2009年04月23日

カメラ「口コミ」サイトの不思議

 ずっと使い続けているコンパクト・カメラが壊れたので、新しいのを買おうかと思っている。

 正確にいうと、「壊れた」のではなくて内臓電池がなくなっただけのようだ。スイッチを入れるたびに、初期画面が出て、言語選択からの設定をさせられる。どうも聞くところによると、3年くらいで内臓電池がなくなるようになっているのは、この会社の「悪しきポリシー」だそうだ。そういことなのですかね、カシオさん?

アイルランドと北アイルランドの境界 このカメラは、立ち上げてからの起動速度、シャッターを押してからの反応速度が速くて、私のような思い付きでとるタイプには格好の機種だった。しかし、「(あこぎな)この会社のは、もうけっこう」と思っているので、他のブランドをネットの「口コミ」サイトで探すことにした。(写真は、去年、北アイルランドに行く途中、高速で走る列車から撮った、アイルランドと北アイルランドの境界に立つ目印の捧。これが撮れるほどの反応速度だったのである。ツアーの他の外国人たちが驚いていた。)

 しかし、口コミサイトの掲示板というのは、不思議なものだ。カメラのお奨めを知るために、たとえば「○○はダメ、△△はちょっと……」とある機種について書き込みをする。すると、一晩もたたないうちに、「でも、○○はこういう優れたところがあります」だの「△△はお嫌いかもしれませんが、こんな良い写真が撮れます。見てください」だの、“擁護”の書き込みがされるのだ。

 不況さなかのメーカーがそこまで人を雇えるとは、ちょっと理解しがたいし、あるいは義侠心の塊のような人が多いのだろうか。だとすると日本も捨てたものではないねぇ。なかなか感動的な現象である。
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2009年04月22日

モーリシャス料理屋の主人

 隣の区に行ったついでに、あるモーリシャス料理屋に行った。
 主人が妙に日本びいきで、メニューに日本食「らしきモノ」も置いてある。

 モーリシャスには、昔から日本人移民がけっこういたのだそうだ。
「日本人は、ゾウリというのを履いているのですぐ判ります」
日本人は漁業に従事してきたのだそうな。モーリシャスのシーフード食材文化に貢献したのだろう。

 パリの生活はどうですか、と訊くと、
「もう長年住んでいるんで、パリを離れるなんて考えられません。ウチの息子らは完全にフランス人ですし。とても幸せです」
と、かなり訛りのあるフランス語で話す。

 しかし、最初にフランスに来た理由をすぐに話してくれた。
モーリシャスは、当時、あまりの不況、社会不安、動乱で、とても食べて行くことができなかった。
「島を出るしか、なかったのです」
 いまフランス領土のマルチニック諸島などで起こっている暴動問題は、人ごとではないという。

 ちなみに、マルチニック諸島の問題は、フランス植民地時代から続く一部の特権階級だけが富を握っていることに関係している。観光で与える華やかなイメージとはまるでかけ離れた歴史を、この大多数の島民たちは生きてきているのだ。
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2009年04月21日

日本男性と戦後

(過去日記)
 例のフランス語の練習の時、相手のモニク婆さんが、映画の『東京ソナタ』を観た、と言った。日本の家庭は「実に面白い」、と言う。それには、フランス人から見れば不思議だ、という意味が入っているのだろう。自分はその映画を観ていないが、話によると、特に、夫である男性の振る舞い、いや、ほとんど何もしゃべらないという“行為”が「興味深い」らしい。

 戦後ある時から、日本の家庭内での男性、特に中年や年配の男性の地位の低下――日本の伝統的な地位・重要性に比べてということだが――は、甚だしいと思う。悲劇は、多くの男性がそれに気づいていない、または実感していないということだろうと思う。それは、充分、映画のテーマになるだろう……。

 そんなことを話したら、モニク婆さんは、それに戦争(第二次大戦)は関係あるだろうか、と問うた。
「さあ、終戦が日本人に与えた影響はないではないだろうけど」
「ヒロシマ?」
「いえ、『ヒロシマ』と終戦は、日本人の意識にとって、必ずしも同じものではないように思います」
「ヒロシマはもっと大きい悲劇だった?」
「ヒロシマは、その後の病気(後遺症のこと)、補償など今も悲劇として続く重要な問題ですし、核の問題という点では、現在の政治的問題の一部です。終戦は、形としては、その時、政治体制や人々の抱えていた何かが終わって、まったく別の大きな何かが始まったということでしょう。それがあまりにも一夜にして劇的に変った、というのは、日本人の精神のなにかの特徴を物語るでしょうけど」
「……」
「フランス人にとっては、『終戦』はどんなものなのかな」
「一言でいえば解放ですが、ユダヤ人への差別問題、ナチへの協力、仲間への裏切り、裏切ったものへの憎しみなどなど、つらい思い出も多い。その意味では、おおっぴらに語りにくい問題ね」
「体制へ傾くのは、どこにでもあったし、日本でも問題でした」
「フランス人も、かなり体制に傾きやすいのよ」

 このフランス人が体制迎合? もっと知りたいと思ったが、それ以上は私のフランス語では無理だった。
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2009年04月20日

ロワールのロマネスク教会めぐり

(久しぶりの日記です。今回の“大物”旅行記を片付けないと先にすすめないので、延び延びになってしまった。こういうの良くないですね。少しずつでも良いから、毎日書くのが理想なんですが。というわけで、“大物”という謳い文句にもかかわらず、初日分だけの、はしょった過去旅行記。)

17日から19日まで、ロワール地方をドライブしながら古いロマネスク教会を見て廻って来た。

大ざっぱには「ロワール地方」だが、厳密にいうと、フランスの中部に北から西へと向きを変えて流れるロワール河の中流、ロワール地方の南東部に拓かれた「ベリー地方」と、ロワール河とドルドーニュ河の間に位置する「ポワトゥー地方」に分かれる。

ベリー地方は、ゆったりと起伏に富んだ地形にシェール川とアンドル川が流れ、その合間に美しい田園が広がる。ポワトゥー地方も、大地にトウモロコシや菜の花が豊かに広がり狭い谷間に葡萄畑がある風光明媚な土地だが、ここは、むしろ、ローマ帝国がガリアを支配していた時代以来、6世紀初頭の西ゴート対フランク王の戦い、8世紀にフランク国王シャルル・マルテルがイスラム軍を打ち倒した戦い、とことあるごとに様々な戦場になってきた土地だ。さらに9世紀にはヴァイキングの侵略も受けている。

ともに、中世の「巡礼路サン・ジャック・ドゥ・コンポステル」(別名サンティアゴ・デ・コンポステーラ街道)の要所となり、ロマネスク教会が多く造られることとなった。

ショーヴィニー(サン・ピエール教会)1まず、パリからは遠いポワトゥー地方から回り、ショーヴィニー(Chauvigny,)へ。ここには、町を見下ろす小高い岩山の上、遺跡の壁の残骸に囲まれて、ロマネスク教会のサン・ピエール教会があり、そこには奇怪な「怪物」たちが住んでいる。この教会はすでに11世紀にはあったが、現在の建物は、その様式から12世紀後半とされている。

外部は、灰褐色の壁面で、翼廊の上に黒い松カサ状の円錐屋根を載せた、この地方特有の渋い造り。ところが、中に入るとそのカラフルさに圧倒される。全体が白く塗られそこに赤い線でレンガ状の模様が描き込まれている。19世紀の修復で塗り直されたものだそうだ。教会奥に来ると、内陣は、円柱が赤、ピンク、青と彩色されその上に白と赤でくっきりと彩色された浮き彫りが見える。
ショーヴィニー(サン・ピエール教会)2
8つの柱頭には、「キリストの降誕」うや「最後の審判」など、キリスト教の物語が刻まれる。しかし、その他の6つは、奇妙な怪物や化け物めいた生き物が描かれる。この浮き彫りの表現がすばらしい。簡潔で、おおらかに描かれ、ユーモアさえもある。なんという大胆さと信念だろうか。
ショーヴィニー(サン・ピエール教会)3

この教会の隣は要塞だが、博物館になっている。長いあいだこの地方特産となっている陶器と、その製造についての展示。屋上に出てみたら、ショーヴィニー全体が見渡せた。真下に赤い屋根瓦が並び、西にはウェンヌ川が流れている。東には、遠くに菜の花畑が見える。この要塞の隣に18世紀以来の生活工具を納めた小さな博物館があり、これと合わせて入場料は7ユーロ(だったか)。
ロワール地方の菜の花畑1
日も暮れたので、その日の他の予定ははしょって宿へ直行することに。そこから北東へ向かう。走るあいだの周りの風景に息を呑んだ。どこまで行っても周りがまっ黄色、菜の花畑である。自生ではなく栽培しているのだ。油やディーゼルにするのだろうが、ロワール地方がこれほどの菜の花の産地だとは知らなかった。

15キロほど走ったところに、アングル・シュール・アングランという「フランス美しい村」の一つとされる村がある。きれいだという噂は読んでいたが、谷あいを抜けて村にさしかかって初めて目にしたとき、これは桃源郷かと思った。
アングル・シュール・アングラン村1
川にかかる石橋の向こうに、谷を挟んでおわん状に石の家が並び、春の花、アーモンドや梅が咲き乱れている。高台にちょこんと座った遺跡は沈む西日でオレンジ色に輝いている。一見、職人の作った美しい指輪を思わせた。

この夜は、ここの民宿(B&B)に泊まる。村は古い建物ばかりだが、内部を改造して大きなガラス屋根を付け、庭は日本的な趣にしている。芸術家の家らしく、自分で描いた絵が居間からベッドルームにいたるまでかけられている。
「パリに住んでいましたが、このアングル・シュール・アングランを見ていっぺんで気に入り、ここに住むことにしました。ここはまだ一般にも知られていませんので、観光客が多すぎることもないですからね」。主人はそういって満足そうに笑った。土地の人とのこういう会話は、なによりのボーナスだ。

翌日は朝から、村にある、古代の遺跡のレプリカを見に行く。「ヴィジティング・センター」は、プラスチックで作ったような壁面に「牛」や「女性」が描かれた「洞窟」が置かれている。本物は2キロ先の川沿いにあり、そこで採れた古い容器類はパリの郊外、サンジェルマン・アン・レーの博物館にあるのだそうだ。

それ以降は、できればまた旅行記を「酔眼妄語」の方にアップするとして(やるのかね)、行った所だけをあげよう。

そこから、サン=サヴァンにある、サン=サヴァン・シュル・ガルタンプ修道院付属教会へ。この教会は11世紀末に完成したが、見所はその高い天井一面に描かれた「創世記」だ。ロマネスク壁画にはフレスコとセッコの二つの画法があるが、ポワトゥー地方はフレスコが主流で、その顔料ゆえ、赤、黄、茶、緑、白色の色調だ。その大胆な画面が、天井一杯に広げられているのだ。

そこから西15キロほどのところのベリー地方、ノアン・ヴィック村(この隣村ラ・シャートルには、ジョルジュ・サンドは晩年を送った家がある)の、サン・マルタン教会。この祭壇画は、版画のような大胆さと素朴さ。人の顔は目がくりくりと強調されている。

その夜は、ワインの里サンセールの村に泊まる。この隣にはシャヴィニョール村があり、ここはクロッタンというチーズで有名だ。夜は、土地のレストランでたんまりワインとチーズを堪能した。もちろん、作り手の所でワインとチーズを買って帰る。

3日目は、ロワール河川沿いの町ラ・シャリテ・シュル・ロワール(La Charité-sur-Loire)にある、ノートル・ダム教会。ここには鐘楼のタンパン「キリストの変容」が有名。
ラ・シャリテ・シュール・ロワール村1

その後、サン・ブノワ・シュル・ロワール(St-Benoit-sur-Loire)のサン・ブノワ修道院。鐘楼玄関口にある森の木々のように林立する柱頭の彫刻が素朴ですばらしい。この鐘楼自身は世界遺産になっているそうだ。ここの売店では、坊さんが売り子さんをやっている。会計に行ったら、二人の坊さんが喧嘩をしていた。
サン・ブノワ修道院1

帰り道、Oratoire Carolingienというフランスいち古いビザンチン教会を発見。祭壇の奥に金色の壁画がある。小さな教会だが、知られているのだろう。客が多かった。
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2009年04月16日

漁民の抗議行動

 先日、ノルマンディに行った日、実は時間があれば行きたかった町があった。ノルマンデよりもさらに北、ピカルディー地方(パ・ドゥ・カレー地方とさらに細かく言った方がいいらしい)にブーローニュ・シュール・メールBoulogne-sur-merという、ドーバー海峡を望む小さな漁村がある。

 最近では巨大な水族館が建てられかなり興ざめだ。「浜辺の釣堀」のようで、どうもいただけない。が、12世紀13世紀の建物が残る渋い町らしい。
http://www.tourisme-boulognesurmer.com/

 『ル・モンド』紙によると、14日以降、ブーローニュ・シュール・メール、およびカレーCalais、ダンケルクDunkerqueの村の漁民が、漁港の入り口を封鎖しているそうだ。フランス漁業に対するタラ、シタビラメなどの水揚げ割り当て量(quota)が改善されないことに対する抗議行動らしい。400年続以上続く漁港だが、漁もなりたたず閉鎖の危機にあるという。
(『ル・モンド』の記事は有料になってしまった。以下のブログに事情が述べられてある。)
http://crise.blog.lemonde.fr/2009/04/16/pecheurs-depuis-400-ans-mais-pour-combien-de-temps-encore/ 

 『インターナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)』紙の記事には、水曜日遅く、パリで漁民代表と農林水産大臣ミッシェル・バルニエMichel Barnierが会って協議し、政府は4百万ユーロの補助金を保証したものの割り当て量の変更は提案しなかった(「2010年には改善するよう努力する」と約束)。

 漁民たちは、協議のため木曜に一時封鎖を解いたが、政府の回答に満足できず、封鎖は続けるという。「漁民たちは怒っている。割り当て量はノルウェー、スウェーデン、オランダなどに有利な仕方で決めてある」。

 記事によると、タラの水揚げ量は、ヨーロッパ全体で58万トン、資源保護のため前年比より25%減っている。フランス政府は、北部漁港の割り当てを30%増やしたが、その上限にすでに達してしまったという。
http://www.nytimes.com/2009/04/17/world/europe/17france.html?_r=1&scp=2&sq=%22boulogne%20sur%20mer%22%20%22Calais%22&st=cse
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2009年04月15日

NHK語学番組のストリーミング

 NHKの語学番組、とくにラジオ番組には、若い頃から本当に世話になった。私は学校の英語の授業をクソ食らえと思っていたので、ぜったいに独学しようと決めていた。とはいえ、家は貧しかったので会話学校に行く金もなく、英語はもっぱらラジオで勉強したのである。

 ラジオ「英会話」は毎日15分だけ、しかも、朝の6時45分からの朦朧とした意識だったが、何年もやっていれば、いくら物覚えの悪い私でもナニかを身につけることが出来た。アメリカで暮らすようになった時、もちろんそれまでの“畳の上の水泳”の効果のなさを痛いほど見せ付けられたが、自分でやったことは間違いではなかったとも感じた。

 英語のみならず、独語や仏語も最初はラジオで習ったのである。その後、キャパの少ない自分の頭を省みずあまりに多くの言語の手を出して、どれもまともに身に着かなかったが。

 そのNHKの語学番組が、ネットにストリーミング・サイトを作ったという。これで世界中どこにいても放送内容だけは聴けるのである。こんな時代がこようとは! 妙に感慨深い――むかしは、日本でラジオが聴ける環境にいながら、カセットを取り溜めして週末に悲鳴を上げていたくせにだが。
http://www.nhk.or.jp/gogaku/streaming.html
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2009年04月14日

他人よりも上の「平等」

 フランス語の会話を一緒にするモニク婆さんから、おもしろい表現を習った。

 フランス人はどれだけワガママなんだという話から、われわれは「人間は平等」と口ではみなしているが実際のところはどうかしれたものではない、という現実的な話になり、さて、「自由・平等・博愛」を理想のように謳うフランス人はどうか?と会話が展開した。

 フランス人の「自由・平等・博愛」は自分たちの主義を受け入れる者にしか当てはまらない、当てはめようとしない、たとえば、植民地でフランス人がどう振る舞ってきたか見てみよ、いや、現在フランスでマイノリティーにしていることを見てみよ、フランスの「自由・平等・博愛」は、はっきりと線引きしてその“内側”に対してだけ使われているのだ……、と私がそんなことを言うと、モニク婆さんは大いに賛成した後で、こんな言葉を引用した。

 あるコメディアンがいった言葉だそうだ。≪Tous les Francais sont egaux, mais il y en a qui sont plus ‘egaux’ que d’autres.≫「すべてのフランス人は平等だが、他の人よりもより『平等』な人が存在する」。他の人より自分が上だとみなしたがるフランス人を揶揄った言葉である。こっちのコメディアンには、時どきこんな素晴らしい毒を吐く 者がいる。(もっとも、モニク婆さんによると、あまりに毒が強くて、TVに出演できなくなったそうだが。)
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2009年04月13日

画家ブラックの墓

 昨日の続き。この村を端まで行くと、英仏海峡を見おろす崖の上に、瀟洒な教会がひっそりと建っている。小さな教会にしては大きめの墓地があり、そこに、この村で晩年を過ごした画家ジョルジュ・ブラックの墓がある。

 この小さな墓地に不釣り合いなほど巨大な石の墓には、モザイクで描かれた白い鳥が羽を広げ、東側をむいて、青い海、牧草地とそこに戯れる白い牛、そしてその向こうに海に切り立つ白崖を望む。確かに、終の棲家とするには羨ましいほど静かで美しい場所である。

 ブラックが人気があるのか、この風光明媚な場所に楚々として建つ美しい教会が目当てなのか、車でやって来た客が多かった。教会の中にはブラックが造ったステンド・グラスがあるというが、遅くて見ることができなかった。

 ノルマンディの海岸は気候が変わりやすい。向こうの白崖と牧草地が霧で見えなくなったと思ったら、あたりにも霧が忍び始めた。――と、気づいたら、他の客は、あっという間に車で退散していた。確かに、帰り道は霧で大変だった。ここによく来る客達は、このノルマンディの気候の変化の怖さを充分に知っているらしい。
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2009年04月12日

ノルマンディの港町ディエップ

 ノルマンディ北部の海岸にある小さな港町ディエップに行った。ノルマンディ北部では、クロード・ルルーシュ監督の映画『男と女』で有名になったリゾート地ドーヴィルがある。そんな観光地はあまり興味ないんだな。ここは、それよりあるかにこじんまりしてるので、あえて行ったのだ。

 こじんまりしてるといっても、16世紀から使われたフランス最古の海水浴場だそうで、アンリ4世もここで泳いだのだそうだ。「アンリ4世波止場」という名の通りさえあり、その前の入江には色とりどりのヨットが停泊している。入江を取り囲むようにやや近代的な古びれた建物が並ぶが、これは19世紀半以降たくさん造られた豪華カジノの名残だろうか。ここは、金持ちのあいだではちょっと知られたとこだったのだ。

 入り江の前にスタンドでホタテを売っていて、行列ができている。安いのでいくつか買った。

 「アンリ4世波止場」はレストラン街で、どこも混んでいる。イギリスから来たと思しき客も多い。昼はそこの Le New Haven というシーフード・レストランで食べた。New Havenというのは、英仏海峡の反対側にある英国の町New Havenをとったのであろう。貝類とカニの盛り合わせを食べたが、さすが港町、なかなか鮮度が良かった。

港町ディエップ1
 港の裏の高台にちっぽけな城がある。14世紀頃から、海からの攻撃に備えて築かれたものだそうだ。坂を上り閑寂な住宅街を抜けて見晴台に行くと、その城が見下ろせる。城というより何の変哲もない要塞だが、中は大航海時代のものを収める資料博物館だそうな。その下に海辺の遊歩道が延びているはずだが、霧で見えなかった。

 ディエップから西に向かうと、途中、高級避暑地のようなところを通る。ゴルフ場が左に広がり、海沿いに牡蠣の卸売り店がある。そこを抜けるとヴァランジュヴィル・シュール・メールという、うっそうとした木立に囲まれる高級住宅街(軽井沢みたい?)に着く。そこに、「ムーティエ花の公園」という庭園がある。

ムーティエ花の公園1
 ここは、19世紀末、銀行家ギヨーム・マレが作らせた屋敷に付随する庭園。野球場が幾つも入りそうな広さで沼もあり、森をそのまま庭園にしたような、どんだけ広ければ気が済むんじゃ、というようなスケールの大きな、庭というより巨大な森林「庭園」だ。期待はしていなかったが、桜のみならず、ツツジ、木蓮、水芭蕉などが咲き乱れていて、いい時期に来た。

 ここは、全国の主な庭園を載せたガイドブック『フランスの庭園』で高評価の庭らしいのだが、フランス式の刈り込んだ定型庭園というより、「借景」の庭だな。
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2009年04月11日

花見のはしご

ノートル・ダム裏の桜1

 近所の花屋でゼラニウムを買って来て、この冬の寒さで枯れてしまった鉢を植え替えた。向かいのアパートはすでに花が咲いているが、こちらもすべて新しく植え替えたようだ。これでちょっとは見栄えが良くなった。

 午後遅く、ノートルダムの裏の桜を見に行く。ここは、この時期になるとみごとな桃色の桜が咲くので、地元民には人気の公園なのである。

ノートル・ダム裏の桜2
 温度も上昇して花見日和、行ってみるとすでに満開をちょっと過ぎた頃だった。子どもたちがその下の遊戯で遊び、大人たちはかたわらのベンチで幸せそうである。花見に洋の東西はない。しかも、「桜」は、もう立派にパリの花の一つになったようだ。

 その後、10区、11区、19区、20区がちょうど隣り合うベルヴィルという地区にある中華街の広東料理屋で飯。安くて量が多いのがトリエらしいが、ちょっと脂濃かった。あまり良いアブラを使ってないのだろうか。餃子は本場もののようだ。久しぶりに旨いのを食べた。

 その足で近くのビュット・ショーモン公園へ。ここは、広大な起伏の多い敷地にいろんな花が植えられているので有名だ。
 行ってみると、起伏をセメントで固めたり、(人工的に造った?)巨大な岩山があるような公園で、テーマパークにあるような箱庭のスケールの大きい版みたいだった。しかし、多くの桜、斜面に植わったチューリップの群生は見ものだ。
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2009年04月02日

春とサルコジの意見記事

 週末に寒くなったかと思いきや、春らしく気温が上がった。
 カフェに座って、陽をあびる人たち。ただ、ボーっとしている。春の訪れに、嬉しそうに。
 思いっきり夏向けのおしゃれをするひとも増えた。

 インターナショナル・ヘラルド・トリビューン(IHT)紙、この4月から「New York Times – Global Edition」となったが(もともとNew York Timesが親会社だから、単に記事元を明確にしただけ)、その1日付け版の「Opinion」欄に、G20にあたってのサルコジの意見が載っている。
Forging a New Capitalism
http://www.nytimes.com/2009/04/02/opinion/01iht-edsarkozy.html?ref=global

 言っていることはともあれ、この大統領、非常にアクティブだ。当選前よりも評価は上がっている。自己顕示欲がつよくちょっと誇大妄想の気があるが、(大統領府の予算も含めて)改革はいくつかをちゃんとやっている。国民や労働者の反対にも簡単に負けないし。どこかの首相とは、エライ違いだ。
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2009年04月01日

「善意のシステム」はパリ人には無理?

 めっきり陽が延びた。それにつれて、ベリブ(市の貸自転車)を使う人の数も増えた。
 そのベリブについて、Metroというフリー・ペーパーに載っていた記事。

 パリ市のこの自転車貸し出しシステム、2007年7月の開始以来、7800台の自転車が盗まれ、11600台が破壊されたという。もちろん、すべてがパリ市民のしわざではないだろうが(そう、きっと、ドイツあたりからわざわざやって来て、盗んで乗って帰るに違いない……)、こういう「人の善意をあてにするシステム」は、パリジャン(パリジェンヌ)の自己中心の前では、うまく行かないのかも
メトロのウェッブ版では、略した記事が3月3日に載っている。
7.800 Vélib' ont disparu depuis la mise en service du système de location de vélos en libre-service de Paris en juillet 2007, indique mardi 3 mars la Lettre d'information Vélib'. Dans le même temps, 11.600 vélos ont été vandalisés.
La Lettre d'information Vélib', parue ce mardi, souligne que depuis la mise en service des bicyclettes, 3.257 plaintes ont été déposées pour vol et vandalisme.
La mairie de Paris invite tous les usagers à signaler les dégradations constatées sur les engins, soit en contactant le service Allo Vélib' (01 30 79 79 30), soit en remplissant le formulaire de contact disponible sur le site Internet dédié au service.
http://www.metrofrance.com/fr/article/relaxnews/2009
/03/03/751_20090303104614_xml/index.xml
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