2011年07月24日

忘れさられた井川選手

金曜日にジムに行って、ちょっと調子に乗ってやり過ぎたのか、クタクタである。体のあちこちに疲れが残り、痛みもある。座っているだけで精一杯だ。持病があるので、本当は無理してはいけないのだが。

一週間ほど前には、ギックリ腰みたいになり、おまけに風邪をひいていた、その時、気づいたのだが、ギックリ腰で咳をすると、これは拷問だね。腰に響くのである。こういう拷問があってもいいかも、いや、幼児を抱かせたら、もっと拷問かも――などと、パコを抱えて坂道を登りながら考えたものである。(保育園からパコを抱いて帰って来る時には、体がバラバラになるかと思った。)

パコを抱えて駅前を歩いたら、浴衣姿の小顔の美人がさっそうと駅に向かっていた(後で調べたら、吉祥寺で夏祭りだったんだそうな)。日本にはなかなかいないような小顔の女性で、薄黄色の浴衣がよく似合っていた。

NYタイムズに、大リーグのヤンキースに移籍した井川選手の記事。大リーグで目が出ず、ヤンキースのGMも「われわれの判断が悪かった」と日本の球団への移籍を勧めたが、井川は「大リーグでやることが夢」と断り、いらいずっと(契約による高給をもらいながら)マイナーレベルで練習しているそうな。
Kei Igawa - The Lost Yankee
http://www.nytimes.com/2011/07/24/sports/baseball/kei-igawa-the-lost-yankee.html?scp=1&sq=igawa&st=cse
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2011年03月19日

ああプロ野球コミッショナー……

加藤良三コミッショナーが、プロ野球分離開催を認めたようだ。パ・リーグは4月12日なのに、セ・リーグは本来の3月25日開催を29日に遅らせただけである。セ・リーグ球団の「できるだけ通常開幕」に押し切られた形だ。

仙台に楽天の本拠地があるパ・リーグに比べてセ・リーグは被災地に本拠地がない、ナイターなど節電を心がける――と理屈はあるそうだが、説得力に欠ける。

報道によれば、セ・リーグ読売巨人軍の渡邉恒雄会長ら球団幹部が強く通常開幕にこだわったという。渡邉会長は政治でも、いまだに、日本の政治の古き伝統である「フィクサー」を演じようとする。ご自分の力が強すぎて、思い込んだら、周りがお見えにならないのか?

コミッショナーというは、本来、調停役もかねた「重要事項を決定できる者」と思っているが、リーダーシップ、ゼロ。日本の「コミッショナー」は、あいかわらず飾りものでしかないようだ。それは、「江川事件」以来なにも変わっていない。
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2011年01月30日

サッカー、アジア杯決勝

在日の李の決勝ゴールというのも、なんかグッとくるなあ。しかも、お父さんの在日としての矜持と謙虚さを感じさせるコメントがいい。すぐ李親子のファンになった。

しかしそれにしても、アジア杯の審判は「ハンド」を取らないねえ。これまでの日本戦では、「ハンド」が見過ごされた試合がいくつかあった。この試合も、前半の岡崎のシュートは相手選手の腕に当たってるだろうに。動体視力が弱いのか。位置取りが悪いのか。

アジアのレベルアップは、審判のレベルアップからかもしれんな。

それにしても、現地のカタールTVのアナウンサーの実況、李の決勝ゴールが決まった瞬間の叫びよう(壊れよう?)ったらなかった。
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2010年11月11日

MLBゴールドグラブ賞、選出の欠陥

昨日、上さんがインフルエンザ予防注射の第1回目(乳児は2回に分けてする)をしてもらいに町医者の所に行ったら、「脚のポツポツは冷たい気温にさらされたためでしょう」と言われたという。まだ、ポツポツはあるんだが。

さて、アメリカ大リーグで、アメリカン・リーグのゴールドグラブ賞(最も優れた守備をした選手に与えられる賞)が発表された。これは、すべてのチームの監督とコーチが投票し、オール・スターなどのファンの人気投票とは異なり、いわば「プロの眼」による選択である……と思われていた。

この問題で言いたいことは2つ。選出のシステムの欠陥が1つ。そして、それをしっかりと批判するアメリカのスポーツメディアのことだ。

ショートはNYヤンキースのジーター選手が選ばれた。エラーはわずか6個と、それだけ見れば立派な記録だ。が、守備というのは守備範囲を考慮しなければならない。できるだけ広い範囲をカバーしようと守備をすれば、それだけリスクを冒すことになり、エラーをする確率も増える。しかし、その方が「いい守備」と言えるだろう。極端な話、ほとんどまったく動かず自分の目の前にだけ来たボールを捕ってエラーがほとんどなくても、そんな選手は「良い野手」とは言えない。

事実、今年36歳になるジーターの守備範囲はかなり狭くなっていた。一方、テキサス・レンジャーズのショート、アンドラス選手は、16個のエラー。守備機会は659回。対するジーターは、553回。アンドラスの守備範囲の広さ、相手の得点を防いだ功績は、その実際の試合を見たものなら誰でも納得するものだ。

守備範囲の正確さを表す指標に、「ゾーン・レイティング」と言うのがあり、それによれば、ジーターのランクは、中くらい以下である。(「ゾーン・レイティング」は、www.fangraphs.comのUltimate Zone Rating や www.fieldingbible.comで)。 監督とコーチでも、「エラー」の数だけに頼るシマリのない投票をしてしまう、ということなのだろう。

上のような、ジーターの「あり得ない受賞」を批判している新聞記事はいくつかある。たとえば下の記事だが、2番目の「この選出システムには欠陥がある」と指摘しているのは、ヤンキースのお膝元、NY市の「NYデイリー新聞」である。NY市のスポーツ紙はヤンキースに熱狂的なことで知られるが、「不正」をちゃんと指摘する健全さがある。どこぞの国の、大球団のチョウチン新聞のようなものばかりではない。
http://sports.yahoo.com/mlb/news?slug=capress-bba_gold_gloves-5083727
http://www.nydailynews.com/sports/baseball/yankees/2010/11/10/2010-11-10_derek_jeters_selection_as_american_league_gold_glover_at_shortstop_exposes_flaws.html 
http://bleacherreport.com/articles/514492-2010-derek-jeter-awards-honoring-big-name-players-with-terrible-gloves
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2010年08月05日

ボストン・セルティックスの意外な補強

フランスの新聞『ル・モンドネット』をサーフィンしてたら、驚くスポーツニュースが目に入った。アメリカのバスケットボール関係。
(NBAの)シャキィ・オニール、ボストン・セルティックスに加入
http://basket.blog.lemonde.fr/2010/08/05/shaquille-oneal-rejoint-les-boston-celtics/ 

さっそく本家のNBAのサイトでチェック。
「ビッグ・スリーからビッグ・フォーへ:セルティックス、シャックと2年契約」
http://www.nba.com/2010/news/08/04/shaq.celtics.ap/index.html?ls=iref:nbahpt2
O'Neal, 38, joins Pierce, 32, Garnett, 34, and Allen, 35. The Celtics also signed free agent center Jermaine O'Neal, 31 - a six-time All-Star - after the season.
Point guard Rajon Rondo, 24, also is in the fold for four more years.
「シャック」とはシャキィ・オニールのこと。「ビッグ・スリー」とは、ピアース、ガーネット、アレンの3人。そこに加わるのだ。この4人を称して「四つ葉のクローバー」(クローバーはセルティックスのシンボル)と呼ぶ記事もある。この4人、選手としてはかなり高齢ということもあるのだけれど。

今年は、優勝を逃したセルティックス、高齢だがセンターをやれるシャキィ・オニールを獲得することで(現在のセンターがケガでしばらく出られないのだ)。一方、優勝をもう一度経験したいシャキィ・オニールとすれば、思惑が一致したということなのだろう。良いチョイスか。
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2010年07月01日

日本対パラグアイ戦

はっきり言って、パラグアイ戦は良い試合ではなかったけど。相手のパラグアイも、疲れからか眼を見張るようなプレーは少なかった。それはドイツなどの海外のメディアがはっきり言っている通り。しかし、それだから(パラグアイも良い試合ができなかったから)こそ、勝てる可能性があった。

オシムの言葉、あいかわらず毎回、ナルホド、うんうんそうなんだよなーと言いながら楽しんでいる。朝日新聞スポーツ欄の「オシムの目」は観た試合を考え直すのに実に良いが、本日7/1付けのも興味深かった(下に全文を掲載)。

さらにウェブサイト「『オシムの伝言』公式ブログ」も実に面白く、勉強になる(元日本代表監督をやっていた時の通訳、千田善さんがオシムの言葉を書き留めるブログ)。7月1日の「たかがサッカーじゃないか」 は、日本戦を実に分かりやすく分析している。この記事もどこまで正確な復元か判らないのだけれど。

そのブログに紹介されているが、スカパー放送内でパラグアイ戦後にオシムがしたコメント(動画)がユーチューブにアップされている。
http://www.youtube.com/watch?v=AUtZcXdAMa4 
この中、最後の方で、オシムは「得点した人だけを持ちあげる日本のメディアにも、問題がある」というようなことを言っている。そうなんだよ。そのスポーツに関するメディアのレベルは、国民のレベルに繋がり、ひいてはその国のプレーのレベルもかなり反映しているように思えてしまうのだ。悲しいことだが。
本日7/1付「オシムの目」
 PKを失敗した駒野を責めないでほしい。駒野も自分を責めないように。PK戦はサッカーではない。

 パラグアイ戦は日本にとって、いくつかの意味でとても残念だった。一つはベスト8に進出し、世界にアピールする絶好の機会を失ったという意味。もう一つは、そのチャンスをものにするために必要な勇気を少し欠いたように見受けられたことだ。日本は延長に入る前に、決着をつけるべきだった。前半の戦いは悪くなかった。アグレッシブなプレーから気迫は感じた。競り合いのこぼれ球も、ある時間帯までは日本が数多くものにしていた。

 しかし、肝心なところで技術的・戦術的なミスが繰り返され、チャンスを得点に結びつけられなかった。フリーな味方を使わず、自分で強引なシュートを打つという問題も1次リーグと同じだった。パラグアイもミスを連発してくれたから助かったが、日本の武器であるはずの組織性、俊敏性をパスミスによってつぶしてしまった。なぜミスが起きたか。「ミスをおかしてはならない」という恐怖感、精神的重圧が原因であることが多い。後半から延長にかけては、さらに腰が引けた。「勝ちたい」という気持ちを「負けたくない」という気持ちが上回ったのだろう。
 
鋭くパラグアイを脅かす武器を手にする必要があった。速い選手、アイデアのある選手を、後半のはじめから投入することを考えてもよかったのではないか。結果論だが、中村憲の投入は遅く、彼がパスを出しても、走る体力が残っている選手は少なかった。

 だが、決勝トーナメント1回戦で敗退するような準備しかしてこなかったとも言える。準備期間から試合内容まで十分に分析し、教訓を引き出すことを望む。敗因の中心部分が重圧に対応できなかったことにあるとすれば対応はシンプルだ。W杯に続けて出場し、重圧のかかる場での経験を積み重ねることだ。次のW杯前にも対策はできる。Jリーグでプレッシャーに慣れることだ。そのために、満員のスタジアムで、レベルの高いサッカーをしなければならない。Jリーグを大いに盛り上げてほしい。

 南アフリカでの健闘が一過性ではなく、日本サッカー界全体のレベルアップにつながることを期待したい。
(前日本代表監督)
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2010年06月28日

松井、欧州で「争奪戦」

日本代表の松井が欧州チームの間で「争奪戦」になっているという。
http://southafrica2010.yahoo.co.jp/news/ndetail/20100628-00000020-spn-socc

当たり前の話だ。彼のセンスの良さ、ポジショニングへの気配り、冷静さ、タフさを観れば。シュートした者ばかりを持ちあげるのは、馬鹿げている。
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2010年06月15日

W杯:日本vsカメルーン戦

遅かったので、生では観れなかったので、翌晩、観戦。
パコも、開始のホイッスルとともに異常な関心を示して、首を伸ばしてのぞき込んだ。

翌晩に観たが、良い試合ではあった。彼と同じくフランスにいたせいではないが、松井はいい選手だと思っていたから、活躍したのは当然だと思う。他の日本選手みたいに簡単に当たり負けしない(その点、岡崎はマダマダだと思います)。ドリブルも献身的だ。多くの解説者が松井を先発にあげていなかったのは、不思議でならなかった。

さすがに勝って意外だった。というのは、守備に不安があったから。しかし、最後の5、6分は、守備が最後尾まで引いてしまって、運が幸いしたとしか思えない場面がいくつかあったように思う。次戦に向けて修正できるか。

世間は大変な騒ぎようだ。かつて岡田監督を袋だたきしていたメディアは、一転、絶賛の嵐。「愚かな指揮官」が、「傑出した名将」になった。本田も英雄扱い。しかし、ゴールの場面は、60%は松井の手柄ではないか。右足から左足に切り替えてドンピシャのボールを出した彼を誉めるべきだろう。

新聞で読んだオシムのコメントが、すべて的を射ているように思う。日本全部が喜んでいるようでは、この国のレベルはまだまだ。このおじさん、実に面白いし、分かりやすいことを言う。オシムのコメント、これからが楽しみ。
http://southafrica2010.yahoo.co.jp/news/cdetail/201006150004-spnavi
 イングランド戦の試合終盤でのオウンゴールと同じような場面がカメルーン戦でもあったことが心配だ。最後は、ゴールライン近くまで最終ラインが下がっていた。5メートルしか余裕がなかった。そこでカメルーンが1点を入れられなかったのは日本が幸運だったからにすぎない。今日の試合結果は、カメルーンにとっては引き分けでもおかしくなかったと思っているはずだ。
(中略)
 だから心配なのは、本田が舞い上がってゴリアテになったかのような勘違いをしないかということだ。本田に言ってほしい、君が1人だけでプレーしたわけではなく、ほかにも10人がいたんだよと。それが思い出せないようであれば、本田にとっても、日本代表の未来にとっても良いことはないだろう。
 今日の試合に限って言えば、本田はデリケートな役割を見事にやったし、褒美としてゴールも決めた。しかし、これは彼のキャリアの始まりでしかない。メディアの皆さんも、今日のゴールだけで本田をヒーローだと持ち上げないでほしい。もし明日の一面がすべて本田ということになれば、日本の未来は危ない。ヒーローは1人ではなく全員だ。もし本田がゴールしたことでヒーローになったとするならば、トラップ技術が巧みでGKの上にボールを浮かすキックができればみんながヒーローになれるということだ。しかし、そうではない。ヒーローは自分の一生と自分の命を懸けて何かを守る存在のことだ。

 日本代表は今日の勝利にかかわらず、ノーマルなチームであってほしい。次の試合で負けたとしても落ち込むことがないように。まずは、今日の試合から学ぶことだ。なぜなら多くのミスが出たのだから。特にメディアの皆さんは選手やスタッフの気持ちを考えて記事を書いてほしい。応援する気持ちで書いてほしい。チームがノーマルな方向で団結できるように、メディアの役割はヘルプすること、サポートすることだ。チームの雰囲気を台無しにすることではないと思う。今ごろカメルーンの新聞記者は、チームが修復不可能になるような記事を書いているかもしれない。日本の皆さん、お願いだから冷静になってほしい。
 今日は、特に日本のディフェンス陣が良かった。サイドの若い選手たちが頑張っていたと思う。
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2010年05月13日

W杯サッカーのメキシコ

昔撮ったDVDで、4年前のワールドカップ・サッカーの「アルゼンチン対メキシコ戦」を観ている。実に良い試合なのだ。タレント集団のアルゼンチンに対して、メキシコが組織力と頭脳で対抗している。(それにしても、あのアルゼンチンのロドリゲスの放った決勝スーパーゴール。これぞ、サッカー!堪えられん。)

4年前のワールドカップの「おすすめチーム」はメキシコ、その前のワールドカップではトルコだった。(トルコ・チームのことは、以前にも書いた。以下を参照。)サッカーの応援掲示板で、日本のファンが、よく「日本はメキシコのスタイルでやれる」なんて書いているものがいたが、何を見てるんだろうか。個人の技術でも、メキシコのレベルは、そんなものじゃない。
http://dokugo.seesaa.net/article/103607235.html

昔、アメリカにいた時のこと。車であるグラウンドの近くを通りかかると、グラウンド脇の緑地でメキシコ系の人たちがピクニックパーティーをしていた(国旗で判る)。彼らがリクリエーションとしてするのは、もちろんサッカー。試合が終わったらしい人たちが汗を拭いているその傍らで、ある大人と小さな子供が一人、ボールを蹴っていた。

お父さんがその子供の相手をしているのだろう。父親らしき者がキーパーになり、子供が蹴ろうとする。子どもは、昨日歩き始めたかを思うような、ほとんどヨチヨチ歩き。さあ、と自分の胴体ほどの大きなボールに向かって走り始めた。

そのしっかりとした足どりに、驚いた。しかし、もっとたまげたのは、一蹴して飛んだボールだった。小さな体から放たれたボールは、ゴールに向かって一直線である。しかも、ゴールの上の隅に向かった。ボールは、残念ながら父親のキーパーに阻まれたが、お父さんは満足気であった。

子供の頃から、こんななのか。日本人は容易にかなわない、と思った瞬間だった。
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2010年03月03日

IOCの役割

 また、オリンピックのネタ。2月28日付けのワシントンポスト紙に、オリンピックのIOC(国際オリンピック委員会)の役割に疑問を示すコラムが載った。「役割」というより、IOCは、そもそもどういう「義務」と「仕事」を行っているのか、と問うもの。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/02/27/AR2010022703315.html 

 IOC(と会長のロゲ氏)は、表面的なことしかやってないではないか、とコラムニストのSally Jenkins氏は言うのである。リュージュで死亡事故が起きると、ロゲ氏は「我々みんなが責任がある」と言った。とんでもない、責任があるのはあなたではないか、とJenkins氏は書く。次回のソチ五輪を謳い上げるが、紛争や抑圧の火種を抱えるソチの人権について、どんな立場を表明したと言うのか、そう書く。IOCよ、あなた方は、人間の祭典を唱えながら、人間の根本問題を避けているではないか、と。

(このIOCが貴族の集まりで、あまり期待できない人たちであることは、前にも書いたが。
http://dokugo.seesaa.net/article/92300684.html

 いちいちもっともな指摘で、オリンピックのお祭り気分が抜けないこの時点で、こうした問題の核心を突く主張を堂々とするジャーナリズムは素晴らしいと思う。どこかの国のお祭り騒ぎメディアとは、違うらしい。
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2010年02月26日

スポーツ後進国 日本

 バンクーバー冬季オリンピックの競技を、TVでいろいろ観たり、報道を追っている。しかし、日本とフランスのメディアが報道するものは、なんと違うことだろう。同じオリンピックと思えないくらいだ。強い種目も国民の関心も異なるので、仕方ないということか。

 それにしても、日本はフィギュアの報道や特集ばっかりだね。しかも、ずっと女子ばかり……、かと思うと、男子が銅メダルととるやいなや、今度はそればっかり。ちと歪んでないかい?はしゃぎ過ぎではないかい?

 どうも、オリンピックは日本人にとって、単なる4年に一度のお祭りのようだ。オリンピックを冬季スポーツの振興のための一部とするのでなく。このオリンピックに出るために選手が(人によってはバイトをしながら)4年間継続的にしてきた、苦労の意味を考えるでもなく。

 歪んでいるのは、オリンピックに参加する方も同じなようだ。23日の朝日新聞の夕刊に、長野五輪金メダリスト・清水宏保氏の「スポーツ後進国 日本」と題するコラムが載った。それによれば、日本のサポート体制には恐ろしいムダ、いや甘えがあるようだ。利権や特権で美味い思いをしようとする<日本的伝統>は、オリンピック関係者にもあるようなのだ。

 ネットで発見した説によると(だから正確ではないかもしれないが)、今回、バンクーバーに現地入りした「選手団」は203人。競技に参加する選手は93人である。(選手団団長でありながら国会議員でもある橋本聖子氏が、この国会会期中になぜ外国に来ていられるのか、にも疑問がわくが。)たいへん貴重な文章で、いつなくなるか分からないので、貼っておく。
スポーツ後進国 日本
                            2010年2月23日17時8分
 僕はこれまで本当に多くの方にお世話になった。地元の方々、応援してくださった皆様、用具の面倒を見てくださる方、日本オリンピック委員会(JOC)の皆さん。すべての人の支えがあって、4大会連続五輪出場、金、銀、銅メダルの獲得があった。

 不遜(ふそん)かもしれないが、申し送りをしておきたいことがある。少し、厳しい言い方になる。が、聞いていただければ幸いだ。

 日本はまだまだスポーツ後進国というしかない。五輪の期間中、国中が注目しメダルの数を要求される。選手が責任を感じるのは当然だが、ノルマを課せられているような感じにもなる。それまでの4年間のフォローを国やJOCはきちんとしてきたのだろうか。

 政府の事業仕分けが行われ、スポーツ予算は削られる方向になった。全体的な削減は仕方がないとしても、仕分けの仕方は適切だろうか。

 例えばお隣の韓国はスポーツ先進国になった。国威発揚という特殊な事情があるにせよ、お金の使い方が違う。日本には国立スポーツ科学センターがある。韓国にも同じような施設がある。韓国ではそこに選手が集められ、招集された時点で、日当が出る。日本では利用するのに料金が発生する。韓国ではもし、メダルを取れば、ほぼ生涯が保証されるのに対し、日本の報奨金は多いとは言えない。

 バンクーバー五輪では、JOCの役員、メンバーが大挙して現地入りしている。予算は限られている。そのため、選手を手塩にかけて育てたコーチや、トレーナーがはじき出され、選手に快適な環境を提供できていない。お金の使い方が逆だろう。

 競技スポーツだけではない。「1人1ドルスポーツの予算をつければ、医療費が3.21ドル安くなる」という統計を見たことがある。ヨーロッパではスポーツ省のある国が多い。スポーツを文化としてとらえる発想が根付いているからだ。生涯スポーツが、また競技スポーツのすそ野となる。

 五輪の時だけ盛り上がって、終わったら全く関心がないというのではあまりに悲しい。日本にスポーツ文化を確立させるため、国もJOCも努力を惜しまないでほしい。(長野五輪金メダリスト・清水宏保)
http://www.asahi.com/olympics/columns/from_vancouver/TKY201002230298.html 
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2010年02月17日

「國母論争」に思う

なんとか元気でやっている。

さて、スノーボードの國母選手の服装(とその後の彼の応答)が、話題になった。人々の反応を見ていて気になることを。

「あんなことがあっても、競技で勝つなら許す」「あんなことがあったのだから、競技で勝てなかったら○○を受けるべき(○○にはある種の罰が入る)」という議論をする者が、少なからずいる。これはおかしい。礼儀やドレスコードが問題であるならば、勝っても勝てなくても、非は非であろう。この論理は、「勝つなら、優勝するなら、何をしても良い」という論理につながる。それは、朝青龍問題にもつながる問題だろう。

その裏側には、賞を取った者、強い者、権威がある者には何もいわない――ルールや公正さや正義よりその方が大事、という、いかにも日本的な権威主義・「寄らば大樹の陰」的な構図が見える。(見方を変えれば、それは「自己保身」とも言えるだろう。)

彼のふるまいの問題は、「国を代表する意識があるなし」以前に(そもそも、今の若者にどのくらいその意識を優先させる者がいるか疑問だが)「公」と「私」の使い分けができていないことだと思う。わずかでも公のカネを使い、何かの代表となった時点で、「公」の装いを帯びるだろう。

(公の場で)「公」と「私」の使い分けができない者を、「未熟」とか「幼稚」という(幼稚な者が何をどう着こなしても、魅力的には見えないと思うが、まあそれはわたしの個人的な好みの問題であろう)。そして、自分ができないのに、他人にはそれを要求することを「ダブル・スタンダード」と呼ぶ。

さらにいやらしいのはメディアであると思う。競技開始の数日前から、「国母選手は昔からこんな苦労をしてきた」、「こんな若い頃を過ごしてきた良いヤツだ」、というトーンの記事が増えた(特に、朝日新聞参照)。かつてのバッシングはどこへやら。あたかも、国のために戦うんなら悪いヤツであるわけがない、あってはいけない、一緒に応援しよう、という傾向が見える。メダルでも取ったら、お祝いに乗り遅れるのが怖いとでもいうような、卑しい姿勢である。日本のメディアとは、かくのごとき風見鶏だ。
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2010年01月29日

嘘をついて得をする時に……

彼は、嘘をついて最も得をする時に嘘をつき、告白して最も得をする時に告白した。

大リーグでホームランの記録を残した(シーズン70本塁打)マーク・マグワイアが、かつて筋肉増強剤であるステロイドを使用していたことを告白した。

このことについては、アメリカでも賛否両論あるようだ。もちろん、これは、マグワイアが来シーズンからセントルイス・カージナルスの打撃コーチとして就任することと、無縁ではないだろう(告白が就任の条件だったと見るのが自然だと思う)。当然のことながら、MLBのHPは、どちらかというと批判よりも「みそぎが済んだ」というトーンの記事(MLBが自分の“商売道具”を叩くことなんてないのである)。これもニュースによれば、セントルイス現地も、彼を好意的に受け入れている方が多いそうだ。

このことに関しては、あるジャーナリストが言った上の言葉が、すべてを言い表していると思う。人生、嘘をついてはいけないなどとは思っていないが、このケースはまさにそのとおり。

2000年のシドニーオリンピックで、金メダル3個を含む5つのメダルを獲得したマリオン・ジョーンズが、2年前、2000年当時、薬物(通称「クリア」と呼ばれる筋肉増強剤)を使用したことを認めた。彼女は、これまでは強く否定し、2003年に連邦大陪審で使用してないと証言までした(つまり虚偽の証言)のである。メディアに騒がれた後、こんな風に言ったと記憶している(言ったのは弁護士だったかもしれないが)。
「傷つき、すでに、社会的制裁を十分受けている」

何をかいわんや。彼女が金メダル得て、雑誌を飾り、TVで儲け、コーンフレークの箱の顔となる栄誉を得ていた間、彼女が「奪い取った」がために、金メダルを取りそこない、そのために名声(とそれに伴う収入)を得られなかった人びと、銅メダルや入賞を逃し自信とプライドを失った人々は、そう告白されたからと言って、いまどうしろと言うのか。こんな自己本位の言い訳が成り立つと思っているのが信じられぬ。

まあ、マグワイアがシーズン70本塁打を記録した時は、「2位」の選手も、薬物疑惑があったんだが。

*******************************
先日書いた、フットボールのダメ審判の続き。
http://dokugo.seesaa.net/article/139461468.html

NFLが、セインツ対ヴァイキングズ戦で、セインツの選手がヴァイキングズQBにした反則ヒットに対して2万ドルの罰金を科したそうだ。NFLも反則だと認め、そしてプレー中に何もいわなかった審判の間違いを認めたわけだ。

この反則が認められていれば、試合の流れも変わったろうに。クソ審判め。しかも、もっと腹が立つのは、それをはっきり認め反省しなかった「オフィシャル・レヴュー」コーナーのMike Pereiraである。こいつも自己保身のクソ野郎である。

League fines Saints’ McCray $20K for hits on Favre
http://blogs.nfl.com/2010/01/29/league-fines-saints-mccray-20k-for-hits-on-favre/
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2010年01月26日

NFLスーパーボール出場チーム決定

アメリカンフットボールNFLのAFCとNFCの決勝が行われ、スーパーボール出場チームが決まった。

NFC決勝は、良い試合と言えばそうだが、審判がひどかった。どうもジャッジがセインツ寄り(OTでの、サイドラインへの長いパスの妨害とか)。特に、ヴァイキングズQBのFavreへの明らかに酷いヒットが、何度か、反則に取られなかった。意図的にやってるのでなければ、審判のレベルがあまりにおそまつ。

審判のバランスを欠いたゲームほど、詰まらぬものはない。「公正に」とかカッコ良いこと言うのではなく、下手な審判のやるゲームほど興ざめなものはないからだ。フットボールだろうが野球だろうが、胸糞が悪くて、見る気もしなくなる。このゲームも、あまりの不公平さに興味を失って、最後は見る気が失せた。

(とりあえず、内容を。セインツがOTの末、ヴァイキングズを31対28で破った。ヴァイキングズは、第4クオーター、終了に残り19秒で9割方まで手にしていた勝利を逃してしまった。ヴァイキングズのタイムアウトの後(これも不要なタイムアウトだったと思う)、つまらぬ反則(フィールドにプレーヤーが多く出すぎる反則)が出て、5ヤードの罰退。ここで、フィールド・ゴールが確実な距離にまでボールを進めるにはパスしかなくなり、QBのFavreは(苦し紛れの)パス。それがインターセプトされて、引き分けのままOTへ。

Favreには一生忘れられないパスになったろう(これで引退するかもしれんな)。しかし、それ以上に、ここで反則をしたのは、チームの未経験さだったのだろう。OTでは、セインツにぐいぐい責められて、ヴァイキングズは攻撃するチャンスもなく試合終了。)

AFC決勝は、コルツ対ジェッツで、予想通り、コルツ。良いチームだが、どうもカラーが好きではない。そういえば、今シーズンのコルツ対ペイトリオッツでは、最終クオーター、ペイトリオッツの決定的なパスが、「距離不十分」と判定され、ファーストダウンにならなかった。それで、ペイトリオッツは逆転を許して敗北。

あのシーンでは、本来、Boothレヴュー(ヴィデオ判定)があるはずだった(NFC決勝ではちゃんとやっていた)。それもされず、翌々日のNFLのHPでの審判部会VP(Mike Pereira氏)の説明でも、責任逃れの説明ばかりだった(反則を取るべきだったとやんわりと認めたが)。この愚劣な「「オフィシャル・レヴュー」VTRコーナー」は、いつも審判のミスジャッジを擁護する自己弁護コーナーになっている。明らかなミスで試合に負けた方としては、やりきれない。
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2009年07月22日

ツール・ド・フランスの現実

 毎夕、1時間ほど、テレビが恒例のツール・ド・フランスの模様を伝えている。カラフルなユニフォームを着たサイクリストが、沿道に人があふれた坂道を走っている。この時期、グループはフランスの南、今年も山が多い地区を走っているようだ。

 フランスに来た頃は、ツール・ド・フランスには関心がなかった。シャンゼリゼを走ると言われても、フンそんなものかね、という程度だった。しかし、フランスの実にきれいな村の家々の間や山間を走る姿は好きである。いかにもフランスの美味しいところ満載のスポーツのようで、一種“羨望”に似た気分も感じていたのだ。それに、それを応援する人たちの情熱もすばらしい。

 そこで、去年、突然、「田舎村の間をどんな風に走るんだろうか」と、実際、最終日にパリの南の村に観に行ってみたのだった。ただし、ネットで通過時間を調べて行ったものの、あいかわらずマヌケな私は、実際のサイクリストではなく、その前に広告目的で通る「キャラバン」を観に行ってしまった(「キャラバン」は沿道の人々にキャラ・グッズをあげたりする楽しい催しではあるのだが)。実際のサイクリストはキャラバンの後、2時間たってからようやくやって来るのだ。しかも、パリに帰った頃は、シャンゼリゼの競争に間に合わず、その後のウィニング・ランだけしか観られなかった。

 風光明媚な村や山間を走る姿、それを応援する人々の純粋さにもかかわらず、その運営に関しては現実はもっとシビアなものらしい。サイクリングにはドーピング薬物問題がつきまとい、フランスでも頻繁に問題が指摘される。実はツール・ド・フランスに興味がなかったのは、この“汚染”が日常化しているためだ。

 ツール・ド・フランスが通る村というのも、実は、金を払ってルートに入れてもらうそうな。毎年、委員会がフランスの中から選りすぐって……と信じていたので、これはかなり興ざめだった。さらに、つい最近知ったのだが、さらについ最近知ったのだが、このツール・ド・フランスは、アモリ家という一家が持つアモリ・スポール・オルガニザシオン(ASO)会社の独占運営、つまり私的所有物で、その採算や収支に関しては「灰色的状況」も指摘されている。
 ツール・ド・フランスは、アモリ・スポール・オルガニザシオン(ASO)の収入の70%を生み出しており、同社は、ほぼ常に20%の利益率をキープしている。アモリ・グループが2007年に上げた3900万ユーロの利益のうち、2900万ユーロはASOから得たものだ。この莫大な配当の最大の受取人が、社長のマリ=オディール・アモリである。資産総額2億2800万ユーロ、フランス長者番付166位の富豪だ。
 これは100%私有財産で、アモリ家は人目にさらさないよう心がけている。「ツール・ド・フランス社は、レースから生まれる収益のほか、ステージとなる市町村から開催料もせしめているくせに、財務諸表について1992年以降は公表も、商業裁判所文書記録課への提出も拒否している」。1998年のカナール・アンシェネ紙の報道だ(3)。その2年後、フェスティナ事件(4)の判決にあたったリール地方裁判所も、アモリ・グループが利益公表という法的義務への違反を重ねていることを強調した。この商法上の義務違反は1500ユーロの罰金、再犯なら3000ユーロの罰金に処される。つまり第5級の違警罪でしかなく、抑止効果があるとは言えない。
(ル・モンド・ディプロマティーク「ツール・ド・フランスというビッグビジネス」)
http://www.diplo.jp/articles09/0907-3.html 

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2009年05月27日

クリスチャン・ロナウドという選手

 テレビで、サッカーの欧州最強チームを決める選手権チャンピオンズ・リーグ(CL)を観た。すばらしい試合だったが――。

 クリスチャン・ロナウドという選手は、なぜこれほど汚いプレーをするのだろう。あれほどの才能と体に恵まれていながら、そんなことをすることもないだろうに。彼の反則めいたプレーは、最初のうち審判のお目こぼしにあっていたが、試合が決まってくると、ついには「イエロー・カード」をもらった。しかも、ゴールライン近くまで攻めた瞬間に明らかな肘鉄を相手選手に食らわすという、アホらしいほど無意味な反則で。

 この選手は、先のW杯でも、くだらない反則が目立った。もっと良いプレーを見せてくれればすぐ一目ぼれするような才能なのに。
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2009年01月30日

レッド・ソックスのキャッチャー契約なるか

以下は、大リーグ野球、特にレッド・ソックスに興味がある方、あるいは潜在的興味のある方、向けである。

最近は野球ネタをまったく書かなくなってしまった。レッド・ソックスが早い時期に負けて、ワールドシリーズへの興味を失ったことも関係ある。しかしその後も、複雑な想いで試合を観たり、ネットで詳細な結果を読んだりしているのであった。それはこの「ストーブ・リーグ」と呼ばれる選手補強の時期も同じであり、レッド・ソックスの補強状況を見ては、毎日一喜一憂しているのである。

で、今年は他のチームがうらやむほど「経済的な補強」を成し遂げたレッド・ソックス、一つ、問題が残っている。それは、キャッチャーのバリテクの再契約ができるかどうか。バリテクは04年以来レッド・ソックスのキャプテンだったというだけでなく、すべてのピッチャーの長所短所を知りぬく才能を持った素晴らしいキャッチャー、守備の要である。

詳しい話は省くが、バリテクの契約が2008年度で切れ、年末にチームは年俸調停を提示したが、拒否された。それでもバリテクを重要と考えるチームは、つい先日、紳士的にも(と思う)当初示していた1年契約ではなく、2年目を保証した契約を提示した。しかし、バリテクのサイドは返事をしていない。もちろん、今は、すべてエージェント(契約交渉人)が決めるのだから、それも彼のエージェント、スコット・ボラス氏の意向なのだろう。その締め切りが今日、金曜日なのである。

実は、レッド・ソックス、このボラス氏に良い心象を持っていない。先月、強打者テシエラがNYと契約した時、最後まで争ったレッド・ソックスやその他のチームは、テシエラの値段を吊り上げるのにエージェント、ボラス氏に利用された――とレッド・ソックス側は感じていると報道された。どうやら、それ以来、レッド・ソックスは表立ってボラス氏と交渉するのを拒否しているように見える。

大リーグの他のチームもこのボラス氏のやり方に腹を立てているのではないか。同じくエージェントをボラス氏とする、リーグを代表する強打者マニー・ラミレスの契約が進まないのも、そのせいだと思う。ともあれ、ボラス氏の方も、マズかったと思っているのかもしれない。最初の年俸調停を拒否したときも、もっと値段を上げようと狙ったのだろうが。このエージェントは、本当に困った存在だと思う。実は、松坂投手も雇っているのだが。

バリテクのようなベテランで、今期は打撃の調子が悪かったキャッチャー(しかもレッド・ソックスに長くいたので、契約の場合は、ドラフト・ピック1位を譲らねばならない)を雇うチームも他にいないようだ。各チームが新しいチームの編成を終えつつある今、レッド・ソックス以外のチームが彼を必要とする可能性も減ってきている。しかし、ボラス氏もメンツを保つためにギリギリまで待つであろう。
今日の残り時間は、アメリカ時間であと9時間である。
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2008年08月25日

JAPAN野球批判、続々出てくるぞ

 五輪でメダルを取れなかった「(プロ)野球JAPAN」へ、下記のようなストレートな批判が新聞に載った。これから続々出てくるだろう。

 (おそらく潜在的にいる)日本人の半分くらいと同じように、この監督ではほとんどダメだろう、と思っていた。ただ、それを大会の最中に書くと、「日本が負ければいいのか」「そんなにお前は日本が嫌いか」と、烈しいコメントメールを頂くことになるので触れないでいた。それに、選手の努力で、万が一、勝ってくれれば、日本野球の優秀さを信じる者として嬉しいし。(多くの日本人が、大きな国際大会になると突然、国粋主義になるのはなぜなんだろう? まあ、他の国でもそうか。パリのスポーツ・バーでフランスを口撃したら、無事では帰れないな。)

 しかし、わたしの周りでは、星野監督をかっている人はほとんどいない。はっきり言って、この監督は、中日監督時代、選手へ暴力をふるい、ほとんどいつも精神論ばかりを振り回して、選手を酷使して故障させることが多かった。そのために才能が溢れていたが短い選手生命を終えた選手もいたのは、よく知られた事実である。人間が成長するということは否定しない。たしかに、阪神監督時代は優勝した。ああ良い監督になったんだな、と思った時期もある。しかし、その後のTVコメンテーター時代の精神論ばかりの解説を聞いて、残念ながらこの方は変ってないんだな、と感じざるをえなかった。

 今回、全日本監督になってからのメディアでの数々の活きの良いコメントを聞いて、メディアをあえて利用しているのかな、と思ったこともあったのだけれど。しかし、星野氏のこの大会での選手起用法や、五輪の後のコメントを聞いて、悲しいかな、非常に保守的で、新しい状況への対処ができる「名将」では決してないのだな、と思ってしまった。

 福田富昭団長がおおやけに批判しているというのは、よほどのことがあったのだろうか。それとも、日本の空気が変ったのだろうか。

 しかし、怖いのはメディアだな。あれほど「闘将」と騒いでいたメディアが、掌を反したように批判しはじめるのは、驚きはしないが、醜いものだ。五つ星ホテル滞在の件なんかは、アメリカのバスケット・ドリームチームなんかもやってることだし(そのことの批判は、もちろんメディアはしない)、マラソンも含めて、もし金メダルを獲っていれば何も言われなかったことだろう。そう考えると、やはり日本のメディアってのは、勝てば官軍、長いものに巻かれろ、弱いものイジメが好きという、きわめて村社会的なのだな。

 さて、先回のアテネ五輪で長島監督の代行をした中畑氏は、それ以前はメディアでは威勢がよかったが、大会後、「自分の能力のなさを痛感し」(中畑氏)、謙虚になった。が、その後の氏のコメントは聞いていて気持ち良いものになったと思う。星野監督はどうだろうか。
ぼやき止まらず? ノムさんと王さん、五輪野球語り合う
楽天の野村監督とソフトバンクの王監督は24日、Kスタ宮城の室内練習場で約40分間、熱く語り合った。

 野村監督は「仲良しグループをコーチに選んだ時点で、だめと思った。データも集めたんだろ? 使い切れていないな。投手出身の監督は視野が狭い。今年の岩瀬はオープン戦から調子が悪かった」と星野采配を批判。これに対し、ワールド・ベースボール・クラシックの監督も経験した王監督は「国際ルール、メンバー編成は難しい。(日本のプロ野球は28人だが)24人しか選べないのも大変だし、先発投手をリリーフさせて中継ぎ専門の投手がいなかった」と同情的だった。

 川崎ら故障者が続出したことにも野村監督は「今の子はケガに弱い」とぼやき、王監督は「我々は頑丈だったね。通算出場試合が1位と2位だから」とうなずきながらも「同じもの差しで見たらだめでしょう」とかばう。通算本塁打は1位王が868本、2位野村が657本。野村監督は「人格の差だな。これが(通算本塁打)200本の差だ」と苦笑した。
http://www2.asahi.com/olympic2008/news/TKY200808240114.html

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2008年06月26日

ユーロ杯・準決勝戦

 昨日25日の夕刻、ある「シャトー」(大きな多目的会館をこんな風に呼ぶ)での国際的な集まりに行っていたら、広間に大型テレビを設置して、ユーロ・カップ準決勝戦を放映していた。ドイツ対トルコ。

 ドイツがんばれよー、と声を出して応援していたら、隣にいた黒髪で黒い瞳の女性が
「まったく、なんでドイツなの? トルコを応援してよ、ト・ル・コ!」
と笑って深い瞳睨んだ。見ると、トルコの民族衣装らしいものを着て、応援の気合かなり入ってます。

 意地悪だと思ったが、(ほんのり酔いも手伝って)訊いてみた。
「いやね、ホントは、トルコ応援したんだけどね……。実をいうと、日韓ワールドカップの時は、トルコは本当にクリーンな良いチームで大好きだったんだけどね。いつからトルコはあんなダーティーなチームになっちゃったんだい?」
「……うーーん、たしかにそうねえ。野心がありすぎるのかなあ……。この試合も9人が反則で出れないの――」(実際は4人)と、悲しそうに言う。
後悔した。

 試合は、最後まで息をもつかせぬナイスゲーム。広間の観衆は、ドイツ派とトルコ派で真っ二つ。どちらかというとドイツ派の方がお行儀がいいのは、ドイツの国民性を繁栄?
posted by ろじ at 00:00| パリ ☀| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月19日

ユーロカップ、フランス対イタリア戦

17日夜は、フランス全土が注目したフランス対イタリア戦。近くのバーで、しばらく観た。ここは、このユーロカップのあいだ、店の外に「フランス・チームを応援しよう」というブルーの幕をかけるくらい力を入れているくらいなので、さほど大きくもない店内に、二つのテレビの他に大型スクリーンを設置していた。その前に、りっすいの余地もないほど客たちが陣取った。

両チームとも必死なのは伝わったが(そりゃそうだ、勝てないと決勝リーグ進出がないとみなされているのだから)、決め手どころか切れ味にかけるフランス・チーム。リベリーがケガをするなど不運が重なったが。イタリアもものすごく良いプレーというのは多くはないが、少しずつフランスを上回っていた。

それにしても、今回も審判がひどかったと思う。スイス対トルコと同じ審判だったな(Ľuboš Michĕl氏)。この審判は眼が悪いのだろうか。しかも、最初に安易なイエローを出してこの試合の“反則の基準”を作ってしまったので、その後もカードの連発。(選手とのやりとりによる)オフィシエーションでなく、反則カードで試合をコントロールする最低の試合だ。

審判のあまりのひどさに、近くのテーブルにいたフランス人の若者の方を振り向いて
 「なんだね、こりゃ。ひどすぎるよ」と言ったら
 「そうなんだよ」
と応え、諦めたように眼をグルリと回した。

店の子どもらしき男の子が最後まで大声で応援していたが、試合終盤には立ち上がる客も。一人いたイタリア人の客が喜ぶ他は、店内は静かだった。

家に帰ってテレビのチャンネルと回すと、すでに「討論会」の番組が重苦しい雰囲気であちこちに。フランス人は、サッカーの試合の後は、サッカー・ジャーナリストや元選手などが集まって、こういう“反省会”ばかりする。かなり沈うつな空気である。その後、二日ほど“反省会”は続いていた。予選敗退は、よほどのショックだったのだろう。
posted by ろじ at 00:00| パリ ☁| スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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