2009年02月07日

米国史上最悪の大統領ブッシュ

 雑誌『アエラ』(09年2月9日号)をいただいたので読んだ。「女子に言わない未婚男子の『本音』」などの、あまりにも日本的にみえる記事が並んでいる。週刊誌でないいわゆる「クオリティー・マガジン」にもこういう記事が載るのは、いかにも日本的である。

 (ただし、湯浅誠氏へのインタビュー記事「貧困の本質」は、鋭い分析であると思う。日本で、貧困層を社会のシステムで説明しようとせず、オウム返しのように「自己責任論」でかたづけようとする馬鹿者は、心してこれを読むべきだと思う。一方、内田樹氏は、普段になく、オバマ大統領就任について恐ろしく“純朴な”こと書いているが、これは何かの逆説なのかね。)

 その中に、姜尚中氏の「シリーズ愛の作法・グッバイ、ブッシュ」があり、その語るところ、大いに賛成した。姜氏はブッシュを米国史上最悪の大統領と位置づけ、その理由を三つ挙げる。

 第一に、ブッシュはあまりにも傲慢で、米国から繊細さや共感能力を奪った。米国にかつて「繊細さや共感能力」があったかどうか、大いに疑問だから、これには必ずしも賛成できない。が、少なくとも「立ち止まって考える謙虚さ」は、ブッシュ時代のアメリカにはまったくなかった。9・11という未曾有の大惨事を盾に、「テロを戦争に仕立て上げ、イラク戦争に結びつけた。それはハーグの国際司法裁判所でミロシェビッチのように戦犯として裁かれてもおかしくないぐらいです」(姜尚中)という指摘は、まさに自論と同じである。

 第二は、「金融危機に対して無策だったこと」であり、「富裕層を優遇し、政府による福祉などのケアを徹底して削り落としました」。そして、「ウォール街の貪欲で野放図な利潤追求を容認し、結局、金融破綻に為す術もありませんでした」(姜尚中)。その典型的な例として、ウォール街の銀行のトップが、政府援助をもらう身分であるにもかかわらず、自らに非常識なほどのボーナスを支給しようとして政府に警告されたのは、何日か前にこのブログに書いたとおりである。

 第三は「建国の精神を裏切ったこと」だと、姜氏は指摘する。米国は憲法第1条で「言論の自由」を保障しているが、その結果、「様々な人々の信念や意見に最も寛容な国だったはずです」。これは、「少なくとも表面的には、そうだ」と言うべきだろう。でなければ、黒人やマイノリティーに対する苛烈な弾圧と、そのための市民運動がこれほど長く行われはしなかったろう。たとえばフランスから見て見ると、アメリカは必ずしも「様々な人々の信念や意見に最も寛容な国」であったとは言いがたいのである。しかし、姜氏が、「ブッシュは『ネオ・マッカーシズム』と言っていいような徹底した排除の姿勢を(自分たちに芳しくない)宗教や意見に対して貫きました」と言うのは、まさにその通りである。ブッシュは、こうした排除のシステムを社会や経済活動に(一時は、報道活動にも)組み込んでしまった。その意味で「ネオ・マッカーシズム」と呼べると思う。

 そして、ここが一番重要なのだが、ブッシュは、これら「全ての負債をオバマに丸投げ」(姜尚中)してしまった。私の思うに、それゆえ、オバマは就任第一日目から、これらを修正することから始めたのである。すなわち、(1)就任演説で述べたように、他の国・宗教・民族に対して、米国が耳を貸し手をつなぐ姿勢があることをはっきりと表明した(2)金融改革の過程で、「ウォール街の貪欲さ」(たとえば「銀行のトップの異常なボーナス」)を公に批判するのをためらわない(3) 就任演説で「建国の精神」を強調し、政策にあたっては政府決定の透明性を主張している

 そして、姜氏の最後のポイントで、さらに、多くの人も賛成する点だと思うが、幸か不幸か、このブッシュの悪政・暴政・愚政があったからこそ、黒人のオバマは「人種の壁」を越え、「ガラスの天井」を破り、大統領になったのであり、これはブッシュが知らず生み出した“功績”だろう。
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2009年01月23日

オバマ新大統領の仕事始め

 20日の就任式のスピーチを聴いた。長いアメリカ暮らしでアメリカの国民のメンタリティーはかなり理解していたから、生きているうちにこんな光景を観ることはあるまいと思っていたので、とても感動した。もちろん、感動・感激の程度はアメリカに住む黒人たちの比ではなかったろうが。

 それにしても、「60年足らず前だったら地元のレストランで食事もできなかったかもしれない父を持つ男が、大統領就任の宣誓のためにあなたたちの前に立つ」とは、ストレートに言い切ったものだ。その他、
「私たちの国はキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンドゥー教徒、そして無宗教者からなる国だ。世界のあらゆる所に由来するすべての言語と文化で形作られたのが私たちだ」

(「ブッシュ大統領の・・・貢献と、・・・寛大さと協力に感謝したい」と言った後、あまりたたぬうちに)「私たちは、本日、長らくわが国の政治の首を絞めてきた狭量な不満や偽の約束、非難や古びた教義を終わらせると宣言する」

など、前政権に対するはっきりとした、あるいは暗示的な批判もしっかり盛り込まれていた。今回のこのスピーチは勇気ある行為だったと思う。

 さて、オバマ氏が大統領就任にあたり「早急にするのが期待されていた仕事」は、さしずめ次のようになるだろうと思っていた。
  (1) 国内の経済状況
  (2) グアンタナモ基地のテロ容疑者収容施設をどうするか
  (3) ガザvs.イスラエル情勢
  (4) アフガニスタン問題
  (5) ロシア(対ウクライナ、グルジア)問題
  (6) 環境問題へのアメリカのスタンス
  (7) ヨーロッパとの関係
  
 このうち、最初のは当然として、(2) (3) の問題もかなりの急を要するだろう。(2)は“タリバン容疑者”を将来どう扱うか(本国に帰すことができるのか)という問題も含み、それには(4)が連動することもありうるだろう。(5) のロシア問題は、相手がプーチンだけに実はもっと射程が広い問題かもしれないが、直ぐには解決は難しいだろう。(6)は(温暖化対策に乗り出すというオバマの方向性は予想できるにしても)緊急さは、さほど高いものではない。(7)の「ヨーロッパとの関係」は、ブッシュのときと比べれば良くなるだけではあろうが、微妙な問題を残していないわけではない(たとえば、グアンタナモ収容施設に容疑者を送るのに、直接あるいは間接的に協力した国がヨーロッパにもある)――そう考えていた。

 だが、オバマ新大統領のアクションは早かったと思う。(1)の国内経済問題に着手しながら、(2) と(3) の問題にもすぐ対処した――たとえば、「グアンタナモ収容所の閉鎖決定」に見られるように、前大統領へ批判的な姿勢になることも躊躇せずに。22日、ジョージ・ミッチェル(George Mitchell)元上院議員を中東特使に任命したし、アフガニスタンとパキスタンへの特使も、本日、リチャード・ホルブルック(Richard Holbrooke)元国連大使を任命した。これは、評価できることだと思う。

 なにより優れた決断だと思ったのは、こうした問題に対処するのに、アメリカ政府自身の「透明性」を上げなければいけない、と公に発表したことだ。それは、戦後最悪になった国内の経済状態に手をつけるのに、その原因となった金融機関の「不透明性」を解決する方向にも向かっている。それは、まあ、ブッシュ前政権がいかに国民に不透明な政治決定を続けてきたかの証でもあるのだろうが。

 それにしても、日本の金融機関に「透明性」が訪れることはあるのだろうか?大銀行が、地上げ屋に資金を提供し、手をかしている構図、何があっても大銀行が特別扱いをされる図式は、いつ直るのであろう?もちろん、それ以前に日本の政府・政治家に「透明性」はほとんどないのであるが。
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2008年08月27日

民主党クリントン支持者

 アメリカでは、民主党党大会が開かれているが、その民主党支持者のニュース。

 クリントン支持者のうち、オバマを応援せず共和党マケイン支持に回る者、27%(昨夜のEuroNewsより)。

 四分の一以上。これが国民全体にどんな印象を与えるか、考えないわけではなかろうに。いい大人が、「ブッシュ政治」を否定しておのれの党が勝つより、恨みと怨嗟と妬みでものを考える。
アメリカ人の民主主義意識、この程度。
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2006年11月22日

ブッシュのベトナム訪問(改)

 インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙に、ブッシュのベトナム訪問を皮肉ぎみに語ったおもしろい記事があった。ここにインターネットから採録したいと思うが、ヘラルド・トリビューン紙がニューヨーク・タイムズ紙に買われてからというもの、時間がたった記事はインターネットで読めなくなってしまった。 
  
 ニューヨーク・タイムズ紙も経営に苦労してるのはわかるけど、全て金の世の中みたいでやだねえ。 
  
 ここフランスからアメリカを見ると、さらに距離感をおいて見ることができるような気がする。ヨーロッパの視点というものを、ここに住んでいるだけで感じ始めた?

 

後記:ああ、ありました、新聞。実は、ベトナム戦争とイラク戦争がどのくらい同じものかを論じている、つぎのこの部分を引用したかったのです。 
ベトナム戦争の教訓:あきらめるな、とブッシュ氏 

(略)ベトナム(戦争)が非常に異なったものだったという議論は、ベトナム歴史家のスタンレー・カルノー氏によっても支持されている。

「もちろん、相違点も類似点もある」とカルノー氏は述べた。「どちらの戦争にも、われわれは嘘で突入していきました」。「しかし」と、氏はつけ加えて言った。「容易に分るまとめ方をすれば、ベトナム戦争はゲリラ戦として始まり、そして普通の戦争へとエスカレートして行きました。戦争の末期には、大きなグループ同士で戦っていたのです。一方、イラク戦争は、従来型の普通の戦争として始まり、しだいにゲリラ戦へと悪化して行きました。まるで逆の方向へと進んでいったのです。そうした場合は、もっともっと対処が難しいものなのです」。

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2005年12月08日

イラク侵攻「必要なかったかも」

アメリカ人と付き合ってて苛立つのは、簡単に、いぜんの発言をひるがえすことだ。

「○○したが、それは何も知らなかったから」
「××したけど、そりゃ、若かったんだもの」(つい2年くらい前のことでも)
なーんて、平気で言うんだな。

こういうのを、わたしは「アメリカ人のコミットメントのなさ」と呼んでいた。この世で自分で言ったこと(したこと)の重さ・責任にたいする、なんつうか、認識がないというか、軽いというか・・・。

ブッシュ米政権(一期目の)で国防副長官として働き、イラク戦争を強硬に主張したウォルフォウィッツ氏が、「ありゃ、必要なかったかも」なんて言ったそうな。

「かも」はないだろ。何人死んだと思ってるんだね?
ニューヨークタイムズ紙には、アメリカが、拷問されたので創り上げた発言をもとに、アルカイダとイラクの結びつきを強調した、なんて記事が出ている。(「アルカイダとイラクのつながりは強制された発言に結び付けられた(Qaeda-Iraq Link U.S. Cited Is Tied to Coercion Claim)」)
イラク侵攻「必要なかったかも」米前国防副長官
 イラクに大量破壊兵器(WMD)の危険が全くないと確信していれば、ほかのやり方があったかもしれない――。ブッシュ米政権第1期の国防副長官としてイラク戦争の必要性を強硬に主張したウォルフォウィッツ世界銀行総裁が7日、ワシントン市内で講演し、結果的に、イラク侵攻が必要だとは限らなかったという見方を示した。

 同氏は政権内の新保守主義者(ネオコン)の代表格で、十分な証拠がないまま戦争に突入したと批判されてきた中心人物。ブッシュ政権は、WMDがなくてもイラク戦争に踏み切った判断は正しかった、との立場をとっている。

 ウォルフォウィッツ氏は、WMDの存在が完全に否定された現時点の証拠を戦争前に得ていたとしても「危険がないと確信できたかどうかはわからない」と前置きした上で「確信できていれば、イラク国内の反体制派をもっと支援することも想定できた。我々(米軍)がやった方法で任務を引き受ける必要はなかったかもしれない」と語り、別の選択肢が可能だったとの見方を示した。

 侵攻の結果、2100人を超す米兵の死者が出たことについて「高い代償を払った」と述べる一方「米国と世界はなすべきことをした。(この戦争に)勝つことが極めて重要だ」と語り、フセイン政権打倒などの意義を強調した。(朝日新聞2005年12月08日13時56分)
http://www2.asahi.com/special/iraq/TKY200512080236.html

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2005年12月02日

灯台もと苦らし――いまだニュー・オリンズで

あの洪水にみまわれたニュー・オリンズでは、いまだに人々は満足な暮らしをしていない。

満足な電気はなく、発電機を回しているが、ロウソクの生活のうえ、冷蔵庫を使えない。充分なお湯も出ない。そんな記事が、ニューヨークタイムズ紙にあった。これから冬に向かうのだ。

市民が9ヶ月ぶりに“自宅”に帰ってみれば、やはり何もなく途方にくれてる、という記事もあった。(「カトリーナ台風の9ヵ月後、9区への辛い帰宅」)
http://www.nytimes.com/2005/12/02/national/nationalspecial/02delery.html

そんな風に、ニュー・オリンズは、まだまだ大変な状態なのに、ブッシュ大統領は、米国海軍兵学校(United States Naval Academy)で、あいかわらず「テロリズム撲滅の必要性」ばかり説いていたそうだ。(「ブッシュ、イラクでの勝利と撤退計画を展開」)
http://www.nytimes.com/2005/12/01/politics/01bush.html
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2005年11月24日

ブッシュ政権の目の上のたんこぶ

イギリスの新聞によると、アメリカのブッシュ大統領が、カタールの衛星テレビ、アルジャジーラの本部を攻撃しようとしたという。

実は、このアルジャジーラ、イラク戦争のみならず911テロ直後から、その報道姿勢が、アメリカ政府の神経を逆なでしてきたようだ。

オサマ・ビンラディンが映像に登場した時には、ブッシュ政権は、他国の報道機関であるにもかかわらず、かなりけん制したのだった。そのことを2001年10月に、以下のようにやや茶化して書いたことがある。(このページからトップに行き、「911の記憶」に掲載。)

2001年10月1日(月)
■ 言論統制

 9月19日に反テロ法案が議会に提出された。この法案によれば、政府当局は「疑わしき者」の電話でもインターネットでも堂々と盗聴できることになるのである。むろん、「疑わしき者」とは当局がそう思えば十分なのであるから、事実上すべての者に対してそうしたことが許されることになる。いつか来た道。
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(流行のHP風に仕立ててみました)

 アメリカに、言論統制が敷かれた。

 といって、こんな事を書いていると、いつ何どき、彼らのパージにあうか分らないのであるが。

 まず、あるTVトークショーのホストがやられた。

 びるまーというタレントが、Politically Incorrect というトークショーをやっていて、ふだんは、幼稚でしょーもないことを言っている他のタレントに比べると、はるかに理路整然としたことを言っていたのであるが、ある時そこで、「テロリストはひきょー者(臆病者)だ」と言ったゲストに対して、「うんにゃ、ひきょー者は、2000マイル離れたとこから すかっどミサイルぶち込む米軍じゃろーがー」と、やってしまった。

すかさず、政府報道官のアリおじさんが、「ほったらことで、いいんかぁ?もっと言葉を慎まなぐぢゃぁ、だめだべぇ!」と叱ると、それまでびるまーの毒舌を快く思っていなかったジャーナリストたちは、「せや〜せや〜、そんなこと言うて、なに考えておますのや〜」と便乗した。

 それまで友人づらしていたタレントにも、「あったらヒコクミン、友達でもなんでもないで〜」と退いてしまう情けない脳天エンズイゲリもふさわしい奴(こういうのは「奴」で十分である)も、いたそうなのである。

 それまで彼の人気をあてにして広告を出していた巨大スポンサーのいくつかも、「わしゃ〜知らんで〜♪」と降りてしまった。

 たりばーんが作ったというおさまの映像がTVに流れ始めると、政府は「ちょっとーっ、テロリストのー、攻撃をー、促すぅ、合図になるかもー」と心配し、その直後、らいす補佐官というえらーいおばさんが、自ら国内のテレビ局の重役らに電話し、「あら〜、おたくね〜、こういう映像、適切だとおもってるん?ちょっと、よ〜く考えてねぇ〜(はぁと)」と、プレッシャーをかけたのである。

 そのことがメディアにばれると、例のアリおじさんがでてきて、「こりゃぁ、『お願い』だす。検閲ではないだす。判断は各局にまかせてあるんでね、だから、表現の自由は、ちゃ〜んと保証されれてるんだす」と、ゴタクをならべたらしい。論理は、言い逃れをする中学生並みである。ほとんどのTV局は、ビデオを短縮して放送。ある局は「これは相手のプロパガンダだヨ〜ン」という、バカごていねいなコメントまでつけた。

 アメリカ政府は、それでも飽き足らないようなのである。カタールの衛星テレビ局アルジャジャーラは「中東のCNN」とまで呼ばれ、かなりの公正さ・中立さを保っているといわれているが、テロ後、政府は、外国の放送局であるにもかかわらず、おさまのことを放送し過ぎるべーと、堂々とイチャモンをつけた。

 アメリカの歴史上の辞書に、「内政干渉」という言葉はないようなのであるが、“公明正大な正義”の名のもとなら何でもできると思っているのであろう。

 どこへ行くのか、あめりか。

米大統領「アルジャジーラ攻撃を計画」 英紙報道で波紋 22日付の英大衆紙デーリーミラーが、昨年4月の米英首脳会談で、ブッシュ大統領がカタールの衛星テレビ、アルジャジーラの本部を攻撃する意向を明らかにし、ブレア首相がそれを制止していたと報じ、波紋を呼んでいる。報道が首相府の極秘メモに基づいていることから、ゴールドスミス法務長官は英主要紙に対し、メモの詳細を報じた場合、国家機密を漏出したとして訴追される可能性があると警告。各紙は「言論の抑圧」と反発している。(朝日新聞11月24日)
http://www.asahi.com/international/update/1124/003.html
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2005年08月08日

アメリカによる放射能「人体実験」

日曜の昼間、テレビをつけたら、南国の楽園に住む「ヒバクシャ」の話を伝えていた。いや、正確にいうと、そこは「かつて楽園だった」。

1954年3月1日、アメリカの水爆「ブラボー」(なんという名前!!)は、楽園のように美しいマーシャル諸島を地獄と変えた。アメリカは、実験のため、広島型原爆の約1000倍という水爆を、この島に落とした。住民がその影響を受けるのもかまわず。

「西から太陽がはい上がってきた」「雨に混じって白い粉が降り積もった」と島民は感じた。
水爆の火の玉の直径は、40km、爆発の威力は15メガトン。水爆が落とされたところには、巨大なクレーターができた。放射能は、島全体をおおった。それは、20世紀最大の地球環境汚染でもあった。

なんと、水爆実験後、すぐに、アメリカは、島の安全性を確認もせずに、避難させていた島民を島に帰したのだ。いや、むしろ安全でない島に住民を還すのが、その「実験の一部」だったのだ。

放射能が、住民の老若男女、妊婦、さらに生まれてくる子どもにどんな影響を及ぼすか、というプロジェクトだった。
「マーシャル島民は、モルモットより人間に近い」
と、記録に書いている。
「マーシャル島民は被曝者の最も完全なデータセット」
だとも書き残している。アメリカからやってきた「医療チーム」は、治療をせず、放射能の影響の記録だけをしていった。


水爆の放射能は、マーシャル島だけでなく、その近くにいた日本の第五福竜丸の乗組員をも襲い、乗組員も亡くなった。やはり、アメリカから、被爆した乗組員を調べに「医療チーム」が来たが、記録をとるだけで、しかも、乗組員の体のサンプルを密かにアメリカに送っていたという。

マーシャル諸島で、被曝の苦しみは、21世紀の今も子孫の世代に渡って続いている。

これは、テレビ朝日の「ザ・スクープ スペシャル――終戦60年特別企画――『検証!核兵器の真実・それは人体実験だった』」という番組だった。実験から半世紀、情報公開されたアメリカの極秘文書や日本の外交史料にもとづくスクープである。

番組によると、「人体実験」は、本国アメリカでも行われていた。

米国立公文書館で発見された1952年の機密文書には、
「米軍医療委員会は核戦争の調査に人体を利用する事を満場一致で承認した」
という記述がある。

長崎原爆に使われたプルトニウムが製造されたワシントン州ハンフォードでは、水蒸気に混ぜた放射能が町中に散布されたり、(本人に知らせずに)人体にプルトニウムを注射する実験を行ったりした。その他、自国民を使った実験の数々……。

広島や長崎に投下された原爆は、「人間が死に至る放射線量のデータを収集する千載一遇の実験場だった」、という説があるが、この番組は、十分その根拠となると思う。

参考:
http://www.tv-asahi.co.jp/scoop/update/toppage/050807.html
長野智子ブログ http://yaplog.jp/nagano/monthly/200508/
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2005年01月21日

アメリカ大統領2期目スピーチ

昨晩、テレビで、ブッシュ・アメリカ大統領の就任演説を観た。日はすでに変わり、金曜に入っていたが。

通訳なしで英語で聴いたが、きわめてお粗末なスピーチだと思った。Freedom、Liberty(ともに「自由」と訳す)という言葉がひっきりなしに現れ(NHKの報道によると、その回数45回)、言葉の選択もよく考えられたものとは思えなかった。時に歴史に言及されるものの、また直ぐに自由の理念の話にもどり、ほとんど一貫性がないように感じられた。

彼の昔のスピーチ・ライターは辞めてしまったのだろうか。以前、選挙運動をしていた頃はもっと、いや、遥かにマシだったように思う。ブッシュ氏自身で書いたのかと思ってしまう。

イラク・北朝鮮についても具体的な表明はなかった。まあ、これは予想されたことだったが。

金曜の夜のフジテレビのニュースで、妙なことを言っていた。過日、ライス次期国務長官のヒアリングで、彼女が「圧制の拠点」としてイランや北朝鮮を揚げたが、キャスターらしき男性(“キャスター”だから解説もするんである)は「今回のブッシュのスピーチ内の表現『圧制に終止符を』は、そのライスさんの発言と、どこか繋がっているのかもしれない」と言う。

いや、絶対繋がってると思いますよ。はっきり言って、政治的発言をする以上、そういう文脈考えてものを言ってるのは当たり前でしょうが。そりゃ、キャスターのコメントとしては、ちょっとナイーブ(日本語のではなく、英語Naiveの意味)過ぎると思うぜ。ノンビリでいいなあ。
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2003年09月15日

アメリカの中東政策

アメリカ人は、テロ事件も含めて、アメリカがなぜアラブ諸国に人気がないのか、当惑しているようだ。しかし、アメリカ人は、過去の歴史をなぜ紐解かないのだろう?

こういうことしてるから、アメリカはアラブに嫌われるのだろうな。
http://www.asahi.com/international/update/0917/003.html

「米、アラファト議長追放断念求める安保理決議案に拒否権 」(朝日新聞ウェッブ版)
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2003年08月02日

金を賭ける「政府運営の政策分析市場」、支持派が反論

Hotwired Japan に、先日述べた「政策分析市場」の続報が載っている。

先日述べたように、テロ攻撃などに関して将来を予測し、一般からも賭け金を集めて「政策分析市場」を開始するという米国防高等研究計画庁(DARPA)の計画について、米上院は即座に破棄を求める決定を下した。しかし計画支持派は、通常の方法で機密情報を収集するよりもクリーンな方式であり、市場方式はかなり信頼性が高いと反論している。選挙予測やさまざまな社会現象に関して、こうした方式で驚くほど信頼性が高い結果が得られているというのだ。

http://www.hotwired.co.jp/news/news/culture/story/20030801202.html

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酔眼妄語に「名人伝(マツイ物語)」をアップしました。
どうぞ、よろしく。(ふ〜〜、疲れた)。
「酔眼妄語」からどうぞ。
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2002年12月12日

アメリカ中心(バンザイ)主義のコスト

以前、アメリカ人(社会)が経済原理(金儲け原理)で動いていると、何回か書いたが、この社会を見るといつもそういうわけではない。

先日同僚と話していたことなのだが、なぜアメリカ人が「アメリカ車」を買うのかは、面白い問題である。日本車のほうがはるかにリライアビリティーが高く、修理にかかる金も少なく、つまりは、「経済効率」はアメリカ車の場合に比べて断然に高い。もし経済原理だけで生きるなら日本車を買うはずだろう。しかし、実に多くのアメリカ人がフォードなどを買う(車の全体的なモデル格好などは、大して差がないのにもかかわらず)。

ここには、なにか、「アメリカ」という価値を中心におく面白い考え方があるように思う。

アメリカ政府のやっていることも、これと似ている。テロに対して対処するのにものすごい金を使っている。(テロ事件で脚光を浴びた空港などは、現在、バッグを正確にスキャンする装置を導入するのにやっきだが、そうした高度な装置は高価すぎて、他の設備に回す金がなくなっているという。)その最たるものは、外国に派遣する軍隊と武器だが、もし今回「イラク戦争」が起これば、その出費は軽く10臆から20億ドルを下らないだろうという。

最も経済効率の良い方法は、もちろん外交による解決だが(100人の特使を派遣するほうが一発のスカッドミサイルを打つより安いはずだ)、ブッシュ政権(ブッシュとその取巻きのタカ派)は、もちろんそんな方法はとりたがらないだろう。

経済効率を無視したアメリカ中心主義は、アイソレイショニスムの悲しいコストなのかもしれない。
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2002年12月08日

情報操作

今日のCBS『60Minutes』では、かつて湾岸戦争のとき、アメリカ政権が大いに活用した「事実」のことをやっていた。

政権は、クウェートからある娘を呼び、彼女に、「(イラクは)赤ん坊の保育器さえも外してしまいました」と、イラクの無法振りを国連を含めてあちこちで訴えさせたのである。これは「赤ん坊保育器ストーリー」として人々の心を動かし、有名になった。

しかし、これは作り話であり、かの娘はクウェート大使館詰めの役人の娘だか誰かであった。

番組では、今回のブッシュの「イラク戦争」のためのキャンペーンにも似たような情報操作があるとしていた。ブッシュのオハコは、イラクが半年以内に核兵器を作る能力がある、その証拠に核兵器製造に必須の「アルミニューム管」の所在が確認された(ある専門家によると、アルミニューム管の所有が核兵器製造につながるというのは嘘である)、というものだが、その論を支持するために「NYタイムズにも書かれた」とさかんに強調した。

もちろん、NYタイムズにリークしたのは政府筋であるから、NYタイムズは、ブッシュ政権に上手くいっぱい食わされたことになる。その他、いろいろな「操作」の可能性があると見るのが自然だろう。

番組最後の Andy Roonyのコーナーでは、アメリカ人の「賞 Awards好き」の弊害を取り上げていた。「会社では、昇給するより賞(The Emplpyee of the Month)をあげたほうが安くつきますから。その他の賞も自己申告(!)しなくてはいけないのです」と皮肉られていた。

まったくそのとおり!これはアメリカ人のポジティブ思考の表れと言えないこともないのだが、ここまで多用されると、賞のインフレで賞も特別な意味がなくなる。ちびっ子サッカーなどでは、一握りの子供に賞をあげると「他の子の意欲をくじく」とかで、全員に(!)トロフィーが渡されたりするところもあるのだ。ここまで行くと、甘やかしに近くなってくるようですな。

ポジティブ思考と甘やかしは、紙一重。
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2002年11月16日

ジョン・ダワー氏の講演

日本でもベストセラーになった『敗北を抱きしめて』を著わした、ジョン・ダワー氏が講演に来たので、聞きに行った。

9.11以降のアメリカの状況について、日本とアメリカの社会・歴史を比較しながら、説明した。日本を「集団主義」、アメリカをその正反対の「個人主義」と規定して話をはじめ、しかし、この一年、アメリカがいかに(特に第二次大戦後の)日本に似ているか、つまり「体制順応主義(?)(conformity)」の色合いを強めているか、を分かり易く説いてくれた。

この二つの国には、実に良く似た現象が見られると言う。たとえば、「一億総…」と「United We Stand」、「日本にある明らかなタブー」と「アメリカ社会で9.11以降あらわになった政府批判のタブー」などなど。

アメリカを古典的な意味で「個人主義」とラベルを貼ることには、自分は抵抗があるが、とてもおもしろかった。

休憩中に、日本のT○Sテレビ局の方が話しかけてきて、12月7日の「パールハーバーデー」にダワー氏のインタビューを流すとか、アメリカのテレビ局(特に、FoxとCNN)についての印象などを話して下さった。なかなか真剣な真面目な方でした。

その後、ダワー氏と個人的に話しをし、握手して帰ってきた。(←ほとんど、ミ〜ハ〜だな)
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