まず地下から地上に出るための2つのエレベーターの前には、ものすごい行列ができている。つまり、ベビーカーでも車イスでも老人でもない普通の出勤人が、みなこのエレベーターを使おうとしているのだ。したがって、ベビーカーも車イスも老人も、この長い行列に交じって待たねばならない。健常者がエスカレータで上がれば、もっとスムーズに行けるだろうに。しかも、ベビーカーが乗るには、それ相応のスペースがなくてはならないから、混んでいるエレベーターはやり過ごさねばならなかった。
さて、エレベーター地上に出てみて驚いた。そこからJRの駅までは、交通量の多い大きな通りを2本渡らねばならないのだ。そして、JRの駅で山手線に乗るにも、エレベーターでまず3階に上がり、そして今度は2階に下りなければならない(どういう構造なんだ)。もちろん、エレベーターは普通の人達が乗るので、なかなか来ないのである。
山手線から乗り換ようとエレベーターの前で待っていた。前にやはりベビーカーの若い奥さんがいた。そこに犬を入れたケージとスーツケースを引いた女性がやって来た。エレベーターのドアが開くと、横からその女性が乗りこもうとした。ケージとスーツケースが乗れば、ベビーカーが2台乗れるわけはない。
私はそのケージの女性と、その娘らしい二人を手で止めた。
「失礼。順番ですから」
そして、ベビーカーの若い女性にどうぞと言い、われわれもその後に乗りこんだ。
割り込んだ女性はバツが悪そうに、娘を見ながら、「エスカレータで行こうか」と言った。
エレベーターの中で、女性に私は憤慨をおさえながら言った。
「東京の人は、順番を守りませんよねえ」
若い女性は、「ありがとうございます。順番はちゃんと守ってほしいですよね」と、意外な親切にどう答えたらいいか分からないようにボソリと言った。
歩きながら、これから、こういうマナーのない大人を、できればその子供の前に叱る運動でも始めようか、と妻に冗談を言った。こういうマナーで文化が測れるなどとは言わないが、日本人の都会人のエゲツなさがよく出ていると思った。
空港の駅でエレベーターに乗ろうとすると、やはりスーツケースも持たない客でいっぱいであった。しかも、人がいっぱいで乗りこむのに躊躇していると、わきから駆けて来て、すき間に乗りこむ女性が何人かいた。イイ大人がこういうことを露骨にする先進国は、知る限り日本だけである(東京だけかもしれないが)。フランス人は、知られているようにかなり利己的だが、ベビーカーが来れば、優先して乗せるのが普通だ。
考えてみれば、この国は他人のために扉を開けてやることさえもまれだ。一度、デパートで人に開けてやったら、その後から来る者たち、若いのも立派な大人も、こちらがドアマンかなにかのように、感謝の言さえいわず平気で通り過ぎて行った。
なんと心の貧しい人たちか。そして、なんと「ヘルプが必要なもの」に無関心・無神経な街か。ことこれに限ったことではないが。つくづくがっかりした。「文明国」の看板は降ろした方がいいと思う。「バカの壁」ならぬ、「自己中の壁」。