2008年09月03日

アメリカのメディアCNN――お金の話ばかり

 胃の右側が痛い。食欲もない。

 深夜2時過ぎ、アメリカを襲っているハリケーン・グスタフがどうなったか知りたくて、TVでCNNをつけた。ところが、いつになってもまともなニュースが出ない。グスタフの移動予想のCGが画面の右半分を覆い、その左では いま現在どうなってるんだ、という情報が放送されない。しかも、過去の同じ影像の使いまわし。時差があってヨーロッパのCNNは寝てるから? いえ、とんでもない。CNNは「起きている」アメリカや香港のスタジオから報じてるんです。

 そして、すぐ、経済への影響とガルフ沿岸の石油パイプラインの話。そればかりが、やたら長い。

 まったくなあ、ため息が出るよ。すぐ金の話題だ。マーッケット・チャンネルのCNBCみたいじゃないか。いや、CNBCの方が、ニュー・オリンズの新しい影像が多かったぞ。だれだ、CNNが公正中立なメディアだなんて、いまだに言ってるのは? 
 ニュー・オリンズ市に建設されている防波堤整備工事が後手に回っていることなんて、批判もせずにむしろ「すばらしい計画」という調子。ブッシュが地元の救済センターを訪れた影像ばかり流している。

 アメリカ人の関心がすぐ金に向かうというのは、ここヨーロッパに来てからさらにハイライトされて見えてくる。思えば、アメリカでオバマ氏の件であらためて直面せざるをえなくなった黒人問題も、元はといえば奴隷制から発していたし、それは人身売買という経済行為だったのだよな。

 そんなことを考えていたら、TVで映画『Good Night, Good Luck』をやっていて、また気分が暗くなった――。
 いや、しかし、少なくともアメリカには、真実の報道のために時の権力に立ち向かうすばらしいジャーナリズムがあったし、今もあるのだと思い直す。日本の体制迎合、「プレスクラブ」、外電依存のジャーナリズムのテイタラクなんかより、はるかに遥かにマシな。
Good Night, Good Luck!
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2008年02月22日

アメリカの番組CNN

橋に独り

 昨日書いたアメリカの番組CNNについて。

 体調が悪いとき、絞りたてのジュースにお世話になっている。パリには珍しい、絞りたての野菜ジュースを売る店を見つけたのだ。ただし、人参などを洗わずに何本もぶち込む――。

 さて、そこの娘さんがオーストラリア出身であることが分った。フランス語に訛りがあるので、おそらく英語圏出身だとは思っていたが、オーストラリアとは思わなんだ。

 それ以来、行くたびに、英語でよくパリの印象を話し合う(英語が懐かしいのだろう)。先日、何かの拍子にアメリカのCNNの話題になった。もちろん、CNNがいかにアメリカに偏った報道をしているか、である。それは、ここで放映される「ヨーロッパ版CNN」でも、同じである。(いまは、大統領選挙があるとはいえ、それ以外は「イラク」ばかりで、やはりかなり偏っている。)
  「CNNだけ観てると、世界で何が起きているか、まったく判らないですね」
  「そう、十五の時、初めて行ったアメリカでもそう思ったわ。オーストラリア
  について、というか世界にたいするあまりの無知に驚いたわ」
と、笑い話的にいくつも例を挙げて教えてくれた。

 てなわけで、CNNは他の英語圏の人にも評判が悪いようだ。CNNはなにもアメリカで突出して悪い番組ではないわけで、むしろマシな方であろう。しかし、国際ニュース番組CNNにおいてかくのごとし、いわんや他の番組においてをや……。

 たしかに、パリのメトロで見かけるアメリカ人は、その言葉のアクセントだけではなく振舞いからすぐ判ってしまうのだが、それは彼らの行動パターンに染みついた何かのせいなのだろう。「パリのアメリカ人」は、残念ながら、まだ生きてる代名詞であるようである。

 今日は、アメリカは吹雪だそうですが、アメリカ人のみなさん、お元気ですか?

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2008年02月17日

アメリカ、また銃撃事件

 アメリカのNorthern Illinois Universityで、また銃撃事件があった。

 直後のCNNニュースを聞いたら、「容疑者」はハンドガン3丁、ショットガン1丁を持っていたという。この数だけでも異常だ。「容疑者」は薬での治療をしていてそれを一時的にやめたらしい。所持していた銃器のうち2丁は、事件直前に購入したものだという。
6 shot dead, including gunman, at Northern Illinois University
http://edition.cnn.com/2008/US/02/14/university.shooting/index.html

 マイケル・ムーアが映画『ボゥーリング・フォー・コロンバイン』で指摘した「アメリカの病理」は、いっこうに止むどころか、それを裏付けるばかりだ。拳銃販売を自由経済活動にゆだねたままだと、これはおさまるまい。

 しかし、それにしても、なんでCNNの女性キャスターってのは、こういう事件の直後でも、オープニングで歯を見せてニヤニヤ笑ってんだろな。

 もうすこし落ち着いた記事
Investigators, loved ones try to reconcile the 2 sides of the Illinois university gunman
http://www.iht.com/articles/ap/2008/02/16/america/NIU-Shooting.php 
Online gun dealer that sold Va. Tech gun unnerved to learn he also supplied NIU shooter
http://www.iht.com/articles/ap/2008/02/16/america/NIU-Shooting-Gun-Dealer.php

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2007年11月21日

アメリカでリス受難?

 こんな記事を発見。リスも喰うのか。たしかに、アメリカは地区によってはリスが多いがなあ。
 写真のリスの必死な表情が、こころを動かす。

 昔、アメリカに住んでいたとき“友達”だったあの野生リス、イジローは大丈夫だろうか。イジローについての、むかし書いたブログはこれ。
「リス物語」
http://dokugo.seesaa.net/article/1812394.html
「日々のことなど」
http://dokugo.seesaa.net/article/1812472.html


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2007年09月06日

金稼ぎに使われる女たち

9月5日付の『International Herald Tribune』紙に、Bob Herbert 氏が「Living off women(女性で儲けて)」と題するコラム。ラス・ベガスで女性たちが性産業のために、強制的に働かされる状況を解説している。

ラス・ベガスは、よほどのことをしない限り「なんでもアリ」で、女性が買われ、売られ、強制・暴力によって性産業に従事させされる、つまりSex Trade の対象として扱われる現状は、全米で最悪だという。ラス・ベガスは、性産業界の、北米でのハブになっているのだそうだ。

その現状を伝える、心理学者Melissa Farleyの報告書『Prostitution and Trafficking in Nevada: Making the Connections』が、最近インターネット上に公表されたという。

それを端的に表した報告書からの一節、「The report explores ... the horrendous toll that prostitution, legal or illegal, takes on the women and girls involved.  If you peel back the thin, supposedly sexy veneer of the commercial sex trade, you'll quickly see the rotten inside, where females are bought, sold, raped, beaten, shamed and in many, many cases, physically and emotionally wrecked」 が、ことのほか、悲しい。  
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2007年04月19日

アメリカで銃はなくならない

 このような悲惨な事件があっても、銃はなくならないであろう。いや、アメリカ人は、無くすように努力しないだろう。

 
日本やアメリカの一部のメディアは、「こんなことになって銃は無くさねばいかん」と論じているようだが、ヨーロッパのメディアはもっと醒めている。事件直後の報道でも、EuroNewsでは、現地から報道者が「こんな事件があっても、アメリカ人は『じゃあ、自分を守るために自分で銃を持とう』と言い出すだけなのです。それが、アメリカ人のメンタリティーなのです」と、はっきりと述べていた。 


 そう、「自ら武装して守る」「やられたらやり返す」、それがアメリカ人のメンタリティーだと、アメリカにいた時につくづく感じた。


 朝日新聞にこんな記事が載っていた。過去に起こった「銃の事件」が載っているので、採録しよう。ちなみに、この記事は、朝日の「米乱射事件」というコーナーに再録されている。この事件に関する過去の記事が載せてあるのだが、肝心の「いつどこでどんな事件が起こったか」の報告記事がない。事実を知りたいと思ってもできない。前にも書いたが、日本の新聞、とくに朝日は、国際関係記事のこういうところはきわめて不徹底で、イライラする。
銃社会、続く学校襲撃 規制、依然進まず 米大学乱射
200704171347
http://www.asahi.com/special/070417/TKY200704170179.html 
学校を舞台にした銃撃事件が、米国では後を絶たない。99年4月にコロラド州コロンバイン高校で生徒2人が発砲、生徒12人と教師1人を射殺したあとに自殺した事件以降、影響を受けたとみられる事件が未遂を含めて相次いでいる。銃による事件を防ぐため、ニューヨークなどを中心に、違法な銃を締め出す動きが広まっているが、銃所有そのものは合衆国憲法で保障されているため、広範な銃規制には結びつかない。

学校での銃撃事件は連続して発生する傾向があり、昨年8月末から10月初旬にかけて5件の銃撃事件が米国とカナダで相次いだ。昨年4月のコロンバイン高校事件から丸7年の前後には、いずれも未遂に終わったが、銃などを用いた学校襲撃計画が少なくとも4州で発覚した。  

米国では年間、暴発などの事故や自殺を含めて約3万人が銃の犠牲になり、このうち約1万2000人は殺人事件による。93年には銃購入時に一定の審査期間をもうけることなどを決めたブレイディ法が導入され、翌年には殺傷力の強い銃器の販売を規制する法律が時限立法で成立した。しかし、10年後に失効した。

事件の多くが正規の手続きをへずに販売された銃によるため、こうした違法銃を締め出そうとニューヨークのブルームバーグ市長らが「違法銃に反対する市長連合」を昨年4月に組織した。15人の市長で発足した連合は1年で全国40以上の州の180人の市長に拡大している。

ブルームバーグ市長は、他州にある銃器販売店に潜入調査員を派遣、銃購入に必要な書類を持たない客にも銃を販売した6州の27店に対して販売システムを変えるよう求める訴えを起こしている。いくつかの店は販売員の不正をモニターするシステムを導入することで和解している。

しかし、米国では合衆国憲法修正2条によって「武器を持つ権利」が保障されており、同連合もその権利は認めた上で違法銃に焦点を当てるにとどまっている。首都ワシントンのあるコロンビア特別区とシカゴ市は住民の拳銃所持を禁止する措置を導入しているが、これが憲法違反であるとの訴えがコロンビア特別区に対して起こされ、3月に連邦高裁が憲法違反にあたるとの判断を示した。  


【米国の学校で起きた主な銃撃事件】(ロイター通信などによる)
66年8月 テキサス大学    16人死亡、31人負傷
98年3月 アーカンソー州の中学 生徒4人、教師1人死亡
99年4月 コロンバイン高校(コロラド)生徒12人、教師1人死亡、容疑者2人自殺
02年1月 アパラチアン法科大学院(バージニア) 3人死亡
05年3月 レッドレイク高校(ミネソタ)生徒5人、教師1人、警備員1人死亡、容疑の高校生自殺
06年9月 高校(コロラド)    生徒1人死亡    
   9月 高校(ウィスコンシン) 校長死亡
  
  10月 アーミッシュの学校(ペンシルベニア)6〜14歳の5人の女子生徒死亡、5人負傷。
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2007年04月18日

CNNの報道

 バージニア工科大学の事件について、アメリカの報道チャネルCNNを観ていて、いかに「メディアに都合のいい犯人像」というのができて行くかを、垣間見た気がした。

 
犯人が韓国人であることが判った後、韓国での反応を放映していた。韓国の親類、また韓国国民の反応などを現地から報道したのだ。その映像の下に
  「殺人者の故郷(Home of the Killer)」
とクッキリと表示されていた。いくらなんでも、それはないだろう。これまで、イギリスやカナダから来た国民が犯罪を犯したときにも、「Home of the ○○」とやってきたのだろうか。仮にそうだとしても、なんという無神経さだろう。

 
しばらく後、大学の寮で犯人のルームメイトだったという学生二人への、CNNのインタビューがあった。どんな「人間像」か明らかにする、という意図なのだろう。しかし、観ていると、ルームメイトのいうことに対してCNNのインタビューアーが、
  「じゃあ、かなり社交性がなくて変わっていたんですね」とか
  「それは、○○ということなのだね」
と、インタビュー側が結論づけ・評価づけをしていた。 

 「○○である」という方向へ誘導していることになるのである。こういうのは「フィーディング」と呼んで、インタビューされる方の印象操作をしていることになり、犯罪捜査や裁判では問題になるはずだ。しかも、相手は、ボキャブラリーも少ない(しかも、人間観察に自信があるわけでもない)学生である。うまいラベリングを示されれば、それに飛びつくだろう。

 
「社交性に欠け、他人とコミュニケーションができず、勝手な脳内世界を作り上げる凶悪犯人」はこうして出来上がっていくのだ、と思わせられた。

 
このようにCNNの報道を批判する動機として、自分が犯人と同じアジア人だということ、自分も彼と同じようにアメリカでたびたび差別を受け鬱積した気持ちを募らせたということが、(無意識のうちにも)作用しているかもしれないことはまったく否定できない。(自分ではそうではないと信じるが、そんなことは、神にしか判らない。)にもかかわらず、この報道は、不公正で醜いと思うのである。
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2007年04月17日

バージニア工科大学、乱射事件

 昨日の深夜、テレビでCNNを観ていたら、アメリカ、バージニア工科大学での銃乱射事件のニュースが飛び込んできた。誰かが撮った、大学キャンパス内で乱射が行われて人々が逃げまどう瞬間のビデオを、繰り返し放映している。 

 しばらく観ていると、やがて、「アメリカ犯罪史上最悪」「最多の犠牲者」という文字が、画面下に踊るようなった。たしかに、悲惨で腹立たしく悲しい事件だ。しかし、正直言って、アメリカでこの手の事件が起きても驚かなかった。このように、
  
銃を簡単に手に入れる 
  
→どこでも(空港や厳重な規制のある建物以外は)簡単に持ち込める
  
→銃による殺人

が、アメリカで起こってしまう異常さを、すでに、たとえばマイケル・ムーアは映画『ボーリング・フォー・コロンバイン』で警告していたではないか。


 それを、銃規制反対論者は、いつも「殺すのは人であって、銃ではない」などとワケのわからぬ論理で反論してきた。

 
そんなの当たり前だ。銃を道端に置いておいて、そのままで殺人や事件が起こるわけがない!!いや、狩猟だって成立しない。それを用いる「人間」、つまり銃やライフルの引き金を引く誰かがいることは、銃のような「道具」では前提である。道具の銃と前提の(それを用いる)人間とを切り離すことは、ナンセンスだ。しかも、同じ「道具」でも、銃と、たとえば物差しでは、ワケが違う、つまり殺傷能力が違う。そのような銃と人間がセットであるとして、その前提たる人間に問題がある時に銃がどのような「道具」になるかどのような危険をはらんだ「武器」になるか、それを議論しなければならないだろう。

 
アメリカは、そういう議論をあえて拒んでいるとしか思えない。全米ライフル協会のロビー活動や資金援助があろうとも。乱射事件が起こるたびに議論は起こるが、とどのつまりは購入の部分規制(購入期間の制約)しかできないのはその証拠だろう。しかも、銃の事件のあまりの多さに、人々はますます鈍感になって行くように見える。あれほどアメリカ全土で泣き悲しんだコロンバイン事件を、今回のこの事件直前までどれほどの人が語っただろうか。アメリカ人は、短期メモリーしかなく、「9.11」「イラク戦争」で頭を一杯にしていた。

 
それよりも、一回目の乱射事件の後、なぜ大学の警察はキャンパス閉鎖を行わなかったのか、その方が謎である。それだけ、警察でさえも銃の事件に鈍感になってしまっている、ということなのだろうか。

 
犯人の「韓国人」にどのような事情があったのかについては、性急な結論を出さずに、十分な情報が出てくるのを見守ろうと思う。

 
しかし、まれに(と、反応の数からして言わざるをえない)良識あることを言える人もいるようだ(ただし、「こうした事件の後には」、ということになるのか)。以下は、ニューヨーク・タイムズ紙の記事への読者の書き込んだコメントから引用したもの。犯人が「韓国人」であることで、ある韓国人(下の「HP」なる人)が国を代表して謝罪したいと書き込んだことに対する返事である。翻訳せずに、申し訳ないが。

·           #290. (April 17th,  2007  --  4:43 pm )
This is in response to “HP” who is apologizing on behalf of SOUTH KOREA.
  Just as the United States is not responsible for the killings at Columbine High School (where the killers where WHITE males), the people of South Korea are not responsible for the actions of the lone killer at Virginia Tech.   I think it's ridiculous to hold an entire nation responsible for the action of this person.   If we're going to go down this route, then we should blame BRITAIN responsible for the actions of Eric Harris and Dylan Klebold because their last names are of British origin!
                    --- Posted by Karen
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2006年05月28日

元エンロン会長らに有罪評決

アメリカで不正会計事件をおこした、元エンロン会長らに有罪評決がおりそうだ。

これは、歴史上類を見ないとされた証券詐欺罪事件であった。2001年に発覚した米エネルギー大手エンロンの巨額不正会計事件に関して、創業者の元会長のケネス・レイ被告にどんな判決が出るか注目されていたのだ。

そのスケールの大きさ、政界への影響力、事件で(無常に)職を奪われた職員たちの多さ、などで注目を浴び、なにより元エンロン会長のその図々しさで国民の怒りを買っていた。

最近は日本でも、例のライブドアのホリエモンに関する事件が、「エンロン事件日本版」などと呼ばれ、ライブドア事件との類似性も注目されていたものだ。

エンロンの判決、よくフォローしていない。が、有罪判決というのを聞いて、アメリカかの市場中心主義にも、良心というものがあったか、とホッとさせられる。
元エンロン会長らに有罪評決 禁固数十年の可能性
01年に経営破綻した米エネルギー大手エンロンの巨額不正会計事件で、米テキサス州ヒューストンの連邦地裁の陪審は25日、実質的な創業者で元会長のケネス・レイ被告(64)と元最高経営責任者(CEO)のジェフリー・スキリング被告(52)に対し、有罪の評決を下した。ともに数十年の禁固刑が言い渡される可能性がある。

 エンロン事件は、その後のワールドコム事件など一連の米企業不祥事の象徴的な事件で、企業統治に対する規制強化の大きなきっかけとなった。

 評決では、レイ被告は証券詐欺、共謀など6件すべての罪で有罪。28の罪に問われたスキリング被告は証券詐欺などの罪で有罪だったが、インサイダー取引関連の一部の罪は無罪だった。評決を受けての判決は、レイ被告に対する銀行詐欺罪についての別の裁判を待って言い渡される予定。両被告とも無罪を主張しており、控訴する見通しだ。

 起訴状などによると、両被告は99年から01年にかけて、損失隠しや利益の水増し報告によって投資家をだまして株価をつりあげる一方、経営実態が悪化を続ける状況下で自らの保有株を売るなどして巨額の利益をあげていた。
http://www.asahi.com/business/update/0526/001.html
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2006年05月23日

日食

あれは何年前のことだったろうか。アメリカで、日食を目撃する幸運があった。

それは寒い冬だったが、その日、おれは、何かの都合でかなり落ち込んでいて、家から出る気もしなかった。とりあえず日食を目撃しようと、南向きの小さな窓から見あげると、たしかにお日様は三日月形に欠けていたのだった。しかし、何の感慨もなかった。欠けたものが美しい……。

夕方、外に出ると、とおりの向かいの家に住む小学生のサムが、ひとり、家の前の階段に座っていた。

サムの両親は離婚していて、母親と一緒に住んでいる。母親には愛人がいるらしく、時々、週末や夜に、家の前に見慣れない車が停まっていた。そんな時、サムは、ひとり家を出て、階段に座っていることが多かった。

日食のあった日の夕方、サムは、いつも乗り回しているローラーボードを抱えて、寂しそうに座っていた。彼に近づいてくと、こちらを見上げた。
彼は、何も言わなかった。
おれも何も言わなかった。

やがてサムが口を開いた。
「ねえ、日食、見た?」
「うん」
彼は、悲しみと寂しさに負けまいという目をして言う。
「欠けていた?」
「うん」

「ねえ、日食、きれいだった?」
そう、もう一度言って、サムはひざの中に顔をうずめた。欠けたものも、時には美しいのだろうか。
遠くの家から、家の中に飼われているらしい犬の鳴き声が聞こえていた。
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2006年05月02日

The squeaking wheel……(ぎゃーぎゃー大騒ぎ)

深夜、なにげなくテレビを見ていたら、女優の工藤夕貴さんがNHKの料理番組に出ていた。

アメリカで、映画で彼女が演じるのを観たことがある。『SNOW FALLING ON CEDARS(ヒマラヤ杉に降る雪)』(1999)とういう映画で、もともと、映画『シャイン』を作ったスコット・ヒックス監督作品だというので、勇んで見に行ったのだが、工藤夕貴の熱演には感心した。

その工藤さんが、アメリカでの自分の生活について語る場面で、「The squeaking wheel gets the oil」という諺を引用していた(本来は、「〜gets the grease」と言うらしい)。これは、文字通りには「きしむ車輪は、油を注してもらえる」、つまり、「文句を言えば特別なサービスを得られる」という風に解するのだが、工藤さんは、「だから何かをしてもらうにはどんどん言わなくてはならない」と説明していた。アメリカ生活での自分の積極性を解説するために。

大体においてそうだと思うが、しかし、これは、おれが経験したのとはちょっと違うように思う。

最初に耳にしたのは、アメリカにもう20年以上住む知人の大学教授からであった。共通の知り合いで役職に就いている大学教授(女性)が、ことあるごとに大騒ぎする。職場に問題があれば大騒ぎ。自分の仕事が大変だと大騒ぎ。そのたびに、(たぶん、これ以上大騒ぎはゴメンだという気持ちで)回りは彼女の仕事を手助けしてやる。

「煩いから、やってあげないとかえって面倒くさいのよ」と、知人の教授はため息をついたものだ。その時、上の表現を使ったのだ。

つまり、「the squeaking wheel」は、「ぎゃーぎゃー大騒ぎする」というニュアンスがあるらしい。「しょうがねえなあ、そこまでうるさいなら……」というわけだ。その裏には、これは女性に多くあるケースで、女性なら許される、というアメリカには稀な(公的な場での)性差による扱いの一例であるという事情があるように思われた。実際、男性に使ったのをほとんど聞いたことがないし、使っても「めめしい」というニュアンスがあるように思う(アメリカには、あのマッチョ思想がありますからね)。
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2005年10月26日

ローザ・パークス女史の死

ローザ・パークス女史が亡くなったという。昨日、ニューヨークタイムズ新聞のインターネット版を開けたら、彼女の大きな笑顔が、目に飛び込んできたんです。

今では、空いていれば誰でも座れるバスの中の席、かつて、アメリカの南部では、黒人には座ることが禁じられていました。

しかし、1955年の冬の12月1日、場所はアメリカ南部アラバマ州モントゴメリー、ある女性が、白人優先の座席から立つことを拒否したのです。

彼女は、すぐに、呼ばれた屈強な男たちに担ぎ出され、警察に捕らえられたが、そのちょうど一年後、自由な身で、同じバスの座席に座っていました。
連邦最高裁が、同州でバスの席を白人優先にしていた人種隔離政策を憲法違反としたのでした。

彼女の逮捕後、黒人たちは、抗議として、歩いたりして車を乗り合ったりして1年以上もバスのボイコットを続けました。こうした非暴力の不服従運動は、その後の公民権運動のモデルとなったのでした。

ローザ・パークス女史は、黒人の地位向上のための公民権運動の象徴的な存在となり、近年は、クリントン大統領に一種の栄誉賞をもらったりした。その時の美しい笑顔が、ニューヨークタイムズ新聞の記事に載っています。
http://www.nytimes.com/2005/10/25/national/25parks.html?ex=1131598800&en=ea43aa4cd154ef5d&ei=5070&8dpc

同時に組まれた特集には、1956年、つまり最高裁の判決後、バスの中に座る彼女の意志の強そうな横顔も載っています。デトロイトの博物館には、当時のフォード製のバスが今も残されているのだが、その写真も載っているので、ご覧あれ。
アメリカの歴史の生き証人が、また1人亡くなってしまいました。
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2005年08月10日

ABCキャスター ジェニングス氏 亡くなる

月曜日、インターネットで「ニューヨークタイムズ紙」を開けたら、
「ABC局の長期にわたるニュースキャスター ピーター・ジェニングス氏 67歳で亡くなる(Peter Jennings, Longtime ABC News Anchor, Dies at 67)」
の記事が目に飛び込んできた。
http://www.nytimes.com/2005/08/07/business/media/08cnd-jennings.html

4月に、肺がんであることを明かした。その時、
「録音で、かすれた声で、『私は放送を続けます。体調のいい日には、私の声はいつもこんな風ではありませんから』と言った("I will continue to do the broadcast," he said, his voice husky, in a taped message that night. "On good days, my voice will not always be like this.")」
という。しかし、彼がテレビの前に戻る日は、来なかった。

アメリカの3大ネットワーク(NBC,ABC,CBS)には、それぞれ有名キャスターがいるが、ピーター・ジェニングス氏が一番気に入っていた。

鋭い質問も、その落ち着きと誠実さで、品良くカバーされ、アメリカではなくカナダの出身ゆえか、そのコメントにも外国人やマイノリティーに対する配慮がきいていた。「911テロ」直後に放送された、アメリカに住むイスラム教の人々を招いた対話集会では、イスラム教の子どもに、「イスラムとは何か」をアメリカ一般市民に分かるように、ゆっくりと問うていたのが印象的だった。
別ページ 参照
http://www.geocities.jp/suiganmougo/911.html

立派なジャーナリストだった彼に、次の言葉を送りたい。
すばらしいジャーナリストがいなければ、
われわれは、世界について盲目で
世界について盲目であれば、結局のところ
自分が何者であるかも、知ることができない
あなたは、アメリカでは希少のジャーナリストでした。
posted by ろじ at 23:28| Comment(0) | TrackBack(0) | アメリカ・社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月07日

アメリカ人の原爆に関する無知

かつてアメリカにいた時、ある夜、古い女友達から電話がかかってきた。近況などを教えあっていると、突然、彼女は泣き出した。お兄さんが、最近、若くして亡くなったという。脳腫瘍であった。

しばらく泣き続けた彼女をなだめてやっていると、彼女の出身地には脳腫瘍が多いのだといった。彼女は、ネバタ州出身であった。

ネバタ州には、核実験場がある。去年の5月25日午後3時(現地時間)には、州の地下核実験場で、 1997年9月26日以来通算21回目の未臨界核実験を実施した。かつては地上でも実験が行われた。その「放射能を含んだ風」は、人々が住むラスベガスまで来たという説もある。

核実験と脳腫瘍の関係は分からない。しかし、ガンとの強い関係が指摘されている。最近では、原子力発電所から出る放射能廃棄物を、ネバタの山中に埋める計画が進行中だ。

先週の雑誌『アエラ』に、「原爆無知大国アメリカ」という記事が載っていた。ピラミッドなどが立ち並ぶ、有名なラスベガスの大通りに、今年の2月、「核実験博物館(Atomic Tesing Museum)」がオープンしたという。

10ドル払って中に入ると、目玉の「グラウンド・ゼロ・シアター」があり、そこでは、
「フラッシュのような閃光(せんこう)。スクリーンではオレンジ色のに染まったキノコ雲が立ち上がる。地鳴りのような大音響とともに座っていた木製のイスがガタガタと揺れ出す。同時にスクリーンの下にある噴気口から生暖かい風が吹き出す。
「クール(かっこいい)」
後ろに座っていた小学生くらいの白人の子がつぶやいた。」
一般に、「広島」「長崎」に関するアメリカ人の無知は、驚くほどのものだが、こうしたディズニーランドのノリの“アトラクション”が、アメリカ人(特に子どもたち)を、ますます無神経で無知にしていく。『アエラ』の記事にも書いてあるが、ハリウッド映画などで、核兵器が爆発しても主人公が元気でいるのは、無知以外のなにものでもない。

アメリカに長年住んで、毎年の夏、メディアの報道を見、多くの人たちと話して思ったことだが、ほとんどのアメリカ人が、原爆投下は戦争を終わらせ、100万人のアメリカ兵を救い、日本人の犠牲者を減らすために必要だった、と信じている。かなりのインテリでもだ。それが、原爆のおかげでアメリカが戦争に勝つことができた、というアメリカに根強い「勝利神話の快感」と結びついている。

それには、たとえば(これも同じく『アエラ』が指摘するように)アメリカの教科書が一役かっている。教科書会社は、“売れる教科書”作りを求め、教育委員会の反発を買うような記述は入れない。その教育委員会は、「歴史的に客観的な記述」ではなく「自国に誇りが持てる記述」を求めるという。こうしたことの方が、ラッシュ・リンボゥのような右翼コメンテーターなんかより、はるかに影響力が大きいのだ。

さて、この博物館には、「被爆者」という言葉も、原爆で何人が命を落としたという記述もない。焼け焦げになった死体や子どもの写真も、被爆者の悲惨な現状の写真もない。この博物館は、館長を含め、(元)実験場関係者という“原爆の肯定者”が企画している。その結果、核兵器の悲惨さは覆い隠されることになった。

たとえば、開館に当たっては、委員会が立てられ、広島と長崎のパネルが見直しを迫られた。委員会を構成したのは、核実験場の元従業員、核実験公文書館の司書、米国エネルギー省の職員ら十数人であった。

館長のウィリアム・ジョンソン氏は、冒頭の展示に関して次のように言う。 
「核爆発の威力をシアターで感じてもらいたい。もちろん、死の灰によって被爆者を生み出したことや核実験への抗議があったことの議論も大切ですが、この実験場がソ連との冷戦を勝ち抜くのに大切な存在だったことを知ってほしい。」
このデリカシーのなさ、無神経さ、傲慢さ、不遜さ、そしてなにより無知に対して、日本人はハッキリとものを言わなくてはならないと思う。

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2005年07月29日

NASA、シャトル打ち上げ強行の失敗を認める

ディスカバリーの打ち上げを強行したNASAが、「大丈夫だと思ったのは間違っていた」と述べた。

打ち上げ直後は、新聞はその「成功」を喜び「夢の実現」を称える記事で一杯だった。

朝日新聞には、ある安全人間工学専門家の発言として
「原因が分からないと認める率直さ、『(打ち上げ後に)たとえトラブルがあっても対処可能』と判断する自身、は評価したい」
などという引用が載っていて、オイオイ、そら、無責任で勝手すぎやしないかい、と思っていた。

そしたら、2003年事故時と似たようなタイルの剥離(はくり)事故である。これは、下(21日付け日記)に引用した、かつての調査委員会の物理学者が、まさに「ロシアンルーレット」の可能性として指摘したことだった。

今回は日本人が乗ったこともあるんだろうが、どうも、日本の新聞はハシャギ過ぎるのではないかなあ。

NASA「我々は間違っていた」 シャトル計画部長発言
(朝日新聞2005年07月29日)
 米航空宇宙局(NASA)がスペースシャトルの次回以降の打ち上げ凍結を早々と決めたのは、飛行再開に突き進んできた姿勢が行き詰まった結果にも見える。その背景には米国で急速に進む情報開示や、NASAの組織文化の変化などがありそうだ。
 シャトル計画部長のビル・パーソンズ氏は27日夜の会見で「予期せぬ落下物は生じないと考えていた」と話し、「間違ったときは認めなければならない。我々は間違っていた。ここで手を打つ必要がある」と述べた。
 03年2月のコロンビア事故では、外部燃料タンクからはがれ落ちた断熱材でシャトルの翼が損傷し、それがきっかけで帰還中に空中分解した。
 NASAはタンクで剥離(はくり)が起きそうな場所に対策を講じてきた。今回、断熱材の大きな塊が落ちた配管付近は構造が複雑で剥離の可能性が指摘されていた。その対策が不十分だったと認めた。
http://www.asahi.com/science/news/TKY200507290091.html
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2005年07月21日

シャトル 打ち上げ延期

アメリカのスペースシャトル飛行再開機ディスカバリーに異常が見つかり、打ち上げが延期になっている。しかし、NASAはできるだけ早く再度打ち上げたいようだ。

メンツもあるだろうし、これからの打ち上げスケジュールの日程の問題もあるだろう。

しかし、かつて、2003年にスペースシャトルの空中爆発があった時、その直後の調査委員会の報告では、委員の一人の著名な物理学者が「スペースシャトルの打ち上げは、まるで、ロシアンルーレットのようだ」と、その安全管理のシステム上の危険性を指摘したことを忘れるべきではないだろう。

いま、もし、日程の都合だけで再打ち上げを急げば、事故が起こった時には、事故そのものだけでなく、NASAの安全管理能力が問われるだけでなく、メンツも失墜する。急ぐべきではない。

スペースシャトル:「26日打ち上げ可能」 不具合原因の特定進む−−NASAスペースシャトル「ディスカバリー」の不具合を調べている米航空宇宙局(NASA)は20日(日本時間21日)、原因究明にめどが立ち、26日の打ち上げが可能になったと発表した。打ち上げ予定時刻は、26日午前10時39分(同26日午後11時39分)。絶縁不完全など原因を三つまで絞り込んだが、打ち上げ可能な期限(31日)も迫っており、スケジュールを強く意識した判断となった。(21日毎日新聞)
http://www.mainichi-msn.co.jp/science/kagaku/archive
/news/2005/07/20050721dde041030047000c.html

シャトル、26日打ち上げへ センサー異常原因絞り込む
米航空宇宙局(NASA)は20日、スペースシャトル飛行再開機ディスカバリーの暫定的な打ち上げ日時を、米東部時間26日午前10時39分(日本時間同日午後11時39分)に設定したと発表した。燃料センサー異常の原因を、電気的な絶縁の不具合など3項目に絞り込んだ。さらに解析を進め、22日の会議で最終的な決断を下す。
(朝日新聞 2005年07月21日11時22分)
http://www.asahi.com/special/space/TKY200507210098.html

スペースシャトル:ディスカバリー打ち上げ、26日以降−−NASA
(19日毎日新聞夕刊)
http://www.mainichi-msn.co.jp/science/kagaku/
archive/news/2005/07/20050719dde001040005000c.html
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2005年06月30日

アメリカのクレジットカード保護対策

夜のテレビ朝日『報道ステーション』で、最近のクレジットカード番号流出に関連して、アメリカのクレジットカード会社の問題を指摘していた。

なんと、アメリカのクレジットカード会社は、流出した番号で偽造カードが作られても取り締まろうとはしないのだ。その理由は、偽造カードが小売店などで使われた場合、小売店にはペナルティーとして罰金が科されるが、その額はアメリカ全国で膨大な額で、これが、クレジットカード会社の年間収入の半分を占めるという。情報保護を進めない、十分な理由があるのだ。

アメリカの保険会社とクレジットカード会社のアクドサは、アメリカに住んだことのある者なら経験があるはずだ。以前、ゴミに出したクレジットカード請求書や銀行残高証明書から個人情報を盗み出す、いわゆる「ID どろぼう」について、こんなことを書いたことがある。
http://dokugo.seesaa.net/article/1812288.html

「ID どろぼう」で1700ドル盗まれても、それは「小額」ということで、訴ったえることはできないのである(今は改善されたという話は聞かない)。こういうクレジットカードの不条理や上に述べたような“フシギ”が法的に一向に改善されないのは、クレジットカード会社が政府に圧力をかけているからである。実際、上に述べたケースで、小売店を保護しようという立法化の動きは、ことごとく潰されている。

アメリカで、クレジットカード個人情報の扱いばかりでなく、情報保護のシステムが進んでるというのは、正しくない。
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2005年06月01日

アメリカの肥満と炭酸飲料

しばらく前のニュースだが、アメリカの公立学校から炭酸飲料やジャンクフードを締め出そうという動きが出ている。「子供たちの肥満」はそれが原因だ、というのがその理由である。

確かに、大人も子供も含めて、あちらの肥満は大問題である。しかし、スーパーや食堂には炭酸飲料が溢れ、赤ん坊に哺乳瓶代わりにコーラのボトルを預けるような母親さえもいるので、原因は学校だけの問題ではない。

さらに、「人生すべての食生活は子供時代に始まる」と、マクドナルドなどのファーストフード会社は、子供をターゲットにしたコマーシャルやオマケ景品作戦を展開する。

しかも、もっと重大なのは、公立学校は州から予算を削られていくので(911テロ後は警備にお金を回すため、さらに)、教育費を捻出するため、炭酸飲料の自動販売機を構内に置いたり、屋上に炭酸飲料会社の広告を置くことで収入を得ようとしている。

つまり、アメリカのもっと広い社会全体での問題なのである。コネティカット州は、比較的高収入の家族が多い州である。下の記事の公立学校も、そういうアッパーミドルクラスを含むのだろうか。「家で健康な食生活について子どもに教育しても、学校でそれに反する製品を売られてはどうにもならない」と言えるのは、そういう家庭ならではだろう。実際には、家庭でも炭酸飲料しか飲ませない家が多いのである。

「木を見て森を見ず」か、あるいは「千里の道も一歩から」か?

米公立学校から炭酸飲料締め出す 肥満防止に州下院可決
 公立学校から炭酸飲料を締め出す法案が18日、米コネティカット州下院で可決された。太りすぎの未成年が900万人いると言われている米国では、学校での炭酸飲料やジャンクフードなどの販売に歯止めをかけようという動きが出ているが、州の公立学校全体で販売を認めない法律が成立する見通しとなったのは、初めてという。

 法案は、学校で販売できる飲み物として、水、牛乳を含む乳製品、果汁100%のジュース、人工甘味料を加えていない飲み物を挙げている。炭酸飲料は締め出されることになる。ただし、高校では授業時間後のスポーツドリンクとダイエット・ソーダ類の販売は認めた。

 法案を後押ししてきた「コネティカットの飢えをなくす会」のルーシー・ノラン代表は「子どもの肥満の問題はこれ以上、手をこまぬいていられないところに来ている。家で健康な食生活について子どもに教育しても、学校でそれに反する製品を売られてはどうにもならない」と話す。

 一方、飲料業界の団体、米飲料協会(ABA)の広報担当は「各学校区の判断にゆだねられるべきで、州が法律で売っていいものを決めるのはおかしい」と話した。

 法案は上院に回されるが、修正前にすでに上院を一度通過しているため、そのまま可決されて州知事の承認を待つことになりそうだ。(2005年05月20日10時06分)
http://www.asahi.com/health/news/TKY200505200102.html
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2005年05月17日

自己チュー的世界観と自己ボットウ的歴史観、あちらとこちら

ノルシュテイン氏の話をちょっとお休みして、海の向こうと、こちらのなんだか似た話を。

アメリカの有名誌「ニューズウィーク」が、コーラン冒涜報道を撤回したものの、アフガニスタンを中心にしたイスラム各国が反米デモを続けているという話は、知れ渡ってるはず。(知らない方は、こちら。http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20050518k0000m030048000c.html
しかし、バカだよな。

それに関連して、朝日新聞が、アメリカの別の新聞の(6日付)政治マンガがパキスタン人の反発を受けているという記事を載せている。(ときに、この記事のタイトル「やまぬ『反米』、マンガも標的」というのは、漫画まで標的にするのはオカシイ、というニュアンスがある感じがする。それこそ、人々の感情を無視してる響きだ。)http://www.asahi.com/international/update/0517/008.html(下のほう)
 パキスタンでは同誌記事とは別に、米ワシントン・タイムズ紙の6日付の政治マンガが強い反発を受けていた。国際テロ組織アルカイダの幹部を拘束した同国のムシャラフ政権を犬になぞらえ、米兵がほめている内容。
 パキスタン外務省は7日、米政府にコーラン冒涜疑惑の調査を求め、ワシントン・タイムズ紙に抗議する声明も出していた。
いかにも、他国の人々が見えない視点があからさま、という感じだ。ワシントン・タイムズ紙(以下、WT紙)というのは、当然のことながら、有名紙のワシントン・ポストでもニューヨーク・タイムズでもない、いわば二流紙。さて、その件の政治マンガをWT紙に探してみたが、ネット上ではなくなっている。

いまは代わりに、ニューズウィーク誌がアフガニスタン人の反発を買ったことを揶揄するマンガを載せている。(ニューズウィーク誌のトップが、窓の外で「コーランを冒涜した」と騒ぐ群衆を見ながら、シマッタと言う顔をしている。その背後には額入りの「考えろ(THINK)」の文字。)テメエのことは棚に上げて、イカガナモノカと思うぞ。http://www.washtimes.com/op-ed/garner.htm  
こんなスタンスですから、いつまで載せてるか分りませんが。

WT紙のマンガがパキスタン人の間に引き起こした反米の風潮は、もちろん、あちらでは大いに問題になっている。<自己中心的世界観>のコスト、高し。
インドの新聞、インディア・タイムス http://timesofindia.indiatimes.com/articleshow/1103713.cms
ウェブ・インディア(WebIndia123.com)の14日の記事には、WT紙が謝ったという記事が載っている。http://news.webindia123.com/news/showdetails.asp?id=82095&cat=World

もちろん、アメリカ国内でも報道された。
まず、WT紙自身。(社説で言い訳めいた自己正当化を書いたようだが、今は載っていないようだ。)http://www.washingtontimes.com/world/20050509-100608-1906r.htm
ヤフーでも。http://news.yahoo.com/news?tmpl=story&u=/afp/20050514/ts_alt_afp/pakistanusmedia_050514165359

後記:BBCのウェブサイトに、同じ事件が報じられているのだが、その中で、漫画を描いたビル・ガーナー氏は言い訳をしている。いわく「犬は人間の最良の友人だから、友情のシンボルとして描いたのだ」と。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/4533247.stm


とくに国や文化を超えて政治的発言をするときは、文化や歴史にちゃんと配慮し、その人たちのことを考えてモノを言いなさい、という典型みたいな事件です。

さて、振り返って、わが国。小泉さん、またやりました。

首相、靖国神社参拝「問題なし」と強調 衆院予算委
小泉首相は・・・、靖国神社参拝について「どのような追悼の仕方がいいかは他の国が干渉すべきでない。(元首相の)東条英機氏のA級戦犯の話が出るが、『罪を憎んで人を憎まず』は中国の孔子の言葉だ。何ら問題があるとは思っていない」との認識を示した。(中略)
 首相は「日本は戦後60年間、戦争に巻き込まれず、戦争もしていない。戦没者全般に敬意と感謝の誠をささげるのがけしからんというのは理由が分からない。軍国主義の美化ととらえるのは心外だ」と述べ、参拝に問題はないと強調した。
http://www.asahi.com/politics/update/0516/003.html

あああ、一国の首相がなあ……。「罪を憎んで人を憎まず」を振り回すと、周り(つまり過去の被害者)から反発買うと思いますよ。それに、「戦争に巻き込まれず、戦争もしていない」というのは、イラク戦争のことを考えると、自分で論争に火をつけてるんじゃないですかね。まあ、論争が起こるのはいいことですが。
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2005年03月05日

マーサ・ステュワート Comes Back!!

アメリカで「カリスマ主婦」として人気のマーサ・ステュワートについて、かつて、こんなことを書いた。

マーサ・ステュワートのうわさのテレビ番組を観たが、
料理あり、家庭インテリア情報あり、庭の花の植え方ありの、
家庭に生きるためのガイド完全版のような番組であった。
しかし、番組中彼女のやっていたことは、かなりなものである。

フライパンに、すごい量のバターを入れるのだが ――
アメリカだから、まあそれは大目に見よう ――、その
すぐ直後に調理するものを入れている。(おい、いいのか?
バターがまだ溶けてないんですが…)

長ねぎを細かく切るのだが、やはり、左手の指の位置が
危ないことこの上ない。ついには、なんと包丁で叩いて
みじん切り。切り(叩き)終らないうちに次のショット…。
(おやおや、アシスタントの人、大変ですねえ…)

どうも、本当に家事をやってるとは思えない・・・。
(詳しくは、
http://dokugo.seesaa.net/pages/user/search/?keyword=%83%7D%81%5B%83T&blog_id=68682

そのマーサ・ステュワート氏、株の取引に絡む虚偽供述などの罪で禁固5カ月の実刑判決を受け刑務所に入っていた。彼女が昨日、刑期を終えて米ウェストバージニア州の刑務所から出所したそうだ。

「米「カリスマ主婦」、刑期終え出所 テレビ復帰へ」
http://www.asahi.com/international/update/0305/004.html

アメリカでは、大きな罪を犯しても、謝罪や贖罪がすむと、再び社会に受け入れられることが多い。その延長線上で、「わたしは、あの時は、若かった」というのがある。アメリカにいたとき、こういう風に、多くが若いときの過ちの言い訳をするのが、どうしても納得いかなかかったものだ。

禁固たった5カ月というのが納得いかなかったが、これでお役ご免。たぶん、彼女の場合も、なんら問題がないだろう。

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