2011年01月31日

進化

昨日の夕食時、パコは、食事の時に座らせているベビーカートを自分でテーブルまで引っ張ってきた。今日は、自分でヨダレ掛けをつかんで、これつけて、という顔をした。

すげぇ。日々、進化するなあ

先日は、水の入ったままの重い湯たんぽを片手で掴んで、(さすがに持ち歩けないから)引きずっていた。握力がある。

いま時々やるのは、物を片手でつかんで、誰かに、「はいドーゾ」とでも言うように顔を傾けながら差出し、取ろうとすると、ダメという顔をして引っ込める。「自分」という観念が生まれつつあるのかもしれない。
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2011年01月30日

サッカー、アジア杯決勝

在日の李の決勝ゴールというのも、なんかグッとくるなあ。しかも、お父さんの在日としての矜持と謙虚さを感じさせるコメントがいい。すぐ李親子のファンになった。

しかしそれにしても、アジア杯の審判は「ハンド」を取らないねえ。これまでの日本戦では、「ハンド」が見過ごされた試合がいくつかあった。この試合も、前半の岡崎のシュートは相手選手の腕に当たってるだろうに。動体視力が弱いのか。位置取りが悪いのか。

アジアのレベルアップは、審判のレベルアップからかもしれんな。

それにしても、現地のカタールTVのアナウンサーの実況、李の決勝ゴールが決まった瞬間の叫びよう(壊れよう?)ったらなかった。
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2011年01月29日

ポジティブ・シンキング

「うー」という返事をするようになった。たぶん「うん」という意味だろう。
  ご飯食べる? 「うー」
  お外へ行く? 「うー」
  川へ芝刈りに行く? 「うー」
  宇宙から来たの? 「うー」
要は、まだ言葉が解ってはいないのだ。

ところが、今日、部屋に入ると、パコが椅子の上にあった広告をぜんぶ引っ張り出して散らかしていたので、指さしながら
「こりゃこりゃ〜!これは、なに?」
と、わざと軽く怒ったら、深くスクワット(屈伸)して、深く頭を下げた。

あれ、なんだ、おもしれえと、もう一度“叱った”てみた。そしたら、また、深々と屈伸して頭を下げた。言葉が判るのかいな?
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2011年01月27日

壁に結露

パコのために「セーフティー・ゲート」を付け、プレイサークルから“解放”したので、パコがあちこち歩きまわる。そして、あちこち触る。電話台の中ほどに置いた無線ルーターにも簡単に手が届くので、さらに高い所に移し替えねばならない。ところが、ルーターのコード類を思わずゾンザイに抜いてしまい、あらためて接続の仕方を確認しなければならなくなった。そのためにルーターの解説書を探している時のことだった。

すわっ!なんと、押し入れの中に結露。うちのぼろアパート、ちょうど外壁の裏側にあたる、安普請のベニヤ板らしい表面は、水滴をたたえ、場所によってはカビさえ生えている。この冬の寒さで、押し入れの中の湿気が結露したのだ。

これは何とかしなくてはと、まずエタノールで消毒。そして、夕べなのにもかかわらず、新宿のハンズに結露対策のモノを買いに行く。あいにく、置いてあるのは窓の結露対策、とくに水滴を取るためのものばかりで、壁に処置するものは売っていない。仕方なく、スチロールの巨大な板を買い、寸法に切ってもらう。巨大なので、大変な思いをして帰った。

これを貼り付けるまでは、とりあえず換気、換気と、寒さつのる夜なのにもかかわらず窓を開け放しにしておく。

実は、寝室でも外壁に面した壁に結露し、カビの“萌芽”らしきものを認めてはいたのだ。先日買ってきた安物の加湿器(小型の水蒸気が出るやつ)をかけ続けていたので、そのせいかもしれない。加湿器は、その後、どうも調子が悪ので、新たに「ハイブリッド型」というのを購入した。これがなかなか調子がいいのである。水蒸気でなく、水分を含ませた空気を押し出すだけらしいから、水蒸気(水分)とは違うのであろう。しかも、電気代もあまりかからない。

だが、使いすぎないように注意しなくては。
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2011年01月26日

社会に訴える歌

TVのNHK衛星放送で、アメリカのリズム・アンド・ブルース(R&B)の歴史を観る。
実に面白い。レイ・チャールズら、優秀なミュージシャンが切り拓いていったR&Bの歴史だけでなく、アメリカの人種問題にエンターテインメント産業がいかに貢献していったかを知ることができた。

黒人というマイノリィティーの怒り・訴え・希望がこめられているという意味で、R&Bは、アメリカ現代の社会性を反映した音楽である。私の心を打つのはそのような音楽だ。以前、フランスの歌手Diam’sのラップことを書いたが、フランスでも、最もパワフルな音楽は、「移民世代」の音楽だと思う。
 彼女のヒットソングは『私のフランス、私のもの(Ma France à moi)』という。
「私のフランスは混じり合っている。そう、虹色のように。……
このフランスは、(ここにいる)みんなをモデルに作られていないので、気にいらない」
と歌う。レゲエ、北アフリカのズーク(zouk:カリブ小アンティル諸島のダンス音楽)やライ(アルジェリア起源の音楽)などを組み合わせたリズムだ。

 私のフランスは、バゲットやベレー帽のフランスでなく、ケバブやフード(ずきん)もあるフランスなの――。

 (中略)

 歴史家のジャスティン・ヴェッセ(Justin Vaisse)は、Diam’s の歌は、90年代のように自分の国家を否定するのではなく、批判しながら内側に残るという考え方の表現であるという。ヴェッセによれば、その歌詞の中にある、(世界に誇るべき)フランスの社会システムに対する誇りと、同時に新たな「フランス」の概念を強く求める欲求との混在――これが、これらの若者に強く訴える要因であり、この「フランス式アイデンティティー模索」は、近年の国家アイデンティティーの範となるものであるという。
それは、現代の社会問題とつながっている。歌に託して、彼らなりの“もがき”、それを“突破する意欲”を伝えようとしている。とにかく、迫力あるよな、彼ら。
http://dokugo.seesaa.net/article/44378591.html 

では、日本は? どれだけ社会性のある音楽があるか? 演歌は「人生」を語るという意味で、それなりに意味があることはある。しかし、その「人生の苦労」「恋」「酒は涙か溜息か」は、むしろ歴史的なものではなく、普遍的なものだろう。

日本では、社会問題がないというわけではあるまいに。まあ、かつては「フォークシンガー」が世界的な流れで、日本でも社会的メッセージを伝えていたようだが。あの流れは、今はどうなったんだろう?団塊の世代がすたれるのと並行して、あまり見かけなくなったような気がする。

しかも、日本の巷に今もあふれる、英語をまねした発音で鼻から抜ける歌声、昔からどうもダメである。もちろん言葉は日本語だから、英語ではない。体が受け付けない。食堂などで聞こえてくると、もう出たくなる。それ以上に、歌詞の意味のなさが……。

だから、私の日本歌謡史は、「瀬戸の花嫁」止まりだ――、ってそれもどうよ。
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2011年01月25日

パコ歩き回り対策、ほぼ完了

パコは家中歩き回れるようになり、届きそうなものには何でも手を伸ばすようになった。危ないことこの上ないが、かといってプレイサークルの中は小さすぎる。大人の足元にもまとわりつくから、急いでいるときはかえって危険でもある。

かといって、大人がプレイサークルの中に入っては、本末転倒だ(真剣に考えたけど)。歩き回らせるために、テーブルの脚、TVボードや電話代の角、ひいては危なそうな壁の角など、あちこちに「安心クッション」を貼りまくった。(費用がバカにならないが)

それよりなにより、家で最も危険なところ、キッチンの方に行きたがるのを何とかしなければならない。で、リビングとキッチンの境に「セーフティー・ゲート」、つまり、扉付きの柵を付けることにした。じつは、これ、もう一カ月以上もネットで探している。うちはリビングとキッチンを仕切る堺は126センチもあるのだが、ピッタリくるものがなかなかないのだ。突っ張り棒を使った完全な仕切りでは、いちいち跨がなくてはならず、キッチンを往復するには不便。

結局、寄らば大樹の陰、日本育児メーカーの「Smart Gate」を拡張パネル付きで購入。今日、その購入注文したものが届いた。さっそく付けると、パコも面白そうに触っている。お前さんを隔離するためじゃぞ。

一応、これでパコ歩き回り対策は、ほぼ完了。しかし、家中が、パコ対策グッズであふれていく。
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2011年01月24日

後見を受けると選挙権がなくなるなんて

昨日、NHKで、以下のニュースを見た。不勉強で知らなかったが、この国はなんて貧しい国だろう!

成年後見と選挙権 考える集会
知的障害や認知症など、判断力が十分でない人に代わって財産管理などを行う成年後見制度について、後見を受けると選挙権が失われる問題を考える集会が東京で開かれました。この集会は知的障害者を支援する弁護士らが開いたもので、会場の都内の大学にはおよそ200人が参加しました。集会には、後見を受けると選挙権を失うのは憲法に違反するとして、来月1日に選挙権を認めるよう初めての裁判を起こす知的障害者の女性と父親も参加しました。
http://sogamoni.blogspot.com/2011/01/blog-post_4844.html 
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2011年01月22日

雛人形を買う

もうすぐ雛祭りである。だがパコの場合はずっとずっと先のことだろうとタカをくくっていたら、上さんが、女の子は初めての3月3日に手に入れてやるものだと言った。

しかたない。しかし一生ものだし、それには、やはりちと調査、勉強を――ということで、ネットで勉強し、その後、新宿のデパートの展示場で人形師のアタリを付け、さらにもう一度ネットで調べて、気に入った「江戸木目込み人形」作者が南川越に持っている人形工房まで、はるばる、パコを連れて行ってきた。

同じ工房のものがネットで買えるのだから、「実物を見て感覚をつかむだけだよ」と上さんには言っておいたが、展示室で係の方にいろいろ説明され、「1月内に買わないと、売り切れてなくなる」「良いものは、予約しておいた方がいい」そして、極めつけの殺し文句「お祝物ですから」と言われて、その場で買ってしまった。

夜、クタクタで帰宅。しかし、人形は小ぶりだが、お顔は心がこもってやさしく、着物もとても味がある、いいものが手に入ったと思う。われわれは大変惹かれたたのだが、パコは気に入ってくれるかね。
(駅前にパン屋があって、美味いフランスパンを手に入れた。フランス南アルプスのふもとで修業したらしい。)
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2011年01月21日

まさに人間!

プレイサークル(柵)はパコには小さくなってしまって、入れると悲しそうな声をあげるので、広げて、近寄ってほしくないTVなどの前に置いている。

パコはあちこち歩き回るだけでなく、手が届くものなら何でも触ったり、取ろうとするのだ。しかも、その「位置」「高さ」のテリトリーは、日に日に広がるばかり。

窓際に小さなテーブルが置いてあるが、そこの上のものはもう簡単に取れてしまう。で、プレイサークルをその前まで広げて柵のようにしている。これで届かない――。

と思っていたら、今日、驚く光景を目にした。使い終わったサランラップの芯(紙の筒)を遊び道具に与えたら、その筒を柵の向こうにのばして、テーブルの上のものを取ろうとするではないか。

サルも道具を使うと聞くが、こんな小さいうちに、しかも教えもしないのに……。パコの歩き方なんぞみると、体(てい)の良い“サル”みたいだ、なんてバカにしていたけど、人間とサルの違いを見せつけられたようだ。
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2011年01月18日

風呂場のラップ

パコを風呂は、予定が許せばできるだけ自分が入れるようにしている。上さんが両手とも腱鞘炎に罹り、すでに7キロはゆうにあるパコを抱いて風呂に入れるのが心配ということもある。

しばらく前、風呂場で体を洗ってやっていた時、パコが
「ぱぁぱぁー」
と唇を鳴らした。
「ぱっぱっぱー」と応えてやると、パコは「ぱぁぱぁぱぁー」と言った。

ぱっぱっぱー
ぱぁぱぁぱぁー
ぱっぱー
ぱぁぱぁー
ぱっぱぱー
ぱぁぱぁぷー


それ以来、風呂場の“ラップ”が続いている。
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2011年01月15日

スクワットあいさつ

パコはあいさつを覚えた。朝、「おはよう」と声をかけながら頭を下げると、パコもペコリと頭を下げる。

「こんにちは」と挨拶すると、膝と腰をかがめながら、頭を下げる。膝を曲げ過ぎて、これではスクワットである。

「どうも。どうも、」とこちらが頭を下げると、同じように、どうもどうもと軽く腰をかがめながら、頭を下げる。

笑いながら、もう一度こちらが頭を下げると、今度は、首を横に傾けてニヤッとする。どこで覚えたんだろう?
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2011年01月14日

加湿器

パコが鼻風邪をひて空咳をし始めてから、もうだいぶ経つ。夜中、寝ている時もするので、空気が乾燥しすぎているのではないか、ということになった。測ってみたら30%ほどである。

何とかしなくてはならない。で、忙しいのだが、夜に新宿まで買いに行った。しっかりしたものをネットで調べていったのだが、それは量販店ビックカメラには置いていなかった。しかも、加湿器コーナーはかなりの人だかりだ。乾燥を気にする人は確実に多くなっているのだろう。

とりあえず、小型の水蒸気が出るやつを買ってきた。ペットボトルに水を入れて給水するタイプ。急場しのぎである。ちゃんとしたものを、ネットで買おう。
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2011年01月12日

保育園申し込み

来春からパコを保育園に入れるための申し込みに、役所に行った。この辺りも待機児童は多く、神にさえも祈りたい気持ちである。川崎や横浜ほどではないが。

昨夜遅くまでかかって作り上げた書類を提出すると、テキパキとした職員は、いくつか質問をした。二人して手に汗を感じながら答える。

帰り、すぐ近くに神社があったので「神頼み」。その足でデパートに行く。お礼になった方々にギフト券を送ると、我々の懐にはお金がほとんど残っていなかった。しかたなく、私たちは二人でひとつのラーメン定食を分けた。

パコは、黙って、われわれを静かに見ていた。
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2011年01月09日

日本人はなぜ戦争へと向かったのか

NHKスペシャル『日本人はなぜ戦争へと向かったのか〜(1)外交敗戦 孤立への道』を観る。

世界に冠たる情報(諜報)収集能力を持ちながら、さまざまな外交能力の欠陥ゆえに失敗してゆくさまをあきらかにし、当時の日本が国際連盟から脱退し、ドイツに接近してゆく過程を描く。

当時の政府に見られた特徴――世界で何が起こっているかに対するアンテナが鈍く常に希望的な観測をもつ(いわゆるガラパゴス状態)、長期戦略に欠けた急場しのぎ策(いわゆる「目先主義」、よく言って「現世主義」)、根本的な外交戦略のなさ(いわゆる「竹やり戦法」)、そして、重要な時期にもかかわらずしばしば代わる総理大臣(この時期、7人も代わった)――まさに、現代の日本と何ら変わるところがない。

簡単に言うと、世界観の狭さと状況分析の弱さ。これは、政治、学会、いたるところに見られる。「日本の体質」だな。
「坂の上の雲」の時代に一気に世界の表舞台に躍り出た日本。それからわずか30年あまりで戦争への道を突き進んでいくことになる。日本はなぜかくも短期間のうちに世界の趨勢から脱落することになったのか。太平洋戦争70年の年に問いかける大型4回シリーズ。
 戦後、軍関係者や研究者が、国策決定に関わった旧軍人や外交官を対象に膨大なヒアリング調査を実施した。その「幻の肉声」の山を手がかりに、第1回は、なぜ日本が孤立していったのかを探る。
満州事変の対処において世界の潮流を見誤り、国際連盟を脱退。さらに、孤立を避けようと最も危険なドイツ接近を選ぶ。当時の外務大臣をはじめとする数々の証言と最新の研究から、外務省と陸軍が二重外交を繰り広げて国際的な信用を落とし、さらに、入手した情報を共有せず国家戦略なきままに外交を展開するというミスの連鎖が浮かび上がってくる。
http://www.nhk.or.jp/special/onair/110109.html
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2011年01月07日

千尋とパコ

パコはこちらの指を好んで噛んだりするんだが、先週、噛まれると非常痛い――と見たら、上の歯もしっかりと生えていた。下と上の前歯がそろったことになる。噛んでこちらが「痛い!」といっても、キョトンとしている。

目がクリクリしている。上さんが前髪をちょっと切りすぎてしまった。これで髪の毛を後ろで束ねたら、「ペコちゃん」に似ている。

夜、TVで映画『千と千尋の神隠し』。これ、昔アメリカで観たんだよな。しかし、英語吹き替えで、釜爺とかモゴモゴしゃべるキャラが多いので、話がよく分からなかった。それでも、山川草木に宿る八百万の神、善悪を超えた「日本特有の複雑さ」が飛び交うテーマに、アホな私は、「へん、君たちアメリカ人にはこれは理解できないでせう」などと、観ながら自慢げだった。

今回、観ながら思ったが、なんか「千尋」の顔、パコに似ているなあ。
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2011年01月02日

首をかしげる乳児

パコが名前を呼んでも手をあげなくなったので、「あれー」「あれぇ」と大げさに首を傾げていたら、パコがそれをまねし始めた。

名前を呼ぶと、首を左に傾けるのである(「山田タローさーん」でもやる)。これはこれで、いいアジ出していて受けると思うけど、保育園じゃあ、いやな顔されるかね。
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2011年01月01日

謹賀新年

パコの手

(遅ればせながら)あけましておめでとうございます。
どうぞよいお年を。
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