2009年01月31日

20年ぶりの巨大スト

 この木曜日29日は、地下鉄・国鉄を中心に鉄道関係のストがあった。20年ぶりの巨大ストだったらしい。もちろん、サルコジ大統領の構造改革に反対するためである。パリの地下鉄は路線によっては間引きの割合は違っていて、各駅には、どの線がどれだけ間引き運行するかの表が張られていた。

 「実力行使」は木曜からのはずだったが、すでに前日水曜の夕方から影響は出始めていた。メトロ1番線はストで止まらないはずだったが、その前日の夕方に、ヴァンセンヌ駅からディファンス駅まで、つまり路線の端から端までしばらく電車が動かなくなった。構内アナウンスによると、「テクニカルな故障」。「端から端までのテクニカル故障なんて、ありえないじゃない?絶対、従業員の嫌がらせストだ」と、何人かの利用者が言っていた(似たようなことは、他の線でもあるらしい)。同じく水曜日の夕方、ルーブル美術館近くのフード・コートで食事をしたら、従業員は「今日は、ストの影響で早く閉めなくてはならない」と言い、7時過ぎには店をたたみ始めた。ストの前日なのにである。どうやら、「本番」の前日からストに入るのは公然たる事実らしい。

 (翌日のストを言い訳に働かない、ということも考えられなくもない。フランスに一度でも来た者なら知っていると思うが、この国の国家公務員(国鉄従業員も含む)はロクに働かない。働かないどころか、自分の職分をできるだけ狭く解釈して、それから逸脱すると考えることには、決して手を出さない。たとえば、駅の改札で、窓口担当は誰かがチケットを使わずにゲートを飛び越えて行くのを目撃しても、見て見ぬふりをする。自分は窓口担当であって、セキュリティー担当ではないからである。自分の「責任」や「職分」をこれほど守りたがる国民もそういないのじゃないか。こんなワガママ国民が、GNPが低くないのが信じられない。)

 スト当日の朝、メトロ1番線に乗った。1番線は大丈夫なはずだが、これまでの経験だと他の線からの客が流れてきて大変な混みようなので覚悟していた――。と、駅へ行ってみると、ほとんど誰もいないのである。街の道路も同じ。ガラガラである。どうやら、学校の教育関係もストなので、子どもたちが家にいるため、仕事を休んだ人が多かったらしい。

 この日は、パリの街に労働者・学生たちの抗議のデモが溢れたという。主催者発表では、250万人がデモに参加したという。夕方、どんな状況だろうと、ラジオをつけてみた。いつも聴く公共放送「France Info」をかけていたら、ニュースの途中から、なんと「ストのために通常の放送ができません」という旨のアナウンスである。後は、ずっと軽音楽が流されていた。

 金曜日、ちょっと病院に用があったのでいったら、院内のキオスクのニュース・スタンドは空っぽ。訊くと、「今日は、メディアがストで休みだ」という。新聞が買えず気がそがれると同時に、これだけのストは、なかなか経験できるものではない、とむしろ感動した。

 フィガロ紙インターネット版での投票アンケート(自主投票なので、科学的結果にあらず)では、約72%が「ストの動機理由が理解できない」と出ていた。フィガロ紙は右寄り、政府よりだが、国民でもこのストを支持しない人は少なくないだろう。
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2009年01月30日

レッド・ソックスのキャッチャー契約なるか

以下は、大リーグ野球、特にレッド・ソックスに興味がある方、あるいは潜在的興味のある方、向けである。

最近は野球ネタをまったく書かなくなってしまった。レッド・ソックスが早い時期に負けて、ワールドシリーズへの興味を失ったことも関係ある。しかしその後も、複雑な想いで試合を観たり、ネットで詳細な結果を読んだりしているのであった。それはこの「ストーブ・リーグ」と呼ばれる選手補強の時期も同じであり、レッド・ソックスの補強状況を見ては、毎日一喜一憂しているのである。

で、今年は他のチームがうらやむほど「経済的な補強」を成し遂げたレッド・ソックス、一つ、問題が残っている。それは、キャッチャーのバリテクの再契約ができるかどうか。バリテクは04年以来レッド・ソックスのキャプテンだったというだけでなく、すべてのピッチャーの長所短所を知りぬく才能を持った素晴らしいキャッチャー、守備の要である。

詳しい話は省くが、バリテクの契約が2008年度で切れ、年末にチームは年俸調停を提示したが、拒否された。それでもバリテクを重要と考えるチームは、つい先日、紳士的にも(と思う)当初示していた1年契約ではなく、2年目を保証した契約を提示した。しかし、バリテクのサイドは返事をしていない。もちろん、今は、すべてエージェント(契約交渉人)が決めるのだから、それも彼のエージェント、スコット・ボラス氏の意向なのだろう。その締め切りが今日、金曜日なのである。

実は、レッド・ソックス、このボラス氏に良い心象を持っていない。先月、強打者テシエラがNYと契約した時、最後まで争ったレッド・ソックスやその他のチームは、テシエラの値段を吊り上げるのにエージェント、ボラス氏に利用された――とレッド・ソックス側は感じていると報道された。どうやら、それ以来、レッド・ソックスは表立ってボラス氏と交渉するのを拒否しているように見える。

大リーグの他のチームもこのボラス氏のやり方に腹を立てているのではないか。同じくエージェントをボラス氏とする、リーグを代表する強打者マニー・ラミレスの契約が進まないのも、そのせいだと思う。ともあれ、ボラス氏の方も、マズかったと思っているのかもしれない。最初の年俸調停を拒否したときも、もっと値段を上げようと狙ったのだろうが。このエージェントは、本当に困った存在だと思う。実は、松坂投手も雇っているのだが。

バリテクのようなベテランで、今期は打撃の調子が悪かったキャッチャー(しかもレッド・ソックスに長くいたので、契約の場合は、ドラフト・ピック1位を譲らねばならない)を雇うチームも他にいないようだ。各チームが新しいチームの編成を終えつつある今、レッド・ソックス以外のチームが彼を必要とする可能性も減ってきている。しかし、ボラス氏もメンツを保つためにギリギリまで待つであろう。
今日の残り時間は、アメリカ時間であと9時間である。
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2009年01月29日

ウサギなるものを……

 今週こそ、市場でラパン、つまり日本語でウサギを買って食べてやろうと思っている。さてしかし――、どうしたらいいか皆目わからない。

 焼けばまあ喰えるとは思うが、肉を火にかざして焦がして食うなどという、あまりに野蛮な喰い方は、フランスにいる「文明人」の端くれとして名折れであろう。インターネットで調べてみるが、やたら手が込んだ料理ばかり載っていやがるのだ。ハーブを擦り込んでやってみるか……。
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2009年01月28日

アルバムサイト

サン・レミ療養院1

 一週間前に、写真についてあのように書いたのですが、自分が記録のために細々とやっているアルバムサイトを公開します。幼稚な写真ですが、見ていただければ嬉しいです。右上のリンク「酔眼アルバム」から行けます。念のため、アドレスは以下です。
http://blindphotographer.blog49.fc2.com/

 アーカイブに収めるために日付は古いものになっていますが、順次アップして行く予定です。外国人の知人にも公開するため、日本語と英語で案内をさせていただいています。

 よろしくお願い致します。
(写真は、プロバンス地方のサン・レミ、かつてゴッホが入院していた療養院。ゴッホがいた部屋の下に咲いていた赤いバラ。)
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2009年01月27日

プライドある(?)物乞い

 5区のカルチエラタンにあるベーグル屋で、昼飯を食べていた時のこと。

 けっこうちゃんとしたジャンパーを着て見てくれも悪くない紳士が、ツカツカと入ってきた。手に大きなマグカップのような入れ物を持っている。店の女店主に挨拶すると、背筋を伸ばしたまま、しっかりとした口調で言った。
「わたしはフランス人です。いくらか寄付をいただきたい。わたしはホームレスです」

 主は驚きもせず、黙ってレジのところへいって、いくらかの小銭を出して、カップにいれた。男性は、
「どうもありがとう」
と礼儀正しく礼を言って、出て行った。その間、2分ほどの出来事だった。
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2009年01月23日

オバマ新大統領の仕事始め

 20日の就任式のスピーチを聴いた。長いアメリカ暮らしでアメリカの国民のメンタリティーはかなり理解していたから、生きているうちにこんな光景を観ることはあるまいと思っていたので、とても感動した。もちろん、感動・感激の程度はアメリカに住む黒人たちの比ではなかったろうが。

 それにしても、「60年足らず前だったら地元のレストランで食事もできなかったかもしれない父を持つ男が、大統領就任の宣誓のためにあなたたちの前に立つ」とは、ストレートに言い切ったものだ。その他、
「私たちの国はキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンドゥー教徒、そして無宗教者からなる国だ。世界のあらゆる所に由来するすべての言語と文化で形作られたのが私たちだ」

(「ブッシュ大統領の・・・貢献と、・・・寛大さと協力に感謝したい」と言った後、あまりたたぬうちに)「私たちは、本日、長らくわが国の政治の首を絞めてきた狭量な不満や偽の約束、非難や古びた教義を終わらせると宣言する」

など、前政権に対するはっきりとした、あるいは暗示的な批判もしっかり盛り込まれていた。今回のこのスピーチは勇気ある行為だったと思う。

 さて、オバマ氏が大統領就任にあたり「早急にするのが期待されていた仕事」は、さしずめ次のようになるだろうと思っていた。
  (1) 国内の経済状況
  (2) グアンタナモ基地のテロ容疑者収容施設をどうするか
  (3) ガザvs.イスラエル情勢
  (4) アフガニスタン問題
  (5) ロシア(対ウクライナ、グルジア)問題
  (6) 環境問題へのアメリカのスタンス
  (7) ヨーロッパとの関係
  
 このうち、最初のは当然として、(2) (3) の問題もかなりの急を要するだろう。(2)は“タリバン容疑者”を将来どう扱うか(本国に帰すことができるのか)という問題も含み、それには(4)が連動することもありうるだろう。(5) のロシア問題は、相手がプーチンだけに実はもっと射程が広い問題かもしれないが、直ぐには解決は難しいだろう。(6)は(温暖化対策に乗り出すというオバマの方向性は予想できるにしても)緊急さは、さほど高いものではない。(7)の「ヨーロッパとの関係」は、ブッシュのときと比べれば良くなるだけではあろうが、微妙な問題を残していないわけではない(たとえば、グアンタナモ収容施設に容疑者を送るのに、直接あるいは間接的に協力した国がヨーロッパにもある)――そう考えていた。

 だが、オバマ新大統領のアクションは早かったと思う。(1)の国内経済問題に着手しながら、(2) と(3) の問題にもすぐ対処した――たとえば、「グアンタナモ収容所の閉鎖決定」に見られるように、前大統領へ批判的な姿勢になることも躊躇せずに。22日、ジョージ・ミッチェル(George Mitchell)元上院議員を中東特使に任命したし、アフガニスタンとパキスタンへの特使も、本日、リチャード・ホルブルック(Richard Holbrooke)元国連大使を任命した。これは、評価できることだと思う。

 なにより優れた決断だと思ったのは、こうした問題に対処するのに、アメリカ政府自身の「透明性」を上げなければいけない、と公に発表したことだ。それは、戦後最悪になった国内の経済状態に手をつけるのに、その原因となった金融機関の「不透明性」を解決する方向にも向かっている。それは、まあ、ブッシュ前政権がいかに国民に不透明な政治決定を続けてきたかの証でもあるのだろうが。

 それにしても、日本の金融機関に「透明性」が訪れることはあるのだろうか?大銀行が、地上げ屋に資金を提供し、手をかしている構図、何があっても大銀行が特別扱いをされる図式は、いつ直るのであろう?もちろん、それ以前に日本の政府・政治家に「透明性」はほとんどないのであるが。
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2009年01月21日

写真

 去年の今頃、パリのピカソ国立美術館に『Picasso Cubiste, 1906-1925』展覧会(たしか、アフリカ芸術のピカソへの影響から説き起こしていた)を観に行った時、同時に写真展『ゲルニカへのオマージュ:1937年ゲルニカ2007年 ジル・ペレスの写真(Hommage à Guernica: 1937 Guernica 2007 Photographies de Gilles Peress)』が開催されていた。それは、ピカソが『ゲルニカ』で描いた戦争から70年を経たことを記念し、『ゲルニカ』制作のためのデッサンやピカソが制作している場面の写真(本物はマドリードのソフィア美術館に永久展示のため持って来ることはできない)と、現代の新たな戦争・悲劇である「ルワンダ」「ボスニア」で苦しむ人たちを撮ったジル・ペレス氏の写真を並列展示するものだった。

 並列展示はペレス氏が望んだそうだが、「暴力」「無理やり奪われる生」「押し付けられる悲劇」「仲間・家族の死の苦しみや哀しみ」「突然くる別れ」「理不尽」「人間の残酷さ」は1937も現代もまったく変わりはない、そして、これらの写真の悲惨さはまさにピカソが『ゲルニカ』で描こうとしたことだ、というのが趣旨だ。

 すべてが白黒写真だが、なんと迫力と説得力のある写真だったろう。たとえば、爆撃でめちゃくちゃに破壊された家の中で、家族の死にぼう然と立ち尽くす女性の写真。特に、バスで移送される難民が、バスの窓に圧しつけた掌の間から大きく見開いた悲しい眼で去ろうとする町をにらむ写真や、マイクロバスの窓に二つの掌が圧しつけられ、それにバスの外から別れを告げる一本の手――手だけが主役の写真は、今も忘れることができない。(下にネットから引用)
http://globetrotter.berkeley.edu/Peress/images/Hands.jpg 

 胸を打ったのは、その「戦争という現実」の示し方・切り取り方であることは明らかだった。現実の何を見るか、どう切り取るかで、写真つまり「そこに提示された現実」がこれほど説得力を持つものだということを、強く見せ付けられた展覧会だった。

 写真は、写真のための機械(カメラ)の優秀さで決まるのではない。場面の切り取り方や被写体への眼のつけどころが大事なのだ。パリの街で不釣合いなほど巨大で高価そうなカメラを持ち歩いている観光客を見ると、それをよく思い出す。
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2009年01月19日

オバマ新大統領に関連するヨーロッパでの報道

 先週の金曜日、RER(郊外への高速鉄道)線のC線に乗っていたら、突然アナウンスがあって、「途中のInvalid駅は、外でデモがあるので出口から出られない」と告げられた。パリは最近もデモ続きだが、これはサルコジの教育改革に反対するデモである。

 土曜日の午後も、ニュースによれば、パリの街の通りは、教育改革に反対するデモで高校生や大学生で溢れたらしい。

 その他のデモも、この週末から月曜にかけてパリであった。ガザ攻撃に反対するデモはずっとあり、先週は、同様のデモがヨーロッパ中で行われたと報じていた。それとは別に、ブッシュ米政権の「グアンタナモ基地収容」を批判し、オバマ新政権にその中止を呼びかけるデモである。グアンタナモ基地に収容された「容疑者」と同じオレンジ色の服を着たメンバーが何人も、手錠に繋がれたまま歩き、最後に檻の中に入る――というシーンをニュースは報道していた。

 オバマ新大統領に関するものは、パリでは、表面的には静かなものである。オバマ氏の精悍な写真が載った雑誌の広告や、これを機に商売で一儲けしようという「オバマ商品」の広告が、街に貼られているくらいだ。就任式前日の今日になって、ニュースは、アメリカの「興奮」(おそらく多くは、初めての黒人大統領であること)、ヨーロッパ各地からの「安堵」「喜び」(多くは、ブッシュ政権に終止符が打たれることに対する)が伝えられた。

 「ユーロ・ニュース」を観ていたら、日本の映像も流れた。それは、オバマ氏の顔の「被り物」を作る工場の映像だった。日本でのオバマ新大統領就任を祝い方はこのようである、とでも言うように――。それは否応なく他の国のニュースと比較されてしまって、どうにも情けなく見えてくる……。

 「オバマ被り物」を楽しげに報じる似たような記事は、朝日新聞にもあった。新聞は同時に、国会で民主党の議員が首相に漢字が読めるかとマジメに質問をした(!)と報じていたが、その「情けなさ」は、この「国会議員」の幼稚さと、みごとに呼応した。この重要な時期に……。この政治家にしてこの国あり――。そしてこのメディアにしてこの国あり――。

 先週末、フランス政府は、TV、ラジオ、インターネットでの「反ユダヤ的な表現」を取り締まることを決めたという。イスラエルのガザ侵攻(攻撃)以来、各地でユダヤ人攻撃が起きているという。先週の木曜日、パリ郊外で、顔を覆った二人連れが、ユダヤ人の若者を反ユダヤ的な脅しをした上で刺したという事件が起きた。世界の他の国は、「今そこにある危機」と同時進行形で進んでいる。
http://www.iht.com/articles/2009/01/16/europe/16elysee-FW-409718.php

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2009年01月18日

『ルオー』展:フランス人が「Zen」と言ったら気をつけろ

 パリ中心のマドレーヌ広場沿いにあるピナコテーク・ド・パリという美術館(ギャラリー?)での、『ジュルジュ・ルオー――出光コレクションの名品(Georges Rouault, les chefs-d'oeuvre de la Collection Idemitsu)』と『ジャクソン・ポロックとシャーマニズム(Jackson Pollock et le chamanisme)』展に行く。いつもながら、ルオー展の方は閉会ギリギリになってしまい、重い腰を上げた。両方とも入場料9ユーロと、パリにしては高い(文化的活動に金のかかるバルセロナ並みだ)。

 『ジュルジュ・ルオー』展は、日本の出光美術館所蔵のルオーの作品をパリで紹介するもの。なんで出光はこんなにルオーを持っているんだ、と言うくらい数は多いのだが(石油のおかげ?)、展示の仕方は、ルオーとその知人・友人(モロー先生、友人マチスなど)との交友関係を示す形でなされている。それはそれで面白いし、ルオーの作品はやはりいつ見てもすばらしい。が、この美術館、日本のギャラリーを思わせるような狭い“ウナギの寝床”のような作りなのだ。しかも、説明文パネルをわざとのように狭い通路に貼ったので、人でつかえてまともに歩くこともできない。

(出光で多く所有されていることもあるように)ルオーがなぜ日本で人気があるのかを説明するパネルがあった。要約すると二点。第一点は、これらのルオーを買い上げた出光氏が言っていたことだそうだ。日本では、書道が一般に価値あるものとして尊ばれており、ルオーの輪郭の太い線は書道を思わせる。しかし、これは、書道を好まない、あるいは(わたしのように)たしなまない日本人でも多くルオーを好む、という事実を説明しない。
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2009年01月17日

パールマン演奏会のキャンセル

 パリでの典型的な週末は、今日のような日かもしれない。

 朝、起きたら、近所から工事の音が聞こえた。すぐ斜め向かいのアパートが内部をリノベートしているので、それだろう。フランスでは法律で、週末も土曜日は作業して良いことになっている。しかし、作業によってはゆっくりした週末の朝、とは行かない場合もある。去年の夏、いやその前の夏も、それでたいへん難儀したのだ。

 その後、例のごとく、イエナ駅の近く、ギメ美術館の向かいにある野外市場へ。いつも行くチーズ屋でヨーグルトを買った後、キノコ専門店へ。2週間ぶりなので、おばさんに「久しぶりね」という顔をされる。秋のキノコのシーズンは終わったのか、多くがペルーやカナダなど外国産になっている。しかし、こだわっているのはフランス産だ。いつも手に入れる黄色い硬めのキノコと、珍しい見たこともないキノコがあったので料理法を訊いて買い、マッシュも安いので加えてもらう。

 すぐ向かいのパン屋へ。パン屋といっても、他のパン屋にあるようなガラスのショーケースではなく、粗末なテーブルの上にいろいろなパンを並べ、若いオネエさんが無愛想に立っているだけである。しかしなかなか旨いので、必ず買うのである。そこでイチジクパンを買う。この市場は一本道の両側に全ての店が並んでいるので、いろいろ冷やかして歩くのがラクだ。チーズとワインだけ売っている店があり、滅多に見れないような鮮やかな紫やオレンジ色のチューリップを軒下に重ねた花屋がある。BIOという有機野菜専門の店は、値段は高めだが、フランス人は健康に気を遣うのかこれがけっこう混んでいる。ここの食用ホオズキは実に美味いのだ。フランスに来て、この食用ホオズキに病み付きになった。

 野生の鳥を専門としている店がある。秋から冬にかけては、店の主がカウンターの後ろで、目の前の台に観念したように行儀良く並んでいる鴨から一羽を取り、毛をむしり、体の不要な部分を取り去り、皮膚をバーナーであぶるのを、観光客などは、生まれて初めて観る見世物であるかのように、抱えたカメラのことも忘れて見入っている。今は鴨の季節も終り、ウサギが並んでいる。いつかこのウサギを買って焼いて喰ってやろうと思っている。両手にあふれるばかりの食材を抱えて帰宅。

 話は飛ぶが、数日前、パリのオペラ座から携帯にメールが来た。今度の木曜に行われる「イツァーク・パールマン」の演奏会(演奏と指揮)が、パールマンが来れないため代役になったという。帰宅するとEメールも来ていて、なんとパールマンはアメリカのオバマの大統領就任のために演奏するのでパリに来れないというのだ。パールマンめ、アメリカに魂を売ったか!とちょっとムッとしたが、相手がオバマ大統領就任のセレモニーでは、さすがに断れなかったのだろう。

 代役はそれなりに有名らしいが、パールマンの名人芸が観たいのであまり興味もない。でチケットをキャンセルすることにした。そこで、午後から、コンサートの会場(サル・プレイエル)の窓口に行った。そこで、直訳するとこんな風に切り出した。
「パールマンのチケットを持ってるのですが、パールマンを別の演奏家に代えたというので、チケットを(キャンセルして)払い戻ししたいんですが」
わたしは、あえて注意して、「別の演奏家に代えた」の主語をあいまいな「on(人一般)」と言った。しかし、窓口の男性は、開口一番、
代えたのは、わたしたち(サル・プレイエル)ではありませんよ
と応えた。日本人なら、催す側として申し訳ない、と繰り返し詫びるところだろう。フランス人が自分の責任ではない時にことをはっきりさせたがる(自分の責任の時でも、曖昧にするか「私ではない」とうそぶくのだが)、そのいい例だ。

 夜、11月の末にワインの見本市「ワイン・サロン」で手にいれた、ボルドーのクリュ・ブルジョアの赤ワインを開ける。「ブルジョア」とは、特級や一級などがある「シャトー」に比べれば格は下だが、マイナーながらも質のいいワイン造りである。実は、一昨年、ボルドーに行った時に、ツアーでそこを訪れてたいへん良い印象を持ったが、その後に訪れるはずの「シャトー」に気を取られてワインを買い損なっていたのだ。同居人が、コンテ・チーズをもらって来た。夏の間に美味しい牧草だけを食べて育った牛の乳でできたチーズだそうで、これがクセがありながらも、なかなか品の良い味なのだった。ボルドーの熱心な造り手のワインと、滅多に手に入らないチーズ、おつな組み合わせである。贅沢とはこのことである。

 テレビでは、ガザ侵攻のニュースをあいかわらず報じている。それを観ながら、オバマは、大統領就任に際して、イスラエルとアラブの両方の音楽家を招待したいとねらっているのじゃないか、と考えた。
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2009年01月16日

理解しようとするフランスと避けようとする日本

 夜、TVで映画『O Jerusalem』を観た。イスラエル建国の前後のイスラエルとアラブの対立に身を投じる「二人の親友」を描く。2006年10月にフランスですでに公開されている作品。筋書きはリンクで。もっと詳しい英語版はこちら

 監督は、インタビューを含めて5年をかけて史実を調べてから、この映画を作ったという。話の展開がちょっと出来過ぎであり、最後はどうも甘っちょろい結末だが、ともあれ、ガザ侵攻で世界が揺れているこの時期にこんな映画を放映するフランスはたいしたものだと思う。

 先日も、日本のアニメ映画『火垂るの墓』を放映していた(日本のアニメ25年という企画だったが)。社会派でヒューマニスト的関心の高いフランス社会、その点は成熟している。日本ではありえないと思う。いや、日本だったら、すでに放映することになっていてもガザの出来事があった時点で、「諸事情を考慮し放映中止」とするだろう。社会問題があればそれに関連する作品を見ようとするフランスと、それを避けようとする日本
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2009年01月15日

フランス移民政策の「効果」

 大統領がサルコジになってから、移民政策が厳しくなったが、インターナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)紙が、去年2008年のフランスでの不法移民労働者(illegal migrants)摘発(強制退去)が3万人近くであり、前年に比べて29%も増加したというロイター記事を伝えている。(記事はウェブ版にはなく、IrishTimesより以下に引用)
http://www.irishtimes.com/newspaper/breaking/2009/0113/breaking54.htm 
(APや他の記事では、「不法移民(illegal immigrants)」となっている。下はもっと詳しい記事。
http://www.iht.com/articles/ap/2009/01/14/europe/EU-France-Immigration.php
http://www.france24.com/en/20090114-immigration-minister-exceeds-immigrant-expulsion-target-

 サルコジ大統領は、移民大臣Brice Hortefeuxに不法移民労働者を少なくとも2万6千人を摘発するように指示したのだそうだ。Hortefeux大臣は、自分が移民大臣を辞めるにあたって自分の成果としてこれを発表、大きな「成功」と述べた。が、人権擁護グループは、その政策を「非人道的」で「右翼にアピールするための抑圧的」なものと非難しているという。

 去年辺りから、街に立つ警官の数も目立って増え、大きな駅での兵士(自動小銃を持っている)が目に付くようになった。道路で警官に停められる車の運転手が、移民系であることが多い気がしないでもないが、直接に関係あるのかどうか。
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2009年01月13日

サン・ラザール駅の閉鎖

 サン・ラザール駅で若者たちが国鉄(SNCF)の車掌に暴力を振るったとかで、それに抗議した鉄道従業員がストに入り、サン・ラザール駅が閉鎖になった。

 この「暴力行為に抗議するスト」、よくあって、RER(郊外拘束鉄道)線も(もちろん)予告なしに止まることを何回か経験している。日本じゃ考えられないが、自己主張のはっきりしたフランス人、安全に働く権利を妨げられること、職場環境で身の安全を保障されないことには、はっきりと抗議するのだろう。

 それにしても、SNCFやメトロ関係のストが多い。サルコジの新政策に反対するのが主な理由だが、それ以外にも北駅やサン・ラザール駅は、何かにつけ混乱する。ラジオを聴いていたら、従業員に同情する乗客の声があった一方で、
「まったく、SNCFは始終なにか問題ばかりだ。もう私営化するとか、なにか手を打たなければダメだと思う」
という苛立ちの声も聞かれた。確かに、これほど運行に問題がありすぎるのは、のんきなフランス人としても、たまったものではあるまい。

 サン・ラザール駅の営業は、夜9時に再開された。
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2009年01月12日

『ピカソと巨匠』展

 午後からグラン・パレの国立ギャラリーで催されている展覧会『ピカソと巨匠たち(Picasso et les Maitre)』を見に行くことに決める。この展覧会、あまりに人気で、入場時間指定での前売り券がとっくの昔に2月2日の最終日まで売り切れた、というシロモノ。当日券を求めて並んでも、2時間はゆうに待つという。

 ピカソと彼に影響を与えた画家を並べて展示するらしいこの展覧会、現在、ルーブル美術館の『ピカソ/ドラクロア:アルジェの女たち』という展覧会と平行して開かれている。後者は、ドラクロアの名作『アルジェの女たち』にインスピレーションを得てピカソが描いた物を同時展示するというもの。それは見たし、ピカソの絵は、過去の何回かの展覧会、パリのピカソ美術館、オルセー美術館、最近ではバルセロナのピカソ美術館、とけっこう観ている。ピカソは多作だが、まあだいたい観てるだろうと思っていた。それを、何をトチ狂ったのか、この雪も降ろうかという寒空の中、2時間も並ぼうとは――。

 当日券も入場制限をしていて、30分ごとに20人程が入れるだけだ。入れたのは当初の予想通り2時間後、体は完全に凍りついていた。チケット売り場に向かうと、「時間指定の入場制限」どころではない。いったん館内に入った者なら誰でもかえるユルサである。これなら、同時にやっている『エミール・ノルデ』展覧会の券を買ってカフェによるつもりで入って、ピカソの券も堂々と買える(実際そうした人々もいたようだ)。こういう「ザル規制」的などこか抜けたユルサは、まさにフランス的。

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2009年01月11日

日本のMingei展

 ケイ・ブランリー美術館で開かれている日本の民芸品の展覧会『Upside down et Mingei』を観に行った。地味な展覧会で客はまばらだが、異国文化、アジア趣味を求めるフランス人が熱心に観ていた。

 美術評論家・思想家の柳宗悦が集め東京の日本民藝館に収められた工芸品を、日本から持ってきたものである。日本民藝館は駒場公園の隣にあって、学生の時、日本の伝統くらい知っておかなければと、暇ができるとよく行ったものだった。公園の古木の間を降りてくる午後の気だるい陽射しを、今でも良く覚えている。

 会場では、当時のいわゆる「民芸運動」に関わった濱田庄司、河井寛次郎の作品が、日本各地や「李朝」のさまざまな工芸品とともに、それらから受けた影響がわかる形で展示されていた。フランスであらためて日本や朝鮮半島の優れた工芸品を見ると、その造形の美しさ、優れた美意識、完成度の高さに感動する。秋田の蓑など、今フランスで見てもモダンだ。「モダン」と言うことの意味を、あらためて考えさせられる。

 民芸運動の機関誌「民藝」や「工藝」も、何冊か展示。柳宗悦の長男の工業デザイナー柳宗理の作品(有名な「バタフライ・スツール」)や、その他、バーナードリーチなど民芸運動に関わった外国人の作品もいくつかあった。特に、フランスから工芸指導官として来日して各地を視察しながら日本の伝統美術工芸を学び、和・洋を美的にも機能的にも上手く調和させたシャルロット・ペリアンの作品がおもしろかった。

 ケイ・ブランリー美術館では、同時に、アフリカからの祭祀のための品や装飾品の小さな展覧会もやっていたのだが、実に不可思議な形の人形などを見やすく展示していた。それらの間を歩きながら、(フランスから見れば)マージナルな文化にこれだけ精力と金を費やすフランスもなかなかのものかもしれない、と思った。(日本の民芸は、アジア芸術を展示する「ギメ美術館」でもいいとは思うが。)

 帰りに、一月の風物詩のお菓子ガレット・デ・ロアを、美味いので有名なあの店で買って帰ってきた(下の日記参照)。今年初のガレット・デ・ロア、噂にたがわず非常に旨かった。中のアーモンドクリームが甘すぎない。なにより、バターをたくさん使っているはずなのだが軽い。そして、出て来た人形(フェーブ)がピエロ。大人も嬉しいガレット・デ・ロアである。
http://dokugo.seesaa.net/article/111206154.html
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2009年01月10日

冬のサーカス

Cirque d'hiver2
 昨夜は、パリに古くからあるサーカス「冬のサーカス(Cirque d'hiver)」を覗いて来た。1800年代中ごろに始まり、あの画家ロートレックやスーラが足しげく通い、絵の題材にしたサーカスである。

Cirque d'hiver1 トラも空中ブランコもジャグラーも手品も力持ちも、そしてピエロも、サーカスの出し物が全て一通りそろっていた。どれもビックリするほどスゴイというわけではないけれど、イキな生のバンドに合わせて、オシャレに進行。

 出し物が終わって出口へと向かう通路が、サーカスの楽屋を通ったり、たどりついた最後のホールでサンドイッチとワインが振る舞われたりと――、こまやかな心遣いがとても嬉しい。「楽しかった」だけでなく、「どうもありがとう」と言いたくなる見世物だった。

 子どもに帰るのは、いつでも楽しい。
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2009年01月09日

無神論のバス広告

無神論者のバス広告

 広告ならば、どんなに事実に反することを載せてもいいのだろうか? それには限度があるだろう。もしある人が殺人者だと事実でもないのに大きく書きたてれば、それは、その人の名誉を傷つけることにもなるだろう。では、宗教的な信念の場合は? それについて、昨日のインターナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)紙に、おもしろい記事があった(写真は記事より)。
http://www.iht.com/articles/2009/01/07/europe/07london.php

 無神論者が、市内を走るバスに「神はいない」という広告を出す運動(キャンペーン)を始めたのだ。企画者たちは、それでせいぜい8000ドルくらいしか集まらないだろう、と予想していた。が、あにはからんや、蓋を開けてみれば、著名な科学者(Richard Dawkins)、哲学者(A.C. Grayling)、British Humanist Association などから寄付が相次ぎ、たった4日で15万ドルを越え、ついには20万ドルを越えてしまったという。

 そこで、似たような広告をイギリス全土で800のバスにつけることにした。いわく「たぶん、神はいません。気にするのはやめて、人生を楽しみましょう」。広告ガイドラインがあるため、全体を灰色にする表現「たぶん」をつける必要があった、と記事は指摘している。

 この広告を見て眉をひそめる人も当然いるが、一方で、「表現の自由」がはっきり行使されるのをみるのは嬉しい、という人もいたそうだ。ロンドンのバス広告を担当するTim Bleakley氏( Managing director for sales and marketing at CBS Outdoor in London)の言が実に頼もしい。
宗教団体が自分たちを宣伝することもあります。もし宗教を信じない人がいるのなら、宗教信奉者と逆の考え方を促がす広告を出していけないということはないでしょう」。
イギリス社会の懐の深さを垣間見たように思う。
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2009年01月08日

南部、雪でマヒ

 異常気象(その最たるものは去年のバグダッドの雪だろうか)は、ヨーロッパはあちこちでも続いているようなのだが、先日旅行してきたトゥルーズやマルセイユのあるミディ・ピレネー地方は、今日は大変な雪で、空港も鉄道もマヒ状態だそうだ。といっても30センチほどの積雪で、この南部がいかに降雪に弱いかということなんだろうが。ニュースでは、国が援助に出るとか出ないとか話題になっていた。

 ニュースと同時に、フランス人に聞いたアンケートの結果も紹介されていた。曰く、
「南部が雪でマヒ状態になってしまったことに、国家は援助すべきか否か?」
 いかにも個人主義的なフランスらしい質問だが、回答は50%以上が「ノン」だというから、自分の落ち度は自己責任とみなされているのか。やはり、発想は個人主義的であるな。

コルド・シュール・シエル1

 ニュースにちなんで、12月に行ったミディ・ピレネー地方のコルド・シュール・シエル(訳せば「空に浮かぶ弦」)の村の写真をアップ。朝日を浴びる「空中の中世都市」です。
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2009年01月07日

ロンドン・ガザ爆撃に抗議する集会

 今日は、予想されたほど寒くはなかった。

 さて、ロンドンで、ナショナル・ギャラリーに行こうとして、その前のトラファルガー広場を通った時のこと。

 この広場は真ん中に、噴水に囲まれてネルソン記念柱が建っているのだが、夕方近く、通り過ぎようとすると、夕焼けに浮かぶネルソン記念柱の向こうに整列した集団が見えた。広場の周りの道路にはプラカードが落ち、ビラを配る人もいる。整列した集団は一方向を向いてお辞儀をしている。その後ろに貼られた幕から、これがイスラエルのガザ爆撃に抗議する集会であることがすぐにわかった。

 整列した集団は、夕方の礼拝をしているようだった。そこに、カメラを持った男性が近づいてきた。あっという間にセキュリティーらしい集団に取り囲まれた。フィルムを取り上げるかのような強い制止の仕方である。むやみに顔写真を撮ろうとするのを禁止しているのだろう。

 そこを通り過ぎてナショナル・ギャラリーへの階段を登ろうとすると、そこにはスカーフ、へジャブを被った女性のグループがいた。

 この広場は2度目だが、思えば、十数年前に初めてこのトラファルガー広場に来た時も、抗議行動のデモに出会った。当時のチリ大統領、ピノチェトの独裁と残虐行為に抗議する人々で、群集がトラファルガー広場全体を埋め尽くしていた。当時、金がないのにロンドンに貧乏旅行に来て、何も喰わずに街を歩き廻っていてその熱気に遭遇し、一種みょうな感動をしたのだった。
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2009年01月06日

イギリス観劇旅行(下)

 今日、パリは、ことのほか寒かった。この冬一番の寒さではなかろうか。野菜を買いに行ったら、軒下に出ていたキノコが凍っていた(鍋にして喰っちまったんだけど)。明日は、マイナス8度になるそうだ。

 昨日は、イギリス旅行について、メモにしても、深夜までかけて詳しく書きすぎた(ほとんど誰も読んでおらんのに馬鹿だ)。今回は、それ2日目以後を簡単に。

 さて、翌朝、ストラットフォード・アプオン・エィヴォンから朝一番の7時半のロンドン行き列車に乗った。着いたのは10時すぎ。地下鉄を乗り継いで、『ハムレット』がかかっているコベント・ガーデンのノヴェロ劇場(Novello Theatre)まで走る。着いたのは10時半近くだったろうか。当日チケットも売り切れたものと、諦めていたが、なんと何枚か残っていて、しかも、奇跡的に一階の良い席があった。「他の席は視野が限定されています」と言われれば、大枚はたいても買うしかなかった。

 買う時、「ただ、ハムレットをやるDavid Tennantは、腰痛があって出るかどうか判りません」と言われた。どうやら、彼がお目当ての客が多いので、チケット入手が難しいようだ。後でプログラムを読んだら、彼はTV番組の『Dr. Who』というシリーズ物の主役で、イギリスで大いに人気があるらしい。「追っかけ」が多いのだろう。

 ウキウキ気分のまま、鼻歌を歌いながらホテルヘ行き、チェックイン。昼飯を食べてしばらく休んだ後、夜の公演までの時間はナショナル・ギャラリーに行くことにする。良い美術館である。各国の「ビッグ・ネーム」「有名どころ」の良い絵を濃密に何枚も体験でき、しかも入場料がタダというのに、大英帝国の懐の深さ、鷹揚さを感じないわけにはいかない(不遜さもあるが)。

 『ハムレット』の夜。会場は完全に埋まっていた。女性が多い。幕が開く前に、関係者らしき女性が出てき、深刻な顔をしてアナウンスした。
「……terrifying news(恐ろしい/驚くお知らせ)があります。今日のハムレットの役は……David Tennantがやります」。
その瞬間、会場は割れんばかりの拍手と歓声。おば様方は大喜び。隣にいた女性は、こちらを見て大きな口をあけて悦んでいた。Tennantがどれだけ期待されているのかがわかった。

 幕が開くと、実にいい緊張感が走った。すぐに、これは良い演劇だと感じられた。やがて、ハムレットが出てきて独白をする――その瞬間、これは独特なオーラを感じさせる存在感のある役者であると思った。セリフはしっかりしているし、感情の陰影のある表現も、正気と狂気の転換の流れも良いと思う。単なるTV番組の人気役者ではなさそうである。

 しかも、どの役者も上手い。ストラットフォード・アプオン・エィヴォンのRSCと比較すると、大人と子ども。1軍と2軍である。ハムレットの叔父クローディアス役に、あの『スター・トレック』で有名なパトッリック・スチュアートだが、ちゃんと舞台を重ねているからだろう、安定して上手いものである。母親のガートルード役のPenny Downeも「ハイクラスの王妃」から「困惑・混乱・失意の母親」へと移行する役柄を説得力強く演じていたと思う。オフィーリア役のMariah Galeも、誠実で安定した恋人から狂気の娘への変化を熱演。しかし、この夜の最高の掘り出し物は、Oliver Ford Daviesのポローニアス。存在感、巧みさ、リズム、軽さどれをとってもピカイチだと思った。

 充実した夜だった。あのまま帰っていたら、RSCのイメージは悪いままだったろう。運にも恵まれたが。良い気分でパブで一杯やって、帰る。

 翌朝は、残った時間、テート・ブリテン美術館でやっている『フランシス・ベーコン』展を観に行った。フランシス・ベーコンは決して心地よい絵を描かないが、哲学的な意味で興味のある画家である。この画家の対象は、この限られた世界(物理的世界)に生きる、限られた人間(動物に連なる人間)のあり方だ。physical(物理的・肉体的)なものに縛られ、超現実なものではないphysical(物質的)な社会に
いる人間がどのようなものであり、それをどう描くか――それを、カンバスの中での実験で見つけようと努力しているように見える。会場の解説では、それに、彼が同性愛者であり、また好んで描いた恋人の中に(同性愛者であることからくる?)人間の不安定さ、もろさ、不安を見て取ったことが関係しているように説明していた。とても有意義な展覧会だった。

(今回、イギリス人の列車での振舞いや、展覧会会場で平気で悠然と人前に割り込んでくる態度などを見て特に強く感じたのだが、彼らには傾向として、どうもある種の鼻持ちならない不遜さ(arrogance)があるように思う。旧帝国の不遜さなのか強いポンドに支えられて来た経済ゆえのごう慢さなのか分らないが、フランスから来て見るとなにか特殊なモノを感じる。機会があれば書いてみたい。)

 テート・ブリテン美術館からテート現代美術館は、テムズ川をはさんで離れているのだが、そこを定期ボートが繋いでいる。展覧会会場を出た後、それに乗ってプチ・テムズ川観光(議事堂やロンドン・アイが見られる)をして後、パリへ戻った。
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2009年01月05日

イギリス観劇旅行(上)

 2日から昨日まで、観劇をかねてイギリスに行ってきた。このポンド安は、身銭や日ごろの食費を削っても利用しない手はない。

 2日は、シェークスピアの生誕地ストラットフォード・アプオン・エィヴォン(Stratford-upon-Avon 以下SUA)に、ロイヤル・シェークスピア・カンパニーの『ロミオとジュリエット』を観に行った。初めてのSUAである。
  「シェークスピアは、ストラットフォード・アプオン・エィヴォン
  で生まれました」
中学校の英語の教科書で最初にその名を聞いて以来、一度は訪れてみたいと思っていたところである。もちろん、シェークスピアの生家も訪れてみたい。

 パリを朝に発ち、ロンドン経由で、午後、列車でSUAに入った。列車の窓を通して初めて眼にしたSUAは、しかし、いくつか工場も並んで、たんなる地方の産業都市のようで、ちょっとがっかりした。SUAの観光局で聞くと、シェークスピアの生家は4時で入館は閉まると言う。急いでホテルに行き、荷物をおいてから駆けつけると、最後のツアーに間に合った。ハーブや花が植えられた大きな庭をしたがえた、こじんまりした家である。小さな各部屋に行くと、そこで当時の格好をしたガイドが、シェークスピアやその時代とのかかわりを説明してくれる。

 生家を出て、暗くなり始めた街を歩く。木としっくい作りのような古い建物もあるが、だいたいは新しく造り直され、商店街のようになっている。シェークスピアの墓もあるという、街外れのトリニティー教会に行ってみたが、暗くてほとんど何も見えなかった。シェークスピアの墓も金をとって見せる仕組みになっているようだ。そこから街へ戻り、 The Garrick Innという1594年に建てられたパブで一杯やる。現在営業しているパブで最古のものなのだそうだ。確かに古そうだ。飯もビールも格別ということはないが、ウェイトレスのお嬢さんが、とても気さくで親切だった。

 その後、川沿いの The Courtyard Theatre へ(本来のSwan Theatreは改修中)。シェークスピアの本場でロイヤル・シェークスピア・カンパニーの劇を観るのをずっと楽しみにしていたが、しかし、この『ロミオとジュリエット』は期待はずれだった。舞台の設定は現代(役者は背広なぞを着ている)で、それ自体はおもしろい。この芝居は、もちろんロミオもジュリエットも若い役者を使うのだが、特にジュリエット役の役者(黒人)がイタダケなかった。声はもちろん通るが、感情もないし「捧読み」が多すぎるように感じられた。たとえば、兄が殺されたことを知らされ驚く場面。「Oh, God」と嘆くのだが、告げられて、条件反射のようにすかさず振り向いて、平板で驚きもないような「オー、ゴッド」。容姿も良く、美しい声をしてるのに残念。年のいった脇役も何人かは技術的に上手い役者がいるとも思ったが、残念ながら、平板で感動のない演技だったと思う。演出家がイケないのだと思う。

 劇が終わって、長く拍手をせずすぐ席を立つ観客もいたようだ。ところで、後ろにいた若い娘たちの一団、観劇の最中に、スナック菓子の袋を始終カサカサさせたり、アイスクリームを音を立てながら食うのには驚いた。映画鑑賞といった雰囲気なのである。

 消化不良のままホテルへ。ロイヤル・シェークスピア・カンパニー(RSC)がこんなものではない、と思いたいが――。その時、明日のロンドンでのRSCの『ハムレット』公演の当日チケットを朝早くに買いに行ってはどうか、と思い始めた。こんなのでは、あきらめきれない。ところが、この『ハムレット』公演、最初から行きたいとチケットを狙っていて、発売と同時にパリから電話で購入を図ったのだが、発売からたった2時間で売れきれたという超人気の代物。とても良いもののようだ。当日チケットが手に入るとも思えない……。しかも、ロンドンまで、少なくとも2時間半はかかる。

 しかし、ロンドンっ子にそんなに人気なら、ダメ元でやってみる価値はあるだろう。そう腹を決めると、早めにベッドに入った。
posted by ろじ at 00:00| パリ ☁ | TrackBack(0) | 文化・芸能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月01日

ニューイヤーズ・イブ

 あけましておめでとうございます。今年も、なにとぞよろしくお願いいたします。

 11月26日から一ヶ月ほどの過去の日記をアップしていますので、お読みいただければ幸いです。いろいろあった8月の日記もアップしています。11月26日のエントリーにリンクがあり、クリックするとページに飛ぶことができます。童話はもう少しお時間をいただければ、アップする予定です(クリスマスの時期を完全に外してしまいましたが)、――実は、日記の「宿題」はそれだけではないのですが。

*******************
 昨夜は、友人たちと持ち寄りの夕食会をし、その後、エッフェル塔で花火を見てきた。いや花火を見るつもりだったのだが、今年はほんの2、3発あがっただけだったようだ。去年の華やかなのとは比較にもならない。サルコジが大統領になって最初の新年だったことがあったのだろう。
 エッフェル塔は、ずっと青く照らされていたが、2009年になった瞬間に昔のように黄色に戻った(ただし、もちろんユーロの星は付いたままだ。凱旋門も、1日の昼にはユーロ旗が外されていた)。

 エッフェル塔の見えるところでシャンパンの瓶を空けた後、人ごみに注意しながらエッフェル塔の下を通り、回転木馬のところに行った。着いたら、ちょうど終了だった。が、われわれのグループの一人の女性や何人かが馬にしがみついていたら、「じゃあ、これが最後です」とアナウンスされて、突然、回転木馬が回りだした。馬に寄りかかっていたわたしも、初めてパリで回転木馬に乗れるという思わぬ得をした。

 塔の反対側のセーヌ河岸辺に降り、またシャンパンを開けた。シャイヨー宮に連なるイエナ橋の下だ。こういうところは、ふだんホームレスが多い。だれかが、
「パリは、ヨーロッパ中のホームレスが憧れるところで、できれば来たがっている人が多いのだよ。ほら、だってパリじゃないか」
というと、スイス人の友人が、
「今現在、パリには60人のドイツ人ホームレスがいるんだそうだ」
と指摘した。
 なぜ知ってるのかと訊くと、「ドイツ大使館に人に聞いたんだ」と言う。
 この寒さで60人を割らなければいいがと、なんとなく思った。

 新年の夜は、シャンゼリゼなどどこもあれて危険、時にはビンが飛んできてケガをする、と噂に聞いていたが、さほどでもなかった。
posted by ろじ at 00:00| パリ 🌁 | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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