2010年04月07日

友、遠方よりパコに会いに来たる

 夜、フランスから、夫婦の友人のクリスチーナが訪ねてきた。仕事で日本に来たついでにと、ジェットラグの時差ボケをおして、娘のパコに会いに来てくれた。

 来てくれただけではない。お土産はなにがいい?と訊くから、「じゃあ、チーズ買って来て」と言ったら、巨大なのを5つも、タッパーに入れて持ってきてくれた。おまけに、ワインを2本。クスクスとそれに添えるソーセージ、スープの素。その他、缶詰2つ。

 ピクニックに行くんですか。しかし、よく、税関で捕まりませんでしたねぇ。しかも、重かったでしょうに……。

 実は、妻が一番、涙を流して喜んだのは、彼女のために買ってきた、肌に付けるフランス製の乳液だった。子どもを二人産んだ彼女は、「妊婦は、自分の肌をないがしろにしてしまうからね」、と言った。女の苦労は女のみぞ知るか。

 さらに、パコのために、クリスチーナの子どもたちが着なくなったきれいな衣類を沢山。クリスチーナには、かわいい5歳の女の子と4歳の男の子がいる。彼女たちがほとんど着なかった洋服、ちょっとだけ履いた靴を持ってきてくれたのだ。靴は、赤と緑と白色の、よくできたフランス製の革製三足で、どれもあまりにかわいくて、もう、これは娘には履かせずに、額に入れとこうかと思ったくらいだ。

 クリスチーナは、パコの写真を盛んに撮っていた。「もって帰って、子どもたちに見せなくちゃ」と言う。彼女の子どもたちは、彼女が日本でパコに会うんだというと、
  「ねえ、パコにも、同じく目とか鼻とかあるの」
と訊いていたんだと。この夜、クリスチーナはパコを抱きながら、「スゴイ、日本人の子だねー」と言っていた。なんじゃ、そら。子も子、親も親だな。

 しかし、さすが、本場のチーズは美味かった。
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2010年02月05日

いろいろある

いつも行く大好きなビストロで1

まあ、人生いろいろある――。
取り直して、やっていこう。

仕事で体はボロボロ、
心臓はバクバクですが。
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2010年01月25日

無神論者の教団

アメリカのABCテレビニュースから。
http://abcnews.go.com/video/playerIndex?id=9650818

ハーバードの学生が、無神論を学内で説き出し、あげくに「無神論の教団」を作ったという。

無神論であることは、一向に構わないが。「無神論」は説かれるべき絶対的教義を持たないものだということを考えると、この男は自ら矛盾していることに気がついていない。それだけでなく、すぐ同士や意を同じくするグループを作りたがるという点では、これはいかにもアメリカ的である。アメリカ人は、活動ですぐ群れたがる。

こんなことを書くと、昔はよく、「では、あなたは神を信じているんですね」などと、トンチンカンな質問の書き込みがあったものだ。
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2010年01月23日

冬のマルシェ

マルシェ・冬のキノコ1

冬のマルシェは、ちょっとさみしい。
みずみずしい青野菜も、色鮮やかな果物もほとんどない。
キノコ類も品薄だ。
しかし、この季節にしかないモノがある。
このキノコ「ピエ・ド・ムートン(羊の足)」だ。
(羊の足のような形をしているので、そう呼ばれる。)
バターでいためると、白ワインの良い肴になる。
そして……。
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2010年01月20日

天声人語と「空白の一日」

 以前、(朝日新聞を含めて)社説の悪口を書いた。ダラダラと段落ばかり多くて、良い文章の模範にもならないという意味だった。
http://dokugo.seesaa.net/article/117197216.html

 しかし、いまの朝日「天声人語」の書き手は、良いと思う。「天声人語」も、以前はダラダラした文章の時期があった。一番イヤだったのは、「天声人語」に特有の段落分け記号「▼」を6つにしてしまったことだ。この逆三角は、段落分けをするための紙面スペースがない「天声人語」が、それでも段落を示すために使った記号である。それを、6つに、つまり、この短い文章を7段落にしたのだ。もちろん、6つでも7つでも良い文章ならかまわないが、そういう自己規制のなさは文章を編み出す推敲のルーズさ、本人の視点の甘さにつながっていると感じざるをえなかった。 

 かつて「天声人語」を書いていた名文家・深代惇郎(名文というより明晰な文章といった方が正確だと思うが)が、なにかの賞をもらった折に言った言葉を、今でも覚えている。
「毎日、苦悶しながら『天声人語』を書くようになって以来、すべてを5段跳びで考えるようになりました」。
そこには、書く者としての自分に対する厳しい自己抑制が感じられた。

 今の「天声人語」も「▼」が5つだが、なにより言葉がよく選ばれていると思う。限られたスペースに出来るだけ効果的に書くための厳しい推敲が感じられる。こういう文章は文章自体に驚きがあって、読んでいて心楽しい。
(追記:Wikipediaによると、現在の「天声人語」の執筆者は二人いるという。一人はフランス特派員経験者だという。どちらだろうか? かつて書いたように、天声人語のフランス社会に関する観察はどうもいただけない、というか表面的だと思うので、好きなのは、フランス特派員の経験がないもう一方の執筆者に決まってくるが……。)

 今の「天声人語」は、特に、人を追悼したり称える「人情もの」が、味があっていいと思う。次のは、先日亡くなった小林繁氏追悼の文。最後の段落が良いと思う(ご冥福をお祈りいたします)。
 植木等さんは、映画で演じる無責任男と、きまじめな自分との落差に悩んだという。「僕の場合、何を演じているかというと、結局、植木等なんです」。そんな独白が残る。有名人であるほど、ひとたび固まったイメージは崩れにくい▼57歳で急死した野球人、小林繁さんは「悲運」の形容で語られることが多かった。江川卓投手を巡る「空白の一日」騒動の巻き添えで、巨人から阪神に出された。以後、江川さんには敵役、小林さんには悲運の影がついて回ることになる▼実力の世界で、妙な虚像は迷惑だったかもしれない。小林さんは移籍の年に22勝をあげ、中でも巨人戦は8勝負けなし。シーズン終了後、文芸春秋誌に語っている。「ぼくを支えたものは、巨人には絶対優勝させないぞという意地でした」▼地力があっての話だが、逆境をバネにする生き方というものを教えてくれた。帽子を飛ばし、気迫、執念、反骨が現実の力に転じるさまは、それぞれに闘う多くの人を勇気づけたものだ▼七つの球種を際どいコースに放り込んだ。ストライクゾーンを48のマス目に分け、外側のマスを狙って投げたという。ボール一個分は無理でも、ミット半分のコントロールを自らに課していた▼自身は「意地っ張りで見えっ張り」、阪神の先輩江本孟紀さんは「投手らしい最高のナルシスト」と評した。格好はどうでもいいから、球場でもっと見たかった。何も悲運のイメージを早世で完結させることはない。どのマスを狙ったのか知らないが、運命の神様のノーコンぶりに涙が出る。
http://www.asahi.com/paper/column20100119.html

 しかしそれにしても、あの「空白の一日」を演出した、当時の日本プロ野球コミッショナー金子鋭氏は、なんてことをしたのだろうか。プロ野球界が巨人という一球団寄りの、プロスポーツ機構としてあってはならぬ形態(今もそうだと思うが)だったことを如実に示す事件であったなあ。(こんな風に「闇カルテル」みたいな体質だから、日本のプロ野球は嫌いなのである。)
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2010年01月13日

ガレット・デ・ロワ

1月のガレット1

1月の風物詩ガレット・デ・ロワ。
最近は日本でも売っている。ちゃんとフェーヴ(当りの陶製の小さな人形)を入れて。味はどうなのかね。
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2010年01月11日

フランスの田舎

オーベルニュのクリスマス市

オーベルニュ地方のクレルモンという町のクリスマス市。
カメラの調子が悪い。
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2009年12月31日

大みそか

0912クリスマス・シャンゼリゼ2

ゆく人
ゆく年
残る光
よいお年を
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2009年12月30日

シーズンの余興

0912クリスマス1

フランスにも、フランスのクリスマスにも、コマーシャリズム。
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2009年12月29日

クレッシュ

0912クリスマス・ノートルダム1

この時期を彩るクレッシュ。信仰への導き?原点への回帰?
ノートルダムで。
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2009年10月20日

ご無沙汰しています

リュクサンブール公園で1引越が完了。引越と同時に食中毒にかかり(インド料理屋だったようだ)、言葉に尽くせないほどたいへんでしたが、なんとか終了し、落ち着きました。

写真はリュクサンブール公園で。船遊びは、いまだに続く伝統的な遊び。












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2009年08月01日

パリはヴァカンスに

 ワイン屋に行って、気になるワインを「試飲させてくれ」と言ったら、「明日から休みなので、新しいビンを開けるわけにはいけないんですよね」とやんわり断られた。

 パリの街が閑散としてきた。通りがガラガラのことが多い。「8月○○日まで休暇で閉めます」という張り紙をシャッターに貼った店が、あちこちに見られる。そう、パリはヴァカンスに入ったのだ。早いのは、革命記念日の翌日あたりから、普通は、7月下旬から入る。今日の土曜の南へ向うハイウェーは、「警告オレンジ色」。渋滞が続く、という意味である。

 ヴァカンス中は、パン屋や薬局など、生活の「要」といえる店も閉まることもあるので、どこのパン屋や薬局が開いているかチェックしておかなければならない。(ちなみに、薬局は閉店後の夜も窓口で薬が買えたりするそうだ。医療福祉のシステムはしっかりしている。)

 最近は、ヴァカンスするのに予算がおさえられる6月や7月に休んでしまって、8月はあけるという店もある。フランス人は、ほとんどが国内でバカンスを過ごすとも言われている。去年の統計では、海外に行くのはたった17%。ドイツ人の64%、ベルギー人の79%と比べると、これは格段の差だ。というわけで、フランス人は、南部のビーチ、ニース周辺に集中するという。もちろん、誰でも南の浜辺に行けるわけではないから、今でも、色の良い日焼けは「生活に余裕のある象徴」なのだそうだ。

 しかも、財布のヒモの固いので有名なフランス人、ぜいたくは避け、できるだけ出て行くものは抑えようとする。一説では、家族でバカンス中に遣うお金は日に44ユーロ。キャンピングカー派も多い。パリには、ヴァカンスに行けない人のために(?)、セーヌ河沿いに、長さ3キロにもなる「人工浜辺」が造られている。セーヌ河に砂浜ビーチかよ、とバカにしていたが、これがけっこう混んでいて、フランスの女性は人工砂浜に椅子を並べて肌をさらし、日焼けさせるのに熱心である。
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2009年07月30日

パリの音

 ヴィム・ヴェンダースの映画に『リスボン物語』という映画がある。主人公の仕事はリスボンの街の音を収集することで、彼が行くところ、常にマイクロフォンを携えている。

 パリの街を歩く時、時どき、その映画を思い出す。パリの街の「音」は、なんとイキイキとして新鮮なのだろう、これを録音して歩いたらどうだろうか、と感動する。人々の挨拶の声、カフェの会話、笑い声、市場の売り子の掛け声、それに応える人々の息づき、人々の足音、自転車の軋み、バイクの唸り、遠くから聞こえる車のクラクション、犬の鳴き声、それを叱る飼い主の声……。
 音だけで、ひとつの街の姿を作り上げている。

 映画『リスボン物語』では、主人公のマイクを通して街を「聴く」と、街が別の命を受けたようになる。パリの街を録音して歩いたら、なにかまた新たな発見があるだろうか。
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2009年07月26日

ベルサイユ宮殿の花火

 昨夜は、ベルサイユ宮殿に花火を観に行った。

 夕方、宮殿の庭の奥にある巨大な人工池の畔で、ピクニックの夕食。ベルサイユ宮殿の広大な庭の一部は、無料で入ることができる。木々に囲まれた池には、夜の7時だというのにまだ暮れない青い空が映り、その向こうには金色に輝く宮殿が勇ましく建っている。なんという贅沢だろうか。周りの芝生には、この美しい夕べをノンビリと楽しむカップル、子ども連れの家族、若者たちのグループがある。なんと豊かな国だろうか。日本なぞ、豊かさではとうていこの国の足元にもおよばない、と思う。

 夜9時に宮殿の正門へ。行くのが遅すぎたようで、駐車場を見つけるのは至難の業だった。奇跡的にあった一台分の隙間に停め、正門から入る。庭の前は、すでに大変な行列だ。入場してみると、皆、ベルサイユ名物のフランス庭園の間を歩いている。

 9時半になると、花火が上げる一段下の庭園に入れてくれる。何週間か前に観に来たスイス人の友人夫婦が、
「いいか、花火が観たかったらできるだけ高い位置をキープするように。階段の上がいいぞ」
と忠告してくれたので、すぐさま、階段の上の方、中央に座る。ここなら噴水の向こうに全てが見渡せる。

 しかし、なかなか始まらない。それはそうなので、開始までこの「世界に誇るべきフランス庭園」をブラブラ歩いて見るものなんだそうだ。そんなことも思いつかず、エッフェル塔の花火と同じでちゃんと見たかったら良い場所をキープしなくては、と思い込んでいた。しかも、わりと早く始まると思いきや、始まったのはなんと11時過ぎであった。1時間半以上も、砂利の上に座っていたことになる。

 しかも、花火は、たった15分間の古式ゆかしき“品の良い”ベルサイユ花火であった。まあ、それなりの味はあった。Youtubeに載せた人がいるので、引用しておく。初めに上がっているのは、庭の真ん中に上がる火柱。最初の音楽は後でつけられたもののようだ。どうぞお楽しみを。
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2009年07月24日

バカロレア試験の不正?

 昨日引用した『パリジャン』紙に、一ヶ月ほど前にあったフランスの若者(とその両親)にとっての年中一大行事、バカロレア試験のことが載っていた。これは、毎年、ふだんノンビリなフランス中の話題にさえなる、大学資格試験だが、今年、受験した生徒にすでに送られた10万通の成績を見直す、というのだ。

 パリ16区(高級住宅街で知られる)に住むルイーズ某という非常に優秀な女の子が、筆記で「破滅的な5点」(20点満点)しかとれなかった。モリエールの文章に対してコメントするという課題だったそうだ。(ちなみに、彼女の口頭は「19点」、理科教育(?)(Enseignement Scientifique)は「12点」、自発的個人学習(って何だ?)(Travaux Personnels Encadres)は「14点」だった。)
「クラスでも常にトップなのに。シアンスポが目標だった娘は、この通知を受け取った時、大変な泣き崩れようでしたわ」(注:「シアンスポ」は政治学院で、フランス人の多くが目指すエリートコース)
とお母さん。

 母親は「不当」だと言い、イル・ド・フランス試験委員会に苦情の手紙を送るという。彼女だけでなく、この「普通考えられないほど低い点」を受け取った、実に多くの生徒がいたという。

 論文の採点というのは難しいものだが、フランス人の気質だ。テキトーに採点したのではないかと、どうしても思ってしまう。「セ・パ・モア、私の責任じゃない」とか言いながら。
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2009年06月13日

また水漏れ受難?

 一昨日の朝、ベルを鳴らす者がいるので覗くと、男性が立っていて下の住人だと言う。扉を開けると、「トイレの排水溝に水が流れる音が、いつもしているのだが、おたくのではないか」と訊く。もう24時間流れっぱなしだ、と心配そうだ。

 いや、私も気になっていたんですが、でもウチではありません。隣からみたいですが……と言いながらトイレを覗いてもらった。
「ボン、ダコール」では、分りました、とそれでも半信半疑の様子だ。じゃあ、隣かもしれませんね、話をしてみます、と隣のベルを鳴らしたが、誰も出なかった。

 その夕方、エレベーターの前に張り紙がされた。
「トイレの排水音が24時間しています。番号IかJのアパートです。確認してください」
とある。Jはウチだが、どの階だかは書いていない。

 おまえのウチだ、と指摘されたような気になった。水漏れを起こすと、その後始末やら責任やら、大変なことになるのだ。で、管理人のバアさんに話すことにした。隣の建物のポルトガル人の管理人――パリの管理人は歴史的にポルトガル人が多いのだ。この地区では、第二次大戦中、そのポルトガル人がユダヤ人をナチに密告したという暗い過去を持っている――と話をしている最中だったが、割り込んだ。
「これ、そこに貼られたんですけど。大丈夫でしょうか」
「なに? あんたのアパートから水漏れなのかい?」
「違うんですが、ウチの隣かもしれません。今いないようなんですが」
「あそこはいつもいないんだよ。バカンスなんだろね。でも、あんたの階って書いてあるのかい? ちがう? じゃあ、そのまま貼っておきよ。他の人が見るから」
「でも……」
 ポルトガル人の同僚は「こいつ心配性やな」という顔でみている。何とかしなくて大丈夫なのか、と言おうとしたが、管理人のバアさんがそこまで言うなら、実際ことが起こってから、ということなんだろう。知らんぞ、どうなっても。

 ところが、今日、帰ってみると、音は止んでいたのである。当の住人が帰ってきたらしい。
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2009年06月10日

ピカソ美術館で盗難

 今月最初の日曜日の7日、例のごとく美術館はタダだったので、市内にある美術館のうち、ピカソ美術館に行くことにした。ここは、この夏の8月にはまた建物修理で閉まることになるので、その前にもう一度見たいと思ったのだ。ついこの間まで、修理で閉まっていたのだがね。始終修理ばかりしている。

 なんと、今日のニュースで、そのピカソ美術館でピカソのデッサンが盗まれたという。つい先日見てきた展示室のショーケースから盗まれたのだ。複雑な気持ちだ。もちろん、金銭に換算したら、その額たるやかなりのもの。

 報道によれば、盗難は夜の間にされ、ショーケースが壊された後もなく、従業員によれば「あのショーケースの警報機は壊れていた」とか……。引用される従業員の説明が責任感を感じさせず、「自分のせいではない」「私の責任ではない」という、いかにもフランス人らしい言い逃れっぽく聞こえた。この人たち、働く資格あるのかね。
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2009年05月26日

ヌーディスト・ビーチ

 フランス語を練習するモニク婆さんに、「カマルグのサント・マリ・ド・ラ・メールに行って来たよ」と言ったら、
「知ってるわよ、あそこ。昔、若い頃、よく行ったのよ。あそこの隣にヌーディスト・ビーチがあるでしょう?」
と応えた。

 なんと、モニク婆さん、昔はヌーディスト・ビーチによく行ったのだそうだ。サント・マリ・ド・ラ・メールの東に広がる海岸はヌーディスト・ビーチとして名を馳せているそうな。しまった……。

 モニクさん、行ったのは学生の頃らしいが、通りで踊りのパフォーマンスなどをして日銭も稼いだらしい。おそるべし、モニク婆さん。
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2009年05月25日

サント・マリ・ド・ラ・メールへの旅

カマルグ地方の旅行から帰った。心配していた最終日のストは直接の影響はなく、アヴィニョンからの特急はちゃんと走った。が、「テクニカル上の問題」とかで1時間ほど遅れた。やはりフランス。駅構内は、ストで停まった電車の客らしき者(?)がものすごい口調で駅員にねじ込む風景があちこちに。これもやはりフランス。

今回の旅行の目的は、この24日25日にサント・マリ・ド・ラ・メールという小さな街で行われるジプシーの祭り。伝説によれば、聖母の妹マリア・ヤコブとヨハネの母マリアは、ユダヤ人に追われ、召使いのサラとともにここに流れ着きここで亡くなった。墓の後には教会が建てられ、街はサント・マリ・ド・ラ・メール(海の聖マリアたち)と名づけられた。そしていつのころからかここはジプシーたちの巡礼の地になった……。

今も、毎年、ヨーロッパ中からジプシーたちが集まって来るため、街は観光客に加えて大変な数で膨れ上がる。この巡礼の祭りが観たくて、半年前から宿を予約していたのだ。(感動した宿の若夫婦は、空いている巨大なスイートベッドルームを、予約した小さな部屋と同じで値段で貸してくれた。Bastide BlancheというB&Bで、中庭にはシャレたプール付いている。ぜひ行ってみて欲しい。)

最初の日の夕方、まず、教会での長いミサが行われる。その後、教会から黒人らしきサラの人形が出てくる。周りを囲んだ人々は、司祭の声に合わせて
「聖マリアよいつまでも(Vive les Saintes Maries)、聖サラよいつまでも(Vive Sainte Sara)」
と歌う。やがて、サラを担いだ行列は、カマルグ地方に有名な白い馬に乗った騎士団に先導されて街を練り歩き、浜辺へと向かう。そして、そこで海に入るのである。サラについて歩く人たちが一緒に歌う。
浜辺はそのクライマックスのシーンを見ようとする人で一杯になっていた(写真、真ん中のピンクのものが聖サラ)。
Saintes-Maries-de-la-Mer1

浜辺から一本入った通りには、モノを売るジプシーの一団がみごとなキャラバンを並べていた。キャラバンは住むためのものでもあるらしく、中には台所も見えた。
Saintes-Maries-de-la-Mer2
街中にもジプシーの衣装を着た人たち。そして、街の真ん中にはジプシーのマーケットが開いている。これが信じられないほど安く、シャツや半ズボンが5ユーロで買えたりする。短めの夏ズボンを2本買った。

実は、このサント・マリ・ド・ラ・メールは、あのヴァン・ゴッホが、一時逗留し、何枚かの絵を描いたことでも知られる。ゴッホはマルセイユへ行きたかったのだが、ここの南仏らしく明るいがある種の陰がある港町に引かれたのかもしれない。確かに、この町は南仏らしからぬ“陰影”を感じさせるのである。

「ゴッホ追っかけ」の私とすれば、ぜひ来てみたかったところなのだ。しかし、ゴッホの足跡が判るところはないか、と観光局で訊いてみたものの、係員は「ここにいて絵を描いたことしか分らない」と言うだけだった。

祭りのクライマックスを見て宿へ帰る途中、何気なく通った道にバス停があった。そこに見慣れた絵の写しが描かれていた。よく観ると、あのゴッホの絵である。その絵と同時に送った弟テオへの手紙も添えてある。こんなバス停に記念碑的なものを飾るとは……。嬉しくも寂しい。
と同時に、やっと出会えたゴッホの“足跡”に妙な感動を覚えたのであった。
Saintes-Maries-de-la-Mer3
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2009年05月21日

SNCFチケット・オフィス

 こうなりゃ、SNCFのチケット・オフィス(こちらではBoutiqueブティックと呼ぶ)で訊いて、ダメそうなら時間を換えるしかない、と観念して行ってみた。

 人の良さそうなおばさんに、「実は26日にストがあると聞いたが」と切り出す。
すると、彼女は意外そうな顔つきで
「もちろん大丈夫ですよ」
「しかし、ストは前日の20時からと報道されてますが」
「それは、翌朝の運行にかかわる人たちが、すでに前の夜からしないといけないことがあるからです。大丈夫ですよ」
――というようなことを言ったらしい。いかにも大丈夫だから、心配しなくて良いという顔つきで。

 やたら早口なので、確信は持てなかったし、彼女がどれだけ自信を持って請け負っても、本当に大丈夫か怪しいもんである。ここはフランス、特にパリ、たとえ関係者だろうと、ある者が言ってもそれをそのまま信じることはできない。ほとんどの人が無責任なのだ。
しかし、まあ開き直ってやってみるしかあるまい。

 ストといえば、昔、やはりスト近くに旅行することになって、SNCFのチケット・オフィスで
「○日にストがあるんですよね」
と問い詰めるように言ったら、
「ストは、組合に認められた社会運動ですから」
だから当然です、みたいなことを、真顔で言われたことがある。日本じゃ「すみません」と頭を下げるところだ。さすがフランス人!
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