろいろ比べたあと、『French for Everyday Life(毎日のフランス語)』というものを買う。絶対マスターしてやると、意気込んでいるのである。キップの買い方、電話のかけ方など、毎日の様々なシチュエーション(40セクションある)で使うフランス語表現集を英語で解説している。毎日必要な会話も、結局こうした数々の状況の集まりなのだから、それぞれの表現ができないと話にならない。これを、毎日一つのセクションずつ覚えればいいわけだ。興味あることに、本の最後の方には、政治についての会話まである。政治はフランスでは日常会話の一部ということか。

 帰宅時、入り口で管理人の奥さんにゴミ捨て場を訊こうとして、うまくフランス語が出てこず、奥さんに「さあ、何が言いたいの?」と詰問される。ものがうまく言えない子ども扱いで、ちょっと屈辱的なのである。
 やっぱり絶対マスターしてやるとムキになった。 
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2006年09月18日

疲れでダウン

 朝、また、新居のリビングの真ん中にある仕切り扉の修理。あたりは、また、ペンキの屑だらけ。こんな風に何ごともすぐ終わらない、いや、終えようとしないのがフランス流だそうである。フランスに長く住んでいるある日本人によれば、「できないものはしょうがないじゃないか、どうしろって言うんだ?」という考え方だそうである。この家にはまだまだ色々しなければならないことばかりで、電話工事もしなければならないし、インターネットも付いていない。何ヶ月かかるか知れたものではない。

 これまで、休むことなく毎日何らかの手続きやアパート関係の仕事をしてきたせいか、さすがに疲れがたまって、昨晩あたりから足腰が動かなくなった。これではまずいと、午前中はひたすら休むことに。

 夜、ある合気道のクラブで体験稽古するつもりだったが、見学だけにした。
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2006年09月17日

天使にIKEAに連れて行ってもらう

 朝、リビングの真ん中にある仕切り扉の修理に、またあの男性が来る。昨日中に終わらなかったのだ。フランスは、修理類の作業者は時間通り来ないと聞いていたが、彼は、ちゃんと時間通りに来た。フランス人ではないということなのだろう。

 そのうち大家さんも見に来た。まじめな方である。すぐそばに座って、新聞を読みながら監視している。午後から予定が入っているのでいつ終わるかと不安だったが、結局、午前中ずっと働いてそれでも終わらなく、扉に必要なパーツがないので今日はこれで終了といって帰って行った。あたりは、剥がしたペンキの屑で、大変な散らかりようである。

 彼らが去ったあと、男性があまりに一生懸命に働いてくれたので5ユーロのチップを渡すことにして、エレベーターのところまで追いかけた。男はずっと固辞したが、「一回きりだから」と胸のポケットに押し込む。

 午後、とても親切な知り合いに、IKEAイケアという郊外の巨大な家具専門店に連れて行ってもらう。もともとスウェーデンの会社で、木製家具のDIYの伝統に則って、家具を組み立てるのに必要ないろいろなパーツを売っている。

 最も感動したのは、机の高さが様々なものが売っており、本棚も組み合わせ自由のパーツが色や大きさも含めて十分そろっていることだ。さすが「個人主義の国フランス」だと思った(スウェーデンの会社だけど)。日本は、机の高さなどたいてい決まったもの、しかも高いものしかおいていない。バリエーションを認めず、洋服のS、M、Lや小学校の既成机の発想と同じである(日本では、最近はイスにバリエーションが多くなったが、机はまだまだのようだ)。体がとりわけ大きくもなく足も長くもないオレには、日本の机というのは不便極まりない。

 この知り合いは、わざわざ自分の車で連れて行ってくれた後、さらに、ついこのあいだ行ってきたからと、ランス地方のアップルサイダーをお土産にくれた。聖人か天使のような方である。

 その後、これまで滞在していた短期アパートの掃除を2時間ほど。死んだ。
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2006年09月16日

エタ・デ・リュ

 借りることに決定した17区のアパートの契約。家具付きなので、エタ・デ・リュ(Etat des Lieux)というものをする。訳せば「家の現状確認」。これはフランスの賃貸の習慣で、つまり、借りる前の家の状態――家の状態ですでに破損しているもの、家具として借りるもの、などを確認するのである。これは、借り手がもし破損した場合などの弁償の根拠にするので、大家側を保護するのであるが、同時に不当な弁償費を求められないようにして借り手を保護するものでもあるのだろう。

 これがかなり面倒なのである。各部屋の床や壁の傷み・黒ずみをいちいち確認するどころか、風呂場のシンクの汚れ、電気製品の状態、はては借りる食器の数や状態まで書く欄があるのである。しかし、鷹揚(おうよう)な大家さんなので、今回はあまり細かく議論することもなかった。ただ、それでも一時間かかった。
 
 で、その後は、これまでいたアパートから新居までの荷物移送。引越しで東京から送った段ボール群が付くのにはまだしばらくかかるが、そのあいだに新居のまだ終わっていない修繕も終えられるだろう……。
 
 午後に、リビングの真ん中にある仕切り扉の修理に、大屋さんが頼んだ作業の男性が来た。名前からするに、中東かトルコの男性のようだ。こういう家関係で頼まれた作業を専門としているのだろう。この国の労働者のヒエラルキーを垣間見た気がした。
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2006年09月15日

洗濯機

 この国の洗濯機はやっかいな代物である。

 洗濯機についたフランス語の説明がよく分からないだけでなく、解説書もないので、全てが手探り状態、試行錯誤であった。その結果、驚くべきことが判明した。

 まず、一回の洗濯をするのに異常に時間がかかる。洗濯する水の温度を選び、直後に脱水・乾燥までしてくれるので、その時間の長さを選ぶ。それ全体が終わるのに、2時間から3時間近くかかるのだ。乾燥は超強力、指示どおりにやると、たいていのものは縮んでしまう(アメリカでの経験で、驚かなかったが)。しかたなく、乾燥は極力短くして、乾いてない洗濯物を部屋に干すことにした。

 もっとも怖ろしいのは、激しく色落ちするのである。濃いのでなくとも色物と白物をいっしょに洗ったりしたら悲劇である。おかげで、白い下着が何枚か、あまりオシャレといえない色物に変身した。これは、ここの水道水の中にカルシウムが豊富にありすぎるためであるらしい。色移りを避けるために、別に買ってくる紙のようなものを入れる。こいつが落ちた色を吸収してくれるのである。この紙は、洗濯が終わると、たいていはもとの姿も形もなく染色している。

 それだけではない。水道水にカルシウムが含まれているから、たとえば「カルゴン」とか呼ばれる、脱カルシウム剤のようなものを入れなくてはいけない。ここまでくると、「全自動」洗濯機があるとはいえ、洗濯も大作業になりすぎて、便利なのか不便なのかわからなくなってくる。

 しかも、安全のためか、一度フタをして洗濯の工程が始まるとカギがかかってしまい、さらに洗濯物を追加したいと思っても不可能なのだ。

 フランス人はいつも待つことが嫌いなくせに、せめてもうちょっと早く終える機械を作ろうとはしないのだろうか。不可解である。日本の製品はすばらしい、と言わざるを得ない。
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2006年09月14日

アパート最終交渉

 昨日は、借りることに決めたパリ西のアパートで、大家さんと会って具体的に家の中で修理したり変えてほしいところ、そして契約内容などを詰める。

 このアパートは古い家具がありそれはそれで嫌いではないのだが、クローゼットの鍵が壊れていたり、イスの表面がはげていたりと、やはり修理や交換が必要なものが多いのだ。ちゃんと対応してくれるか不安であった。なにしろここはフランス、相手は頑固で自己主張がはっきりしていて、多くの場合に自己中心的で有名なフランス人である。

 しかし、それは杞憂だった。とても優しくて善良そうなおじいさんで、こちらの要求をかなり聴いてくれた。リビングに置いてある古い家具は18世紀のものもあるそうで、家族で大事にしているものだという。こういう歴史を感じることは好きなので、悦んでそのままおくことにする。この大家さん、若いころから乗馬が好きで、馬の上品な絵が家の中にあちこちにかかっているのはそのためだと説明してくれた。今でも時々やるそうである。リビングのすぐ外には、小さいが、夕方、ワインでも傾けながらのんびりできそうな素敵なテラスがついている。「そこに飾ってある花を大事にしてほしい」と、交渉の最後に、おじいさんは微笑んだ。

 かなりほっとする。しかし、これでもすぐ万事がOKというわけではない。家の中でも修理・修復するところがあるのだ。しかし、ここに入居すれば、深夜の騒音ともおさらばできそうだ。

 すぐ目の前のレストランで昼飯。ビュッフェスタイルで、さまざまな種類のアピタイザーが食い放題。ワインも飲み放題。その他にメインディッシュがついて13.5ユーロである。パリで昼飯で腹を満たそうと思えば、こういう小さな庶民的なレストランに限る。それは、かつて、戦後直後に渡仏した加藤周一が書いていた通りだ。いまもその伝統は残っているのだろう。しかし、値段からいって、毎日行けるものではないな。まあ、細く末永くお付き合いということで。

 午後もう一度日本人会へ。今度は住所を確認して行ったので、ビルの5階(日本でいう6階)に発見できた。新聞を読んでいたら、漫画作家・小説家の犬丸りん氏が自殺したという。オレは見たことはないが、『おじゃる丸』という漫画で有名な作家である。最近、偶然、彼女の『めろめろ』という文庫本を読んで、なかなか風刺の効いたいい文を書く、もう少し読んでみたい、と思っていたところだったのでちょっと衝撃を受けた。どうやら、行き詰ったことが原因らしい。才人であったのだろう。
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2006年09月13日

パリの騒音

 無理をしたせいか、さすがに病気になった。

 パリジャンが音に敏感というのは大嘘である。昔、評論家が、よく知った風に「パリではクラクションを鳴らすだけで罰金である」などと書いていたが、トンデモナイいいかげんな話だ。少なくとも今のパリにはあてはまらない。アパートの脇を走る小さな通りを、昼であろうと夜であろうと、頻繁に、車がものすごい爆音をあげながらで駆け抜けていくのだ。深夜、2,3度は目を覚ます。

 しかし、夕刻、定時になると、近くの教会からであろうか、鐘が鳴る。それは情緒的だ。
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2006年09月12日

パリ初探索――凱旋門の西東

LaDefense-EDF0610.jpg 昨日は、午前中、La Defense という、パリ市のすぐ西隣にあるいわゆる「新都市」地区に行ってみた。住居のための団地も混じっているようで、そのかなり画一的で個性のなさそうなビル郡は、最初に見たときは高島平かと思ってしまった。しかし、ここは経済活動の中心地区らしく、その背後に、電気会社(EDF)や電話業界のビルやOECDなどの国際政治関係の巨大なビルが続々と現れる。EDFのビルは建物の一部が下部から上に向けてそり上がるような形になっており、正面玄関の上に巨大な円盤がついている。有名な中国人建築家ペイ氏のグループが設計したものだそうで、奇抜で眼を引くが、ペイ氏の他の作品に比べるとあまり優雅さやインスピレーショナルさはないように思う。

GrandeArche0610.jpg パリ市の西にある凱旋門から西へまっすぐ伸びる太い一本道の端っこにゆるやかな丘があり、その丘陵地帯の両側にこれらのビル郡が並んでいる構造になっている。丘陵の最後、その頂上あたりに、アメリカのボストンで見たような巨大な白亜のアーチ型ビル「新凱旋門(グランド・アルシェ)」が威圧的なモニュメント的に君臨している。

 中世の町のすぐそばにこんな近代的なものを作る理由もないと思うが、エッフェル塔や凱旋門のように、ふつうの人間のサイズをはるかに超えた規模のものを作るのはフランスの十八番なのかもしれない。広場辺りにスタバを発見。フランスのスタバがどんなものか、ちょっと見てみたい。

 夕方は、シャンゼリゼー通りの周りを歩く。シャンゼリゼー通りの根っこには、凱旋門が位置している。じつは、シャンゼリゼーに行ったのは、「日本人会」の建物を見つけていろいろ生活情報を得るためであった。とくに、日本語が使えるインターネットカフェの情報がほしい。が、ガイドブックのいう辺りをひたすら探してもそれらしい建物がない。あいかわらずいつもの小汚いかっこうで、カバンを肩から斜めにかけて、シャンゼリゼーをスタスタ歩く。小さなパリの地図をもってフラフラしていたからか、見るに見かねた様子の中国人のおばさんが「こんにちは、どうしたの」と中国語で話しかけてきた。思わずフランス語で「ノン」と言ってしまって恥ずかしくなった。

 陽が照って暑いし、夕方でいいかげん腹はすいてくるし、だんだん腹が立ってきた。まったく、ガイドブックなんて無責任なものだ、編集者は実際に現地で確認なんかしないんだろう、なんていいかげんなやつらだ、ふん、とそのガイドブックの編集者に八つ当たりしている。
 
 ある人がくれた資料によれば、凱旋門の近くには、大きなインターネットカフェがあることになっている。しかし、そのカフェもその資料の住所を探してもなかった。古い資料に違いない。腹もすいてきて、頭がクラクラする。パリはどこにでもパン屋があるはずだ、そこでシューケットでも何でも手に入れて喰いたい……。しかし、歩けどあるけど、そのパリ中にあるはずのパン屋がない。
 
 この夕方の散策の最終目的地は、凱旋門の北を走るテルネ通りにあるスーパーマーケットである。凱旋門というのは巨大な「ロータリー」に囲まれていて(この無法地帯のようなロータリーを運転しなくてはいけない日が、いつか来るのだろうか?)、そこから放射状に何本も出ている太い通りの一つを下りて行けば、そのテルネ通りに当たるはずである。ロータリーのさらに周囲をグルリと旋回する細い道を反時計回りに巡って、ここぞと思うところを右折する。

 片側4車線もある巨大な通りである。バイクを売る店が軒を連ね、新品の巨大なバイクが並んでいる。そのうち一つのパン屋があったので、そこでクレープを買い、歩きながら喰う(パリでは歩きながら喰うのは普通である。出勤前などに、スゴイ美人が、金髪をなびかせバゲットをかじりながら闊歩しているのを見かけるのだ)。
 
 通りを降りていって、とんでもない所にたどり着いた。そりゃあたりまえで、凱旋門をド真ん中の中心としてそこから放射状にいくつも道が伸びているのであって、入る道を一つでも間違えれば、その結果としてたどり着く円周上の位置はとんでもないところになるのである。凱旋門は、当たり前だが、その周りで見える姿が変わる。降りていくべきところの道も、また、自分がどこにいるのかも、凱旋門が見える姿で確認しなければならない。慣れれば便利である。  

 凱旋門はパリのヘソなのである。

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2006年09月11日

9.11に活動開始

 かなり疲労がたまっているようだ。それだけでなく、疲れているからか、栄養(特にカルシウム)が少ないからか、妙にイライラする。オレには、思うようにいかなことをどこかで楽しむようなハスカイなところがあるはずなのだが、そんな余裕はないようだ。

 今日は、アメリカの9.11の5周年。しかし、仮住まいしている短期アパートのテレビで見ても、別にこれといった特集はしていない。むしろ、昨日、最初に世界貿易センタービルに突っ込んだアメリカン・エアー(AA)11便について、アメリカで製作された番組をフランス語吹き替えで放送していた。

 例のパリ西のアパートそのものを見る。かなり気に入った。小さなベランダが付いていて、イスとテーブルを置くことができる。大通りから引っ込んだところにあって静かなのがいい。

 夕方、炎天下を本屋を探して歩き回り、クタクタになってカフェに入り、ミルク入りエスプレッソコーヒーを注文した。せいぜい1ユーロ60程度の品だ。コーヒーを持ってきたウェイターの言ったフランス語が聞こえず、しかも、頭がクラクラしていて面倒くさいので、1ユーロ50を出したら、「違う」と言下に言われた。

 しかたなく、20ユーロを出したら、12ユーロしか返ってこなかった。8ユーロのコーヒーなんかない。しかし、そのままではいけないと思いつつも、問いかえす気力もない。まともにフランス語が理解できないので、騙せる旅行者だと思われたのだろう。つり銭をごまかすとは、コザカシイ野郎である。

 エスプレッソを飲みつつ、車が行き来するパリの通りを眺めながらムシャクシャして苦虫をかんでいたが、思いなおした。まあ、言葉ができないことの良い薬かも知れない。そこで心に決めた。絶対、フランス語がうまく、もとい、マトモになってやる。そして、このカフェにもう一度来ることを決意した。また再び20ユーロ出して、あのウェイターがどうするか見てみたい。
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2006年09月10日

ジダンとアパート探し

 午後、散歩をしていたらサッカー選手のジダンを見た。シャンゼリゼの裏道で教会の写真を撮っていた。振り向いて歩き出したら、あのジダンによく似た人がいる。近づいてみると、まさしくジダンで、カフェのテラスに友人たちに囲まれて、アクビをしていた。

 さらにいくと、ダイアナ妃が事故死した地下ハイウェーが走っているところがあって、記念碑の前に花や写真がたくさん添えられてあった。  

 午前中は、本命と思われるアパートがパリの西17区にあるのだが、その周辺に行ってみた。交通量が多い通りから入った、閑寂な住宅地。緑も少なくない。通りをはさんで目の前にパン屋があり、通りの向かいにはカフェと簡単なランチができるところがある。少し歩くとスーパーや郵便局もある。かなりいい線いっている。

 もう一つの入居先の候補が15区にあるので、そのあたりも歩いてみた。西側のすぐ近所には、にぎやかな商店街があって、パリの下町の雰囲気がよくでている。が、東側は、かなり殺伐としていて、ニューヨークのマンハッタンの場末を思わせる。しかも、3階のアパートで、1階のテラスから登ることもでき治安に不安があるそうだ。
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2006年09月09日

やっと入国

 行き先は、フランスのパリである。シャルル・ドゴール空港に着いたのは夕方だが、まだ明るく、しかも暑い。パリはもう寒いと聞いていたので厚着をしてきたのだが、これでは汗をかいてしまう。

 イミグレーション(入国管理)にならぶ。「EU国人」と「非・EU国人」に分かれているはずだ。一度ならんだのが「EU国人」の列の方のようだったので、別の列にならび直したら、飛行機から降りた客がどんどん押し寄せてきたので、非常に長い列のお尻につかなければならなかった。

 ならんでいると、「EU国人」の列にならんだ人たちの多く(アジア人とか、明らかにEU国人とは見えない人たち)が、間違いに気がついて途中から「非・EU国人」の方に割り込んでくる。これでは列も何もあったものではない。前にもぜんぜん進めない。

 しかも、「非・EU国人」の窓口の検査官はきわめて厳格な人らしく、一人ひとりに非常な時間をかけている。列は動きもしない。これでは、イミグレーションを出るのはいつになるのか知れたものではない。

 隣の二つある「EU国人」の窓口の近い方をみると、黒人らしき検査官が、なんと電話で話をしつつ、無造作にパスポートにスタンプを押している。入国者に質問もせず、次から次へと入国させているのだ。よく見ると、あきらかに日本人らしき人もパスしている。「EU国人」と「非・EU国人」の区別なんかないのだ。
 こりゃ、これを逃す手はない、とそちらに行くことに。その列の一番最後についても、はるかに早く入国することができた。
 
 イミグレーションは、まったくアバウトであった。いいのかねこんなことで、フランス?
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2006年09月08日

離日

 出発前に、原稿をいくつかメールで送らなければならないが、ホテルではインターネットに接続できなかった。悪戦苦闘の末、接続をあきらめてテレビを見ようとしたら、テレビも映らなかった。テレビ番組案内を見ると、この夜だけは「メンテナンス」とある。こんなんでいいのか、日○ホテル?

結局、原稿は空港のインターネット・ターミナルから送った。まったく、オレの人生は、こんなふうに、タイトロープ(綱渡り)である。みやげ物を買って出発。
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2006年09月07日

出発前夜

 明日はいよいよ出発です。一昨夜は、ロジ君は、なんとなくいきごんで、いえ、日本をたつにはある種の礼儀をしめさなくてはならないような気がして、街の「カット1000円」という床屋にかけ込んで、髪をきりました。店にはいったとたん、インド人の女性にむかえられて、日本もおおいに“国際化”したことに感動したりしたのですが。

 出発は明日の早朝です。あまりに早いので、都心から空港にいくのは不安です。成田に一泊しました。

 空港ホテルのレストランは、なにを注文してもお金がかかります。それでも、ロジ君は、半月おくれの誕生日をひとり祝いたくて、ちょっとふんぱつしました。レストランで「禁煙ですか」と質問されて案内されたのは、なぜかガイコクジンばかりがすわっている席です。ロジ君は、日本の街でもときどきガイコクジンとまちがわれるのです。いや、西洋人とかではなくて、顔のそぼくな造りから東南アジア人と思われるらしいのですが。

 目の前にすわっているのは、太った白人のカップルです。すぐアメリカ人とわかります。コーラとフライドポテトを注文しているからです。そのむこうを見ると、いままさに、大きな牛肉ハンバーグらしきものを食べなんとする、これまた腹が異常にでたカップル。そのとなりは、ベルギービールを飲んでいますが、アメリカのダイナーを思わせるようなマスタードとケチャップのビンのかげにあるのは、フライドポテトかハンバーグにちがいありません。ロジ君は、アメリカ人に囲まれてしまったのです。

 「まったく、アメリカ人って食べるものでわかってしまうなあ」。
そういうロジ君も、日本人であることが、れきぜんです。「マグロづけ定食」(ふんぱつしました)なんかを注文してしまったのですから。
 箸をつかって「マグロづけ定食」をたべるロジ君を、白人のカップルがちらちらと見ています。
 「マグロ喰うのが、そんなにめずらしいかよ」。

 マグロは活きがいいとはいえませんでしたが、ロジ君は「まあ、いいか」と思いました。なんとなく日本に感謝する気持ちが、すこしあったのです。デザートと思って最後にあけた小さなおはちの中は、茶わんむしでした。ロジ君は、小さいとき、ほんの何度かしてもらった誕生日に、いちど、茶わんむしを作ってもらったのを思い出しました。
 「偶然だな」
 ちょっと感傷的な気持ちになりました。

 そんな風に、日本最後の夜は、ふけていきました。
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2006年09月06日

お別れ会

 サントワばぁさんが、送別会をしてくれた。

 なじみの和風料理屋に連れて行ってくれ、美味い酒をご馳走になった。75歳をゆうに越えるこのおばぁあさんにはいつも驚かされるが、今回も、他のお知り合いもふくめて待ち合わせの場所でおち会うと、小幅のしかし悠然とした足取りで、数百メートルはなれた料理屋に案内してくれた。

 飲みはじめると、サントワばぁさんは、趣味の良い手提げカバンから小さな袋を出して、
  「ハイ、おせんべつ!」
と言って、オレに手渡した。紫色の小さな貝殻の付いた、丸い銀色の鈴のお守りである。つい最近旅行で行った隠岐の水若酢神社で買ったおみやげだと言う。
  「福を招くんだって……」
とニッコリ微笑んだ。
  「ありがとうございます」。
一生だいじにしようと思った。

 夜もふけて、飲むほどに、
  「私たち、驚くほど話が合うのよねえ」
と隣のお知り合いへふり向いて、これまで過去に、文楽・演劇の話、野球の話(サントワばぁさんは、熱烈な阪神ファンである)、音楽の話などで盛り上がったことを説明した。もちろん、おばぁさんは何十年もの演劇・文楽・歌舞伎ワッチャーであるから、オレなど足元にもおよばないが。

 音楽の話をしていたら、ジャズの話題になった。サントワばぁさんはため息をついて、
 「ああ、ジャズの『枯葉』がいいわぁ。私のお葬式のときは、絶対にかけてもらうの」
と言った。こういう時は、いつも返答に困る。
 「なにおっしゃってるんですか、そんなの何十年も先ですよ。わたしが帰ってくるまで待っててくださいよー。またおばぁさんと飲むんですからね」。
 でも、その大事な時には、絶対に彼女のために「枯葉」をかけてもらおうと思う。
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2006年09月04日

アパート退去

 いよいよアパートを退去する日である。退去というのは、単に、荷物を持ち出し自分もいなくなるということではない。家中にある「ゴミ」を処分しなくてはならないのである。

 ゴミならいつでも出せばいいといわれるかもしれないが、先日書いたように、東京のこの区は、「燃えるゴミ」「燃えないゴミ」「リサイクルゴミ(新聞・雑誌・ダンボール・衣類など)」を峻別して出さねばならず、しかも、こういうゴミを出せる曜日が限られている(アパートによっては、ゴミをいつ出してもいいように建物の内外に入れ物があるが、ここはそうではない)。

 住んでいる地域の場合、「燃えるゴミ」は水曜と土曜日、「燃えないゴミ」は木曜日のみ、「リサイクルゴミ」は月曜日のみときまっている。さらに、ゴミは当日の朝しか出してはいけなくなっている。この区のこの地域は朝かなり早く回収に来るので、土曜日などウカウカと寝て入られない。

 というわけで、月曜日の今日は、朝7時まえから1時間以上かけて、新聞やダンボールを出したのだった。朝から気温が30度近い日で、気を失いそうであった。

 その後は、最終的の送る荷物を宅配会社がピックアップ、昼過ぎにアパートの修繕業者がやって来て、夕方に来た管理人さんに鍵を渡した。さらに、以前に売りそこなった文庫本などがあったのでブックオフに持っていく。かなりの数だったが、1000円にもならなかった。こんななら、誰かにあげるか捨てても良かった、と思った。

 簡単な夕食を食べて、ホテルの入った時は10時を回っていた。とにかく、今日はゆっくり寝れる。
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2006年09月03日

フランス人から学ぶ

 昨日のフランス人との合気道についての会話は、とてもおもしろかった。ワザは、理解体得したプリンシプルを表現・するものに過ぎないのであり、そのプリンシプルを獲得する方が大事だ、というのだ。フランス領マルチニック島生まれのフランス人だが、武士の極意のようなことを言う。

 同時に、彼女は、日本人が、こういう風に合気道の考え方についての話や議論をしないのを不思議がっていた。確かにそうだ。
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2006年09月02日

場違いな“キス”?

 昨日、オレは、余った食料や調味料類をもらってくれる知り合いのために、炎天下、エッチラオッチラ、遠くまで重い紙袋を提げていった――。なんていいヤツなんだ、オレ。

 さて、今日は、武道で知り合いのフランス人にも和風食器をあげた。オレの武道は、実は、合気道である。合気道を長年やっている彼女の話は、これまたおもしろかった。昇段審査で一度落ちたが、再挑戦の時、前回と異なりただ自分に集中して楽しんで、ふだん稽古してるとおりの合気道をしようとしたこと、そしたら審査の先生が「彼女のやり方こそ本当の合気道だ」と評してくれたこと、今の道場のある有能な先生の「道風」の大きさ、それに対して別の優れた先生の「エゴを中心とした緊張感と同時に“コジンマリ”さ」、などなど。

 さて、話しが終わり、カフェを出てサヨナラを言うときなって、彼女はフランス流の“両頬のキス”をしてくれた。頬はほとんど触れないが、「ちゅっちゅっ」と“キス”をするあれである。

その時、4人のオバサンが通りかかった。

オバサンA「あらぁ」と、目を見張っておどろいた。
オバサンB「いやぁねえ」と、眉をひそめた。
オバサンC「まったく、公道なのにねぇ」と、隣りのオバサンをこれ見よがしに見た。
オバサンD「ふんっ。いいお天気ねえ……」
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2006年09月01日

ゴミ雑感

 引越しのためにするべきことが多くて、ここに書くことができない。そういう時に限って、毎日おもしろいことが起こるんだが。将来、できればアップしたい。

覚え書き的に。

 とにかくずっと眠りたい。7時間でいいから、深く。引っ越しという大作業をすると、日本の夏がいかに非生産的かわかるというものである。

 引越しの問題は、ゴミがやたら出ることである。
日本は、ゴミを出すのに「燃えるゴミ」と「燃えないゴミ」を分別している。オレの住んでいるところは、「燃えるゴミ」が水曜と土曜、「燃えないゴミ」が木曜の一回きりだ。しかも、この地域は、朝かなり早く、朝8時過ぎである(深夜遅くまで仕事していると、8時でも早すぎる)。


 もちろん、ゴミを前夜に出すことは許されず、その朝に出さなくてはならないから、土曜はウカウカ寝ていられないのである。前夜に出すとカラスに荒らされる、というのがその理由だが、カラス対策を講じるより時間を早めるというのは、とても日本的な気がする。

 引越しのように“追い詰められた”状況では、この「決められた日」にというのが、かなり負担に感じられる。

 十分ゴミを出したつもりでも、ゴミを出した直後に、出し忘れた“大物”に気づくということが頻繁だ。思うに、毎日の生活で当たり前になりすぎて、その存在に――ましてやゴミとしての存在に――気づかなくなっているんだろう。

 モノがあることが当たり前になっていく。無くなったってたいしたことではないのに――。こうやってモノに取り付かれていくんだろうなあ。
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