2008年09月29日

喜劇『カサノバ』

 晩にテレビでやっていた映画を観ていたら、思わず引き込まれた。なかなか良くできた喜劇である。『カサノバ』というタイトルだった。『カサノバ』は1976年の フェデリコ・フェリーニ監督作のが有名だが、これは2005年のもの。

 込み入った話を細やかで丁寧に作り、良くできている。ひとことで言えば「2重のアイデンティーの喜劇」――主要登場人物が、それぞれ2重のアイデンティーを持ち、それらが交差し、時に重なり、時に誤解を生んでテンポ良い喜劇になっている。しかも、カメラワークや音楽が丁寧で良い。たとえば、低いカメラ位置からのパンで無駄のない効果を生む。一種の完ぺき主義。

 これはどんな監督だろうと思って調べたら、ラッセ・ハルストレム(Lasse Hallström)監督だった。あの『My Life as a Dog』や『The Cider House Rules』、そしてあの甘やかさとスパイスの効いたかわいらしい一品『ショコラ Chocolat』を制作した監督と知って、なるほどそれならと納得。もともとは、アメリカ人の女性作家がストーリーを売り込んだものらしい(以下のHPに詳しい)。
http://www.thefilmfactory.co.uk/casanova/

 観ていて、喜劇というのは作るのが本当に難しいのだろうな、と実感。いわば人生(人間のサガや社会の仕組みなど)をよく分ってないとできないのだろう。ハルストレム監督が「大人」であると感じた瞬間だった。
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2008年09月28日

今どきの日本の“ぜいたく品”バナナ

 日本では、また、新たなダイエット法が流行っているらしい。昔、日本で粉ミルクを使っていた頃、突然スーパーの棚から粉ミルクがすべて売れきれた時は、驚き、同時にそれがメディアで有名になったダイエットのせいだと知り、日本の「流行」のグレツさに胸糞が悪くなったものだ。そのことは過去に書いた。
「買えないスキムミルク」
http://dokugo.seesaa.net/article/3204906.html

 今度はバナナだそうだ。しかも、調べて読めば読むほど、それが万人に効く効果の根拠は薄いと分って、なんとも言いようがない気分だ。去年の年初めに、テレビ番組の捏造で「流行ダイエット法」の浅はかさを学んだ、と思ったばかりなのに。

 わたしが子どもの頃は、バナナというのは一種の舶来のぜいたく品、運動会か遠足にしか食べられなかったものだが(と言っても、貧しいウチでは滅多に持って行けなかった)、それが、棚から消えて別な意味の“ぜいたく品”になってしまったらしい――と、そんなことを思っていたら、もっと判りやすい言葉で言い切ってくれたコラムを見つけた(下に引用)。「バナナに限らず異国の果物は、豊かになるにつれ、舶来のぜいたく品から日常食に変わる。日本では間食や『あいさつ代わり』を通り過ぎ、減量の具になったらしい。やせるために先を争って食べる姿は、途上国の理解を超えよう」と、よくぞ言ってくれた。

 こうして、日本では、頻繁にメディアによって“ぜいたく品”が作られ、国民は先を争って喰うのである。まわりにある食材をごく普通に喰っているフランスから見ると、ますます異常に見えてしまう。

脚本家の山田太一さんに「車中のバナナ」という短い随筆がある。列車に乗り合わせた気のいい中年男が、カバンからバナナを取り出し、近くの乗客に配る話だ。断る山田さんに、男は「食べなさいって」としつこい▼やがて一本を食べ終えた老人が「せっかくなごやかに話していたのに、あんたいけないよ」と責めてきた。山田さんは胸中を振り返りつつ、こう結ぶ。「貰(もら)って食べた人を非難する気はないが、忽(たちま)ち『なごやかになれる』人々がなんだか怖いのである」▼輸入が始まって1世紀。バナナは「あいさつ代わり」に差し出せる食べ物になった。60年代から、原産地を変えながら日本の食生活にとけ込み、リンゴやミカンをさしおいて「よく食べる果物」の首位にある▼その黄色い房が品薄だと報じられた。朝食をバナナだけにすると楽にやせられるという「朝バナナ」ダイエットが、本やテレビで紹介されたためだ。飛ぶ売れ行きのスーパーでは入荷が追いつかぬという▼バナナに限らず異国の果物は、豊かになるにつれ、舶来のぜいたく品から日常食に変わる。日本では間食や「あいさつ代わり」を通り過ぎ、減量の具になったらしい。やせるために先を争って食べる姿は、途上国の理解を超えよう▼メタボ体形から「ちょい太(ふと)」に脱した立場で言わせてもらえば、やせるなら「食べ過ぎず、動く」に尽きる。およそブームと呼ばれるもの、新聞のコラムが取り上げたら終わりが近いとか。果物売り場はきょうあたり、品薄どころか黄一色に染まっているかもしれない。(28日付『天声人語』)
http://www.asahi.com/paper/column20080928.html
 
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2008年09月25日

季節のヨーグルト

季節のヨーグルト1

 この季節に限らないが、パリではフランスのいろいろな地方のヨーグルトが買えて、とても楽しい。ここに挙げたのは、(左から)サボア、リモージュ、バスク産のもの(厳密にいうと、バスク産のは「ヨーグルト」ではないが)。リモージュのヨーグルトは、この季節のブルーベリー入り。

 どれも、とても素朴で美味しい。こういう食文化に触れられて幸福だと感じている。
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2008年09月23日

アフガン撤退論争とフランス人の鬱

 新聞『リベラシオン』紙に、アフガンからの撤退にこの国の左翼が「ノン」と主張したとの記事。昨日、それに関してテレビで議会下院で行われた論戦を放映していたのだ。
http://www.liberation.fr/politiques/010123233-l-afghanistan-divise-le-parlement

 もう一つ。フランスでは現在、うつ(病)に悩む人が多いとの記事。今年に深刻な鬱(うつ)症状を経験した人が550万人もいたと言う。(『フィガロ』紙によれば、鬱病にかかったことがあるフランス人は5〜8%だという。)これは少ない数ではないが、社会が「鬱」と認定する“限界”、つまりどのくらいになったら「鬱」というカテゴリーに入れその名前を付けるかの社会的事情は国・文化によって違うから、簡単な国際比較は慎まねばならないだろう。たとえば、アメリカでは精神科・カウンセラーにかかる人は「多い」が、それは比較的抵抗なく診療行為に向かう、つまりその“敷居”がどちらかというと低いからであり、日本では、精神科・カウンセラーにかかることは社会的スティグマが強く、その“社会的敷居”を超える人は「少ない」が、にもかかわらず精神的に援助が必要な人たちは少なくないだろう。
http://www.liberation.fr/actualite/societe/353743.FR.php 
http://www.lefigaro.fr/sante/2008/09/23/01004-20080923ARTFIG00278--quel-moment-faut-il-se-soigner-.php 

 最近では、フランスの労働市場で、非正社員や派遣が増え、雇用が不安定化しているというニュースもある。日本人から見ると、こんなゆったりした国はそうなさそう(パリを除く――パリ人はかなり神経質)に思われるが、失業率も上がっているみたいだし、サルコジになったあたりから社会生活は苦しくなったのだろう。
フランスでも不安定雇用が増加
雇用省が9月2日に公表した調査結果によると、派遣(interim)が2007年に大幅に増加し、統計をとり始めた1995年以来最高の数字に達したことがわかった。フルタイムに換算して637,900人分の雇用となり、前年度比5.8%増。全労働者の3.6%が派遣だ。派遣社員のうち58%は30歳未満の若年層。非正社員(パート、派遣、契約)が全就労者の35%(2007年)を占め、年々増加し続けている日本ほどではないにしても、若年層の不安定雇用が増加している点は同じだ。新卒者の雇用形態の違いに関する国立統計経済研究所INSEEの調査(2007年)でも、10年以上前に高校・大学を卒業した世代と、1〜4年前に卒業した世代の雇用形態には明らかな違いがある。前者では、正社員労働者(無期限雇用)が80%、非正社員労働者が7%(うち派遣は1%)なのに対し、後者の世代では、正社員労働者が66%、非正社員労働者が30%(うち派遣は6%)と、大幅に非正規雇用が増えている。物価上昇によって購買力低下が取り沙汰されている昨今、こうした不安定雇用の増加で低所得世帯はますます増えそうだ。
http://www.ilyfunet.com/actualites/on-en-parle/639_eco.html
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2008年09月22日

ストには慣れた

 パリでは、あいかわらず時どきストが続いている。

 それも大きなものではなく、まれに地下鉄(メトロ)が遅れたり、高速地下鉄(RER)が運休になったりという具合だ。もちろん、全般的な予告はない(会社のHPに行けば分るのかもしれないが)。たしかに不便だが、パリジャンが大騒ぎするのは見たことはない。

 今日は、RER のB線がストで、5本に1本の割合で運行予定、北駅での乗り継ぎも不可だそうだ。この辺りはよくストの影響にあう。このストは明日も続くのだが、RER のB線というのはSNCF(仏国鉄)とRATP(パリ交通公団)の二つの組織によって運行されていて、今日のストライキは前者、明日のストライキは後者の労組主管によるものなのだそうな。やれやれ。

 明日は、郵便局もストライキだそうだ。郵政民営化反対を訴えるために、郵便局員の主要6労働組合のうち5組合(CGT、SUD、CFDT、FO、CFTC)が、郵便局職員30万人を動員して大型ストライキを行う。フランスの郵便公社は、フランスで最初の公営事業であり、また現在の欧州に残る数少ない公営事業のひとつという。(22日付『ルモンド』紙による)
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2008年09月19日

新学期

 昼過ぎ、街を歩いていると、たくさんの子どもたちが突然湧き出てきたように通りに増えているのに気がつく。秋になって、学校の新学期が始まったのだ。

 小さな、おそらくは小学生になったばかりの子どもが、大きくてカラフルな背負いカバンを背中に載せて歩いている。カバンの方が大きくて、カバンが一人で歩いているようにも見える。カバンの下に滑車が付いていて、ガラガラ曳いて行く女の子もいる。将来のキャリアウーマンか。夏の終りは、スーパーの棚がこういったカラフルなカバンで飾られる。

 学校が終わると、子どもたちが、たくさんパン屋の前に群がる。母親にチョコ入りパンなどを買ってもらうのだ。これは、チョコクリームというより実際のチョコが入っている感じのパンだ。

 秋口の公園のまだ暖かい日向になどに座って食べる子、歩きながら食べる子、これもパリの風物詩だ。
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2008年09月17日

ローヌ・アルプとコンテ地方旅行

アヌシー・運河1

ブルゴーニュ・ワイン街道へ 週末から16日まで、フランスの東南の地方にドライブしてきた。ブルゴーニュ地方からワイン街道を南下して、ローヌ地方のリヨンで一泊、まず、翌日そこからアルプ地方(二つの地方と合わせて「ローヌ・アルプ地方」と呼ぶ)の山間を走った。

 リヨンの後、美しい湖で有名なアヌシーに泊まる。ここは、スイス風の旧市街をめぐって小さな運河が縦横に走り、運河沿いに瀟洒なレストランなどが並ぶ。「フランスのヴェニス」と呼ばれている。たしかに美しい。(上の写真は、運河に浮かぶ宮殿。) しかし、サボア料理というのは、量がべらぼうな上、チーズが多すぎて腹がもたれる。夕食後、なかなか寝付けなかった。

 翌日、天気が良くなったので、急きょ、アルプス山脈の端っこのシャモニーまで足を延ばし、名山モン・ブランを見ることに。そこの「エギュイユ・デュ・ミディ」という山が、すべてロープウェーで登れるという。標高1000メートル位にある麓の駅に車をとめ、往復なんと38ユーロの大枚を払って登った。ものすごいスピード、たった8分で標高2317メートルの中間駅「プラン・ド・レギュイユ」に着く。そこで別のロープウェーに乗り継いで、これまたすごいスピードで雲の上に顔を出した頂上へ向けて上がって行く。どうやら、山頂は快晴らしい。

モン・ブラン1 着いた駅からからさらにエレベーターの券を買って頂上の展望台へ。標高3842メートル、さすがに寒い。幸運にも晴れ渡った四方の雲の上に、頭を出した山々を望む。目の前、上の方にモン・ブランが悠然と横たわっている。モン・ブランに比べればこの山頂もなんのことはない。「エギュイユ・デュ・ミディ」というのは「南の鋭鋒」とでも訳すが、モン・ブランの峰の一部というくらいの意味なのだろう。しばらくそこで写真を撮っていたら、気分が悪くなり、心臓もバクバクしてきた。高山病だ。いっきに上がってしまったせいだろう。そりゃそうだ、下から上まで45分もかからない。「楽」に頼りすぎると、危険である。

 シャモニーを後にして、チーズで有名なフランシュ・コンテ地方に向かう。途中、ほんの一瞬スイスに入ったのだが、通過するだけで30ユーロ払わせられた。一体全体、あれはなんなのか? 道路がきれいというわけでもなく、スピード制限がどこも100キロとやたら厳しい。フランスは対抗策として、フランスに車で入国するスイス人には、例外なく30ユーロ払わせるべきである。

 さて、このフランシュ・コンテ地方はジュラ山脈の裾野に広がるが、そこで作られるジュラ・ワインでも有名だ。ブルゴーニュやボルドーほど有名ではないが、素朴で好感がもてるワインだと思う。広大な草原にコンテ・チーズを造るために放牧された牛と、山の斜面に端整に並ぶワインのブドウ畑、それがこの地方の風景だ。チーズもワインも、どちらも癖があるのだが、長年、頑固にその製法を守っている。フランスの裏街道にあって、長い間、素朴に生き続ける人々の地方――そんなイメージだ。

 山間の小さなチーズ産地の村ポリニーで、チーズ博物館を見学。頑固に製法を守っているさまが、よく判った。館内で見せられたビデオの最後についていた、おそらくはこれまでのコンテ・チーズのTVコマーシャル集のようなのがベタなユーモアで、いかにも素朴なこの地方らしくて笑ってしまった。コンテ・チーズも、6ヶ月ものと12ヶ月ものを試食させてくれた。

アルボア村1 その日は、隣のアルボアで一泊(ここはパスツール先生の生誕地)。小さな川沿いの小さな中世風村だが、実に美しい。街にはワイン造りのテロワールが5つ店を出している。入ったレストランは、地方の料理をたっぷり喰わせてくれ、この地方の様々なワインも少しずつ飲ませてくれる。サービスもテキパキとしてスムーズ、パリでは考えられない心地よさである。

 翌日、帰途、ブルゴーニュ地方のフォントネー修道院に寄る。ここはシトー会の修道院なのだが、シトー会とは、ベルナールという青年が、当時、膨大な金と権力を誇っていたクリュニュー修道会への反発から設立した会である。それだけあって、人里はなれた森の中にひっそりと建つ静かである。特に寺院と回廊は、華やかさをそぎ落とした美しさ。ここは全てを自給自足で賄っていたらしく、水車を利用した工場まである。世界遺産になっている。

 その後、帰パリ。山間のクネクネ道たっぷりの全長1500キロ。さすがに疲れた。
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2008年09月08日

映画は社会の鏡

 昨日、日本の映画についてあんな風に書いたが、それと機を一にするように、ベネチア映画祭で日本の映画が三本とも賞を逃した、と報じられていた。そのうちの一本は大好きな影像作家、宮崎駿監督のものだったので、とてもとても残念であった。

 ベネチアで賞を獲ったもの、話をきく限り、どれも歯ごたえのある社会派のものらしい。日本の映画をそれらとを比べて、どうしても、映画は日本の社会の引き写しなのだなと思ってしまう。

 そのワケを知りたくて、ネットでちょっと調べていたら、こんなコラムが。やはり日本の映画風土は、思っていたとおりなのかもしれない。残念だけど。
国内を見渡せば、そうした作品ばかりではない。いま作られる多くは、ベストセラー本や人気テレビドラマの映画化なのだという。海外での評価の一方、邦画全体の底は案外浅いのが実情らしい」とある。

 日本人というのは、もっとポテンシャリティーがあると思いたいのだが、外から見たら、かなりひ弱なのかもな。自分を含めて……。旅行に行くとそれを如実に感じるよ。

「天声人語」6日付
 映画の故・黒澤明監督が「羅生門」のあとに作った映画の評判は、散々だった。「当分は冷や飯を食わされる」と覚悟を決め、憂さ晴らしに川へ釣りに出かけた。ところが、何かに引っかけて糸がぷつりと切れる▼仕掛けの予備はない。ついていない時はこんなものかと帰宅すると、奥さんが飛び出して来た。ベネチア国際映画祭で「羅生門」が最高賞を取ったと知らされる。自作が参加していることさえ知らなかったと、自伝につづっている▼歳月は流れて、今年のベネチアにも「日本の風」が吹く。最高賞を競う部門に3作品が招かれた。北野武監督「アキレスと亀」、宮崎駿監督「崖(がけ)の上のポニョ」、押井守監督「スカイ・クロラ」である▼宮崎、押井作品はいまや日本のお家芸のアニメ映画だ。わびしく釣り糸を垂れた黒澤と違い、3人とも現地入りして、自作のお披露目に会見にと忙しい。前評判は良いと伝わっている▼3本はどれも、監督の哲学や技量に裏打ちされた深い世界がある。しかし国内を見渡せば、そうした作品ばかりではない。いま作られる多くは、ベストセラー本や人気テレビドラマの映画化なのだという。海外での評価の一方、邦画全体の底は案外浅いのが実情らしい▼生前の黒澤も、邦画の商業主義に辛口の意見をしていた。そして晩年まで、「まだ映画が何かよく分かっていない」と口にした。映画人にとっては永遠の問いに違いない。きょうは没して10年の命日。そしてベネチアの賞はあす発表される。金獅子のゆくえを見守っていることだろう。
http://www.asahi.com/paper/column20080906.html
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2008年09月07日

日本の映画について雑感

 こちらでも、テレビで日本の映画などをやる。それが話題の小津だったり吉田喜重だったりするのはよく分かる。しかし、時に、最近のドラマ(青春?)映画だとかホラー映画だとかが放映されて、ナゼなんだろうと思いながら観てしまう。

 先週そんなホラー映画をちょっと観ていて、それがヨーロッパ映画と雰囲気がはなはだしく違っていることに軽いショックをうけた。特に、日本で最近流行っているらしいホラー映画の描き方と、ヨーロッパ映画が苦労して描き出そうとしているもののギャップははなはだしいと思う。もちろん、ホラー映画と社会派映画を比較するのはフェアではない。しかし、日本の「社会派」といわれるもの(『それでもボクはやっていない』か? あれは意義ある映画と思うが)を振り返っても、あまりギャップが埋まるとは思えない。

 「試験管の中で起きているドラマ」という言葉が頭に浮かんだ。

 チェコやトルコやオランダなどの社会問題・政治的問題とノッピキナラナイ関係で向き合っている国、ドイツなどの自分の過去と真剣に向き合い、そしてこれからの未来も考えようとしている国(たとえば映画『善き人のためのソナタ』)、ヨーロッパではないが、日々の生活さえも脅かされている中東やアフリカの国々、こうした国の人々があえて映画で表現しようとするものの片鱗でも、日本の映画にあるだろうか。

 日本映画のこの社会派・政治派離れは、かつて指摘したことがある。海外の映画祭でも群を抜いているのだ。
If we lived in a Paradise …(もしこの世がパラダイスだったら…)
http://dokugo.seesaa.net/article/2195879.html
“豊かな国”日本は、表現力も豊かになっているとは言いがたいと思う。

 そんなことを考えていたら、数ヶ月前の昼飯時にのぞいた『フィガロ紙』に載っていた、世界の国々の平均余命についての記事を思い出した。
http://www.lefigaro.fr/sante/2008/05/21/01004-20080521ARTFIG00011-atteintes-cardio-vasculaires-premiere-cause-de-deces.php 
記事自身は、心臓発作が世界中で死因のトップになったという内容なのだが、そこに各国の平均余命が載っていたのだ。
 日本は83歳。その隣に一番短い国々が載っている。シエラ・リオン40歳。以下、
   レソト     41歳
   スワジ     41歳
   アフガニスタン 42歳
   ニジェール   42歳
   ジンバブエ   42歳
   ザンビア    42歳
こうした国では、日本の半分ほどの人生なのだ。日本とは、どういう国なのだろうか。やはり、パラダイス?(ちなみに、高い方は、スイス82歳、オーストラリア82歳、フランス、カナダ、アイスランド、スエーデンが81歳と続く。)
posted by ろじ at 22:55| パリ ☁ | TrackBack(0) | 文化・芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月06日

『ER』放送打ち切り

 昨夜、テレビ番組『ER』を探したが、やっていなかった。ネットの局FRANCE2サイトを見たが、予定としてやらないことは判ったが、今週だけなのかそれとももうやらないのか、まったく判らない(実にフランス的無責任)。(8月8日の日記を参照)

 ネットをサーフィンしてやっと見つけた。『ER』(フランス語名は『URGENCES』)の専用サイトに「お知らせ」として、8月末に突然打ち切りになったことが載っていた(ニュースのタイトルが「Coup de massue(こん棒の一撃=思いがけない災難)」)。しかも、翌週の9月から。理由は「200万くらいの視聴者しかいないので」だそうだ。

 200万?最後の放送は214.2万人で12.5%だったそうだ(フランスの人口は6000万くらい)。12.5%。これは少ないのか? かもしれない、しかし、毎晩のように放送している、延々と同じことを議論するトーク番組がそれ以上の視聴率があるというのか? 似たようなモノが年中放送されているが。フランス人はあんなもの観ながら、テレビの前で一緒になって議論してるって言うのか? しかも、FRANCE2ってのは公共テレビじゃないか。視聴率がそんなに優先されるのか?
http://www.urgences-la-serie.com/

 『ER』が好きな視聴者はきっとコアなファンに違いない、なら、このフランス人のこと、必ずどこかで議論しているはず、と思って探したら、あったあった。FRANCE2の中の案内サイトに「フォーラム」という議論ページがあって、「FRANCE2をボイコットしよう」などと書き込みがたくさん。このフォーラムによると、FRANCE2は『ER』のこのシーズン最後のエピソードも放送しないらしい。
http://forums.france2.fr/france2/urgences/liste_sujet-1.htm 

 こんな良い番組がなあ。そういえば、ここフランスでも、『CIS』とかのアメリカの犯罪捜査モノや明らかにそれをフランスでコピーしたものばっかりなのだよな。アメリカのポップ文化に抵抗するんじゃなかったのか? あんなありもしないチープな犯罪捜査物語のどこがいい? フランスの公共放送の質はこの程度かい?!

 同じフォーラムの書き込みによると、どうやら『ER』は何かの番組の埋め合わせ的に放送されたという。たしかに、一晩に3本のエピソードというのは、「埋め草」的な扱いである。こんなに一挙に放送したらすぐ終わっちまうじゃないか、とは思っていた。

 それにしても、こんな扱いってあるか?
 恥を知れ、公共放送FRANCE2!!
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2008年09月05日

椅子ができてきた

 例の家具屋、やっと椅子ができてきた。約束どおり8月の最後の週の水曜に行ったら、「修理がうまく行かなかったり(「ホラ、ここのところがとても難しいのです」)、いろいろ仕事が入ったりで遅れている」との返答。

 こちらは、フランス人が「5分」と言ったら20分、「2、3日」と言ったらまずは1週間、「1ヶ月」と言ったら3ヶ月は覚悟しなくてはいけないのを学習している(もちろん、これは運がよければの話。フランス人はよく「normalement(普通は)〜かかる」と言うが、これは、器具が故障したとか、従弟が結婚したとか、急に病気になったとか、の話がない場合のことである。こうしたことが「普通でなく」起これば、もちろん、遅れたのは彼らの責任ではない)。だから、2週間と言ったらもっとかかるのは予想していた。

 で、3週間少し待って顔を出すと、きれいに仕上がっていた。「ここを外して糊をつけました」と、実にスムーズに仕上がったところを見せてくれる。仕事は確かなようだ。

 オマケが付いていた。この古い椅子、あちこちに古傷ならぬ虫食いのような穴がある。下手をするとポキッと行くから、できれば使わぬに越したことはない、という。なるほど、見てみるとあちこちに似たような「キズ」や「穴」があった。プロに仕事を頼んで得をした気になった。

 これ以降、彼女のプロの話を時どき伺うことになる。
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2008年09月04日

フランス兵士さんの一服

 シャルル・ドゴール空港のキオスクで。

 最近は、治安のためという名目で、迷彩服の兵士が駅などあちこちに立っている。自動小銃のような銃器のモノモノしい装備で、日本では経験しない「そこにある危機」を肌で感じさせる。

 さて、キオスクに兵士さんが一人いた。銃器はないのでオフなのか、しかしそれでも迷彩服を着る命令なのか。とにかく目立つ。
 兵士さん、雑誌のコーナーで一冊を取り上げ、隠すようにページの中を覗いている。それが、男性用グラビア雑誌だった。

 規律が厳しい毎日なのでしょう。兵士さんのゲンカクな心のハザマを伺い見たような気になった。
*****************

イモヅル式星野批判の続報

 “身内”からも批判が出始めたという。ふだんから口さがない週刊誌がこの機に乗じて売り上げを上げようとするけはいだが、ここ出ているような情報は、週刊誌でしか読めないのだよね、日本という社会は――ああ、二重社会。
 もしかしたら、「身内」と信じ込んでいたのは、大勢迎合派メディアと星野監督自身と監督就任を許した日本プロフェッショナル野球機構(と某球団会長)だけだったのかもしれない。

 それにしても、掌を反したように露骨にたたく多くのメディアの書き振りは、非常に日本的だ。
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2008年09月03日

アメリカのメディアCNN――お金の話ばかり

 胃の右側が痛い。食欲もない。

 深夜2時過ぎ、アメリカを襲っているハリケーン・グスタフがどうなったか知りたくて、TVでCNNをつけた。ところが、いつになってもまともなニュースが出ない。グスタフの移動予想のCGが画面の右半分を覆い、その左では いま現在どうなってるんだ、という情報が放送されない。しかも、過去の同じ影像の使いまわし。時差があってヨーロッパのCNNは寝てるから? いえ、とんでもない。CNNは「起きている」アメリカや香港のスタジオから報じてるんです。

 そして、すぐ、経済への影響とガルフ沿岸の石油パイプラインの話。そればかりが、やたら長い。

 まったくなあ、ため息が出るよ。すぐ金の話題だ。マーッケット・チャンネルのCNBCみたいじゃないか。いや、CNBCの方が、ニュー・オリンズの新しい影像が多かったぞ。だれだ、CNNが公正中立なメディアだなんて、いまだに言ってるのは? 
 ニュー・オリンズ市に建設されている防波堤整備工事が後手に回っていることなんて、批判もせずにむしろ「すばらしい計画」という調子。ブッシュが地元の救済センターを訪れた影像ばかり流している。

 アメリカ人の関心がすぐ金に向かうというのは、ここヨーロッパに来てからさらにハイライトされて見えてくる。思えば、アメリカでオバマ氏の件であらためて直面せざるをえなくなった黒人問題も、元はといえば奴隷制から発していたし、それは人身売買という経済行為だったのだよな。

 そんなことを考えていたら、TVで映画『Good Night, Good Luck』をやっていて、また気分が暗くなった――。
 いや、しかし、少なくともアメリカには、真実の報道のために時の権力に立ち向かうすばらしいジャーナリズムがあったし、今もあるのだと思い直す。日本の体制迎合、「プレスクラブ」、外電依存のジャーナリズムのテイタラクなんかより、はるかに遥かにマシな。
Good Night, Good Luck!
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2008年09月02日

福田首相辞任はさほどニュースにならず

 福田首相辞任のニュース。こちらでは、軽く触れるだけだ(「日本を驚かした」という口調だが)。どうせ、何をやっても変らないだろう、という読みが支配的のようだ。日本には経済のインパクトは期待しても政治的リーダーシップは期待していない、ということなのだろう。

 日本社会が、トップだけでは変らず、「グローバル化」とか「競争社会」とかを口にしながら経済界は横並びの口あわせを利用し、社会の深いところで旧態依然とした価値観が幅を利かせ、官僚システムや社会の構造自体が頑強に変ろうとせず、多くの有権者が政府を変革・批判しに投票に行かないことをちゃんと理解している。
Little change expected in Japan after Fukuda resignation
http://www.iht.com/articles/2008/09/02/asia/japan.php?pass=true
  それよりも、タイの政情不安定による暴動、グルジア問題に端を発するロシアとEUとの緊張関係、インドの洪水危機のなど方が、世界を揺り動かす重要な事件として報じられている。「日本」で繰り返し報道されているのは、むしろ、宮崎駿監督がヴェニスに来ていることくらいか。

 ただ、ドイツの「南ドイツ新聞」におもしろい記事が載っている(時事通信社経由)。
【ベルリン2日時事】2日付の独紙南ドイツ新聞は、福田康夫首相の辞意表明について「福田首相が挫折したのではなく、自民党のシステムが崩壊過程にある」との論評を掲載した。

 同紙は、現在の自民党について「特定のイデオロギーや政治方針、住民グループを代表しておらず、権力やそれがもたらす金にしがみついているだけだ」と批判、長期政権による弊害を強調した。 
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/world/jiji-080902X510.html?fr=rk
  南ドイツ新聞は、自民党が「特定のイデオロギーや政治方針、住民グループを代表しておらず、権力やそれがもたらす金にしがみついているだけだ」と指摘したのは正しい思う。間違っているのは、それが「現在の自民党」だけではなくずっとそうだったこと、他の党も同じようなもの、だということだ。

おまけ:昨日、テレビで観たフランス映画(テレビ映画?)『パパラッツィ』(Canal Plus 制作)に、サルコジ仏大統領夫人のカーラ・ブルーニが出ていた(写真を撮られる有名人の役)。しばらく前にできたのだろうけど、この映画、有名映画人もたくさん出ていた。内容は、ある男がたまたまパパラッツィに写真を撮られたことをきっかけに、モラルを犯して仕事するパパラッツィにみずから加担して行く様子。テンポ良くできてた。
posted by ろじ at 00:00| パリ ☀| 国際・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月01日

山盛りニム・ブン

 昼飯時、近くに見つけた安いベトナム料理屋に、久しぶりに行った。

 あらー、久しぶりですねー、とおかみさんに言われて席に着いた。いやあ、ちょっと風邪ひいちまって、とお茶を濁し、「いつものニム・ブン(と言うんだっけ?)の麺を」と頼んだ。

 しばらくすると、ドンブリ山盛りのニム・ブンが出てきた。このオバサン、行くと喜んでくれるんだが、なんか盛がだんだん多くなるよ。そのうちバケツで出てくるんじゃないか……。

 喰いながら、英字新聞のインターナショナル・ヘラルド・トリビューン(23日付)を読む。ウッディ・アレンが、ペネロピ・クルーズ、スカーレット・ヨハンセンという2大美女女優を登用して新たにスペインで映画を作ったが、その時の“日記”が載っていた。おふざけの監督日誌みたいなもんだ。文章が簡潔でいい。ちょっとだけ品の良い諧謔もある。ウッディ・アレンのジョークってのは、こんな締まりのある自虐ジョークだったっけ? しかし、こんなのが紙面の一面に載るなんて、日本じゃ考えられんな。日本人は報道に関しては、みょうにマジメだから。(まあ、報道バラエティーなんてフザケタのも、幅をきかせてるが。)

 食後、近くのカフェに入る。目がクリクリとした、ちょっとペネロピ・クルーズ似のウェートレスがいた。
posted by ろじ at 23:57| パリ ☁| テレビ・新聞・雑誌ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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