2007年01月31日

進歩しないものばかり

 日本でも、最近は増えたが、パリでは、いわゆるフリー紙(タダで配る新聞)が多い。地下鉄メトロのどこの駅でも、『メトロ(Metro: Paris)』『20ミニュッツ(20 Minutes: Paris)』などのかなり充実した情報紙を手にすることができる。最近では、それにル・モンド社の『ル・マタン(Le Matin)』が加わった。『メトロ』は、ボストンが発祥地で、今では世界20カ国で、それぞれの言語で発行されている。
参考:http://www.metropoint.com 

 フランス語のクラスでは、このフリー紙を使って最初の20分ほどの授業をする。その朝手に入れたホヤホヤの記事の一つを先生がピックアップし、その場で読んで議論する。もちろん、普通の記事だから、われわれのレベルではかなり大変。正直いって、ちょっと無茶ではないかと思う。

 今日は、『メトロ』紙の「パリジャンの環境意識」についての記事。彼らの環境意識は「かなり上がっている」のだそうだ。そうかねえ。車はあいかわらずディーゼル使い放題だし、ゴミもまともに分別もしない。道は犬の糞だらけ(つまり飼い主は拾わない)。 

 そうやって汚し放題にしている上に、おまけに、ディーゼルを含めた排気ガスがモウモウの道路のわきのテーブルで平気で、カフェなぞを飲んでるので、肺まで良くない。実際、このあいだ合気道の稽古で一緒だった女子が、「自分は喘息気味なのだが、パリジャンには肺が悪いのが多いのだ。なぜだか知らないけど」などと言っていた。「なぜだか知らないけど」もないもんだよ。 

 同じ『メトロ』紙には、最近イギリスで起こった「インド人差別」の記事。役者や芸能人を一つの家に共同で住まわせて、その成り行きをテレビで放送する、いわゆる「リアリティー番組」のひとつで、ある白人女性が、インド人女性に対する差別的発言をしたのだ。

 人間はいつまでたっても進歩しない。
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2007年01月30日

現代のおとぎ話?

 合気道の帰り、この日も納得できないモヤモヤした思いで歩いていると、例のホームレスの男性ジャックを見かけた。

  排気口からの暖気を背に、寝袋に包まって寝ている。その頭のところの小さな器が目に付いた。金を無心するためのものだろう。

  何気なく覗くと、指輪らしきものが。よく目を凝らしてみたが、やはり指輪だ……。

この男のあまりの惨めさに心打たれた女性が、いくらか恵みたくなった。かといって持ち合わせもあまりない――そこで、やおら右手の指にはめていた指輪を……という、ちょっとおとぎ話めいた光景が目に浮かんだ。 

 それは妄想かもしれないが、フランス人をちょっと見直したような気分になった。

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2007年01月29日

水漏れ(パリのパイプ屋)

 旅行から帰ったら、食器洗い機の下から茶色い水が出ていた。

 よくよく調べたら、水漏れは食器洗い機からではなく、水道への給水パイプからであった。パイプは、古くなって劣化している。旅行中も、毎日、少しずつ水滴のようなものが垂れていたのだ。その水が床にたまり、シンクの下と床のあいだにあるしきいの合板の板が吸っていたが、限界になり、茶色い水と化して流れ出たのだった。合板は、ものすごい厚さに膨れ上がっている。

  まったく、このアパートは、旅行に出るたびに何かが起こる。合板の板が吸ってくれたのは不幸中の幸いだった。でなければ、下の階まで水漏れして、大変な騒ぎ、弁償問題にまで発展するところだった。


 給水パイプを止め、一日中かけて、板を全部外し、水分を乾燥させるためにすべてを取り除いた。給水パイプを止めても、完全には止まらないので、鍋を置いた。

 リヨンにいる大家に連絡したが、パリのパイプ修理屋に電話してもパイプ屋はすぐ来ないという。
ようやく翌朝に約束を取り付けたパイプ屋は、待ってもいっこうに来ず、
大家が会社に電話すると、「行ったはずだ」と言い、
直後にパイプ屋からかかってきた電話では、「行ったがいなかった」と主張し(そんなはずはない。一日中家にいたのだ)、
じゃあ次はいつ来れるのか、と訊くと「二日後の夕方だ」というので、
そんなに待てないと怒鳴ると、「じゃあこれから行く」とやって来た。
それを大家に告げると、「さっきは、きっと似たような他の住所に行ったんだろう」と推測した。 

 パイプは、古いパイプを取り外して簡単に修理できた。来てくれたアンちゃんに、「さっきはどの住所にいったんだね」と訊くと、「いや、俺じゃなかったんでね」と答えた。敵もさるものである。

 その後、大家にすべてを伝えると、大家の答えが振るっていた。「いいか、あいつらにとっちゃ、パイプの水漏れなんてどうでもいいことなのさ」。
この大家、なかなかサバケテいる。気に入った。

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2007年01月28日

教会のある村

 26日から、のっぴきならない用事で、フランスの中部オーベルニュ地方へ。 

 雪が降っている。行く途中の列車からも、かなり積もっているのが見えた。
パリは冬が嘘のような温かさなのに、同じフランスでこんなに気温が違うとは、思わなんだ。見くびった。携帯カイロを持ってくるべきであった。 Auvergne-Alambic0701.jpg

 仕事がおわった夜、オーベルニュ料理の店に入る。
他に客もいないせいか、じつに親切な店主が、自らすべて給仕してくれる。
内装も、落ち着いて洗練されている。店の名前は「Alambic(蒸留器)」というのだが、蒸留酒を作るための強大な蒸留器が店の中に飾ってあった。 

 オーベルニュ料理は、量だけは多い「田舎料理の典型」かと思っていたが、まことに繊細で美味い。
ワインもデザートも旨い。
店の中に、パリにあるオーベルニュ料理レストラン「Ambassade de Auvergneアンバサード・ドゥ・オーベルニュ」の古い写真らしきものがあるから、店主に訊いたら、若い時にそこで6年ほど働いたのだ、と答えた。パリの思い出を訊かれて、嬉しそうであった。

  翌日、そこから30分ほど電車に乗ったところにある、イソワールへ。 
教会しかないような小さな町、というか村である。
しかし、家々は、白い壁に赤茶けた屋根で統一されていて、とても趣のある町だ。
駅の前に、寂びれた料理屋があり、ホテルもかねている。昼飯に入り、牛肉を頼んだが、肉とジャガイモだけの「田舎料理の典型」であった。 StAustremoine2-s.jpg

 前日までいた町のまわりにいくつかのロマネスク教会があり、とても気に入っていた。
このイソワールは、やはり古いロマネスク教会で有名なのである。

 さて、ロマネスク教会は、12世紀に建てられた「聖オーストレモワンヌ(Saint-Austremoine)修道院」という。入った瞬間、言葉を失った。

 飾り気のない、素朴な、褐色の「信仰の場」が、そこにあった。

 柱や柱頭の装飾がいい。素朴な彫刻の上に、かつては鮮やかだった色がのこり、素晴らしい。

StAustremoine3-s.jpg純粋な(そして篤い)信仰が、これほど力強いとは知らなかった。


 ロマネスク教会特有の、まわりの彫刻も、見ごたえがあった。 

 帰り道、大きな交差点で、杖をついた、腰の曲がった老婆が話しかけてきた。
口元を見ると、何本か残った歯が歯茎の中でグラグラしている。
良く聞こえないが、どうやら、車の往来がある交差点で、どこを渡ったらいいんだと訊いているらしい。
そのまま放っておくこともできないから、「こっちの横断歩道を渡るといいですよ」、と応えて、自分はスタスタ歩き出す。帰りの列車は、ごく僅かなのだ。 

 駅に着いて電車を待つあいだ、そこの窓から見えるロマネスク教会を眺めていた。
その方向から、あの老婆が、こちらへ向かって、トボトボと歩いて来る。
どうやら、この婆さんも、同じ列車に乗るらしい。 

 のどかな田舎町のなか、はるかに見える
12世紀のロマネスク教会の下を、
杖をついた老婆が左右に揺れながら歩いてくる。
ヒバリのような鳥の声が、どこかでする。 
 

 やがて、帰る列車の音が、田舎の町に響き渡った。

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2007年01月25日

ジャック、その後

 自宅近くのスーパーマーケットわきのホームレスの男性(ジャックと名づけた)。 
最近では、かなり体の具合が悪いらしい。
以前は近くを通り過ぎると、声をかけてきて、軽口をきいたものだが、最近では何か言っても、ラリッていてまるで判らない。 

 今日、通り過ぎたら、男たちが二人周り立っている。一人は、CDプレーヤーらしきものから出たイヤホンの一方を自分の耳に、もう一方を、ジャックの耳にかけている。
ジャックは、久しぶりに聴く音楽に興奮しているのか、首を縦に振ってリズムを取る。
もう一人の男は、それを見つめながら満足げにうなずく。

「こころのレストラン」のメンバーかもしれない。
昨日書いた慈善団体「エマウス(Emmaus)」のこともあるが、この国のキリスト教、いやキリスト教徒を見直し始めている。
しかし、なんか、悲しくなった。
ジャックへ情が湧き始めたか。
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2007年01月24日

ピエール神父、亡くなる

  昨日あたりから、街中のいたるところの新聞スタンドに、老いてやつれた、サンタクロースのような白髭のお爺さんの顔写真が出ている。

  何かと思ったら、アベ・ピエール(Abbé Pierreピエール神父)という人が亡くなったのだそうだ。その訃報記事がインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙(IHT)に出ていた。なんでも、フランスの大統領以上の国民的英雄なのだそうだ。
  
 一言でいうと、慈善団体「エマウス(Emmaus)」の創設者で、路上生活者の救世主だという。しかし、IHTには、他の否定的な面も指摘されている。1996ごろ、「修正主義者」でナチスによるユダヤ人虐殺否定した哲学者ロジェ・ガロディを擁護して、社会に波紋を引き起こしたやがて、多くの批判に堪えきれず、ガロディ擁護を撤回することになる近年になって出版した著書で、かつて女性と何度か関係を持っていたことを告白した、という事実も。“聖人”も人の子であったか。 

  さらにいくつかの目についた点を。

  • 1980年代には、コリューシュが始めた貧困者救済事業「こころのレストラン"Restaurants du Coeur"」(何日か前の日記を参照)を支持した。
  • 1992年にレジオンドヌール勲章を与えられるが、これを拒否した後、2001年に受諾する)。
  • 女性司祭や聖職者の妻帯、同性愛カップルによる養子を認めていた。

  いくつかの新聞に、良い記事が載っている。
(フランスLe Monde紙)http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0@2-3382,36-857943@51-857899,0.html
(英国Financial Timeshttp://www.ft.com/cms/s/2cc534fe-aa35-11db-83b0-0000779e2340.html 
 しかし、日本語の説明記事を見つけたので、以下に採録する。

ピエール神父は1912年、フランス南東部リヨンで生まれ、30年にカトリック教会カプチン会の修道院に入った。第二次大戦中は、迫害されたユダヤ人の国外逃亡を手助けし、終戦後に生活弱者の保護と支援協力の為に「エマウス」を設立した。

主な活動は、不用品の回収と再販売。衣類や雑貨から家電製品に至るまで、一般家庭で不要となった品物を分別・修理してリサイクルするのである。また、ホームレスや貧困にあえぐ人には仕事を提供したりと、まさに弱者の味方であった。その後、エマウスの運動は世界各地に広まり、団体名も「エマウス・アンテルナシオナル(Emmaus International)」と代わり、41カ国、299の支部団体と122の関連団体で運営されている。

エマウスがこれほどの規模にまでに成長したきっかけは1954年冬のこと。パリでアパートから追い出された女性が路上で凍死したニュースに、ピエール神父が激怒! ラジオを通じて路上生活者のための救援を全国の視聴者へ呼びかけたことで、エマウスの存在が知れ渡るようになった。神父は日曜に発行される「ジュルナル・ドュ・ディマンシュ」紙が定期的に行う著名人ランキングでも常に首位を争う人気者だった。

亡くなった翌日23日の新聞や雑誌はこぞって偉大な英雄を偲んだ。あるホームレスは、「寒さで凍え死ぬつらさよりも、彼を失ったことの方がつらい」と語っている。

(ニュース・ダイジェストhttp://www.news-digest.co.uk/news/content/view/1550/143/
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2007年01月22日

「こころのレストラン」

 テレビを漫然と見ていたら、「Restaurants du Coeur」というもののCM(というのか告示と言うのか)をやっていた。の存在を知る。訳すと「こころのレストラン」。どうやら、ホームレスのための慈善団体らしい。
 
 しかも、数日後の出張のために旅行関係のサイトを調べていたら、本当に偶然に、そのHPへのリンクを見つけた。(http://www.restosducoeur.org/

 この慈善団体は、「Resto du Coeur」(レスト・ドゥ・クール) とも略され、フランス本土に2,100の支部を持つ巨大慈善団体だそうだ。1901年に「協会法」で公益組織(日本のNPOに相当)として認められるという長い歴史を持っている。定期的に、低所得家庭に食料品を配給したり、ホームレスや自宅に炊事設備を持たない人たちに移動トラックで温かい食事を提供する。上のCMが出たこの時期から、冬の間の約3ヶ月間、活動をするらしい。

 心のレストラン1985年に当時、コリューシュという、フランスでは知らない人はいないほどの有名コメディアンが始めたものである。国民的人気を博し、いまだに彼の言ったジョークを使う人も多いという。俳優としても活躍し、『Tchao Pantin』という映画で1983年のセザール賞ベスト男優賞も受賞している。1981年には大統領選挙にも出馬し、大変な支持率を獲得した。が、彼のプロデューサーが暗殺されるという事件が起ったため、世の中を混乱させることを回避するために選挙出馬を取り消したという。
 

 コリューシュは、「こころのレストラン」を設立した翌年、バイク事故死で亡くなってしまう。しかし、家族やその意志に賛同する人々が活動を続け、今日にいたっている。資金は寄付。「アフリカなど国外の貧困援助も大切だけれど、あなたの隣にも困っている人がいるのではないかという考えで、定年退職者、主婦、失業者、学生たちが全て給与ゼロのボランティアとしてフランス全国規模で援助活動を運営実行している。

 さらに詳しいデータを

  • ボランティア数: 42,000
  • 寄付者: 38万人
  • 援助受給者: 62万人
  • 提供食事数: 6,150万食
  • 寄付金: 3,000万ユーロ
  • 個人が協会に寄付する場合は、60%の免税(課税対象所得の20%を超えない条件で)がなされる。たとえば、25ユーロ寄付する場合には、15ユーロが戻ってくることにな、実際には10ユーロしか出費しないことにな。それをレスト・ドゥ・クール協会ではコリューシュ法の免税措置だと表現している 

   以上、http://www.geocities.jp/bourgognissimo/Bourgogne/1ARTL/BR_036.htm  

 

 貧困層については、特に最近の傾向として若者が多いことが指摘されている。あるサイトから、ユーロニュースを引用しよう。

 フランスの貧困とは、定職に就けず、月額の収入が650ユーロ未満、国の提供するHLMに住む、社会保障援助無しには家計が成り立たない、こうした項目に当てはまる層を言う。現在この貧困層はフランスの人口の1。彼らにとって食費は家計の実に30%50%を占める。そしてその享受者の半分以上は外国人である
 食糧配給を受けるには、収入が十分ではないという証明書を出すだけ。たとえ不法滞在者であっても、食事を取れない経済状況にあると分かれば権利を得る。無料の屋内レストラン、巡回バスの配給では、何の申し込みの必要もない。並びさえすればいい。フランス語を満足に話せない人には、読み書きの授業も行っている。「偽りの貧困者に食物を提供してもかまわない。真の貧困者への援助を絶ってしまうよりは」とレストラン・ドゥ・クール Restaurants du Coeurの事務所に、小さな張り紙が張ってある。 
        (2005125日ユーロニュースより)         
http://www.nippon.fr/culture_jp/homeless.html 

 あのジャックもお世話になっているのだろうか。
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2007年01月15日

久しぶりにペイトリオッツの活躍

 昨夜は、アメリカのNFL(フットボールリーグ)のプレーオフがあり、わがチーム、ニューイングランド・ペイトリオッツを応援するために、一晩中、朝4時過ぎまで起きていた。

  相手はレギュラー・シーズン最高勝率を誇り、優勝候補最右翼のサンディエゴ・チャージャーズ。しかも、ホームグラウンドでは負けなし。その相手のホームグラウンドでの試合だったのである。

  すごい試合で、一進一退を繰り返したが、最後はペイトリオッツが寄り切った。しかし、すごい試合で、勝ったのがしばらく信じられなかった。チャージャーズのヘッド・コーチは、プレーオフに勝てないというジンクスが付いてまわる。これで、解雇かも。

  久しぶりに、ベリチェック(ペイトリオッツのヘッド・コーチ)・マジックやブレディー(ペイトリオッツQB)のBeat the clock play を見られたが、おかげで今日は寝不足で、一日中、かなわなかった。

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2007年01月09日

コンサート:エマニュエル・アックス

 元来、絵画が三度のメシより好きなので、パリに来てルーブル、オルセーと美術館三昧にふけるかと思いきや、音楽界などというハイカラなものに行くことが多い。オレを知る人は哂うであろうな。
 
 本日も、昨秋オープンしたサル・プレイエル・ホールでのコンサートに。このホールは、国から芸術振興の補助を受けているらしい。フランスという国は、芸術関係の金銭的補助が多い国だが、そのことはまたいずれ。 
 さて、出し物は、ロンドン・フィルのモーツァルトとエドガー。指揮は「サー」の称号つきのコリン・デービスである。

  最初の「シンフォニー35番(K385)」は、さすがロンドン・フィル、さすがコリン・デービスという一糸乱れぬ演奏だったが、はっきり言ってぼくには退屈だった。曲自体が好きではないのか、モーツァルトも生粋の英国人の手にかかると、ジューシーな部分がなくなってしまうと感じるのか判らないが、どうもイマイチである。きれいな太い麻ひもが、うねうねと流れる感じである。心地はいいが、さほど楽しくもない。 
 
 その次の「ピアノコンチェルト22番(K482)」は、エマニュエル・アックスのピアノ。
 颯爽とした貴公子然としたピアニストを想像していたら、「ヘぇ、すみませんね。ちょっと、お邪魔しますで」てな感じで、小太りの銀髪のオジサンが出て来た。ピアノの前にお腹を出してちょこんと座り、静かに出番を待っている。

 出だしは、さっきよりはちょっと緊張感のあるオケ。しかし、あいかわらず「太い麻ひも」である。ところが、アックスが鍵盤に触れた瞬間、すべてが変わった――。

  文字通り「触れた」という風である。手のひらを置いただけという風で、大げさに腕を振り上げもせず、指さえ曲げたようには見えない。その置かれた手のひらから出る音色は、輝かしい絹糸のようであった。 会場も、一瞬、信じられないという空気に包まれた。

 アックスの一つひとつの音が、考え抜かれ、ここしかないというタイミングで放たれる。それが、大げささとは縁遠い、何気ない軽やかな演奏でされるのだ。抑制された、しかしリズミカルな輝かしい“絹糸”で、「太い麻ひも」も「銀色の布生地」に変貌していくようであった。

  会場がわれんばかりのカーテンコールのあいだも、「へぇ、エライすんまへんな」てな関西のオヤジ風に、ヒョコヒョコ出て来て、ていねいにチョイと頭を下げる。まったく不思議なオッサンである。 

 一度引っ込んで、またもや激しいカーテンコールに出てきたと思ったら、アンコールを引き出した。ショパンのソナタで、それがまた、上品できれいなきれいな演奏である。「関西のオヤジ風」の見てくれとのギャップが激しくて、面白かった。 

 仕事があるので、後半のエドガーをスキップして帰ることに。クロークにコートを取りにいったら、カウンターの女の子が
「あら、もうお帰りなのですか?」
「ええ、アックスのピアノが本当にすごくて、それだけですごく満足できましたからね」というと、
「そうなんですか。一緒に聴けなくて、とても残念でしたわ」と、ニコッと微笑んだ。
ょっとドキッとした。
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2007年01月07日

ヨーロッパで増えるの車

 パリジャンは、排ガスなんか気にしない。
 大通りのすぐ傍らのカフェでも、道沿いのテーブルで、すさまじい排ガスの中で平気で、いや喜々として飯なんぞを喰っている。とくにフランスの場合、ディーゼルなどの規制がゆるいので、これはかなり“強烈な」排ガスのはずだ。


  NYタイムズ紙に、ヨーロッパで車が増え続け、環境が脅かされているのを論じた記事。

「ヨーロッパで増え続ける車、欧州を排ガスの未来への道に」

Car Boom Puts Europe on Road to a Smoggy Future

http://www.nytimes.com/2007/01/07/world/europe/07cars.html?hp&ex=1168232400&en=ebf6c988de377cab&ei=5094&partner=homepage    

 アイルランドのダブリンでは、過去15年間に車の数が2倍になり、いわゆる「温室効果ガス」は140パーセントも増えたという。

0107-CAR-CostofGrowth.gif
 
  良くわかる。パリなぞでは、車が多すぎてどうしようもない。
郊外から来る車もあるが、つねに道路は車で溢れている。
パリ中に無数にあるほとんどの道路は、少なくとも片側が駐車場になっていて、これもつねに一杯。
しかも、パリの大通りや大きな建物の地下には、巨大な駐車場があり、そこにも車は停められている。
いったいどれだけの車が、パリにあるのか、想像もつかない。 パリの排出する「温室効果ガス」の量は、ハンパじゃないだろう。 

 もちろん、パリジャンは、排ガスなんか気にしない。
 喜々として、道端のテーブルで、コーヒーなんぞを飲んでいる。
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2007年01月05日

ジャックの仲間たち?

 フランス生活に疲れてきたのか、ダレタ気分で、夕方、近所を歩いていた。 
  
 無意識のうちに精神的に疲れているようだ。長年アメリカにいたので、外国生活には慣れていると思っていたが、ここパリの環境は、妙な緊張を強いるらしい。たしかに、街に出てメトロに乗るだけでも、まわりに気を配らねばならず、数ヶ月住んだあとでも、リラックスできるとはいいがたいのである。 
  
 どうも、自分が“パリの異物”のような気がしてならない。美しい花園に刺さった、うす汚いトゲ……。 
  
 「華やかな」はずのパリ。もっと歩き回っても良さそうだが、どうも興奮しない。なぜだろうか――などと考えながら、近所を歩いていた。 
  
 自宅近くのスーパーマーケットの例のホームレス、ジャック。そばを通りかかったら、何人かの男たちが、例のソファーにいっしょに腰掛け、ジャックに話しかけている。なんかの支援会か? 
  
 ジャックも、はにかみながらも、ちょっと嬉しそうだ。うーむ、ぼくもなぜか少々嬉しい。 

他人事とは思えなくなってきたのか。

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2007年01月04日

トイレから学ぶフランス文化

 昨夜、パリに帰ってきて、トイレが壊れていることが判明。 
  
 いったん水を溜めるタンクから水を流すと止まらないのだ。先日、シャワーの修理をしたと思ったら、一難去ってまた一難である。 
  
 何のインガで、正月からトイレ修理……。 
  
 このトイレは、タンクの上蓋に水を流すためのボタンがついているのだが、そのボタンが、同時に、上蓋を留めるためのネジになっている。ここに越してきて、タンクの調子が悪いので、中のレバーの調整をアレコレやっているうちに、それに気付いた。 
  
 そのネジが、押すと外れるようになった。あーあ、ネジがもうダメなのかね、フランスのことだ修理工を呼ぶと高くつきやがるだろうな、いや、部品だけでもかなりの高額にちがいない……。それはシャワーの件で痛いほど認識したのである。 
  

とにかく自分で直してやる! と意気込んで、トイレと格闘すること丸一日――。

 
  ついに! このボタン兼ネジが、フタに対してある角度(90度)に収まっていると問題なく、それ以上になると、ネジのわきにミゾが削ってあってすぐ外れる事に気付いた。しかし、なんでそんな構造になっているのか? ネジをしたら取れないようにすれば、それで充分ではないか。合理的な説明がまるで考えられない。合理主義の国(とフランスは昔から言われている)のなぞの非合理的思考……。 
  
 今回の「トイレのボタン」ではさんざん悩まされて来たので、実は、あちこちのトイレに入る機会のあるごとに、「ボタン」を観察したのである。 
  
 驚いたことに、「ボタン」が同じものは、ほとんど一つとしてないのである! タンクの上蓋に(ボタンらしからぬ)装飾風についたものどころか、壁に大きな板の用についているもの(最初、どこにボタンがあるか分らなくてトイレ中探したものである)、はては、床に足で踏むボタン式のもの(しかも、一見したところ用を足すためのボタンとさえ見えない)さえあるのだ。 
  
 日本のト○社製のような規格品など、フランスでは思いもよらぬのであろう。差異を認める文化――ある一定の機能を満たせば、同じ目的を達すれば、バリエーションをいくらでも許す、これぞ本当の個人主義なのかもしれない。
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2007年01月02日

年の初めに美しい日本語に出会う

公告: あいかわらず2ヶ月遅れの更新であるが、いまの体力では、1ページを書くのがやっとである。ご了承願いたい。   
********************************************* 
 日本にいるあいだに、何冊かの和書を読む機会があった。 
  
 まず、M.F.K. フィッシャー著『ブルゴーニュの食卓から』という、土地の料理探求もの。有名な著書らしいが、正直いってその翻訳に辟易した。最初、サッと読んでなぜ判りにくいか理解できなかったが、読み進むごとに、気が付いた。助詞「てにをは」がちょっとおかしいのである。いちいちあげつらわないが、動詞の目的語に使う助詞が、特に変であるようだ。 
  
 翻訳評論家・別宮貞徳の批判――「外国語(英語や仏語)ができればそれで翻訳ができると思うのは大間違いである。『翻訳くらい』でなく、『翻訳なんて』(恐れ多い)と思わなければ」という一節が頭に浮かんだ。 
  
 もう一冊、たまたま手にした、岸田今日子の『大人にしてあげた小さなお話』は、それに比べて雲泥の差があるほど素晴らしかった。この人の才女ぶりは聞いてはいたが、これほどの文才であるとは。ストーリーの斬新さ、おもしろさ、簡潔さはいうに及ばず、日本語がきれいなのである。各ページの表現ひとつひとつが良く考え抜かれ、慎重に選ばれ、練られているのが、手に取るように感じられるのであった。その日本語に触れるだけで、気持ちのいいシャワーを全身に浴びるようであった。 
  
 (自分も含めて)最近の日本語の無責任さを目にするにつけ、つい先ごろ亡くなったこの“才人”の希少さ、有難さを痛いほど感じる歳の初めとなった
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