2011年08月09日

東電批判のオワリ

週刊誌が、ほぼこぞって、東電非難を止めた。あれほど口汚くノノシルようだったのにだ。「菅降ろし」ばかり。まるで、口裏を合わせたようだ。

急先鋒のようだった「週刊現代」も、「週刊文春」も。(「ポスト」と「新潮」は、そのバックグラウンドゆえ?、最初から東電批判はヌルかったように思う。「ポスト」なんて反原発派の学者叩きをやっていた。)

そのうち、何か別の大きな事件が起きれば、今度は、そのことばかり書くのだろう――こりゃ都合がいい、ここぞとばかり。電機業界・原子力ムラの果てしない影響力よ。

本当に、本当に、日本というのは、キモチわるい社会だ。
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2011年08月08日

今度は風邪

パコの手足口病とトビヒが落ち着き、脚のタダレていた肌が治って、ホッとしたかと思うと、今度は、渇いた咳が止まらない。鼻水もでるようになった。子供というのは、いくらでも病気するんじゃのう。はあ……。

あまりに咳をするので、昨日の日曜日、ネットでこの地区で開いている医者を探し出し、こちらは寝不足なので、代わりに上さんに連れて行ってもらったが、小さな路地を探るようにして見つけ出した医院は、昭和の初期に建てられたような時代モノだったそうだ。
  「もう、ぜひとも見せたかったわよー」
愉快そうに、上さんは言った。建物に見合ってかなりお歳をめしたおじいさん先生は、自分で薬も調合する方だったそうな。うーん。

老先生のお診立ては、「クーラーの使いすぎでしょう」とのこと。いただいたお薬をネットで調べて見たが、どうも納得できなかった。

とりあえず、今日、別なお医者さんに診てもらった。この先生は、ウィルス性の風邪と診て、咳と鼻水を止めるための処方箋を書いて下さった。
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2011年08月05日

一日中パコと過ごす

今日は、仕事を休んで、一日パコの相手。昨日まで3日間、パコを病児保育に預けた。引き取りに行った時のパコの嬉しそうな顔、連れて帰る道でのパコのぐったりした寂しそうな顔をみて、心が痛んだ。

なれない環境に3日もいて、さすがにストレスもたまったのだろう。それでは元気も出ない。病気も治るまい。そこで、今日はパコと過ごすことにしたのだ。

昨日は、病児保育に行く道、また同じ手を使って、「あの優しいおねえさんに看てもらおうねー」と話しかけた。ところが、保育園に着いてみると、違う看護師さんだった。

パコは看護師さんのわきを挨拶もせず素通りして、畳部屋に行って座った。こちらを振り返るので、「じゃね、パコ、バイバイ」と言っても、返答もしない。怒ったような冷たい目で、こちらに一瞥をくれるばかり。
「オイ、あのおねえさんじゃないぞ。ウソついたね……。看護師さんの手前、黙って見過ごしてやるけどね!」
こちらが部屋を出る時も、ついに一言も何も言わなかった。怒ってるのが分かった。

さて、一日中、部屋で一緒にゴロゴロし、外を少し散歩したりしたら、パコに笑顔が戻ってきた。食欲もさらに出てきた。きっと来週の月曜からは、ふだんの保育園に行けることだろう。
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2011年08月03日

アゴタ・クリストフ逝く

病児保育にパコは慣れたようだ。朝、仕事前に連れて行くと、さすがに愛想は良くなかったが、昨日面倒見てくれた看護師のおねえさんの膝に、自分から歩いて行って座った。病児保育に行く道々、「昨日パコの相手してくれた、若くて優しくてかわいい看護師さんが、今日も一緒にいてくれるからね」と、話しかけたのも効を奏したか?

トビヒと手足口病を併発していて、他の子に感染するといけないので、原則、長袖長ズボン、そうでないときは、手足の患部をガーゼで覆われる。しかたないとはいえ、可哀そうではある。病児保育園でも食欲がある、というのが救いだ。

帰り道、病児保育に引き取りに行く途中で大雨。駅を降りてから近くの銀行のATMで雨宿りしていたが、止まないので、意を決して向かう。病児保育の部屋に行くと、同室していた6歳くらいの男の子が、電車のおもちゃを畳一面に広げて自慢げである。パコはちょっと迷惑顔。部屋に先に着ていた老人が「お坊ちゃん、帰りましょう」と言った。どんな家庭なのか?

パコを抱えて外に出ると、雨はすでに上がり、虹が出そうな爽やかな空であった。

アゴタ・クリストフが亡くなった。予想しなかったわけではないが、ちょっとショックだった。ああ、大事な作家が死んでゆく。

彼女の文章は飾らず、本質だけを――書かねばならぬものだけを、見出し、伝えようとする。それは、むしろ詩に近いと思う。しかし、それにしても、最近は、ただ言いたいことを“語る”だけの「詩」がいかに多いことか。俳句も短歌も同じ傾向のように思える。TVでの短歌俳句ブームも拍車をかけているか?

アゴタ・クリストフの『二人の証拠』を引っ張り出して読み始めた。この本、原題は『La Preuve(証拠)』である。こういう翻訳上の変更は好きではない。訳すのが難しい慣用句でもない。翻訳者の解釈が入っているのだろうが、解釈というものはいくらでもありうるだろう。だとしたら、原作者の意を尊重して中立的にそのままで訳すべきだと思う。その含意・言外の含みは、読めばわかることだ。
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2011年08月02日

病児・病後児保育

手足口病に罹ったパコを病児・病後児保育に連れて行った。ふだん行く保育園と違うので、パコも怪訝に感じていたが、着いて部屋に入ると、とたんに泣きだした。優しそうできれいな看護師さん二人が迎えてくれたが、大泣きである。

そりゃ、突然、知らないところに置いてかれるんだもの、驚くわなあ。罪悪感も感じるが、仕方がないのだ、パコよ許せ。

夕方、引き取りに行くと、看護師さんに「最初は泣いてましたけど、同室の男の子が来たら、ピタリと泣きやんで、一緒に遊んでましたよ」と言われた。うーむ。パコ、お前は外面がいいのか、オトコの子が好きなのか……。いや、ソイツは、どんな男の子なんだ?
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2011年08月01日

手足口病だった

朝、上さんの声に飛び起きた。
「パコの状態が、悪くなってるよ」
見ると、お尻の赤いプツプツがさらにひどくなり、タダレに近くなっている。痛くはないようで、パコは泣きはしないが、見ているだけで可哀そうになる。あちこちにトビヒのような発疹もある。

近くの皮膚科をネットで調べたが、あるはずの医院がない。業を煮やして、持病の足の痛みが走っていたが、簡単に着替えて走り出た。開院していることを確認して、上さんに電話して朝食後に行ってもらう。

診察の結果は、手足口病でした……。しかも、トビヒと併発。脚の蚊に刺されたのを掻きむしったところからトビヒが入った、と言われたそうだ。

仕事に行かねばならないから「病児・病後児保育」を探したが、どこも全部いっぱいだった。夫婦でため息――。私はどうしてもしなくてはならない仕事が詰まっていて、上さんに看てもらうしかない。できるだけ早く切り上げて――と考えていたが、結局、夕方までかかって上さんに一日中、付いていてもらうことになってしまった。申し訳ない。しかし、こちらも2時間しか寝ていないし……。

往復の電車の中でため息をついた。パコは皮膚が透き通るようにきれいで、見る人皆が、嘆息をつくほどだった。それが、あんなにタダレてしまって……。ああ、可哀そうにのぉ。代わってやりたい……。
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