2010年04月27日

ソファーから転落事件

妻は、あいかわらず「おはよう」を教えている。パコが一生懸命やる口の形が、「おはよう」になったと喜んでいる。どっちもどっちだから、何もいわない――。

部屋にいたら、パコのものすごい鳴き声が聞こえた。飛んで行くと、これまで聞いたことのないような、尋常でない鳴き声だ。抱き上げてあやしている妻も、半泣きになって「ごめんね、ごめんね」と言っている。「どうしたんだ?!」

ソファーから落ちたのだそうだ。ミルクを作るためにソファに置いて目を離した瞬間に、落ちたらしく、振り向くと床に倒れていたという。「どんなふうに倒れてたんだ?」と訊いても、妻は動転して、「腹ばいだった」とだけ言い、うまく説明できない。よく覚えてないと言う。こちらも、あせって大声になる。

何とか聞き出して総合すると、足がソファーの背に垂直にあたるようにして、ミルクを飲ませる時に使う馬蹄形のクッションに頭を載せて置いていたが、足でソファーを蹴って落ちたらしい。身長も伸び、脚力もはなはだしく付いたのを、甘く見ていたのだ。妻は、こちらがイラつくほど、まったく楽天的な性分なのである。

問題は、落ちる時に頭を打ったかである。床に腹ばいになって泣いていたから、クッションと一緒になって落ち、直接、後頭部を打ったのではないようにも思うが、判らないのは、どちら向きに倒れていて、クッションがどこにどう落ちていたかである。妻は、クッションは離れたところに落ちていたというが、気が動転して正確には覚えてないとも言った。

とりあえず、頭を打ったという前提で、慎重にことを進めねばならない。妻は育児書を開いて、軽症から中等症、重症と、さまざまなケースにどうすべきかを見つけ出している。いずれにしても48時間は注意が必要、とある。泣きが止まないが、これはミルクかもしれないとの希望的観測でミルクをやると、泣き止んだ。しばらく様子を見る。

しばらくすると、落ち着いてきたようだ。だが、やはり心配なので、近くの病院に連れていこうと電話をする。妻は、地区の評判の高い小児科医を主張するが、その時間は閉まっていた。しかし、本当に脳に障害が生じていれば小児科ではすむまい。そこで、近くの大学病院に電話。小児科から脳外科に回されて、「お待ち下さい」になったまま一向に出る気配はない(クソ大学病院め)。ついに業を煮やして、電話を切る。ふり返ると、パコは柔らかい表情を作っている。

近づいて顔をのぞくと、こちらを見て微笑んだ。大丈夫なのか……。「ボン・ジュール」と言うと、一生懸命に口を動かして「ブン・ジュール」と言った。こんな大変な目にあったのに、もう、泣きたくなる。抱き寄せて、頬ずりしてやりたくなった。
posted by ろじ at 00:00| パリ ☁ | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月25日

父の名は……言った!

(育児日記から)
知り合いが、夫婦で遊びに来た。2歳の女の子を連れて。2歳というのは、もう完全に立派な人間ですね。パコのような、一ヶ月ちょっとの半分宇宙人とは、わけがちがう。片言で、発音がやや重くても、言葉で意志表示できるし。

その奥さんに、毎夜、「ボン・ジュール」って話しかけているんだよ、そしたら、口元を「ボン・ジュール」って言いたげに動かすんだ、すごいだろう、と(半ば自慢げに)言ったら、彼女は、
  「ボン・ジュールを、自分の父親の名前と思うようになったらどうするの? まずいよ」
と言いやがった。

うーん、確かになあ。「ボン・ジュール」が挨拶の言葉だなんて、理解できるわけないし、父親の口から出てくれば、父親と同一視する可能性は、きわめて高いだろう。街で、ボン・ジュール、ボン・ジュールと繰り返し、「ボン・ジュール、気持ちいいね」なんて言っている内は、「お、フランス語ができる!」と周りに思わせることもできなくもないが、
  「ボン・ジュール、お腹すいた」だの、
  「ねえ、ボン・ジュール、車ってどうして走るの?」
などと質問された日には、かなりヤバイ子供、ひいてはその親もかなりアヤシイと思われてしまう。

これは、断念しなくちゃならないか、と思いながら、夜、泣きやまないパコを抱いて、「ボン・ジュール」と話しかけた。パコは、こちらの唇をじーっと見ている。
と!パコが、唇をモゴモゴさせた後、なんと、「ボン」に近い「ブン」と言い、喉の奥で「ジュール」と言ったのだ!

おい!と妻に言うと、妻も驚いている。「カメラ、カメラを持ってこい!」と、妻に命じる。デジカメのムービーで録画しようと、パコに向かって「ボン・ジュール」を繰り返す。
しかし、パコは、こちらの唇を見ているものの、唇をモゴモゴさせるばかりだった。
いや、でも、あれは、誰が何と言ったって、「ボン・ジュール」と言った!
posted by ろじ at 00:00| パリ ☁ | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月23日

0歳児サークル

(育児日記から)
妻が、パコを「0歳児サークル」とかいう、近くの親子クラスに連れて行った。ところが、一ヶ月ちょっとという、首もまだ座っていない子はさすがにおらず、珍しそうに“歓迎”され、「こんな、小さかったんだぁ」と珍しがられたり、逆に自分の子がどれだけ大きくなったか感動されたり、だったとか。

それでも、一緒に“運動”らしきものをしたんだそうだが、ちと気が早かったなあ。まあ、雰囲気を知りたかったんだろうが。それに、外に出たいということもあったんだろう。

夜、例によって、「ボン・ジュール」を語りかける。ボン・ジュール、ボン・ジュール、パコっ、ボン・ジュール――。日本語のあいさつ言葉や、英語の「ハロー」、スペイン語の「オラー」など、いろいろやってみたが、どうも、比較的移行しやすい唇の動きといい、いざ実際に言えた時のはっきりと区別された語といい(偶然に発声されやすい語では、言えたことになりませんからね)、考えてみると、この「ボン・ジュール」が、一番良いように思えるのだ。

パコの口元が、一生懸命モゴモゴしているように見えるが、親の贔屓目なんだろう……。妻にそんなことを言ったら、彼女は彼女で、「こんにちは」を教えているらしい。そりゃ長すぎるだろ、いくらなんでも。
posted by ろじ at 00:00| パリ ☁ | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月21日

二人きり

今日は、妻が夕方から家にいないので、パコと二人きりだ。風呂は、入れる役と、出た赤ん坊を受け取って着替えさせる役と、二人でするのが良いので、早めに入れることにした。

夕食後、9時ごろ、パコを近くに置いて本を読んでいると、フゲフゲ泣きだした。ミルクはさっきやったばかりだし、オムツも問題ない。こういう時もあるのだ。泣く顔を、じーっと見ている。赤ん坊というのは、どうして、可愛い時と泣き叫ぶ時の顔がこんなに違うんだろう。

「抱いてほしい」て、言ってみな。そしたら、抱いてやらあ。おれは、これまで、女にどうしても抱いてって言われれば、拒否したことはないぜ……。

と言っても、パコはもちろん、ベーベー泣いている。ふだんは、この時間帯に抱けばすぐ寝入るのに、なかなか眠らない。妻がいないこちらの解放感がうつるのか、パコも目がぱっちりだ。

抱かれてこちらを見つめる顔に、「ボン・ジュール」と話しかけてみる。別に深い訳はないが、音が良いと思ったのだ。真似しないかね――。
「ボン・ジュール、ボン・ジュール……」
深夜、赤ん坊と二人きりの部屋に、中年男のボン・ジュールが響き渡る。
posted by ろじ at 00:00| パリ ☀ | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月19日

初風呂

 生まれたばかりの赤ん坊は、いろんな人生の「初体験」をするようになる。それに手をかすのが親なのだ。半ば強制的に。その「初体験」を赤ん坊が好きになるか嫌いになるかは、かなりの部分、親のやり方にかかっているんだろう。その意味でプレッシャーではある――。

 週末の17日から、パコを普通の風呂に入れ始めた。それまでベビー・バスを使っていたが、パコの発育が進んで、もう小さくなり始めた。脚を延ばしたりすると、ベビー・バスの内側を蹴飛ばしてしまって、危ないのだ。

 パコが大きくなるのは、毎日見ているので驚きもないのだが、やはり大きくなったと思わざるをえない。まだ一月ちょっとなのに、体重は4000グラムをとっくに超え、身長も50センチはゆうに超えている。妻が病院などに行くと、「発育の良いお子さんですね」と言われるそうだ。

 パコはベビー・バスのお風呂は好きだったので、普通の風呂に入れることに心配はなかったが、初めてだからやはり不安である。体はどう洗うのか、どのくらい入れるのか、などなど……。妻は、私の不安を見越してか、自分が心配だったのか、お風呂用の補助具を手に入れてきていた。45センチx30センチくらいの四角い変形ザルのようなもので、下はお尻の部分はへこんでいるが、頭を置く部分は盛り上がっていて、しかもネットが張ってあるので、そこに赤ん坊を置いて体を洗うことができる。しかも、水には浮くので、そのまま湯船に入れられるのだ。4キロを超えた赤ん坊を無事扱うのに、強い味方である。

 はたして、パコをネット上に置いて、顔を拭き、体を洗いだすと、周りの状況が違うせいか、パコも不安気である。周りをキョロキョロ見ている。この補助具は、体のオモテ、お腹の面は洗いやすいが、背中側はなかなか洗いにくい。肩の裏側辺りはまあできるが、お尻となるとなかなかうまく行かない。結局、2日ほどやってみて、お尻を洗う時は、赤ん坊を持ちあげて膝に乗せ、そのまま洗い、お湯をかけることにした。

 さて、体を洗い終わり、湯船に入れる。胸やお中は水面から出てしまうので、お湯を手でかけてやる。パコは、不安そうな目でこちらを見ていたが、やがて、お湯の中でポカポカとしてきたせいか、お風呂がほんとに好きなのか、頬が緩んできて、あくびまでし始めた。嬉しそうにクリクリした黒い眼をこちらに向ける。

 これだよなあ、魔物とは。こんな娘と風呂に一緒に入って、よろこぶ可愛い顔を観ていたら、中毒になってしまう。そして、いつまでたっても一緒に入って当たり前、と思うようになって、ある日、「お父さん、汚いからイヤ」と宣告されるんだろう。もう少し大きくなったら、勘弁してもらおう。
posted by ろじ at 00:00| パリ ☀ | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月18日

TV 民衆が語る中国・文化大革命

BSで特集『民衆が語る中国・激動の時代〜文化大革命を乗り越えて〜』を観た。4回シリーズで、全部は観れなかったが、当時の人々へのインタビューによって、文革時の人々の驚き・幻想・不満、つまり実感が分かって、実に面白かった。(もとは2006年12月27日に放送)
http://archives.nhk.or.jp/chronicle/B10002200090612280030253/ 

最近、NHKは、現地の証言を取ってきたり、アジアの歴史をこれまでよりも広い視野で記録しようと試みているように見える。(この新年には、日本−韓国史に関する共同制作番組らしきものがあった。)そう見るのはナイーブだろうか。

以下はNHKのサイトから。
BS20周年▽BS特集「民衆が語る中国・激動の時代〜文化大革命を乗り越えて〜
1章
▽民衆が語る中国・激動の時代、4回シリーズの第1回。1966年から10年間に渡って中国全土を混迷の渦に巻き込んだ文化大革命。物語は紅衛兵の誕生とともに始まる。
-------------------------------
1966年から10年にわたって続いた文化大革命は、中国の人々を激しい嵐の渦に巻き込み、一人一人の人生を大きく変えた。その嵐の中で人々はどんな体験をし、何を思い、どう行動したのか。4回シリーズの第1回は、紅衛兵の誕生とともにたどる

2章
▽民衆が語る中国・激動の時代、第2章は1966年から始まった文化大革命・その担い手となった紅衛兵の抗争の実態を、当時様々な立場にいた人々の証言で綴る。
------------------------------
めざましい成長を続ける中国には、かつて、文化大革命という激動の時代があった。人々は、その時代をどのように過ごし、どう乗り越えてきたのか。40人以上の証言でつづるBS特集「民衆が語る中国・激動の時代」。第2回は、紅衛兵運動の矛先が権力の中枢に向かう「造反有理の嵐」をおくる。

3章
民衆が語る中国・激動の時代の第3章。文化大革命の武装闘争が収束に向かった頃、大勢の都市の若者が農村へ旅たった。そこで彼らは何を見、何を思ったのか、証言で綴った。
------------------------------
めざましい成長を続ける中国には、かつて、文化大革命という激動の時代があった。人々は、その時代をどのように過ごし、どう乗り越えてきたのか。40人以上の証言でつづるBS特集「民衆が語る中国・激動の時代」。第3回は「下放・若者大移動」をおくる。

4章
民衆が語る中国・激動の時代のシリーズ、最終回の第4章は、1966年から始まった文化大革命の幕引きの流れを作った民衆の怒りの噴出と力です。
------------------------------
めざましい成長を続ける中国には、かつて、文化大革命という激動の時代があった。人々は、その時代をどのように過ごし、どう乗り越えてきたのか。40人以上の証言でつづるBS特集「民衆が語る中国・激動の時代」。最終回は「改革開放への胎動」をおくる。
posted by ろじ at 00:00| パリ | TrackBack(0) | テレビ・新聞・雑誌ネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月17日

中国地震・兵士の“救出活動”の実態(?)

 今日は、気温も高かったので、パコを、初めて乳母車にのせて連れ出してみた。しかし、彼女はいつも寝てばかりいて、まだ残っている桜の花びらなぞに気も留めない。乳母車とか車とか、振動が気持ちいいんだろうが。

 中国の青海省で地震があり、その悲惨な状態はテレビでの報道されている。地震から何日かたった今でも、建物の瓦礫の下から幼い女の子が救い出されるという感動的なシーンも放映されている。TVでは、中国の軍服を着た男たちが救出する場面が流れていた。

 このシーン、ニューヨーク・タイムズ紙によると、実は、チベットの僧侶たちがほとんどをしていたのだそうだ。記事によると、それまで学校の校庭でブラブラしていた兵士は、幼児が見つかったとなると、僧侶たちを追いやり、救助だけを行ったという。こういう、カメラに映る場面だけ“救援活動”にいそしむ中国兵士たちに、チベットの僧侶たちは、不満・不信を募らせている、とニューヨーク・タイムズ紙は報じている。
http://www.nytimes.com/2010/04/18/world/asia/18quake.html?ref=global-home 

 中国のこれまでのやり方を考えると、驚かない(ニューヨーク・タイムズ紙の報道は、どうも、ねつ造とは思えない)、と言わざるをえないのだが、こういう時は、上のようなシーンを無邪気に報道する日本のメディアの性質も明らかになるものである。
posted by ろじ at 00:00| パリ | TrackBack(0) | 国際・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月16日

オシャブリ

 パコのために、妻がオシャブリを手に入れた。そんなの、赤ん坊が習慣化してよくないんじゃないの、前歯の形にも影響するだろうし、と言っても、妻は、ちゃんと大丈夫なのを通販で手に入れたという。

 そうかね。そうなら仕方ないが……、「そんな人工的なもので、満足してしまうのかねえ」、と内心は穏やかではない。が、とりあえず、パコにくわえさせてみる。パコは、哺乳瓶でもなく、生の乳首でもないものを、初め、やや目を白黒させて、くわえていた。初オシャブリである。

 くわえさせて、しばらく見ていたが、どうもこれは、どこかで見たような顔だなあ……と思えてきた。オシャブリの周りには、飲み込まないための、ストッパーのようなプラスチック製の白い輪っか、いやこの場合は、ややハート形のものが付いているが、オシャブリを加えた顔を見ると、口に人工的な猿轡(さるぐつわ)をはめたようである。

 そこまで行って、あっ、と気が付いた。『ハンニバル』のレクターみたいなのだ。
  「おおい、パコ、レクターみたいだぞ」
と言っても、パコは、ちゅうちゅうオシャブリを吸っているばかりだ。

 オシャブリを取ると、ありゃ? 赤い線で、そのストッパーの跡が、口の周りについてしまった。こりゃ、将来、顔に跡が残らんかね?女の子だし、気になるのお――。そう言いながら、もう一度、くわえさせた。

 と、パコは、オシャブリをペッと吐きだした。それ以来、二度と口にしない。
偉いぞ、パコ、まがい物に手を出さないとは、さすがオレの子だ。

 パコが泣きだして、他にしようがなく、オシャブリをくわえさせ、パコがペッと吐きだす度に、フムフム、やるじゃねーか、と少々、自慢である。
posted by ろじ at 00:00| パリ | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月14日

リミット

 先週末は、仕事で忙しくて(新宿に出た以外は)ほとんど家で働いていた。月曜日の夕方、仕事を終えて、顔を出すと、妻が涙目である。

 どうしたかと訊くと、「もう限界だ」という。オムツの替え、授乳、赤ん坊のお風呂、食事、時には、パコは抱いてほしくても泣く――しかも、妻は律義に、2,3時間ごとに搾乳している(夜中も)。赤ん坊の口が小さくて、じかに胸から飲めないので、機械で搾乳するしかないのだ。時々は人工ミルクも使うが、大変なスケジュールであることに変わりはない(胸が張るので、搾乳はしなければいけない)。肉体的・精神的負担もかなりのはずだ。

 そもそも、私が、いま、特に忙しくて助けられないのが、原因なのである。締め切りに追われていかんともしがたいとはいえ、すまない気持ちでいっぱいだ。

 翌日の火曜日の朝、東京都のヘルパーさんに来てもらうことにしたそうだ。昼間、仕事先で携帯に入ったメールを見ると、ヘルパーさんはとても一生懸命やってくれ、しかも、経験豊かな人らしく、いろいろアドバイスもしてくれたそうだ。
「今日来てくれてなかったら、死んでたわ」
と書いてあった。かなりリミットに達してしまっていたのだろう。あらためて、すまないと思った。

 そこで、水曜日は、私が、夕方、お風呂に入れることにした……が、腰が……。台所のシンクに赤ん坊用の湯船を置いてやるのだが、シンクが低くて、これは軽い拷問である。しばらくやって、腰に持病がある自分は、あっという間に“リミット”に達してしまった。母親というものの苦労が、あらためて痛いほどに判った。
posted by ろじ at 00:00| パリ | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月11日

初めての新宿

 暖かいので、パコをちょっと遠出に連れ出した。街に出るのは、生まれて初めて。

 実は、フランスから旅行でやって来た友人と落ちあって、いっしょに昼飯を喰うことにしていた。日本好きのモニクおばさんが、この春、日本人の友人と生まれて初めての日本旅行を楽しんでいる。京都、奈良、広島、長崎と周って、昨日東京に来たそうだ。

 オシメを持った。簡易小型ベッドも持った。肩から掛けるスリングに、パコを入れた。うどん屋さんに和室個室も予約した。さあ、準備OK。今回は、電車に乗って新宿に行くのである。

 しかし、電車の中では、熟睡。新宿の歩行者天国のなかでも、スリングの中で爆睡。食事中の後半は起きてくれて、モニクおばさんたちに抱かれて記念撮影。モニクおばさん曰く、
  「ほんとに、日本人の赤ちゃんだねー」
だから、なんだんだよ、そら。日本人の血が入ってんだから。

 モニクさんたちを新宿御苑に案内して、こちらは帰宅。時期的に最後の花見らしく、大変な人出であった。
posted by ろじ at 00:00| パリ | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月09日

一ヶ月検診

 妻は医者に診てもらわなくてはならないので、パコを、産科の診察室の外のベンチに寝かせて順番を待ちながら、仕事の本を読んでいた。

 若い看護婦さんが通りかかり、覗き込む。「わあ、すごーい、色白ですねー。かわいいですねー。女の子ですかぁ?」と訊いた。

 「かわいい」は、いい。「色白ですね」は、いい。「女の子ですかぁ?」とは、なんだ。なんで、ピンクの洋服、着せてると思ってんだよ?なにが、すごーい、だ。ったく。

 パコは、珍しそうにくりくりした眼を、嬉しそうに看護婦さんに投げている。看護婦は、また喜ぶ。かわいいですねー……。
パコ、自分を侮辱したヤツを無視することを、早く覚えような。
posted by ろじ at 00:00| パリ | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月07日

友、遠方よりパコに会いに来たる

 夜、フランスから、夫婦の友人のクリスチーナが訪ねてきた。仕事で日本に来たついでにと、ジェットラグの時差ボケをおして、娘のパコに会いに来てくれた。

 来てくれただけではない。お土産はなにがいい?と訊くから、「じゃあ、チーズ買って来て」と言ったら、巨大なのを5つも、タッパーに入れて持ってきてくれた。おまけに、ワインを2本。クスクスとそれに添えるソーセージ、スープの素。その他、缶詰2つ。

 ピクニックに行くんですか。しかし、よく、税関で捕まりませんでしたねぇ。しかも、重かったでしょうに……。

 実は、妻が一番、涙を流して喜んだのは、彼女のために買ってきた、肌に付けるフランス製の乳液だった。子どもを二人産んだ彼女は、「妊婦は、自分の肌をないがしろにしてしまうからね」、と言った。女の苦労は女のみぞ知るか。

 さらに、パコのために、クリスチーナの子どもたちが着なくなったきれいな衣類を沢山。クリスチーナには、かわいい5歳の女の子と4歳の男の子がいる。彼女たちがほとんど着なかった洋服、ちょっとだけ履いた靴を持ってきてくれたのだ。靴は、赤と緑と白色の、よくできたフランス製の革製三足で、どれもあまりにかわいくて、もう、これは娘には履かせずに、額に入れとこうかと思ったくらいだ。

 クリスチーナは、パコの写真を盛んに撮っていた。「もって帰って、子どもたちに見せなくちゃ」と言う。彼女の子どもたちは、彼女が日本でパコに会うんだというと、
  「ねえ、パコにも、同じく目とか鼻とかあるの」
と訊いていたんだと。この夜、クリスチーナはパコを抱きながら、「スゴイ、日本人の子だねー」と言っていた。なんじゃ、そら。子も子、親も親だな。

 しかし、さすが、本場のチーズは美味かった。
posted by ろじ at 00:00| パリ ☀ | TrackBack(0) | フランス・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月04日

女の涙には慣れてるさ

 パコは、夕方頃、激しく泣きだすことが増えた。ミルクはさっきあげたし、オムツでもなし。なんなんでしょうねえ。

 そんなに泣いたってだめですよ。ワシは女の涙には慣れてルんですからね!――と言っても、あいかわらず、ベーベー泣いて、放っておくと、今度はギャーギャー、ありったけの声で泣く。

 たまに、オムツを再度確認すると、用足しを知らせるオムツの真ん中の線がちゃんと青くなっていて、やれやれ……、と言うこともある。お風呂に入れると、風呂は好きらしく、泣きやむ。しかし、終わると、また泣く。だいたいが、理由が分からない。

 女の涙は、いつも判らない……。
posted by ろじ at 00:00| パリ ☀ | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月03日

桜の花びら

 家の近くの桜の花が美しい。窓から、満開の枝が風に揺られているのが見える。これぞ日本の春なりき。

 パコにも見せてやりたいが、まだ外に出るのは早い。しかし、いずれ春の突風が吹くようになれば、散ってしまうだろう……。そうだ――。

 思いついて、外にかけ出し、こぼれかかった花弁を取って帰る。パコの寝ているクリブの枕元に置く。
 おーい、これが桜ですよー。日本の花ですよー。日本の春ですよー。きれいなんだから。日本人なんて、この花の下で、酒飲んだり、踊ったりするんだから。昔なんて、「桜の木の根元に死体を埋めたら」、なんて思う人までいたんだから……。

 しかし、パコは見えるのか見えないのか、気にもとめない風である。置いた花弁の反対側に、首を向けやがった!

 もしかしたら、目が見えないのではないか、と思うこともある。周りのものを視線で追わないし。そう妻に言ったら、「何言ってるの」と一蹴された。桜の花びらなんて淡くて、まだ目に入らないんだ、と言う

 チェッ。日本の風情を解さぬ女ばかりである。
posted by ろじ at 00:00| パリ | TrackBack(0) | 日々のなにげない記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。