2011年04月01日

元技術者証言「事故起こるべくして」

妻子を空港に送って行った。
情報がますます信じられなくなった。自分でネットから手に入れられないこともないが、莫大な時間を取られ、仕事にならない(おかげで、一つの仕事の締め切りを失念してしまった)。

事態は深刻で、2号機の炉心はかなりマズイことになってるように思う。原発はこのまま汚染を垂れ流すか、東電が流出を止めようと何かラディカルなことをして水蒸気爆発……という可能性もある様な気が。とにかく、空気の面でも水の面でも、幼児には不安な状況が続く――――で、しばらく郷里に帰って入れもらうことにした。

昨日の私の「信念」を裏付けるような証言が、今回の福島原発関連で出てきた。
福島第1原発:「事故起こるべくして起きた」元技術者証言 - 毎日jp(毎日新聞)
東日本大震災の津波で外部電源を失い、放射性物質漏れ事故を起こした東京電力福島第1原発の6号機の建設や他の原子炉の改修などに、米ゼネラル・エレクトリック(GE)関連会社の技術者としてかかわった宮崎県串間市の菊地洋一さん(69)が「当時現場で起きていたことからすれば、起こるべくして起きた」と述べ、同原発の配管工事などの一部がずさんな施工管理下で建設されていたとの見方を明らかにした。毎日新聞の取材に答えた。

 菊地さんは1970年代、同原発の建設や改修工事に携わり、6号機は建設の工程管理を担当した。米国から送られてきた設計図はミスが多く、一つの配管で10回以上の変更を余儀なくされたこともあった。配管内に1.8センチの出っ張りを見つけ、「蒸気の流れが変わり配管が傷みやすくなる」と上司に訴えた。しかし、国の検査後で、工程が遅れてしまうとして、東電に伝えられないまま放置された。

 日本の原発メーカーから耐震性について質問を受け、GE本社に問い合わせたが明確な答えが返ってこないこともあった。「そもそもGEは地震について十分に考えて設計していなかった」と菊地さんは振り返る。

 6号機を完工し帰任しようとしたころ、別の原子炉の圧力容器につなぐ給水用配管の改修工事を任された。「2号機か3号機だった」と菊地さん。配管は全面にわたりひび割れしていた。「設計ミスが原因だった。人間は誤りをおかすが、それが許されないはずの原発でも同じことが起きていた」。改修工事で圧力容器内に入ったが、一時的に白血球の数値が減少。悪条件下の作業だと実感した。「当時は、社内で原発の危険性を指摘しても聞き入れられず、会社を辞めて国に訴えても通じなかった」と唇をかむ。
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/nuclear/news/20110401k0000m040179000c.html
posted by ろじ at 00:00| パリ | TrackBack(0) | 日本・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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