2011年03月31日

経済性とテイサイ優先の日本社会

海外から心配してくれるメールに、私は「情報操作と隠ぺい――われわれの国は、近代国家・民主主義を掲げながら、こんな前時代的な治め方をしているのです」と返事を書く。

以前から、上さんには「この国の原子力は問題アリ。それは技術的にというより、その技術を設計し取り扱う人間や会社の問題。特に、古い福島原発は危ない」と言い続けてきた。国のシステムというものを信頼している上さんは、フンと、私の心配を笑い飛ばしていた。

今回の事故ならびのその後のテイタラクに、上さんはショックらしい。確かに私にも「ショック」だし悲しい事故だと思うが、実を言うと驚きはしない。東電の事故直後の処理のマズサがここまで酷いとは驚きだったが、全く予想外ではない。それは、この国には「経営論理、企業リンリ」つまり、人(この場合、人の安全や命)よりも企業の体裁やメンツを優先する姿勢が根強くあり、倫理よりも経済性を優先してはばからない風土である、という信念があるからだ。その意味では高度経済成長時代からさして変わったわけではないだろう。

それに加えて、大手メディアに勤める人、ジャーナリストも似たような傾向がある。フリージャーナリストの上杉隆が、出演しているメディアやラジオ番組でTEPCO(東電)や電事連(電気事業連合会)を批判したら、プロディーサーに番組を降ろされたそうだ。
http://www.timeout.jp/ja/tokyo/feature/2754
東電や政府筋の「ウソ」も指摘されている。

電気力会社、原子力関係、大メディア(特に「キシャクラブ」に属する)者たちは、自分たちが正確な報道をしていないことを、どう思っているんだろうか。「生活がかかっている」とでもいうのだろうか?

なら、応えよう。福島にいる人たちは、これまでも、そして今も、
「命がかかっている」

しかし、東電はすぐには変わらない――会長の「記者会見」を見て思った。
posted by ろじ at 00:00| パリ | TrackBack(0) | 日本・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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