2008年05月20日

ソルボンヌ大学のデモ

ソルボンヌ大学前のデモ3

ソルボンヌ大学前のデモ2先週の13日、フランス語のクラスの帰り、ソルボンヌ大学の近くを通ったら通行止めだった。防弾チョッキを着た警官が道路を封鎖するその向こうには、学生のらしき若者の群れ。

ソルボンヌ大学前のデモ1日本で言う立て看(もう死語かね?)らしきものも立っている。最近は、国が教師の数を減らそうという改革を打ち出しているので、それに学生たちが(教師も?)反対しているのだ。先のメーデーには、学生たちのデモ行進もあった。1968年「5月革命」の40周年なので、学生たちも気合が入っている。

ソルボンヌ大学前のデモ4このソルボンヌ大学の前には「5月革命」を記念する野外写真展が開かれている。その写真の前に警官が立っているのであった。カメラを向けたら睨まれた。

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2008年05月18日

美術館ナイト

 昨夜は「美術館ナイト」といって、深夜までいくつかの美術館が開館している日であった。こういう風に、パリはフランスは芸術を一般に公開する日が多い。この一月から14の国立美術館・モニュメントは入場無料になったし(常設展示のみだが。6月まで実験的に)、パリ市所有の美術館もほとんど無料になった。この国の豊かさを感じる。

ブールデル美術館(猫) さて、その夕方、疲れていたが、ずっと行きたいと思っていた彫刻家のブールデル美術館に。本人が使っていたアトリエをそのまま美術館にしたものだが、ゆったりとした空間で大きさも手ごろな、なかなかのもの。正面庭も建物背後の中庭もいい。ちょっとした“彫刻の聖地”のようだった。猫が一匹住み着いているようで、主のような顔をして、庭のブールデルの彫刻のあいだを練り歩いていた。

 その後、近くにある、もう一つの気になっていた彫刻家美術館、ザッキン美術館に行くが10時で閉館だった。着いたのは9時35分ごろだが、そこはフランス、30分前には館員は帰り支度でソワソワしだす。不覚。ブールデル美術館で写真なぞ撮っているのではなかった。

 そのまま、プチ・パレに行く。ここは深夜まで開いているのだ。行ってみるとものすごい入場者の列。ひるんでしまい、道の反対側にあるグラン・パレのオーディトリアムで時間をつぶす。現代彫刻家らしき芸術家が設置した大きな鉄の黒い板が4枚、巨大な温室のような空間に吊り下げられていた。

 頃合いをみてプチ・パレに。今度は、すぐ入ることができた。なんと、ゴヤのエッチングの展覧会もタダで入れるらしい。喜びで冷静さを失って、そのまま突入。ゴヤと彼に影響があった芸術家のリトグラフやエッチングもそろえた、実におもしろい展覧会だった。が、つい長居して、プチ・パレでこの「美術館ナイト」だけやっているというさまざまな展示物・催し物を見そこねた。また不覚。まったく何をやってんだか。




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2008年05月17日

ちょっとグリーン・サム

シテ島花市場2

 ベランダの花が萎れてしまったので、ついに意を決して買いに行く。場所は、一度買いに行ってみたかったシテ島にある花の市場。

 昼ごろ、真っ青な空の下、鼻歌を歌いながら、セーヌ河の畔にある店の一つに入り、真っ赤なゼラニウムに目をつける。
シテ島花市場1 「おじさん、これ、冬にも強いかね?」
 「ああ、大丈夫」
 「じゃあ、ちょっと色混ぜてくれる?」
苗10個で26ユーロなり。

 真っ赤に咲いたゼラニウムの箱をもって、パリの街を地下鉄で悠然と帰ってくるオレってば、ちょっとシビレルぜ。

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2008年05月05日

桐の花

桐の花1 パリといえばマロニエが有名だが、この時期には、パリの街かどはまた、円錐状の淡い紫色の花をたたえた木々で飾られる。

――桐の花。フランス語でも英語でも「paulownia」という。ヨーロッパには日本から入ってきたのだそうだ。花言葉は「高尚なもの」。パリジャン・パリジェンヌの高い気位いに合っているかも。
 時間がないので、アパートのベランダから中庭に咲いているものをパチリ。


桐の花2 右のは、メーデーの日、メトロ駅プラットホームで、隣にいた“パリジェンヌ”がもっていた桐の花。
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2008年05月03日

日本の報道

数日前に書いた中国北京五輪聖火リレーについて、補足。
先月末に五輪聖火リレーは日本にも行ったが、その時ルートになった長野県での日本の警察側の中国寄りの監視を実況中継的に報告し、その「不当な姿勢」を追及するブログ記事などがしばらくネットに流れていた。

ことは、沿道に、聖火リレーと中国北京五輪を支援する中国人グループと、中国のチベット弾圧を糾弾しチベット解放を訴えるグループが同時に集まった場所でおこったらしい。ユーチューブやブログ記事などによると、日本の警察は、チベット解放を訴えるグループのみを取り押さえようとし、抗議をしても相手にもしなかったそうである。その結果、沿道は北京五輪を支援するグループだけで埋まったようになった。

さらに悪いことに、いや恥ずべきことに、日本のメディアはほとんどどこも、こうしたことを正確に伝えずに、ただ、沿道は五輪の支援グループで「真っ赤に染まった」などと、能天気に報じていたと言うのである(知るところ、どうやらこの評価は正しいようだ)。

はっきり言っておくが、わたしはこうした日本の警察の姿勢を、いくら「両グループの衝突を避けるため」とはいえ、個人たちの主張する権利を認めるという民主主義の基本さえもわかっていない、近代民主主義国家としてとんでもなく許しがたいこと、ヘドが出るほど腹が立ち、恥ずべきことと考えている。それにもまして、日本のメディアの態度には、情けなく悲しくなる。

しかし、日本のメディアというものがこういう風に腰が抜けているのは今に始まったことではない。このブログでも何度も書いてきたことだが、日本と外国の新聞(たとえばニューヨークタイムズ紙)を比べてみれば、日本がいかに≪事なかれ主義≫であるかは、一目で判ることだ。読売や産経新聞などは朝日を「左翼新聞」などと読んでいるが、日本の全部の新聞社と政治権力の近さ・クッツキ度の点から見れば、アメリカやフランスの新聞の「左翼度」の足元にもおよばないと思う。みな、いわば“右翼”、その言葉が悪ければ「体制派」である。

今回の事件で、日本のもっともっと多くの人々が、日本のメディアの問題点に気づき、それを語るようになってくれればと思う。そうすれば、もう少し日本のメディアもマシになるのじゃないかな。
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2008年05月01日

メーデーとスズラン祭り

メーデー行進2

 (これを書くために、過去日記を日付に忠実にしていたようなもの。しかし、こうしているうちにまた一ヵ月遅れてしまった。
 いろいろと時間がとられているため、サイトに頂いたメールへのお返事もできません。どうも申しわけありません。しかし、有り難く読ませて頂いております。)

 この日は、メーデーの日。去年は、パリにおらず不覚にも見逃したので、今年はぜひとも観に行きたかった。なんてったって本場ですから。時間がないので、急ぎでざっと報告。

メーデー行進1 昼前頃からスタートなので、昼過ぎに、デモ行進の一大通過地点のリパブリック広場に行く。着いてみると、案の定、大変な人ごみで、広場は人々と旗と拡声器から出る声と、行進の人々をあてにしたで出店で立すいの余地がないほどだった。

 もっぱら政治的主張を唱えるだけのグループもあるようだ。スリランカの民主化(?)を促がす集団のわきを、「サン・パピエ(滞在許可書なし)」労働者の巨大な群衆が主張を書いた幕をかかげて通る(上の写真)。道の真ん中で写真を撮っていたら、巨大な群衆に飲み込まれた、と思ったら、わたしの周りでアフリカ風の歓声を上げて踊り始めた。ちょっと感動。

メーデー行進3 CGTというユニオンの旗が多い。マイノリティーが多いようだが、彼らや「サン・パピエ」労働者が通ると、沿道から声援や拍手が起こった。同じCGTの旗でも旗の下に地名がついていて、パリ市内や郊外のいろいろな場所から参加しているのがわかる。かれらの主張を知りたいため、配っていたビラをたくさんもらってきたが、まだ読みきれていない。読んだらちょっとアップします。

 メトロで先回りし、終着地点のナシオン駅へ。そこで待って、すべての行進を観る。学生たちが最近の教育改革を批判するプラカードを揚げて通ったかとおもえば、新聞会社「ル・モンド」の従業員たちが通る。子どもが楽しげに旗を掲げていたりする。多くの者たちが「自己主張すること」を自然なことととり、この日のデモには誰でも参加できそれが当然の権利とみなされているのが手にとるように判った気がした。日本となんという違いだろうか。もちろん、パリでもこの日の参加者数は、主催者側と警察側の発表では異なったが……。

 この日は、また、スズラン祭りの日。誰でもスズランを取ってきて、街で売ることができる。自分のために買うことはもちろん、普段お世話になっている人にあげるのだ。しかし、あちこち回ったがどうもスズラン売りもシンジケート化してしまっているようで、同じ人種らしきグループが、同じデザインの包み紙に入った小奇麗なスズランを売っている。興ざめである。

スズラン売り1 ところが、夕方、エッフェル塔の足元、日本館の前を通ったら、娘二人連れの親子がスズランを売っているのに出会った。苦労してとったような長さの違うスズランを、アルミホイルに包んでいる。子どもたちも手伝ったのか、どれも同じでなく手作り感が良い。2ユーロで買う。あまりにもステキな親子なので写真を撮らせてもらった。笑顔がすばらしい。

スズラン売り2 親子たちの純粋さと春のかすかな芳香を漂わせて、スズランはしばらく居間を飾っていた。
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