2011年04月03日

朝日新聞も反原発に向かうか

TVでNHK衛星放送は新番組が増えたが、どうもバカらしい番組が増えたような気がする。TVをつけない時間が増えた(ニュースも新聞と変わらないので)。編成と構成はずっと昔に済んでるんだろうから、すぐには変えられないんだろうが、この国がふだんどれだけオメデタイ番組を見せられているか、痛感する。

昨日の天声人語に「ホウッ」と思った。危険視されている浜岡原発に言及している。浜岡原発は、巨大東海地震が起きた場合にモロに影響を受けるとされている。しかも、一説によると。巨大東海地震はそろそろあり得るとも。中部電力が、今回の福島原発を見て何もしていないとしたらアホであろう。

朝日新聞も反原発に向かうか、それとも、今だけのポーズか?
 
福島の事故で、中部電力の浜岡原発に不安の目が向けられている。同じ太平洋岸の沸騰水型である。浜岡の名で思い出すのは、遠い夏の草いきれと鶏舎のにおい、大学の卒業研究で通い詰めた日々だ▼春に米スリーマイル島の事故が起きた1979(昭和54)年のこと。東海地震のリスクが言われる中で、浜岡の営業運転は4年目に入っていた。わが故郷静岡の原発は大丈夫かというのが、卒研の動機である▼題して「原子力災害をめぐる住民意識」。周辺の人々がどれほど案じているのか、100人に面談した。いずれ命にかかわる事故が起きると3割強が考えていたが、心配しても始まらない。悟りにも似た空気が集落に満ちていた▼住民の不安を「安全神話」で包み込み、原子力は日本の電力の3割を担う。釈然としないまま、生活者として甘受する自分がいる。福島発の電気が東京に回る現実に黙しておいて、したり顔で脱原発を説くつもりはない▼それでも地元の「裏切られ感」は分かる。福島第一は運転歴が浜岡より5年長く、地元2町は40年以上、財政や雇用で東電と運命共同体だった。原発城下町の落城である。安全を信じた町民が今、家に戻れない▼長い離散は地域社会を壊し、故郷が消えるかもしれない。電力を支えた人々に、これ以上の仕打ちはなかろう。恩恵に浴すことなく放射能にさらされた隣接市町も、肉親の捜索さえできない状況だ。その憤りを共有し、代替エネルギーと向き合う気力を奮い起こしたい。
posted by ろじ at 00:00| パリ | TrackBack(0) | 日本・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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