2010年03月28日

成長

 赤ん坊って、オムツを替えてる時も、ヤッてしまうんですね。おしっことウンチの逆噴射、食らいました。おならも大きいし。
激しく泣いてオムツを替えられると、ピタッと泣き止んで、「アラ、失礼しましたわ」てな、目つきをする――困りますね、姫。

 パコは、ミルクを飲む量と頻度が、かくだんに増えた。2時間ほどもたつと、ほとんど確実に、フヘーフヘーという、腹をすかせた泣き方をする。(「オムツを替えんかい、コルァ」という時は、ギャーギャー)。

 それとともに、体重も増えていく。量ってみると、数日で50グラムくらい増加する。赤ん坊というのは、最初、生まれたときの体重から減ってゆくのだが、一週間くらいすると、体重は増加に転じる。今は、もう増加の一途である。

 この分では、一年もすると、2トンくらいになってしまうんでしょうか。でも、毎日、抱き続けていたら――忍者が急激に成長するケシの花を飛び越えて跳躍力をつけていくのと同じで、大変な腕の太さになってゆくので、大丈夫!
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2010年03月27日

覚めた目

 夜、寝ているパコを、そーっと観に行くと(毛布が顔にかぶさっていないか心配なのだ)、薄眼を開けて、こっちを見る――。

 暗がりなのに、こちらが動くと、黒目をグルリと回して、眼で追うように見える。オッ、見えるんだ!見えるんじゃ!暗闇で小躍りして嬉しがる、おやじ。
 しかし、なんだか、「うるさいなー、寝てるんだから、じゃますんなよー」と、言いたげな目でもある。

 口元の片方がキュッとつり上って、笑顔のようになることがある。オッ、笑った、笑った! カメラを持ってきて写真を撮ろうとするが、タイミングがどうも合わない。
 もう一度、もう一度だ、パコ!――とカメラを構えると、「うるさいなー、もう、2、3回、ポーズしたじゃん」と言うような、さめた流し眼をよこす。

 もちろん、赤ん坊は、この時期では目は見えないし、笑顔も自分の意志ではできない(単なる反射的行動なのだそうな)。親バカまっしぐら……。
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2010年03月26日

おかえりなさい、吉田秀和さん

 今月初めの朝日新聞文化欄に、吉田秀和氏の音楽時評エッセイが載った。

 とても嬉しかった。しばらく前に奥さんを亡くされて、かなり気を落とされたのか筆をおかれて、紙面で見かけることもなくなっていた。時評の内容は、さまざまな有名ショパン弾きについての吉田秀和さん一流のもの。ややもすると小難しくて、難解な音楽用語で語りがちな(実際、そういう音楽評論家のなんと多いことか!)演奏と音楽の関係を、昔のように判りやすく、小気味いい文章で示してくれる。それ自身が、一つの軽やかな演奏!

 翌日だったか、新聞広告欄で、文学雑誌『すばる』にもエッセイを載せられているというのを読んで、さっそく本屋で確認した。内容は、私のような音楽音痴にはわからないものだったけど、吉田秀和さんがなにかのエネルギーを取り戻したというのは感じられた。

 加藤周一なきあと(フランスであの報を聞いた時の放心状態は、忘れられない)、吉田秀和さんのエッセイこそ、心を洗ってくれる清涼剤、安定剤、文章で知性を刺激してくれるカンフル剤。

 どうかいつまでも、細々と長く続けて下さい(できることなら)。
おかえりなさい、吉田秀和さん。
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2010年03月19日

依存する存在

 パコはほとんど泣かないが、目が覚めると腹が減ってるらしく、フヘフヘ泣く。腹が減っている時は、口をパクパクさせる。指を持っていくと、小さい口をとがらせて、パクッとしゃぶりつく。おもしろい。

 赤ん坊は、見ていると不思議な感じだ。夏目漱石みたいに「なんでこんな子が生まれてきたろう」とは、さすがに思わないが、完全に他人に依存している存在というのは、この世の中で本当に不思議な存在だ。赤ん坊がこれほど無防備なのは、哺乳類の中では、人間くらいなのだろうが、誕生の神秘を痛感させられる。

 しかし、それにしても、飲む量がぐっと増えた。腹をすかしているので、人工ミルクでも、ちょっと薄めだったかなというやつでも、ガブガブ飲む。最初は、20mlがせいぜいだったのに、いまや70mlを越える。誕生してからの日数×10mlなんだそうだ。同時に、夜中に起きる回数も増えた――らしい(こちらがいつも起きるわけではないので)。

 パコを抱えながらミルクを哺乳瓶で飲ましていると、突然、両足を延ばしてグイッと蹴る。それが、こちらの下腹部にあたったりする。
        ウッ!
これが、母さんのおなかの中で時々いれていたケリですか……。あまりにキツイので、男の子かと思ったのですよ。小さな自己主張が、始まってる。
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2010年03月17日

かまってくれない

パコはほとんどいつも寝ている。かまってほしいんだが、――もちろん、こっちがである。おい、起きてくれないと、お父さんはいっちまうぞ、いっちまうからね!と言っても、もちろん起きやしない。

時に黒い目を見開くので、近くに行って、名前を呼ぶ。気づいているんだか、わけが分からないんだか、大きな黒い眼で一瞬こっちを見て、またあちらをみてしまう。ちぇ、そんなことしてると、もう行ってしまいますからね。いいんですね! 行きますからね、いいんですか?!……。

どっちが子どもだか、わからない。
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2010年03月16日

赤ん坊がやって来た

パコが退院した。

家につれて帰って、ベビーベッドにパコを寝かせる。スヤスヤと眠っている。子どもの顔というのは、本当に美しいものだ。大人の(特にオレの)、屈折さがまるでない。

ほとんど泣かない。ミルクもほとんど飲まない。こんなものなのか。こいつ、ちゃんと生き続けられるのだろうか。

すべてが試行錯誤だ。しかし、これから、すさまじい日々が始まるのだろう。
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2010年03月14日

円生ヅラ

 子どもの母親は、お産が重く産後の状態がよくないとかで、やや長めに入院することになった。毎日、病院に顔を出している。精神状態も不安そうだ。

 この子は、パリでできた子なので、パーと呼びたいが、「パー子」ではかわいそうなので、ここでは、とりあえず「パコ」とよぼう。

 パコは、見ているとおもしろい顔をする。ときどき顔をしかめるのだが、ひたいに皺を寄せ、唇を引き絞って、まるで落語家の円生が酔っぱらいを演じてるような顔である。しかも、時々、首をギュッともちあげて、パコはますます円生ヅラである(赤ん坊は首が据わらないというのに、ずいぶんしっかりと持ち上げるのだ)。女の子なんだがなあ。オレ似で、ほんとうに申し訳ないことをした。

 赤ん坊というのは、寝るときに両手を挙げてたりする。しかも、大きな金属音がすると、突然、両手を挙げる反応を示す。「モロー反応」というんだそうだ。この病院ではみな、赤ん坊を看護婦さんのいるターミナルに預けるのだが、突然大きな金属音がすると、ビクリとたくさんの赤ん坊が同時に両手を挙げて、かなりの壮観だという。
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2010年03月11日

赤ん坊がやってくる

昨日、子どもが生まれました。
 もっと早くお知らせするつもりでしたが、私も睡眠不足でフラフラだったうえ手続きその他ですることが多く、遅れてしまいました。母子ともにまあ健康で、今日会いに行ったら、親を親とも思わぬフテブテしさで、喰って(飲んで)は寝していました。

 予定日を大きく過ぎていたため、10日の朝から促進剤を注入してということになっていた。前日の9日に入院させ、その夜、私が帰宅して布団に入ろうとした途端に電話があり、9時ごろに自然に陣痛が始まった、夜中0時ごろから急遽予定を変更して「自然な分娩」で臨むことになったとのこと。

 「どうせ朝までは生まれないから、2、3時間、眠ってから来れば」と言われたが、何かあってはと病院に急行して、付き添った。一晩がんばったが、10日の昼には、母子ともにヘタバッテしまい(一晩寝てないので当然なのだろうが)、子宮口が再び閉じ、陣痛もおさまってしまった。そのため、やはり陣痛促進剤を入れることになった。それでも子宮口がなかなか開かないので、医者は「今日中に生まれれば……」と言っていた。

 ところが、事態は予測したより早く進んだ。夕方5時ごろにはそれらしい形勢になった。突然のことで、しかも先生たちが他の出産に取られていてスタッフが足りない。で、なんと!私も手袋をして手伝うことになったのだ。「手袋をして下さい」と命じられたとたん、頭の15%くらいで、「おおお!これって『ER(TV番組の)』状態?」(←アホ)。もちろん、医療的にはたいした手伝いでもない。(これも病院のサービスの一環だったりして……)。

 頭が見えてからが長く、けっきょく24時間近い難産だったが、二人ともなんとかこの初体験を乗り切った。
 
 アホな父親だが、これで、「立会出産」をちゃんとした言い訳にはなりそうである。女の子で、眼と眉が私に似ているらしい……。申し訳ないなあ。生まれてすぐ、横に行って顔を覗き込んだら、泣きもせず、大きな眼でこちらをじっと見ていた。カメラを構えたら、カメラ目線でニコリとした。オレに似て、かなり変わってるようだ。(親バカ)

 さあ、これから、嵐と、睡眠不足と、思考錯誤いや試行錯誤と、親バカのオンパレードがやってくる。
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2010年03月09日

「東京コレクション」と「パリ・コレ」の間

 この週末、TVで(NHKで!)、東京ファッションショーの模様を毎日のように放送していた。つぶさに観はしなかったけど、チャンネルを変える度に、若々しい(というより子どものような)体つきの娘さんたちが、キャットウォークを歩くのが目に入った。

 「東京ガールズコレクション2010春夏」というものらしく、新聞TV欄のタイトルによると、今年のテーマは「カワイイ」だそうな(毎年そうなのかもしれないが)。あーぁ。
http://www.asahi.com/fashion/gallery/100308girls/ 

 パリ・コレも話題になるのをパリで観たりしたが、けっして「カワイイ」という謳い文句ではなかった。パリ・コレもロンドン・コレクションも、大人の魅力をどう引き出すかがテーマで(その「引き出し方」には賛否両論あるけど)、「カワイイ」を主役にするのは聞いたことないような気がする。

 これが日本なんだよなあ。ひるがえって、日本のTV番組で、「カワイイ」「女の子」をウリにし、それだけをタダタダ前面に出しているのが、いかに多いことか。(いいおっさんを含む)男のアタマも、映画も、文化も、文化政策も、時にはイイ年をした研究者も、政治家(そんな首相がいたっけ)も……、一億総カワイイ文化――絶句。
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2010年03月08日

子どもだったころ「建築家・安藤忠雄」

 NHKで、「わたしが子どもだったころ『建築家 安藤忠雄』」を観た。
 建築家人生40年を迎えた安藤忠雄。もともと独学で建築を学び、建築界のノーベル賞を受賞、世界に名前を轟かせた。子ども時代、祖母から大きな影響を受けたという。
 1941年秋、建築家・安藤忠雄は貿易商を営む家に生まれ、大阪の祖母に預けられた。貧乏でも気丈だった祖母は上方の合理精神と自立心を持っていた。忠雄が14歳の時、祖母が下宿屋を始めるために屋根裏を増築することに。家を解体する大仕事。手伝わせてもらった少年はハラハラ、ワクワクの奇妙な心持ち。見慣れた天井がはがされた時、今も脳裏に焼きついて離れない、ある光景が広がった。(番組HPより)
http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=001&date=2010-03-07&ch=21&eid=31572 

 この意志の塊りのような建築家のかくれた(?)生い立ちにある、傑物たる祖母からの影響。実に面白かった。安藤が置かれた環境と彼の関係や、近所の大工さんたちや家の解体が安藤に与えた影響などを、さらりと描いていて、とても好感。
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2010年03月03日

IOCの役割

 また、オリンピックのネタ。2月28日付けのワシントンポスト紙に、オリンピックのIOC(国際オリンピック委員会)の役割に疑問を示すコラムが載った。「役割」というより、IOCは、そもそもどういう「義務」と「仕事」を行っているのか、と問うもの。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/02/27/AR2010022703315.html 

 IOC(と会長のロゲ氏)は、表面的なことしかやってないではないか、とコラムニストのSally Jenkins氏は言うのである。リュージュで死亡事故が起きると、ロゲ氏は「我々みんなが責任がある」と言った。とんでもない、責任があるのはあなたではないか、とJenkins氏は書く。次回のソチ五輪を謳い上げるが、紛争や抑圧の火種を抱えるソチの人権について、どんな立場を表明したと言うのか、そう書く。IOCよ、あなた方は、人間の祭典を唱えながら、人間の根本問題を避けているではないか、と。

(このIOCが貴族の集まりで、あまり期待できない人たちであることは、前にも書いたが。
http://dokugo.seesaa.net/article/92300684.html

 いちいちもっともな指摘で、オリンピックのお祭り気分が抜けないこの時点で、こうした問題の核心を突く主張を堂々とするジャーナリズムは素晴らしいと思う。どこかの国のお祭り騒ぎメディアとは、違うらしい。
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2010年03月02日

愚かなあまりに愚かな、日本の官僚組織

 週末の28日、TVでNHKスペシャル「権力の懐に飛び込んだ男・100日の記録」を観た。

 1年前にNPOとして“年越し派遣村”の村長を務めた湯浅誠氏――彼は、昨年秋、政府にこわれて内閣府の参与となり、緊急雇用対策本部「貧困・困窮者支援チーム」事務局長として働いた。2009年末の「年越し派遣村」の時期を含む、その100日間の活動を追ったもの。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/100228.html

 湯浅氏が戦ってきたのは、日本の「貧困」という社会現象だ。自民党政権は、世界でもランクの下の方に属する日本の「貧困事情」が世界で公表されている(OECDが常に発表している)にもかかわらず、それにフタをしてきた。それに着目しなかったメディアにも、大きな責任はあるだろう。(民主党政権にならなかったらいつまで日本の「貧困事情」が光を浴びなかったか、と考えると、自民党の罪は重い。)

 しかし、この100日という期間、彼が呆れながらも直面しなくてはならなかったのは、アホらしいほどの「縦割り行政」や「官僚組織の偏狭さ」だった。正月は職員が休みに入り暖房が使えないので、(年越しの)建物使用は無理だと言う。建物一つ使うのにも、いや、(なんとか建物使用を交渉の末勝ち取って)すでに使用している建物の館内放送システムを使うのにも、官僚は上の、あるいは他の省庁の指示を待たなくてはならないという(驚くことに、この国では、建物を使用することは、その館内アナウンス機能を含まないらしい)。――そんな、官僚の無理解、ヤル気のなさに湯浅氏は、顔をおおい呆れ果てる。いや、これはヤル気がないんではなくて、「組織の外」からやってきて「勝手に仕切る」湯浅氏への嫌がらせではないか。

 これが我が国の政治かと、観ていて恥ずかしくなったが、役人を“偏狭”“無策”“無能”にしてしたのは、組織なのか、それともこの国の「自分は責任を取りたくない」という風土なのか?

 少なくとも望むらくは、この愚かな政策・愚かな機構が、この番組を通じて全世界に知られ、日本の政治家・官僚が世界で笑い物になり、彼らが、自分のしていることが真に国民、選挙民、恵まれない人たちの役に立ってかどうかということに、少しは気づいてくれることだ。
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