2008年11月28日

家具屋

 近所の家具屋とは、時どき立ち寄って、絵画や展覧会の話などをする。いまマイヨール美術館でやっている『Seraphine de Senlis』展はちょっと面白いと教えてくれたり、こちらが最近マルセイユまで出かけて見てきた『ゴッホとモンティッセリ』展を興奮まじりに話したりして、お互いの考え方の共通点や違う点を発見する。

 本当は、彼女(イニシャルをとってOCと呼ぼう)の仕事の話を聞きたいのだが、あいにく、彼女には仕事がまったくといっていいほど来ないのだ。
「話だけや見積もりを取りには来ますが、仕事にはなりません」
と寂しそうに話していた。人々は、手ごろなアドバイスだけを求めに来るというわけだ。
 最近は、通りすがりにのぞいても、仕事ではなく、OCが本を一心に読んでいる姿を目にすることが多かった。

 今日立ち寄ったら、OCが、
「ここを閉めることにしました」
と下を向いて言った。
「閉めるって、この店を止めるということですか」
と訊くと、
「ここはあまり面白くありません」
とだけ言った。「面白くない」のが、面白い仕事をさせてもらえないということなのか、それとも違う意味なのかは尋ね難かった。ここからどこへ行くのか尋ねると、たぶん故郷のブルターニュに帰ると思いますとだけ答えた。

 心から残念だが、なんと言っていいか分らなかった。
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2008年11月26日

コックの挨拶

いろいろ“事件”の多かった8月4日からの一週間ほどの日記を、アップしました。下をクリックしていただけるとページに飛びます。
08月04日 「主のいぬ間に……」
http://dokugo.seesaa.net/article/111943460.html
08月05日「初飛行」
http://dokugo.seesaa.net/article/111945483.html
08月06日「北京オリンピック関係ニュース」
http://dokugo.seesaa.net/article/111945577.html 
08月07日 「近くの家具修理屋」
http://dokugo.seesaa.net/article/111945759.html 
08月10日 「パリの浜辺」
http://dokugo.seesaa.net/article/111946078.html 
08月11日 「「恥の大会」」
http://dokugo.seesaa.net/article/111946221.html 
08月12日「家具屋に修理を依頼」
http://dokugo.seesaa.net/article/111946514.html 
08月13日「渡仏2周年記念のワイン」
http://dokugo.seesaa.net/article/111947389.html 
08月14日「マリア昇天節」
http://dokugo.seesaa.net/article/111947562.html 
09月05日「椅子ができてきた」
http://dokugo.seesaa.net/article/111947771.html 

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よく昼飯を食べに行ったレストランに、実に久しぶりに行った。入ろうとすると、入り口の脇のちょっとした空き地でシェフがタバコを吸っているのが見えた。久しぶりだし、このシェフは腕が良いだけでなく、いつもまじめで一生懸命、礼儀もしっかりしている男なので気に入っていた。

そこで「シェフ、こんにちは」と声をかけると、
「オーー、なんとお久しぶりでしょう。お元気でらっしゃいましたか?」
と眼を大きく見開き、両手を広げて挨拶してくれた。
もう2時半である。
「ちょっと遅いんだけど、昼飯を作ってもらえますか」と訊くと、
「もちろん。あなたのためならいつも光栄です」
と、広げた右手を胸の下においてお辞儀をした。大仰な仕種だが、それもサマになるようなまじめな男である。

ずっとあなたの昼食が食べられなくて残念でしたよ、と言おうとしたがフランス語でなんと言ったらいいか思い浮かばなかったので、
「ご親切にありがとう。いや、いつも親切にしてくれます」
とだけ言って握手をしようとすると、こちらの片手を両手でしっかり握ってくれた。
ホロリとさせる男である。

実は、一月ほど前、ここの新しく入ったウェイトレスに意地悪をされて気分を害し、来るのをやめていたのだ。それは実に下らないことだったのだが、人種差別の匂いがしてしまってムカムカする気分が抑えられなかった。

この店は最近持ち主が変わったせいか、給仕する者もみな代わった。以前の給仕は男が一人だったが、実にテキパキと能率よくすべてをこなしていた。それが、女性二人に代わると、すべてがスローになった。コツが分からないというより、第一、見ていても動きに無駄が多いのである。たとえば、あるテーブルに食事を運んで来るとする。皿を置いた後は手ぶらになるが、帰りに食事が終わった客の食器を下げるということをしない。食事を終えた客がコーヒーを注文しコーヒーを持って行っても、そこの皿が下がっていないので、もう一度コーヒーを持って帰ってあらためて皿を下げるということになる。

しかし、ここの飯は美味い。美味すぎて、最近は他の飯は食うのが辛くなったほどだ。以前はどんなマズイ飯でも犬飯でも食えたのに……、舌というのは習慣で変わるものである。
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2008年11月22日

デュフィ展

先週の木曜日、パリ市立現代芸術美術館(Musee d’Art moderne de la Ville de Paris)で開かれている『ラウール・デュフィ――喜び(Raoul Dufy)― le plaisir』展に行った(「plaisir」には、「楽しみ」「快楽」という意味もある)。わりと華やかな色使いのこのデュフィという画家はあまり好きではないが、初めての大々的な回顧展であり、また何人かの知人が勧めてくれたのだった。

このフランスの「大家」を知る良い機会だから、と木曜日だけにある「英語ツアー」に申し込んでおいた。ところが、約束の時間になって美術館に行ってみると、「今日のツアーはない」と言う。「それはいつ決まったのか?」と、受付業務の背が高くていかにも責任者という女性にややキツイ調子で訊くと、今朝決まったのだと言う。申し込んだのは前日の昼頃である。なぜそんなに突然の変更をするのか?申し込んだ者が少なかったので、ガイドが辞めるといったのかもしれない。しかし、もちろんサイトの「案内」には、人数によってキャンセルもあり得るとは書いていないのだ。

受付業務の女性は、バツが悪そうに「今一度、ガイドに来れるかどうか確認するから、15分ほど待ってくれ」と言った。受付の隣で待つことにした。しかし、20分たっても30分たっても、彼女はどういう仕儀になったのか自ら説明にも来なかった。あたかも自分の責任ではないかのような振る舞いである、フランス人に良くありがちなように(バツが悪そうにしたのが、唯一の例外だったが)。公的な機関でこうである。フランスのルーズさ、身勝手さの良い例である。

 「毎回、当日の朝にツアーがあるかどうか、自分で確認しなくてはいけないということか?」とねじ込むと、「その方が良いと思う」と答えやがった。これでは予約が何の意味もなさない。待っていてもラチがあかない、かといってこのまま帰るのもせっかく来た時間が無駄になる。シャクにさわったが入ることにした。

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さて、かなりの数の展示。部屋も20近くあったろうか。それなりに面白かった。デュフィの作風が若い頃、印象派的な傾向から始まり、やがてセザンヌのスタイルを真似、キュビズムまで行ったが、いつの間にかそれらを自分のオモテ的なスタイルからは捨てて、あのカラフルで単純な作風に代わってゆくのが良く判った。その変遷に大きく影響したのが、戦争の前と後にかかわった装飾関係の仕事だったようだ。装飾のための単純化と華やかな色合い――彼がそこに居心地よさを見出したのは明らかに見えた。そして、このスタイルが晩年の彼の絵のスタイルになっていったのだ。

この作家はもともと、対象やその動きをいっきに捉えるデッサンがヘタではない。それは、神話などをモチーフにした、彼のすぐれた版画に見てとることができると思う。しかし、対象と自分の絵画的ボキャブラリーのズレ(それはどんな作家にもある)が、セザンヌのスタイルやキュビズムでは実現できなかったのだろう。

そして、晩年の絵に頻繁に現れる、海に浮かぶ黒い貨物船――子どもの頃に目にして“原風景”となったのだろうか。貨物船は、どんな華やかな絵の中にも唐突に、黒く、あたかもブラックホールのように描かれていた。あたかも、彼の絵の華やかさはこの「黒い物体」を際立たせる彩り鮮やかな舞台であるかのように。
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2008年11月21日

日常茶飯事的フランス国鉄スト

 (12月23日・記の前書き:昨夜遅く、フランス南のミディ・ピレネー地方への旅行から帰ってきた。南にあるフランス第4の都市トゥルーズを拠点に、ロマネスクの教会と人里離れた村を求めて1000キロ近い距離を走る旅行だったが、本当に印象深かった。

 トゥルーズからの帰りがたいへんであった。飛行機はエア・フランスのストが怖いので、今回は列車で片道5時間半かけて行ったのだが、帰りになんとフランス国鉄SNCFのストに出くわすはめになった。鉄道の混乱といえば、以前ボルドーに行った時に、乗っていた列車が途中で停まり、散々な目にあっている。)
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(さて、11月21日に戻って)
 TVのニュースで、南部のどこかで高速列車TGVの従業員がサボタージュを行ったため、夜中に、列車が途中の荒野の真ん中かどこかで停まり、列車は乗客ともども放置されたままになった、というニュースを報じていた。

 フランス語のニュースをいいかげんに聞いていたので間違っているかもしれないが、この国の労働者のそんな「実力行使」があっても、まったく驚かない。もはや日常茶飯事だ(このサボタージュはさすがに希だし、だからこそニュースになったんだろうが)。

 乗客は夜中の3時ごろまで車内の放置されたといい、鉄道会社の(働いている)従業員(もちろんサボタージュしていない者)が乗客への説明にあたっている映像が流れた。やがて、客は線路に降りて近くの村まで歩いていった、と言う。客へのインタビューも流れ、「『いやあ、大変ですが、労働者の気持ちもわかりますから』と冷静に述べる者もいた」と解説が流れていたけど、それホントかね?

 まあ、フランス人って自己主張が強くて強烈な文句をいいそうだけど、こういう時はわりとショウガネェまあ我慢すっか、って態度をするのは事実だなあ。それこそセ・ラ・ヴィの思想なのか?
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2008年11月19日

フィガロ紙版「パリの最優秀バゲット」

 今日、たまたまフィガロ紙を手にしたら、フィガロ紙の決める「2008年パリの最優秀バゲット」が発表されていた。
Les meilleures baguettes de Paris
http://www.lefigaro.fr/scope/articles-restaurants/2008/11/19/08004-20081119ARTFIG00024-les-meilleurs-baguettes-de-paris-.php
(これはフィガロ紙版で、今年2月に発表された公的な「"Prix de la Meilleure Baguette de Paris」とは別物のようである。
参考:
http://www.viamichelin.fr/viamichelin/fra/tpl/mag5/art20080215/htm/tour-gastro-meilleure-baguette-paris-2008.htm
 
 対象は、定価1ユーロくらいまでの「普通のバゲット」(「トラディッショナル」ではないもの)を用いたとある。で、栄えある1位は、12区にあるJacques Bazinというパン屋。2位は、すでに何回かお世話になっている 2区のRegis Colinだ。
 以下、同率3位にJulian(1区)とSecco(7区)と続く。

 Regis Colinは、過去に、バゲットで公式1位になったことがあり、クロワッサンや1月のお菓子ガレット・デ・ロアでも1位に輝いている。ガレット・デ・ロアを買いに店に行った時、店の親父は、これらで1位になったことを刷り込んだ店の名刺を自慢げに渡した。

 「ガレット・デ・ロアだけじゃないよ、ほら、こんなにある。エクレアだって美味いんだ」と言うので、
「こんなに一度に喰えないですよ」と応えたら、無精髭の顔を崩して大笑いした。
フランス人の自分の作るものに対する誇りは、聞いていてちっとも癇に障らないどころか、むしろ気持ちがいい。

 日本から、雑誌の取材や実習がたくさん来るのだと言った。
 ええ、パリの日本語新聞でも見ましたよ、と言うと、また満足そうに微笑んだ。

 この優秀バゲットだが、載っている表によると、Aspect(見てくれ)、Nez(香り)、 Texture(テクスチャー)、 Gout(味)の4項目について各5段階で評価され、合計で競われるらしいのだが、最高の1位でも合計15点である(Jacques Bazinは、それぞれ、「3, 4, 4, 4点」である)。かなり厳しい審査だということがわかる。だが、公式のコンクールはもっと厳しいものらしい。
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2008年11月17日

子どもも楽しむ『フィガロ』

 昨日、コメディー・フランセーズで喜劇『フィガロの結婚(Mariage de Figaro)』を観た。狭い劇場内には、かなり若い子どもたちもけっこういた。私の席は最上階バルコニーの舞台に向かって右手の前列席だったが、その後の列からは角度が悪くて見えないためか、そこに座っていた女の子はすぐわきまで降りてきて床に座って観ていた。この女性は若いティーンエージャーだった。

 劇で面白い場面になると、このティーンエージャーも場内の子どもたちもゲラゲラ笑う。ただ「面白い場面」といっても、中心のテーマは知られているように「不倫」と「初夜」である。そうだろうとは噂に聞いていたが、実際、子どもまでこういう話題にオープンであることを目撃して、軽いショックを受けた。

 今日、フランス語の会話の先生にその話をしたら、それは当然という顔をされた上、「昔は、小学校でコメディー・フランセーズに年間登録させられた」と教えられた。そうしてモリエールやコルネーユといった古典を学ばされたのだという。さすがに今はそうでなくなったそうだが、なんという人文主義の伝統!

 古典には『フィガロの結婚』やモリエールの喜劇が入り、それらには当然「きわどい話」も含まれるであろう。この国の底辺の性意識もそれなりに……。
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2008年11月16日

猛進

 週末、パリの南東部郊外フォンテーヌブローあたりにドライブに行った。

 森を右前方に見ながら、広大な平野の真ん中を横切る道路を走っていた時のことである。前方の道路の右わき、平野が広がるあたりから、黒い巨大な生き物が体を上下に揺らしながら走って来た。

 野に放たれた牛だろうと思ったが、牛にしては体が小さい。黒い“生き物”は、さらに土ぼこりをあげて上下に跳ねながら道路に入ろうとしている。前方の車が急ブレーキをかけて、スピードを下げるのが見える。“生き物”は勢いを緩めず、道路に猛進してきた。

 そこで、それが巨大なイノシシであることに気がついた。巨大な、車の半分位もあろうかというイノシシの後ろに、やや小さめのイノシシが続き、その後ろにさらに小さいイノシシが必死について来ている。

 イノシシの家族だろうか。
「母ちゃん、もうつかれたよー」
「なに言ってるの、イノ吉! イノシシはね、どんなことがあっても走り続けなくちゃいけないのよ」
その時、父親が後ろも振りかえらずに言った。
「いいか、お前たち、いくぞ。この道路でもスピードをゆるめちゃイカンぞ」
「あいよ、あんた、分ったよ――」

 イノシシ一家は、速度を弛めることなく、急ブレーキをかけた車列を尻目に、いっきに道路をそのまま反対側の平野へと横切り、土煙を上げて走っていった。

 こんなの初めて見た。「猪突猛進」とはこのことかと思った。
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2008年11月13日

一筋縄ではいかぬ「列車旅行」

 週末、ちょっと列車で遠出した。片道3時間半の距離。TGVというフランス高速鉄道なので、いわば座っているだけの気楽な旅である。

 行く時は2階立て列車だったが、同じ車両の同じ2階に、どこかのサッカーチームとおぼしき若者たちが乗っていた。トランプをしながら大声をたてるのは、まあガマンできたが、通路の床の真ん中に、文字通り横たわっているのには閉口した。

 行程中ほどで、急に列車が停まった。フランスのド真ん中辺りで、窓の外には原子力発電所が見える。アナウンスは
「電気系統故障のため停まりました。いつ出発できるかについては、後ほどお知らせします」
というようなことを言った。そして、「かってに扉を開けて線路に出ないで下さい」と注意した。フランスの列車は、停まると、ふつう駅でやるように自分で扉が開けられてしまうものらしい。

 30分ほどで列車は再出発したが、あとで聞いたら、その日のそのころの時間帯、フランス各地で、抗議行動の一貫として、フランス国鉄に対する妨害行動が起こったらしい。しかし、これがそのせいかどうかは判らない。

 パリへの帰途、それは強風がふく日だったが、夕方出た列車は今度は問題なくパリへ向かっていた。本を読み、一寝するともうパリである。「なんだ、えらくスムーズだったな」と、同行した者と笑いながら話していた。

 列車は、パリのモンパルナス駅へ入った。
 急に列車が止まった。やっと流れたアナウンスは、「列車が、駅の構内手前で停まってしまった。線路を進むことができない」というようなことを言う。

 やがて、列車の先頭はプラット・ホームにかかっているので、先頭の車両まで歩いてそこで降りるように言われた。呆れた顔を合わせながら、客がぞろぞろと進んで行く。

 降りて先頭の車両を見ると、頭の下のところに、カーゴのカゴが2つ、ヒシャゲてのめり込んでいる。こんな強風がふく日にプラット・ホームにカゴを放置しておくのも、これまたずいぶんマヌケな話である。まったくフランス人って――。後にフランス中に妨害活動が起きたことを知り、これも「妨害行動」の一つかと思ったが、フランス人はきわめてアバウトでこんなこといくら起こっても驚かないので、いまもって判らない。
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2008年11月12日

ベトナム料理屋のオバサンの笑顔

 昼に例のベトナム料理屋に行ったら、けっこう混んでいた。客足が悪そうだったので、ちょっとホッとした。

 目の前にフランス人老カップルが座っていた。注文したものが来ると、男性の方が、
 「いや、頼んだのはこれじゃない」
と言い出した。後ろの客がさっき食べていた牛肉のメインが欲しいと言うのだ。出されたのは牛肉の載っている麺のフォーだし、品数が少ないメニューから店主が間違えるとも思えないので、この男性が注文の時、店主に品を訊かれてテキトウに答えたのだろう。

 しかし、フランス人が一旦「ノン」と言ったら、この世に何が起こったって「ノン」である。店主のオバサンは、やや引きつった顔をしながらも「もちろん大丈夫ですよ。いま作り直しますから」と、フォーを下げていった。日本人だったら、「いいですよ」とそのまま受け取るだろう。苦しい店にはちょっと辛いキャンセルだろう。

 融通のきかないフランス人に、普段からやや憤りを感じていたのかもしれない。前菜を持ってきたウエイトレスの女の子に、小声で「今のはフォーですか?」と訊いて、そうだと肯くので、「じゃあ、わたしはフォーでいいですから」と言った。オバサンが出てきて、やはり小声で「いいの?」と訊いた。

 フォーが出てきたが、しかし、オバサン、前菜食べてるときに持ってこなくても……。

 食事を終え立ち去るまぎわ、フランス人カップルがオバサンに「美味しかった」と感想を述べているので、口を挟んだ。
 「ここは、この辺じゃ、最高のアジアレストランですよ」。
扉を出るとき振り向くと、オバサンは、最近見せたこともない穏やかな顔で笑っていた。
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2008年11月04日

古いサギの手口

 先週の土曜日の朝、いつものようにマルシェに行き、新鮮な野菜を手に入れて、さあ帰ろうとした時のこと。

 もさっとした男が近づいてきて、地面にいったん屈み、何かを拾ったような様子をしながら、大きな指輪を差し出していった。
「これ、落としましたよ」。
以前経験した手口なので、ギロッと睨んで「知らんよ」というと、静かに去っていった。(参考:下の日記 http://dokugo.seesaa.net/article/45580937.html

 だが、その直後、すぐ後ろで車に乗ろうとしていたフランス人の男性に、同じ手口で話しかけた。男性が「ありがとう。でも、知らない」と何度言っても、なかなか立ち去ろうとしない。礼儀正しい男性が良いカモになると思われたのだろう。男性がなんどか断った後、詐欺師は去って行った。男性が「フーッ」と深い息をついてこちらを見たので、軽く眉を上げると、
 「あれ、知ってますか?」
と訊く。
 「ええ、古い手口ですね」
と言うと、「まったく」と言って笑い、
 「御礼をしようと財布を出したとたん、サッと取っていっちまう……」。

 さて、男性が車で去り、自分も立ち去ろうとすると、なんともう一人、男が近寄ってきて、同じように大きな指輪を差し出した。
 「悪いが、あんた、今日、二人目だよ」
と言うと、バツが悪そうにシカメ面をして去って行った。
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2008年11月02日

ピカソとマネの再発見

 今日は、月初めの日曜で美術館がタダの日。パリの美術館はだいたい行ってみたと思うが、フランスは毎秋10月から翌年の1月にかけて展覧会シーズン。パリだけでも、ヴァン・ダイク展、ルオー展、ピカソ展(オルセー美術館、グラン・パレなど3箇所で)など、大きなものが目白押しである。

 そこで、朝から、特別展もタダになる(貧乏だね)オルセー美術館へ。開館直後に行ってみたが、もうすでに長蛇の列だった。列の進みは速いようなので、並ぶことに。ちょうど、中国語を大きな声で話す集団の前になってしまった。ほぼ皆20代と思しき30人くらいの集団で、初めてのパリで興奮するのか、大声で叫びあい、写真を撮り合っている。

 あまりにやりたい放題なので、一番近くにいた比較的歳の行っていそうな男性に、できるだけ紳士的に(のつもり)、どこから来たのか英語で話しかけてみた。「中国から?それとも、香港から?」と訊くと、ちょっと不服そうな顔をした後で、「台湾」と答えた。台湾の保険会社の社員で、年に一度の社員旅行なのだそうだ。
「600人ほどの会社ですが、一種のボーナスで、みんな世界中のどこかに旅行できます」
と自慢そうに話した。周りのフランス人たちは、このアジア人同士の会話を興味深そうに聞いていた。

 ピカソ展(正式名称は「Picasso/ Manet – Le Dejeuner sur l’herbe(ピカソ/マネ――草上の昼食)」)は、マネの「草上の昼食」にインスピレーションを受けてピカソが描いた絵やデッサン、またそれにもとづく版画などを、クールベの絵と並べて展示したもの。ピカソはこの種の絵をたくさん描いたが、会場そのものは40点ほどの小さいものだった。

 マネが1863年、それまでの伝統に反旗をひるがえす形で描いたこの作品(マネ自身は、正統派のジョルジョーネの伝統を取り入れたものだと告白している)――、そのおよそ100年後、その反逆の大作にピカソが刺激され、さらに伝統に逆らうような力を持つ絵を描いたのだった。1932年、マネの大回顧展でこの絵を見たピカソは、画廊Galerie Simon (パリの8区にあった)用の封筒の裏に、走り書きした。
 「マネの『草上の昼食』を見る時、後に訪れる苦しみ
  のことを思わずにはいられない」。
マネのこの絵はサロンから拒絶され、さんざんな批判をあびることになる。

 ピカソは、マネのモチーフを彼一流のやり方でインプロバイズし、ときに登場人物の数を変え、ときに登場人物を裸にし、彼独自の構造を求めたのだった。その完成品は、やがて版画にもなり、立体的な彫像となってストックホルムの現代美術館(Modern Art Museum)の庭に飾られた。そうやって変転を続けながらも、ピカソの「こだわり」(たとえば、右の男のステッキと後ろにたらした髪)が見られるのが面白かった。

 もう1つやっていたパステル画の展覧会は、もっと面白かった(『神秘ときらめく輝き(Le mystere et l’eclat)』)。19世紀から、パステル素材の発達とともに発展してきたパステル画を時代区分を元に作家ごとに構成したもの。テクニックがどう発達し、それにつれてモチーフもどのように自由になっていくのかが良く分かった。
 どれも上手いと思ったが、その中でも、マネの名人芸は構成も色も群を抜いていた。上手すぎる。

 今回のオルセーは、マネを見直す機会となったようだ。
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2008年11月01日

サロン・ド・ショコラ

サロン・ド・ショコラ1 パリで、木曜日から「サロン・ド・ショコラ」が開かれている。(詳細は、以下のサイトでも。http://www.chocoland.com/ ――音が出ます)
 
 チョコレートにはあまり興味もなく、過去2年間は敬遠していたが、今年は物見遊山気分で行ってみた。ヨーロッパやフランスの有名どころの店があり、カカオの専門店が軒を連ね、チョコで作った服や靴さえも展示されるあまりのキラビヤカさに、幻惑してクラクラしてしまった。 しかし、なんとかフランスで非常に有名らしいチョコレートを買ってみた。管理人のバアさんにも、一袋、買ってきた。

 それを、バアさんに渡した。シドロモドロに、
「あのう、これ、お好きかなと思って……」
「え? なんだね、これ?」
「チョコレートなんですが……。なんでも、フランスで一番――」
「チョコレート? どんなチョコだね?」
「ええ、なんでも、フランスで一番美味しいというチョコレート職人さんらしいんですが――」
「あ、これはダーク・チョコかね?」
「ええ、フランスで一番美味しいというチョコレートというので――」
「ダーク・チョコだね。ボン! ありがとうね!」

 いや、その、だから……、なんでもフランスで一番美味しいというチョコレート職人らしいんだけど……。

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