2008年10月30日

いろいろ

この週に起こったことから、いくつか。

27日(月曜)
 最近、昼飯を喰いに行くようになった近くのベトナム屋さん。店を持っているオバサンとの(なんとかフランス語でした)会話。

「今日は静かですね」
「そう、月末はお客が少ないのよねえ。勤め人はチケットを月初めに使っちゃうから、月末はサンドイッチで済まそうとするし」(注:勤め人は、会社から昼食用のチケットを支給される)と、ボヤクように言う。
「景気も悪いですしね」
「そうなのよ。一皿だけ、という人ばっかり。1ユーロか2ユーロ、節約するためにねえ」
「アメリカのせいですね」と冗談交じりに言うと、
「まったく、アメリカの経済がねえ。ブッシュは嫌いだわ。それにね、この時期は、クリスマスのプレゼント買うためにさらに節約し始めるの。12月の頭には店をもう閉めて、1月までお休みしようと思うの……」

 ニュースでも耳にするが、フランスもかなり厳しいらしい。

28日(火曜)
 テレビのチャンネル「Arte」で、アメリカの大統領ジョージ・ブッシュを描いたフランス映画『Being W』(フランス流のシニシズムとジョークが散りばめられている)をやっていた。アメリカ大統領選を控えたこの時期、映画チャンネルも含めてアメリカ大統領モノが多いのだが、フランスの劇場公開とほぼ同時で、ぜひとも観たかった映画なので、これには感謝。

 「Arte」や「Canal+」チャンネルは、話題の映画を劇場公開の前や同時に放映する。おかげで、先月は、「Canal+」で一昨年に若者たちの“暴動”が起こったパリ郊外サン・ドニのこれまでの歴史を描いた、Yamina Benguigui監督の記録映画『9/3, mémoire d'un territoire(領土の記憶)』を観ることができた。フランスのメディアの懐の広さ、姿勢を垣間見ることができるように思う。

30日(木曜)
 新聞『ル・モンド』紙(ネット版)に、パリのホームレスのための寝るところがなくなっていることを、SAMU(Service d'aide médicale urgente 緊急医療救助サービス)の調査にもとづいて書いた記事。
http://www.lemonde.fr/societe/article/2008/10/30/a-paris-les-places-d-hebergement-de-sans-abri-manquent-deja_1112555_3224.html

 ホームレスの存在や数は社会の一側面を描き出すものだと思うが、こうしたことをしばしば記事にする姿勢に、フランス・メディアのあり方を見るように思う。
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2008年10月21日

コメディー・フランセーズ予約

コメディー・フランセーズ1

 なんと、コメディー・フランセーズでシーズン予約してしまった。観に行っても、セリフを百分の一も理解できない自分が、まったくコッケイな話である。

 スケジュールを眺めていたら、この春に観た『シラノ・ド・ベルジュラック』にもう一度行きたいし、『フィガロの結婚』も観て(良く理解できないから、正確に言うと、眺めて)みたい。あれも覗きたいし、これも気になる……というわけで、これだけ行くなら年間計画した方が安上がりだ、じゃあ、この申し込みに……、あれ、もう申し込み時期はとっくの昔に始まってるじぇねえか、しぁあないな、郵便じゃあこの国ではいつになるか知れたもんではないし、直に劇場に持っていってみるか――、ということになったのである。

 あわてて書き込んだ申込書も不安で、コメディー・フランセーズの窓口に恐る恐る出してみると、座っていたお兄さんが親切で、じゃあ、今、処理しちゃいましょう、ということになった。案の定、演目を、間違って一つずつずらして書き込んでいた。おかげで狙い通りの演目に申し込むことができ、おまけにできるだけ良い席を見つけてもらったのであった。

 ふむ、ちょっとにわかフランス文化人になった気分。
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2008年10月19日

芸術職人の日

モンマルトルのニス塗り職人1

 16日から19日は、フランスの芸術家や職人のアトリエが一般公開される「工芸(芸術)職人の日(Journees Metiers d'Art)」である。過去2年は、忙しかったり体調が悪かったりで諦めたのだが、昨日、やっと意を決して見学に。

 ネットと、水曜日に新聞『フィガロ』に付録として付いていた特集冊子で、モンマルトルにある手ごろそうなアトリエを選んだ。

 まず訪れたのが、古い家具を扱うニス職人さんのアトリエ。店では、頭がみごとに輝いたおじさんが、小さなパッドで黙々とニスを塗っていた。このパッドでニスを塗ることを、「vernir au tampon」と言う。「Tampon」とは小さなスポンジを布で包んだもの。今やってるのは2回目だという。

 手を動かしながら、丁寧にいろいろと説明してくれる。パッドでニスを塗ると、すぐかなり乾いてくる……、一般にどの位の日数がかかるのか……、ホラ、そこにあるタンスは14世紀ので……。
「フランス人は、古いモノを大事に使うのですね」
と言うと、嬉しそうに「もちろん、そうですよ」と言った。そして、思い出したように、入り口近くにある赤と黒のモダンなデザインのテーブルを指して、
「これは中国のテーブルですが、わたしが現代風にトップの板を塗り替えました」
と静かに言った。

「写真を撮ってもいいですか」と訊くと、「もちろん」と応えて、アトリエ内を見せてくれた。ロダンの彫刻の写真がかかっている。
 「ロダンが好きなんです」。
大きなスピーカーからベートーベンの美しい曲が流れている。
 「一日中、こうして働いてらっしゃるんですねえ。なんか、ステキですね」
というと、黙ってニコリと笑った。

 その後、すぐ近くにある、モザイク作家のアトリエへ。「モザイク」と言うとフランスでは昔は石を使ったものだが、今は、鉄、陶器、木、プラスチックといろいろなものを使うのだそうだ。とても現代的な作風だった。

 そこを出てモンマルトル裏へ回ると、中古品市をやっていた。秋にはフランス中で、各自の家から持ち出したもので、この中古品市が行われる。
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2008年10月18日

秋のマルシェ

マルシェ・果物1

 久しぶりのアップである。書いたものが消えてしまったこともあるが、いろいろと身辺のゴタゴタに振り回され、おまけに、旅行後に疲労が出てしまって、思うように書く体力が維持できなかった。以下のはもうすでに古い出来事だが、自分の記録のために過去にさかのぼって記す(現在、10月31日)。それを承知で読んでいただければ幸いである。(ブルゴーニュ旅行とノーベル文学賞については、時間を見つけていずれ。)

 秋が深くなるにつれて、パリの街にはさまざまな食材があふれて来る。週末、市内の各広場に作られる野外のマルシェ(市場)はこれまでも華やかだったが、色合いも種類もさらに豊かにパワーアップする。野菜(特にキノコ類)、果物、焼いたばかりのパン、雉や野鴨など「ジビエ」と総称される野生の獣の肉(すぐ料理できるようにその場でさばいてくれる=写真右下)……。花屋に飾られる花さえも春以上にカラフルに見える。
マルシェ・野菜1 ジビエ・鴨1

 フランス人は、はっきりしている。新鮮な野菜を売る店には長蛇の列だが、さほど新鮮でもなく値ばかり高い店はほとんど誰も近寄らない。こうして淘汰され、よい市場が続いていくのだろう。

 魚屋さんの棚を見るのも楽しい。この季節に限らないが。今日は、カエカエルの串刺し1ルの脚の串刺しを見つけた(写真で白い串刺し状のもの)。驚きながら見ていると、店のオバサンが、
「こりゃ、カエルだよ」。
あいかわらずビックリしてマジマジ見ていると、親切に、
「えーと、英語じゃなんと言ったかねえ。ほらアンタ、なんだっけ?」
と隣のダンナに訊くので、
「いえ、分ります。でも、きれいですねえ。ありがとう」と一生懸命フランス語で応えたら、笑顔で「サヨーナラァ」と日本語で返した。

 とてもいい日だ。

AOCのイチジク さて、果物屋で、なんとイチジクの「AOC」を見つけた。「AOC」は「Appelation d’Origine Controlee」の略で、いわば「品質は最高」という国家のお墨付き。ワインやチーズにAOCがあるのは知っていたが、イチジクにもあるとは知らなんだ。さっそく買って帰る。輪切りにすると、中は実に美しく整っていた。もちろん、味は、「お墨付き」にたがわぬ品の良い奥深い甘さ。
ナゾのイチジク 左の写真の黄色い実は、おまけに買った不思議な「figue(イチジク)」。中は甘いが、種ばかりだった。淑女が食すには種が多すぎますが、どうやって食べるんでしょうか。
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2008年10月11日

近況

先週末は、ブルゴーニュ辺りをドライブしてきた。収穫を終えたばかりのブドウ畑の間を走り、ロマネスク教会を堪能してきた。そして、今週はノーベル賞の発表があった。特に、ノーベル文学賞はフランス人だった。

それらのことを書いたのだが、書いた後、消えてしまった。サイトのせいなのか、プロバイダーのせいなのかは分らないが、ストレスのたまるものだ。

できれば、今週末にはあらためてアップしたい。
posted by ろじ at 08:20| パリ ☀ | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月02日

パリの物ごい

 数日前の朝、外から、素朴でちょっと賑やかな音楽が。耳を澄ますと、なんと「ベサメ・ムーチョ」。

 時どき通るオジサン二人の鼓笛隊――と言っても、一人はラッパ、もう一人はスピーカーをガラガラ曳いてバックグランド音楽を流して回るのだ。演奏しながら、通りがかりの人に金を無心する。いわば、音楽サービスの物ごいだ。

 そう言えば、この街には物ごいが多い。世界的に見れば、それは驚くにあたらないが。日本人がパリ市内の駅や電車内の物ごいを見て「治安が悪い」と極端に警戒するのは、日本人が物ごいというものに慣れていない証拠だと思う。

 パリの物ごいは二種類に分かれるようだ。まず、ただ座って差し出した手、あるいは前に置いた缶や帽子に金が投げ入れられるのを待つ人たち。これは、一説によるとロマの民(俗に言う「ジプシーの民」)を含むある種の民族の人たちに多いようだ。それと、上の様になにか演奏・パフォーマンスをしてその報酬・代償に金をもらおうとする者たち。「パフォーマンス」は、楽器の演奏だけでなく、人形劇だったり、自作の詩の朗読だったりする。メトロの中の人形劇などは、なかなか楽しくもあるので嫌われていないようだが、詩の朗読は、外国語で正しい評価はできないが、「ちょっと、これはどうか……」と思うものもある。

 他方で、電車に乗ってくるなり、通る声で、ストレートに「わたしには職も、喰うための金もなく、家で家族が待っている。どうか恵んでください」と告げて、客の間を回る者もいる。これには文化差を感じた。

 家近くのメトロの駅。そこへと通じる地下通路に立ち、何の伴奏もなしでシャンソンを歌うおじさんがいる。やや離れた路上に帽子が置いてあるので無心だと分るが、これがかなりヘタクソ。しかもレパートリーがかなり限られていて、道行く人は、そこを足早に過ぎようとする。

 もう一人、いつもバイオリンを弾いているおばさんがいるのだが、そのバイオリンがひどく音程が外れているのだ。しかも、なぜか常にバッハなどの超絶技巧の部分ばかり弾いている。もう、聴かされる方は苦痛でしかない。その前にバイオリンケースが通行人側に開かれて置いてあって、金を要求しているのが分る。こんな演奏に誰が金をあげるのか、と思って覗いたら、これがけっこう入っている。きっと「お願いだから、もうやめて帰ってくれ」というメッセージではないかと、かってに思っている。
posted by ろじ at 00:00| パリ ☁ | TrackBack(0) | フランス・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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