2006年12月30日

日本の子どもと量販店

 のっぴきならない用事ができて、日本にいる。

 
 直前まで睡眠時間を削っての仕事に追われて、睡眠不足のまま飛行機に乗った。機中で眠れるかと期待したが、前の席に座った家族の幼な子が一晩中泣き喚いて、ウトウトする度にたたき起こされた。 
  
 帰省客のせいか機内はかなり混んでいて、とれた席は真ん中の列。後ろには、お父さんがフランス人らしきハーフの二人のお子さん連れ家族。右列窓際には、子ども二人を連れたフランス人家族が座っていた。そして、目の前には、男の子と女の子を連れた日本人家族。一瞬嫌な予感がしたが、あまりに疲れていて深く考えもしなかった。 
  
 思い出すだけでも、いっきに疲れるのである。後ろと右わきのお子さんたちは、絵に書いたように行儀が良かった。ところが、前に座った女の子(3歳くらい?)は、事あるごとに、「いやーーーーーー!」と、しかも大声で叫ぶのである。懐の深〜いオレのことである。最初は無視していたが、それが一晩中続くにつけ、さすがに弱った。 
  
 偏見といわれるかもしれないが……、いや偏見といわれようとなんだろうと、ふだんから子どもを甘やかして、「いや!」と言われる度になにかを妥協してやってなければ、子どもはこんな公共の場でも、そんな“わがままシグナル”は発しないものなのではないか。この親は、女の子にそんな大声を出されても、叱ろうともしなかったところを見ると、やはりふだんから甘やかしているのだろう、と感じざるをえなかった。子どもより、こういうオトナには腹が立つ。むろん、子どもを持ったことのない自分の経験を棚に上げていうのだが。 
  
 別に、日本人の子だから、というわけではない。しかし、飛行機などに乗ると、「公共の場所」での日本人の子の“傍若無人さ”が目に付くのは、ただのぼくの不運なのだろうか、と最近とみに感じることが多い。これは、なんなのだ? 
  
 フランス人は、子どもの躾けに厳しい、少なくとも昔は厳しかったというのを、どこかで読んだ記憶がある。それは、オレのまだ短いフランス滞在では実証することはできないのだけれど、犬などのペットの「公共の場所」での行儀のよさは、よく目撃するのである。電車やデパートなどでも犬を連れているのを見るが、みな行儀が良い。犬は口に猿ぐつわ(犬ぐつわ?)を着けていることもあるが、それは法律なのだとも聞いた。とすると、飼い主の責任を明確にする社会なのであろう。もちろん、犬と人間は同列に扱えないが、そんなことを見るにつけ、上記の子どもの躾けの話も嘘ではないだろうと思えてくる。 
  
 とにかく、この「いやぁー」の連続絶叫には参った。しかも、この睡眠不足、時差ぼけに加え、泊まった安ホテルのベッドが硬すぎて、熟睡できなかった。年末は、役所廻りなど必要なことで駆けずり回ったが、もうフラフラである。 
  

この滞在中、唯一の救いは、電気製品を商うビッ○カメラの能率のよさ(行って数時間もすれば、すべてがそろう品揃えの良さ。そして、店員の知識の豊富さ。フランスでは絶対に!考えられない)。そして、100円ショップの品揃えの豊かさ(時に、製品の質の良さ)であった。

 日本は素晴らしい国だよ! 
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2006年12月22日

ジャックとヌイグルミ

 自宅近くのスーパー・マーケットのかたわらに、ヌイグルミとソファに寝ている例のホームレスの男性、いや、長いので「ジャック(仮名)」と名づけよう。
 
 旅行から帰ってきて、久しぶりにそのスーパーのわきを通って、驚いた。
 
 ソファーがなくなっている。知りうるかぎり、ジャックはこれまでその場を離れたこともなかったが、その彼もいない。
 そして、ヌイグルミだけが、うす曇の寒空の下、ポツ然と歩道に置かれている。
 「オレは、なんでここにいるんかね」てな表情で、
主人を失って放心したように、大きなクリクリした目で、宙を見つめている。
                   
 人々は、ジャックがいたときと変わらない足取りで、そこを通り過ぎていく。
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2006年12月20日

ストラスブール

アルザス地方、ストラスブールに旅行してきた。

StrasbourgNoel4.jpg


 「ストラスブール」とは、もともと「道の街」という意味だそうだ。アルザスは「ヨーロッパの十字路」と呼ばれるのだが、ストラスブールも、中世から今日にいたるまで、ドイツ、スイス、フランスに囲まれたその中核都市として交通 の要所となってきた。12月あたまからクリスマスにかけては、ゴシック建築の傑作といわれる大聖堂の周りを中心に、街中に立つ屋台風の「マーケット」が有名で、それを見るためにフランス中から観光客が来るのだそうである。確かにきれいではあったが、過剰に期待しすぎたせいでもないが、その素朴さにあっけに取られた。 
  
StrasbourgNoel3.jpg 屋台で土地の食べ物などを出している人たちは、みな素朴でとても親切である。笑顔も自然で、この土地の人々の純粋さが伝わるようであった。ある屋台で土地の小さなパイを買ったら、おじさんが不器用な手つきで、食べやすいように包んでくれた。美味しいワインも付けてくれて、「これは隣の屋台で売ってるよ」と言う。美味しいワインですね、と言うと、嬉しそうに「そりゃもう!」とニコリとした。 

それにしても、かなりの寒さである。持ってきた携帯カイロが役に立った。


 町並みは、確かに興味深かった。「イル川」という小さな運河囲まれた島の中、きれいな旧市街広がっている。その美しさで、1988年にユネスコの世界遺産に指定された。  
   
 その中に、「プチット・フランス」と呼ばれる、フランスの中世の町並がよく保存されている地区があり白が基調の壁の上に木組みや切妻などこの地方独特の様式のStrasbourg2.jpg家々が並んでいる。これら家々16世紀から17世紀のアルザス地方の典型的な建築なのである。運河・水路沿いにあることからも分るが、ここにはもともと水を必要とする粉屋や漁師革なめし職人が暮らしていたのである
 


 ここストラスブールは、失業率も高いらしく、ホームレスや物乞いが多い。しかし、かなり冷えるので、夜街の中で寝ているホームレスはいないようであった。 
 ある夜、マーケットを見終えて帰ろうとすると、みすぼらしくもない男がなにか話しかけてきた。小銭はないか、と言っていたのだと思う。無視して通り過ぎようとすると、「オイっ。こらっ。聞こえねえのかー。オレが話しかけてんじゃねえか」と怒鳴ってきた。 
 無視されて怒る物乞いも、初めてである。 
 思わず立ち止まり、振り向くと、「オレの言うことが聞こえねえのか」と言う。ここで、「聞こえた、分った」と言うとマズいから、英語で「判らない」というと、「あ、そうか、じゃ行け」と納得した風であった。 


 クリスマスの屋台や町並みを早々と見てしまって、残りの日は、美術館めぐりをした。運河沿いを歩くのも楽しいが、路面電車のようなものを使うと、しごく簡単に移動ができる。

 小さな町であるにもかかわらず、ここには、多くの美術館があるのだ。以下、ガイドを参照しながら、急ぎ足で。
近代・現代美術館 MUSEE D'ART MODERNE ET CONTEMPORAIN  
ここで、たまたま、ルオーの特別展覧会をやっていたのだが、とても充実したすばらしいもので、最後の日は、一日中、そこに入り浸り、至福のときを過ごした。もちろん、ストラスブール出身の画家や彫刻家などの常設展示もある。  
   
 それと、アルザス地方の伝統的な民族衣装や台所用品、陶器、オモチャといった民具の数々に触れることができる
アルザス地方博物館 MUSEE ALSACIEN  
がある。これもとてもよかった。アルザス地方が、ドイツとその他の文化の“交差点”という位置をもっていたことが、良く分るのである。ここは、「黒い森」(フォレ・ノワール、ドイツ語では「シュヴァルツ・ヴァルト」)に近いことからもわかるように、民芸品にもドイツの地方文化が浸透しているのが感じられる。 ワイン製造コーナーにあった、樽の留め杭(というのか?)とか小麦粉を製粉する時に使う桶の端につけた魔除けの面とかがデザイン豊かで、ワイン文化がいかに民芸・芸術の一部をなしていたかが垣間見られるのである。建物そのものも、小さな中庭を囲んで建つ木組みの家屋を改造したもので、面白かった。 
   
 さらに、パレ・ロアンという、むかしストラスブールの司教侯たちの館だった建物があり、これは18世紀の典型的な古典主義様式の建物(設計は、ヴェルサイユ宮殿の礼拝堂を手がけたロベール・ド・コット)なのだが、その中には3つの博物館がある。  
装飾博物館 MUSEE DES ARTS DECORATIFS  
 1681年〜19世紀中ごろの貴重な陶器、金細工、時計などのコレクション。豪華絢爛な調度品を配した「枢機卿の居室」見どころ。  
美術館 MUSEE DES BEAUX-ARTS  
 1419世紀にかけてのヨーロッパ絵画を収蔵。ラファエロ、ボッティチェリ、ジオット、ルーベンス、ヴァン・ダイク、ワットー、ブーシェ、ゴヤ、ドラクロワなど。 
考古学博物館 MUSEE ARCHEOLOGIQUE 
 紀元前約60万年から紀元後8世紀までの考古学コレクション。

もちろん、オレらしい大失敗も。それは、またの機会に。

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2006年12月13日

ホームレスの男

 自宅近くのスーパー・マーケット。 
 そのかたわらに、いつも一人の男性ホームレスが寝ている。 
  
 いや、実際は目を覚ましているのかもしれないが、いつも歩道に敷いた汚い布団に横たわり、トロンとした目つきで、酒を飲んでいる。ヒゲもぼうぼう。 
  
 なぜ、いつも決まってそこにいるのか不思議だったが、寒さが募ってくるにつれて事情が判った。 
 そのすぐ脇のスーパーの通気口から、温風が出ているのだ。かなりの暖気だから、この寒空にはありがたかろう。 
もちろん、温風がとまる深夜は、布団に包まるしかなさそうだが。 
  
 一昨日、近くを通ると、どこから持ってきたのか、巨大な白いソファーが置いてあった。くだんのホームレスは、悠然とそこに座って酒を飲んでいる。 
 ふーむ、さすが文化先進国だ……。 
  
 ――と思いきや、今日、夕方通りかかったら、そのソファーに、なんと、大きな、目のクリクリした熊のヌイグルミが置いてあるではないか。 
 男は、そのヌイグルミと一緒にソファーにぽつねんと座って、ビールを飲んでいる。みすぼらしいホームレスとヌイグルミの組み合わせは、かなりシュールである。 
  
 なかなかあなどれない男である。
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2006年12月11日

フランス語会話クラスにて

 週に一度のフランス語会話クラスに行っている。語学的な才能がまったくない上に、記憶力の悪いオレのことであるから、進歩具合はひどいものである。 
  
 かんじんな表現がなかなか口から出てこないどころか、このあいだは、「ジビエ(gibie 狩猟で獲った獣の食用肉)」と言おうとして、「ジブリ」と言っていた。 
 トトロが鍋の中で煮えてるんですか。 
  

 この続きを、久しぶりに「酔眼妄語」に書きました。よろしければどうぞ。
 こちらです。 http://blog.livedoor.jp/mougo/
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2006年12月03日

映画『Fast Food Nation』

 マイケル・ムーア風のドキュメンタリーをイメージしていたので、面食らった。 
  
  アメリカのファーストフード業界、とくにハンバーガー業界をあつかったドラマである。いかに、ハンバーガーに肉を提供する会社(ここではテキサスの某社)がコストを安く上げるためにさまざまな手を使うか、メキシコからの「違法」移民を低賃金労働力で“搾取”しているかをドキュメンタリー風ドラマで描き出す。とくに、アメリカンドリームを抱いて、命がけでメキシコ国境を越えてくる若者たちの過酷な運命が、胸を打って言葉が出なかった。

  

  本当に気が滅入る映画であった。むろん、多くの人に 、とりわけ、アメリカ人に見て欲しいが、アメリカではどんな反応だったのだろう。

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2006年12月01日

アルゲリッチ&クレーメル コンサート

 マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)とギドン・クレーメル(バイオリン)のコンサートに行った(Salle Pleyelホール)。素晴らしい、驚きの一夜。 

 演目は以下: 

Martha Argerich : piano

Gidon Kremer : violon

Robert Schumann

  Sonate pour violon et piano n° 2 op. 121

Bela Bartok

  Sonate pour violon seul Sz 117

Robert Schumann

  Scènes d'enfants op. 15 (piano seul)

Bela Bartok

  Sonate pour violon et piano n° 1, Sz 75

joués en bis(アンコール): Robert Aldridge, Tango for Gabriela Fritz Kreisler, Liebeslied & Rosmarin


 アルゲリッチといえば、ソロをやればそれまでの固定観念を覆すようなタッチの躍動感、コンチェルトをやればオケを引きずって行くような情熱の激しさという印象を持っていた。それがどうだ、最初のシューマンのソナタでは、きちっと額縁に入って、いや、バイオリンのために華々しくも渋い色の額縁を作っているではないか。 
  
 一方の、ギドン・クレーメルといえば、モスクワ音楽院で名人オイストラフに師事した「鬼才」といわれ、昔に観たときは、髪を振り乱しながら、い感性でかつ颯爽とバルトークやプロコフィエフを弾く「バイオリンの貴公子」というイメージがあったので、ちょっとブカブカのスーツを着たおじさんがちょこちょこと出てきた時には、一瞬、目を疑った。しかも、かなり禿げている頭を見たときには、時がたったのだなあと思わざるをえなかった。もちろん演奏したシューマンのソナタは一流だったが、昔のイメージをなかなか払拭できなかったので、クレーメルがこんな風に目の前でシューマンのソナタを演奏しているのが、しばらく信じられなかった。 
  
 しかし、次のバルトークでは、ちゃーんとあの「貴公子・鬼才クレーメル」らしい激しさと超絶技巧を見せてくれ、しかし、みごとな感情の抑制もきいていて、ああ、この人は、しっかりと年齢に応じた円熟の仕方をして来た天才なのだなあと感じた。 
  
 アルゲリッチのシューマン『子どもの情景』は、すごかった。きめ細やかで軽やかなタッチ、リズム、そしてときどき溢れんばかりにかいま見える情熱の中に、子どもたちがいる情景がまざまざと繰り広げられた。まず、カンバスに落ち着いた淡い色彩の油絵の具で描くように、背景の風景が描かれる。小川が流れ、傍らにいくつかの花が咲き、おだやかな風さえふいてくるようだった。やがて、そこに登場人物が、それぞれの物語とともに現われてくる。時には、子どもたちの歓ぶ声が聞こえ、時には、やさしい空気の中に子どもたちが安らぎ、健やかに寝入っているのさえ感じられる。ほっとするような、幸福な情景であった。 
  
 それは、すばらしい人間賛歌、人間愛を歌い上げる一遍の短編小説のようだた。この演奏家ならば、満天に輝く銀河宇宙でも、目もくらむような絢爛豪華な世界でも、夢みるファンタジーの物語でも、簡単に描き出してしまうだろうと思われた。アルゲリッチも、なんと大きく変貌してしまったことだろう。 
  
 心に残る演奏会であったが、別な意味でも記憶に残るコンサートになった。コンサートの始まる前、演奏終了時、コンサートの終わった後と、カメラで写真を撮る客が、少数どころかあちこちで現われたことだ。しかも、どうどうとフラッシュをたいて。そのたびに、係員がものすごいスピードで飛んでいくが、完全にイタチゴッコであった。係員は、注意するだけでカメラを取り上げようともしないので、それを見越した観客が禁止されていることを承知で、平気でバシバシと撮るのであった。こんなコンサート始めてであった。パリジャンの自己チュウさ(もちろん、写真を撮ったすべてが外国人ではないという前提なのだが)は、こんなところにも現われるのか。 
  
 そういえば、会の始まる前、クロークにコートを預けようと並んでしたら、わきから、女の子がそ知らぬ風で割り込んできた。それを見た、後ろにいた男性が、フランス語で注意した。女の子は悪びれた風もなく、別の列の方へと歩いていった。 
 男性はこちらを見て、苦笑いしながら「いいフランス人は、ルールを守るフランス人から」と、ため息をついた。

posted by ろじ at 00:00| パリ ☔| 芸術・音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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