2009年02月24日

冬籠り

パリの屋根1
毎日、どのくらい寝たか判らない日が一週間ほど続いている。
こうすることが多すぎると、時間が過ぎるのが速い。
無理をしているせいか、左手の薬指の根元がパンパンに腫れて、曲げることもできない。もちろん、むりに曲げると痛い。

このまま、ある日街に出たら春になっていた、というふうにはいかないだろうか。
しかし、陽は着実に長くなっている。

写真は、初冬にオペラ座の最上階から撮ったもの。
パリの屋根の風景が大好きだ。
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2009年02月18日

エッフェル塔の影

冬空にのびるエッフェル塔の影しばらく前、朝に雪が降った。
夕方、セーヌ河の岸辺を歩いた。
振り返ると、澄み渡った空に、
エッフェル塔の影が一本
まっすぐ延びていた。
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2009年02月14日

金融機関の欲深さ、英国も

 「あなたは、他の銀行家とは違った倫理的コンパスをもっているのかね?」

 この経済危機の折、アメリカの経済界のトップがどこまでグリーディーさに感覚がマヒしてるのかのいい例として、銀行のトップが自らに大枚のボーナスを支給しようとしてオバマ大統領に叱られた話を、2月4日のエントリーに書いた。
http://dokugo.seesaa.net/article/113818823.html

 それと、似たような話が、英国にもあった。つまり、銀行界のトップの感覚が常識とズレているのは、アメリカに限ったことではないということだ。インターナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)紙の11日付の記事によれば、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド(Royal Bank of Scotland(以下RBSと略))を含め、危機に陥った大手金融機関らが400億ポンド(約580億ドル)近くの政府援助をもらう段になって、そのトップ達が自らに高額のボーナスを払おうとしているのが発覚した。上に引用された発現は、議会に呼び出されたRBSの元主任取締役のフレッド・グッドウィン氏に、ある議員が質問した言葉である。
Grilled, U.K. bankers find sorry isn’t enough (ネットの記事では「British bankers face the sharp end of Parliament」と題されている。)
http://www.iht.com/articles/2009/02/10/business/ukbanks.php
(参考: 英、大手3行を実質国有化 6兆4千億円の資本注入発表
http://www.asahi.com/special/08017/TKY200810130157.html?ref=reca) 

 RBSは、その経営が悪化したため、去年の11月に政府が救済措置を決めた。最大2300人の人員削減も決め、組合と話し合いに入ると発表した。しかし、その直後に、この非常識なボーナスが発覚したらしい。銀行の危機管理担当が、銀行側に危険なローンが多すぎると警告していたが無視され続けた、と証言したとも報じられている。ゴードン・ブラウン首相は、イギリスにあるボーナス文化を払拭しなければならないと言ったそうだと伝えられている
(参考: 英銀RBSが最大2300人を追加削減へ、国内従業員の2%(09年2月11日付)
http://www.asahi.com/business/reuters/RTR200902110008.html
英銀大手HBOS、1.3兆円赤字 12月期見通し(2月14日付)
http://www.asahi.com/business/update/0214/TKY200902130402.html

 アメリカでもイギリスでも銀行界のトップの感覚はズレている。経済界と密に繋がる政界も、それは例外ではないだろう。ご存知の通り、日本もしかり。だが、前の二つの国の政府は、少なくとも、国民を前にしてどう振る舞ったらいいか、どういうポーズを取ったらいいかを知っている。しかし、もう一つの国の政府は、いまだに自らが国民の代表であることさえも知らないらしい……。
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2009年02月11日

フランス郵便局の「お知らせ」

 このあいだの「黒い木曜日」のストの時は、フランスの郵便局もストに参加したと聞いた。郵便局はは、この度のサルコジの構造改革の対象になっているからだ。

 今日、アパートの入り口にフランスの郵便局の「お知らせ」が置いてあった。苦情があればここへどうぞ、という案内である。電話、Eメール、そして郵便のどの方法でも、とそれぞれが懇切丁寧に解説してある。郵便局なのに、郵便でなく電話やEメールでも、というのがなんか笑える。郵便ばなれしてEメールへ、という流れを象徴しているようだ。

 フランスの郵便局といえば、不親切、非能率の権化のようなもの。郵便局では、ほとんどがほんとうに仕事がトロくて、しかも加えて、配達はまったく当てにならない。日本人が、フランスに来て、あまりのイイカゲンサに、まずショック、しばらくして怒り心頭に発するのが、ここの郵便事情。フランス人が「働かない怠け者、ズル、嘘さえつく」と感じる、典型的な職業だ。ほんと、おまえら、ストなんかする資格ないよ。こっちが郵便局の前でハンストしてやりたいくらいだ。苦情がある人(特に外国人)は、星の数ほどいると思う。

 が、やっと現実を見て、マトモに客対応をしようと考え始めたということかとすると、サルコジの改革はすでに功を奏しているということになるか。
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2009年02月09日

オペラ座で小澤コンサート

 明け方から強い風が吹き、時おり強い雨が降った。しかし、寒さよりも湿気を強く感じるようになってきた。パリは、いっきに春になるのかもしれない。

 土曜日に、オペラ座で小澤征爾氏のコンサートがあった。普段はチケットが高いオペラ座であるが、多くの人に聴いてもらおうとする計らいか、この日ばかりは高くなかった(5ユーロから)。オケはパリ国立オペラ管弦楽団で、演目はハイドンの「協奏交響曲変ロ長調〜オーボエ・ファゴット・ヴァイオリン・チェロのための(Sinfonia concertante for oboe, bassoon, violin and cello in B-flat major)」とブルックナーの「シンフォニー1番(Symphony n°1 in C minor, A 77)」。日本人の客が多かった。(しかし、演奏中にフラッシュで写真を撮るのは勘弁してほしい。)

 このパリ国立オペラ管弦楽団というのは、まったくの曲者である。わたしは、音楽は素人だが、その素人でも判るようなひどくダラシナクしまりのない演奏を、オペラやバレエの最初の序曲などでやる。じゃあヘタかというとそうでもないらしく、演目の最後や大事な楽章では、きちんと揃った演奏をする。奏者の態度も「いかがなものか」的なことも多く、以前、バイオリン奏者が、演奏のまっ最中、自分が弾かないところで体を揺すりながら隣と談笑しているのを見たことがある。さすが、フランス人?まあ、楽団そのものにも1軍と2軍があるのかもしれないが。

 今回は、こんなオケが、マエストロ・オザワを迎えてどうなるか注目、いや心配だったが、蓋を開けてみれば、「オッ、やるじゃねえか」というものだった。私の目には、小澤氏の明快で完全なコントロールの元に、みごとなパフォーマンスをしたように思う。特に、ブルックナーの「シンフォニー1番」は最初からかなりの難曲らしいのだが、始まった瞬間、ふだんのこのオケとは思えなかった。

 それもオケと指揮者の調和のおかげというより、なかなか動かないオケと一流指揮者のぶつかり合い――調教のような火花さえ感じられると思った。「シンフォニー1番」の第2楽章で、ちょっとモノトーンで雑になったか、と感じていたら、マエストロはもっと重大な問題を見て取ったらしい。なんとその楽章が終わったところで、小澤氏がバイオリンの列に指を立てて注意をしていた。

 演奏が終わると、楽団員自身が拍手。
なかなか動かない猛獣、パリ国立オペラ管弦楽団か。
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2009年02月08日

日本のムダ公共事業、ヨーロッパで報道される

 7日のインターナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)紙の第一面に、小さな漁港に不釣合いなほど巨大な美しいつり橋の写真が載った。小さな岡からイカ漁の小船が並ぶ入り江を越えてかかる橋の根元には、倉庫のようなものが建つ小型の埋立て地(?)。場所は、島根県浜田。

 これは、日本がここ20年に渡ってものすごい金をかけてしてきた、使用効果が疑問視される、つまり壮大なムダともいえる公共事業の例として挙げられている(下のネット記事では、他の写真になっている)。
In Japan, a lonesome bridge offers U.S. a lesson
http://www.iht.com/articles/2009/02/06/asia/06japan.php 

 記事によれば、この人口6万人ほど(ほとんどが老人である)の漁港の町に建てられたモノは、
    ハイウェエー
    2車線のバイパス
    大学
    監獄
    子ども博物館
    「サン・ヴィレッジ・ハマダ・スポーツセンター」
    真っ赤な歓迎館
    スキーリゾート
    3頭のシロイルカ(ベルーガ)を擁する水族館
 ここの政治家さんのお力もあるのだろうが、常識的に見れば、利用度も高くないものにこれだけの「公共事業費」を遣う構図は、異様でバカゲている。地方の小都市に「不釣合いな」こうした豪華建造物は、ここだけが例外ではないという。日本では、これが20年間続けられてきた。日本のムダをムダとも思わない金遣い政治、ここにきわまれり。

 それが、ヨーロッパで中心に売られているインターナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)紙の一面を飾ったのだ。最近オバマ大統領が日本の「失敗」として会見で引用したこともあるのだろうが、土木業のために金を遣う日本のこうした不条理な政策は、もっともっと世界に知らされるべきだろう。

 以下に、記事から引用する。興味を引くところを太字にしてある。原文英語だけで翻訳していなくて、申し訳ありません。
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2009年02月07日

米国史上最悪の大統領ブッシュ

 雑誌『アエラ』(09年2月9日号)をいただいたので読んだ。「女子に言わない未婚男子の『本音』」などの、あまりにも日本的にみえる記事が並んでいる。週刊誌でないいわゆる「クオリティー・マガジン」にもこういう記事が載るのは、いかにも日本的である。

 (ただし、湯浅誠氏へのインタビュー記事「貧困の本質」は、鋭い分析であると思う。日本で、貧困層を社会のシステムで説明しようとせず、オウム返しのように「自己責任論」でかたづけようとする馬鹿者は、心してこれを読むべきだと思う。一方、内田樹氏は、普段になく、オバマ大統領就任について恐ろしく“純朴な”こと書いているが、これは何かの逆説なのかね。)

 その中に、姜尚中氏の「シリーズ愛の作法・グッバイ、ブッシュ」があり、その語るところ、大いに賛成した。姜氏はブッシュを米国史上最悪の大統領と位置づけ、その理由を三つ挙げる。

 第一に、ブッシュはあまりにも傲慢で、米国から繊細さや共感能力を奪った。米国にかつて「繊細さや共感能力」があったかどうか、大いに疑問だから、これには必ずしも賛成できない。が、少なくとも「立ち止まって考える謙虚さ」は、ブッシュ時代のアメリカにはまったくなかった。9・11という未曾有の大惨事を盾に、「テロを戦争に仕立て上げ、イラク戦争に結びつけた。それはハーグの国際司法裁判所でミロシェビッチのように戦犯として裁かれてもおかしくないぐらいです」(姜尚中)という指摘は、まさに自論と同じである。

 第二は、「金融危機に対して無策だったこと」であり、「富裕層を優遇し、政府による福祉などのケアを徹底して削り落としました」。そして、「ウォール街の貪欲で野放図な利潤追求を容認し、結局、金融破綻に為す術もありませんでした」(姜尚中)。その典型的な例として、ウォール街の銀行のトップが、政府援助をもらう身分であるにもかかわらず、自らに非常識なほどのボーナスを支給しようとして政府に警告されたのは、何日か前にこのブログに書いたとおりである。

 第三は「建国の精神を裏切ったこと」だと、姜氏は指摘する。米国は憲法第1条で「言論の自由」を保障しているが、その結果、「様々な人々の信念や意見に最も寛容な国だったはずです」。これは、「少なくとも表面的には、そうだ」と言うべきだろう。でなければ、黒人やマイノリティーに対する苛烈な弾圧と、そのための市民運動がこれほど長く行われはしなかったろう。たとえばフランスから見て見ると、アメリカは必ずしも「様々な人々の信念や意見に最も寛容な国」であったとは言いがたいのである。しかし、姜氏が、「ブッシュは『ネオ・マッカーシズム』と言っていいような徹底した排除の姿勢を(自分たちに芳しくない)宗教や意見に対して貫きました」と言うのは、まさにその通りである。ブッシュは、こうした排除のシステムを社会や経済活動に(一時は、報道活動にも)組み込んでしまった。その意味で「ネオ・マッカーシズム」と呼べると思う。

 そして、ここが一番重要なのだが、ブッシュは、これら「全ての負債をオバマに丸投げ」(姜尚中)してしまった。私の思うに、それゆえ、オバマは就任第一日目から、これらを修正することから始めたのである。すなわち、(1)就任演説で述べたように、他の国・宗教・民族に対して、米国が耳を貸し手をつなぐ姿勢があることをはっきりと表明した(2)金融改革の過程で、「ウォール街の貪欲さ」(たとえば「銀行のトップの異常なボーナス」)を公に批判するのをためらわない(3) 就任演説で「建国の精神」を強調し、政策にあたっては政府決定の透明性を主張している

 そして、姜氏の最後のポイントで、さらに、多くの人も賛成する点だと思うが、幸か不幸か、このブッシュの悪政・暴政・愚政があったからこそ、黒人のオバマは「人種の壁」を越え、「ガラスの天井」を破り、大統領になったのであり、これはブッシュが知らず生み出した“功績”だろう。
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2009年02月06日

La vie en rose

 夜、月明かりの帰る道すがら、交差点を渡った。と、横から、黒いダウンのショート・コート、ブーツ、そしてピンクのベレーをかぶっている中年女性がやってきた。

 女性は、角を小気味良く曲がって、目の前をスタスタと歩いていく。月明かりに照らされたベレーに、黒い文字がくっきりと浮かび上がった――
   
   Je vois la vie en rose (人生はバラ色に見えるわ)

女性は、ブーツの足音高く、闇に消えていった。

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2009年02月05日

ビタミンD

 雨か曇りの日ばかり続いている。これなら、パリジャンたちが春の光、いや太陽の光が出るだけで喜々として外に出たがるのも解るような気がする。

 先週は、ずっとしようと思っていた検査のために一週間、病院通いだった。

 いろいろ結果が出たが、その中に、「ビタミンDが不足」というのがあった。欠乏症ギリギリの結果だった。

 そのうち先生から連絡が来るだろうが(フランスのこと、いつになるか分らんが)、その前に自分でできることはやろうか、とにかくこの疲労は何とかせねば、ウム、経口のビタミン剤なら害にもなるまい、と薬局に買いに行った。

 ビタミンDの錠剤があるかと訊くやいなや、薬局の主人は「そんなものはない」と答えた。「じゃあ、マルチ・ビタミンはありますか」と尋ねると、「それは、あることはあるが」と言って出してきたものには、ビタミンDは入っていなかった。

 「それでは、カルシウム錠剤にビタミンDが入ったものはありますか」と、方向を変えると、それならあると答えてそれらしいモノを出したが、大いに不満そうである。
「だいたい、なぜ必要なのかね」
「血液検査で、ビタミンD欠乏に近い『不足』と出たからですよ」
「医者は何も処方しなかったのかね」
「処方するのが待てないので、とりあえずビタミン剤を飲もうと思うんですが」

 薬局の主人は、眼鏡の奥の眼を鋭くして、「普通は、医者が処方するもんだよ。それでなくちゃ、飲まんものだ」と、道から外れた者を諭すように言った。ボン、よろしい、では仕方がない、とそこを出た。

 とりあえずBIOの店に行けばビタミン剤くらい売っているだろうと行ったら、はたして、ビタミン剤はフランス人でもやはり勝手に飲むらしく、たくさんあった。が、店の者は「ビタミンD剤なんてない」と言い、そこにいた何人かの客も「ビタミンDは薬局よ」とささやいた。そこに行って、ないからここに来たんだよ。かろうじてビタミンDが入っているマルチ・ビタミンを見つけて買った。とりあえず、陽の当たった公園のベンチで、老人みたいに座っているか。しかし、パリは、このところ晴れるということがないのだ。

 夜、「ヨーロッパ写真館」という、4区にあって、この日だけ遅くまで無料で開いている写真美術館に行った。館内は若い人たちが一杯で、エネルギーに溢れていた。
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2009年02月04日

中国、ヨーロッパに接近

 アメリカで、政府の救済援助を受けようとする銀行のトップが高額のボーナスをみずからに支給しようとして、オバマ大統領から「まったく恥ずべきこと(Shameful)」と怒られたそうだ。当たり前だろう、常識で考えれば分ると思うが、アメリカ人ビジネスマンのグリーディーさはそこまでいっているということか?
 彼らの感覚はどうなっているのだろうか。一つ言えることは、前政権はこういう精神風土を少なくとも金融界に養ってしまった、ということだ。

 さて、中国の温家宝首相がイギリスを訪れている。ヨーロッパと経済関係を結びたい中国と、強いマーケットの中国が欲しいヨーロッパが接近している。ヨーロッパを歴訪している温首相の最後の訪問地が、イギリスだ。テレビでは、ブラウン英首相やブレア元首相が温首相と、にこやかに握手する映像が流されていた。相手が「金があり、金になる」国ならば、人権抑圧があり、製品に有害物質が入っており、またそれらの解決ができていなくても、背に腹は代えられないということなのか。

 今週火曜、インターナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)紙の一面に、金が溢れる中国で国外に金が流出し始めた、という記事が出ていた。海外(例えば、アメリカ)への投資が増え始め、リッチからさらにすごいリッチになった人々は、投資のためにダイヤモンドを買いあさっているという。
Concern as money moves out of China
http://www.iht.com/articles/2009/02/02/business/yuan.3-421355.php 

 そして、その記事の直ぐ隣に、中国国内でたいへんな数の移民労働者の失業者が出たという記事が載っている。公平な目配りの行き届いた編集だと思う。日本のどこぞの新聞は、IHT紙の爪の垢でも……新聞に爪がないのが悔しい。
20 million migrant workers in China can't find jobs
http://www.iht.com/articles/2009/02/02/business/china.4-421450.php 

 1億3千万人いる(中国国内からの)移民労働者のうち、約2千万人が職を失い、地方に帰らざるをえない状態だという。これらは主に、中国の製造業を支えてきた低賃金労働者である。

 この記事の中で、温首相は、国内にも現状ゆえに不満・苛立ちを感じている人々がいるが、と指摘した後でこう述べた。
  「私は、信頼と、協力と、責任を求めている。そうずっと求め
  続けているのは、そうすれば、世界を救えるからだ」。

「世界を救える」――ここまでいくと、プロパガンダめいて白々しい。記事は、ケンブリッジ大学で講演中に聴衆から靴を投げられたことも報じている。

 中国国内では、政府の政策に不満をもつ人たちの“暴動”が続いているという。記事から
「中国政府は、年間の社会的暴動――中国政府は「集団的紛争(事故)(mass incident)」と呼ぶ――の正確な数を、もう数年も発表していない。しかし、海外メディアによれば、失業者が増えるにつれて抗議の数は増え続けている」。

 ブラウン英首相と温家宝首相は、「保護主義の阻止」という共通点を前面に出している。
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2009年02月02日

ル・コルビュジェのサヴォワ邸

 昨日からやけに寒いと思ったら、今日は、朝に雪が降った。イギリスから海を越えてフランスのパリ辺りまで降ったそうで、エッフェル塔もなにもかも、一面雪景色であった。交通機関は、ストから立ち直ったと思ったら、また大騒ぎである。

 昨日は、パリの西、ポワシーというところにある、サヴォワ邸を観に行った。20世紀を代表する伝説的建築家ル・コルビジェの作品だ。むかしアメリカで、建築史の講座にもぐりこんで講義を聴いた時にスライドを見せられて感動し、いつかは観たいと思っていたのだ。(しかし、感動したなら、もっと早く観に行っちゃどうかねえ、自分。)

ル・コルビジェのサヴォワ邸1 確かに、美しい。外から見ると、空中に浮かぶ白亜の玉手箱かなにかのようだ。ル・コルビュジェが言ったように、「この家は、何も妨げることなく、オブジェのように芝生の上に置かれている」。

 これは、1928〜1931年にかけて、サヴォワ夫妻のための週末の別荘として建てたもの。1927年にル・コルビュジェが近代建築における5つの原則として表明した
 「自由な設計 (Plan Libre)」
 「自由な平面 (Facade Libre)」、
 「ピロティ (Pilotis)」
 「屋上庭園 (Toits-jardins)」
 「横長の連続窓 (Fenêtre en Longueur)」
を実現化したものだそうだが、その水平線の開放的な使い方、それを殺さない斜めの方向の線とともに、確かに80年たった今見ても、アイデアは新しく見える(現在も大きく変わってないということ?)。そのスマートさは、まさに「記念碑」的だと思う。中の螺旋階段なんか、それだけで心をウキウキさせる存在だと思う。

 ただし、家の内部は、窓の立てつけが悪かったり、壁の隙間がイマイチだったり、キッチンは収納機能は十二分だが美的にはイタダケなかったり、客間が大学の寮以下の狭っくるしさだったり――と、どうもここは住みづらいなあと思わせられてしまった。もちろん、80年たった窓枠がひしげていたり、素材が傷んだりしているのはしょうがないだろうし、今現在の上質素材があれば、ル・コルビュジェの理想もさらに良く実現されたのかもしれない。

 しかし、噂では、この家ができたその年にすでに雨漏りがひどく、サヴォワ夫妻はある時から住むのを諦めたという。見かけはスマートで抜群でも機能や実際に問題があるとは、なんとフランス的なことだろう。やはりル・コルビュジェ、フランス人だよなあ(スイス生まれだけど)。
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2009年02月01日

ウサギ料理を試す

 昨日は、ついにウサギ料理をした記念すべき日だ。数日前の予告を実行したつもりだが、どうなったか?――

 市場で比較的小型のを手に入れ(大きくては失敗した時に悔しい)、その場で、肝臓以外の部分(悲しげな目つきをした頭も)を取り去ってもらい、さらにブツ切りにしてもらう。肝臓もとってもらおうとしたら、隣にいた客が「そこが一番美味しいのに」と、このあまりに無知なアジア人の暴挙を嘆くので、持って帰ることにしたのである。

 さて、市場では、同時に新鮮なタイムとジャガイモと、おおぶりの紫色のキノコ(名前は忘れたが日本では見かけない物)、それにベーコン、ついでに前菜用にロカマドール産の山羊のチーズも奮発した。家に帰って、ブツ切りの山を二つに分ける。一つはロースト用、もう一つは翌日のビール煮用である。ウサギは細い骨が沢山あるので、特に骨の多い前脚からアバラにかけての肉をビール煮用にした。一方、太ももを含む後ろ脚と腰の辺りはロースト用である。

 ロースト用肉を、塩、コショウした後、ベーコンで巻く。これは、ウサギの肉というのはパサパサしているので、乾かないようにするためだそうだ(調べたのである)。これにタイムの房を一つ抱かせて、オーブン用のフライパンに置く。その周りに、ジャガイモを置く。このジャガイモが出る脂を吸ってくれる。さらに、その周りにキノコを置く。ジャガイモとキノコにも軽く塩。これで、180度で15分ほど焼き、あとは余熱で少々。

ワイン・ベルジュラック 本当はもっと正しいレシピがあるのだろうが、これでも、信じられないくらい美味かった。鶏肉よりプリプリしていて、やや臭みもあるが、思ったよりも軽い。脂が染み込んだジャガイモも、モノがいいのだろう――こんな旨いジャガイモは食べたことがない。前菜に買ったチーズも狙いどおり、きつ過ぎないやんわりした旨さ。数日前、ドルドーニュ産の「ベルジュラック」というワインを見つけて、敬愛する『シラノ・ド・ベルジュラック』の土地のワインだと興奮して買ったのと良く合うようだ。ドルドーニュ地方というのはロカマドールから程ないところ、いわば親類の土地柄だから、当然なのかもしれない。ワインは、わずか4.5ユーロ。これでも、農水省の「銀賞」を取っている代物だ。フランス在の贅沢は、こんなワインに出会えることじゃないだろうか。

 ビール煮は、肉を白ビールに一晩浸けておいて、カブ、人参、エシャロットなどと煮た。ちょっと脂っこい感じがしたが、これも極めて旨いスープが出来上がった。ビールは煮る時に入れてもいいのかもしれないし、クサミ、脂っこさを抑えるために、もう少し強いビールでもいいのかもしれない。今度やってみよう。

 市場で手にいれたもので、こんな素朴な、いや野蛮な?料理で至福の夕食――こっちの舌がお粗末なせいもあろうが、星付きレストランに行く経験にも負けない“贅沢”だと思う(行けない負け惜しみだと言われるだろうが)。
posted by ろじ at 00:00| パリ | TrackBack(0) | 食い物・飲み物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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